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「キミがいた『あの世界』に閉じ込められ、ほとんどのチカラを失ったボクは、とある人間たちの国に紛れた……。自分と同じチカラを持った者がいる……そのことに気が動転したボクにとって、最良の方法だと当時は思ったんだ……」
マトは、昔を思い出すように語り出した。
「その国では、魔王討伐に血気盛んな人間が多くてね、いつもそんな話をしていたよ。そんな時、何年ぶりに魔王を倒す事のできる勇者が現れた。民衆たちは、歓喜し、そして期待した。ボクはそんな様子を横目で眺めながら、こう思った……この世界も同じか……もう終わりか……転移できない今、ボクも消えてしまう……てね……」
苦笑いを浮かべながらマトは、そう言った。私の反応を見ることなく続く。
「諦めきっていたボクは、何もすることもできなかった。次々に勇者の活躍は、風の便りでやって来た。『魔王の幹部を討伐した』とか『伝説のドラゴンを退治した』とか『そろそろ魔王城に目指すらしいぞ』とかね。人間たちは皆、大いに喜び、魔族のいない世界に夢見た。それが終わりとも知らずにね……。もう駄目だ……と思った時だった、次に入った知らせにボクは驚愕する。『勇者が魔王に負けたらしい』という知らせだった……」
うつむいたまま語っていたマトは、私をチラリと見て顔を上げた。
「その知らせに最初は理解出来なかった。だってそうだろ? 勇者が魔王城に足を踏み入れた瞬間、『消滅システム』が起動する、どうあがいても勇者が魔王を倒す流れは変えられない。そのはずなのに……そのルールを壊した魔王がいる……。その瞬間、ボクは感動した。そんな世界もあるんだ、と……。そしてボクは、そんな魔王にとても興味を持った。『どうしても会ってみたい』そんな感情に突き動かされたボクは、情報をかき集めてどうにか魔王城まで行った。そして、残されたチカラの一つで姿を変え、ボクは……魔王と会った……」
大好きなモノをお母さんに喋ろうとする子供のように、この時のマトは瞳を輝かせていた。
「魔王と出会って、第一印象は……『とても美しかった』だった。今まで見てきた魔王とは、まるで違う。頭から角は生えていたが、人間の女性にしか見えなかった。いろんな世界で絶世の美女と呼ばれる者を見てきたが、段違いに美しかった……」
この話をしている時のマトは、何か楽しそうに見える。楽しかった思い出を語るように……。
「魔王アルフとは、どんな魔王だったか……一言で言うと魔王らしくない魔王だった。人類を滅ぼして、世界征服を目論む他の魔王とは、全くといって違った。配下の魔物に指示をする事もない、人類の領土を奪おうともしない、ただただいつも退屈そうにしていた。しかし、そんな変わった魔王だが、戦闘に関してだけは他の魔王とは次元が違う程凄かった。数年に一度、勇者は現れ続けたが、全て一撃で倒していった。歴代最強と呼ばれた勇者もまた、一撃で葬った。この瞬間、世界のシステムをイジれるのは、この魔王しかいないと確信した。そして、そんな彼女を見続けて、ある希望が生まれる。『魔王アルフのこの強さ……もしかしたら……この世界では、天界が想定してない魔族にとって理想の世界が作れるのかもしれない』って……。いつも考えていた、ボクのせいで魔族の皆には、辛くて苦しい運命しか訪れない世界を作らせてしまった。でも、この世界では違う運命を送ることができるかもしれない……そう期待した。このままこの世界で一生過ごしても構わないとも思っていた。だがしかし、それは大きな間違いだと、すぐに気付くことになる」
ここから、マトの口調もまた雲行きが怪しくなっていった。
「ボクは別に魔王アルフに人類を滅ぼして、魔族による世界征服を望んだわけではない。ただ、どんな勇者でも決して勝つ事のできない圧倒的なチカラで、人類たちに共存する事を提案してもらいたかった。それだけのチカラを彼女は持っていたから……。でも……アルフは何もしてくれなかった……そう、何年……何十年経っても何もしてくれなかった……。それの意味が分かる? その間も魔族と人間では殺し合いが続いているんだ。止めることができるチカラを持っているにも関わらず、何もしないんだ。他の世界なら魔王が倒されて、その世界は消し飛ぶけど、この世界はアルフがいる限り消えることもない。魔族にとって永遠に終わらない苦しみが続くって事なんだ……。そして、いつの間にか人類たちは、魔王アルフを倒すこと自体を諦め、攻めてこない魔王を無視するようになる。魔物をゲーム感覚で殺して終わり、それ以上は目指さない勇者たち。そんな時間が永遠に感じられるほど流れたよ……。ボクの願い砕かれた……それどころか最悪な状態になった……こんな世界消さないといけないと悟っても……あの時のボクに何もできなかった……。僕の言いたいのは……できるのにやらない……あれだけのチカラを持っているのに……これは……最高の『悪』なんだよ!」
その瞳から輝きは消え、憎しみに変わっていた。たぶんマトは、自分の大きなチカラは、間違った世界を消すことで責任を果していると考えている。大きなチカラには、それ同等の責任が伴うと考えているのだ。だからこそ、魔王アルフには余計腹が立つのだろう。
そして、こう続けた。
「そんな中、ある転機が訪れる事になる。キミは覚えてないだろう、あの勇者があの世界に転生してくる……。そう、ボクにとって最初で最後のチャンス……あの世界を消し去るチャンスがやってきたんだ……」
震え声のマトに対して私は、ポツリとこう呟いた。
「あの……勇者が……転生……?」




