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「ア、アルフ……?」
そんな声が、ポロッとこぼれ落ちる。気が付くと、全く動かなくなっていた私の口は、いつの間にか自由になり、声も出せるようになっていた。次から次へと飛び出してくるマトの話の内容に対して、半分以上が理解の範疇を超えていたが、聞いているうちに自分の中で『ある感情』が沸々と湧き出していることに気づく。
それは、強い『憎しみ』だった――愚かな人間のために、魔族が犠牲になり続けてる世界……? ふ、ふざけるな! 許せない! 許されるわけがないっ! そんな風に世界ができているなら、そんな世界、全部ぶっ壊してやる! 私の思考は、そのことで埋め尽くされていた。するとマトは、私がそんな事を考えている事に気づいてか、こう切り出した。
「ふふふ……ボクの目に間違いはなかったようだね。で、どうだろう? ボクの頼みを聞いてくれるのかい? 魔王アルフを殺すこと」
魔族が幸せにならないなら、その世界を消すというマトの考えに、私は大いに支持をした。更に、手伝いたいとも思えてくる。だが、それよりも疑問が先行した。
「ちょ、ちょっと待ってよ! よく分からないんだけど、さっきの話からすると、アナタの命を狙っているのは、天界人のはずよね? それがなんで、勇者の当て馬みたいな魔王にそんなチカラがあるわけ? おかしくない? 世界を作っている天界人なら、魔王にそんなチカラを授けるわけないと思うんだけど……。それに魔王アルフを殺すってことは、以前いた世界へ戻るってこと……? そんなこと、アナタにできるの?」
以前の世界の記憶は、転生する際に所々、抜け落ちてはいたが、魔王アルフに関しては鮮明に覚えていた。そして、アルフを殺すってことは、前の世界へ戻るってことになる……。私のごく当然の質問に対してマトは、
「いやいや、キミがいた世界は、もうないんだ。ボクが消したからね」
「は、はい……?」
私は、へんてこな声を上げた。マトの言っていることが、さっぱり分からないからだ。アルフを殺せ、と言った口で、その世界は消した……って言う。もしかして、高度なクイズなのか? と少し考えていると、
「ハハハっ! ごめんごめん、はしょりすぎたね! 本当にボクは説明が苦手だなぁ。えーとね、あの魔王アルフについてなんだけど――」
私は『ゴクリっ』と、喉を鳴らした。私は、以前の世界の記憶が引き継いている。その証拠に前世の魔法やスキルが、この世界にやってきた時から使えていたからだ。そう、記憶は引き継がれているはずなのに、なぜか、前の世界の人間たちのことは、誰一人も覚えていない。大嫌いだった父親、長い間共に旅をしたはずの仲間たち、最後に裏切る勇者、その全てがない……。自分に何があったかは覚えているのに、対象となる人間の名前や顔に関しては全く記憶にない。……それなのに、なぜか魔王『アルフ』と一緒にいた猫『マーちゃん』に関してだけは、ハッキリ覚えている。長い間、身近にいた人間は覚えてないのに、あの一瞬しか会ってない魔王と猫は、なぜか覚えている。それは、どういうことなのか? 魔王アルフとは、いったい何者なのか? 私は、そんな事が異様に気になっていると――
「魔王アルフ――いや、今は魔王かどうかも分からないだけどさ、キミが転生した後、アルフもまた転生したんだよ。いやー、参っちゃうよね、ボクを殺すためとはいえ、ルール無視までして転生させるなんて、女神がやることじゃないよ! まぁ、そういうことでね、アルフは、異世界で生きているんだ!」
と、ごく当然のように話すマト。さっき話していたことと話の辻褄が合わない事に私は声を上げた。
「ちょっ! えぇぇぇ……! ちょ、ちょっと、どういうこと……? 例のアルフっていうのは、アナタを殺すほどのチカラを持っているのよね……? えっ? 転生ってことは、死んだってこと? い、意味が分からないんだけど……」
「アハハハ、そうだね、意味が分からないよね? うーんと、どう言えばいいかな。つまり、自分の願いを叶えさせるために、女神をコントロールして転生させたって事でいいかな?」
いいかな? って、なに? 何を言ってるのか、分かりようがない。再び、たまらず口を出す。
「いやいや、待って待って! 余計、分からないんだって! マト、私はアナタに協力したいの! お願いだから最初から話して! あの世界で何が起きていたの? そとそもマトは、あの世界にいつ来たの?」
何が何だか分からない言葉が飛び交うことに私は混乱した。どうにか理解しようと私の方から質問する流れを作ろうとする。するとマトは、記憶を絞り出すような表情になり、刻むように語り始めた。
「うーとね、ボクがあの、キミがいた世界に行ったのは、天界が作った世界時間でいうとね、うぅーと、そうだね、100年くらい前かな?」
「ひゃ、ひゃくねんまえっ!?」
ひっくり返ったような声を出した私に対して、マトは表情を変えないまま続ける様に口を開く。
「うん、いつものように世界を観察する為にね! でもあの世界は、普段と様子がおかしかったんだ。いつもボクはね、世界に着いてから、すぐに行動しやすいようにシステムを少しイジるんだけどさ、ボクがイジる前に誰かがイジった形跡をみつけたんだ。ボク以外にそんなことできる存在なんて、初めての経験だったから、そりゃもう驚いたよ。ちなみに、創造した天界人でもそんなチカラはないからね。で、なんかとてもイヤな予感がするから、すぐに別の世界へ転移しようとチカラを使おうした。その時だったんだ、頭の中を覗かれる感触と、チカラを抑えられる感覚を味わった。それからボクは、全くチカラを使えなくなった。要するにボクは、キミがいた世界に100年間、閉じ込められていたってことさ……」
と、マトは言った。そして、続けてこう補足する。
「まぁ、薄々気づいていると思うけど、全て『アルフ』がしたことなんだ。あと、もう一つ先に言っておくけどね、アルフはあの世界の出身ではない。少なくとも何度も転生をして、あの世界に流れ着いたはずだ。それにアレは、ボクが創った天界――が作った世界――から生まれた存在でもない」
この時のマトは、今まで見せたことない目つきで、私に伝えてきた――。




