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私は、勇者が大嫌いだ――。
魔王城に侵入した勇者一行たちは、勇者の男を筆頭に三人の女たちで組まれたパーティーだった。女神から与えられたチカラの一つによって、いち早く勇者の接近に気づいていた私は、予め避難訓練と称して城内の皆を近くの砦に避難させ、城の中には私一人だけにしていた。
私は、勇者たちに気付かれないように透明化の魔法を使用し、この侵入者たちを監視し続けていた。勇者たちは、目的はもうすぐと言わんばかりに希望に満ち溢れた瞳を輝かさせ、力強くその歩みを進めている。
私の心はざわめく――。
憎たらしい……。ゴウマの崇高な目的も知らずに、魔王だからといって退治する事が正義と疑わない、あの勇者たちの顔が憎たらしくて仕方がない。そもそも男勇者に対して、女三人ってどうなの? ……いやらし。ハーレム気取りなのかしら? 本気で魔王を倒す気なら、普通男四人で来るのが常識よね、それなのにあんなに女引き連れて来るなんて、ロクな勇者じゃないわ……。それに、あの女たちの顔、魔王倒すより勇者に抱かれる事しか考えてないメスの顔だわ! あーヤダヤダ、男に媚びる女は、本当に嫌っ!
私の不快指数は、レッドゾーンに突入しそうになっていた。そんな時だった、私の視界に避難していたはずのトロルのトー君が現れた。トー君は、大きな巨体にも関わらず細かい作業が得意で、私のほずれた服をいつも縫ってくれた。そんなトー君は、なぜか一心不乱に勇者一行に向かって走り出す。
「ま、まずいっ!」
隠れている事を忘れてしまうほど声が出てしまった。その理由は、勇者達とトー君では、力の差があり過ぎるからだ。私には、相手のレベルを調べなくても、真の実力を悟る事ができるスキルも授かっていた。あんな女たらしの勇者だが、実力はそれなりにあった。このまま、勇者達と戦えば、トー君は殺されてしまう。私はトー君を救おうと動こうとする、しかし誰かに肩を掴まれ静止させられる。気づかれずに背後を取られたことに驚きながらも、すぐさま振り向き、その者を視界に入れ更に驚く。目の前には、ゴウマが立っていた。そして彼は、手を置いたまま静かに語りかけてくる。
「クリスちゃん……気持ちは嬉しいけど、このまま行かせてやってほしい……」
真剣な顔で言うゴウマに対して私は、彼の言った意図など考えるより先に声が出る。
「な、なんで? このままだとトー君、殺されちゃうんだよ?」
「知ってる……」
「えっ? し、知ってるって……? な、何を言ってるの……? 私の仲間……、いやアナタの部下が殺されるのよ?」
「わかってる……」
「ちょ、ちょっと……、どうしちゃったのよゴウマ? アナタらしくもない……目の前で殺されそうになってる者を助けようともしないなんて……」
「しょうがないんだ……この時が来てしまったのだから……」
と、ゴウマはポツリと言った。
何を言っているのか理解できない私は、ゴウマとトー君を交互に視界に入れながら、
「この時って、なに? 何を言ってるの? あー、あー、今なら間に合う、トー君を救うことはできるっ! ゴウマ、手を離してっ! 私なら――」
次の瞬間、肩に置かれた手の力が増したと思えば、突然ゴウマは、私に対して動きを止める呪いをかけてきた。呪いは強力で体の自由が奪われてしまう。呪いというモノは、いくら特別な身体能力を持とうとも、その呪いを知り耐性を持っていないと防ぐことも解くことも不可能、呪いとは、そういう代物なのだ。術者が呪いを解かない限り動けない。私は一歩も動けなくなってしまった。どうしてゴウマが私にこんなことをするのか、混乱し問いただそうすると、ゴウマの方から口が動く。
「そう、キミなら救うことは可能だ。それどころか、あの勇者を倒すことも簡単だろう。しかし、それは絶対にやってはいけない。勇者を殺す事は、決してやってはいけないのだ。トー君たちは、『世界の節理』を行使しようとしてるだけなんだ、それを止めてはいけない。キミには理解できないだろう……、ワタシは……『そのの節理』を変えたかった。皆が笑い合える世界が作りたかった、魔族が生き残る世界を作りたかった……。でも、勇者が来たってことはタイムオーバーみたいだ……曲げることはてきない……」
真剣な声でそう言い終わると、魔王城のトビラが勢いよく開き、次々に私の本当の仲間、魔族の皆が流れ込んできた。そして、次々と勇者達に襲いかかった。そして――私の目の前で、皆が殺されていく。私の感情は、仲間が殺されていくと共に、殺され続けていく。
私には分からない、分からないよ……、仲間たちが殺される状況下で勇者を倒してはいけないなんて魔王の言葉じゃないよ……。なんでこんなことが起きるの? なんでなんでなんで? もう何もかもが分からないよ……。誰か助けて……。
「あー、あー、あー、あー、あー、殺されてる……みんな殺されてるよ……私の友達がぁぁぁぁぁぁっ! お、お、お願い、お願いだから呪いを解いて! 私に復讐させてぇぇぇぇぇ! ハァハァ……。じゃあ、せめてアナタは逃げて! 今すぐ逃げて! あの勇者はアナタより――」
「ワタシより強い、知ってるよ。ワタシも、あの勇者に殺されるだろう……」
「はっ……?」
涙で視界が見えづらくなった世界で、魔王ゴウマは、私の頭を撫でると、最後の言葉を私にかける。
「クリスちゃん、今までありがとうね! 本当に楽しい時間だった。キミと一緒なら、本当に世界も変えられるかもと本気で思えた……。これからは、キミはキミの人生を歩むんだ、誰かのためとか、使命とか、余計なことは考えなくていい。クリスちゃんは自分の幸せだけを考えるんだ! 無理はダメだよ! ぜ――、うぅぅ……、さ、さようなら、クリスちゃん……」
魔王の顔から一粒の涙が滴り落ちた。そして、私の前から立ち去った、私の返答を待たずに……。そして――
――魔王ゴウマは、勇者達に殺された。




