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 私は、人間が嫌いだ――。


 クリスと名付けられた私は、物心つく前に奴隷商人に売られた。父親と呼ぶ人間は、わずかな酒代のために私を売ったのだ。


 奴隷になった私は、もうすでに人間ではなかったかもしれない。教育を受けてこなかった私が、最初に教わったことは一つだけ、買い主のために生き、買い主のために死ぬということ。ただ、それだけなのだ。何も考えず、何も求めず、ただこのゴミのような人間のために奉仕することが、私が生きている理由だった……。


 そんなある日、絶望しかない生活から救い出してくれる人間が現れた。その人間は、勇者だった。彼は私に対して、教育を与え、感情を与え、生きることへの希望を与えてくれた。この時、人間として生まれてきたことに本心から良かったと初めて思えた。だから私は、この人間のために生き、この人間のために死のうと心に決めた。


 彼の仲間になり、しばらくして、彼の周りには、私以外にたくさんの女性仲間ができた。皆、彼に対して好意を持ち、彼の気を引こうと必死のようだった。そんな彼女らの姿は、私を必死にさせた。必死に身体を鍛え、必死に魔法を覚え、彼の為に出来ることは、何でも必死にやった。そう、ただ彼に認められるために。その甲斐あって、魔王討伐の最終パーティーに選ばれた。『嬉しい』と言う感情が生れたのは、この時だった――。


 魔族は――人間の敵、滅ばさなければいけない存在と言うのが人間たちの常識である。この世界で幸せに生きる為には、魔族を殺さないといけないのだ。そう、人間は正義で魔族は悪、魔王城に踏み入れた時、私はそう信じていた。だがしかし、何かがおかしい……。目の前にいる漆黒の鎧に身を包んだ魔王は、勇者から私の命を救おうとした……。


 魔王と対峙した勇者は、今まで見せていた優しい笑顔の仮面を捨てた。その本性は、父親や買い主と何ら変わらない人間だった。仲間だと思っていた女たちもまた同じだった。そして、自分もまた知らない間にそんな汚い人間になっていたことに気付く。私は絶望した、信じてきたもの全てが嘘っぱちだったことに……。そして、私は勇者に殺された。


 私の記憶の中に――その勇者の名前、顔、全て、何もない。なぜかは分からないが、勇者だった人間の記憶だけがごっそり抜け落ちてしまったようだ。まぁ、死んでしまったし、もうどうでもいいと思った時――私は女神と出会った。


 綺麗な金色の髪をした女神は、人間として、もう一度チャンスを与えると言った。私は即座に拒否した。もう二度と人間とは関わりたくないからだ。そんな私に対して女神は、涙を流し、真っ直ぐに見つめる瞳で語り掛けてくる。「人間を嫌いにならないでほしい」「今まで努力してきたことを無駄にしないでほしい」「――は、そんなこと望んでない」と……。その声は、私の心のトビラを開かせるほど、響いた。


 そして、女神の言葉は、ある事を私に悟らせた。『与えられる側ではなく、与える側になろう、私と同じような人間を、私が救おう』と――。そして女神は、私に信じられない程のチカラを与え、私は二度目の人生、新しい世界へと転生した。


 新しい世界は、今までいた世界と同じだった、人間と魔族が争う世界だ。女神からチカラを授かっていた私には、強力な魔物も相手にはならなかった。私は、魔族に苦しめられている村々を訪ねては、無償で救っていった。国に依頼できない貧しい村人たちは、私に感謝し、いつしか私のことを『聖女』と呼ぶようになる。人に必要とされたことのなかった私にとって、素晴らしい日々が続いた。


 しかし、そんな日々は長くは続かない。私のことを信仰する者が増えたことにより、教会が動いた。神へ送る信仰が、私へと移ってゆくことに懸念を持ったようだ。更に女神から与えられた強すぎるチカラは、邪悪なチカラと判断され、私は魔女裁判にかけられる。名ばかりな裁判、一方的に言われる罵倒、発言を与えられる事もなく有罪となり、私は火あぶりの刑となった――。


 刑の執行される日、たくさんの民衆が集まった。その中には、私が救った人々、信仰する人々も多く集まっていた。そんな人々を見かけた時、私は満足感でいた。私の死を悲しみ、嘆いてくれるなら、と――。しかし、それは違った。私が信じていた人間たちは、私に対して憎しみの表情を浮かべながら石を投げ、罵倒を浴びせてくる。しまいには、私の事を魔族の手先と言う者まで現れた。私は分かっていた、あの者たちもまた自分の身を守ろうとしているだけだ、このまま私を信仰し続ければ、自分が異端者とされてしまう。分かる……分かるけど――私の心は死んだ……。所詮、人間なんて……。


 全てを諦め、死を待っている時だった――


 突如、目が眩むほどの光が、その場を包む。民衆からは悲鳴や怒号が上がる。何も見えない世界の中で、拘束した縄は切断され、私の体は誰かの腕に掴まれ、そのまま空へと浮かび上がった。しばらく飛行したあと、森の中へ着地する。私の視界もようやく戻ってきた。そして、最初に目にしたモノに息を飲む。それは、私を連れ出した者の顔にあった。人間ならあるはずの皮膚や肌と言ったものは一切なく、むき出しの骨だった。眼があるところには、眼はなく、赤く光るモノだけがある。そう、私を助けたのは――魔族の者だった。


 そして、その者はこう名乗った――『ゴウマ』と。


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