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「なぜじゃっ! なぜ、その名を知っておるのじゃっ……!」
俺の腕を掴み、力強く握り閉めたアルフは、今まで見せたことのない真剣な表情を浮かべる――。
「お、おい……」
アルフとの間に、こんな緊迫な空気が流れた事に、俺は戸惑った。そしてこの瞬間、俺が見てきた事、聞いてきた事、その全てが夢でも何でもない事が証明された。とりあえず俺は、不思議な体験の全てをアルフへ伝えようと口を開く。
「……」
しかし――、声が出ない……。なぜ声が発せられないのか分からない。不可解な体験をし、それが事実だとするなら、俺はアルフには伝えずにはいられない。なぜアルフが転生されたのか、その本当の理由を――。そして、『マーちゃん』と『女神イリア』の真の目的について――。だがしかし、またもや謎の感情が頭の中に浮かぶ。『絶対に話してはダメだ』と……。これは、勇者ユウタの事を言ってしまった時の『ヤベぇっ!』と、よく似た感覚だった。
伝えたいのに伝えられない、何ともモヤモヤする状態に陥った俺に対して、強く腕を掴んだままのアルフは、その口を動かす。
「この世界に転生してから、ずっと……考えておることがあるのじゃ……。以前と何かが違う……何か大事なことを忘れているのではないのかという違和感……ずっと感じておった……。さっきお主が言ったが、前の世界で最後に戦った勇者の名が『ユウタ』なのじゃ……。その勇者は、余が倒した……なのに……なぜ……余は死んでおるのだ……? 何も覚えておらんのじゃ……、どうやって死んだのかも分からないのじゃ……。マサオよ……、教えてほしい……、なぜ余の世界の事なんて知る由もないお主が、最後に戦った勇者の名を知っておったのか……? なあ、マサオよ……、何か知っておるなら教えてほしい……」
真剣な眼差しは、俺の瞳を映した。次の瞬間、最初に浮かんだ言葉があった。『アルフの中にある私に関する記憶だけを全て消してほしい』という、マーちゃんの言葉だ。そして、アルフの言う『何か大事なことを忘れているのではないのか』っていうのは、『マーちゃんのこと全て』だ……。アルフの記憶が操作されている、瞬時に俺は理解した。なぜ、まーちゃんはそんな指示をしたのか……? その意図は……? 現にアルフはそのことで苦しんでいる……。それが事実だ。怒りの似た感情が俺を包む。言ってやりたい、マーちゃんのこと全てを……、だがしかし、そんな感情が支配しても俺の口は、意に反して動こうとしてない……。
そんな俺の姿を見続けているアルフは――
「なぜじゃっ! なぜ、何も言わんのじゃっ! お主は何かを知っておるっ!!」
その声は、だんだんと荒くなる。この世界で出会って、今まで――、レベル350の異世界魔王と遭遇しようとも――、何度も死にかけようとも――、いつだって何を考えているのか分からないトンチンカンなことばかり言っていた。それは、いつだって余裕かつ冷静だったからだ……。そんなコイツが……、声を荒げ感情をあらわにしている……。
「いくら……いつまで黙っておったっても……何も変わらん……。お主は勇者の名を言ったのじゃっ! その事実は変わらんっ! もう知っておること言うしか、終わらんのじゃぞっ!」
俺の腕を掴んだ力は、だんだんと増している。それは絶対に逃さないっということなのだろうか、捲し立てるように発せられた言葉を表現しているかのように力強く、その感情が伝わってくる。
もうっ! 話させてくれっ……! 頼む! あぁもう! じゃあ、どうすればいいんだよ? どうせ操作しているのは、マーちゃんなんだろ? 教えてくれ、どうにもならないんだよ……、アルフの言っていることは全て正しい。もう既に、俺が知っていることを誤魔化せる状態じゃないんだ……。口を滑らす前には戻れないんだよ……、だったら話す以外ないだろ……? なぁ、わかってくれよ……マーちゃん……。
――心の中で、そう懇願した時だった。
「オーホホホっ! ゴホゴホ……! いやぁ、本当にビックリしましたよ……、まさか……そんなチカラを隠し持っているとは……、ワタシがレベル350ではなかったら、死んでましたよ……。ゴホゴホ……!」
この声は、すっかり忘れていた異世界魔王ゴウマだった。自慢の武器を杖代わりにして、ヨロヨロと歩く姿は、もう既に魔王の風格はない。そんな状態にも関わらず、ゴウマは――
「いやいや……本当は嬉しいですよ……。レベル350にもなると、本気を出せる相手がいませんからねぇ……! 実に嬉しい誤算です……! オーホホホっ! さぁ、お見せしましょう! ワタクシの……レベル350……本気の実力――」
負け惜しみに感じられる発言だが、魔王ゴウマによる最高の見せ場でもあるセリフの最中に、ある者が遮ってしまう。
「うるさい……」
――と、その言葉は、小声で呟かれた。
話の腰を砕かれたゴウマは、一瞬固まるがその後、調子を取り戻す。
「オーホホホっ! 今、なんと言ったのです?」
と、聞き直す。すると――
「レベル350……レベル350……うるさい……、こっちは大事な話をしておる……邪魔するな……」
その者は、据わった目で――そう言った。
テンションにかなりの差はあるが、魔王ゴウマも負けずに口にする。
「オーホホホっ! ワタシのレベル350に妬んでらっしゃるのですか? オーホホホっ! それとも、ワタシが本気を出すと聞いて狼狽えて――」
「うるさい……」
「えっ……?」
「うるさいうるさいうるさいうるさい……黙れ黙れ黙れ黙れ……」
その声は、徐々に大きくなり続けた。そして、ついにパンパンになった風船が破裂するように、その声は爆発する。
「だまれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
この大空洞が揺れるほどに、響き渡る叫び声だった――
突然のことに俺は、驚きのあまり固まってしまう。そして俺同様、レベル350自慢の魔王もまた固まっている。
次の瞬間――
『バリバリッ! バリバリッ! バリバリッ! バリバリッ! バリバリッ!』
と、少し前に聞いたことのある、マジックテープを剥がすような音が耳に届く。そして俺は絶句した。この光景は見たことがある……。二度と見たくないと心の底から願った光景だった……。それは禍々しく嫌な空間が広がりつづあった。何もない空間が急激に捻り歪み始め、所々、空間に亀裂が入り始めている……。二度と忘れることはできないだろう……『世界の終焉』の光景が、そこにあった――。




