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ギャグ漫画の様に、遠く離れた場所まで飛ばされたゴウマは、倒れたままピクリとも動かない――。
一度は死を受け入れ、諦めた状況からの――、コレである……。リアクションに定評のある俺でも声一つ出せなかった。それは、展開についていけてないからである。そんな時、守られる側から守る側へと立場を勝手にチェンジさせた張本人は、
「あぁぁぁもぉぉぉ! イライラするのぅ! もう少しでイキそうじゃったのにぃぃぃ!!」
などと、わけのわからない事を喚き散らしながら、顔を真っ赤にさせていた。そんなアルフを冷めた眼差しで見続けること一時、だんだんと俺の頭は正常運転に切り変わる。
そして――
「あっ! ちょっ! ちょっ! ちょぉぉぉぉぉ!! な、な、な、な、何だよ今のは? 何が起きたんだ? ど、ど、ど、ど、ど、どういうことだぁぁぁぁぁ!?」
――考えるより先に声が出た。
四つんばいになったままの姿勢で、俺は下で寝そべっている少女へと喚き散らす。傍から見れば、完全な犯罪光景である。すると、
「あーもう! なんじゃ急に! ツバを撒き散らすではない! 余はこういう特殊なプレイは好まん! いいか、余は初心者なのじゃ……、さっきみたいに優しくしてたもれ……」
顔に付いたツバを拭いながらアルフは、頬を紅色に染めながら言った。――話の内容、見た目は幼気な少女、完全に犯罪構図である。俺は飛び跳ねるように立ち上がった。
「あわわわ! ちが……ちが……違うぞぉ!! お、お前、勘違いするなよ! そういう事じゃないんだからな! んっ? あれ……? ちょっ! そ、そんな事どうでもいいんだよ! さっきの力はなんだ! も、もしかして、『魔王のチカラ』ってヤツが戻ったのかっ?」
散弾の様に飛び交うツバが自分でも分かる程、興奮冷めやまない俺は吠えた。しかし、そんな俺とは対照的にアルフは、ゆっくりと立ち上がり、やれやれっと言った感じで服に付いたホコリをポンポンと叩きながら口を開く。
「なんじゃ? 気づいておらんかったのか?」
「は、はい? そんな事、気付くわけ無いだろっ! 俺は異世界初心者なんだ、分かるわけないって……」
「ちょっと考えば分かると思うがのぅ……、今の状態がおかしいとは思わんのか? 瀕死状態だった余たちが、なぜピンピンしておる? 誰かが回復魔法でもしてくれたわけでもないのに」
「あっ! た、たしかに……。ど、ど、どういうことだってばよ?」
アルフが説いていることは、まさにその通りである。なぜ、今まで気付かなかったのか不思議なレベルだ。呆気に取られすぎて、思わず大好きな漫画の主人公の口癖が飛び出した。口癖の元ネタなんて分かるはずのないアルフは、何のリアクションもないまま俺の疑問に答え始めた。
「まぁ、普通に考えて、余の自動発動スキルじゃろうな」
「な、なんだよ、それ?」
「ダメージを受けた際、自動に全回復するスキルじゃ。まぁ、今まで発動したことはないがな! ほらっ、捻った足首ももう痛くないじゃろ?」
「あっ! 本当だ……。な、なにそれ……、もう最強じゃん……」
「自動回復が発動した根拠として、なぜかは分からんが魔王時代の魔力と身体能力が、ちゃっかり復活しておる」
そう言い終えると、アルフは俺の目の前に手の平を見せる様に開いた。すると、パチパチと小さなスパークが発生したかと思えば、突如『ブォッ!』と言う音が鳴り、アルフの手は真黒な炎に包まれた。
「ほらなっ!」
と、ごく当然のモノを見せる様に元魔王は言った。マジックショーに対して、目を輝かしている子供の様になっちゃった俺は、はしゃぐ気持ちを抑えられず声にする。
「おっおっおっ! す、すげぇ!! ソレ熱くないのか?」
「特に熱くはないのぅ、この炎の効果じゃが――」
黒い炎の説明が入ったところで、俺は我慢できず遮って声を上げた。
「し、知ってるっ! ソレ、決して消えない炎だろ? 黒炎ってヤツだぁ! カッコいいなぁ!」
漫画の世界が今まさに目の前にある、テンションマックスになった俺の眼は釘付けになる。そんな童心に戻った俺に対してアルフは、
「いや、消えるぞ。火は水に弱いの、知らんのか? 水をかけたら消えてしまうんじゃぞ。ちなみに、この炎の効果じゃが、寒い時にやると温かくなるのじゃ! 凄いじゃろ?」
「あ……、そうなんだ……。う、うん、すごいね……」
話は完全に逸れてしまったが、現実に引き戻された俺は、アルフへ一番大事なことを問う。
「魔王のチカラが戻ったってことは、あの魔王ゴウマを倒せるってことか?」
血液が脳を回る感触を感じつつ、その答えを待った。そして、アルフは表情一つ変えず答える。
「んっ? まぁ、倒すのは簡単じゃが……、使ってた鎧が無いからのぅ、この洞窟を崩さずやるのは難しいかもしれんなぁ……。この洞窟を崩したら、あの勇者死んでしまいそうじゃし……」
「洞窟を崩す……? そ、その鎧がないと困るのか?」
「まぁのぅ……、魔王時代に着てた鎧は、身体能力半減っていう謳い文句じゃったが、実際は十分の一まで下げてくれたから、助かっておったのじゃ。力の加減次第では、道具も使えたしな。じゃが、今のままでは、チカラのコントロールができんから困ったのぅ……」
アルフは少し困った表情を浮かべる。それと同時に、俺の中である驚きがグツグツと湧いてくる。俺は思わず声に出してしまった。この発言が今後、面倒な事になる事とは、この時は知る由もなかった。
「えっ? 身体能力、十分の一って……。そんな状態で『勇者ユウタ』を倒したのかよっ!」
この瞬間、頭の中に『ヤベぇっ!』という感情が、なぜか浮かぶ。そして、俺の言葉を受け取ったアルフは、初めて見せる驚きの表情を浮かべ小声で放った。
「なぜ……その名を知っているのじゃ……?」




