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 ここイリアカントの城下町は、英雄イリアを祀っている聖地である。

 英雄イリアの伝説は世界で知らない者がいないほどの神話になっていた。


 イリアのように勇敢になりたいとして、この街に訪れて冒険者になる風習ができている。登竜門的な存在のイリアカントでは、初心者冒険者たちのための施設がたくさんあり、他国から来た一文無しの者には冒険者になるだけで一人100イリトアル与える補助金まで完備している程、安心して冒険者になることができるのだ。ちなみに、この世界の通貨単位は全国共通で『イリトアル』である。


 そのことを聞きつけて200イリトアルを乞食に向かう、おかしな二人組がいた。


 長過ぎる袖を腕まくりしブカブカの学ランを自分なりにコーディネートして着ている少女と、その学ランを奪われて不機嫌そうにしている少年である。


「おい、マサオ! メシはまだか? 余はハラが減ったのじゃ!」

「ちょっと待てって、さっき聞いただろ? 冒険者になれば金が入るから、それで何か食おうぜ……。それとな、お前と行動することは決めたが手下になるつもりはないから覚えとけよ!」


 マサオは眉を細めて言った。


「分かっとる! お主とは運命共同体じゃ! 仲良くしていこうぞ」

「そうかい……、そんなことより学ラン早く返せよ」

「嫌じゃ! 余に見窄らしい格好で町を歩けっていうのか! 大魔王アルフぞ!」

「はいはい、その話は何度も聞いたよ……」


 アルフは、自分が魔王であるという風格を出すために胸を張って歩く。

 それとは対象的にマサオは、猫背に下ばかり向いて歩いた。


 そして、話に聞いていた冒険者として登録する建物へやってきた。

 建物は古代ローマの遺跡のような形で、学校の体育館ほどの大きさがあった。


 これから冒険者の始まりと思い自然と力が入り、ゴクリと唾を飲み込んだ――


「アルフ行くぞ!」

「よし! 参ろうぞ!」


 二人の冒険者としての人生がここからはじまる――


 建物の中には冒険者希望の若者たちが大勢やってきていた、ある者は村では力自慢であったであろう大男、ある者は神童と呼ばれたメガネをかけた少年、ある者はお店の看板娘だったと思える可愛らしい少女、さまざまな者たちが冒険者を夢見てここに来ているのだ。そして、この二人も――


 そんな冒険者の卵たちの熱い気持ちを受けとめてきたベテラン受付嬢『ミーナ』がいた。御歳28歳、独身、受付として10年勤務している。肩まで伸びた栗のようなブラウン色の髪、済んだ瞳、顔立ちも美しい、何より彼女を魅了したのが豊満な胸であった。そんな彼女が日頃、冒険者を希望する熱い気持ちを受け止めることが至福の一時でもある。


「はい、次の方どうぞ」


 ミーナは美しい声で冒険者を目指す気持ちをくすぐるように誘う。

 やってきたのは、この世界では見かけない服装の二人組だった。

 少年は何かを求めるように興奮気味に鼻息を荒くしていた。

 もう一人は余裕を必死に出そうと腰に手を置き、偉そうにしていた少女である。


 この二人は何かしら? 兄妹かしら? それにしても似ていない兄妹ね?

 まぁいいわ、アナタたちの熱い気持ちを私にぶつけて! そして私を喜ばせて!

 ――ちょっとMっけのあるミーナさんは、そんなことを思いながら口を開く、 


「冒険者を希望されているんですか?」


 ミーナは優しく二人に問いかける。

 すると、二人は受付の机に前のめりになり興奮気味に――


「あ、あ、あの! 冒険者になったお金は今、今、今貰えるんですか?」

「金は貰えるんか? 貰えんと余はとっても困るんじゃ!」


 二人は同時に訴えてきた。

 それに対してミーナは体を後ろに反らし引き気味な顔で対応する。


「は、はい。冒険者の登録後、別館にてチュートリアルがありますので、その後100イリトアルは貰えますよ」


 それを聞いた二人組は、


「よっしゃぁぁぁ! 特別な条件とか無くてよかったぁ! これで呪いの装備にメシメシ連呼される呪いからも解放される!」

「やっとメシじゃぁぁぁぁぁ! 余はハラが減ったのじゃぁぁぁぁぁ! 早く食わせろぉぉぉぉぉ!」


 二人の声は広い建物中に響き渡りる。

 会場のいた者たちは、何事だと注目しざわめき始めた。

 その瞬間――


『バン!』


 と机を叩く音が、全ての雑音を収めた。

 驚いた、その場の全員の目線の集める。

 そこには、鬼の形相に変化したベテラン受付嬢ニーナさんがいた。

 彼女は冷静を保とうと、静かな口調で話し始める。


「ア、アナタたち……、冒険者は神聖な職業なのですよ。英雄イリア様を目指す者のためにあるんです。お金目当てになろうとするなら今すぐ帰ってください!」


 ニーナは必死に怒りを抑えひねり出すように丁寧な口調でお帰りを求める。

 それに対してマサオとアルフは突然のことに固まっていた。


「おい、マサオ! この胸のデカイ女は何を怒っておるのじゃ?」

「たぶん冒険者になる動機が、お金目当てだから怒ってるんじゃないのか」


 二人が小声で話していると、


「ちょっとアナタたち聞いてますか? 不純な動機なら帰って下さい。他の待ってる方の迷惑になるので!」


 ニーナが強い口調で言う。

 マサオは冷や汗流し小刻みに震えた――


 ヤバイ! これは非常にヤバイぞ! 冒険者になれなくてお金が入らなかったらアルフがどうなるかわからん。それにせっかく異世界まで来て冒険者になれなかったら何のために来たのかわからんぞ! とにかく機嫌を取らないと……。


 少年は女神を相手をした時と同様、機嫌を取る作戦を考えていた。

 ――バカの一つ覚えである。


 そして、ペコペコと頭を下げながら口を開く、


「あ、あの、先程のご無礼申し訳ございません。言い訳になってしまいますが、私とソコにいるツレは遠方より冒険者になるためイリアカントに来ました。もちろん、英雄イリア様のようになりたくて……。しかしながら、とても遠い国より参りましたので路銀が途中でなくなってしまい何日も食べていなかったため、つい……。それと受け付けの方が、絶世の美女だったのでテンションが上がってしまいました。本当にごめんなさい!」


 マサオは深々と頭を下げる。

 捨てられた子犬のような目でチラチラと覗き込むようにニーナを見つめた。

 ――それにしても機嫌の取り方に変化のない男である。


 さすがに激怒中のニーナが、取ってつけたような謝罪にのるはずが――


「わ、私が絶世の美女? ま、まぁ今回は事情が事情ですし、それに半分は私のせいみたいだし……」


 ニーナは頬を染めながら答える。

 ――この女もチョロかった……。


 マサオはニヤリとするのであった。 


「では、冒険者の受け付けを始めますよ。まず、このマジックアイテムでアナタのステータスを測りますまで手で触れて下さい。ちなみにこのアイテムの名前はステータスの管理をするマジックアイテムなので『ステマ』と言います」

「ス、ステマ……?」


 マサオは困惑した。

 ――あまり良いイメージの名前じゃない……。


 ニーナが机の下からステマを出した。

 大きさは縦13cm横7cm厚さ1cmと、ちょうどスマホと同じ位の大きさ。

 色は真っ黒、それは平らな石のようにも見える。

 言われるままにソレに触れると真っ黒なその石は光だし文字が浮かび上がる。

 そこに書かれていたものは――、


『ちから3 すばやさ2 スタミナ2 かしこさ3 うんのよさ2』


 マサオはステマに書かれているのを見るなり、眉を細める。


「なんか、学校の通信簿みたいだな……これは?」


 異世界デビューを目指す少年がニーナへと目線を合わせる。

 彼女は、笑いを堪えているように口に手を当て体を震わせていた。


「ゴホン、こ、これは……、フフフ……、これはアナタの現ステータスです……、フフフ……、このステマに触れたことで登録されましたので、今後のステータス管理もきるんです。フフフ……レ、レベルが上がった際もお知らせしますし、ステータスを振り分けるのもコレでできますので……フフフ……」


 マサオはすぐに気づいた。

 この巨乳が笑っている理由は、俺の初期ステータスが低すぎると……。


 少年は一気に暗い顔になり、


「はぁ……、俺の初期ステそんなに酷いんですか……」


 ニーナは少年の様子を見て「はっ!」と自分が笑いすぎたことを反省した。


「いえいえ、そんなことないですよ! 皆さんそれぞれですから。たぶん、戦いと関係ない国で育ったんですね! それは羨ましいことですよ! それに初期ステータスはそんなに関係ないですよ。一番大事なのはレベルが上がった際のステータスに振れるポイントの大きさのレベル幅なんです! この国の勇者『グルモ』様だって初期ステータスは大したことなかったと聞いてますよ。ですがレベル幅は20ポイントと最高だったんです! マサオさんもきっとレベル幅は良いはずですから元気だして下さい!」


 ニーナは必死に少年を元気つけようとしていた。

 すると、ステマが光だしマサオのレベル幅を表示する――


『レベル幅2ポイント』


 ニーナがその数字を見た瞬間、時が止まった。

 少年から顔を背け、堪えていたものが全て表へ吐き出した。


「フフフッ……ハハハハハ! 2って、2って、初期ステータス一桁なのに2ってどういうこと……、ご、ご、ごめんなさいね。フフフ……」


 マサオは泣きそうなるのをグッと堪えていた。


「2って、そんなに酷いんですか……?」

「いいえ、そんなことないです! フフフ……、普通ですよ!」


 ――嘘だ!


 ニーナはひとしきり笑い、気が済んだところで業務に戻る。

 少年の心にキズを与えたことを気にせずに――


「先ほど言いましたが、ステータス振り分けって言うのはレベルが上がった際に貰えるポイントを、力、素早さ、スタミナ、賢さ、運のよさのいづれかに振り分けることができるんです。その上がったステータスによって特別職も選択できるようになります。例えば力50スタミナ50を越えれば『戦士』になれます。そうすれば特別職専用のスキルや魔法も覚えられますよ」


 詳しい話を聞いて少年は真剣に考えた――


 今のステータスから、もし戦士になるには、え~と……、レベル48? 

 ちょっと待て! レベル48まで特別職になれないってこと? 

 ゲームならそんなレベル終盤じゃん! もうラスボスと戦えるレベルじゃん!

 いやいや、ちょっと落ち着け俺、ゲームと同じに考えるのは安易だ。

 レベルが99までとは限らない!

 どんなに初期ステが低かろうと……、成長が遅かろうと……。

 努力すればいつの日か勇者になり異世界デビューを果たすんだ! 頑張れ俺!


 マサオは希望を捨ててなかった、いつの日か輝ける未来を信じて。

 夢見る少年は一番大事なことを聞いた。


「ちなみにレベルの上限はいくつですか?」

「あ、はい! レベル99までです! そのステマは登録した人の将来の伸びしろを数字化して、それを99分割にしているので、レベルは99以上にはなりませんよ」


 「ば~ん!」と頭上からタライが落ちてきた衝撃のようなものを感じた。

 嫌な予感しかしない……。


「ち、ち、ちなみに勇者になるステータス条件はいくつなんですか?」

「勇者は全ステータス100以上です!」

「えっ?」


 ちょっと待ってよぉぉぉぉぉ! 俺のレベル幅じゃレベル245必要じゃん!

 ――少年は異世界デビューが音を立てて崩れ去るイメージが目の前に現れた。


 ガクッと下を向いた。


「俺は勇者には……、なれないんですね……」


 ミーナは少年の意外な発言にあっけにとられてしまった。


「え? ちょっと……。勇者になりたかったんですか? ちょっと待って……、せっかく収まったのに、フフフ……、アハハハハ! そのステータスから勇者目指すなんて身の程も知らないにも程がありますよ! ちなみに勇者は、この世界に7人しかいないんですよ。やだ可笑しい、お腹痛くなったじゃないですか」


 マサオから感情という表情は、もはや消えていた――


 あぁそうだよなぁ……、これが現実だよな……。

 平和な日本の温室育ちが異世界で活躍できるわけないよな……。

 ラノベみたいに俺TUEEEEできるわけないんだよ。

 特別な力もないし、あるのは元魔王という呪いぐらいだもんなぁ……。

 あっ! やっぱりそうだ、運のよさ1だよ。うんうんうん、わかってた……。


 ――異世界デビューも失敗し、少年は真っ白になり燃え尽きていた。


 その時「ポンッ」と彼の肩に手を置いた者がいた。

 それは、小さな体で大きな自信を持ちわせた元魔王のアルフである。


「マサオ元気出すのじゃ! よう分からんが、冒険者としての資質が低いってことじゃろ! 心配せんでええ! 余がおる! 大魔王の余なら最高のレベル幅ってヤツを出して、あのオッパイお化けをギャフンと言わせたる!」


 元魔王が輝く神様に見えた……。

 この発言はマサオに希望を与えるのである。


「そうだよな! お前、魔王だったんだから俺と違って潜在能力は人間と比じゃないよな! よし! よし! 俺、アルフと出会えて初めて嬉しいと思ったわ!」

「おいおい、おだてても何も出んぞ! ハーハッハー!」


 自分が弱くても勇者のパーティーにいるだけで異世界デビューは果たせる。

 と本気で思い始めていた。

 ――完全な他力本願である、それでいいのかマサオ。


「おい、アルフ! 先に言っとくが俺が足手まといになっても絶対に捨てるなよ」


 ――さっきまで魔王を足手まとい扱いしてた人間とは思えない発言である。


「急に何を言っておるのじゃ、当たり前じゃろ!」

「ア、アルフ……、お前、魔王にくせに良い奴だな……」


 魔王の懐の深さに泣いてしまった。

 呪いなんて言ってごめんと本気で謝った。


「ゴホンッ! では、次の方どうぞ」


 少年と少女のクサイ寸劇にしびれを切らしたミーナが話に割って入った。

 アルフは目を輝かせ胸を張って受け付けのテーブルに向う。

 その顔は自信の程をのぞかせる。

 テーブルの前に立つが背が足りず、背伸びをしていた。


「よ、よし! 頼もう!」


 足をプルプルさせながら、腹の底から声を上げる。

 対してミーナは疑う顔で、


「ん~? お嬢ちゃんいくつ?」

「年齢はわからん! 魔王の頃は100歳ぐらいじゃ」

「魔王? うんうん、そうだね」


 ミーナは思った、この子は可哀想な子なんだと……。

 机の下から新しいステマを出し、アルフの前に出す。


「じゃあコレに触れてね!」

「よし! 余のステータスを見て腰を抜かすなよ! このオッパイお化けが!」


 元魔王はステマに触れる、そして光出す。

 マサオは祈った――


 頼む! とんでもない数字を出してくれぇぇぇぇぇ!


 とんでもない数字が出るのか?

 期待と希望が二人を包み込む。

 そして、ステマから文字が浮かび上がる――


『ちから すばやさ スタミナ かしこさ うんのよさ』


 ステータス項目は表記されるが、その能力の数字化がされずにいた。

 少年はステマを睨みつけ、


「何も表示されないけど、壊れているのか?」


 すると、アルフの頭の上に「ピコン!」と電球が出てくる。


「わかったぞ! 余が強すぎて表示しきれんのじゃ! こんな人間が作ったアイテムで魔王の力を測るなんておこがましいのじゃ! ハーハッハー!」


 魔王が大笑いしていると、ニーナは「ポンッ」と手を打った。


「あーやっぱり、15歳未満は冒険者になれないんですよ」


 二人の表情から感情が消えた……。

 ――ダメじゃん。

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