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今、理解を超える現象が起きている……。俺の脇からひょこっと飛び出ている細い細い腕が、まぐろ解体に使用されるデカ太包丁より更にデカイ魔王の鎌を受け止めている。
「えっ……えっ……えっ……えっ……」
壊れた首振り人形みたいになってしまった俺の首は、忙しく動きながらそんな声を鳴らしている。俺の目線は、二人の魔王を交互に繰り返しキョロキョロする。一方は歯ぎしりを鳴らしながら力み続ける表情の魔王ゴウマ、一方はスベった芸を見続ける観客のような表情を浮かべる元魔王アルフ。それは――地底に沸き立つ溶岩とペンギンがチョコチョコしている南極の表面ぐらい温度差があった。
「ぐぎぎぎっ!! そ、そんなはずは……! な、何が起きている……? ぐぐぐっ……!」
ドクロ面のくせにイッチョ前に青筋を立てながら、魔王ゴウマは驚き声を上げた。一方、鎌の刃先を二本指のみで止め続けているアルフは、
「おーいっ! 聞いておるのかぁ? 余たちは子作りで忙しいのじゃ、邪魔するでない」
映画館の中、前に座っている人が異様に座高が高く、それに対して軽く苦情を言う人みたいな言い方で声をかけるアルフ。この二人、温度差があり過ぎて会話が噛み合っていないご様子だ。ゴウマからすれば、勝ち確からのトンデモ展開、だんだんと表情は曇り始め、焦りの汗が滴り落ちる。地面に降り注ぐ汗の数だけ握り締めた鎌には、更にチカラが加えられ続けている。
「ぐぐぐっ! うおぉぉぉぉぉ! ふぎぃぃぃぃぃ!」
踏ん張り過ぎて変な声が出ちゃっているゴウマだったが、その力は凄まじく、みるみるうちに俺等を支えている地面は次々と砕け、メキメキ……メキメキ……と嫌な音を立てながら地の底へと埋もれてゆきそうになる。そんな時だった、アルフの表情が変わってゆく事に気づく。
そして――
「はぁ……邪魔するなって言ったよな……? いい加減にしないと余も怒るぞ……」
と、トーンを下げた声で言うと、鎌の刃先を二本指で止めていた右手が静かに動いた。その仕草は、ダーツを投げるフォームのように手首をクイッと上げた。ただそれだけの動きなのだが、俺の目線は釘付けになる――。
目の前で起こっている事は、夢や幻ではなかった、現実に行われている事だった――アルフの手首がほんの数センチ動かす事は、つまりその刃先を支点に90度動かす事になる。そして数メートルある鎌ってことは、その動きもまた大きくなる。それと伴い力強く握りしめ続けていた魔王ゴウマをも動かすことになった。3メートルはある巨体は、みるみるうちに鎌の柄を掴んだまま軽々と浮き始めた――。
「えええええええええ!」
剣を持ったプラモデルのロボット――目の前の光景で頭に浮かんだのはソレだった。子供の頃、剣の先っちょの部分を掴んで振り回した、あの頃の光景に似ていた。この物理法則を無視したような動きには、声を上げずにはいられなかった。そして、プラモデル役にされた当の本人は、
「あっ? ちょっ! えぇぇぇぇっ!」
まあ、そうなる。俺がゴウマの立場なら全く同じリアクションをしただろう。
軽々と浮かされた魔王は、今の状況が飲ま込めないでいるのか固まってしまっている。
そして次の瞬間――
かるく手首動かす様にするアルフは、しなやかなスナップをきかせ、ダーツを放るかの様に鎌ごとリアル魔王を投げた。
――その光景は、俺の身体も固まり目が点になる。漫画なら『ピューン!』という効果音が描かれるじゃないかと思うほど、めちゃくちゃ飛んだ、いや飛び過ぎた。むかし球場で観たプロ野球選手のホームランより飛んでいった。ギャグかよってツッコミたくなるレベルだ。
その後どうなったか言うと、ギャグ漫画のように飛んでいった魔王ゴウマは、大空洞の天井にぶつかったと思えば、そのまま跳ね返り、その後いくつかの壁に激突、跳ね返りを続け、ピンボールなら高得点だなぁと思いつつ、その後、地面に倒れ込んだ。
あり得ない光景を目の当たりした俺は、全く思考が働いていない。当然、アルフに対して何を言えばいいのか、そんな簡単な事さえも思い付かないでいた。
すると――
「あーあ……、せっかく良いところじゃったのに……、すっかり興が冷めてしまったのじゃ……、なぁ、マサオ」
無垢な少女の姿で、元魔王はそう言った――。




