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恋愛中と勘違いているアルフは、魔王ゴウマの会心の一撃を二本指だけで止めた。ちょうどその頃、天使ユイ改め勇者ユイを見送った後の天界では、かぶりつくように水晶を覗き込む女神イリアの姿があった。
「えっ? えっ? えぇぇぇぇ! マジっ!? す、凄っ!」
興奮を隠せないイリアは、水晶の表面に力強く両手を置いた。その指先は小刻みに震え、眼球が飛び出ちゃいそうなくらい真ん丸していた。そして、震えた右手をゆっくりと、あんぐりと開きっぱなしになった口へと持ってゆく。
「し、信じられない……、マーちゃんの言った通りになってる……これなら――」
イリアが、そう口にしている時、『転生の間』の扉の外から慌ただしい音がイリアの耳に届く。バタバタと複数人の足音、ガチャガチャと鎧姿の者が動く音――そして、その音はだんだんと扉の前に集まっている。
「はぁ……もう来ちゃったみたいね……、もうちょっと……この先が見たかったけど、しょうがないわね……」
肩を下ろしたイリアは、小さな声でそう呟いた。
そして次の瞬間――
『ガチャっ!』
勢い良く開いた扉から全身鎧姿の衛兵たちが、決壊したダムの様に一気になだれ込んで来て、女神イリアを包囲するように隊列を組む。そして、その中の一人から声が上がる。
「女神イリア様……誠に遺憾ですが……、あなたには拘束命令が下ってます……、どうか私達と同行して下さい……」
それを聞いたイリアは、長い髪をふわっとなびかせながら口を開く。
「一つ聞きたいんだけど、誰がそんな命令出したのかしら?」
その言葉は、部屋全体へ広がった。このメッセージは、目の前の衛兵に向けてない、ある者へ送ったものだった。
そして、しばらく沈黙の後――
「私だ」
たくさんの衛兵達の後ろから女性の声が上がる。そして、その声が合図だったのか、均等に並んだ隊列は、海を割ったモーゼの如く、ある者を中心に隊列は割れた。
その中心から現れた者は、コツコツと黒のハイヒールを高鳴らせ、ゆっくりと衛兵たちが開いた道を優雅に歩いた。その者の姿を一言で言うなら『黒』だった。真っ黒のワンピースに黒いハイヒール、黒のマニキュアに黒髪。何もかもが黒だった。そして、なにより目を引くのが、全てが綺麗に切り揃えた髪、ぱっつんオカッパヘアである。前髪から肩に届かないほどの横髪が直角になっている、几帳面さが髪型からにじみ出てきていた。
その姿を認識したイリアは、ジトーとした目で口を開く。
「やっぱりアナタだったのね……女神ウキヨ……、はぁ……バレていたか……、世界のシステムを管理する女神なんだから当たり前か……トホホ……」
ショボーンした顔で呟くイリアに対して、鋭い眼光を飛ばすウキヨは応える。
「ふんっ! バカか、お前は! あんな茶番で気づかないと思ったのか? よくもまぁ、ポンポンと禁忌を行ってくれたなー! 最も禁止されている自死した者の転生、それだころか特異点の魔王アルフとは恐れ入ったよ! 呆れ過ぎて笑うしかなかったぞ! お前だってよく分かってるんだろ? あの魔王アルフはヤバイ、アイツは本当にヤバイ……。あんなのを転生させるなんて、頭おかしいじゃないか? なぁ? どれだけ世界のシステムを歪めたいんだ? ああん? いくら女神だろうと許せる事じゃないぞ! ったく、どうせお前ことだ、『もう一つの特異点』をどうにかしようとしたんだろ? 何度も何度も会議して決定しただろ? アレは我々には、どうにもできない、神を超える力だ……、天災として放置する以外ない……。はぁ、まったく……後始末は全て私がやってやるから……」
冷徹な風貌から撒き散らされた言葉は、イリアのナイーブなハートにクリーンヒットする。
「うぇーん! やっぱり、あの魔王ゴウマっていうテンプレ魔王送ったのアナタね? ヒドイよー! ウッキーのこと唯一無二の親友だと思っていたのにーっ!」
泣きじゃくるイリアから発せられた言葉は、ウキヨのボルテージを更に上げた。
「ウッキー言うなっ! 猿の鳴き声みたいなあだ名をつけやがって! はぁ……、安心しろ、あのゴウマっていう魔王は、特異点アルフを始末したら、その後、私の部下が始末しに行く段取りになっている」
ウキヨの言うことを聞き、実は嘘泣きをしていたイリアは口元が緩む。
「フフフ……、あんな魔王でアルフを倒せると思ってるの……?」
「ああん? アレは世界のシステムが壊れない許容範囲ギリギリまで上げて調整している、いくら特異点でもどうにもならん。それに転生する際に『特異点のチカラ』を覚醒したままでは下界を通過できん、だからお前は器とチカラを分けたんだろ? それなら問題ない」
「フフフ……、じゃあ……コレ見て……!」
笑いを堪らえようと腕で口元を隠したイリアは、笑い声を必死にこらえながら低い声で言った。続いて、テーブルの上に置いてある水晶をウキヨに見せる。
不思議そうな表情を浮かべるウキヨは、水晶の中を覗き込んだ。
――――――
――――
――
彼女は――そのまま固まった。
そして、
「な、な、な、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
女神ウキヨの素顔が出た瞬間だった――




