76
「お、おい……、アルフよ……、その右眼はどうした……? 以前と色が違くないか……?」
魔王ゴウマの反応、3Dメガネの片方みたいになった俺の右眼、そしてアルフの右眼の色の変化、おのずと答えは出てくる……。俺は異世界の人間サイドでヒャッハーしたいわけで、魔族サイドでヒャッハーしたいわけではない……。俺は恐る恐るアルフへと気になる答えを尋ねた。すると、
「まぁまぁ、そんな小さな事、気にするな!」
これが、アルフの答えだった……。えっ? これって、小さな事じゃないよね? 人間辞めるか辞めないかってレベルの大事なことだよね……? 俺が色々と考えを巡らせていると、なぜかアルフは俺の身体いろんな所をペシペシと軽く叩き始めた。頭、顔、肩、腕、胸、腹、背中という流れで。
「おいっ! 何やってんだよっ!?」
アルフの顔を覗くと、そこにはとんでもない笑みを浮かべ、
「おっ! はぁはぁ……、おっおっ! はぁはぁ……、どこを触っても死なんぞ! よしよしっ! あぅー! こんなに嬉しいことはないぞぉぉぉ!」
と、訳のわからない事を呟いていた。そして、やべー顔をしたアルフは、俺の視線に気が付くと、
「あ、ちょっ! ゴ、ゴホンっ! マサオ、異常ナシじゃ!」
「何がだよっ!」
ニヤニヤ表情を必死に隠そうとするが、隠しきれていない異常アリのアルフであった。そうこうしていると、今の状況をすっかり忘れた二人に現実をぶつける者の声が発生する。
「オーホホホっ! 何やら楽しそうにしていますが、ワタシのこと忘れておりませんか?」
そう、俺は身体の変化が気になりすぎて、アルフは――、……、うん、まぁ、何かについて気になりすぎて、こいつの存在をすっかりを忘れていた。そんな存在感の薄い魔王、表情の変化が分かりづらいドクロヅラでありながら、顔が引きつっているのは、ハッキリと分かった。
「ず、ずいぶんとワタシも舐められたものですねぇ……! 人間の少年が『その眼』を持ったとしても、ワタシの優位性はなんら変わらないことを教えて差し上げましょう!」
震えた声でそう言った魔王ゴウマは、新装オープンの店の前に立て掛けられている旗ほどのデカさを持つエモノを力強く握り直すと、俺ら目掛けて一気に突進してくる。
「ま、マズイっ! 逃げないとっ……!!」
アルフを抱え倒れた状態のままでいた俺は、立ち上がろうと右足を立て、地面に対して踏ん張ろうとする。しかし――
「いったーっ!」
捻った足首も、魔王と一緒にすっかり忘れていた。高鳴る心臓の鼓動、噴出されるアドレナリン、一刻の猶予も無い。焦った俺は、
「ア、アルフっ! ヤ、ヤバいっ! ヤツが来る! 早く逃げないとっ!」
と、吠えながら、ゴウマからアルフへと視線を切り替えた。そこには、一心不乱に俺の足に対してペチペチするアルフの姿があった。呆れた俺は、
「おいおいおいっ! そんなことしてる場合じゃないんだ! 逃げないと殺されるんだぞっ!」
暴走列車のように怒鳴り散らす俺に対して、アルフは鈍行列車のような声で、
「今、余は忙しいのじゃ……! おっ! ココも大丈夫っ! おっおっ! ココもじゃ! ペチペチ……」
ダメだこりゃ……、アルフの助けを諦めた俺は、再びゴウマへと視線を切り替える。そこには――俺らの眼前に立ち塞がり、大きな鎌を振り上げる、そんな姿だった……。
「あっ……」
思わず声がこぼれた……。頭の中に浮んだ言葉は『またかよ……』だった。何度、死に直面するんだ、普通の人間なら一生のうち一度くらいの体験をこう何度も立て続けに続くと、誰かが操作しているのかと疑いたくなる。まぁ、今回ばっかりは、どうにもならい、逃げられない。そう、感じた瞬間だった、不思議な感情が俺の中から溢れ出してくる。この感情は知っている、俺の感情ではない、アイツの感情――そう、『マーちゃん』の感情だ。生前アルフにしてあげたかったこと、届けたかった言葉、そんな感情が俺の気持ちを支配した。
俺……いやマーちゃんは、アルフを守るため身を挺して覆い被さった。意味のないのことは分かっている、そんなことしてもあの鎌から守れないってことは……。だけど……こうしろっとマーちゃんのヤツが、ささやくのだからしょうがない。そんな俺の行動にアルフから声が上がる。
「おっ! おっ! おっ! おおおおお! マ、マ、マサオっ! おおおおおっ! おっ! おっ! おっ!」
何を勘違いしているのか、はしゃぐ声でそんなことを言い出す。だが……勘違いしたままでいいのかもしれない。この数秒後には俺達は死ぬ。だったら、それまでは笑顔でいて欲しいからな……。
次に、マーちゃんからの指令が俺の行動を決める。俺の右手は……自然と吸い寄せられるようにアルフの頭上へと動き、優しく頭をなで始めた。親が『いい子いい子』となでるみたいに……。サラサラな銀色の髪が指の間を滑るように通過していく。この瞬間、猫だったことでできなかった事、叶えたかった願いが、ようやくわかった気がした。そんな感傷的な気持ちになっている俺に対して、勘違い少女のボルテージは更に上がる。
「うおおおおおおおおおおおおっ!!!! こ、こ、これが恋愛かっ! おっ! おっ! おっ! 感動じゃ!」
もし生き残ったらこの勘違いをどう解けばいいのか……なんて考えると面倒この上ない。まぁ、今更考えても意味のないことなのだが……。
そして……最後の願いは――この言葉を代弁することだった。こんな時じゃなかったら、口が裂けても言えないセリフだ……。俺は……震える口でこう伝えた。
「アーちゃん……大丈夫……ずっと一緒にいるから……」
この言葉は、アルフを残して最期を遂げてしまったことへの心残りだったのか、最後に伝えたかったことだったのか、俺には分からない。しかし伝えた後、マーちゃんから感謝される気分を味わう。
そして、その時が来た……。
背中から感じる殺気、鎌が振り降ろされた『ヒュイン』という空気を斬る音、俺は身構えた。そのすぐ後に『ドスンっ!!』と味わったことのない衝撃が体を襲う――そんな次の瞬間だった。
「当たり前じゃ……」
アルフが……俺の耳元でそう言った――。




