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漆黒の鎧から黒い学ランに身を包んだアルフは、意識はないがしっかりとした呼吸をして俺の腕の中にいる。
「よっしゃあああああああああああああ!」
歓喜余って、堪らず声を上げる。
――風前の灯だった少女を助け出すヒーロー、ふふふ……悪くない……。俺、超超超かっこいいじゃん! くぅー! もうこれ、この世界の主人公じゃん!
そんな事を考えながら、二歩目にあたる左足を地面に踏み込んだ瞬間だった。
『ぐぎっ!』
左足から変な音が鳴る。
それは――テンションアゲアゲだったこと、地面が脆く足場が悪かったこと、その二つが相まって足首がグニャンと曲がった。
「あいったー!」
激痛の余り声が出る。
――俺はヒーローのはずだ……俺はヒーローのはずだ……っと繰り返し自分へ言い聞かせるように努力したが、捻挫の痛みはそれ以上だった。
体制を崩し、そのまま倒れ込む。
「マズイっ!」
このまま倒れ込んだら、アルフを潰してしまう……。最初に頭に浮かんだのは、その事だった。助け出して怪我させたら洒落にもならない、俺はヒーローなんだという意地と根性だけで痛む足にムチを打ち、アルフが下にならないように体をひねった。
そんな努力の甲斐もあり、地面とアルフの接触を防ぐことに成功する。その代償として俺の右肘が下敷きになる形なり、ズサーっと物凄い勢いで地面を擦り、学校指定のYシャツはビリビリに破れてしまう。
あぁ、これ右肘やっちまったなぁ……。小さい頃からコケた時に分かる擦りむいた感覚、めっちゃ血が出てるパティーンである。しかし頭がハイになっているせいなのか全く痛みは感じない。
すぐに血だらけだろう右肘を見てみると、目を疑うことになる。
問題の肘は、血が出ているどころか傷一つない。あんな勢いでスッ転んで無傷って……、しかしそれ以上に目を疑う光景を目にする。
それは、俺の居場所にあった。俺はアルフを助け出してニ歩目でコケた、だからまだ目の前には魔王ゴウマがいるはずだ。
ところがどっこい、もうすでに魔王から100メートル以上離れていた……。
「えっ? えっ? どういうこと? そんなはずは……」
不思議さを飛び越えて不気味さを感じ始めてきた。
今さら? と思うかもしれないが今さらである。助け出す時も、たったニ歩でアルフまで辿り着いた気がしたが、あの時は無我夢中で冷静じゃなかった。いわゆる火事場の馬鹿力ってやつで、そんな気がしただけかもと思っていた。アルフを持ち上げた時も、ゴウマに気づかれないで助け出せた事も、全て火事場の馬鹿パワーの為せる技と感じていた。
だがしかし、今回は違う。あからさまにおかしい。そんな筈はない。助け出した後は、浮かれポンチ状態だったが冷静だったしハッキリと覚えている。確かにニ歩目でグニャったはずだ……。
俺に何が起きている? あまりに不気味すぎる事に頭が追いついてこないでいる、そんな時――
『ガッッッッシャァァァァァァン!!』
物凄い轟音が鳴り響き、衝撃波と共に土煙がたちのぼる。発生源へと目を向けると、その場所は魔王ゴウマが居る所だった。魔王の姿は大きな土煙のせいで視認できない。そして笑い声が聞こえてくる。
「オーホホホ! これで頭と体はキレイにちょん切れたはずですよぉぉぉ! オーホホ……ホ? んー? な、なにーっ! いないっ! いないだとっ! そ、そんなはずは……、どこ行った!? そ、そんな……、私の目から気づかれずに逃げるなんて……」
立ちのぼった土煙が静かに地面に降り立つ共に、魔王ゴウマの影は少しずつその姿を現す。
それはキョロキョロと頭が動き回る、そんな姿だった――。