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「はぁはぁ……」
自分の吐息は空気と広がり、音は振動として伝わっていく。
間違いない、俺は戻ってきた。
アレは、夢だったのか……? それにしては、はっきりと覚えている。それに、やらなればいけない気持ちが俺を突き動かそうとしていた――
アルフの声が聞こえ、そして俺の名を呼んだ瞬間、なぜかマーちゃんの感情が俺に流れてきた。その感情とは、一言で言うと『願望』だった。大きく二つ、一つはアルフを一人ぼっちにさせたくないという強い願望。そして二つ目は、猫だった事でアルフにできなかった事、してあげられなかった事、それは親が子へ持つ感情に近いモノなのか、そんな強い願望だった。ただの夢だったかもしれない、しかし叶えられる事ができるなら叶えないといけないと、ただただそう思った。
意識を戻して一つ気付いたことがある。『生命同期』の強烈な痛みは、不思議と消えていた。試しに右腕を少しだけ動かして見たところ、普段と変わらなく動く。それに俺が無事ってことは、アイツは生きている。ほっと肩を撫で下ろし、大きく息を吐き出そうとした時――
「痛っ!」
思わず声が出た、右眼に激痛が走ったからだ。どこも悪くないと安心したところでコレである……。あまりの痛みにつぶってしまった右眼、恐る恐る開いてみると――その視界は全て赤色の世界だった。3Dメガネの右だけを見ている状態になっている。思わず「おぅ……」と声が出そうになったが我慢する、目がおかしい事を気にしている場合ではないからだ。それは、遠くの方から嫌な笑い声が聞こえてきたからである。
「オーホホホ! なーにが史上最強の魔王ですか? はらった手が当たっただけで瀕死になっているゴミじゃないですか! それに、この魔王と共にしていた人間、何もしてないのに「うわぁぁぁ!」って叫び声をあげて、同様に瀕死になるとは傑作ですよ! オーホホホ! ただの雑魚中の雑魚じゃないですか! まぁ、ワタシが強くなり過ぎたせいかもしれませんが、あの女神には苦情を言わないといけませんねぇ」
この声は、魔王ゴウマである。長い間、向こう側に意識を持って行かれたせいか、かなり久し振りに感じる。しかし、あの発言から考えて、アルフが攻撃を受けてから今までの間に経過した時間は、そんなに経ってないみたいだ。
クソッタレ魔王は、倒れて動かないアルフのすぐそばで見下ろし嘲笑っているようだ。そのおかげも相まって、俺が意識を戻していることには気づいてないようだった。
しかしながら、何のチカラを持たない俺が復活したところで、物理的に反撃をするどころか、物理的にアルフを助け出すことも難しい。
良い方法はないかと、いろいろ思案した――
余裕たっぷりな態度てゴウマに声をかけ、「俺らのこと倒せたと思った? 残念でしたぁぁぁ! お前を騙すための演技でしたぁぁぁ! 騙されてやんの、ざまァァァ!」と言い放ち、上手い具合にマウントを取る。そして、見逃してやると言って、その場を切り抜ける。
……、ダメだダメだ……。これは、全てアルフが最強かもと言う前提があって成り立つハッタリだ……。ダメだ……、小手先の悪知恵なんて、魔王なんかに通用するわけがない。どうすれば……、っと思い悩んでいると、
「オーホホホ! そろそろトドメをさすことにしましょう! ないとは思いますが、ワタシを騙すための演技かもしれませんからね!」
ぎくっ! と、俺の心は呟いた……。
どうする? どうする? 早くしないと! 慌てるあまり考えがまとまらない。汗がどっと吹き出る。
魔王ゴウマは、自分のそばに立て掛けていた鎌を持ち上げた。
そして、そのままアルフへと振り上げる。
「オーホホホ! 念の為に、首をちょん切っちゃいましょう! オーホホホ!」
俺に出来ること――それは……。
物理的に助け出す以外ない、考えなんて何もない。ただ助けたい、それだけで俺の体は自然と動き始めた。不思議と恐怖心はない、思いっきり地面を蹴ることに集中して、前へ前へ、前へ前へ、それだけ考えて俺は走った。




