7
イリアカント城下町を、傷だらけの裸足で途方に暮れる少女がいた。
銀色の長い髪を風になびかせ、ボロボロの布の服をひきずりながら。
――大魔王アルフである。
「ハラが減ったのぅ……、人間社会については全く分からんぞ……」
この町に転生してからは、食べ物を探し続けていた。
人々から奪えば良いと思い、人間を襲ったが返り討ちにあってしまう。
その後、どこかに食べる物がないか、あちこち見ながら歩いていた。
すると、遠くから誰かの声が聞こえてくる。
その声は、だんだんと大きくなっていく――
「うおぉぉぉぉぉ! 覚悟ぉぉぉぉぉ! 魔王ぉぉぉぉぉ!」
叫びながら全速力に走ってくる。
この世界に似つかわしくない学ラン服の少年。
――マサオである。
「な、なんじゃ?」
目を真ん丸にした。
少年は右足を後ろへ大きく振りかぶると、魔王の尻めがけて勢い良く蹴った!
――女神から伝授された必殺タイキックである。
「うげぇっ!」
という声と共に、蹴られた少女は2メーターほど宙を舞う。
その後、ゴロゴロと転がり馬小屋の干し草へ突っ込んだ。
干し草は、その勢いで空へ舞い、ヒラヒラとゆっくり落ちてくる。
全ての草が落ちる前に、埋もれていた元魔王は勢い良く起き上がった。
再び干し草は舞い上げる――
「誰じゃあああああ! 余が大魔王アルフと知っての狼藉かぁぁぁぁぁ!」
その声は少年へ届いていない。
空に向かって何か叫んでいるようだった――
「女神様! やりましたよ! 魔王を蹴りました! スキルお願いします!」
――、しかし何も起きなかった……。
「あれ? 女神様? 魔王を蹴りましたよ! スキルお願いします!」
――、しかし何も起きなかった……。
「おい! 話が違うぞ! 俺のスキルはどうなるんだぁぁぁぁぁ!」
少年は顔を高揚させ叫び続けていた。
すると、目の前に小さな大魔王が立ちふさがっている。
「キサマ! 余に対する無礼許さんぞ! くらぇぇぇぇぇぇぇ!」
大魔王は少年に対して力いっぱい握りしめた拳で殴りつけた!
「ペチッ」
――しかし効果はないようだ……。
「え? なんだ?」
大魔王の攻撃でようやく我に返った少年であった。
アルフは、急に赤面し小刻みに震えだした。
「よ、よし。ま、まぁ今回は許してやろう……」
少年は「はぁ……」と大きなため息をついた。
体の力が全て抜け、その場に座り込んだ――
「なんだよ、くそっ! 言われたとおりにしたのに……あの女神!」
魔王はビクッとした。
少年が発した女神という名に驚きを隠せないでいる。
「なに? 女神だと? 女神を知っているということはキサマも転生者か?」
うなだれていた少年は、少し顔を上げ魔王を見上げる。
うわの空で答える――
「ああ、そうだよ……、アンタを蹴れば凄いスキルくれるって言ったんだ……」
元魔王の顔はみるみるうちに険しくなる。
思いっきり右足で地面を踏みつけた。
「女神め! こんな卑怯なことを!」
アルフは少年を同情するかのような顔になり、
「どうやら、お主も騙されたみたいじゃな?」
「騙す?女神が?」
魔王は苦虫を噛みしめるように答える。
「あやつは卑怯者じゃ! 余も騙して、このような姿にしたんじゃぞ!」
「したんじゃぞって言われてもなぁ、魔王だからじゃないの?」
「若い天使の娘は、魔族とか人間とかはなく公平じゃと言ってくれたぞ!」
少年は、やれやれと言った感じで、
「まぁでも、女神を殴るから……」
「それは違うぞ! 神殿に入るなり、いきなり斬りかかってきたんじゃぞ!」
――あの女神ならやりかねない……。
怒り狂う魔王を横目に少年は立ち上がった。
「そうか……。まあ、お互い騙されたってことでしょうがない。異世界は、これからだし頑張ろうぜ! 魔王もそんな姿になって大変だと思うけど、じゃあな!」
期待していた女神からのスキルがないことは残念ではあるが、少年は異世界での生活は楽しみではあった。
非現実的な冒険、まだ見ぬ沢山のヒロインたち、彼の胸は期待でいっぱいなのである。
マサオは軽く手を上げ、その場を立ち去ろうとする。
「ちょっと待つのじゃ! どうじゃ、転生者同士もなんかの縁じゃ、共に行動をせんか? 余は人間のシステムがわからんで困っておるのじゃ」
「いや、遠慮するわ」
即答する少年。
対して、てっきり引き受けてくれると思っていた魔王は肩透かしを食らう。
「なぜじゃ? 別にええじゃろ? 余は魔王ぞ!」
「魔王とか関係ないだろ、それに全ての力失ったってことは、ただのガキじゃん」
「それが何か問題か?」
「だって、足手まといじゃん」
魔王に衝撃が走る――
え? 足手まとい? 余が足手まとい?
前世界で最強と言われていた大魔王が足手まとい……?
――魔王はそんな事を思い、頭が真っ白になり固まってしまった。
「まぁ、気をつけてな!」
一刻も早くヒロインに出会いたくて歩き始める。
魔王はそんな少年を察知し、小さな体で必死に走り前を塞ぐ――
「き、きさま! よ、余をここまで愚弄したのは初めてぞ!」
アルフは体を震わせながら顔を真赤にし、声は裏返っていた。
対してマサオは冷たい目で、
「あ? なんだよ! 喧嘩売ってんのか? 俺はな電車の中でキャッキャ騒いでいるガキに本気でイラつくんだ。お前がそんな姿でも俺は手加減しないぞ!」
言ってやったみたいになっているが、ちっとも自慢できることではない……。
「くっ!」
魔王は悔しかった……、生まれて初めてこんな気持ちになったのである。
その時だった、ある閃きがアルフを襲い不気味に笑い出す――
「クククッ! そういえばお主、女神との約束はスキルを貰うことじゃったな?」
「な、なんだよ急に」
急変した魔王に一歩後ろに下がる。
「どうじゃ? 大魔王だった余が、ものすごいスキルを授けてやろうか?」
「は? 全ての力を封印されたんだろ?」
「女神は余の戦う力を奪っただけじゃ、誰かに授けるような戦いとは関係ない力はまだ残っておる、どうじゃ欲しいか? それとも魔族の力なんていらんか?」
魔王はニヤニヤしながら言う、まさに悪魔のささやきである。
気づくと形勢が逆転してしまっていた。
少年は正直グラっと来ていた。
もしかしたら諦めかけていた異世界デビューができるんじゃないのかと……。
「どうするのじゃ? やはりキサマは人間じゃ、神に逆らうことはできんか?」
さぁ悩め! 人間にとって神に背を向けることなどできんじゃろ!
この甘い誘いは簡単に諦めることもできんはずじゃ!
さぁ悩み続けて余を楽しましてくれ!
――アルフは楽しくなっていた。
人間の少年の答えは、
「よろしくお願いします! 魔族の力ください!」
「えっ?」
魔王は意表を突かれる。
もっと悩んでくれると思っていたから。
「いいのか? 神を裏切る行為ぞ?」
誘っておいて心配する魔王……。
「なによりも異世界デビューだろ!」
その眼光は何よりも真っ直ぐ、少年は言い切った。
魔王は、正直ひいた――魔王をひかせたのは、人類初だった。
「ちなみに、その魔族の力ってどんなスキルなんだ?」
「え? あっ……、ものすごいスキルじゃ! 授けた後のお楽しみじゃ!」
なんとも歯切れの悪い答えをするアルフである。
「そっか! もしかして、右目が疼いて邪眼になっちゃったり! 楽しみだ!」
浮かれるいるが、ちゃんと説明を受けないことが後の惨事を呼ぶことになる。
「では、始めるぞ! 右手を余に出すのじゃ」
少年は素直に右手を差し出した。
魔王は右手の甲の上に手をかざし、小さな声で詠唱を始める。
手の平から青白い光が出ると、手の甲に呪印のような文字が浮き上がる――
「よし、完了じゃ!」
少年は自分の手の甲を見て、
「おっ! かっこいいじゃん! なんかすげぇことできそう! で、コレで何ができるんだ?」
少年は目を輝かして、魔王にたずねた。
「それだけじゃ」
「はっ?」
「だから、手の甲に文字が出て終わりじゃ」
「はあ? 何、言ってるんだよ! 俺の世界にだってシールとかでできるわ!」
「魔力を使って文字を浮かび上げたんじゃぞ、凄いじゃろ?」
「ふ、ふ、ふ、ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
少年は振り上げたゲンコツを魔王の頭に振り下げた。
「ゴツン!」頭部に衝撃が走る。
「痛っ!」
「いてぇ!」
魔王と少年は、頭に痛みを感じている。
「は? 何で俺も頭が痛いんだ?」
少年は自分の頭に衝撃が来たことに不思議でしょうがないでいる。
魔王の体が小刻みに震えていた。
「フフフ……ハハハハ! 成功のようじゃな! 力を封印されていたから成功するか心配だったんじゃが、よかったわい!」
「お、お前、何を言ってるんだ……?」
魔王の目は鋭く光り、不気味な笑みを浮かべる。
「お主につけた呪印は『生命同期』の印じゃ。余の生命とお主の生命を同期させる呪い。余が怪我をしたらお主も怪我をするし、手とか足とかどっか欠損したら同じように欠損する。フフフ……もちろん余が死ぬとお主も死ぬぞ!」
自分の血がサーッと引く感じを味わっていた。
マサオの顔が真っ青になった。
「はあぁぁぁぁぁ? ふざけんなぁぁぁぁぁ!」
マサオはアルフの襟首を掴み持ち上げる。
右手の拳を振り上げた――そして、止めた……。
「どうした? 殴らんのか? ちなみに言っておくが、その呪いは一生解けん、右手を切り落としても意味がないから止めといた方がよいぞ」
マサオは一気に力が抜け、その場に座り込んでしまった。
魔王は少年の肩にポンッと手を置くと、
「で、どうする? 余を置いて一人で行くのか? 余はこんなナリじゃ、一人で生き抜くのはまず無理じゃろう……おっと、そういえばお主とは生命が同期しておったな……で、どうする?」
拒否をする選択肢は魔王により消されていた。
まさに魔族の王と実感させる瞬間である――
異世界へ転生した日……。
マサオは『元魔王という呪いの装備』を装備してしまった……。