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――アルフの死ぬところ?
女神は、俺いやマーちゃんがよく見えるであろうポイントまで水晶を動かし、そう言った。
正直、俺は戸惑った。
マーちゃんが息を引き取った後、どうなったかは俺にだって凄く気になる。
しかし……、アイツの死ぬところは見たくない――
感情に理屈も何もない、異世界で初めて出会った人間だったからなのか、少しだけの間だが共に行動した仲だからなのか、ただ……、ただアイツが苦しんでいる姿、悲しんでいる姿だけは見たくないと俺の感情は、そう訴えかけている。
俺がそんな気持ちだとしてもマーちゃんの気持ちは違うのだろう。マーちゃんへのアルフのあの懐きよう、俺とは比べ物にならないレベルの仲なのは、一見して明らかである。そんな仲なら、どんな見たくないものでも知っておきたいと思うのは、絆が深ければ深いほど思うのかもしれない。
こんなアルフとマーちゃんにとって、最もデリケートな場面に俺の意識があることに場違い感を感じつつ、ある事に気づく。女神の手のひらに置かれた水晶が小刻みに震えている事に――
「だ、だ、大魔王アルフの最後を見せる前に確認したいんだけど……」
前置きを置くように女神のその声は、緊張でもしているのか強張った様子が伺える。それに対してマーちゃんは、
「なんだ?」
と、いつもと変わらないトーンで答えると、
「ず、ずっと気になっていたんだけど……、あの魔王に対して……、れ、れ、恋愛感情とかあるの……?」
「はあ?」
マーちゃんの「はあ?」と同調する様に、俺も「はあ?」と心の中で声が出た。こんな時にこの女神は何を聞いているんだ? という気持ちでいっぱいになる。
マーちゃんの視線は、水晶から女神の顔へと移った。そこには、赤く火照らせた頬をした女神の顔があった。
恋する乙女のような表情する女神に対して俺の意識は、驚き過ぎて吹っ飛びそうになる。あ、あ、あり得るか? 何があったら女神がそんな表情浮かべる? ちょっと前まで、マーちゃんのこと生意気な猫と嫌っていたじゃん! なのになぜ? 俺が聴こえていない時の会話で何があった……?
混乱する俺をよそにマーちゃんは、
「その質問に意味があるのか?」
と、至って冷静に答えた。
それに対し女神は、
「いやいやいや、違うんだって! 深い意味なんてないんだって! どうなのかなぁって! どういう関係なのかなぁって! 知っとくべきかなぁって! ちよ、ちょっと、勘違いしないでよねっ!」
真っ赤にさせた顔をプイッと背ける女神、バレバレだった……。中学生女子のようになってしまった女神、理解に苦しむ状況だ。
何かがおかしい、人がこんなに変わるものなのか? まぁ、相手は女神なのだが……、アルフといい魔王でありながら猫であるマーちゃんの死によって自決するほどの依存……。なぜか、その二人に似たような印象を受ける……。
そんな女神に対してマーちゃんは、ノーリアクションのまま何も喋らず女神の後頭部を見続けていた。何も答えないマーちゃんに業を煮やした女神は、顔を背けたままブツブツと喋り出す。
「アナタが話してくれた作戦は完璧だわ……。それに、マーちゃんにしか世界を救うことは出来ないと信じている。でも、あの魔王のためにそこまでする? コントロールするためだとしても……、私は心配なの! マーちゃんがマーちゃんじゃなくなっちゃうじゃないかって……! 女神である私の長い長い時間の中で初めて抱いた気持ち……、その相手が消えてしまうじゃないかって! だって……! 問題の世界へ直接転生しないで、魔族のいない人間同士が醜く争う世界へ転生するなんて、正気の沙汰じゃ――」
「おいっ!」
女神が話そうとする言葉をマーちゃんは、今まで出したことの無い声量で遮った。あまりの突然の事に女神は、ビクッとする。
「ご、ごめんなさい……。これ以上、知られたらいけないのよね……?」
と、女神は意味不明なことを言い出す。その瞬間、俺の脳裏にある疑念が埋めつくす。――もしかして、俺が聞いていること知っているのか? 何とも言えない恐怖心が俺を包みこんだ。そして、次の瞬間――
「いい加減しろっ! なんの真似だ?」
再び、怒鳴るような声をあげるマーちゃん。
女神はコチラを睨みつけるように見つめて、
「アナタがアナタじゃなくならないための保険よ! ……、はぁ……、そうね……、本当にごめんなさい……。さぁ、始めましょう。フェーズ1を――」
そう言うと、再び水晶を俺らに向けた……。
何がどうなってる? 今の俺は、偶然じゃなかったのか?
耐え難い不安が俺を襲う――




