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「ごほっ! ごほっ! ハァハァ……ハァハァ……」
クリス亡き後――ユウタの苦しむ吐息だけが、その場を包む。
「ま、魔王ッ! あの勇者、仲間の娘を殺しましたよ!」
勇者のとった行動に驚きの声をあげるマーちゃん。
そんなマーちゃんに対してアルフは、
「そうみたいじゃな……どうでもよい……」
乾いた声で返答するアルフ、その雰囲気は冷酷さが更に増し、魔王の風格さえも感じる程であった。
そんな魔王らしくなったアルフに対して、飼い猫は困惑した声をあげる。
「あ……アーちゃん? だ、大丈夫……? 気分でも悪いの?」
今のアルフが異様に見えるのか、マーちゃんは親が子を心配するように声をかけた。
しかし、そんな心配するマーちゃんには何も答えず、勇者に対してこう言った。
「なんじゃ、もう終わりか? さっきまでの勢いはどうしたのかのぅ? 勇者なんじゃろ、このままで良いのか? 魔王である余を倒さなくて、良いのか? 回復アイテムあるなら使ってもよいのじゃぞ? まぁ、回復できればの話じゃが――」
煽るように投げられた言葉に対して勇者は――
「ハァハァ……ハァハァ……、か……回復アイテムなんて……、もともと持ってないわっ! そ、それに、この傷口から感じる禍々しい魔力……、どうせただの傷じゃないんだろ?」
痛みに苦しみながらも必死に答える勇者に対して魔王は、
「フフフ……さすがじゃな、レベル200の勇者なだけあるのぅ。お主の予想通り、その傷は死ぬまで治らんように呪いをかけておる。どんな最上級な回復魔法、最高級のポーションを使おうとも、決して瘉えることない傷じゃ。どうじゃ? 苦しいじゃろ? ん? 怖いか? ねぇ、今どんな気持ち? ねぇ? 不意打ちでしか女を殺せないヘタレな勇者さんっ!」
いつの間にか俺は、喧嘩凸配信を視聴してたっけと、錯覚させるような煽り文句に困惑した。勝手な物言いになるが……、正直、このアルフの言動には戸惑いしかなかった……。素晴らしいくらい魔王らしい言動のはずなのだが……、アルフだけは……アルフだけには、こんな魔王らしくなって欲しくなかった……。自分が何を言いたいのか、さっぱり分からないが、ただ……ただ……悲しかった……。
その時だった、俺の気持ちを代弁する者がいた――
「コラッ! アーちゃん! すぐにトドメさしてあげなさい! そんな魔王に育てた覚えはないよ! マーちゃん怒るよ!」
突如、俺の頭蓋骨から声が響き渡るように、マーちゃんの声が聞こえた。今まで聞こえてきた声とは、全く違う音の伝わり方に正直驚いた。猫のスキルなのかと考えていると――
「えっ! えっえっえっ! な、な、なんでマーちゃんが怒るの? 悪いのは、あの勇者なのじゃ! マーちゃんを殺すって言ったのじゃ! じゃ、じゃ、じゃから許せんのじゃ!」
先程とは全く違う声のトーンに、いつもの調子に戻ったアルフは、慌てるようにマーちゃんへと問いかけていた。
いつものアルフに戻ったことでホッと肩を撫で下ろしていると、遠くからボソボソと声が聞こえてくる。
「ハァハァ……ハァハァ……め……女神様……申し訳ございません……、ぼ……僕一人では無理でした……。ざ……座標を……う、動き止めてください……。あ、あと……クリスのこと……ど、どうか……どうか……よろしくお願いします……」
と、わずかに聞こえてきた。
そして、次の瞬間だった――なぜか突然、光が見え始めた――。
アルフがやられた後――俺は意識だけはあるものの目は見えず真暗闇の中、音だけを頼りにアルフの記憶を聞き続けていた……。
なのに突如――、俺の眼に光が差し始めた。
久方ぶりの光……、最初に見えたものは――
頭頂からつま先まで真っ黒な鎧姿の者が、俺に向かって何か言っている姿だった……。




