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「いやじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その声は、すべての音を遮り、その場にいる者は、魔王の突然の叫びに驚いたのか、皆、黙り込んでしまう。
そんな沈黙の中、ガタガタと地鳴りのような音は、次第に大きくなっている。
そして、次の瞬間――
『ヒュー……ン……、ガシャンッ!!』
突如、何か大きな物音が俺の耳に入ってきた。
何が起きているのか、困惑していると――
「お、おい……、魔王よ……、急に叫びだしたと思えば……、なぜ……、己の剣を投げ捨てる……? なんのつもりだ……?」
勇者は、戸惑ったような声で魔王へと問いかける。
すると――
「あぁ……、この現象は、お主が原因みたいだ……、マーちゃんが消えるのは絶対に嫌だし……、お前には、さっさと死んでもらうことに決めた……」
アルフは、そう答えた。
その声は、今まで聞いたことのない程、恐ろしく低く、コイツが魔王だったことを再認識させる声だった。
「ほぉ~、ふっ……、ふははは! 舐めてんのか、魔王っ! 武器を捨てて、俺を殺すだと! あ? やってみろぉぉぉ!」
魔王の謎の行動、発言に、勇者は取り乱すように叫ぶ。
そんなアルフが本来の魔王になった事に、慌てる者がいた。
――マーちゃんである。
「ま、ま、魔王様……! お、お、落ち着いて下さいっ! 私の話は推測であって、確定事項ではないのです! ……。あ、あ、アーちゃん怒っちゃダメ! 怒っちゃダメだよ! と、と、とりあえず、剣持とうね! ね?」
マーちゃんの慌てぶりは、尋常なものではなかった。
そんな慌てる猫ちゃんに対してアルフは、
「マーちゃんが消えるかもしれんのじゃ……、絶対に許さん……。そんな剣持っていたら、時間がかかってしょうがない……」
親愛なるマーちゃんに対しても、その声のトーンは変わらない。
「マ、マズイ……、魔王の力を抑える剣を装備しないで魔王様が本気で戦ったら……、せ、世界が……」
賢い猫は、誰にも聞こえないような声で呟いた。
マーちゃんのこの反応……、魔王だった頃のアルフが本気になったらどうなってしまうのか……、いつの間にか心臓の鼓動が早くなっていた。
そんな緊迫した状況にて、魔王と対峙する勇者は、
「何をゴチャゴチャ話してる? それにしても魔王よ、さっきから名が出てくる『マーちゃん』って言うのは、その猫のことか? ハハハッ! さっきから猫と話していて、恥ずかしいヤツだな! おい!」
と、言ってしまった……。
この瞬間、俺の頭に最初に浮かんだのは、『ヤバイ』の三文字だった。
そして、案の定……、
「な、なんだと……」
怒のボルテージがグングンと上がっていることは、声からハッキリと分かる。
そんな怒りゲージを察したマーちゃんは、
「あわわわ……、あ、あ、アーちゃん怒っちゃダメ! 落ち着いて! こら、勇者! 魔王様に余計なこと言うな!」
猫による勇者への苦情が入る。
しかし――
「ふんっ! 猫の分際で勇者様に意見してんじゃねぇよ! なにが『アーちゃん』だよ! プッ! 気持ちわりぃな!」
この言動は、あからさまに魔王の地雷を豪快に踏むスタイルであった。
そして――
「な、な、な、なんだとぉぉぉぉぉおおおお!」
ゲージマックスに到達したアルフは、すべての音をかき消すように叫んだ。
今の現状に慌てたマーちゃんは勇者に対して、
「き、キサマ! 魔王様が本気でキレたらどうなるか、お前ほどのレベルの勇者なら肌で感じているはずだ! 勇者のくせに世界を滅ぼすつもりか?」
猫による必死の問いかけに対して、ユウタは――
「フフフ……、フハハハ! キレたきゃキレろ! おっと、言ってなかったが俺はよぁ、女神から『リミッター解除』の他に、『物理完全無効』『魔法完全無効』が付与されているんだよ! 分かるか? つまり『全ダメージ全カット』ってことだ! フハハハ! この世界にやって来てから一度たりともダメージを受けたことがない! フフフ……、いくら魔王がレベル200の俺より素早さがあろうが、この俺には絶対にダメージは与えることはできない! 絶対に負けることはないんだよ! バーカ! さぁ、そこのクソ猫を殺されたくないなら本気でこいや!」
と、ユウタの笑い声混じりの罵りの内容が俺の脳に入ってくる、次の瞬間――
『キュイィィィィィィィィィィィィィン!!』
と、耳を切り裂くような超高音が俺の鼓膜を襲う。
そして、同時に――
「えっ?」
と、勇者の声があがった瞬間――
『ドゴォォォッッッ!!』
勇者の声が消える前に、鈍い音が鳴り響き――
『ヒュウゥゥゥゥゥゥゥゥ……、ガツンっ!! パラパラパラ……』
風を切り裂くような音、続いてすぐに何かがぶつかり、そして――何かが崩れる音が立て続けに鳴り響いた。その後、砂浜の砂が風に流されるようなサーッという音だけが耳に残った。
なにが起きたんだ? だれか喋ってくれと願っていると、最初に声をあげたのは、すぐ前までバカ笑いをしていた勇者ユウタだった。
「ぐはっ……、ハァハァハァハァ……、そ、そんなはずが……。いてぇ……、いてぇよ……、オエッ……! ゴホッゴホッ! ハァハァハァハァ……、ハッ! なんだと……? 血……?」
苦しみと驚きの声、ビチャビチャと液体が滴り落ちる音、そんな混じあった音が俺の聴覚へと届くのだった――




