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目の前の人物は、憧れた主人公そのものだった。絶体絶命な時に格好良く現れて、すべての問題を解決するんだ。
勇者の両手に握られた剣は、まっすぐに魔王ゴウマを捕らえ、そのまま一気に突き出した。俺は期待した、身代わりのゴウマを倒したようなデジャヴの光景が広がることを。しかし――
『カンッ!』
と、金属の板を棒で叩いたような軽い音だけ鳴った。
今の状況は、レベル5の俺でもハッキリと見ることができる。勇者が繰り出した一撃は、魔王の御召し物さえも貫くことなく、その前でとどまっていた……。
「なにっ!?」
その声は、勇者グルモだった。何が起きたか分からない様子で立ちつくしていると――
「オーホホホ! 勇者さん、お目覚めのようですね。今のがワールドスキル『時止め』ですか。さすがですね、『魔王の眼』を持ってしても後ろに回られたことに、全く気付けませんでしたよ!」
先程までの混乱状態ゴウマから、すっかり落ち着きゴウマになってしまい、嫌な予感が俺の脳裏を駆けめぐる……。それにしても『時止め』は魔王の眼でも気付けないとゴウマは言っているが、どうもアルフには気付いているように見えた。どういう事だろう……? そしてゴウマは、勇者の様子を判断するなり続けた。
「オーホホホ! ワタクシに攻撃が当たらなくて驚いているご様子ですね? そもそもワタシの身代わりを一撃で倒せたこと自体、不思議に思いませんでしたか? レベル350と99ですよ? 普通あり得ないでしょ?」
「な、なんだと……」
魔王の風格を失ったり復活させたりと忙しいゴウマは、偉そうに言った。それに対して全ての力を使い果たした勇者は、膝をつき地面に突き刺した剣を杖代わりに身体を支えていた。
「単純にレベルでは測りきれない相手の実力を最大限に知るためには、ダメージを受けることが一番なのですよ。だからワタシは、あえて身代わりに対しては、防御力を下げる魔法を限界までかけておいたのです。レベル1でもダメージを与えられるようにね。ですから、レベル99程度のアナタが通常状態のワタシにダメージなど与える事なんてできないんですよ」
魔王ゴウマ様の懇切丁寧な説明のおかげで俺な目の前には、絶望の二文字が現れた……、もう勇者のチカラでもゴウマを倒すことは不可能であり、どうにもできない。更に追い討ちがかかる――
「オーホホホ! 勇者さんのおかげで全ての問題は解決しましたよ! オーホホホ! アルフさん、アナタが先程から、落ち着いてらっしゃった理由はコレですね? 勇者さんのワールドスキルが、アナタの唯一の秘策だつたのでしょう?」
ズバリそうでしょうっと言った感じで魔王ゴウマは言う。
しかしアルフは、表情一つ変えずに――
「なんのことじゃ?」
と、答えた。
俺には何がなんだか分からない。今の状況から考えればゴウマの言う通り、アルフが落ち着いていた理由は、それしかないようにしか思えない。魔王のチカラを失ったとされるアルフには、コイツに勝つチカラがあるのだろうか? それとも、ただのポーカーフェイスなのか? そんな事を考えていると――
「またまたぁ〜! 強がっちゃって! オーホホホ!」
勇者の攻撃前と違って、べらぼうに強気になったゴウマは、俺たちからマウントを取ったことを心から楽しんでいるように見える。顔の縦線が濃くなっている俺は、ただ黙って突っ立っている以外できないでいた。しかし、こんな状況でも勇敢に行動しようとしていた者がいた――それは、勇者である。
「ク、クソがー! 勇者を舐めるなよ!」
と、声を張り上げた勇者は、魔王へと向かっていった。その姿は、今までのような考えがあっての行動ではないことは、こんな俺でも一目で分かる。これは……、完全にヤケッパチな行動だ。その証拠に、戦闘中の勇者の動きは、俺なんかには見えるはずもないのだが、今の勇者は、ハッキリと魔王に向かっていく姿が見える。今後の勇者の未来は、火を見るよりも明らかだ。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
そんな俺の声が、虚しく消えた瞬間だった。魔王ゴウマに向かっていった勇者の姿は、突如消えた。そして次の瞬間、遠く離れた岩壁から爆発のような音が俺の耳に届く。心臓の鼓動が大きくなりながら、その場を凝視すると粉々に砕けた岩の隙間から、人の足が伸びている――それは、勇者が負けたことを表していた……。
その後、彼が握っていたはずの剣が――俺の目の前に突き刺さっていた……。




