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ここからは、スローモーションのように見えた。両手に握られた生命を奪うモノが、ゆっくりとゆっくりと空高く振り上げ、そして――、もうダメだ! っと感じた時だった。
「おっと、いけませんね。一番大事なことを聞き忘れるところでしたよ」
鋭く光るヤツの得物は、俺等の頭の上でピタリと止まっており、ゴウマの目線はアルフへと向けられた。
「アルフさん聞きましたよ。以前の世界では、ワタシと同じように異世界から来たリミッター解除者と戦い、そして瞬殺したとか。そこまで圧倒的なチカラを持ちながら、なぜ世界征服をしなかったのですか?」
今の気分は、印籠を出された悪代官であり、このチンチクリンがそんなに強かったのことに驚いていた。そして、コイツは勇者にも余裕で勝てる力を持っていながら、魔王の定番目標でもある世界征服をあえてしなかったことにも凄さを感じる。あっ! ヤベ! そんなすげぇ奴に俺、蹴り入れちまったじゃん……。っと、死を目前にした状況に、少し後悔していた。当のチンチクリンは、こんな状況にも関わらず、眉の一つも動かさないで目線だけをソイツに向けた。
「そんなことに興味はないのじゃ」
凄く大事な質問に対して、たった一言で答えた。
すると――3メートルはある巨漢が一歩ニ歩と後ずさりする、えらく驚いているのは俺でも分かる。
「きょ、興味がない? あ、あなた魔王ですよね?」
「そうじゃが、それが何か?」
「魔王でありながら、世界征服をしないのは可笑しいでしょ?」
「そうかのぅ? 世界征服なんて別にそれぞれで良いのではないか? したい奴はすれば良いし、したくない奴はしなくていいじゃないのか?」
「ちょ、ちょっと待ってください、じゃあアナタは魔王としての目的は何だったんですか?」
「特に何もないぞ」
将来の夢は? と聞かれ無気力に答える子供のような答え方であった。
そのせいか、その後からゴウマの声が荒目になる。
「はあ? それなら勇者との戦いは何ですか? そのための戦いでしょ!」
「あ~、勇者はしょっちゅう来てたなぁ~。なんか戦う前にゴチャゴチャなにか言うから嫌いじゃったが、余にとっては有難かったぞ。いつも暇じゃったから、良い暇つぶしになったからのぅ」
「ひ、暇つぶし……」
俺らを今から殺そうとしている魔王から、気の抜けた声が溢れる。
アルフにとって勇者とは、集金のおじさん的存在だったようだ。
『ガシャンッ!!』
ヤツ自慢の『エクスピアリアンス・サイズ』を地面に叩きつけた。そして――
「ふ、ふざけるな! 真面目に魔王をしているワタシがバカみたいではないか! 舐めるなよ、このクソガキ!」
「何を怒っておるのじゃ? お主の質問にただ答えただけではないか」
「一々イライラさせやがって……。はっ! なるほど、また心理戦ですか? ワタシを動揺させるつもりですね? ふぅ、危ない危ない。また、この手に乗るところでしたよ! ゴホンッ! オーホホホ! いいですか、アルフさん今更、心理戦をしかけても意味がないんですよ! だって、アナタが魔王のチカラを失っているのは分かっていますからね」
「さっきから話しておったが、心理戦ってなんじゃ? 余はそんなことしてるつもりはないぞ」
えっ? えーーーーーーー! アルフは全てを知ってたわけじゃないのかよ! じゃあ何か、さっきの悲しそうな仕草は、俺に合わせていただけのかよ! どういうことなんだ? 今までの俺とゴウマが本気でしていたことは、何だったのかと思えて恥ずかしくなってきた……。
俺と同じ気持ちなのか混乱しているのか、ゴウマは小刻みに震えていた。
「またまた~、ご冗談を! 心理戦に負けたからって強がらなくていいですよ!」
「よう分からなんヤツじゃなぁ、いつ戦いが始まったのじゃ? ゴチャゴチャ言ってないで攻撃してくれば良いではないか」
「ほぉ! 攻撃してもいいですか? 死にますよ」
「お前も勇者みたいなヤツじゃのぅ、早く攻撃して来い」
「いいですか? 攻撃しますよ! 本当に攻撃しますよ?」
なんなんだろう? この会話は……。生きるか死ぬかの会話じゃないよな……。
そしてアルフは、ヤレヤレっといった顔をして――
「はぁ……、なんなんじゃコイツは。さっきは、マサオを侮辱したから殺してやろうと思ったが、もうどうでも良いわい。そろそろ帰ってもよいか? ハラが減ってきたのじゃ。さっさと結界を消してもらってもよいか?」
「帰っていいわけないだろ! 分かってるんですか? 今からワタシに殺されるんですよ?」
「もう……、何度この話をするのじゃ。だから、さっさと攻撃してくれば良いではないか? なぜ、さっきから攻撃してこないのか分からんぞ」
ソワソワした様子が伺えられるゴウマは、完全に魔王の風格を失い言われるがまま大鎌を大きく振りかぶる。――しかし、また動かなくなった。
「ハァハァ……、何なんですか? その態度は? ア、アナタは魔王のチカラ本当に失ってるんですよね?」
「うん、そうじゃよ。転生の際、女神に騙されてのぅ」
「はっ?」
この瞬間、俺とゴウマの時間が止まった……。
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? な、なんで正直に言うんだよ! 素直かっ! あぁ……、完全に終わった……。今までの苦労は何だったんだ……。俺は、完全に諦める。
――しかし、その言葉を聞いたはずのゴウマは、そのまま動こうとしない。
そしてゴウマは――
「な、なぜですか? どうして言ったのですか? 分からない……。決して、そのことは言ってはいけないはず……」
大鎌を振り上げた姿勢のまま動かなくなったゴウマに対して、アルフは何のこともない表情で――
「お主が聞いてきたから答えただけじゃが、何か問題か?」
真剣なのか、ふざけているのか、さっぱり分からない空気が流れ続けていた。今の現状を作りだしているのは、全てアルフである。アルフが話し始めてから全てが変わった。そのおかげでゴウマは攻撃できないでいる。それが分かった瞬間、あることに気づく。もし、これが天然ではなく、全て計算だとしたら凄いことだと。そうすると、アルフは倒す手段を持っているのかも知れない。あんなに余裕ぶってるんだから、きっとそうだと思えてくる。たぶん、ゴウマも同じことを考えているのだろう。きっと何かがある、今攻撃しては危ないと。そんな強いやつが簡単にチカラを奪われるはずがない、罠としか思えない状況だからだ。
そんなことを考えている時間が流れた後、次に喋ったのはゴウマだった。
「ハァハァハァハァ……。先程、ワタシを殺すとか言いましたが、どうやって殺すつもりですか? アナタは魔王のチカラを失っているんですよね?」
今、知りたいであろうことをどストレートに質問をしてきた。
それに対してアルフの答えは、
「あっ! たしかにそうじゃな! 失っているから殺せんわな! ア~ハッハッハ! こりゃ一本取られたわい」
「へっ?」
一本取られたのは俺らである。
だが、このおかげで先程のゴウマとの心理戦の意味がわかった気がする。会話というものは、相手の思考を読みあう行動であるということ。状況などで相手がこう言ったらこう答えるという想定を皆持っているものだが、アルフは、その外にいる。アルフの心理が全く読めない。今の状況、死ぬかも知れない状況、生き残ることを目的する中で、今の回答は目的に沿ってないからだ。そうなると、考えられるのは、殺されない自信がある以外ないのである。だからこそ、ゴウマは動けない。何をするか分からないヤツに不用意に攻撃できるほど、思考をカットできるタイプではないからだ。
ゴウマもどうするか迷っている様子で、動きがないまま時が流れる。
この静寂を破ったのは、アルフの一言だった。
「あっ!」
その声に、俺とゴウマがビクンっとした瞬間――
『キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン!!』
耳を切り裂く高音が、この場を響きまくった。
なんだ? と驚いていると俺の目の前の光景がガラリと変わっていた。
そこには――
魔王ゴウマの背後から剣で突き刺そうとしている勇者グルモの姿だった――。




