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「オーホホホ! まさか――、そのような人間の姿とは想像もしませんでしたよ。しかし先の戦闘では、目には映ることのできない結界を見抜き、そこの勇者が発動した『ワールド・スキル』をも捉える事ができるのは、『魔王の眼』以外ありませんからね、すなわちアナタが『魔王アルフ』ですね」
この画像をよく見て違いを見つけてみようゲームで、後から出てくる画像の違いがじんわりと現れるように、その不気味な声の主は、じんわりとその姿を現した。もう二度と見たくないと思わせたドクロ面、趣味の悪い不気味な兜、そして主張の激しい肩パット、勇者が倒してソコに横たわっている物体と同じ『魔王ゴウマ』だった……。
「は?」
精神の落差があり過ぎて、俺の声は勝手に出た。その後……再び魔王ゴウマの声が大空洞内に響く。
「いやーまったく、計算違いにも程がありますね~。貴方様のお噂は、例の女神から沢山聞いてましてね。やれ全世界の中で最強だの、勇者に勝てた唯一無二の魔王だのってね。そんな魔王の実力ってのを知りたくてですね、『身代わりの指輪』を使って貴方様の力を見ようと思っていたのですが、まさかこの世界の勇者に倒されるなんて全くもって予想外ですよ。さてと――」
そう言うと、俺の視界から「シュッ!」と、その姿を消すと――次の瞬間には、魔王は自分の遺体の前に立っていた。それから、遺体の右手に握られていた大鎌を拾い上げると――その遺体は、みるみるうちに光の粒子が天に召されるように消え去った。回収した大鎌を持った魔王ゴウマは、アルフに対してなのか、よく見えるように前へとかざし始める――
「この大鎌は『エクスピアリアンス・サイズ』と言いましてね、この鎌で斬った経験値は通常の100倍になる優れものなんですよ。こればっかりは複製できないので、身代わりのワタシに持たせていたのです。最強のアルフさん、この意味分かりますか?」
さり気なく自分の武器の自慢を始めた魔王にアルフは――
「いや」
興味のないモノを見る眼光で即答するアルフだった。この俺もこの魔王は何が言いたいのかさっぱりわからない、経験値アップ武器なんてネトゲじゃ課金とかであるモノだから――コイツまさか重課金者か! と思っていると――
「オーホホホ! あの『身代わり』のレベルを見て疑問に持たなかったですか? ちなみにワタシはアナタと同様この世界に来て日が浅いですよ。女神にレベル上限解放して頂き、この短期間に『あのレベル』まで上がってることへの答えが『エクスピアリアンス・サイズ』なんですよ!」
金持ちのクラスメートが親から買って貰った高価なおもちゃを見せつけるか如く、魔王ゴウマは自分の武器を自慢してきた。プラス俺らが聞いてもないのにレベル350への疑問まで親切に教えてくれた。
そんな懇切丁寧に教えてくれた別の世界の魔王に対してアルフの答えは――
「で?」
と、一言というか一文字だった。
そして――その場の空気が一気に凍った……。
この空気は凄く見覚えがあった。中学の頃、女子に「わぁー! 凄い!」って反応を貰うために、テレビで仕入れた『電柱の周りにボコボコ貼ってある意味』のうんちくを長々と説明した後の反応と同じである。せっかく教えてくれているのに『で』一文字で終わってしまっては、魔王の立場がない。
すると、魔王ゴウマは俺らに見せつけていた『エクスピアリアンス・サイズ』という自慢の武器を静かに仕舞った……。
「お、お、お、オーホホホ! さすが全世界最強と言われている魔王ですね! わ、わ、わかりますよ。ど、どんなに驚くことがあっても、動揺が相手にバレないようにするのは、魔王として必須なことですからね……。べ、べつにワタクシの武器を自慢したいわけではありませんから!」
あれ? 魔王効いてる? 俺にはドクロ面の奥に引きつった顔があることは声から分かる。しかしながら、今の状況を考えるとアルフの態度は非常にマズイ。勇者が気を失っている現状、絶望的状態である。俺らが生き残るための選択肢は一つしかない。そう……、『命乞い』だ! それしかないのだ。だからこそ、この糞チート魔王を怒らせるの得策ではない。機嫌を取るのが一番なのだが……。
そんな心配をしている俺をよそに、アルフの言葉の暴力は続いた――
「何を言っておるのじゃ? ん? なんじゃ、武器を仕舞ったのか? なんて名前の武器じゃったか……、えく、えく、えく……、まぁ何でもよい、せっかく余に見せつけるために出したのじゃろ? もっと見せつけて良いぞ」
おいー! もうやめてくれ! 恥ずかしくなって仕舞ったのに、傷を広げるのはやめてあげて! しかも自慢の武器の名前を二度も言ったのに覚えてないし……。そんな純粋な子供の鋭く尖った言葉のナイフ攻撃は、確実に魔王ゴウマには効いているようだった。
「なっ! ははは……、あっ! オーホホホ! なるほど、なるほど――。精神攻撃ですか? もうすでに戦いは始まっているってことですね」
「なんのことじゃ? 余は何もしておらん。お主が勝手に武器の説明をペラペラと話し始めてきただけではないか。さっぱりわからんヤツじゃのぅ、そんで武器の話は終わりでよいのじゃな?」
この発言にプルプルと小刻みに震えだす魔王ゴウマ。
俺は血の気が引いた……、これ以上はマズイ! 慌てた俺はアルフの腕を掴み、目の前の魔王に聞こえないように耳打ちする――
「おい! いい加減にしろ! お前、今の状況わかってるのか? あの魔王怒らせたら、俺ら殺されるんだぞ!」
全力で説教する俺に対して、アルフは鋭く睨みつける。
「はぁ? 怒らすも何も余は何もしておらんぞ! あっちが意味の分からんことをしておるだけではないか!」
「お前の気持ちは十分に分かるが、俺らが生き残るためには、あの魔王の機嫌を取って見逃してもらうことしかないんだよ!」
「何を言っておるのじゃ! もしや命乞いでもするつもりか? 余は絶対に嫌じゃぞ! そんなことするくらいなら死を選ぶ!」
お前が死んだら俺も死ぬんだよ! って言いたかったが、その目は今まで見せたことのないくらい真剣で、そんなことを言わせない鋭さがあった。それにコイツは俺がどんなに頼んでも言うことを聞かないのは、今までの行動で分かっている。俺は頭を掻きむしりながら次のことを言う。
「わかったわかった、お前は何もしないでいいから。怒らせることだけ言うなよ。それだけでいいから! もし生き残れたら、お前の願い何でも聞いてやるから!」
そんな俺の嘆願に対してアルフは、なぜか目をキラキラさせる。
「なに? 余の願いを何でも聞くと申すか? ふふふ……なら余は黙っておるから、お主の好きにせい! ちなみに約束は絶対だからな!」
よくわからんが、納得してもらったことに一安心した。それから俺は考えた――どうやって機嫌を取るか……。今の魔王は恥かかされて最悪な状態だ……。いや、俺の弁論術ならできるはずだ! 機嫌を損ねた女神や異世界の女だって何とかしてきたんだ! 俺ならできる! 強張りながらも魔王に向かって言ってやった。
「このチビが大変失礼しました!」
そして……俺は土下座した――。