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「次は、こっちじゃ!」
以前の世界ならランドセルを背負ってそうな女の子に腕を掴まれたままの俺は、彼女の言う方向へと走っていた。
勇者と魔王の戦いは、更に激しさを増し、その余波は酷くなっていき、同じ場所にとどまることが出来なくなっていた。
辺りでは爆発、斬撃が、雨あられのように降り注いでいる。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
俺はというと、こんな叫び声を上げることしか出来なくなっている……。
俺たちを守るために戦う――勇者。
俺を守るために誘導する――元魔王。
俺は――ただ怯えるだけ。
情けない……、ただ情けない……。
今の俺は、この戦いで足を引っ張っているのは明確である。
異世界へ来れたら、こういう立場だけはなりたくなった。
怯え、助けを求める者たちを守る側になりたかった――今の勇者のように。
それなのに……、どうしてこうなった……。
悲鳴を上げ怯えながら、こんなことを考え、涙が出るのを必死に我慢していると――アルフの足が止まった。
「はぁはぁ……、ど、どうした?」
俺がアルフへと問うと、彼女はある方向を見ていた。
そこには――勇者と魔王が見える。
俺に見えるってことは、立ち止まっているってことだ。
魔王は、戦う前と変わらない姿で、そこにいた。
それに対して勇者は、酷く肩で息をし、チラッとこちらへと目線を向けると、安堵の表情を浮かべる。
そんな対照的な二人に不安になった俺は、
「アルフ……、勇者は大丈夫なのか? この展開、マズイんじゃないのか?」
「……」
隣りにいる元魔王は、俺の質問に対して――ただ黙っている。
その沈黙は――ただ察せよ、と言うことが解かるにつれ、俺の感情は、死に対しての恐怖が増していくことになる。
嫌な汗が、じんわりと湧き出てくる感触を感じていると――
「オホホホ! 素晴らしい!! アナタお強いですね! 以前いた世界の勇者よりずっとお強いですよ!」
と、魔王ゴウマの声が、この大空洞内に響き渡った。
意外なことを言い出した魔王に俺が驚いていると、
「はぁはぁはぁ……、この嘘つきめ! お前の言っている『異世界から来た』ということが本当だとして、お前を倒した勇者が俺より弱いわけないだろ!」
と、勇者が即座に反応した。
その後、勇者と魔王の会話が続く――
「謙遜しなくていいですよ、事実を言ってますからワタシは。この世界の勇者の実力を分かってきましたし、少しお話をしませんか?」
「な、なに? 話だと?」
「はい! こんな『普通の環境』で真面目にココまで強くなられたアナタに敬意を払いたくなりましてね。世界の真実を教えたくなりました。この『クソッタレな世界』についてね」
「世界の真実?」
猜疑心に満ちた目でいる勇者と、ガイコツフェイスのせいで表情が読み取れない魔王の会話は続いた――
「一つお聞きしたいのですが、世界を創ったは、誰か知ってますか?」
「は? 世界を創った? 何を言っている?」
「フフフ、唐突な質問、申し訳ございません。この世界の人々は、どうお考えか知りたくてね。ワタシの世界では、神が創ったと信じている人間が多かったので同じなのかなと」
「我が国でも、そのように神を信仰している者も多いが、それが何だ?」
「そうですか、それは同じようなので話しやすいです。先程も言いましたが、ワタシは死後、女神と出会いましてね、面白い話を聞きましたよ。世界の始まりを――」
大鎌を持ったままでいた魔王は、その得物をしまい、両手を広げ始めた――魔王の演説が始まる。
「女神の話からすると、世界は元々一つしかなかったらしいです。その世界の始まりは、女神でも知らないようで、自然に誕生したとか。問題は、最初にできた世界には、魔族が存在していない人間たちが支配する世界だったらしいです。人間たちだけの世界、フフフ……、今、素晴らしい世界と想像したでしょう? しかしながら、人間たちだけの世界でも、ワタシたちの世界と同様に争いは絶えなかったそうですよ。人間が人間を殺す……、なんて愚かな生物なんでしょうねぇ。その後、人間たちは、自分たちを守るため平和にするためを名目に、自分たち人間を滅ぼすことのできる武器を作ってしまうのです。オホホホ、人間ってヤツは意味がわかりませんね。そんな状態の時に、一人の人間が『ある能力』に目覚めるのです、『世界を創る』能力をね。自覚があるのか、ないのか知りませんが、その人間は世界を一から創り出せた。もし世界を創ることができる者が『神』と定義するなら、その人間こそ神なのかもしれません。そして、その者は、世界を創った。人間だけでは、また争いになってしまう、人間同士の殺し合いだけは見たくない、そんな『想い』から創られたのが、『魔族』なのですよ」
一瞬の静寂が流れた――
理解できないことだらけで、俺は混乱する以外できないでいた。
ふと、同じ魔王であった少女を見てみると、その表情は――何もなかった。
――混乱しても、怒っても、悲しんでも――ない。ただただ何もない表情だったのだ。
なんとも言えない空気の中、それを壊してくれたのは、勇者だった。
「な、な、なに? 魔族は人間のために作られたって言いたいのか?」
「その通り! 我ら魔族は、低俗で愚かな人間たちのために作られたのです。人間同士の争いをなくすためだけに『共通の敵』として作ったんですよ! いや~、その話を聞いた時には、さすがに怒りを通り越して呆れましたよ」
「そ、そんなのデタラメだ! 歴代の勇者様たちの戦いは、人間同士の戦いを避けるための戦いだとも言うのか?」
「フフフ……、そのリアクション、ありがたいですよ! この話をアナタにして本当によかった……。残念ながら、この話は本当なのですよ。このような世界を創ったされる人間は、最後は人間が勝つように設計しているんです。死ぬ前、ワタシはアナタと同じレベル99でした。つまり、これ以上、強くなれないってことです。それなのに、勇者たちのレベルは全員レベルは50代、今のアナタよりずっと弱いのに殺されてしまった。そう、絶望しましたよ、そして悟った。世界は勇者が勝てるように創られている。ワタシら魔族は、人間に殺されるためだけ生まれていることを!」
拳を力強く握りしめる魔王ゴウマだった。
その拳は、怒りを押し込めるように小刻み震えている。
俺はというと、同じ感情が湧き出す。
世界の真実というのを聞いきてしまったが――、俺……。
今日、異世界に来たばかりなんですけどぉぉぉぉぉぉぉ!
と、叫びたかったが、空気を読んで黙っている……。
次に口を開いたのは、勇者だった。
「レベル50代の勇者に倒されたはずなのに、その戦闘能力はどういうことだ?」
「フフフ、やはり、そこが気になりますか、たしかに以前のワタシならアナタの相手にならなかったでしょうね。この話を教えてくれた女神は、我ら魔族を不憫に思ってくれましてね、ワタシを転生する際、2つの転生ボーナスを与えてくれたのです」
「て、転生ボーナス?」
「ここまで来たら全て話しましょう! 一つは『フェイクニュース』というレアスキルです。戦闘の際は、相手のステータスやレベル、弱点などの情報を得た上で戦いますよね? 実際アナタもやられたはずだ、そのステータスなどの情報を偽造できるスキルなんですよ! フフフ……」
「なっ! なんだと! ってことは……」
下ろしていた剣を構え直し、間合いを確認する勇者。
そして、魔王は続けた――
「オホホホ! 二つ目のボーナスは、『リミッター解除』です! つまりレベル上限無限解放ってやつなんですよ! フェイクニュースを解除するので真のワタシのレベルを見てみると良いですよ!」
そう言い終えると、魔王の体の周りから、どす黒いオーラが湧き出し、マントがヒラヒラと舞い始めた。
そして勇者は、目を丸くし、みるみるうちに表情が変わって、
「なっ! マサオぉぉぉ! 二人で逃げろぉぉぉぉぉぉ!」
と、今まで聞いたことのないような勇者の叫び声が響いた――
「えっ? あっあっあっ」
俺はどうしていいかわからず、勇者の慌てた様子に、固まってしまう。
すると――
「マサオもレベルを見るスキル覚えたんじゃろ? 見てみぃ」
今まで沈黙を守っていたアルフの声だった。
言われるがまま、俺は覚えたての『レベルチェッカー』を初めて使ってみた。
そして、魔王ゴウマを見た、そこには――
『ゴウマ レベル350』
だった……。




