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「すまない……、私のミスだ……。君ら二人は来た道を戻ってくれ。洞窟の入り口には、たぶん国王が命じた私の親衛隊がいるはずだから保護してもらうんだ」
失った右腕の傷跡からポタポタと血を垂らしながら勇者グルモは、そう言った。
意外な発言にマサオは唖然とする。
「お前は、どうするんだよ?」
右腕を失うほどの重症を負いながらも、自分とアルフを守ろうとしている勇者に申し訳なくなっていた。
「私はヤツを殺る。やられたらやり返さないと気が済まない性格なんだ! 気にせず行ってくれ!」
「お、お前……」
マサオの目頭は熱くなる。
ついさっきまで、ロリコンだの変態勇者だとボロクソに言ってゴメンと心の底から謝る少年であった。
そして勇者は、笑顔を浮かべた。
その顔は、心配しないで行けと言うメッセージであることは、すぐに分かった。
「よし! サクッと倒すか! いいか、あのモンスターが私に気を取られている間に絶対に行くんだぞ!」
と言うと真剣な表情に戻ったグルモは、右手で引き抜くようにポジショニングされた剣の柄を無理やり左手で握り一気に引き抜いた。
利き手ではない左手で剣を力強く握ると、違和感を確かめるように剣技の型を披露した。
その光景は、見事に様になっており、まったく利き腕ではないとは思えない程の美しい動きである。
少年はつい見入ってしまった。
この瞬間、マサオは自覚する。
これが本物の勇者だと言うことに……。
そして勇者は、静かに目をつぶる。
「ふぅ……」
と、一息。
呼吸を整えるかのような静かな息を吐き出す。
すると、勇者の足元の地面からガタガタと揺れ始め、砂利や小石がマジックのように浮き始めた。
その光景を見たマサオが目を真ん丸にしていると、グルモの周辺から赤いモヤが発生し、勇者を包み始める。
「な、な、なんだ?」
「アレは、倍速スキルを使うつもりじゃな」
驚く少年のとなりで、勇者の行動を冷めた目で見る少女が、そう言った。
「倍速スキル?」
「ああ、すばやさを限界まで上げた者しか覚えられんスキルじゃ。自分のすばやさを何倍にもできるスキルじゃよ」
「す、すげぇ! そんなこと出来るのかよ! さすが勇者だ! かっけぇ!」
「しかし、このスキルはMPを使わない代わりに体への負担は相当なものじゃ、下手すると死ぬから覚えても使うやつは滅多におらんよ」
「えっ? 死ぬって……、おいおい、アイツ大丈夫なのかよ……」
マサオは、不安な表情を浮かべる。
勇者の周辺は赤いモヤに包まれ、シュウシュウと蒸気のような音が鳴り響く――
それは、赤い血が沸騰しているかのように。
静かに目を開いた勇者は、
「ダブル・ソク」
と言うと、勇者を映し続けていたマサオの瞳から消える。
そして、その後……。
『キュィィィィィィィィィィィィィィィン!』
と、甲高い音が少年の耳に突き刺さる。
赤い閃光は、一瞬で敵の目の前まで迫る――
それは、マサオが耳を塞ぐよりも早く。
ダブル・ソクとは、自身のすばやさを2倍にするスキル。
勇者のすばやさはカンストの250、その倍になり500となる。
到底、常人の目で追える速度ではない。
――しかし、目の前の敵の瞳には、ハッキリと映っていた。
ドクロのような顔にニヤリッと笑みを浮かべ、マントの中に隠し持っていた大きな鎌を取り出した。
そして、その赤いモヤをまとった勇者目掛けて振り下ろす。
『ガシャンッ!』
振り下ろされた大鎌は、勇者の体を真っ二つにして地面まで突き刺していた。
死神のような風貌した者が勝利を確信した瞬間――切り裂いたはずの勇者の姿が、霧のように消えていく。
「なっ!? 残像だと……」
と、認識した瞬間――振り下ろされた大鎌に着地した勇者が現れた。
その顔は、自信に満ち溢れた笑みを浮かべる。
勇者の口は、目にも止まらない早さで動く――
「テラ・スパークッッッ!!!!!!!」
そう唱えると、剣は雷が落ちたかのようにバチッバチッと放電し始める。
そして、次の瞬間――
――その左腕に握られた剣が、大鎌を待った右腕を切り裂いた。




