16
左足だけ膝を地につけ少女の手を握りしめる勇者は、恍惚とした表情を浮かべていた。傍から見れば、勇者が幼い姫に求婚してるようにも見える。
「な、な、なんじゃ! こやつは!!」
勇者の行動に驚き、手を振りほどく元魔王。
「エリカの言っていた以上の美少女だ! なんて素晴らしい!!」
大空に両手を上げた勇者は、アルフとの出会いに喜びを噛み締めている。
「おい! マサオ! なんなんじゃコイツは?」
アルフは少年に耳打ちをした。
「わからん……、えらくお前と出会えたことを喜んでるみたいだな……」
イメージした勇者と、えらく違ったことに引き気味になるマサオ。
勇者は膝に付いた砂を軽くはたくと、ゆっくりと立ち上がる。
そして恍惚な表情から怒りの表情へと変化し、マサオを睨みつけた。
「おい! キサマだな! 自分の身の丈も知らずにクエストを受け、報酬を前借りし使い込み、更にその子のせいにしているという鬼畜は!」
「えっ?」
憧れの勇者から言われた言葉に、マサオはキョトンとする。
何か勘違いをしていると思い慌てて口を開く。
「え? いや! 違いま――」
「黙れ! 言い訳など見苦しい! こんな美少女とパーティを組んで……! うら――」
「……ん? うら? なんて――」
「うるさい! 黙れ! なんでもない!」
たびたび少年の言葉をさえぎり、勇者の叫び声が響く。
グルモの怒りは息を切らしながら続く。
「ハァハァハァ……、エリカに聞いたぞ! この少女に死ねとも言ったらしいな! こんな可愛らしい子に死ねなんてよく言えたものだな! この鬼が!」
「いやいや、ちょっと待って下さいよ!」
グルモのボルテージは、まだまだ上がる。
「いや、待たんぞ! よく聞け! 少女はな、全ての人類にとっての完成された時期なのだ! 妹のエリカも昔は可愛かった……自慢の妹だった……。しかし今年でエリカも16歳……もうすっかり年増になってしまったのだ!!」
「ん? あれ? おかしいぞ……」
だんだんと気づき始めるマサオ。
「キサマ! こんな素敵な美少女とどこで出会った?」
「いや、たまたま出会いまして……」
「クッ……クソッ……クソッ……クッソ羨ましいじゃねぇかっ!!」
「えぇぇ……」
完全にドン引きするマサオは、やんわりと落ち着かせようとする。
「お、落ち着いてください! あなたは皆が憧れる勇者なんですよ! そこんところ意識したほうがいいですって!」
「うるさい! そんなことどうでもいい! 勇者とか魔王とか世界を救うとかどうでもいいんだよ! 私は……こんな美少女とパーティを組んでみたいんだよぉぉぉぉぉ!」
この人、言っちゃったよ……と、思うマサオであった。
「もしかして、あなたがパーティ組まない理由って……」
「そうだ! 私は美少女としかパーティを組まないと決めている! だが、この国の冒険者の年齢制限が15歳からときてる。本当にふざけた制度だ! だから私は無言の抵抗としてパーティを組まないと決めているのだ!」
「……その無言は貫いた方がいいと思いますよ……みんなのためにも……」
グルモの目つきは更に鋭くなる。
「なんだキサマ! 私と同じで美少女が好きなくせに!」
「はぁ? こんなガキに興味ないですよ! あなたと一緒にしないでください!」
「嘘をつくな! そんな上玉を連れて!」
「おいっ! 上玉とか言うな! あーもう……ガッカリですよ……勇者がただのロリコンだったなんて……」
「ろりこん……? なにか私をバカにしてるのか? エリカに言われてキサマのクエストを手伝うつもりだったが、やめさせてもらうぞ!」
「えぇぇ……? ちょ、ちょっと待って! それは……」
「知らん! もう帰れ!」
イジケてしまった勇者に焦る少年。
そして、マサオは悩む。
(マズイことになった……。クエストをクリアするには、このロリコンの力を借りないといけない。あまりのイメージ違いに言い過ぎてしまった……。クソッ! どうすれば! いや、ちょっと落ち着け! よく考えろ! 勇者にとって手伝うメリットがあれば……)
少年の頭が錯雑する中、腕を引っ張る少女がいた。
「おい、マサオ! もう行こうぞ! お主らが何を言っているか分からないが、あの勇者は何か気持ち悪くて生理的に無理じゃ!」
「いや、ちょっと待てって! ん?」
アルフの顔を、ジーッと見つめるマサオ。
「な、なんじゃ? そんなに余を見つめて……」
魔王は頬を赤く染める。
「よし、わかった! クエストのためアルフには協力してもらうぞ!」
「お、おう! 余さえいればクエストなんて、なんとかなるはずじゃ!」
マサオの言葉にアルフの声は踊る。
ただただ嬉しかった。
初めてマサオが自分を頼りにしていることが嬉しかったのだ。
元魔王が勇者を後にして行こうとした瞬間、
「あのぅ……そんなにこいつが気に入ったのなら、よかったら譲りましょうか?」
その声は、マサオだった。
「えええっ! い、い、いいのか! こんな美少女を譲ってもらっても!!」
大喜びする声は、グルモだった。
アルフが後ろ振り返ると、悪い顔した少年と勇者が握手をしていた。
「お、おい……。マ、マ、マサオ何をしてるのじゃ?」
銀色の綺麗な髪をした少女は、カタカタと震える声で少年に尋ねた。
「あー、今日からお前は勇者様の初パーティになったから、よろしくな!」
少年のこの言葉は、トロルからこんぼうでフルスイングされる衝撃を受けた。
「なななななななななあああああああ何を言っているのじゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「何って、言った通りだけど。お前を差し上げる代わりにクエスト手伝ってもらえることになったから!」
マサオは悪びれる様子もなく、サラッと述べた。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
言葉にならない悲鳴をあげ、少年の服を引っ張り始めた。
マサオのYシャツが破れそうになるくらい引っ張っている。
あまりにも狂乱するアルフに、勇者もたじろいていた。
「やめろ! 破れるだろ! グルモさんちょっと待っててください!」
「あ、ああ……。別にいいが、あんまりイチャイチャするなよ! その子は、もう私のパーティの一員なんだからな!」
勇者の許可を取り外道少年は、少女の手を取り勇者から離れた。
「落ち着けアルフ!」
「なんじゃぁぁぁぁぁ! この薄情者ぉぉぉぉぉ! 絶対許さんからな!」
「勘違いするな! 本当に勇者の仲間になるわけじゃないんだ!」
「なんじゃと?」
「いいか? よく聞けよ! あの勇者みたいな人間は、俺の世界にも結構いるんだ。そういう奴らの傾向として、女性との付き合い経験がないやつが多い。だから今回のクエストが終わったら、お前は勇者に『元カレが……』って言え! そうすれば、お前のこと幻滅して解放されるはずだ!」
少年はニヤニヤしながら言う。完全に偏見であり、マサオだって女性との付き合い経験はない。
「元カレ……? 何を言っておるのじゃ?」
言葉の意味を分からず、澄んだ瞳で少女は少年に問う。
「まぁ、意味は知らんでいい! とりあえず『元カレが……』は魔法のコトバだ! 勇者みたいな奴らは絶対に落ち込むから大丈夫!」
アルフは眉間にシワを寄せ、
「よく意味はわからんが、ようするに勇者を騙すってことじゃな?」
「あ~そういうことになるな! 別にいいだろ、あんなロリコン勇者を騙しても」
「お主……勇者だろうがなんだろうが容赦ないな……」
ドン引きする魔王をよそに、マサオは勇者を騙してクエストクリアを目指す。