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「ぐはっ……ハァハァ……うっ……うぇ……」


 ビチャビチャと音をたてながら吐き出したのは、全て血だった。胸からも流れ続ける大量に血、止める手段はない。体中から熱を奪われ続け、寒気に襲われる。遠のく意識の中で、一点にアルフを見続ける。


 まんまと騙したワタシを、見下したように笑みを浮かべるアルフ。そんな顔を見ても怒りさえ湧いてこない。騙されたワタシが悪いのだから。どうせワタシの命は、アルフの裁量次第だったし、もし罠だと気付いたとしても結果は何ら変わらない。


 それにしても……やはりワタシを許すつもりはなかったのか……ワタシは不思議とそんなことばかりが考えていた。アルフに対して敵だと思うことはあれど、仲間なんて考えたこともなかった。それなのに、なぜかショックを受けてるワタシがいる。アルフに嘘をつかれたことに、とても傷ついたワタシがいた。


 もしかしたら、ケジメのため接触したことがそうさせているのかもしれない。触れられた瞬間、とてつもない衝撃と一緒にアルフの感情が流れて来た気がした。ワタシとアルフが何かにリンクしたような気がしたのだ。ワタシの勘違いかもしれない。でも、ワタシが心の底から信じたのはソレがあったからだ……。


 ううん……もういい。考えるのは止めよう……助からないのだし、どうでもいいことだ。と、全てを諦めた瞬間だった。




『ガシャンっ!!』




 すぐそばで耳をつんざく物凄い音が鳴り響く。金属を地面に叩きつけたような音だった。ワタシは、まだ動くことができる眼球を動かし、その音の元へと向ける。そこで見た光景にワタシの目は釘付けとなる。


 そこでは……両手で握り締めた剣を、ワタシ目掛けて振り下ろそうとする大天使カールの姿があった。それと……それを阻むもうと、ワタシとカールの間でその剣の刃を素手で掴むマサオの姿があった……。


「な、なぜ……斬れん……」


 大きく見開いた目に、額に血管を浮かび上がらせながら、カールは食い縛った口元から発せられた。剣を持ったその腕はプルプルと震えているが、その剣はピタッと静止したままである。その静止しているのは、剣だけではなく、それを掴むマサオの腕も静かにそこに存在していた。しかし、静かにしていたのはそこまでで、マサオの表情を見た瞬間、ワタシは驚きを隠せなかった。


 マサオのこんな表情は見たことがない……。魔族と人間の戦いを知らない世界からやってきた人間だからか、どんなに修羅場になっても情けない面構えだったマサオが……初めてワタシと対峙した時、みっともない顔をしたマサオが……戦闘なんて分からずマヌケな表情だったマサオが……つり上がった目を血走らせ……大きく開いた口から歯をむき出しにし……カールとは比べものにならないほどの血管を浮かび上がらせている……その顔は、まるで理性を失った魔獣のようだった。


「こ……この……クソ野郎が……ゆ、許さん……許さんぞ……ぜったいにゆるさんぞぉぉぉぉぉ!」


 下げていた顔をクイッと上げると、突如マサオが吠えた。そして、微動だにしなかったその手がカタカタと震え始めると、次の瞬間、天界人が持つ聖剣を片手だけでバキッとへし折った。パラパラとその破片が、虹色に光りながら地面へと降り注ぐ。


「な、な、な、な、なんだとぉぉぉぉぉ!」


 目が飛び出しそうになるカールは、目の前の光景を信じられない様子で叫んだ。次の瞬間カールは、すかさずアルフへと視線を向ける。何が言いたいかはすぐに分かった。ワタシ同様『話が違う』なのだろう。聖剣を素手で受けても無傷でいられるのは規格外のアルフくらいで、あのマサオはそのチカラを得ているから当然と言えば当然と言えるが、そもそも戦う条件としてカールとまたもに戦えるレベルに、そのチカラを制限するとアルフが約束したからカールは承諾をした。しかし、今のマサオを見る限り話が違うのは理解できる。そんなカールから向けられた視線に対して、アルフは無視をする。


 カールにも嘘をついたのだろうか? 全てが嘘だったのだろうか? ワタシたちを騙すために声をかけたのだろうか? もちろん、アルフからすればワタシとカールは敵なのだから、騙すことは当然のことだし理解もできるが、なぜか腑に落ちない。アルフがそんなことしそうに、どうしても思えない自分がいるからだ。そんなことを考えている時だった。


『ポタ……ポタ……ポタ……』


 と、何かが滴り落ちる音が耳に入る。そして、すぐに気付くことになる。その音源は、マサオの右手から血が滴る音だということに……。これは、とても重要なことであった。カールの訴える『話が違う』の最も重要に当たることがコレだからだ。その光景を目の当たりしたカールは、アルフから視線を外し、再び笑みを浮かべ納得する。


 世界の隔離からアルフが現れた時、二人ともすぐに諦めた理由は、本来のアルフが一度もダメージを受けたことがないことにある。いや、ないっていうよりも、天界も含めてこの世界に存在する者では、ダメージを与えるのが不可能だということをワタシたちは知っている。それは、知る者や天界人のようにシステムを見れる者なら分かること。ダメージを受けるというのは、受けた者だけが勝手に起きているわけではなく、世界のシステムがダメージを受けたと認識して初めてダメージが入る。つまり、システムに干渉されない存在にとっては、直接ダメージを与えることは不可能なのだ。だからマトは、ワタシに次元刀を授けた。本人を斬っても意味がない。その空間ごと切断して、システムに認証させるのが目的だった。マサオが目を覚ました後、カールの攻撃で頬に傷を負った際に、ワタシたちは確信することになったのだ。アルフの言っていたことは本当のことだと……。


 現にマサオは再び傷を負った。カールに言ったことは嘘ではなかった。それなら、なぜワタシだけ……? って気分になる。ワタシは堪らずアルフへと視線を向ける。そこにいるアルフは、相変わらずずっとマサオを見続けていた。その右手から血を流しながら。そのポタポタと垂れる血を押さえることもなく、表情一つ変えずに、ジッとマサオを見ている。『生命同期』で繋がれていてる二人、マサオがダメージを受けば、自動的に彼女も受けることになる。当然のことだが、『あのアルフ』が傷を負う姿は新鮮だった。貴重な光景だと、改めて感心していると、あることに気付く。




 あれ……? なんでワタシ……まだ生きているのだろう……?




 あれから、だいぶ経った。あの出血量なら間違いなく死んでいる。それなのに、なんでまだ生きているのか……? 確実に急所に入っていた。あれ? それどころか、痛みすらなくなっているし、血も止まっている。あんなに苦しかった呼吸も、今は凄く楽。誰も回復なんてしてないのに……。


 頭にポンっと、ある二人の会話が浮かんだ――。


 ………………

 …………

 ……


「まぁ、普通に考えて、余の自動発動スキルじゃろうな」

「な、なんだよ、それ?」

「ダメージを受けた際、自動に全回復するスキルじゃ。まぁ、今まで発動したことはないがな! ほらっ、捻った足首ももう痛くないじゃろ?」

「あっ! 本当だ……。な、なにそれ……、もう最強じゃん……」

「自動回復が発動した根拠として、なぜかは分からんが魔王時代の魔力と身体能力が、ちゃっかり復活しておる」


 ……

 …………

 ………………


 ――あ、あれは……ワタシが魔王ゴウマだった時のアルフとマサオの会話……。この瞬間、まさかと思い再びアルフへと視線を戻す。


 アルフの右手からは、拭うことなく血が滴り落ち続けている。ワタシは更に注目する……彼女の姿を……もっともっと注目する……ワタシが生きている理由を知るため……。そして……ワタシは……見つけた……。


 この角度からでは見えなかったが、右手とは別に、服の隙間から足へと血が流れ、足元で血溜まりになっていた。更に黒い服を纏っていたせいで全く気づかなったが、その胸元がグッショリと濡れている。そう……足元の血溜まりは、胸元から出た血だ。あの位置……ワタシと同じ位置……。この瞬間、全てを理解した……。ワタシが受けたダメージをアルフが同期している……。つまり……ワタシがまだ生きている理由は……アルフの自動回復によるものだ――。

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