13
「ぐはっ!」
ボクシンググローブサイズのスライムは、アルフのボディへめり込む。
あまりの突然なことに目を丸くさせ、口は大きく開く大魔王。
それと伴いアルフの体はくの字となり、そのまま宙を浮く。
ふわっと空を舞う少女は、そのまま地面にバタンッと叩きつけられた。
ザーっと砂ぼこりが立ち、アルフは横たわったままでいる。
――すごい光景である。
最強の大魔王が最弱のモンスターに土を付けられている……。
「アルフ! くっ! ハァハァハァ……」
少年の魔王を呼ぶ声が響き渡る。
それと同時に『生命同期』の呪いも発動する。
急に腹の鈍痛が走り、立つこともできずに膝をついてしまう。
「おい! アルフ大丈夫か? 返事をしろ! ハァハァハァ……」
アルフはムクッと起き上がると、腹をおさえながら答える。
「な、なにが起きたのじゃ? ハァハァハァ……」
「スライムがお前を攻撃したんだよ!」
「なんじゃと!」
魔王はスライムへ目線を向ける。
スライムは先程のような可愛らしい顔ではなく、目が笑っていた。
その目は何か訴えているように見える――
まんまと騙されやがって! バーカ! 人間が気安く触るんじゃねぇよ!
と言っているように見えた。
チワワのような愛おしさは消え、スライムは立派なモンスターの面構えをする。
青い物体は戦闘態勢になり、今にでも襲いかかる。
「おい! アルフ逃げるぞ!」
マサオは腹を抱えながら立ち上がる。
「なに? 逃げるじゃと!? 魔王の余に逃げろと申すか!」
少女は鬼の形相で答えるのであった。
「向こうはやる気みたいだぞ! お前はスライムとは戦えないだろ? それなら逃げるしかない!」
「誰が戦えないと言った? 余にこんなことして許すわけ無いじゃろ!」
「おい! お前にとってペットみたいな存在じゃなかったのか?」
「そんなもん知るか! 魔族の者に手を出されたのじゃ、絶対に許さんぞ! 存在そのモノも消しさってやるわ! この青いウンコもどきが!!」
――さっきまでのペットの感動エピソードはなんだっただろうと少年は思う。
「よ、よし! それならやるんだな! 俺も暴れてやる!」
少年は武器(木の棒)を取り出した。
体育の授業で習った剣道の構えをする。
「マサオちょっと待て! 余から参る! 魔王への無礼は余が晴らさんとな!」
アルフも立ち上がり、武器(木の棒)を強く握り戦闘態勢になる。
その風貌は、魔王たるオーラをかもしだしている。
右手に棒を握り、左手を軽く上げ、両足は大きく開き、魔王の構えをする――
今まで何百万との戦闘で作り上げた構えである。
その構えは、少年が見入ってしまうほど見事に決まっていた。
「お! さすが魔王だな! かっこいいぞ! よし! いったれ!」
少年が声援を上げると――アルフは大きく息を吸う。
そして、沢山の空気を体内に収めると息を止め、一気に走り始めた――
少女はスライムまで距離を縮める。
スライムの攻撃の射程距離ギリギリなると右足で地面を強く蹴り上げジャンプ。
空を舞う魔王は、右手に持っている武器(木の棒)を振りかぶる。
「くらえぇぇぇぇぇ! これが魔王の剣技ぞぉぉぉぉぉぉ!」
振りかぶる武器(木の棒)を思いっきりスライムの頭頂部に叩きつけた。
アルフの中では、地面ごと粉々になるレベルの攻撃と自負している。
――しかし、
『ぼよよ~ん!』
衝撃音は、この効果音だった。
スライムにめり込んでいた魔王の持つ棒は――勢い良く跳ね返った。
跳ね返った勢いで少女は、その場にペタンと尻もちをつく。
「へっ? スライムに余の剣技が効かぬのか!」
唖然とする魔王に対して、スライムはヘラヘラと笑う。
呆然とする魔王に最弱モンスターは、少女の周りを回りながら不思議な踊りをして煽り始めた。
「き、きさま! 余をバカにしてるのか!」
魔王が苦虫を噛み潰したような顔をしていると、後方から声が聞こえてくる――
「次は、俺のターン!」
カードゲームの決まり文句みたいなこと言いながら勢い良く飛び出すマサオ。
少年の顔は、キラキラしていた――これこそ異世界冒険への一歩だと。
異世界へ来てから、まったくロクなことがなかった。
そのフラストレーションをここでぶつけるため、マサオはスライムに飛び込む。
戦闘が初めてな彼は、今まで見てきた沢山のアニメシーンを思い出した。
一番かっこよかった戦闘シーンをイメージする。
彼の頭の中で出てきたのは、サムライのアニメだった。
マサオは走りながら戦闘態勢を作る――
武器(木の棒)の先端をスライムに向けたまま腕を引き――力をためる。
そして、走っている勢いの力と同時に引いた腕をそのまま突き出した。
「いくぞぉぉぉぉぉ! この雑魚モンスターがぁぁぁぁぁ!! スーパーミラクルマサオ突きぃぃぃぃぃ!!」
体全体の力で武器(木の棒)をスライムに突き刺した。
ぐにゅ~という感触と一緒に棒は、スライムの体にめり込んでいく。
「よっしゃー! 効いてる! 効いてる!」
――しかし、
『ぼよよ~ん!』
再び、この効果音が響き渡る。
スライムにめり込んでいた少年の持つ棒は――勢い良く跳ね返った。
跳ね返った勢いでマサオは、その場にペタンと尻もちをつく。
「はっ? なんで?」
少年の渾身の一撃である『スーパーミラクルマサオ突き』は全く効いていない。
再び青いうんこは、マサオとアルフに対してニヤニヤとあざ笑っていた。
スライムにバカにされている二人は真剣な面持ちに変わる。
「おい! マサオよ! このスライムは只者ではないぞ!」
「ああ。コイツはただのスライムじゃない! 俺には分かる!」
二人は自分の性能が問題ではなく、スライムの強さのせいにようとしていた。
――ちなみに説明すると、このスライムはただのスライムである。
「スライムだからと甘く見ていたようじゃな、マサオ! 一気行くぞ!」
「そうだな、俺ら油断しすぎだ! 次から本気で行く!」
ちょっと残念な二人組は、1匹だけのスライムに一斉に飛びかかる。
余裕と思われた戦いは、まさかの熾烈を極めた――
その後の様子は、たまたま通りかかった行商人が見かける。
家に帰った行商人は、マサオたちの話を妻に話したという。
その内容は――
へっぴり腰な少年は、棒でスライムを突っついていた。
小さな少女は、スライムにカブリついて食べようとしていた。
それでも倒せず少年が少女を抱え、スライムから逃げ出した。
行商人はスライム一匹に逃げ出す冒険者を初めて見たと大笑いする。
その後、その家族の中では酒のつまみ話として定着するのであった。




