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「ば、ばかな……こ、こんなことがあってはならない……あってはならんのだぁぁぁぁぁ! ハァハァ……」
体をカタカタと震わせ、目を血走らせるカールは、ツバを吹き出しながら叫んだ。突然のことにマサオは、驚いた表情を浮かべ、
「な、なんだ……?」
と、呟く。その少年に向けられた大天使が握る聖剣『フォークト・ディメンション』からは、カラカラと音を鳴らし続けながら小刻みに揺れていた。
「ハァハァ……な、なんてことだ……『システムの範囲外』がもう一人現れるとは……想定外にもほどがあるぞ! クソクソッ! 雨季の杖は破壊してしまったではないか……隔離することもできんぞ……ど、どうすれば……」
滝のように吹き出した汗を拭うこともなく、カールの自問自答が始まった。そんな切羽詰まった状況の中、
「え、えーと……あ、あのーちょっと落ち着いてくれませんか……? もし自分の振る舞いで怒らせているのなら……俺、謝りますから……どうにかアルフを解放してくれませんか……?」
全く状況を理解していないマサオは、緊迫するカールに向かって温度差のある言葉を投げかける。すると――
「うるさぁぁぁぁぁい! ハァハァ……ど、どうればいい……? て、天界へ戻り……ウキヨ様に相談するしか……いやダメだ! 杖を壊したのはこの僕だ……責任を取らされる……クソックソッ! 状況を打開する手段がありながら己で壊したなんて……報告できるわけがない……確実に降格になる……大天使ですらいられなくなるかもしれない……ここは……自分で処理しないと……」
マサオの言に耳を傾けないカールは、ブツブツと自問自答を続けていた。そんな天界人にマサオは、困った様子に頭をポリポリと掻いている。そんな彼の姿を見続けていると、マサオの視線がチラッとワタシに移ったことに気づく。その瞬間、ワタシの心臓はドキンッと高鳴り頭がぼわーとし顔が熱くなる。なぜ、そうなったか分からない。でも、ただ分かることは嬉しいという感情だけだった。そんな不思議な体験をしている中、突然――
「――そうだっ! そうだよっ! まだこの人間があのチカラを持ったとは限らない! 何かの見間違いだ! そりゃそうだ、アルフみたいなのが、そう複数いるわけないのだ! ガハハハ……そうだ、そうに違いない。知る者が想像以上だったこともあって変な勘違いをしているのだ! うんうん、そうだそうだ! なら、大天使である我を惑わす人間は、さっさと消し去らないといけないっ!」
何かを拭い去ったように特別明るい声で喜ぶカールは、体の震えを消し落ち着きを取り戻していた。顔に付いた汗を素早く手で拭うと、改めて剣を握り直しマサオに向かって構え、周辺に漂う物質たちの重力係数をいじり始めた。カールがアレをやろうとしているのは、すぐに分かった。この世界に存在する人間では認識することも実現することもできない速さである。システム介入ができて実現するスピードであり、システムが見れて初めて認識できるスピードなのである。カールは今まさにやろうとしている。もしも、マサオに特別なチカラがなければ、見ることも避けることも到底無理である。この攻撃は、動きの速さの反動により、とんでもない攻撃力を実現する。魔王を倒せる勇者でも受け止めるのは不可能だ。
大天使カールが次々とシステム干渉を続けている中で、瞬きを忘れてしまうほど信じられない光景を目の当たりすることになる。それは、尋常ではない膨大な数のシステム介入をしていたからだ。ざっと数えて、ワタシと戦った時の十倍はやっているだろう。あの時の戦いは、カールにとっては所詮知る者を観察するための戦いであって、本気を出していなかったことがコレで証明されてしまった……。大天使がその気になれば、一度にそれだけの介入ができるってことである……。ワタシはゾッとした……。不意をついて雨季の杖を奪えることができただけで、本気で殺しに来られたらワタシはココに存在していないだろう……。
さすがにこれだけのシステム干渉、完了するまでの時間はかなり経過している。もし対戦相手がワタシなら今すぐにでも攻撃を与えるものだが、何がなんだか分からない表情しているマサオは、ただただその光景を眺めているだけだった。
そして――
「キエェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!」
という謎の奇声と同時に、カールはマサオへと一気に突っ込んだ。衝撃によって足元の地面は、めくれ上がり宙へと舞っていく。このワタシにも僅かにしか見えない、とんでもないないスピードだ。一瞬で間合いまで接近すると、そのまま剣を振り上げた。
その時のマサオの表情は何一つ変わっていなかった。あぁ……これは見えていない……と、直感が囁いてくるが、ワタシは信じていた。マサオならどうにかすると……。
そして……。
『シュンっ!』と空間を切り裂く音、『ゴゴゴ……』と地から響く振動と衝撃波。カールの聖剣は振り下げられたと、ワタシの視覚情報が伝えてくる。さらに、こう伝えてくるのだ――頭頂部から縦に真っ二つになるマサオの姿を……。
「う、うそ……」
自然と声が出た。斬られたことにも気づかず、表情一つ何も変わらないままマサオは斬られている。そんな現実を受け止めることなんてできやしない。目頭が熱くなる感触が襲ってきた時だった――
「あのさ……ゴウマ……いやクリスだっけか……お前に頼みがあるんだけど……」
突然、すぐ耳元で声がする。わけが分からず、すぐに視線を動かすと、そこには――ワタシの右耳に向かって、手を添え小声で話しかけているマサオの姿があった。
「えっ……!」
また勝手に声が出てしまう……。すぐに視線をカールへと動かすと、斬られたマサオの姿がハッキリと見え、また視線を戻すと目の前で囁く姿のマサオもココにいる……。ただシステム上では、カールに斬られた場所からマサオの存在を示していた――。




