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「そ、そんなわけがないっ! アルフに使用した後は、この懐に仕舞ったはずだ……なのに……なぜキサマがその杖を持っているっ! い、い、いつ取ったぁぁぁぁぁ!」


 目を血走らせたカールは、首筋から大きく血管を浮かべ叫んだ。この反応、予想は間違ってなかったようだ。一安心したワタシは、乾いた声を口から発する。


「魔法使いであるワタシが、唯一攻撃を与えられるチャンスをなぜ魔法ではなく、わざわざ素手で殴った意味が分かる? お前にやられた仕返しなんて陳腐な感情的行動をするわけないでしょ? 素手で殴る、つまりその距離まで接近する、その意味は分かるわよね?」

「はっ! キ、キサマァァァァァ! 最初から杖を取り返すのが目的で行動していたのか? この大天使であるこの僕に対してっ! げ、下界人のくせに舐めたことしてんじゃねぇぞ!」

「ププッ! 当たり前じゃない。元々天界人は下界では倒せないなら、こうする以外ないでしょ? 呑気に知る者の実態調査なんてしているから、こうなるのよ! 下界人を舐め過ぎよ!」


 今まで溜めに溜めたフラストレーションは、今ここで全てを吐き出す。天界人であることを鼻に掛け、下界人と思い高をくくっている大天使様に一矢報いてやった。なんて清々しいことだろう。


 苦々しく顔を歪ませるカールは、無理矢理に作り出した笑顔で口を開き始める。


「へ、へぇ……それはそれは凄いね……で、でもさ……だからどうした? その杖を手に入れてどうするつもりだ? まさかこの僕を世界から切り離すなんて思ってないよね?」

「まさか。そんなことをしても意味がないでしょ? 切り離したところで、どうせ天界に帰るだけだし」


 ワタシがそう返すと、カールの顔色はいっそう悪くなった。作り出した笑顔は、みるみるうちに不安げな表情と変わる。眉間にシワを寄せるカールは、


「じ、じゃあ! その杖をどうするつもりだ? アルフがいなくなった今、使いようがないだろ! この世界で知る者のキサマ以上の者は存在しない。持っていてもしょうがない代物だ……」

「どうしちゃったのかしら。これからワタシを殺すんじゃないの? 殺した後で回収すればいいじゃない。何をそんなに慌てているのかしら」


 ニヤリと口元が勝手に動いたワタシには、カールの心情が手に取るように伝わってくる。『アレ』が気になって仕方が無いらしい。そうこうしていると、カールの顔面の筋肉がピクピクと不自然に動く。つり上がっていた目尻は、ゆっくりと下がり、眉間のシワは震えながらも平らへ変化する。不自然に作られた口角を上げた口から、こんな言葉が飛び出してきた。


「わ、分かった……。キミを殺すことは止めにしよう。だ、だからその杖を返してくれないか? 僕は元々、キミを殺すことには反対だったんだ。あっ! そ、そうだ! 僕から女神様にキミの殺害中止を上申する! それどころかキミが好きに生きられるように天界からサポートもする。だからさ、その杖……」


 両手を広く開いたカールは、そんな提案をしてくる。滝のように流れる汗は、大天使という立場なんて関係ない位に流れていた。この反応に考えていた全てが確信と変わる。ワタシは、チラッとカールの後ろに見える腕組みをしている幼い少女に目をやってから、こう切り替えした。


「ちなみに返すって、どうやって返せばいいのよ?」


 と、ワタシが言うと、カールは輝くような笑顔が生まれた。続いて――


「あ、そう。やっと返す気になった? そ、それは良かった……。返すって……そのまま渡してくれれば――」


 そんなカールの安堵した言葉を遮るように、言葉を挟む。


「うふふ……そのまま渡すって……下界モードを解いた貴方に、どうやってこの杖を掴むのよ?」

「はっ!」


 カールの見開いたその目は、本当に気づいてないようだった。常に冷静だった天界人が、そこまで動揺していることに、この後のことが重くのしかかる。


「クソっ! クソがぁぁぁぁぁ! そうだった……今の状態じゃ……はっ! ま、まさかキサマ、それも見越して……」


 一生懸命に作り上げた仮面が消え去ったカールは、再びしわくちゃな表情でワタシに向かって吠える。ワタシは、心の中で「はぁ……」とため息を付いてから、


「今さら気づいたの? わざわざ殴ってこんな場所まで吹き飛ばして時間をあげたのは、貴方が本来の天界人に戻ってもらうためでしょうが……戦闘の主導権を握り続けていた大天使とは思えない頭の回転ね……」

「クッ!! ば、馬鹿にしやがってぇぇぇぇぇ! 下界人なんかに……もういい! 今すぐぶっ殺――」

「ちょっと待って! 最後に聞きたい。『アレ』はそんなにヤバイの?」


 右の手の平をカールに向かって広げ、ワタシはそう言った。その言を聞いたカールは、ピタッと震える体が止まり――


「ハァ……その杖をキサマが手に入れた瞬間に何をしようとしているのかは、すぐに分かっていた。これだけは腹を割って話すが、それだけは止めておけ! 取り返しの付かないことになる。それに、そんなことをしたらキサマも殺さるぞ! 死にたくないのだろう? 下界に対して失礼なことを言ったことは、反省する。ここは休戦にしようじゃないか? その杖をその場に置いて、そのまま行ってくれないか? 天界人として約束する。もう、キサマを追って命を狙ったりしない。もうその後は、好きに生きればいい。天界には、キサマを始末したと嘘の報告をする。だから、もう終わりにしよう……」


 と、カールは深々と頭を下げた。そんな姿を見せられて、ワタシの感情はグラっとする。諦めていた希望の光が一気に射し込むように感じた。もしかしたら……生き残る事ができるかも……これから人間らしい生活ができるかも……なんて考えていると、ぱっと頭の中にうずくまって懇願するマサオの姿がフラッシュバックし、「はっ!」とした次の瞬間だった。


「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 カールの声が突然耳に入り、気付くと聖剣の鋭い刃がワタシの首元目掛けて振り抜かれている。これは、完全に不意をつかれてしまう。まんまとカールの言葉に乗せられた。本当にバカだ……油断した……迷った……心が揺らいだ……これはワタシのせいだ……ここまできたのに……もうダメだ……避けられない……と頭の中でよぎる。腕一本を犠牲にして剣の軌道を変える以外、防ぐことはできない。ワタシは、左腕を襲ってくる刃へと差し出した。


「くっ!」


 左上腕に刃がめり込む。凄まじい痛み、飛び散る血、斬り落とされる前に首に向かう軌道を変えるたようと、システム介入で上へと腕を動かす。必死に首を下げ、すぐ目の前を刃が通り過ぎる。


『シュッパン!』


 仰け反った体勢で、ギリギリにその斬撃を避ける。もうその時には、左腕の感覚はそこにはない。足元にはマジックリングを指にはめた左手が転がっていた……。


「チッ!」


 その後、カールが舌を鳴らす。それから先は、一気に事が進む。痛みに構っている暇はなく、第二第三の斬撃がこれから待ってる。ワタシは右手に握りしめた杖のコードを読み取りながら、システムの介入に取り掛かった。システム移動して、その場から逃れる選択もあったが、今は『雨季の杖』の起動を優先する。


『シュッシュッシュッシュッシュッ!』


 次から次へとやってくる斬撃、カールも無我夢中に剣を振っている。剣の師範がこれを見たら、デタラメ過ぎて怒り出すレベルだ。そんな攻撃に対して身体強化トリプルアクセルのみで何とか避け続けた。そして、ワタシは高らかに唱える――

 

「雨季の杖よ! そのチカラを解放する! 切り離した世界を元に戻せ!」


 その声を聞いたカールは、慌てふためき剣のスピードが更に加速する。


「おいおいおいおいおいっ! やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ! やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 口から泡とツバを吐き出すカールは、剣を振り回しながら喚いている。ワタシは、躊躇なくシステムにコードを送り起動した――。


 杖の先端から七色の光りがきらびやかに輝き始めた。

 ――この瞬間、勝ちを確信する。


「マサオよ、やったぞ! お前の願いは叶えた! フフ……もうやり残した事は何もない……この後、ワタシはアルフに殺されるだろう。でも、いいのだ……天界人に殺されるくらいなら伝説の魔王に殺された方が何倍もマシだ……天界人よ……ざまーみろ! これでアルフは自由の身だぁぁぁぁぁ!」  


 眩く光の中、ワタシは叫んだ。何も見えない光の中でワタシは叫んだのだ。そして――杖の光は徐々に弱まっていく……。目を凝らして、アルフがどうなったか確認しようとしていると、


「あーあ……あーあ……あーあ……どうしてくれるのこれ……おかしいじゃん……お前だって、アルフを殺しに来てたじゃん! 何してくれてるの……あーあ……本当にどうしてくれるの……ウキヨ様になんて報告すればいいのよ……」


 と、カールの嘆きの声が心地良かった。そして、この世界に戻ってきたアルフが、この目に入ってくる。アルフは、相変わらず仏頂面で腕組みをしていた。別にお礼の笑顔なんて期待してたわけじゃないが……とガッカリしていると、とんでもないモノが目に入る。


「えっ……? なんで……?」


 思わず声が漏れた。ワタシの目には……消えたはずの世界間の境界の壁が、ハッキリと見えていたからだ……。つまり、アルフはこの世界に戻っていないということになる。


「そ、そんな……ちゃんとコードは入れたし……つ、杖だって起動した……なのに、なぜ……?」


 目の前が真っ白になった。目の前の光景を受け止めることが、出来ないから……。ワタシは膝を付く。そして、握り締めていた杖を地面へと落とした。もう、体のチカラは全て失った。そこに――


「ワハハハー! 起動に失敗したな! キサマごときが扱える代物ではなかったのだぁぁぁぁぁ! ワーハハハ! ん? どんな気持ち? ねぇ! 今どんな気持ち! ワハハハ!」


 カールの下品な笑い声がその場を包んだ。正直、もうどうでもよかった。今までの戦いは、この時のためだった。だから、もうどうでもいいのだ……。ワタシの心が閉じようとすると、


「んじゃ、とりあえずコレはこうしてっと!」


 と、大天使カールはワタシのそばでそう言うと、


『バギッ!』


 と、何かを折る音が鳴る。視線だけを下へと動かすと、落としていた雨季の杖が剣で真っ二つに斬り落とされていた。


「ウキヨ様には怒られるが仕方がない、アルフが解放されるよりマシだからね! もうこれで心配はなくなったっと! ってことで、最後の仕事のわけだが、知る者クリスちゃん! 最後に何か言い残すことある?」


 さっきまでとは打って変わってニコニコのカールは、笑顔で問いてくる。ワタシは黙って頭を横に振った。


「んまぁ、いろいろあったけど、所詮下界人はその程度ってことで! では、バイバイ!」


 と、笑いながら言うと、カールは剣を振りかぶった――。


 ……マサオ……アンタの願い叶えられなかったよ……。


 ――その時だった。




「あのー、すみません。先程の話なんですが、どうにかアルフを解放してくれませんか?」




 聞き覚えのある声だった……この戦いの中では場違い過ぎる声だった……そして……ワタシにとって最も喜びを感じさせるマヌケな声だった――。

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