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知る者とは、この世界、つまり下界の真理を知る者のことを指す。だから、全てを知る事によって、世界のシステムを見ることができ干渉もできる。そう、天界人のように。簡単に説明するとそうなるのだが、実は少し違うのだ。知る者が、天界人と同じようなチカラを持つということは、疑似的にも知る者は天界人になると言うこと。つまり、天界についても知る者になるってことだ――。
大天使カールを殴り飛ばした右拳は、ジンジンとその残りを感じていた。そっと左手でその拳を覆い隠すと、腰にかけていたダガーがガチャリと音を鳴らす。ソレに目をやると、自然と笑みが生まれた。
「魔法使いのワタシが、格闘家みたいに素手で攻撃するとは……なんとも滑稽な……でも……最高な気分だ……」
自然と気持ちの言葉が、声となっていた。ちなみに腰にぶら下げているダガーは、一突きでも刺されれば、下界では決して解毒できない猛毒が全身に回り、一瞬で絶命させるダガーであった。もしものために、マトがワタシに授けた武器である。そんな即死級の武器を持ちながらも、今さっき使わなかった理由は、意味がないからだ。この後、すぐに分かることになる。
ひと息ついたワタシは、アルフが見える場所つまりカールを吹き飛ばした場所のコードを今いる場所と書き換えた。システム移動するワタシの前の光景は、一瞬でガラリと変わる。
目の前の光景は、激しい戦闘によってできたボコボコの地面、反目爆発によってぶち抜かれ空が覗いている天井、相変わらず表情一つ変えず腕組みをしているアルフの姿、それと――砕かれた顔面の傷は綺麗サッパリに消え、神々しい笑みを浮かべる大天使カールの姿がそこにあった。
「おかえり!」
カールは、そう言った。今までの戦闘がなかったかのように優しい声で。そして、その姿は先程までとは違い、着衣に付いたホコリなどの汚れは一切なく、ココに登場した時よりも、綺麗な姿であった。あと、体全体から金色のオーラを纏っていた。そんな姿を見て、ワタシは生唾を飲み込む。
「いやー参った参った! キミ本当に強いね! 知る者とはいえ下界人がそこまで強いとは思わなかったよ! 下界人と戦うのは実質初めてだったし、キミの実力をこの身で受けて知りたくてね、些か調子に乗り過ぎちゃったよ。かなり悔しいけど、今回の勝負はキミの勝ちだ、おめでとう! って、ところで終わらせるね。これ以上、遊んでいると本当に怒られてしまうからね、そろそろ終わりにしようと思う」
自分の後ろ頭をポンポンと叩きながらカールは言う。まるで今までのことは、子供同士のゲームの勝負だったかのように。ワタシはある事を確かめる為にも、まだこの空間に残していた『カールの運動エネルギー付き小石』を、カール目掛けて発射する。
『ヒュッ!』
ワタシの耳元を小石がかすめ、
『ボスッ!』
と、地面にめり込む音が鳴る。この間、カールは一歩も動いていない。間違いなく、彼を貫く軌道であった。だがしかし、カールに傷一つ付いていない。やはり、そうなったか……と、心の中で呟く。超高速で飛ぶ小石は、カールの体をすり抜け、そのまま地面へと突き刺したってことである。ワタシのこの行動に対して、カールは苦笑いをしつつ口を開く。
「あのね、もう遊んでる暇はないんだ、ごめんね。なにか期待させていたのなら謝るよ。でも、今のこの状況に、あまり驚いてないね。もしかして、知っていたのかな?」
と、ワタシの表情を伺ったカールは、そう問いてくる。ワタシは「はぁ……」と、大きなため息をついてから口を開くことにした。
「マトは言っていた。天界人は下界では倒せない。天界と下界は次元が違うから。そもそも天界人と下界人は、触れ合うことさえできない。戦いにすらならないのだと……」
ワタシがそう言うと、カールは自分の首筋をポンポンと叩きながら、
「そうだよね、知る者なんだから知ってて当然か! その通り、そもそも僕たち天界人は、キミたち下界人と相触れぬ存在なんだ。さっきまでは、僕がキミたち下界フォーマットに合わせていたから、戦うことができたんだけどね。でも、それは解除したから。この世界の物質は、僕に触れることさえできない。もちろん、こちらからも触れることはできないけどね! でも、大丈夫! この聖剣『フォークト・ディメンション』は、天界と下界に存在し続けることができる剣なんだ。つまり、キミは僕に攻撃はできないが、僕はできるんだ。一方的でごめんね! これが天界と下界の差なんだ。諦めてほしい。正直ね、下界モードでも余裕で勝てると思ったが、大間違いだったよ。うーん……でもさ……それなら不思議だなぁ……それを知ってて、なぜ僕に合わせて戦ってくれたんだい? いずれ、こうなることは知っていたのだろう?」
カールの言う通り、最初からこうなる事は分かっていた。天界に対してどうにもできないこと、それは天界、下界に共有する武器を所持していることなのだ。下界の者たちからは、どうにもできない壁になっている。カールが強いとかシステム介入とか全く関係なく、こうなってしまってはどうにもならないことも……。ワタシは、空中に待機させていた小石たちを解除した。パラパラと小石の雨が降ってくる。そして、全ての武装を解除してから口を開いた。
「アナタが言った通り、ワタシはこの時のために作られた人格なのだろう。だから、この世界にやってきた時は、ただアルフという魔王を殺せば良いとだけしか考えてなかった。しかし、アルフとマサオとの戦いの中で、予想もできない行動に、いつの間にか人間らしい感情を生まれていた。怖いとか死にたくないとか……もうヘンテコな二人だったからね……たぶんマトも想定外だったかもしれない……だから……意味がないと分かっていても、やらずにはいられなかった……たとえゴールが同じだとしても……」
自分の足下の砂をじっと見ながら、言いたいことは全て言ったつもりだ。すると、カールから――
「うーん……言いたいことがイマイチ分からないなぁ……そもそもマサオって誰? ううん、まぁいいや、これ以上話しても意味ないし、全てを終わりにしよう」
そう言うと、カールは腰にかけていた聖剣を鞘から引き抜いた。きらびやかに輝くその剣は、地面に影を落とした。つまりこの剣は、実態しているということだ。それに比べカールの足元には影はない。目の前に存在してるのは、あの剣だけなのである。ガシャガシャと音を立てながら、大天使はワタシのもとへとやってくる。そこでワタシは、カールから目を離さず、こう言ってやるのだ。
「アナタが下界モードというものをやった理由は、ワタシと戦いたかったと言っていたけど、実際はそれだけが理由じゃないわよね?」
「なに?」
一瞬、カールの足が止まった。ワタシは睨みつけるようにして続けた。
「本当の理由は、『雨季の杖』を使うためじゃないのかしら?」
「はぁ?」
「今の状態では、下界にある雨季の杖には、触れる事さえもできないもんね。たぶんだけど、本来はワタシが雨季の杖を使いアルフを世界から隔離したあとに、その聖剣でワタシを始末する予定だったが、それが難しいと判断し、急遽、自ら下界モードを使い雨季の杖を自分で使用したんじゃないのかしら。さらに、雨季の杖を回収もできる。下界モードで杖を掴み、そのまま天界モードをすれば、杖は天界に存在するモノとなる。それに、その下界モードというのは、そう何度もできないとみえる。できるなら、戦いの中で切り替えを続ければ、圧倒的に有利だったはずなのに使わなかった。要するに、この世界では一度しか下界モードにはなれない! どう? 違うかしら?」
ワタシがそう言うと、カールの顔から笑みが溢れる。
「アハハハ! 流石だなぁキミは! そのとおりだよ! いやーキミは想像以上に頭が切れるとみえる。だからこそ、一度しか使えない下界モードを思い存分に楽しみたかったんだ! んで、それがどうしたんだい? それが分かったことで何が変わるのかな? これから殺される運命が変わるとでも?」
ワタシは静かに目をつぶった。鼻から空気を吸い、口から吐き出す。そして――
「いいえ、殺される運命は変わらない……」
「フフ……」
カールから鼻で笑う音が聞こえた。ワタシは目を開き、服の中に隠していた『あるモノ』を掴み、外へと出した。そして、こう言ってやった。
「でも……殺すのはアナタではないわっ!」
掴んだモノを前へ突き出した。そして、そのモノを目の当たりにしたカールは、
「な、な、な、な、な、なんだとぉぉぉぉぉ! そ、そ、そ、そ、そ、それをなぜキサマが持っているぅぅぅぅぅ!!!!」
血管がハッキリ見えるほどに目を真ん丸にしたカールは叫ぶ。ワタシが力強く握り締めているモノ、それは『雨季の杖』だった――。




