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大天使カールのこの発言は、ワタシを混乱させる。何を言っているのか、わからないからだ。
「ほ……本物のクリス……?」
眉間にシワを寄せたワタシは呟く。すると、カールはじっとこちらを見つめたまま、口角を上げた口元が開く。
「どうもキミとは話が噛み合わないと思えばそう言う理由だったのか……なるほどなるほど……。もし、キミが魔王ゴウマの姿のままなら、キミのさっき言った事はごもっともだが、今の姿『知る者』であれば、我々がキミの命を取る理由は、知っていて当たり前の事だ。まぁ、どっちみちゴウマのままであっても目的を果たした後、消す予定ではあったけどね。他世界の魔王をそのまま存続させる理由は、天界にはないからね。それにしても特異点もなかなか手の混んだ事もするねぇ。うんうん、まぁ、そうなるよね、『知る者』にした人間を自分の思う通りに動かすなら、一番効率が良い方法とも言える!」
一人で納得をして、一人で清々しい笑顔を振りまくるカールに対して、ワタシは、不快、嫌悪、といった感情が次々と発生した。
「さ、さっきから……な……何を言っている……?」
頭の中に浮かぶ言葉を、そのまま口にした。目の前に存在する男の発言には、何一つ理解できない。
「うーん、これ言ってもいいのかなあ……? 言ったらキミ、自己崩壊するけどいい? まぁ、これから死ぬんだから関係ないかっ!」
と、言い終えると、カールの目尻が下がり不気味な笑みを浮かべ続けた。
「キミさ、この世界にやって来る前の記憶ある?」
理解に苦しむ質問がやってきた。な、何を言っているんだコイツ……? この天界人は何がしたいんだ……? 今はどんな状況なのか……分からない……。ハァハァ……お、落ち着け……ここで動揺したら助かるものも助からない……。カールは何て言った? この世界に来る前の記憶があるかって……? そりゃもちろん……もちろん……そ……そんな……な、なにも思い出せない……。
「ん? ん? どうしたのかな? さっきらから黙り込んで? じゃあ、質問を変えよう、子供の頃の思い出はあるかい?」
と、カールは答えられないワタシを覗き込むように更に質問する。こ、子供の頃……? ワタシの……子供の頃は……なに……? ちょっと……? ど、どういうこと……? ハァハァ……わ、わ、ワタシには子供の頃なんてない……。以前いた世界の記憶もなければ、子供の頃の記憶も何もない……。その時、ワタシは気付くことになるのだ。最初の記憶は、マト様から使命を与えられた時以外なにもないことに……。
……そうなると……ワタシは誰だ……?
自然と体が震え始め、暑くもないのにダラダラと汗が吹き出る。そして、ポタポタと地面に落ちた。落ちた汗は、丸く広がり、徐々に薄くなる。そんな自分の汗の行き先を見ることしかできないでいた……。
「フフフ……フハハハ……! どうやら気付いたみたいだね! キミはクリスじゃない! 上書きされた人格に過ぎないんだよ! そういえば、本物のクリスさんはどうなったんだろうね? ね? ね? もしかして無理やり『知る者』にされて用済みになり、ゴミのように消されたのかな? ん? ん? 自分のオリジナルがそんなことされてどんな気分? 教えてくれないかな? こんなレアケース珍しいから教えて欲しいんだ! それにしても特異点もえげつないことをするねぇ。まぁ、人間なんて実験サンプルに過ぎないし、気にしてもしょうがないことか!」
「……黙れ」
「んっ? 何か言った? よく聞こえなかったけど……」
「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ワタシの感情は爆発した。我慢していた何かが爆発したのだ。何もかも全てが憎くて憎くて仕方がない。オリジナルのクリスのことなんて……どうでもいい。マト様……いや、マトのことだってもう……。
「おっおっ! キレたキレた! 今どんな気持ちで叫んだの? 教えてよ! 今後の研究に役立つからさっ!」
ヘラヘラしたカールは、ワタシに向かっておちょくるように笑いながら言いやがった。ワタシの堪忍袋は今にでも切れそうである。憎たらしいカールから視線を外した時、ワタシの視界にはアルフの姿が映った。
その瞬間、とてつもない孤独感がワタシを包む。マトは……ワタシの全てだった……。しかし、マトはワタシを利用しただけ……オリジナルのクリスを騙してワタシを作り出し利用しているだけなんだ……ワタシは一人ぼっちになってしまった……いや、もともと一人ぼっちだ……。アルフにとってマサオのような存在……ワタシを思ってくれる存在……ワタシを守ってくれる存在……ワタシのために頭を下げられる存在……なんてそもそもいなかったんだ……。アルフを見て、そんな何とも言えない、羨ましさ、妬ましさ、疎外感が入り混じる。
「ねぇねぇ! 教えてよ! 殺す前に知りたいんだ! 今後の人間創りの参考にするからさぁ! ウキヨ様もお喜びになられるぞ! さぁ、言ってごらん!」
大天使のくせにバカみたいな顔でまだ言ってくる。もう我慢できず、その顔を睨みつけ一言だけ口にした。
「殺す……」
すると、大天使カールの顔は、より目尻は下がり、より口角を上げ、開いた口元からは眩く光る白い歯が見える。みるみるうちに歓喜の表情を浮かべた。
「うほっ! こりゃ面白い! ほら、やってごらん! さぁさぁ! この私に赴くまま感情をぶつけなさい!!」
その顔……屈辱にも程がある……いい加減……。
ワタシの理性は吹っ飛んだ――。




