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「お、おい……片目を瞑れってどういう事だよ……?」
思わずこぼれた俺の疑問は、アルフには届かなかった。さっきまでのふざけた空気は、もうココにはないから。ヒシヒシと感じられる緊迫感のある空気、グルモとゴウマが戦った時と同じ……そう、今からガチバトルが始まる。自然と心臓の脈打ちが早くなる俺だったが、目の前にあるアルフの小さな背中を見ていると、不思議と不安が消えていった。俺は、言われる通り左眼を瞑った……。
「お、おのれぇぇぇぇぇ! よ、よくもワタシに幻術なんかかけやがったなぁぁぁぁぁ! はぁはぁ……許さんぞぉぉぉぉぉ!」
ゴウマだった少女は、顔を真っ赤にさせながら叫んだ。固まっていた時の可愛らしい顔は、もうそこにはない。鬼の形相とは、まさにこの顔を指すのだろう。
「なんじゃ、余の幻術を受けたわりには元気そうじゃのぅ。さすが知る者っと言ったところか」
知る者……? さっきからアルフの口からちょくちょく出てくる謎のワード、それが何なのか気になっていると――
「はぁはぁ……おかしいと思ったのよ……アンタが余りにもあっさり過ぎるし……なによりも……あそこにいる男がどうやっても殺せなかった……はぁはぁ……幻術だと気付くのにかなりの時間を生じたわ……こんなに完璧な幻術は初めてよ……はぁはぁ……」
ゴウマ……? で、いいのか……彼女は、俺を指差しながらそう言った。
「ふんっ! 幻術の中だろうと、マサオは殺させるわけなかろうて! でもまぁ、気付いただけでも大したもんじゃ、名だけでも聞いておこうかのぅ。お主、名をなんて言うのじゃ、魔王ゴウマではないのじゃろ?」
と、アルフがそう問うと、ゴウマ少女は――
「はぁはぁ……キ、キサマに名乗る名などないっ!」
と、即座に返される。アルフは前屈みになり、ゴウマをジーッと凝視した。
「うーん……お主……どこかで見た事があるのぅ……余と以前どこかで会ってはないか……?」
と、アルフが言った瞬間、頭の中にあったモヤモヤする霧が一気に晴れる。
そして俺は――
「あーっ! た、たしか……クリスって呼ばれていた魔法使いだ!」
思い出せた気持ちよさと勢いで思わず声を上げた。すると、アルフは、
「はぁ? 誰じゃ……?」
と、間の抜けた答えが返ってきた。なんで直接会ったお前が思い出せないんだと言う気持ちになる。そして――
「ほらっ! ほらっ! いたじゃん、あの時! 勇者ユ――」
俺は忘れていた。アルフの過去にまつわる話をすると、舌が痺れて話せなくなることを……。案の定、舌は痺れて話せなくなる。
「おい! マサオ! 急に黙ってどうした? あの時っていつじゃ? アヤツは誰なのじゃ?」
と、アルフから当然の質問が飛びかかって来るが、返答はできるはずも無くモゴモゴと困っていると、
「なっ! なぜっ! ワタシの名を知っている……?」
突然、クリスから声が上がる。顔を見ると、目を見開き驚きの表情を浮かべていた。そう言われましても舌が痺れて思うように喋れない。俺は馬鹿みたいにモゴモゴしていると、
「はぁ? なんじゃなんじゃ! マサオの言った名、合っておるのか? なんでマサオが知っておるのじゃ! まさか――」
マズイっ! 俺の頭に浮かんだのは、幻術の中で見た最悪の状況だった。アルフがマーちゃんに関する記憶を思い出すと、世界が崩壊してしまう。あれは、ただの幻術だけの話ではなく、マーちゃんからの啓示なのかもしれない。どう誤魔化すか必死に考えてはいるが、舌の痺れはまだ治らない。更にモゴモゴが酷くなる中、アルフの口から――
「まさかっ! あの女は、マサオの元カノかっ!」
頭上からタライが落ちてきて、脳天に落ちるような衝撃を受ける。と、同時に舌の痺れが治った。俺は堪らず声を上げる。
「な、な、な、何でそうなるんだよっ! お前はアホか? どう考え着いたらソコに辿り着くんだっ?」
すると、アルフの顔はしわくちゃな表情を変わり、再び俺の胸に対してポコポコと叩き始め、
「嫌じゃ嫌じゃっ! マサオの『初めて』は、余じゃないと嫌なのじゃ! 初めて同士じゃないと嫌なのじゃ! 経験アリは、中古なのじゃ!」
などと、訳のわからない事を言い始めた、ちょうどその時だった。
俺の開いていた右眼があるモノを捉える。
アルフの背後……何もない空間……。
なぜか……ソコから……音も無く……不自然に……。
じんわりと人影が現れる……。
それは――離れた場所にいたはずの『クリス』だった……。
その右手には、刀が握られている……。
彼女の右腕は、大きく振りかぶった……。
「アルフっ! あぶないっ!」
考えよりも先に声が先行する。
その直後、無情にも刀は振り下ろされた――。




