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「お、おい……アルフ……?」
目の前の光景に、俺は震える声をこぼした。確かめるために一歩一歩と彼女に近づく。そして、俺は続けてこう言った。
「アルフ……? これ……いつかけたんだ……?」
と……。その声は、空気の振動によって受け手へと運ばれる。すると――
「あぁ、ヤツの鎌を受けた時にちょちょいとな。まぁ、奴さんも同じ事考えておったようじゃが。余の場合は、知りたい事があって時間差にしたから今になって効果が発動したわけじゃ」
視線を変えずアルフは、そう言った。アルフが見ている対象に俺も視線を合し直す。今でも信じられないでいる。ガイコツ魔王のゴウマから……人間の少女が現れた。栗色で肩まで届かないくらいの髪、よくアニメで見る魔道士の黒いローブを纏い、年齢は俺と変わらないくらい……あと、どこかで見たことがあったような……。でも、現れたと思ったその少女は、全くうんともすんとも言わなく、立ったまま固まったように動かないでいた。不思議に思った俺は、アルフに問うと「幻術にかけた」と答えられた。そして、今ココである。
「おい! あ、あれ! 人間だよな? 何で魔王から人間になるんだ? 魔王の変身って人間にもなれるのか?」
見たまま、そのまま、捻りもなく俺は口に出した。
「ふぅ……そういうことか……おかしいと思ったのじゃ………」
アルフは、俺の質問には答えず独り言を呟きながら頷いている。
「なーに、一人で納得してんだよ! 何が起きてるんだ? あの人間の女の子が魔王の変身後の姿でいいのかよ!」
と、デカ目の声で横にいる者へと問いただす。するとアルフは、視線を俺に向けた。
「いや、正確には元々の姿があの人間の女じゃ」
「えぇぇぇ……さっき、魔王の変身だって言ってたじゃん……どういうこと……? あの子が魔王に変身してたってこと……?」
「魔王が変身するのは、よくあることとは言ったが、『あの魔王だった者』は変身ではないのじゃ。変身は、元ある肉体の形を変えるのが変身じやが、アレは違う。『上書き保存』からの『元に戻す』じゃからな……」
「えーと……何を言っているのか……さっぱりわからないんですけど……」
アルフは、ごく当たり前のことを話すように俺に答える。チンプンカンプンな俺は、混乱に陥る。すると、アルフはそんな俺の察したのか、
「スマンスマン! マサオには分からん事じゃった! 気にせんでおくれ! うん、まぁそういうことで……終わったことじゃし、帰ってメシにしようかのぅ!」
「えええええ! 終わりかよ! めっちゃ端折ったな! 何の説明もないのかよ?」
「説明も何もこれ以上話すとマサオが危なくなるからのぅ……余はそれは嫌なのじゃ!」
「意味が分からん奴だなぁ! それに帰るって、まだ終わってないだろ? あの子は、どうするんだよ?」
「あぁ、アレはあのままにしてて良い! 余の幻術は、一生覚めんから!」
サラッと恐ろしいことを言うアルフ……俺は、堪らす声を上げる。
「いやいや……そうだとしてもココに放置は良くないだろ?」
「なぜじゃ?」
「だ、だって――」
俺等を殺そうとしていた魔王だとしても、見た目はただの少女だった。俺は、そんな彼女に目をやりこう続けた。
「幻術から覚めず、ずっとこのままココにいたら、死んでしまうかもしれないぞ……」
思ったことをそのまま言葉にした。すると、アルフの目つきがみるみるうちに変わる。
「だから?」
と、アルフは言った、冷めた乾いた声で……。この「だから」の三文字に物凄い圧を感じる。しかし、俺だって引き下がれない。
「いやいや、いくら敵だとしても死なしちゃダメだろ?」
「はあ?」
目を真ん丸にして呆気にとられた表情を浮べるアルフ。そんなリアクションを見て、俺は変なことでも言ったのかと本気で思ったが、俺は続けた。
「あれを見てみろよ、ただの人間だぜ? ただの女の子をこのまま放置はさすがにできないよ!」
今、俺の目に映る現状で良心に従って言葉にする。するとアルフは、
「ふんっ! とうとう本音が出たな! どうせお主は、アレが人間のメスの姿だから可哀想とか思ったのじゃろ? じゃあ、もしアレが元の魔王の姿のままだとしたら、同じように思えるのか?」
「えっ……?」
突然の質問に俺は困惑した。そして、想像することも無く答えは出ていた。もしアレが魔王ゴウマのままなら何も思わないだろう。同情なんてすることもなく、むしろ幻術にかかってざまあみろ、なんて思ったかもしれない。俺の安っぽい同情をアルフは見抜いていた。俺は何も言えなくなる。すると、ジトーとした目つきのアルフは、俺の心情を読んでか口を開く。
「何も言えんのか? ふんっ! お主の考えていることなど、余にはお見通しじゃ! 言えんならズバリ当ててやろう……お主は……お主は……あのメスと恋愛したいと思っているのじゃ!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?」
右手の人差し指を俺に向けて、威勢よく言い放った。名探偵が犯人を名指しするかのように。見当外れにも程がある。俺は、ただ自分が人間だから魔族に対して偏見を持っていることに、後ろめたさを感じていたから何も言えなかっただけのに、コイツは……。言い放った時のドヤ顔がまた腹立つ。
「違うわ! ボケ!」
俺が咄嗟に声を上げた。すると、アルフは顔を真っ赤にさせ、俺の胸にトントンと両手で叩きながら、
「余という者がおりながらぁぁぁ! 別のメスに発情しおってぇぇぇ! 浮気は嫌じゃ嫌じゃ嫌なのじゃぁぁぁ!」
と、アルフは甘えた声で叫んだ。こんな光景を端からみたら、痴話喧嘩するカップルにしか見えないだろう。アニメでこんなシーン見たら、いつもの俺なら萌えるはずなのに、全く萌えないのはなぜだろう……。っと、冷静に考えていた、その時だった――。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
突如、地響きを鳴らしながら叫び声が響く。この声の主は、もちろんアルフではない。土煙は洞窟内に舞い上がり、天井の岩はガラガラを落ちてくる。俺は音の発信源へと目を向けると、そこにはピクリとも動きがなかったはずの例の少女が、目を開けコチラを睨みつけていた。
「ほほう、余の幻術を破るとは、さすが知る者ってところか……」
アルフがそう言うと、続けるように俺に向かってこう言った。
「マサオよ、この先は左眼は瞑って右眼だけ見るのじゃ! 良いな?」
そう言い終えると、アルフは静かに歩き出し、俺の前へと立った――。




