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勝負は一瞬で決まる――。
魔王ゴウマの偽装を脱ぎ捨て、真の姿になったワタシを見ているアルフ。魔王ゴウマの中身は、実は人間だという事に少しは驚くかと予想していたが、知っていたのか表情一つ変えず見ている。そして目と目があった瞬間だった、背筋が凍る感触を味合うことになる。先程の勇者との戦闘の様に、互いの力を探る様なダラダラとした戦いは、ここにはない事を悟る。最初の一手で全てが決まる。ワタシの細胞一つ一つが、そう訴えかけてくる。
改めてこの姿に戻り、冷静に魔王アルフを見てみると、聞いていた以上のバケモノなのが分かる。マト様から与えて頂いたチカラの一つ、世界のシステムコードを読み取るチカラによって、その異常性は言葉にもならない。世界の生物と言うのは、個々のように見えてそうではない。人間も魔族も動物も植物も、全ての生物は世界システムの一部であり、そのコードもまた全て関連性を持つように組まれている。だが、目の前にいる生物は、この世界に存在しているにも関わらず、世界のコードと全く関連性がない。ココにいて、ココにいない、そんな存在である。マト様もまた、似た様なコードでいたがまるで違う、デタラメ過ぎる。
測りきれないモノを目の当たりにして、ゴクリと喉が鳴った時、静寂で包まれたこの空間をぶち壊す者がいた。
「どぅえええええっ! おい、おい、おい、おい、おい、アルフ! よく見てみろ! 魔王が変身して、人間の女の子になったぞ! すげぇ! すげぇ! アニメみたいな展開だなっ!」
下品な声だった。ワタシの不快指数は一気に跳ね上がる。この声の持ち主は、魔王アルフと一緒にいる人間の少年であった。たしか……名前は……『マサオ』と呼ばれていた。マサオは、ワタシのことをまじまじと見ては、目を真ん丸にして嬉しそうにしている。気持ち悪い……眉を細めて睨み返すと、
「か、かわいい……」
と、マサオは呟いた。
鳥肌が立つ位の嫌悪感が精神を汚染した。今すぐ殺したい……。アルフを目の前にして、そんな軽はずみな感情か生まれていた。こんな状況でもアルフは、睨みつけるようにワタシの一挙手一投足を注意している。さすが史上最強の魔王だ……オーラでも感じる、アルフの中では戦いは始まっている。ふぅ……落ち着け……最も冷静にならないといけない場面で、ゴミのような人間なんかに、心を乱されている場合じゃない! そう、深く反省しないといけないと感じた瞬間だった。
「な、な、な、なんじゃとぉぉぉぉぉ! 今なんと言ったマサオぉぉぉぉぉ!」
つい先程まで表情一つ変えなかったアルフから、突如けたたましい叫び声が響く。意外な行動に驚きを隠せないでいると、
「今なんて言った! 今なんて言った! 今なんて言った!」
と、言いながらアルフは、マサオの胸ぐらを掴むと前後へと揺さぶっている。何が起きたのか理解出来ないでいると、首がグアングアンされているマサオは、
「な、な、な、なんだよ、急に!」
驚いた様子で声を上げる。
「キィィィ! よ、よ、よくも余の前で! 余の前でだぞ! 分かっておるのか!」
顔を真っ赤にしたアルフは、そう叫ぶ。ここから意味の分からない会話が始まった。先手は、苦しそうにしているマサオからだった。
「は、放せコラ! 苦しいだろうが! 急に何キレてんだ、お前は?」
「はああああ? 余が怒っている理由が分からんのか? お主、あの女のこと『かわいい』って言ったのじゃぞ!」
必死な形相のアルフに対し、マサオは冷めた眼差しでいる。
「だから、なに? お前もよく見てみろよ、可愛い子じゃねぇか! さっきまでのドクロ魔王とは思えないだろ?」
「ほぉぉぉぉ! 余はビックリしちゃったのじゃ! 何の悪気の無い言い方に、とってもビックリしたのじゃ……」
と、言い終えると伝説の魔王は、勢いよく飛びかかった。いきなりの行動にマサオは、その場に転んだ。倒れた彼に、馬乗りになった小さな体のアルフは、目一杯髪を引っ張り始める。
「痛たたたたたた! な、な、な、何すんだ?」
「悔しいのじゃ! 余という『嫁』がいて、他の女にうつつを抜かしおったお主にじゃ! 許さんぞ!」
「よ、よめ……? お、お前は何を言ってんだ? 痛たたたたた! 放せバカ!」
「忘れたとは言わせないぞ! ついさっき、恋愛したではないかっ! もう余は、お主のれっきとした嫁なのじゃ!」
「れ、恋愛って……あれは恋愛じゃなくて……痛たたたたた!」
「も、もしや! あの女とも恋愛したいのか……?」
「お前……頭おかしいじゃないのか……? バカ言ってないで、いい加減放しやがれ!」
「そんなこと、絶対に絶対に絶対に許さんぞぉぉぉぉぉ! 余以外の女に触れる事は絶対に許さんぞぉぉぉぉぉ!」
こんな会話が永遠に続いていった……。
あれ……? ワタシ……誰と……戦っていたんだっけ……? 本気でそんなことを考えていた。真面目にしていた事が馬鹿馬鹿しくなってしまう。ワタシは、ふざけている二人を眺めつつ、大きく深呼吸をした。やることは一つだけだ……。
気持ちを切り替えたワタシは、マト様から授かった最大のチカラ『書き換え』の準備を始めた。書き換えとは、世界のコードをいじり、世界のルールさえも変えてしまうチカラ。それは天界人にしか使えない能力。伝説の勇者でも、伝説の魔王でも、決して到達できないチカラ。そう、作られた世界で生まれた者たちからすれば、外にあるチカラなのである。マト様から世界の真実を教えてもらい『知る者』になることによってコードが読めるようになり、書き換えもできるようにしてもらった。
今からやる書き換えは、空間座標の書き換えである。アルフの背後1メートル以内の空間と、今いるワタシの位置へ書き換える。それを意味することは、アルフに気付かれずに背後にまわること。ただそれだけかと思うかもしれないが、転移魔法やスキルによる瞬間移動とは、まるで違う。転移魔法や瞬間移動は、移動である。移動である以上、その行動の痕跡は必ず残る。ある程度のレベルになれば、その痕跡は見ることや気付く事も可能だ。まぁ、アルフからすれば簡単なこと。実際に、初めに出会った際、勇者を襲った時に使った転移魔法は、いち早くアルフに気付かれていた。だが、今度の書き換えは、移動ではない。世界自体を書き換える。元々ワタシが、そこにいた事にする。ただそれだけだ。元々いたのであれば移動ではない。つまり、アルフに気付かれることはない。
馬鹿馬鹿しい言い合いを続けている二人を他所目に、位置コードの書き換えを続けた。ある程度の書き換えが終わった頃、二人の言い合いも終わろうとしていた。アルフから離れ立ち上がるマサオは、肩で息をしながら、
「はぁはぁ……わ、わかったよ……! もう二度と他の女に対して可愛いなんて言わないから……はぁはぁ……」
すると、そんなマサオに対して、頬をパンパンに膨らませたアルフは、
「絶対じゃな? 約束じゃぞ! 浮気は絶対に許さんからな……!」
と、言い終えた瞬間だった――。
(今だっ!)
心の中で叫び、空間座標の書き換えを開始した。アルフは、マサオの方向へと顔を向けている。ワタシは、その向きとは逆のナナメ後方の位置情報を変更した。ふぅ……と、小さな息を吐き終えるよりも速くワタシは、アルフの背後に立っている。空気の動きも音も時間も何も変わっていない。ただ、ワタシがアルフの背後にいる事以外は――。
袖からは刃先を覗かせている。これもまたマト様から頂いた武器、右腕の袖の中に隠し持っていた刀である。動きもなく音もない、袖の中からスッと落とし、刀の柄を瞬時に掴む。この刀は、特別製である。名を『次元刀』と言う。この刀は、物は斬れない。その代わり空間のコードを斬ることができる。つまり、どんなに強力な防具だろうが空間ごと斬ることで防御力は関係なくなる。魔王アルフがとんでもない防御力を持ってしても関係ないのだ。
息を止めたまま、次元刀を振り上げ、そのまま無心で振り下ろした――。
手応えはない。何もない。ただ、目の前にあった背中まで伸びていた銀色の髪は、肩からパラパラと白銀の雪のように地面へと落ちていった。そして、大きな木の実が地面に落ちるようにドンっと鈍い音がした。続いて、残された部位は火山が噴火したように、勢いよく真っ赤な溶岩を噴射し続けている。ワタシは、何も考えずその光景を見続けていた。いつしか、地面に落ちていた銀色の髪は真っ赤に染まっていた。
――ワタシは……たった今……魔王アルフを殺した……。
目的を達成したはずなのに、不思議と喜びは湧いてこない。すぐにでもマト様へ報告すべきなのだが、ワタシはしばらくその場を動かないでいた。その理由は、表情をなくして同じ言葉を発している少年をどうするか迷っているからだ……。
「アルフ……? アルフ……? アルフ……? アルフ……?」
少年の呼ぶ声は、相手に届くことはない――。




