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「ちょちょちょっと待て! 100イリトアルしかないのにどうやって買ったんだ?」


 魔王は再び学ランの懐から見覚えのある黒い石をテーブルの上に置いた。


「コレ忘れとったから余が預かっておいたぞ。このアイテム意外と使えるのぅ」

「あ! 俺のステマ! これがどうしたんだよ?」


 コップの水を飲み干すと、ゆっくりと説明し始めた。


「お主が行った後、飯屋に向かったんじゃが途中で迷ってしまってのぅ。気づいたらクエストの館という所に入ってしまったのじゃ。そこでは何やらクエストを受けてお金が貰えると言われてのぅ。それなら一番高額報酬のを選んでもらったのじゃが、ステマがないとクエストは受けれんとか言ってきたのじゃ。困った余はマサオが忘れたステマを思い出してソレを見せたら万事解決じゃった! でもな、すぐに金が貰えると思っていたら、クエストやらんと金は貰えないらしくてな、今じゃないと困ると粘り強く説得を続けたら、特別に前借りにしてもらったのじゃ!」


 マサオは雷に打たれる位の衝撃を受けた――


「ち、ち、ちなみに……、い、い、いくら貰ったんだ?」


 少年は絞り出すような声で聞いた。


「1万イリトアルじゃ!」


 しばらくマサオは声が出なくなってしまった……。

 無言でテーブルの上にあるメニューを見始める。


 サラダ   3イリトアル

 スープ   5イリトアル

 ステーキ 15イリトアル


 そして、気づく――

 1イリトアル=100円くらいだと言うことに……。


 少年は静かにテーブルの上にあるステマを手に取りソレを見た。


『クエスト1件あり――緊急クエスト「隣国との国境にある洞窟に住み着いたモンスターの討伐」推奨レベル50 期限7日以内』


 無言でプルプルと震えながらステマを魔王に向けた。

 アルフは書かれている文字を読み終わると、


「あーソレ! 人間の女が言っておったが最近その洞窟に強いモンスターが住み着いたせいで冒険者が隣の国へ行けなくて困っておると言っておったなぁ。話によるとレベル40でも倒せなくて報酬が凄いことになってるとも言っておったぞ! たまたま見つける余は偉いじゃろ! ハハハー!」


 少年は黙って立ち上がると、魔王を後にして走り出した。


「おい! マサオ! どこに行くのじゃ! まだメシは残っておるぞ!」


 アルフの静止を無視しマサオは走った――目指すはクエストの館へ。

 その走りっぷりは学生の頃では見せたことないくらいの走りだった。

 マサオはクエストの館を見つけ出し飛び込むように入る。

 キョロキョロと受付けを探し出し、開いている所へ駆け込んだ。


「ハァハァハァ……。す、すいません……。クエストのキャンセルをお願いしたいのですが……。ハァハァハァ……」


 汗だくで必死な少年に受付に立っていた者は、ただただ驚いている。

 対応してくれたのは偶然にもアルフを対応した女性だった。


「あ、はい。それではステマを出して下さい」

「は、はい……。ハァハァハァ……」


 ステマを受付の女性に渡し、崩れるように座り込んだ。

 彼女はビックリしているようだった――


「あの~、このクエストはキャンセルできません……」

「えっ?」

「報酬は前払いされてますから、支払った金額を返金して頂かないとキャンセルはできないです……」


 たしかにそうだ、金だけ貰ってキャンセルするなんて詐欺のようなモノだ……。

 マサオはそう思い、気になることを聞くことにした。


「もし、そのクエストを達成できなかったらどうなるんですか?」

「期限内にできない場合は報酬の返金していただきます」


 たくさんの汗の中から走ったモノ以外の汗もかきはじめた――


「もし返金が出来ない場合は、どうなってしまうんですか?」

「あ、はい。残念ですが、衛兵を呼ぶことになります」


 『捕まる』――この文字が頭の上に浮かんだ……。

 ゴクリと唾を飲み、焦点の合わない目で更に聞いた。


「ろ、ろ、ろ、牢屋に入ることにことですか?」


 彼女は言いづらそうに口を開く。


「とても残念ですが……、そうなりますね。金額が金額なのでしばらくは……」


 今日、何度目のフリーズだろうとマサオは考えながら固まってしまった。

 ――せっかく異世界へ来たのに冒険の一つもしないで捕まって牢屋へGO……。

 そんなことが頭の中をグルグルと何度も何度も回り続けていた。


 そんな真っ白に燃え尽きた少年に受付の女性が、


「このクエストは駆け出し冒険者には無理ですよってしつこく言ったのですが、あの子が大丈夫って言い続けるので……、受注してしまいすいません……」


 なぜか受付の女性も泣きそうになっていた……。

 クエストの館がいつの間にか世界の終わりのような空気に包まれていた。

 その時だった――少女がその空気をぶち壊す。


「おい! マサオ! 何をしておるのじゃ! まだメシは残っておるのじゃぞ! はよ戻ってメシの続きじゃ!」


 なんということでしょう、空気を読めないにも程がある魔王であった。


 半ベソになっている少年は、ゾンビのように起き上がる。

 ゆらゆらと近づくと「ガシッ」と魔王の肩を掴み、グラグラと揺らし始めた――


「うわぁぁぁぁぁ! お前は魔王なんだろ? いつから貧乏神にジョブチェンジしたんだよぉぉぉぉぉ!! ココはRPG的な世界観じゃなかったのかよ! いつからサイコロボードゲームに鞍替えしたんだよぉぉぉぉぉ!!」


 少年に揺らされている元魔王は目を真ん丸にした。


「おいおい! 何を言っておるのじゃ! ワケが分からんぞ!」


 目に大粒の涙を流しながらマサオは、


「お前が受けたクエスト分かってるのか! レベル40でも倒せないモンスター相手に、今日なりたて冒険者の俺にどうすればいいんだよ!」


 学ランの襟を正し軽く首を回すと、落ち着いた表情でアルフは言う。


「何を慌てるのじゃ? 余がおるではないか! 魔王である余なら、そんなよく分からんモンスターなんて瞬殺ぞ!」

「だ――か――ら――!! 魔王の力は封印されたんだって!! いつまでも昔の栄光にすがってるんじゃない! このバカ――――!!」


 その言葉には魔王もカチンとくる――


「余が昔の栄光にすがっておるだとぉぉぉ! 絶対に許さんぞぉぉぉぉ!」


 元魔王は思いっきり飛びかかった。

 ここから、取っ組み合いのケンカが始まる――


 少年とちびっ子魔王は、ポカポカと頭を叩き合っていた。

 そのポカポカが少年の頭の循環を良くした――そして、ある閃きを生む。


「そうだ! 俺にも使った『生命同期』の印を、そのモンスターにもかけてさ! その後、アルフが自決すればモンスター倒せるじゃん! そうしようぜ!」


 錯乱しながら提案するのであった……。

 さすがの魔王もドン引きしている様子でいる。


「お主……、とんでもないことをサラッと言えるのぅ……。人間とは思えん発言じゃ。忘れておるかもしれんが余が死ぬとマサオも死ぬんじゃぞ。それでもええんか?」


 あっ! と言う顔をする鬼畜少年は、


「ああああああああああああ! もうどうすればいいんだぁぁぁぁぁ!」


 マサオ16歳、異世界に転生した日――

 『生命同期』の呪いに遭い、1万イリトアル(100万円)の借金を背負う。


 初日から何もかもがうまくいかない異世界生活が始まった。

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