古くさいワルツが流れる
廃園になった遊園地なんて、絶好の心霊スポットだと思いませんか。
しかも、ガチでもない、そこそこ女の子を誘って楽しめるような。
マイルドな場所。
うん。そうだといいですね。
でも、決して、心霊スポットを甘くみない事です。
だって、時に、こんなトラブルが発生する事もあるんですから。
廃墟というのは、夜に行けば、すなわちどこだって心霊スポット。
廃墟になってからの時間が長いほど、何かあった、何か見たっていう話がこびりついていく。
その中でも、病院が多分トップだよね。
あとは火事で焼けたとことか。
古戦場だったなんていう履歴があるところもいまだに人気だろ。
その中でもユニークなのが、遊園地だ。
そもそも、遊園地っていうのはそんなに数があるもんじゃないし、そこからさらに、廃園になったところなんてレア度が高い。
で、あれだよ。
遊園地っていうのはさ。
誰だって楽しい想い出があるものじゃない?
それが、今は死んでいる。
そのギャップがいいんだよね。
しかも、気味悪いにゃ気味悪いけど、ほらさあ……病院とかみたいな、もうがっつり怖い、逃げ出すの待ったなし! ほどじゃないでしょ。
何が言いたいかっていうと、夏、女子を誘い出すには手頃な心霊スポットだってことなんだよ。
実際、到着してみると、駐車場にはあちこちに車が駐まってた。
お仲間って事だね。
雰囲気壊れるって?
いやいや。本気の心霊スポット探訪じゃないんだから、ある程度見えるところに仲間らしい人がいるんだな、って思うと、安心感あるじゃない。
ね。
そういうことなんだよ。
「ねえ。やっぱりさあ、気味悪いよ~」
「あたしは、残ってようかな」
「でもみんな外に出るんだよ? ひとりで残ってて大丈夫?」
「えーっ。やだやだ、誰か一緒に残ってよぉ」
こんな感じで、軽くはしゃいでた。
運転手役の俺は、適当に駐車してエンジンを切ると、自分からドアを開けた。
「ほらいくぞ。大丈夫だって、みんなで固まっていけば」
きゃあきゃあ騒ぐ女子を引っ張り出して、俺たちは遊園地に踏み出した。
ジェットコースターの鉄路とか、観覧車とか……。
昔は夜だって、営業してた遊園地が、ひっそりとして、いろいろなものが、巨人の黒いガイコツか、得体の知れない生き物の骨格みたいに、夜空に黒く浮かび上がっている。
いや、違うか。
沈み込んでいるって言った方がいいのかな?
まあ、いいや。
「それでさ、どこから行くの?」
「そうだなあ」
既にこの遊園地は廃園になってから、何年もたっている。
幾つか、幽霊話なんていうのもあって……。
「まずは、あそこからにしてみない。小手調べで」
私はなんとなくぞくぞくするものを感じながら、夜の遊園地に足を踏み入れた。
最後のデートはいつだっただろう。
勿論、その頃はまだ、この遊園地もちゃんと営業していて、美星と私はお定まりのように、ジェットコースターに乗り、バイキングシップに乗り、合間には観覧車で少し休んで……。
あの頃は楽しかった。
この遊園地には何度も来た。
私がここを気に入っていたというより、やはり、美星が好きだったのだ。
この遊園地を。
眸を閉じれば、色とりどりの灯りや、チュロスとか風船の流し売り、響く音楽、ジェットコースターの音などが思い浮かぶ。
それらを背景にした、美星の笑顔。ちょっとすねた顔。嬉しそうな、楽しそうな、美星の表情。
つぅっと思わぬ涙が一筋、私の頬を伝った。
美星と別れたのも同じこの遊園地だったではないか。
たわいもない喧嘩から、修復できないいさかいとなって、顔をあわせば、いやそれどころか、一日に何度も、LINEで罵りあうようになって。
あれはどこだったか?
そう、回転木馬のある小さな広場だ。
別にドラマチックな話でもない。けれど、お互い、ひどい言葉を投げつけあって、どちらからともなく、背を向けた。
それ以来、ここには来ていなかったのだ。
強いて、思い出そうともしなかった。
それなのになぜ、ここへ来ようと思い立ったのだろう?
私は暗くいやな気持ちになった。
きっかけは、かつて共通の友人だった滝江から、こんな話を聞かされたからだ。
滝江と私は会社が同じだが、部署が違う。
しかし、たまたま滝江の部署と合同で飲みに行く話があって、その時に聞いた。
ここで、美星が自殺していたという事を。
「自殺? どうして。……どうやって?」
「そこまで詳しい事は知らないけどな。別れてからだいぶたってたんだろ?」
二年は経っているはずだ。
「じゃあ、おまえのせいじゃないさ」
そうだ。私もそう思った。
いや、思い込もうとした。
だが……。
気になってならなかった。
ふいに、ちりん、ちりん、と鈴の鳴る音がした。
私は眸を開いた。
色とりどりのライトがくるくると回っている。
動いている乗り物に取り付けられたライトが灯の光を流しているのだ。
それと同時に、音楽が鳴り、鈴やベルが響く。
どういうことだ?
私はあたりを見回した。
往年のこの遊園地では、夕方五時以降の四時間ほどを、スターライトタイムと言っていただろうか。
確かそんな気がする。
思い違いかもしれないが。
ともかく、その時を思わせるような、七色の光と音楽が、あたりを満たしていた。
閉園したのではなかったのか?
私は不審に思いながらも、あたりを見回しつつ、歩いた。
灯りに照らされているといっても夜の事、やはり乗り物などは黒々と夜空に影を落としている。
そして、人影はあるような、ないような感じがする。
歩いている人影はほとんど見えないが、動いている乗り物の上には、乗り物と同じく、黒い影となって、乗っている人々が見えるのだ。
もしかしたら、夜だけ営業しているのだろうか。
電気代も確か夜の方が安いと聞いた気がするし。
……いや。それは深夜の事だったっけ?
私は奇妙に、記憶が薄れたり、逆に鮮明になったりしている感覚に襲われた。
何故か、目眩がする。
「りょうくん」
私はびくっとして、呼びかけてきた声の方を振り向いた。
うるんだ目で私を見つめているのは、忘れもしない美星。
それも、別れた時のとげとげしい表情ではなく、もっと前の、初めてデートをした頃のような、チャーミングな美星だ。
「……美星? どうして?」
自殺したんじゃなかったのか、とはさすがに言えなかった。
「ずっと待っていたんだよ」
美星が微笑む。
そうだ、美星の笑顔は特別だった。
えくぼがあって、少しだけ歯が見えて。
私はどうすればいいかわからず、美星を見つめた。
どん、と胸に美星の体重がぶつかってきた。
心地よい衝撃。そして私の背にまわされる美星の細い腕。
「あ……美星……?」
「何言ってるの? 他の誰だっていうの。変なりょうくん」
「……ごめん」
おそるおそる、私は美星の体を抱きしめた。
ほのかなぬくもりがある。
ああ、本当に美星だ。幻なんかじゃない。
間違いなく、美星だ。
「どうしてここに?」
「もう一度、最後に、りょうくんとカルーセルに乗りたくて」
思い出した。
美星が一番好きだったのは、メリーゴーランド。
美星はそれを、カルーセル、と古い言葉で呼ぶのが好きだったんだ。
「カルーセルか。美星らしいな。いいよ」
「じゃ、行こ」
美星が私の左腕に、腕をからめてくる。
私の歩幅にあわせて、踊るような足取りで歩く美星。
そうだ。私たちが向かうのは、メリーゴーランド。
手前のチケットオフィスで一回券を二枚買った。
それを、係員に手渡す。
灯りからは影になって、係員の顔は見えない。
ジェットコースターのような乗り物とは違い、メリーゴーランドは好きなものに乗り、ハーネスをおろしてもらう必要もない。
私は昔と同じように、木馬に乗ろうと手を伸ばしたが、美星に腕を引っ張られた。
「ねえ。たまにはこっちに乗ってみようよ」
美星が指さしたのは、シンデレラの馬車。
これは恥ずかしい。
「おいおい。マジかよ」
「いいでしょ。りょうくん。一度くらい乗ってみたいよ」
「うん、いいよ」
結局のところ、私はいつも、美星には弱かったのだ。
腕を引かれるままに、かぼちゃの馬車に乗り込んで、ベンチに並んで座った。
流れ出す古くさいワルツ。
かたん、と音がした。
同時に体が少し前に引っ張られる。
メリーゴーランドが動き出したのだ。
どちらからともなく、互いの体に腕を回していた。
「もう、離れないでね」
「ああ」
美星の頭の重さが、私の肩にかかった。
「もう、離さないから」
流れ続けるワルツ。
次第に速くなっていくかのような、逆に水中を動いているかのように、重くゆっくりとなっていくかのような、奇妙な感覚。
木馬と違い、馬車は上下したりはしない。
ただ、メリーゴーランドの床面が微妙に上がったり下がったりする。
どこかにつかまらなくてはならないほどではないが、私たちは互いの体を片腕で抱きしめ続ける。
「絶対に離さないから」
あたりの七色の光が視界を流れる。
そのかわりメリーゴーランドの中は暗く、美星は黒い影にしか見えなかった。
「あのメリーゴーランドもさあ、怖い話があるんだぜ。この間、心霊スポットのスレで見たけど」
「え。やだあ、やめてよ、そこがメリーゴーランドじゃない」
ばあか、だから今話してるんだよ。
「あそこで自殺した奴が、恋人を引っ張り込むんだってよ。引っ張り込まれたやつはそこで取り殺されて、永遠に屍体のままメリーゴーランドで回り続けてるんだって」
「……もうやめてー。ここ廃園なんでしょ。メリーゴーランドが動くわけありませーん」
仲間が皆、乾いた笑い声をあげた。
いくら夜の廃園とはいえ、遊園地がそんな怖いわけはない。
それにひとりじゃないし。
そうは思っても、やはりどことなく怖いものは怖くって、みんな空元気を出してたんだな。
その時、古くさいワルツが響いた。
あたかも、メリーゴーランドのBGMに使われるような。
みんな、ぎくっとして顔を見合わせる。
「あ……ごめん、あたしの携帯」
いまだにスマホの事を携帯って言う奴っているんだよな。
女子のひとりがバッグをあけて、スマホを取りだした。
みんな、どことなく落ち着きがない。
まあ、仕方ないよ。
心霊スポットで鳴るスマホって、たいてい……フラグじゃん。
「誰からだよ?」
尋ねる声も少し震えていなかっただろうか。
「う、うん……」
応える声は、歯切れが悪かった。
「元彼から。今度一度でいいから会ってくれないかっていうんだけど」
声から、顔をしかめているのがわかる。
「もう一度メリーゴーランドに乗ろうって」
「やめてーっ」
もうひとりが叫んだ。
それがきっかけだった。
メリーゴーランドの前で俺が最新の幽霊話をしたのは、わざと。
でもこのメールは違うよな?
誰かの仕掛けじゃないんだよな?
俺たちは算を乱して走り出した。
駐車場まで、一度も止まらず、焦ってキーを取り落としながらもなんとかアンロックしたドアを乱暴にあけ、てんでに乗り込み。
「やだ。もう。タイミング悪すぎるよぉ……」
喘ぎながらの泣き言は、むしろ口に出した方が怖くないからだ。
「なんか気味悪いな。どっかに珈琲でも飲みにいかねえ?」
それがいい。
「全員いるよな」
俺は確認した。
ひとりが、名前を呼びながら人数を確認した。
「嘘でしょ」
ひとり、足りなかった。
メールを受信した彼女がいない。
「うわああああっ」
誰が叫んだんだろう。
俺か?
俺は夢中でエンジンをかけた。
「誰かっ。誰でもいいから電話しろよっ。早く来いって。メールでもいいからっ」
「いやよ。怖いよ」
「俺、あいつの番号知らねえんだけど」
「探しに行くの? どうするの?」
置いていけないだろう。
でもどうすんだ。
どうすればいいんだ?
ネットの掲示板で読んだ話がよみがえる。
『そしてまた、メリーゴーランドで回り続ける屍体がひとつ増えた』
ちくしょう。
ちくしょう。
あんな話、絶対、誰かのネタだと思ってたのに。