39話、王都陥落
魔法少女ネヘミアちゃん、強すぎるだろ。
ネヘミアは俺を指さすと、先端からビームのようなものを打ってきた。
それは俺の頬をかすめて部屋のドアを破壊して、廊下の壁に大穴をつくり夜空に消えて行った。
「チッ、逃したか…」
どうやらシルちゃん達を狙ったようだが、廊下に人影は無かったので逃げれたようだ。
ネヘミアは指先を俺に向けると再びビームを放とうとしたが、すんでの所でニアがディバインブレイカーを放ったので助かった。
「ユビー、私が相手するからパソコンを持っていてくれ、転送準備ができたら私に触れるんだ!」
「わかった」
俺はタブレットに地図を表示させ、目的の場所へ向けて転送コマンドを使用した。
その間、といっても数秒なのだが、ニアとネヘミアは激しい戦いを繰り広げていた。
ニアは左手で防御魔法ディフェンサーを展開して、右手でバレルショットを発動して連続攻撃を行った。
ネヘミアは、ニアの攻撃を杖で受け、エネルギーを吸収しているようにも見える。
「行くぞニア」
俺は彼女の背中に触れ転送を開始した。
同時にネヘミアは、杖に蓄えたエネルギーをこちらに向けて放ってきた。
ニアが防御魔法で受け止めたが、すぐに突破され、俺の体に激痛が走り動けなくなった。
…少し遅かったか。
「待たせたな。棚卸があったので到着が遅くなった!」
声の主はイシスだ。彼女は拳をネヘミアの顔にヒットさせ吹き飛ばした隙に俺達を避難させてくれた。
◇ ◇ ◇
俺達は命からがら逃げることができた。
もう少し早く来てくれたらと思ったが、棚卸なら仕方ない。
これは決算期恒例の行事のようなもので、店頭や倉庫にある在庫数を調べ、その金額がどれくらいあるか計算する。
会社の業績、正確な利益を把握するために行う。
在庫を抱えすぎるのは良くないので、この時期に決算セールでそれを減らし現金化する店は少なくない。
俺も大昔アルバイトしたことがあるので、棚卸の面倒さはよくわかる。
「助かったよイシス」
「本当にすまない、ソフトと書籍コーナーの棚卸に時間がかかり過ぎた。あいつらパソコンに関係ない物ばかり仕入れやがって!」
…あんたの店は従業員の教育をし直した方がいいと思う。
「先週なんて昼から出勤したら、よくわからん作家のサイン会とかやってたんだぞ!その日はマニア向けのギャルゲーの発売日と重なったもんだから、店内でお客様同士の口論が始まり、あっという間に乱闘が始まった」
…どうせ、特典ポスターの角が折れたとか書籍とゲーム、どちらのキャラデザインやシナリオが優れているだとか、つまらないことが原因で口論になったんだろう。
俺のバイト先では、無用の混乱を避けるため、日程調整可能なサイン会などは別の日にしていた。
「店内で乱闘なんてあったら日報に書かなきゃいけないだろ?それが面倒だったので我の拳で黙らせてやった」
イシスは腕を組み自慢げに語り終えた。
…黙らされたお客様のその後が気になるのは俺だけか?
それから俺は視線をニアに移した。
ニアは、ネヘミアの攻撃をまともに受けたので体中が焦げていて、あの美しかった銀髪も熱で縮れている。
衣類もボロボロになり豊満な胸をさらけ出し、地面に仰向け状態で寝ていた。
「大丈夫かニア?」
「少し体に堪えたが大丈夫だ」
「けしからん胸はかくしておけよ」
更に周囲を見渡すと、シルちゃんが横たわっていて、アランデールが本を見ながら初級の治癒魔法を使っていた。
急いで寄ってみると肩のあたりが少し切れたようで出血していた。
「シルちゃん大丈夫か?」
「私は大丈夫ですよ、破片が少し当たっただけです」
「ちょっと動かないでよ!偉大なるアランデール様が直々に治療を施してやってるんだから、初級魔法のくせに意外と難しいのよね」
…いや、それくらい俺でもできるぞ。でも、2人の親交を深めるためにアランデールに任せておこう。
その時、誰かが背後から抱きついてきた。どうせライムだろうと思ったらラムだった。
「パパ!ラムだよー」といって、いきなり電流を浴びせてきやがった。
銭湯にある電気風呂をご存じだろうか、手を広げ、じゃんけんでいうところのパーの状態で電気が出ているところに近づけると、グーになってしまうあれだ。
あの状態が俺の全身を襲う、ただ肩と腰の部分は気持ちいし、頭が痺れるのも悪くはない。
だが、「や・め・ろ」
ラムはやっと手を放してくれた。
俺は改めて彼女に挨拶することにした。
「初めましてラム、俺がパパのユビキタスだ。人に電気を流してはダメだ」
「分かってるんだけど、嬉しくなっちゃうと制御できないんだよね…」
ラムの背丈はイムの三分の二程度で、見た目は5歳児くらいだろうか。明日にはイムと同じくらいに成長するかも知れない。
イムがタブレットを持って俺に近寄ってきた。
「パパ、これがラムちゃんのスキャン結果だよ」
――― ラム ―――
種 類:モンスター ▲
種 別:スライム
STR:66
DEX:25
INT:30
幸 運:100
知 性:A
速 さ:B
防 御:F
魔 術:A
両 親:ライム/ユビキタス
忠 誠:100
能 力:変身A
特 技:高圧電流 ▼
――――――――――――
「ちょっと待て、高圧電流なんて流されたら死ぬわ!」
「パパもそう思うでしょ?ラムちゃん自身も制御できないから危ないよ」
…この子は取扱注意だな。
「ユビユビ!ライムガンバッタ!」
「そうだな、よく頑張ったな…」
少々生む?タイミングが悪かったが、よく頑張ったと思うので頭を撫でてあげた。
「ツギモガンバル!」
「いや、もう子供は十分いる」
「ユビノケチ!」といってライムは去っていった。
「ユビー殿!」
入れ替わりに今度は上村さんがやってきた。
ちょうど現在の状況が聞きたいと思っていたところだった。
「上村さん、分かる範囲で状況を教えてください」
「報告します。まず王都ですが陥落しました」
上村さんはタブレットの画像を見せてきた。
これは俺達が避難してからのもので、ネヘミアがデタラメに魔法攻撃をしかけ王都が炎上していた。
おそらく、イシスに殴られたせいで怒っていたのだろう。
「魔族が町に着くのはまだ先です。同胞が誘導をしていますが、残ってるのは2000人程度と思われます。それ以外の者はどうなったか分かりません」
「アランデール教徒は?」
「はい、連絡が取れるのはシダーミル教への出向者を除いて80人程度です。バックドア島は人界軍に手に渡りました」
少し間をおき、プレスコットが転送移動してきた。
「ユビー、話は聞いたわよ。大丈夫なのかしら?」
「ご覧の通りボロボロだよ。ノースブリッジはどうだ?」
「王都を魔王から解放したってことで祝杯をあげているわ。この状況は転生ルームでも見ることが出来たので、転生者も増えているわ」
魔界側が3000人程度減ってしまったが、それを上回る勢いで人界側の転生者が増えているらしい。
結果的に人口が増えるのは良いことなのだが、こちらのダメージが予想以上に大きい。
「ユビー殿、魔界側の転生者も増えております。人界側ほどではないですが、新たに500人程度転生してきています」
…さてどうするか?体制を整えてギロを討取るにしても、目下のところ一番危険なのは魔法少女ネヘミアだな。
イシスの治療を受け、動けるようになったニアがこちらにやってきた。胸元はさらしを巻いて隠していた。
「ニア、動いていいのか?」
「イシスのおかげで体は動く。ユビー、あの魔法少女は厄介だぞ。あの杖をなんとかする必要がある」
イシスが会話に参加してきた。
「女神の杖を冒険者が使えるなんてあり得ないことだ。これは天界に調査を依頼すべき事案だが、この世界に対しても調査が入ることになるが、それは大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃない、知られたくないことだらけだ」
俺は視線をプレスコットに向けた。
「そ、そうね、調査依頼すべきではないわ」
この世界に調査が入れば、プレスコット自身の悪事も露見するので、彼女がそれに賛成するはずがない。
「だったら、我々で解決するしかないな。ここには天族が4人もいるんだ、なんとかなるだろう」
「そう願う。もう3時を過ぎたが、みんなはどうする?俺はシルちゃんの家に移動しようと思うんだけど、みんなもどうかな?」
「小生は、ここに残って魔族の受け入れや同胞の安否確認をします」
「私はノースブリッジに戻って、教会に泊まるわ。情報の整理もしたいからね」
「我はお邪魔するとしよう」
上村さんとプレスコットはまだ頑張るつもりか。
「明日は9時に、この町にある砦に集合して欲しい」
「私は教会からビデオチャットで参加するわ」
「わかった。それじゃみんなおつかれさん」
各々の移動を開始した。
家に戻った俺達はラマを小屋に入れてから部屋に入った。
「どうやって寝よう…」
「すまないが私はもう限界なので、このまま寝かせてもらう」
ニアは大の字になって寝始めた。すかさずシルちゃんが毛布をかけていたが、彼女はとても寝相が悪いので数分したら元通りだろう。
シルちゃんのベッドはアランデールとライム親子が占拠して満員状態になっていた。
「シルちゃんはどこで寝る?」
「困りましたね…」
「我と一緒にどうだ?ニアほど寝相は悪くないはずだ」
「お言葉に甘えさせていただきます」
シルちゃんは納戸から布団を出して敷き始めた。
「イシスは明日休みなのか?」
「棚卸明けはいつも休みにしている」
「夜が明けたら作戦を練り直すからよろしくな」
「ああ、契約分は働かせてもらうよ。ニアに死なれたら売り上げに響くからな。イヒヒヒ」
「イシスさん、お布団敷けましたよ!」
奇妙に笑ったあとイシスは布団に入り眠りついた。
…さて、俺も寝るとしよう。
ニアはさらしを巻いて寝たので、翌朝は生胸を拝めません。




