37話、伝説の勇者が転生してきました。
ついに勇者ギロが転生してきますよ。
天界のメイドカフェ・エンジェルで昼食をとっていた俺達は、プレスコットの情報に耳を傾けた。
それは伝説の勇者ギロが、俺達の世界に転生することになったからだ。
以前聞いた話では【異世界】ウルフデールで最強といわれた魔獣を倒し、世界に平和をもたらした者らしい。
「ユビー、そこにいるのはイシスかしら?」
「そうだ、訳あって助っ人契約をした」
「あんたどうやってイシスを?冒険者が気軽に契約できる相手じゃないわよ」
「厳密にいうと俺じゃなくてニアが頑張ってくれたんだ…」
プレスコットは驚いた表情のまま口をつぐんでしまった。
「急に黙ってどうしたんだ?お前らしくないな」
「ごめん、とても驚いてただけ。その背景だとカフェ・エンジェルにいるのかしら?、食事をしてるなら早く終えて自分の世界に戻っておいて」
「わかった」
ビデオチャットを終えると俺達は急いで食事を済ませ自分達の世界に戻った。
イシスは店が終わってから、こちらに来てくれることになった。
◇ ◇ ◇
戻った俺達はラマを連れノースブリッジへ行き、スイフトとパイソンに通信機能のみ使えるように設定したタブレットを渡して状況を説明した。
転生ルームの仕事を終えたプレスコットが途中で加わり、詳細な打ち合わせを行った。
ギロが転生してくるのは夕方になるようで、彼と一緒に来る者を合わせると2万人になるそうだ。
ノースブリッジの酒場に、そんな人数が収容できるわけないので、郊外の誰もいない場所に転生者用の臨時施設を作る事になった。
それは女神シダーミルを崇拝する教会という事にして、転生後すぐに彼らに現状を説明し冒険者登録を行ってもらう。
アランデール教から派遣されているメンバーとスイフト、パイソンが中心となって彼らをまとめる手はずだ。
以前1000人が転生してきた時は、あの酒場に転生者が溢れ、町の人口を大幅に上回る冒険者が原因で町は食糧難に陥り、その影響は隣のバイオスまで及んだ。
冒険者は2つの町に分散してくれたが、それでも人口過密状態は続いており食糧も十分とは言えない。
それが今回は2万人の規模になる。
当初、ここまで急激に人数が増えるとは思っていなかったので、今回は大きな宗教施設で対処することにした。
王都並みの施設を作らないと、それだけを収容するのは極めて困難だ。かと言って、正式に稼働させてしまったエリアにいきなり町を作ることは出来ない。
未開拓の草原に新たなエリア作り、町やNPCを配置する必要があるので、今夜にでも制作に取り掛かろうとおもう。
次に俺が懸念しているのは、ギロがどういった態度を示すかだ。一番困るのは彼が教会を差し置いて俺(魔王)を討伐する指導権を得ることだ。
今回転生してくる人達は彼に魅力を感じている者が少なくないと思われるので、シダーミル教と対立した場合、こちらに正確な情報が入ってこなくなる。
そのあたりは、プレスコットがうまくやってくれることを願う。
◇ ◇ ◇
そして夕方。
プレスコットの情報通りギロを筆頭に約2万人が転生してきた。
スイフトがタブレットの撮影機能をつかい、その様子をこっそりライブ中継してくれた。
俺達はこの画像を、トロイの王宮にある隠し部屋で見ていた。
転生者を見ると、歴戦の戦士といった者たちが多く武器も強力そうな物を装備している。比率としては男性が多いが、アマゾネスという表現にぴったりな感じの女性も混ざっている。
所々に魔術師の姿も見えるが剣を使う者が圧倒的に多い。
こんな奴らと今まともに戦ったら負けちまう。指揮官になるであろうギロに的を絞って攻撃するなど作戦を練る必要がある。
みんな真剣に映像を見る中、口火を切ったのはアランデールだ。
「ちょっと、これはまずくない?魔族の転生者ってせいぜい5000弱よ」
「ユビー殿、ギロの能力とはいかほどなのでしょうか?」
俺は上村さんとアランデールにプレスコットから聞いた情報を伝えた。
「なかなか手強い相手のようですな…」
「こちらの主力はニアとイシスだ。彼女は天界で助っ人契約をしたんだ」
「イ、イシスですって?」
アランデールは驚いた顔で俺を見る。上村さんも彼女の表情を見て、ただ事ではないと感じたようだ。
「イシスってそんなに凄いのか?」
俺は天界での出来事を2人に話した。
「ニアがイシスに勝ったってことなのね。ニアもとんでもないわね」
「いや、あまり褒めないでくれ…」
といって、ニアは照れくさそうに顔を赤らめていた。
…ほんと、こいつは褒められるのに弱いな…。
アランデールによると、イシスは過去に女神として、とある世界を司っていた時期があり、天界も手を焼くほど手強い暴君を葬ったことがある。
暴君はNPCではなく冒険者。
彼は自らを神と名乗り世界を支配した。そして世界を司る本物の神の眷属を捕らえ拷問して神や天界の存在を知る。
この世界で例えるなら、ギロを暴君とした場合、俺が捕まって洗いざらい吐いたことになる。
本物を倒せば、自らが神になれると信じた彼は神の住処や軌道エレベーターまで発見し、天界征服を目論んだそうだ。
事の重大さに気付いた天界側は、重い腰を上げ転生ルームにいた冒険者を募り討伐隊を編成し送り込んだが返り討ちにあう。
そこに白羽の矢が立ったのがイシスとミネルバという女神だ。天族は戦闘に向いてない者が多いが彼女達は武術に長けていた。
イシスは本来、豊饒の女神だが趣味が武術であったため、ミネルバに教えてもらったらしい。
彼女達は2人だけで暴君を倒したのだ。
その世界は現在、神テハスが司る平和な世界になっていて、彼女達の活躍は伝説として語り継がれている。
そんなイシスに勝ったのがニアで、それを倒したのがアランデール教の上村さん達だ。
「イシスって実は凄い奴だったんだな」
「そうよ、だから驚いたのよ」
でも、イシスはパソコン屋には向いてない…というより、彼女はサービス業に就いちゃダメな奴だ。常に客と戦ってるとかあり得ないだろ。
ふとタブレットを見ると、変装したプレスコットがギロ達に状況の説明と、冒険者登録を促しているところが映っていた。
「ところでユビーさん、わたしは何をすればいいのですか?」
「シルちゃんはアランデール様と一緒に行動して欲しいんだ。別に召喚獣設定じゃなくてもいいんだよ」
「うーん、わたしって家事以外取り柄がないですから、別になんでもいいですよ…」
シルちゃんはどことなく諦めたような表情をしていた。たぶん自分の不甲斐なさが嫌になったんだろう。
「この世界の主神はシルちゃんなんだから、もっと元気出して前向きにいこうよ」
「そうよ、あんたを召喚獣扱いしてるのって、悔しい思いをさせて私に仕返しをするくらいの強い子になって欲しいからよ」
…おっと、意外なとこから意外なエールが来たぞ。アランデールってそういうところもあるんだな。
「あんた昔から内気な性格だったから、急には変わらないだろうけど少しは自分でも努力なさいよ」
アランデールが語気を強めるとシルは涙ぐんだ表情になった。
「ちょっとあんた、これくらいで泣かないでよ。私が悪人みたいじゃない」
…みたいじゃなくて、普段はどう見ても悪人ですから。
「ちょっと嬉しくって…」
「もう鬱陶しいわね、私こういうの大嫌いなの、私のように明るく可憐なレディーになりなさい」
アランデールは平らな胸を張って自慢げに喋ったのち、シダーミルの肩をポンと叩いた。
「アランデール様、なんとお優しい…」
…あんたは爺やかよ。
「わたし、しばらく召喚獣でがんばる」
「あんた馬鹿なの?人の話聞いてた?どうしてもっていうなら構わないけどさ…」
アランデールは少し戸惑った表情になったが、シルが笑みを浮かべいたので受け入れたようだ。
「2人と上村さんには、魔族を束ねてもらいたいんだけど、彼らとはうまくいけてるのかな?」
「クセの強い者が多く少々苦戦しております」
…上村さんが苦戦とは珍しいな。
今すぐギロが攻めてくることはないだろうが、いつでも動けるように備えておく必要がある。
「いつでも戦えるようにしておいてください」
「承知しました」
「それとシルちゃんは、時間があるときに新しい町を4つデザインして欲しいんだ」
「急にどうしたんです?」
「今はノースブリッジに仮設で作った施設で転生者を捌いているが、また一気にこられたら受け入れることが出来なくなってしまう」
考えてるプランは、この島国と同程度の島を作り、大人数で人界側に転生してくるときはそっちに行ってもらうことにする。
魔界側も同じことが考えられるので、後日反対側にも島を作ることにした。3つの島は少し大きな石橋でつなげることにする。
そうなると最初のエリアは北海道が3つ分の巨大なアリアになる。
王都は中央の島に位置するトロイのみにするので、ここをめぐる争いが起こることも考えられる。
「俺は今夜中に、このバックドア島と同じサイズのものを作るから、シルちゃんは町を作って欲しいんだ」
「わかりました。そのうちの1つは大人数が収容できる町にすればよさそうですね」
「その通り。よろしくね」
「アランデール、今から作業に入っちゃっていいかな?」
「もちろん構わないわよ。あんた家事以外に得意なことちゃんとあるじゃない。もっと自信を持ちなさい」
「うん、ありがとう」
笑顔で答えたシルはタブレットを取り出して作業に入った。
「ユビー、私たちは魔族共を絞めに行ってくるわ。とちらが主人かわからせてやる」
「それだったら、ニアを同行させた方がいいかも知れないな。頼まれてくれるか?」
俺はニアの方を向いた。
「もちろんだ。それとユビー、新しい島を作るならこの拡張アプリを使ってみてくれ」
ニアが送って来たのは、自動的に地形を製作してくれるものだった。
…これは使えるな、今から作業に入れば日付が変わるまでに島が出来そうだな。
「ありがとうニア」
こうして俺達は二手に分かれた。
作業に入るためタブレットに流れている中継画面を縮小しようと思った時、ギロの後ろに気になる少女がいた。
…この子が持っている杖、どかで見たような気がするな。
少女も気になるけど、そろそろ夕飯の時間だな。腹減った…




