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36話、パソコン専門店でひと勝負

「私はこのような物を作った記憶はない」

「偶然同じタイトルってことか?」

「そのようだな、興味があるので一緒に買ってみる。これも一緒にお願いする」

「ありがとうございます。2500Gです」


 意外と高いな。確かアプリストアでの販売価格は500Gだったので、もしコピー品だとしたら売主はボロ儲けだ。

「ピッ」ICカード支払いを終えたニアはパッケージを開封し、入っていたSDカードを取り出すとパソコンのカードスロットに差し込んだ。

 自作解析アプリを起動し購入したアプリを調べ始める。画面には良く分からない文字列が流れているが、どういった処理をしているかさっぱり分からない。

 ただ、以前よりもプログラミングスキルが上がっているように見える。


「解析を終えたぞ。これは私が作ったアプリだ」

「誰がこんなことしたんだ?」


 俺は新人店員さんに聞いてみた。


「このアプリなんだけど、仕入れ先はどこかな?」

「…えっと、当店のソフト担当の自作だと聞いています」

「その担当さんはいるかな?」

「いえ、本日はおやすみでして…」


 ばつの悪そうな顔で答えた。


「悪いが責任者を呼んでくれないかな?」


 ニアはそう言いながら店舗の二階へ通じる階段に視線を移した。誰かの気配を感じたのかも知れない。


「少々おまちください」


 店員は階段の下まで移動すると「店長!ちょっとお願いします」と言ってからレジに戻って来た。


「すぐ来ますのでお待ちください」


 俺達に軽く会釈すると足早に売り場へ去っていった。俺も大昔バイトした事はあるが、この手のお店でレジを無人にするのは厳禁だった。

 おそらく彼は、ここが修羅場になる事を察知し避難したのだろう。俺がそう思ったのは、階段から殺気を放つ店長らしきエルフが姿を見せたからだ。


「あなたが責任者か?」

「そうだ。我が名はイシス、何か問題でもあったか?お客様」


 彼女はとても高圧的な態度でニアに接してきた。傍からみると、今にも殺し合いが始まりそうな雰囲気で、シルとイムはソフトコーナーまで後退した。

 ライムは入口に立っていたお兄さんとパソコンのデモ機でゲームをしているようだ。


「このアプリだが、ここの店員が作ったと聞いたが本当か?」

「ああ、そうだ。何か不満でもあるのか?お客様」

「これは私が作ったもので、アプリストアでしか売っていない。なぜここでパッケージ版を販売してるんだ?」

「チッ」


 いま「チッ」って言ったぞ。認めやがったか?

 それにしてもこの店長、サービス業には絶対に向いていない。ニアよりも魔王っぽい。


「あんたが作者だという証拠はあるんだろうな?お客様」


 イシスは血走った眼でニアを睨みつけた。

 ニアはパソコンの画面に、ビルさんとこの認定書を表示させ彼女に見せた。

 しかしイシスはそれを見ようとはしない、そんなことはどうでもいいといった感じだ。


「ここじゃ他のお客様の迷惑になる、こっちに来な。お客様」


 他の客なんて誰もいないが、来るように言われたので俺とニアはついていった。

 二階は事務所兼倉庫になっているようで、2人の店員が検品作業をしていた。

 俺達はそこではなく屋上へ案内された。


「それで何が望みなんだ?お客様」


 イシスは指をポキポキと鳴らし戦闘準備をしているようだ。

 入口のお兄さんもそうだが血の気が多いパソコン専門店だな。


「無断販売は困る、私と契約してもらわないと知的財産権の侵害だぞ」

「何を言ってる、それはウィルが作ったアプリがベースだろ?わかってんだぞ。お客様」


 おっと、ここのソフト担当は優秀なのか、ニアが解析できないように暗号化したものを解いたようだ。


「確かに参考にしたが、プログラム自体は私のオリジナルだ、ウィル氏のプログラムは少々癖があって使いづらいところがある。乱数に偏りもあった」

「我はプログラマーではないので詳細まではわからん。それと天界に知的財産を保護する法律はあっても、人手不足で取り締まりは行われていない」


 天界にも警察機関はあるらしいが、もっと人員を増やして取り締まる必要がある。

 天族は皆良民という考えは捨てた方がいい、殺人といった凶悪犯はいなくても小悪党は予想以上に多そうだ。


「うちだけが法律を守ったら損をするじゃないか。そうだろお客様」


 法律はみんなで守るもんだ。みんなが好き勝手すれば滅茶苦茶になってしまう。

 イシスは攻撃の構えを取り始めた。あの腕の位置だとストレートパンチでもする気だろうか。


「何故構えているのだ?私は平和的に話し合いで解決しに来たのだが?これはビジネスだ。正式に契約して使用料さえもらえればいいんだ」

「それはあんたの流儀だろ?我は全て拳で解決してきた。お前はうちで金を落としてくれたお客様だから先に攻撃させてやる」


 どうやら拳で解決するらしい。あのイシスってエルフもニア並みに見目麗しく、豊満な胸と綺麗なボディーラインが融合してとても美しい。

 この暴力性さえなければ嫁にしたいくらいだ。


「それは残念だ」


 ニアは俺にパソコンを預けると身構えた。


「言っておくが、天界では魔法攻撃は厳禁だ。周辺を破壊したら厳罰に処されるから拳のみで勝負だ」

「わかった」


 ニアはイシスと同じ構えをしたのち攻撃を始めた。

 右腕を相手の腹部めがけて放ち、同時に足払いも試みる。

 しかし、イシスはこの攻撃を見抜いていたようで、難なく避け攻勢に転じる。ニアもイシスに対して回避しつつも攻撃を織り交ぜた。

 2人は立ち位置を何度も入れ替えながら互角の接戦を繰り広げる。


 俺は彼女達の一進一退の戦いを見て、ふと考える。どうしてこうなった?

 単にWeb広告を見てタブレットを買いに来ただけなのに…。

 まさかパソコン屋で、魔王みたいな店長とニアが戦うなんて全く予想してなかった。


 しかも2人の戦力は拮抗している。ニアと互角の強さの人物に出会ったのはこれが始めてた。あの店長ただ者ではない。

 

 この戦いは長引きそうだなと思っていたら、お互い構えを維持したまま距離を取り対峙する。

 2人とも相手の隙を探しているようだが、こうなってしまうと先に動いた方が負けだ。よく見るとお互いに浅い切り傷を負っており、血がにじんでるところもある。


 俺が視認できない速度で戦っていたようだ。と、ここでイシスが両手をあげた。


「我の負けだ。お前さっき手加減したろ?」

「なんのことやら…」

「とぼけおって、あれをまともに喰らっていたら我のダメージはこれくらいでは済まなかった」


 互角の戦いをしていると思っていたが、ニアのほうが上手だったようだ。


「我はもう十分だ。契約もその条件で構わぬ」

「成立だな」


 あの戦闘中に契約を交わしていたとは常人の成せる業じゃねーぞ。確かに何か話しながら戦っているような感じはしていたが…。


「契約も成立した事だし、どうだ、我とランチでも行かないか?おごってやるぞ」

「喜んで頂くとしよう」


 ニアは視線を俺に移すと話をつづけた。


「ユビー、内容についてはあとで話す」


 俺達はイシスと一緒にランチへ出かけた。

 そう言えば店の一階に下りた時、店員たちが「客に対して常勝無敗の店長が負けるなんてあり得ないだろう」「昔あの世界を司っていた女神だぞ」などと口にしているのが気になった。

 客に対して常勝無敗って、店長が率先して客と戦ったらダメだろう…。何を目指してるんだこの店は?


  ◇ ◇ ◇  


 イシスが案内してくれたのは、お馴染みのメイドカフェ・エンジェル、俺達もお昼をこのお店でする予定だった。


「お帰りなさいませ、皆さま…ってユビーさんじゃないですか」


 店に入ると、ホイットニーさんが笑顔で出迎えてくれた。


「あれ?イシスさんもご一緒に?」

「訳あって今日は一緒になんだ」

「それに、子供さんがお2人?」

「彼女達も訳ありなんだ…」


 説明すれば長くなってしまうので、あとで時間があれば話すとしよう。


「6名様でしたら、奥の別室でもよろしいですか?」

「うん、そこでよろしくホイットニーさん」


 俺達は休憩室の横にある個室へ通された。

 店内は5組のお客さんがいて、まずまずの賑わいだ。プレスコットの店から戻って来た子たちもいるようで人手は解消した模様。

 俺達は銘々好きなものを注文した。


「話の続きだが、パッケージ販売はイシスの店で独占販売にして、使用料というかバックマージンは1点当たり1000Gだ」


 パッケージ代などを考えると妥当な値段か。


「契約期間は特に設定してない。大規模なアップデートは行わず、大幅に機能追加や改良する時は新バージョンの商品として売ることにした」


 最近は一度購入すると、あとのアップデートは無償というもの少なくないがニアのアプリは違うようだ。

 バグ修正や小さな改良はWebで差分プログラムを配布するみたい。


「イシスとはもう一つ契約をした」


 今まで黙っていたイシスが口を開いた。 


「我はお前達に呼ばれた時は、いつでも助っ人として馳せ参じよう」

「そういう事だ」


 2人はお互いを向き握手の代わりに拳と拳をつき合わせ視線を交わした。

 これは心強い、ニアが2人いると思っていいだろう。伝説の勇者が俺達の世界に転生してきても負ける気がしないし、その気になれば天界だって征服できそうだ。しなけいどね。


「お待たせしました」


 ディモナとホイットニーが注文した料理を運んできて、テーブルの上に並べていく。

 俺は焼きそば定食を注文していた。焼きそば+白米、炭水化物祭りである。これに炭酸飲料も頼んだのでカロリーは半端ない。

 それを見たシルちゃんが俺に呆れた視線を送って来た。


「イシスさんまで仲間に加えるなんて、何か悪巧みですか?」


 ホイットニーが俺に聞いてきた。ある意味そうかも知れない。彼女は仲間みたいなものなので今日の出来事に加え、ライム、イムのことも話した。


「ほんとユビーさんの周りは面白いことばかり起きますね。そして仲間がどんどん増えていくなんて凄いです。あのプレスコットだって仲間なんですからね」

「確かにそうだな。いまんとこ知り合った人達はみんな仲間になってるな」


 ここで、唐突にタブレットの呼び出し音がなったので見てみると、噂をしていたプレスコットからだ。

 俺はビデオチャットを開いた。


「ユビー、伝説の勇者ギロがもうすぐ転生するわよ」


 プレスコットの声が部屋に響き渡った。


焼きそば定食はボリューム満点!お味噌汁に漬物もついて600G!

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