1話、現世、そこは女神様と2人きりの世界。
ユビキタスが目を開くと、そこには見渡す限り草原が広がっていた。
空と雲と太陽、息ができるから酸素もあるようだ。
服装は【異世界】ノースウッドの勇者姿のまま。
でも、お姉さんも、建物も、木も、モンスターもいなかった。
俺が大昔いた【現世】でも無い。
いや、ひょっとして陸上に生物が進出したころの【現世】か?
海がないから、それも違うか…。
何もない…。 何ここ? プレスコットさんの言っていた事は本当だったのか?
彼は何もない草原を歩き始める。
どれくらい歩いたか分らないが足が痛くなってきた頃、前方に人が見えてきた。
誰かいるな。
近づいてみると、水色の髪をみつあみツインテールにした10歳くらいの女の子が、怪しげな杖を使って川を作っていた。
あの子は魔法で川を作ってるのだろうか?俺は話しかけ見る事にした。
「そんなところで何やってるの?」
「ひゃっ!」
声を掛けると女の子はびっくりしたようで、ひっくり返ってしまった。
これはいけない、びっくりさせちゃったな…。
彼は女の子に手を差し伸べた。
「大丈夫かい?」
女の子は手をとって起き上がった。
「ありがとうございます。声を掛けられたのが久しぶりだったので、つい驚いてしまいました」
え?声を掛けられたのが久しぶりってどういう事だ?
「ここはどこなのかな?君はいったい…」
それを聞いた女の子は涙を浮かべ語りだした。
「よくぞ聞いてくれました冒険者様。私の名はシダーミル、この世界を司る女神です。じつは……」
どうやら、彼女はこの世界を作っている最中らしく、あと1年以内に世界を完成させ冒険者を100万人呼び込まないと、女神の資格が取り消されるらしい。
「なるほど女神様でしたか」
しかし、最後に来た世界もこれかぁ…。
天国にしとけばよかったかな。いや、待てよ?
前回転生ルームにいた時、隣で雑談してた奴が、転生のお試し制度の話をしてたな。転生後1時間以内ならルームに戻れるとか言ってたな。
プレスコットさんって、こういう事教えてくれないしな。
もう一度戻って天国を選択し直すかな…。
「あのすいません、俺やっぱり転生ルームに戻ります。方法を教えてください」
「どうかお願いします冒険者様!私を助けてください。どうかどうか!」
女神は、ついに土下座までし始めた。
これは参ったなぁ…。
「顔を上げてくださいシダーミルさん」
うーん、女の子を泣かせるのは男として失格だしな。
天国に行っても暇な毎日だろうし。
勇者は困ってる人や神がいたら助けるもの。ここで頑張ってみるか。
「わかりました女神様、私がお手伝いしましょう」
「ふぉんとうでじゅか…」
女神様は鼻水もたらして、顔がしわくちゃになっていた。
でも可愛らしい。
「俺は勇者ユビキタスです」
あ、この世界ではまだ勇者じゃないか?元勇者だな。
「いや、元勇者のユビキタスです」
握手しようと思い手を出すと、彼女は鼻水拭いた手で握ってきた。
ねっちょりしていて、正直気持ち悪かった。
俺はまず、どうしてこの世界が草原なのか聞いてみることにした。
「実は私、女神学校を下位の成績で卒業しまして、世界の作り方が良くわかってないのです」
まず、彼女を卒業させた女神学校に問題がありそうだな。
でもさっき杖を使って川を作っていたな。
「なんで、世界の作り方が分からないのです?さっき川を作ってましたよね?」
「シクシク、教材が途中でタブレットに変わったんです」
女神はカバンからタブレットを取り出しユビキタスに渡した。
「ちょっと拝見します」
タブレットには見覚えのあるOSのマークがあった。
これは確かビルさんの会社だったかな?
天界に進出してたんだな。
とりあえず、電源ボタンを押し起動すると、女神Wikiなるものが出てきた。
するとシダーミルが驚いて声を掛けてきた。
「どうやって、その画面出したのですか!」
ここから既に分かってないのか!
更に話を聞いてみると、どうやら彼女はデジタル機器音痴でタブレットの使い方が分かっていない。
元々覚えるのも遅い方らしく、全く授業について行けず、気がついたら卒業させられ、この世界を任されたらしい。
入学当初は、杖を使ったアナログチックな方法で地形づくりを教り、草原、川、沼地をマスターしたところで、ビルさんとこのタブレットが導入された。
だから世界に海や山がある事は知っているけど、作る方法が分からない。
仕方なく彼女は草原を作り始め、3年半かけて世界を覆った。
そして半年前から川づくりに移行したというわけだ。
通常は卒業後5年の猶予が与えられ、その間に世界を作り転生リスト用の宣伝文句を考え、冒険者100万人を呼び込む。
しかし、シダーミルは世界を任されから既に4年経過している。
どう考えてもノルマ達成なんて無理ゲーなのだ。
どう考えても女神学校の教え方が悪い。最後までフォローしろよな!
さて、何から教えようか?タブレットの操作は簡単だからあとでもいいけど、世界の作り方を俺が先に覚えないといけないな。
俺はまず女神Wikiを読むことから始めた。
そこには女神の心得とか振舞い方などが書かれていた。
ちょっと待て、プレスコットさんの対応は違反してるじゃんか。
※無理に天国を勧めてはいけない。
※ルームを訪れた者がショックを受けるような映像を水晶に映してはいけない。
※女神らしくない言動は慎む事。舌打ちなども禁止。
※新しいサービスなどは必ず伝える事。
注:違反者は減点となります。
全部違反してるんですけど…。 あのクソ女神!
今度あったら問い詰めてやる!!
他にもいろいろと分かったことがある。
女神同士がチャットする時はCと呼ばれる言語を使うらしい。
あとサポートセンターもあり、分からない事があれば相談に乗ってくれる。
彼女がこれを使いこなせていれば、こんな世界にはなってなかっただろう。
その後もWikiを読み進め、夕方には地形の作り方が分かって来た。
このタブレットに『レイクポート』という地形作成アプリと『グレンアース』という地図アプリが入っていて、前者で地形を作ったら名前を付けて保存。
次に地図アプリを起動し、保存した地形をロングタップし地図上にドラッグすると目の前に地形が半透明状態で現れる。その地形で問題無ければOkayボタンをタップすると地形が完成する。
作れる広さは1キロ四方から最大で10キロまでだった。
ダンジョンも作れるようだった。
建物の配置は『オルダウッド』という建築アプリを使う。これは家の個別デザインも可能だ。
テンプレートも用意されているので街を作る時はそれを使うと楽そうだ。
ある程度使い方が分かって来たので、シダーミルに教える事にした。
まずは基本のタップ、ダブルタップ、フリック、スワイプなど、簡単なものから始めたのだが…
「ダブルフィックってなんですか?」
ダブルタップとフリックを掛け合わせた造語などを多く作り出し、最後には泣き出してしまった。
確かに似たような発音があるから、分からなくはないが…。
あと肝心なことを一つ。
このタブレットは地形や建物のデザインは俺でも出来たが、最終的な建物や地形の設置は《Okay》ボタン押すせば良いのだが、これは女神じゃないと押せないようになっていた。
俺が勝手に地形や町を作って配置すれば楽だなと思ったが、それはダメだった。
明日もう一度丁寧に教えよう。
「今日はここまでにしよう」
「ありがとうございました」
「明日もう一度タブレットの使い方を教えるから、あとで復習をしておいてね」
「はい!」
「ところで、泊まるところは無いですか?」
「この世界に宿屋はありません、もしよければ私の家に泊まりませんか?」
おっと、いきなり女神様の家と来たか…。
「お夕飯も用意しますし、お風呂もありますよ?」
え!飯と風呂つき?これはもう行くしかないでしょ。
「是非お邪魔させていただきます」
俺と女神様は北の方角へ歩き始めた。(太陽の位置から北と判断)
何もない草原をしばらくすると、地平線のかなたに家らしきものが見えてきた。
それはピンク色の建物だった。
家は正方形の平屋で、入口にはLGA775と書かれていた。
屋根にはソーラーパネルがあるので電気も使えそうだ。近代化した家だな…。
「あのLGA775ってなんですか?」
「あ、これはですね…」
それは世界がまだ出来上がってない頃に女神が住む仮の家で、番号は家の型番らしい。
「どうぞおあがり下さい」
「お邪魔します」
家に入るとシダーミルはタブレットを充電し始めた。
電源の入れ方はしらないが、充電方法は知っているようだ。
俺が変な形の椅子に座るとシダーミルが俺の方を向いて声を掛けてきた。
「ユビキタス様、改めて残ってくださってありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそよろしく。女神様」
「私の事は呼び捨てで結構です」
そうは言われたものの…、何かいいネーミングはないかな?
シダーミル…、シダ、シダミル、ミル、シミ、シル。。。。シル!
「女神様のお名前の頭文字と最後の文字をとって、シルなんていかがでしょうか」
「それは素敵な呼び名です。シルですね」
女神仲間からは、シダとかシミと呼ばれていたそうだけど、シダは植物みたいだし、シミは汚れみたな感じがするので、本人も好きじゃなかったようだ。
シルも汁を思い浮かべるかも知れないが、気にしないでおこう。
「俺のことはユビーとでも呼んでください」
「わかりました。ユビーさんですね」
お互いの呼び名も決まったところで、夕食タイムとなった。
「ユビーさんは何が食べたいですか?」
俺の好物はラーメンなんだよな。この世界にあるのかな?
「ラーメンが好きなんですけど、ありますか?」
エプロンを付けたシルは冷蔵庫を覗き、ごそごそを漁り始めた。
「はい、あります!」
「じゃマシマシで!」
っとつい、大昔の癖が…
「わかりました」
とシルは答えると、寸胴鍋に水を入れ沸かし始めた。
マシマシが通じましたよ。まぁ意味は分かってないだろうけどね。
よく見たらキッチンIHじゃん。すごいな【草原の現世】
沸騰するまでの間シルは、まな板の上にネギや野菜を置き、トントンと刻みだした。それを終えると横に寄せ、次にチャーシューのような物を切りわける。
こういうシーン久しぶりに見るな。
俺を裏切った嫁ルビーは調理できなかったしな…。そう言えば離婚届出してなかったな。
その前は嫁も彼女もいなかったし、姫になったときは侍女が世話してくれたし。
ユビーは、一番古い記憶の中から、母親の後ろ姿を思い出した。
本当に懐かしいな、かーちゃんが作るみそラーメン美味しかったな。
まぁ、今キッチンにいるのは10歳くらいの女の子だけどな。
その頃になると、寸胴鍋からグツグツといった音が聞こえて来た。
シルはそれを確認すると、冷蔵庫から大量のモヤシを取り出しザルに入れ、さっと湯通しした。その後、乾麺の入った袋を取り出し、麺を湯に入れた。
ちょっと待った。即席麵もあるのかこの世界、しかもあのパッケージ見覚えがあるぞ。赤い袋の切れ端には“正”と“醤油”の文字が見えた。
アレの醤油味か、なんでこの世界にあるんだ?
「シルちゃん、そのラーメンとか野菜はどこで買ってるの?」
「これは電話注文すれば、天界から送ってくれるんです」
「なるほど」
天界はどうなってるんだ、デジタル化もそうだけど、俺が昔いた世界にあった物が天界に溢れている。
「ユビーさん、お待たせしました」
いつの間にか出来上がったラーメンは、ニンニクは無かったが野菜、モヤシ、チャーシューなどが確かにマシマシされていた。
なんで知っているのかツッコミを入れたいところだが、まずは食べよう!
お箸使うの久しぶりだな。持ち方こうだっけ?
ユビーは久しぶりにラーメンを食べた。
これはうまい!
「シルちゃん、これ美味しいよ!」
「お粗末様です。でもこれ私じゃなくて、麺に一緒についてた粉末スープのおかげですけどね」
と言って、ニッコリするシルちゃんは天使のようだった。
まぁ女神様なんだけどね。
彼女もラーメンを作った。
チャーシュー2枚にネギとモヤシを少し盛ったシンプルなものだ。
彼女は手を合わせると「いただきます」と言ってから食べ始めた。
クソ女神プレスコットとは大違いだ。
シルちゃん、お兄ちゃん頑張って君を立派な女神にしてみせるよ!
ユビーは心に誓ったのであった。
ラーメンを食べ終えると、シルちゃんは洗い物を始めた。
俺はテーブルを掃除する事にした。
上にあったクロスを外すと、テーブル上に文字が現れる。
AMIBIOS
686
何かのまじないだろうか?
そのテーブルは黒く、銀色の足が大量にある不思議なテーブル。
使い勝手は非常に悪く、下に足を入れる事が出来ない。
あとはこの変な椅子だ、床から直付けの丸い筒状をしている。
これはなんだったかな……昔の記憶をひねり出す。
そうだ、コンデンサーだ。
この椅子はコンデンサーのようだった。
シルちゃんの部屋は不思議な物で溢れていた。
お腹もいっぱいになり、部屋でだらーんとしてると眠くなってきた。
今シルちゃんはお風呂タイムだ。
俺は天井をくるくるまわっている大型の静音ファンを見ながら、今日を振りかえってみた。
さっきラーメンなんて食べてたけど、今日の午前中は魔王を倒しに行ったんだよな。返り討ちにあったけどな。
まさかその日の夜に、こんなのんびりとした部屋でくつろいであるなんて、と考えてるうちに寝てしまった。
こうして、 大草原の現世1日目は終了した。
3/28 読みやすくするため、文章の一部を変更いたしました。
●登場人物
女神シダーミル
外見は10歳くらいの女の子、水色の髪をみつあみツインテールにしている。
天界の女神学校を下位で卒業(追い出し)し、【現世】の創造を任されている。