12話、知性Sランクは伊達ではなかった。
「これはどういう事だ?」
ニアはいつでも魔術の発動が出来るように身構えた。
「俺にも分からない。冒険者を襲うような設定はしていない」
どうなってるんだ?冒険者を見た時の反応は《好意的に接する》を選択したはず。
俺はバッグからタブレットを取り出すと設定の確認をした。
しかし、設定に間違いはなく目の前のNPCが何故このような行動にでたのか分からなかった。
これは仕方ない、安全優先だ。
テストを停止しようと思ったその時、群衆の中から声がした。
「冒険者の方々、王都へようこそ!」
最初は1人だったが、次に全員で。
「心行くまで街をお楽しみください」
挨拶を終えると、それぞれの役割に戻って行った。
これは、正常に機能?
周囲にいたNPCが集まってきて、冒険者を歓迎したという事か。
「ユビーよ、これは大丈夫ということか?」
「うん、大丈夫だ。このアプリの設定は、NPCの行動が極端なんだ」
集団で家を襲ったり、歓迎するために取り囲んだり…。
確かにサプライズという意味では効果はあるだろうが、町を訪れたたびにこれをされたら流石に引くだろう。
この部分に関しては《普通に接する》に変更しておこう。
設定はそれら以外に《襲い掛かる》《威嚇する》《警戒する》《よそよそしく接する》といったものがあり、このアプリの特徴を察し好意的選んだのが失敗だった。
ん?何か忘れてる…。
そうだ、シルちゃんを起こさないといけない。
ユビーはアランデールに舐めまわされている(介抱してるつもり)彼女の顔を軽くつねったり、鼻をつまんでみた。
少し、しかめっ面したのち、シルは目を覚ました。
「…うわ。あ、あの人たちは?」
「もう大丈夫だよ、彼らは俺達の事を歓迎したかったようだ」
「そうだったのですか、非常に紛らわしい行動です。是正を求めます」
「もちろんさ」
彼女が落ち着きを取り戻したところで、散策を再開した。
そう言えば王都の名前を決めてなかったな。
「シルちゃん、王都の名前どうしよっか?」
「そうですね、お城がトロイなので同じ名前でいいのでは?」
ここでニアも会話に参加してきた。
「私も悪くない名前だと思うぞ、王都トロイ」
誰も知らないんだな、トロイア戦争で使われた木馬の事を…。
俺は少し悩んだ、ちゃんと説明すべきかどうかを。
しかし、先日シルちゃんに言われた「あなたは子供の夢を壊す気ですか」これをまた言われるのは避けたい。
今回は黙っておく事にした。
◇ ◇ ◇
散策を終えた俺達は北門から街をでた。
後ろを振り返ると、門番が一列に並んで手を振っていた。
「またのお越しをお待ちしております!」
これが旅館であれば問題無いが、王都を守る門番だからな…。
門番の設定も変更しておこう。
俺達は街道を少し進んだところで、転送コマンドを使うため茂みに入った。
「何故茂みに入ったんだ?」
疑問を持ったニアが聞いてきた。
「今からシルちゃんの家に帰るために転送機能を使うんだ。これは女神様しか使えなくて、関係ない人に見られちゃまずいんだ」
「なるほど、それで茂みに…」
「それと転送する時は、こうやってシルちゃんと手を繋ぐ必要があるんだ」
「わかった」
俺達は3人で手を繋ぎ、更にアランデールの背中にも手を添えた。
シルはそれを確認すると、タブレットを取り出し、地図アプリを開くと転送コマンドを使用した。
転送初体験のニアは驚いたようだ。
「なんだこれは、視界がどんどんかすんでいくぞ」
俺もまだ慣れてないので、少し目をつぶり再び開けた。
目の前はLGA775と書かれたシルの家。
今日も無事に帰って来た。
シルはアランデールの世話をするという事なので、俺とニアは先に家に入った。
「これは奇妙な部屋だな」
「そうだろ?俺も最初はびっくりしたよ。とりあえずそこに座ってくれ」
ニアは照明や天井の静音ファン、IHキッチンを見て驚いていた。
俺はニアを、コンデンサー椅子に案内した。
「以前、魔術や錬金を研究していた部下がいてな、奴の部屋に入ったとき不思議な実験器具などがあり驚いたが、ここはそれ以上に不思議な部屋だ」
「それは良くわかるよ。ところで、俺はコーヒーを飲むがニアも何かいるか?」
「ではそのコーヒーとを頂こう」
俺はキッチンに移動しコーヒーカップを2つ用意、インスタントのドリップバッグをカップに乗せた。
電気ポットの温度を見ると90℃だったので、コーヒーを淹れるのに理想的温度だ。
湯をポットにうつし30秒ほどおくと適温になる。
ポットから湯を注ぐといい香りがしてきた。
それはニアのところにも流れて行ったようだ。
「とても香しいな」
俺は喫茶店のマスター風のセリフと一緒にコーヒーをだした。
「お客様、おまたせいたしました。お好みで砂糖とミルクをご使用ください」
俺はブラックが好きなのでこのまま頂いた。
「少し砂糖とやらを入れた方が、私は好きだな。そのままだと苦い」
「なるほど」
「どうも魔族の食べ物は口にあわなくてな、苦い飲み物も多かった。それに比べれば人の酒や食べ物は美味かったな」
「俺も魔王に転生した事があったが、討伐されるまでの5日間、食べ物に関しては地獄だったよ」
「そうであろう、ハハハ」
ニアとお互いの昔話をしているうちに、時間がたっていたようでシルちゃんが家に入って来た。
「おまたせしました」
「アランデールは大丈夫なのか?」
「はい、今は落ち着いて草を食べてます。さて今夜のお夕飯ですが、A5ランクの黒毛和牛が手に入ったのでサイコロステーキでもいいですか?」
きっと天界生協の肉だなGJ!
「是非肉でお願いします」
「私も肉は大好物だ」
「では決まりですね!少々お待ちくださいね」
「それでサイコロステーキとは?」
シルはエプロンをつけると調理を始めた。
俺はニアにサイコロステーキの説明をしたあと、アプリの使い方を教えることにした。
「それじゃアプリの使い方を教える」
「宜しくお願いする」
まず、各アプリと地図アプリの関連性を説明した後、NPC、地形作成、建築の各アプリを紹介した。
知性がSランクの魔王は、覚えが早かった。
そして俺が説明を終える頃には、全てのアプリを一つにまとめた物を作れないかどうか相談してきた。
「俺はそのあたりについて分からない、たぶん各アプリのソースコードが公開されていればなんとかなると思う」
「ソース?」
「うん、そのアプリを動かすための文字列と言えばいいかな?」
そこで俺は、シルが女神アランデールとチャットした時に使っていた天界用のC言語コードを見せた。
彼女は文字列をじっと眺めたのち、ブラウザを立上げ何かを検索し始めた。
「ユビーさん、食器棚からステーキ用の鉄皿持って来て下さい」
「はいよ」
女神様から俺に命令が下されたので、食器棚に向かう事にした。ニアとの会話は一時中断。
「シルちゃん、鉄皿どのあたりだっけ?」
「下の段の奥です」
下の段…の奥…、あった。
それは手前に置かれていた大皿が邪魔して、一目では発見できない場所にあった。
「シルちゃん、ここに並べるね」
「ありがとうございます」
シルは肉のした味付けをしているようだった。
隣の皿には、肉と一緒に鉄皿にのせる野菜類がカットされ置かれている。
炊飯器を見ると、あと少しで炊き上がるようだ。
A5ランク早く食べたいな…。
俺がそんな事を思いながらニアの所に戻ると、何かを発見したのか?いきなり話しかけられた。
「ユビー、C言語に関しては大体わかったぞ」
分かった?理解したという意味か?。まさかね…
「調べてみたのだが、Kotolinといプログラミング言語ならコンパイルが…」
やばい、Kotolin?jarにまとめる?
何を言ってるんだ、この魔王は。
既に彼女の知識は、俺の手に届かない領域に達しているようだ。
知性Sランクは伊達ではないようだ。
ちなみにシルがFランクなのは国家機密。
「アプリに関しては、apkファイルを逆コンパイルできれば…」
更にソースが公開されてなくても、解読できるかも知れない方法も発見していたようだ。
「という事で、この条件で動くパソコンが必要となる」
ニアは俺にパソコンのスペックを見せてきた。
ビルさんとこのOS12が入っていてJava 2.5.1動作するのも。
「ニア、パソコンはシルちゃんに相談しよう」
「うむ、わかった。おや?すごくいい香りじゃないか」
シルちゃんがついに肉を焼き始めたようだ。
煙が立ちのぼってるが、天井の大型静音ファンが全て吸い込んでくれるので、部屋に煙が充満することは無かった。
「そろそろテーブル片づけてください」
「あいよ」
ついにA5!生まれて初めてのA5!
「お待たせしました。シル特製のサイコロステーキです。お皿は熱くなってるので気をつけてくださいね」
「うむ、これは美味そうだな」
「お好みで、こちらのソースもお使いください」
「ソース?」
ニアはソースコードと勘違いしてるようだ。
「これは調味料のソースだ。文字列のソースコードとは別だ」
「なるほど」
「誤解もとけたので、早速食べようぜ!」
「いただきます」
と言ったあとシル以外は肉から食べ始めた。
なんでジューシーなんだ、中から肉汁がぁ…。A5!A5!A5!
「こんな肉は初めて食べたぞ。この世界に来て良かった」ニアが笑った。
「みなさんの喜ぶ顔を見るのが一番の楽しみです」とシルちゃん。
確かに美味しい物を食べている時って、みんな幸せな表情だもんな。
いつまでもこんな生活が続くように頑張ろう、俺は改めて思った。




