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クーデレすぎる未来の嫁の面倒な7日間・卒業式番外編

作者: 桐刻



 どうして2月は28日までしかないのだろう。

 ほかの月には31日まで存在するものもあるというのに。その最後の1日の余った部分だけもらうことはできなかったのだろうか、なんてくだらないことを考えてしまう。

 3月1日。

 緩やかな温かさを感じる日差しの中で、俺はソファベッドにごろごろと転がっていた。

 2月には雪が降るほどの寒い日もあったのは、遠い昔のことのようだ。

 ちなみにいままで勤めていたドラッグストアは昨日で辞めた。

 3月からは新しい会社に勤めることになっているが、出社するのは来週からでいいと言われている。

 俺は束の間の無職生活を楽しむことにしたのだ。

「ほらほら、そんなところに寝転がってたら掃除の邪魔です」

 ぶおおおお。

 すぐそばで掃除機をかけていた麻友が、ホースの先端を俺に向けてきた。

「あああ! やめろおお、吸われるぅうぅうっ!」

「ふっふっふ、克樹さんの駄肉を吸い上げてあげましょう」

 麻友は俺の腹の上でノズルを動かした。トレーナーがぶぼぼぼぼぼと変な音を立てながら吸い上げられる。本当にゴミ扱いされているような気がして、まったくうれしくない。

「つか俺、ソファベッドに寝てるし、べつに邪魔じゃないじゃん!」

「横で掃除をしているのに、ごろごろしたままなんて許されると思っているんですか? たまにはそのソファベッドを窓際に干すとかしないんですか? 臭いですよ」

「…………」

 そんなに臭いだろうか。

 俺は枕元の臭いを嗅いでみた。

 …………。特に臭わない気がする。

 だが臭わないということはそれだけ臭いに慣れ切った可能性もあるわけで。

 いやしかし。だがしかし。実際に行動に移すのは。

「やだー、めんどくせー」

 俺はごろんとソファベッドにうつ伏せになった。

「克樹さんの頭の中にはめんどくさがり虫がいるんですね。吸い上げてあげましょうねー」

「やめっ、やめろっ! 掃除機の先端を頭に向けるのはやめろっ」


 などとふざけ合いながらも、麻友は俺の部屋になっているキッチン周りの掃除を終えてくれた。

 そういえばどうして麻友は昼間なのにこの部屋にいるんだろう。

 今日は平日のはずなのに。


「さーてと。掃除も終わったことですし、次は買い物ですよー」

「おう、いってらー」

「なに言ってるんですか、克樹さんも来るんですよ」

「えー、めんどくせー」

 俺は今日一日はこのソファベットと睦み合うことに決めたのだ。いわば一心同体なのだ。

「だめです。今日はお米買うつもりなんですからね。もうすぐなくなりそうなんですよ。持ってもらわなきゃ困ります」

「……しょうがねーな」

 俺はゆっくりと立ち上がって、ハンガーにかけている上着を手に取った。麻友も薄手ではあるがコートを着込んだ。

 暖かくなってきたとはいえ、外はまだわずかに寒さを感じる。

 俺たちは一緒に外に出た。



 暖かな日差しと、冷たい風を同時に感じる中、俺たちは外を歩いた。

 スーパーへの道のりはそんなに遠くない。

 通りがかったコンビニで俺たちは肉まんを買って、頬張りながら歩いた。

 途中、学生たちがはしゃぎながら歩いているのとすれ違った。その学生たちは胸に花を模ったリボンをつけていて、黒色の筒を手に持っていた。花束を持った学生もいた。

「ああ、そっか。今日は卒業式なのか」

「そうですよ。だから私も学校をお休みしているんです。……気づかなかったんですか?」

「……なんか季節の行事に疎くて」

「克樹さんらしいですねー」

 なんだと、と思うが言われてもしょうがない。実際俺はまだまだ面倒くさがりなのだから。麻友と生活する中で少しは直したいと思っている面である。

「麻友の卒業は来年か」

 短大に通っている麻友はまだ1年生だ。何事もなければ来年には卒業する。

「はい、そうです。……あの、あの、克樹、さん……」

「なんだ?」

 心細そうに麻友が名前を呼んでくるので俺は返事をした。

「……あの約束、本当なんですよね……」

 あの約束。

 まったく思い当たらないわけじゃない。俺はすぐに気づいた。

「んー……どうだろうなー……」

 だけど俺はついそんなことを言ってしまった。

「な、なんですか! 結婚式まであげたじゃないですか! い、今更、そんな……!」

 隣にいる麻友が眉間にしわを寄せつつ、泣きそうな顔をした。

 俺はそんな麻友の頭をぽんと叩いた。

「冗談に決まってるだろ。ちゃんと守るつもりだって。まぁ、おまえが留年したらさすがに延期するつもりだけど」

 俺は麻友と約束した。

 麻友が卒業するまでにちゃんとした会社に勤めて、麻友と籍を入れること。そのうちのひとつはもうすぐ叶えられる。

「…………っ! ……たちの悪い冗談です、反省してください」

 麻友は俺が手に持つ肉まんを奪い取り、かぶりついた。そしてあっという間に平らげてしまった。

「あぁっ、ちくしょう! 俺の肉まん!」

「こんなもので許されると思ったら大間違いなんですからね。ちゃんと、本当に籍を入れるまで許さないんですからっ」

 麻友は俺の正面に立ち、ぺろりと舌を出した。

 その顔にはわずかではあるが笑みが浮かんでいた。



 スーパーで買い物を済ませ、俺たちは再び外を歩いた。

 10キロの米は俺の両腕の中に納まっている。バイトでもっと重い荷物を抱えたりしていたが、やはり持ちながら歩くのは重みがずしりと腕に来る。

 麻友も野菜や肉の入ったビニル袋を持ちながら俺の隣を歩いた。

 突然、強い風が吹いた。季節の変わり目によくある風だ。

 舞い散る土埃に思わず目をしかめてしまう。

 風が止んだとき。

「……あ。麻友」

「なんです?」

 麻友の前髪に桃色の花弁がついていた。まるで麻友の頭を飾るのが当然とばかりに。少しもったいない気もしたが、俺は麻友の頭から花弁を取った。

「これ、頭についてた」

「ありがとうございます。……梅でしょうか。それとも桃? 桜はまだ早いですね」

 花弁を指で持ち上げ、麻友は小さくつぶやいた。

「なぁ、麻友」

「どうかしましたか?」

「おまえって時々、花の髪留めしてるよな」

「そうですね」

 麻友は時々小さな花のついた髪留めをしている。それは俺と麻友が初めて出会ったときにもつけていたような気がする。

 だが、それ以外の派手な髪飾りを見た覚えがない。

 時々ゴムで髪をくくり、ポニーテールにしているときがあるが、それくらいだ。

「麻友、ちょっと寄り道していこうか」

「えー、このままですかー? 冷凍食品も買っているんですよ?」

 スーパーの袋を持った麻友は少し不満げだ。

「大丈夫だって、すぐそこだから」

「むぅ、わかりました」

 俺たちはアパートの方向ではないところへ向かった。

 少し歩いたそこには学生向けの雑貨屋があった。

 卒業式帰りに立ち寄っているのか、制服姿の学生たちが楽しそうに騒ぎながら出てきた。

「へぇ、こんなところに雑貨屋さんなんてあったんですねぇ」

 麻友は本当に知らなかったのか感心するようにつぶやいた。

「俺も中に入るのは初めてだけどな」

「初めてなんですか? 何の用があるんですか?」

「いいから中に入るぞ」

 俺は片手で米の袋を持ち、麻友の手を引っ張った。

 中に入れば多くの小物やぬいぐるみが俺たちを出迎えた。麻友は物珍しそうにきょろきょろと周囲を見渡していた。

 麻友の手を引っ張りながら俺は店内を歩いた。

 初めて入る場所だから少し迷ってしまったが、そんなに広い店でもなかったので目的のものはすぐに見つかった。

「この中から好きなの選べ」

 そこはカラーゴムやシュシュ、リボンなどをひとまとめに置いてあるスペースだった。

「か、克樹さん、女装の趣味がっ!? それじゃかわいいの選びますね!」

「ちげーよ!? なんでそうなるんだよ! おまえが使うんだよ、おまえがっ!」

「えっ、私が、ですか……?」

 本気で考えもしなかったのか麻友はきょとんと俺を見つめてくる。そんな麻友に向かって俺は大きくうなずいた。

「じゃ、じゃあこれ……」

 麻友が手に取ったのはごく普通のなんの変哲もない、ただのカラーゴムだった。

「却下。もっと派手なのにしろ」

「好きなの選べって言ったじゃないですかっ」

「買ってやるって言ってんだよ! かわいくしないと意味ないじゃないかっ!」

「か、かわいく、ですか……」

 しまった。つい本音をこぼしてしまった。

 痛い沈黙が俺たちのあいだに満ちる。

 なんというか、むずがゆい。

 麻友はほんのりと顔を赤らめ、視線を気まずそうに彷徨わせていた。

 だがやがてその視線は一点で止まる。

「じゃ、じゃあ……これ、なんてどうでしょうか……」

 麻友が手に取ったのは小さな造花が並ぶバレッタだった。

「うん、いいな。それ」

 あまり派手というわけではないが、だからと言って地味でもなく、艶のある黒髪を見事に彩ってくれるような気がした。

「じゃあ、買ってくるよ」

「あ、あのっ! ……ありがとう、ございます」

 レジに向かおうとする俺の背中に麻友は小さく礼をつぶやいた。俺は軽く手を上げてそれに答えた。


 店から出てすぐに麻友はバレッタの入った紙袋を開けた。

「買ってもらったんだから、すぐにつけますね」

 麻友は耳の上あたりを指でかき上げ、そこにバレッタをつけた。

「ど、どうですか……」

 上目遣いで麻友は聞いてくる。

 その瞬間、風が吹いた。

 どこで咲いているのか、その風の中には花の香りが含まれていた。


「――――」


 風の中で俺は麻友に答える。

 その言葉に麻友は俺をきょとんと見つめ、そしてほほ笑みを浮かべてくれた。


 春の香りが漂う、そんな日常の中で。




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