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森紫  作者: 和久井暁
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森紫の賭け

第8章 皇太子の領地視察


森紫しんし帆家はん けに来てから早くも半年が過ぎ、秋間近の晩夏が来た。

蜩がなき始め、日に日に涼しくなる綽練しゅくれんの街に、重大な一報が届いたのは午後のことだった。

森紫は帆氏に呼ばれ離れに向かっていた。

呼び鈴を鳴らすと中からとが開いた。

中には玖羅もいた。 いったい何用だろう?

森紫は静かに中に入って戸を閉めた。

「森紫、玖羅。 五日後、皇太子殿下がおこしになる。 ついては影ながらお守りするのが、お前たちの仕事だ」

 森紫は(そのような大役が務まるだろうか?)と心配になった。 何せ時期皇帝陛下だ。 いやでも緊張が高まる。

玖羅くら、お前が入手した情報を伝えなさい」

「はい。 皇太子は現皇后様のご子息で、皇后様は正体不明の病に侵されています。 そして皇后の位を第二妃の東太后様が狙ってらっしゃいます。

皇太子様はもう成人していらっしゃいますが、暗殺事件が多いため『鼠』が警護に当たっているようです。 当日もこちらに鼠が警護に来る予定で、なおこのことは皇室機密に含まれていて、皇太子様は鼠の存在を知らないとのことです。 さらに武官が何名か表立っての警護に付き添う予定です」

よく調べられている……。 と森紫は感動すら覚えた。

一体玖羅は何者なんだ? という疑問が浮かんできた。

「森紫、お前にはその足の軽さで、街で怪しい人、計画を練ってないか情報屋と調べてくれ。 その期間は侍女の仕事を免除する。

ちなみに皇太子様の輿が来る道筋も教えておくから、重点的に商店街にも情報を通しておいてくれ」

「はい、承りました」

 森紫は玖羅の情報を分析しながら、その日から町の巡回を行うことにした。

 無論皇太子が、何に興味をそそられるかわからない。 それも加味していろんな通りを回った。


四日後……

「森紫ちゃんいつも偉いねぇ。 頑張るんだよ? この街でいじめる奴がいたらおばちゃんが許さないからね?」

饅頭屋のおばちゃんがにこにこしながらそう言った。

ここ数日で森紫は、街の情報の集まりやすいところ、後ろ暗い情報屋とも付き合い、街全体を把握していた。

「そうだ、森紫ちゃん。この饅頭を川柳の樟朔しょうさくのところへ届けておくれ」

「わかった。ありがとう、おばさん」

 森紫の無表情だが心根は暖かい、と知った街人たちは森紫を受け入れてくれている。

 森紫は饅頭の入った小袋を受け取ると、檉の樟朔のところへ走った。

小さい葉が密生していて、枝は糸のように垂れた落葉小高樹の植えてある生活用水路の近くに、長屋があり、その一角に樟朔の住んでいる部屋がある。

「樟朔? 起きてる?」

薄暗い障子の隅から、毛だらけのふくらはぎが見えている。

「樟朔? 樟朔!?」

 森紫はまさか、とうとうくたばったんじゃ……と、一瞬考えた。

 樟朔は賭博士とばくしで、ちょいと裏に顔が聞く情報屋の一人だ。

「あ~面倒くせいなぁ~森紫じゃねえか。 なんだよぉ、人が気持ちよく寝てるってのに……」

起きてきた樟朔は薄暗い中で、もぞもぞと動いて手のひらで目をごしごししている姿が目に入った。

 森紫はずかずか入っていって、障子窓をピシャンと開ける。

「樟朔! もう昼だよ。 いつまで寝てんのさ?」

 森紫が憮然と言い放つと、頭をがしがしと乱暴に樟朔はかいた。

「俺には夜も昼も関係ないの! お前もだんだん抱き心地よさそうな体になってきたな~」

「どうでもいい、饅頭屋のおばさんから饅頭を預かってきた。

 ……耳寄りな情報か?」

 問い詰める森紫に、饅頭をよこせと言いたげに、樟朔は手を伸ばしてきた。

渋々渡してやると、紙袋を開いて、饅頭を一つほお張る樟朔。

「あぁ、かなり耳寄りな情報だぜ? 三番街の廃屋で皇太子の暗殺計画が練られてるって話だ。 どうやら後宮での揉め事が関与してるらしいが、計画してんのは街のチンピラだ」

 樟朔は饅頭をのどに詰まらせることなく、流暢にしゃべっていく。

「それで? あんたのことだから密会の時間も耳にしてんだろう?」

「ちっ、食えねえガキだなぁ。 可愛げのないうちの県事長様と一緒だな。 今日の酉一刻に最終打ち合わせが決まるらしい」

「ありがとよ」

「礼にゃ、およばねぇさ」

饅頭を食べ終え指を舐めている樟朔を尻目に、森紫は一端帆家へ戻った。


 森紫は県事城に行き、堂々と帆氏の執務室に入った。

「どうした、森紫? めったにここに来たがらないお前が来るのは珍しいな?」

「どうやら街のチンピラ連中がよからぬことを企んでるようです」

机から目を上げようとしない帆氏は、ふぅむと唸って書面に検印を押した。

「皇太子殿下に関わることか?」

「はい、責任は私が取りますから、光悦様はもし何かあったとき帆家へ引き返すようにお願いできますか?」

「無論わかってる。 心配には及ばん」

「翔羽様がいるとやりづらいので、帆家のもてなしは私ではなく他の者に当たらせてください。 私はまた情報収集に行きます」

 森紫はそう言って踵を返した。

「玖羅、聞いていたな? 今回は手を出すな。 あの娘がどこまでやるかを見てみたい」

「…………畏まりました」

天井から玖羅の低い心地いい声が聞こえた。


 森紫は三番街の廃屋に来て様子を伺っていた。

 まだ人は集まってない。 森紫は障子が破れた窓から天井裏の梁に登った。

 そしてただじっと待つ。 ひたすら待つ。

 待った甲斐あって、数人の男たちがぞろぞろやってきた。

森紫は身動きしないようそっと梁にもたれかかって男たちを凝視した。

「明日皇太子が帆家へくるぞ?」

「同時に祭りが始まるな」

「そうだ。 貴方がたは皇太子が、祭りの見物に行く道の途中襲えばいい」

森紫は話している男たちの中に一人だけ知っている男がいた。

県事城兵部官次長けんじじょう ひょうぶかんじかんのがいる。 恐らく皇太子の日程と通る道順を調べ、唆したのはこいつだろう。

「でも俺たちのことはばれていないんだろうな?」

「大丈夫だ。 この期に及んで計画がバレたとしても、別の道も調査済みだ」

 森紫は目を凝らして机の上の地図に目を凝らした。

「まぁあんたも礼にありつけるし、俺たちはおこぼれを頂戴するってだけの話だ」

「まぁそうですね。 当日は教えたとおりにお願いしますよ? 私は役職を放棄するわけにはいかないのでね」

「あの血判状を握られている以上。 俺たちはあんたに従うぜ」

男たちはそう言って頷きあった。

その後誰もいなくなったのを確認して、森紫は帆氏の所に向かった。


そして帆氏の私室に行った。

「光悦様」と声をかけると、中から「入りなさい」と短い返事があった。

「どうした森紫? えらく帰りが遅かったな、黒曜が心配しておったぞ?」

 呑気に本の文字を目で追っていきながら、帆光悦はニカッと笑みを森紫に向けた。

「はっ、暗殺者の首謀者がわかりまして。 お耳に入れたき事が……」

 森紫はさっきの話を包み隠さず明かした。

「そうか。 兵士の戸籍を統括する兵部官ひょうぶかんなら血判状を無理やり押させて手伝わせることもできるし、逆にうまい話を餌にして、人を集めることも可能なわけか……」

 帆氏は「ふぅむ」と唸った。

「それで私は奴らが待ち伏せする前の地点で、あることをしようと思います。 もしそれで私が命を失ったときのためにこれをお渡ししておきます」

そう言って森紫は肌身離さず身につけていた、皮袋を帆氏に渡した。

「これは?」

 皮袋はそれほど大きくない。 あの楕円の紫水晶が入った袋だ。

「光悦様だからこそ預けるのです。 もし私が死んだときに、そのときになったら開けてください。 しかし私が生きて戻ったあかつきには、返していただきたい」

「わかった。 何もかもお前に任せよう。 それで私は何をすればいい?」

 森紫はニヤリと笑って目を伏せた。

「さすが帆光悦様。 翔羽様には孫乾波そん けんはを叩きのめし、血判状を見つけていただきたいのです。 後のことは私にお任せを」

「わかった。全てはつつがなく行おう。 お互いの役割をな」

「はい……」

帆光悦と森紫は不適に微笑みあった。


 翌日、早朝に綽練しゅくれんの西門が開門し、皇太子の一行が県都入りした。

帆邸宅にお迎えするとき、森紫は小さくひっそりとお辞儀してお迎えした。

昼前、皇太子が通る道の大通りで、民家の二階に隠れた森紫は、用意を始めた。

西側の窓を開け、東の窓辺に桶に水を汲んで用意する。

この家の人にはあらかじめ言っておいて、帆氏に保護してもらっている。

そして時はきた。

何も知らない皇太子が、ちょうど森紫が潜む窓の下を通ったとき、森紫は窓から桶の水をばしゃっ、とかけた。

皇太子に哀れにも水は的中。 衣服がびしょびしょになった皇太子は半ば呆然としていた。

森紫は素早く西の窓から抜け出して、窓を閉め屋根に足をかけたところで喉元に剣が突きつけられて、炎天下の元、仰向けにさらされた。

「貴様何をふざけた真似をしている?」

 森紫はこれが『鼠』かと、息を呑んで凝視した。

 頭は黒い布で目だけを出して巻きつけられていて、黒衣の装束を纏い、手に仕込み篭手をしている。

 剣も篭手から伸びたものだった。

「聞いてもらいたい、私はある事情から単独行動しているが、帆氏の手駒の一人だ。 先日情報屋から皇太子様暗殺の情報が入った。

 今は帆氏が、自宅に皇太子様を連れ帰っている頃だろう。

 私は殺されても構わない。 もといその覚悟でやっているからな。

 この先の中華料亭で暗殺に関わるものが集っているはずだ。

 まずはそっちを先に始末していただきたい」

 暗殺者たちは次々に顔を見合わせたが、森紫の言葉をいぶかしみながらも二人の鼠を残して後は中華料亭に行った。

数分間、緊張が続いた。

森紫は自分の汗が屋根瓦に落ちてじりじりと、蒸発する音を聞いた気がした。

 そして帰ってきた仲間を見て、森紫に突きつけられている剣はしまわれた。

「確かにその小娘の言うとおりだった。 引き上げよう、その娘は放っておけ……」

 頭らしき人物の言葉に、鼠の仲間は詰め寄った。

「何故だ!? 不敬罪で処分しないのか!?」

「娘、お前自分の命をかけて計ったな? まぁいい、拾った命を大事にしろ」

 森紫はその言葉に疑問を感じたが、鼠たちは引き下がっていった。


「首領、何故あの娘を生かした!?」

問い詰めてくるに、首領は答えた。

「あれは鴉の管轄だ。 鼠の出る幕じゃない」

それを耳にした仲間たちの空気が一瞬にして凍りついた。

「!!! まさかあの娘!」

「秘する森だ」

 首領の一言にみなが何故か頷いた。


森紫は帆邸に戻って、帆光悦に呆れられた。

「森紫よ、お前大変なことをしたな。 一歩間違えば不敬罪で死罪だぞ? よくもまぁ鼠どもも引き下がったことだ」

「だから死刑覚悟で託したんでしょう? あの皮袋返してください」

 帆氏は「はぁああ」と大仰なため息をつき、皮袋を取り出して森紫に渡した。

「森紫よ、こんなことはこれっきりにしてくれ。 でないと私の心臓が保たんよ」

帆氏は眉間に皺を寄せながら言った。


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