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森紫  作者: 和久井暁
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森紫の答え

第6章 自身で選んだ自身の道


森紫しんし李惟敬り いけい帆光悦はん こうえつが帰った後、居間の机の上に突っ伏した。

帆光悦の養女として入れば何不自由なく暮らせるだろう。

しかしそれでほんとうにいいのか? 生前の父は何を思って勉強をさせた? それは娘の森紫に暴いてほしい過去の事実があるからではないか? ならば森紫は宮廷に入るべくして、勉強をしていたことにはならないか? でなければあの意味深な腕輪とこの宝石をみせたりはしないだろう。

だとしたらこんな田舎にいるよりも、県事城のあるに行った方が情報は集まる。

ところでなぜ帆氏が森紫の存在を知り、興味を持ったかにある。

森紫は直感で真っ先に樹影と関係があると読んだ。

とりあえずは帆氏の養女になることは避けたほうがいいようだ。

まず第一に貴族制の試験だと門戸が狭くなる。

それに帆氏の手駒が増えるのは癪だ。

森紫は明日の野菜の準備を初め、家財道具も整頓し始めた。


 森紫は破格の値段で昼までに野菜を売り、警邏部の詰め所に行く。 李惟敬に話を聞くためだ。

受付で名乗り、李警邏り けいらを呼んでほしいと伝えた。

少し待たされて案内役の役人が来た。

『取調室』

墨で書かれた木製の看板はそれ相応の年季を感じさせた。

戸を開けると、目の前の机と椅子に麦わらの色の髪に簪を挿し、左頬に刀傷がある、妙齢の女性がいた。

その女性はキセルの煙を「ほー」と吐くと高飛車に言う。

「森紫嬢、そこに座りな」

「あなた様は?」

 森紫が訝りながら尋ねると、女性はふっと不適に笑った。

「私の名前は樹透夜き すくよ警邏部けいらぶ一課主任で李惟敬り いけいの上司だよ」

そう言うと緑柱石のような瞳をしばたかせた。

森紫は透夜の真向かいに座り、透夜と対峙する。

「あの…、李警邏に面会をお願いしたはずですが?」

「あぁ、この件に関しては私のほうが詳しそうだからね。 それに李警邏は聞き込みに行っていていないよ」

「そ…そうですか」

(なんなんだ? この威圧感は…? 私は捜査情報を聞きに来たはずなのに。 これではまるで私が尋問されているような…)

森紫はまずいときに来たかもしれない、と短いため息をついた。

李惟敬の上司透夜は一筋縄ではいかないようだ。でも森紫の知らない何かを知っている可能性がある。

森紫は岐路に立たされた。 先に沈黙を破ったのは透夜だった。

「んで、何を教えてくれるんだい? ……その様子だと何も語ってくれそうにないね」

透夜は再びキセルを加えて森紫を見た。

「捜査は進んでいるんですか? 私はそれを聞きに来たんです」

 森紫は心外な、踏みつけられた下草の気持ちがわかった気がした。

 文句を言いたいのをぐっと我慢し、静かに問う。

透夜は面倒くさげに頭を掻きながら、「はぁ……」とため息をつく。

「事件は迷宮入りさ、上がもみ消そうとしなくたって、最初から証拠がなさすぎるんだよ。 帆光悦まで出張ってこなくっても捜査は打ち切りだ」

「何の進展もないんですね。 お邪魔しました」

 チッと透夜が舌打ちする。踵を返して帰ろうとする森紫に、

「待ちな」

と透夜が引き止めた。

「県事長がでばってくるってことは、あんたの両親どちらかが、何か秘密の関係があるってことじゃないのかい?

 そしてその血を引くあんたに養女の話が出た。 どう考えてもできすぎじゃないか」

 森紫は無言で戸を開けて出て行った。

森紫が出て行った後、透夜は配下を呼んだ。

やってきた配下に、

「森紫嬢の動向に気をつけな。 アレは何か隠している」

と言った。

「はっ。 しかしながらあのような小娘に、裂く人員は残っていませんが…」

 透夜の視線が鋭く突き刺さる中、下級武官は脂汗でギトギトになっていた。

透夜が一睨みしたせいで体中の汗腺がが一気に開いたのだろう。

透夜はキセルの灰を灰皿に、カンっと落とす。

「うってつけのがいるじゃないか、李惟敬を呼びな。

今すぐだ」

透夜は下級武官が出て行くのを尻目に内心毒づいた。

(あの食えない狸爺が来るとろくなことがない)


透夜と会ってから、森紫は街をぶらぶらあてもなく彷徨い、筆圭の養護施設に足を運んでいた。 普通孤児になれば各地の民部文官が足を運び、受け入れ可能であればそのまま養護施設に入り、成長し、就労する。

 中には施設の規律に耐えられなくなって、脱走してスリや、泥棒に足を踏み入れるものもいる。

森紫が門のところに立っていると、女性が歩いてきた。

深緑色をした短衣に、裾絞りの短筒袴をはいた、卵形の輪郭の栗色の長い髪を一つに束ねている女性だった。

目が糸のように細く、笑顔なのは釣りあがった口角からも明らかだった。

「こんにちは、あなたが困ったちゃんの森紫さんね?」

「なぜ名前を知っているのですか?」

 森紫は相変わらずの無表情で、女性は対照的に、

「若竹色の髪に紫の瞳の子はそれほどいないわ」

とニコニコしながら答える。

 その見開かれた双眸に、森紫は目を見開いた。

銀の瞳……。

「なぜ宿妖族しゅくようぞくがこんなところに!?」

宿妖族…それは戦乱の時代に生まれた血に呪われた一族。 戦うために生まれ強いものは親でも殺す。 血に飢えた一族。

「人を殺すしか脳のない一族がなぜいるのか、って?」

「まぁ、ありていに言えばそうですね」

森紫は素直に認めた。 言葉綺麗に飾ったところで見透かされてしまうだろう、それが宿妖族の性だ。

「私はといいます。 ここの施設の施設長をしています」

金華きんかと名乗った宿妖族はそう言ってお辞儀した。

「聞きました、県事長様から養女の話を受けていると。 でも……あなたそんなもの受ける気ないのでしょう?」

 金華は面白くないほど、森紫の心情を的確に当てていく。

「そこまで知ってらっしゃるんですか」

「理由を知っていますか」

 金華は再び目を細める。

「私に何かしらの価値があるとしか考えられません」

「その通り、でも私は当然その理由はしりません」

 森紫が無表情のまま気落ちしていると、金華は言った。

「しっかりと身の振り方を考えなさい? それしか今は言えないわ、私からはね」

 それは森紫がこれ以上、ここにいることは無意味だと暗示していた。

森紫は当てもなくとぼとぼ歩いていたら、警邏部の詰め所の階段を上っていた。 するとうつむいて歩く李惟敬とばったり会った。

「「あっ……」」

李惟敬は多少頬の肉が削げたように、憔悴していた。

「どうかしたんですか?」

「はぁ……、県事長様のお世話と、事件の板ばさみで休む暇がなくて、最近ろくに寝ていなくて」

「それは大変ですね」

森紫は素知らぬ顔ですっとぼけた。

「他人事ではありませんよ? あなたも絡んでるんですから、まるであなた中心に物事が進んでいるようだ」

 李惟敬の言ったことはあながち間違いではない。

 すでに大きなうねりが始まっていた。


 森紫は家に帰って考えることにした。

筆圭で交わした言葉の数々、様々な人がヒントをくれた。

「まず金華さんの言葉から、…この髪、この目、なかなかいない存在。 子供を引き取って帆氏は闇市で売るつもりなのか? いや、そんな犯罪を行っているなら警邏も黙ってないか」

 森紫は唸りながらどんどん考えた。

「特別な子供、何かをしようとするならば絶対に裏がある。 じゃないと県事長がわざわざ来るわけがない。 何か意味がある」

森紫は床に着いて寝返りを打つ。

それでもぐるぐる思考は止まらず、寝つきは悪かった。

寝付けなかった夜、しっとり霧の広がる村で朝を迎えた。

その日、森紫が一番に考えたことは、それは今日もじめじめと暑くなるだろうなってことだった。

 感じた通り薄暗い部屋の中、しっとりとした朝の空気の中で目を覚ました。

約束の三日が早たった。 今夜帆光悦が来る。

仮に養女にしてどう利用するつもりだろう?

森紫は気になって昼もご飯を食べず、考え抜いた。

昼の時刻を過ぎてから、はっとしてご飯を食べる。

一人の食卓は侘びしい。 森紫は黙々となるこの時間が嫌いだった。

そして夜が来た。

「こんばんは、森紫嬢、返答をいただきに参りましたよ」

 李惟敬が真っ暗な森紫の家の中に入って、ギョッとした。

堤燈を持って入ってきた李惟敬は、蝋燭やつり灯篭に火を移すと森紫の顔を見た。

「いつからこんなになってたんですか!?」

李惟敬が咎めるのを無視して、いつの間にか帆光悦と玖羅が勝手に入ってきていた。

「森紫嬢、こんばんは。 あの件は考えてくれましたか?」

厳かな雰囲気を纏って言った。

「その前にお尋ねしたいことがあります」

森紫はいきなり切り出した。

「何かな?」

「なぜこんな片田舎の農民の子を、養女にしようなどとお思いになったのですか?」

「ほほう、直球できましたな」

柔和な顔をした帆光悦が森紫を見て、目を輝かせる。

「とりあえず座りませんか?」

場を和ませようとして、おろおろしていた李惟敬が言った。

一人ずつ好き好きに座った。 森紫はいつもの左の席に、その向かいに帆光悦、さらに隣に玖羅、森紫の隣に李惟敬が座った。

「どうしてそう思うのかな? 森紫嬢?」

「私にははっきり言ってわかりません。 ただ、こんな片田舎の農民の子をあなた様のような、お偉方が引き取りに来るはずはないんです。普通なら。 おそらく関係あるのは私の両親と私の容姿、それも目か、髪の色じゃないですか?」

「よくわかったね、それで何が言いたいのかな?」

森紫も帆光悦も一触即発、そんな危機感の中、李惟敬が気まずそうに双方をちらちらと見ていた。

「はぁ……やはりそうでしたか。 ……行きます。ただし……」

 森紫が俯き、一旦目を伏せ、目を開き再び顔を上げた。

「養女ではなく、使用人として働かせてもらいます」

「ふむ…、そうきたか」

 帆光悦は憎めない、あやふやな……柔和な顔をした初老の紳士だった。

「あがけばあがくほど深みにはまるよ?」

果たしてそれが試しているのか、忠告しているのか森紫にはわからなかった。

柔和な顔は崩れない。しかし眼光は射すくめるように鋭くなった。

「それでもあがけば何か、きっかけがあります。 救いも」

森紫は淡々とした口調で落ち着き払って帆呼応悦を見た。

「例え私の手駒、いや手のひらで躍ることになっても?」

「それでもかまいません。 真実を知ることができるなら」

 そういって森紫は手負いの獣のような、警戒した視線を帆氏に返す。

 すっかりまいった顔をした帆光悦は頭に手をやり、ため息をつく。

「まいったな。そこまで考えていたとは……。 しかし私は君に何も語ることはできない。知らないからね。 ただ何か手がかりになるような場所のことは、はっきり言えるだろう」

「どこですかそれは?」

「宮中百八官、奥宮中にまではいれる官吏のことだ。 それには地方官さらに、国試を受けなければならない」

真剣な顔をして口を引き結び、帆氏は言った。

百八官に選ばれるのは、数千人いる官吏の中から一握りしかいない。 だからこそ森紫は、よくよく考えてこの話を考えて受けることにした。

それも貴族からもそれこそ県事長の娘ならいいが、森紫は養女だ。養女になった場合、そこまで上り詰めることはない。ならばいっそ庶民から始める方がいい。

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