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森紫  作者: 和久井暁
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つかめないもの

第5章 思惑


一週間後……

森紫は夕刻、野菜を市場に持っていくために竹編みの荷籠に野菜を順番に並べていた。

 トントントン……

「森紫さん? 夜分遅くにすみません。 警邏部けいらぶ李惟敬り いけいです。 森紫さんの客人を連れて参りました」

 その声の調子からかなり緊張しているのが、見て取れえた。

 物見窓からは灯篭を持った李惟敬の顔と、荷馬車を置く空間に灯篭とうろうのついた馬車が繋いであった。

森紫はつっかえ棒を外し、戸を開ける。

「どうぞ、お入りください。 粗茶を入れますから、何人ですか?」

「あなたを交えて四人です」

李惟敬が答えると森紫は踵を返してお茶を入れに行った。

急須に茶葉をいれ、湯を入れて少し蒸らす。 それを机にまでもっていくと、李惟敬が恭しく森紫の家屋に人を案内しているところだった。

藍色の髪に精悍な堀の深い、しわの刻まれたその顔はどこか人を圧倒させるような初老の紳士と。

続いて入ってきたのは橙色の長い髪をうなじで一つにまとめた青年だった。背が高くすらっとしているが、体格はよく、人を射すくめるような琥珀色の瞳だった。

「お邪魔しますよ、お嬢さん?」

「はい、どうぞ」

中に入ると李惟敬が気難しい顔をして、初老の紳士と、青年の紹介をくれた。

「こちらの方は、このでいらっしゃる帆光悦はん こうえつ様と、そのお付き人の玖羅くらどのだ」

 森紫は県事長けんじちょう?と聞いて、即座に土間に両膝を着き、両手を重ね合わせ上下に組み合わせて、最高敬礼をした。

「このような下々の家にわざわざお越しいただき、恐悦至極に存じます」

県事長という仕事は県政を国から任されて、国に変わり県を治める公職の中央官吏のことだ。

森紫のいる煉木村れんぎむら、隣町の筆圭ひっけいを含めた県境東部の一帯を示して江県ごうけんと呼ぶ。 他にも五県一州がある。

普通このような、洗練された宮廷作法を使える民間人は使えることがない。

 はん氏は朗らかに笑うと森紫を立たせた。

「見事な跪拝きはいだよ、お嬢さん。 お名前は?」

「森紫です」

「そうか、そうか…秘する森の娘か」

 小声でつぶやいた帆氏の言葉が聞き取れえず、森紫は首を傾げた。

「あぁいや。 今日はお嬢さんに大事な話があってきたんだよ。 森紫嬢私の娘にならないかね?」

 森紫は面食らった。 いきなり県の偉い役人が来たと思ったら、養女にならないかといわれている。

 森紫は状況がうまく飲み込めずにいた。

「それは…やはり養女に……ということですか?」

 確認するように一語一語言うと、帆氏はにっこりと微笑んだ。

「まぁ返事は三日後でいい。 色々と身辺整理もあるだろうからね」

 茶を飲み干した帆氏にキッと目を吊り上げて森紫は言った。

「拒否権はないみたいですね」

暗く押し殺した声。 奥歯をギリッとかみ締める森紫に、帆氏は駄目押しした。

「色よい返事を期待していますよ? 聡明なお嬢さん」

「では、三日後に迎えに参ります」

玖羅の低い声と、李惟敬の申し訳なさそうな顔がその夜、森紫頭の中をちらついて仕方がなかった。


馬車の中で…

「森紫嬢は果たして養女に来てくれるでしょうか?」

 真向かいに座る帆光悦に、玖羅は問うた。

「さぁな…案外お前と同じかもしれん」

「私と一緒…でございますか…?」

怪訝そうに問う玖羅に、帆氏は言った。

「お前と一緒で貴族制は嫌がるだろう。 それは養護施設行きを断ったことから察せられる。 いや、もしくはそんなこと考えてすらいないやもしれん。

 しかしあの敬礼、どうやら自力で下級地方官の地方試を受け、国試まで上り詰める気かも知れんな」

「しかし、あのような幼い子供がそこまで考えるでしょうか?」

「侮ってはいかん。 ましてや本当にかの者の娘ならばなおさらな」

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