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森紫  作者: 和久井暁
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全ては嵐から

一章 嵐の夜


 その日は嵐の前の夕方だった。 南からの風が強く、闇夜を思わせる暗雲が遠くに見て取れた。

森紫しんし、そろそろ帰るよ! 野菜持ってきな~!」

離れたあぜ道で呼ぶ、ほっかむりをした萌黄色の短衣に、短筒絝をはいた女性の声に、森紫と呼ばれた少女は茄子の茎に鋏を入れパチン、と実をもぐ。

あどけなさの残る輪郭、それを縁取る髪は瑞々しい若竹色、額から鼻筋は少し高め、大きすぎない紫の瞳。

緑の中に輝く紫水晶のような少女だ。

「はぁい~! 今行きます!」

森紫は茄子を竹網の籠に入れ、急いで畑の畝を越え難なくあぜ道に到達する。

「森紫、今日は茄子炒めだね」

 森紫ににっこり微笑む萌黄色の着物の女性は、その森紫と同じ紫の目で籠に目を向けた。

ほっかむりの下の栗色の髪、森紫より少し背が高い母、華鈴の後をついて家路につく。

「母さん、父さんもう帰ったかな?」

森紫は華鈴に尋ねる。横を並ぶ華鈴は森紫を見て少し考えてから、こう言った。

「そうねぇ、まだ帰ってないんじゃないかしら?

 帰っていたら手伝いに来るはずだもの」

 少し俯いた森紫に華鈴はいとおしげに目を向ける。

 森紫ももう十二歳、勉強も日を追う毎に増していき、その才覚を表している。

(これも樹影じゅえいの影響かしら?)

華鈴は思った。 樹影とは華鈴の夫で、森紫の父親だ。

「まぁ、帰っているかもしれないから早く帰りましょう?」

「うん」

森紫ははにかむ様にフッと笑うと、頷いた。

しかし森紫は家に帰って落胆する。家の南京錠が戸にかかったままだからだ。

仕方なく華鈴が南京錠の鍵を取り出し、戸を開ける。 玄関を通ってすぐに土間があり、寝室は高床式の廊下でつながっている。

 森紫は土間をつたって台所に行き、水瓶から桶に水を汲んで、とってきたばかりの茄子をたらいの中に入れ、桶の水をぶちまけた。

茄子はたらいの中で浮かんできて、森紫はそれをざぶざぶっと洗った。

手際よくまな板に載せ、トントンと切って、油で炒める。

他の野菜を運んでいった華鈴はその姿を見て、「わが娘ながら感服した」と言いたげである。

「森紫あなたなんてできた子なの!?」

と、まるで自分の娘じゃないように言った。

「母さん、そんなに驚かないでよ。 いつものことでしょ?」

 森紫は憮然とした顔で斜め後ろに立つ華鈴に物申す。

「はい、できあがり。お皿ちょうだい?」

森紫は以前憮然とした表情のまま、大皿を受け取って茄子炒めを入れ、おひつにあったご飯よそって、食卓につく。

「父さん遅いわね~。先に食べちゃいましょう」

 そう言って箸を大皿に伸ばす華鈴に、ぼけっとしたまま森紫は見据える。

「森紫、あなた食べないの?」

「食べるよ」

 ほぼ無表情で言った森紫には愛想の欠片もない。

 森紫はいつも無表情なので、その感情を読み取るのは難しい。 だが母の華鈴と父の樹影にだけはバレバレだった。

食べ終えて食器を片付けた。

「父さん本当に遅いね」

「そうね、筆圭で何かあったのかしら」

 筆圭は森紫の村から一番近くの街で、父親の樹影は朝から所用で出向いていた。

 その時ドンドンドン…と、戸をたたく音がして華鈴が物見窓の板をずらして外を見た。

「どなた?」

 森紫は華鈴の後姿を自分の席から見ていた。なんだか不吉な予感が森紫の胸を痛ます。

「えっ?樹影が?わかりました、すぐ行きます」

華鈴が物見窓の板をずらして、元通りにしてから森紫に小声で寄ってきた。

「森紫、お父さんかお母さんが帰ってくるまで、絶対に戸を開けないこと…いいわね?」

「はい」

 有無を言わせぬ押し殺した迫力のある声に、森紫は怪訝に思いながらも頷いた。

 森紫は華鈴の言葉を飲み下すように胸にしまうと、華鈴が出て行った後の戸をつっかえ棒をして床に入った。



暗雲が月を隠し激しい雨の中、手足を拘束された男はそれを見ていた。 口すらも布が詰められていてしゃべることもままならない。

 やがて一人の女性が連れてこられた。

男がよく知っている女性だ。

(華鈴…)

 両脇を抱えられ、目隠しをされ、口も塞がれている。

すると、後ろから耳元に軽く吐息がかかり、視線だけで横を見ると仮面の男がまじまじと見ていた。

「身に余る光栄を拒み、そこにいる下女と関係を持ち、あのお方のお気持ちを裏切るから、こういうことになる…」

ピィンと何かが飛び、華鈴の腕にクナイがささる。

「…ぅっ!?」

華鈴は痛みに体を強張らせて、糸が引きつった人形のように体をビクビク動かした。

「フゴゴ…。フゴフゴゴゴゴ!」

「なんだってぇ? あぁ、もしかして『やめろ、殺すなら私を殺せ』って言いたいのか? ふざけるな、あのお方を苦痛のどん底に落とした貴様が、楽に死ねると思うなよ?」

 仮面の男は不愉快そうに囁くと、ピィンとまたクナイを投げた。

 今度は華鈴の足に。 血が流れるそばから洗い流されていく。

どれくらい時間がたっただろうか? 二人の体温を徐々に奪いつつ、華鈴はとうとうぐったりして立っていられなくなった。

 男、樹影もまた倒れた。

 そして仮面の一団はそんな二人にとどめを刺し、どこかへ消え去った。

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