今はもうない星
頭上には満天の星空。
この小さな田舎町を一望できる丘に座って、俺と千草は星を見ている。
鼻の中を通る草の匂い。秋を伝える虫の声。
二人共体育座りで両手を後ろにつき、星空を見上げている。
夕方頃、急に
「優樹!星を見に行こう!」
なんて、ハイテンションで誘いにきた千草。
短パンにTシャツなんて、到底同い歳の女子高生とは思えない、小学生男子みたいないつもの格好で。
お前の考えてることなんて、お見通しなんだよ……。
どんだけお前と一緒にいると思ってるんだ……。
だから俺も無理して、負けないくらいのハイテンションで相手をした。
先週都会に住む親戚の家に遊びにいったけど、やっぱ都会は全然星が見えねぇな、とか。
南の空、さそり座の一際赤く光る星、アンタレスを旱星って呼んだりするんだ、とか。
スイカの原産地って南アフリカなんだって!
星関係ないじゃん!
とか、たわいのない話して、笑って。
不意に会話が途切れ、すぐ隣にいる千草が星を見上げる。
ポニーテールで纏められた黒髪、肩から腰までの女性らしいライン、綺麗な脚。大きな瞳。
俺は目を奪われそうになった自分を隠すように、慌てて逸らそうとすると、
「達哉が言ってたんだよね……」
千草が星を見たまま、まるで独り言のように呟いた。
俺は再び、千草から目が離せなくなる。
「光っている星も、今はもうない星なのかもしれないって。星そのものがなくなっても、光が後から届くから、まだあるように見える星もあるんだって」
星が好きで、千草とよく見に行ってた達哉先輩。
千草の恋人だった達哉先輩が亡くなってから2週間。
それから千草は家から出なくなった。
千草は俺の目を見て、涙をこらえながら続ける。
「いつまでも……このままじゃ……いけないよね?いけないってわかってるんだけど……」
いきなり俺の胸に顔を埋め、泣きじゃくる千草。
「ごめんね……ごめんね……」
ただ千草は、胸の中で繰り返していた。
達哉先輩の葬式でも、告別式でも、見せなかった千草の涙。
抱きしめたい。
抱きしめてしまいたい。
でも千草の肩に回そうとした俺の右手は、空中で止まったかのように動かない。
地面についたままの左手が、土を草ごと握りつぶす力だけが強くなる。
俺の星も、千草の星も、その光だけは見えるけど、もうここにはなかった。