アレギオ=レキア
8話です。よろしくお願いします。
銃声が響く。
町はずれにあるこの病院にも次々に負傷者が運び込まれてくる。
だが彼らは兵士ではない。普通に暮らしていた一般市民達ばかりだ。
この町に潜伏していた反王政派達が市民の通報を受けた警官に追い詰められ、無差別テロに及んだのだ。事態は瞬く間に悪化し、平穏だった町は戦場と化してしまった。
突然身に降りかかった悲劇に嘆く人々の前を身なりの正しい男が悠然と歩み寄ってくる。
「いや~みなさん災難でしたね。あ、ちょっと通りますよ。看護婦さん、そうそこのあなた。責任者の方を呼んできてもらえますか」
飄々としたこの男を怪訝な眼差しで見つめる人々。そんな事はまるで気にも留めず男は鼻歌を口ずさみながら院内を物色する。
暫くして白衣を着たやややつれた初老の男性がやってくる。
「私がここの院長だが・・・」
「お、これはこれは。毎度お世話になっております。私、ムラサト製薬のドレッドと申します。ご注文のお薬をお持ちしましたのでご確認をお願いします。はいこれ、目録です」
ヘコヘコと頭を下げながらドレッドは書類を渡す。ペラペラと書類に目を通していた院長の手が止まる。
「ふむ・・・頼んでいたものより多いようだが?」
「はいはい。この情勢ですから少々多めにご用意させていただきました。ああもちろん、余剰品はムラサトの寄付という形になっておりますのでお代は結構ですよ」
「そうか、それは助かる・・・が、この額は」
「はい、即金でお支払いいただければ万々歳でございますが、分割でのお支払いでも結構でございます。その場合、少々手数料を頂きますが・・・どうなさいます?」
「・・・分割で」
「ありがとうございます!」
やや食い気味にドレッドの声が響く。
「待て!」
と、その時。一人の男が飛び込んでくる。
「院長、そいつらから薬を買っちゃいけない!こんな外道どもに一銭だって払っちゃいけないんだ!!」
「おやおや、いきなりひどい言われよう。何ですか貴方は、営業妨害なら訴えますよ?」
「黙れ外道!お前達のやったことを俺は知っているんだぞ!!」
包帯を巻いた左腕を振りあげようとして「いててッ」と呻く。
否が応にも注目を浴びながらドレッドはそのにやけた表情を崩すことなく院長にサイン求める。
「おいッ聞いてんのか!俺はなあ!お前が、お前らがッテロリストどもに武器を売ってやがるのを見たんだよ!!」
ザワッ
男の言葉に周囲がざわつき二人のの様子を窺うが、ドレッドはまるで気にも留めずに書類に指をなぞらせている。
「・・・あ、院長さんここにもサインを」
「聞けよッ」
男は力任せにドレッドの肩を掴む。振り向きざまにギロリと睨むドレッドの左目が真っ赤に光り、キリリっと軋む。
「ひっ」っと男は手を離し後ずさる。
「おっと失礼。義眼の調子が良くないようで」
ドレッドは左目を隠すように歪な笑みを浮かべる。
「と、とにかくッお前達のやっている事は全部わかってるんだ!金の亡者どもめ、武器をばら撒き、さも善人ぶって自分たちの私腹を肥やそうとする死の商人がッ!!」
男は周囲の人々を味方につけようと大声で喚く。
「わかっただろ?こんな奴らから薬なんか貰っちゃいけないんだ。こいつらは自分の事しか考えていないんだ!!」
だが誰も男に同調する者はいない。それどころか誰も男と目を合わせようとはしなかった。
「お、おい・・・なんでだよ。なんで誰も何も言わないんだよ」
狼狽える男にドレッドは「やれやれ」と、かぶりを振る。
「全くもって心外ですね。ムラサトはいつだって善も悪も等しく、必要なものを必要とする人へ迅速にお届けするのが我々のモットーなのです。そのかわりに相応の対価を頂いているだけ。いわばボランティアです。それなのにこのような言いがかりを受けるなんて・・・」
「な・・・何言ってやがるこの守銭奴が」
男はわなわなと拳を震わせる。
「お前らがあっちこっちに武器をばら撒いたせいで、俺の家族は・・・戦闘に巻き込まれたんだ」
「よしなよ・・・気持ちが分かるけど、ムラサトさんは悪くない」
どこからか聞こえてきた声を、信じられないといった顔で男が振り返る。
「そうだ、むしろ感謝すべきだ。危険を冒してまでこんな所にまで薬を届けてくれたんだ。なあ?」
その場にいる者すべてがムラサトを支持する。もちろん男の言っている事も理解できるが、ここでムラサトの機嫌を損ねては薬だけじゃなく必要な生活物資まで失いかねないからだ。
「ご愁傷様。でもね八つ当たりはみっともないですよ。嘆くよりも今日を、そして明日を見据えて行動しなくちゃ。こんなご時世ですからね」
そう言ってドレッドは男の肩をポンポンっと叩くのだった。
「くそ・・・くそくそくそッどいつもこいつもバカにしやがって」
病院を逃げる様に出た男は愚痴りながら歩いていた。
病院を出る際、ドレッドに「つまらないものですがこれをどうぞ。お大事に」とムラサト印の胃腸薬を手渡されたのが逆に腹立たしい。気の高ぶりを抑えきれず足元に転がっていた空き缶を蹴り飛ばす。
「あっ」
蹴り飛ばした空き缶が前を歩いていた女性の足元へ転がる。
「す、すいません。ついカッとなって・・・」
空き缶を拾おうと腰を落した男が恐る恐る顔を上げるとその女性はサングラス越しに目を細め微笑む。
「どうしたのお、そんな怖い顔して?」
「え、いえ・・・」
女性の美しさについ見惚れてしまい目線を泳がせる。
「うふふ、我慢なんてしなくていいのよ。理不尽な事があったのに誰も分かってくれない、そうでしょ?」
「あ、あの・・・一体何のことを?」
女性は男の口に人差し指をあて黙らせる。
「めちゃくちゃにしてやりたいんでしょ?我慢なんてしないで、心の赴くまま暴れてしまってもいいのよ」
女性の声が男の心を騒めき立たせる。
「ほら、聞こえるでしょ。あなたの心の奥底の夜海の中の本当のあなたの声が」
「ぅ・・・あ、ああ」
女性の眼が妖しく光る。
「さあ、解き放ちなさい。あなたの邪気を」
「う、ううう」
男はバッと女性から離れる。
「やめろ・・・やめてくれぇああーッ」
男は奇声を上げ走り去っていった。
「あらら、逃げられちゃった」
取り残された女性がため息を吐くとパチパチパチと力のない拍手が鳴る。
「おやおや、こんな所で勧誘活動ですか。精が出ますねえ」
女性が振り返るとそこにはニヤニヤしたドレッドが立っていた。
「ふぅー。やっぱりあのお方のようにはいかないわねえ」
「いやあ、あの人はあなたの美しさに恐れをなしたのではないですかね。ご無沙汰しております、“B”様。相変わらずお美しい」
Bと呼ばれた女性は細い指で前髪をかき上げるとサングラスを外す。
「あなたの方こそ相変わらずお上手ね“D”。もっと褒めてもいいのよ?」
お互いに、あっはっはっと笑いあう。
「今回の騒動、あなたが裏で糸を引いていたんですね。でも何だってこんな事を?暫くは大人しくしているはずではありませんでしたか」
Bは「それがねえ」と吐息を吐く。
「うちの王子様、妹姫ちゃんの名前を聞いた途端飛び出して行っちゃってねえ。退屈だったのよお」
「退屈だからって、テロを起こされては皆さんさぞ迷惑でしょうに」
「あら?あなた達に迷惑なんてかけたかしら?」
「・・・いいえ、今回も大変儲けさせていただいておりますよ、ええ」
ドオンッ
遠くで爆発音がし、ビリビリと空気が震える。
「ふむ、皆さんがんばってらっしゃいますね」
「そうねえ。男ってホント単純。特にこれ、インスタントパワー?これを使うとみんなスッゴイの。うふふ、くせになっちゃいそう」
「なにがスゴクなるんでしょうねえ」
「あら、私の口から言わせたいの?それよりもお願いしていた追加分持ってきてくれた?」
「ハイハイ、きちんと持ってきましたよ。弊社のお嬢様は前は頼めば頼んだだけ送ってもらえたのですが、最近はなかなかいただけなくなってしまいましてねえ」
「そうなの?こんなに便利なのに残念ね。使った後に後遺症もないし、中毒性も無い。問題があるとすればお値段くらいかしら」
「我々社員にも一切まけてもらえなくて私の財布がピンチですよ」
苦笑いしながら、Dことドレッドは数枚の札を手渡す。
「ありがと。代金は後で振り込んでおくわ」
「いえいえお代は結構ですよ。私とあなたの仲じゃあないですか。後でお食事でもご一緒いただけたら・・・」
「だ~め。どんな関係でもお金の事はちゃんとしなくちゃ。それに私にはあのお方がいるんだから」
「ふう、また振られちゃいましたか。けど、イイですねえ、B様はあのお方にお会いできて。私などまだ一度もお目通りすらさせていただけていませんよ」
「当然よ、わきまえなさい。あのお方は私の運命のお方。あのお方と一つになったのは私が最初だったのよ。初めてお会いしたあの夜の衝撃は決して忘れないわあ」
遠くで爆発の衝撃音が響く。それに合わせてBとドレッド、二人の義眼がキリキリと軋む。
「けどまだよ。まだ足りないわ。あのお方の為に、もっともーっと邪気を集めなくちゃ。そしてこの世界が邪気に満たされた時、私達の願いは成就されるのよ」
「B様はジャシンサマに何をお願いするのかもう決められているのですか?」
「しッ」とBはドレッドを黙らせる。
「ビルジットさん、こちらでしたか」
建物の影から武装した数人の男達がB達のもとへ駆けつけてくる。
「・・・彼らは?」
「反王政派の男達よ。私達の事、気取られないようにね」
そう耳打ちしてBことビルジットは男達を迎える。
「どうしたの?そんなに慌てて」
「どうしたもこうしたも、軍の奴らの爆撃が始まったんですよ。ここも危険なのでB地点まで後退しましょう」
男達はチラッとドレッドを見る。その視線にちょっとした嫉妬が混じる。
「こちらはムラサトの薬屋さんよ。お薬を分けてもらっていたの」
「そうでしたか。失礼しました。いつもお世話になってます」
「いえいえこちらこそ、いつもご贔屓ありがとうございます。ではビルジット様、お薬はいつもの通りに」
「ええ、お願いするわ。さ、みんな行きましょう」
ビルジットはドレッドにウィンクして男達を引き連れていく。
「ビルジットさん、お荷物お持ちします」
「あ、てめズリィぞ。ビルジットさん、俺がお持ちします」
「俺が先だぞ」、「うっせえ、オレが先だ」など男達は我先にとビルジットの機嫌を取ろうともめはじめる。
「はいはい、みんな仲良くね♡」
ビルジットは慣れた調子で軽くあしらう。
悲しい男の性に笑いを堪えていたドレッドのケータイが震える。
「はい、こちらムラサト製薬、営業4課、主任のドレッドでございます。あぁ平素よりお世話になっております・・・はい?ああはいはい。かしこまりました。でわでわ失礼しまーす」
誰も居ない空間にペコペコとお辞儀をしながらピッとケータイを切る。
「さ、お仕事お仕事。ある意味彼らが羨ましくもありますね、好きな事をやって美女のために死ねるのなら本望でしょう。私はせせこましく小銭を稼ぐとしましょうか」
ドゴォォンッ
「ふんふんふん、わっけなーいわっけなーいわっけなーいよん♪」
爆発音が響く中、ドレッドは鼻歌を口ずさみながら白んだ空に浮かぶ白き月を一瞥し、次の現場へと向かうのだった。
銃声が響く。
雷鳴のような音にレキアは振り返る。
一面が火の海だった。
焼け出された人々が悲鳴を上げ逃げ惑う。そんな人々に武装した兵士達が容赦なく発砲する。
「やめろ!なんでこんな・・・」
違和感があった。
声を出しているのに声が出ていない。
立ち尽くすレキアの前を母親に手を引かれた少年が走り抜ける。
「今のは・・・俺か?、そうか・・・これは夢だ」
幼い頃のレキアの記憶の夢。最近ではあまり見る事も無かったのだが、先日の悪鬼トレインとの戦いの最中に垣間見てからはまた夢に現れるようになった。
そこは町というには小さい、必要最低限の施設しかない簡易居住区だった。周囲を岩山と切り立った崖に囲まれた何もない作業者たちの町。
幼かったレキアはこの町が何のために作られたのか、大人たちが何の仕事をしていたのか知らない。それでも父親たちが誰かと言い争っていたのを何度か見た事があった。
そしてこの夜、町は何者かの襲撃を受けたのだ。
理不尽に蹂躙される人々の目は何かを訴えるかのようにその場にいない筈のレキアに向けられていた。
「わかってるよ・・・忘れるなってんだろ。忘れねえよ、だからそんな目で見んなよ・・・そうさ、忘れるもんか。あいつの事だけはな」
父親たちが口論していた相手、この襲撃の数日前から町に居ついていた男。その男の事はもうおぼろげにしか思い出せないが、はっきりと覚えている事がある。
「あの男の目・・・あの顔だけは絶対に忘れるものか」
レキアは偶然見てしまった、あの男の顔のぽっかりと穴の開いた真っ黒な左目を。
あの男はこの状況をどこで見ているのか、レキアは周囲を見渡すがその姿は無い。そこへ子供の悲鳴が聞こえる。
「母さんッ」
母子は崖へと追い詰められていた。
「・・・ッ」
もう何度も見て来た光景だ。母親は銃で撃たれ、子供は崖下へと落ちる。九死に一生を得た子供はユノハナの町へと逃げ延びる。
それだけの事、だがこの夢は違った。
「アレギオ、よくお聞き。お前だけでも逃げるんだ。奴らの狙いはこれよ」
母親はクルクルと指を回すと何もない空間から輝く魔法の杖を取り出す。
「母さん、なにそれッ」
「フフフッ今まで黙っていたけどお母さんは魔法使いなのだ」
『ええっ!?』
二人のレキアの声がキレイにハモる。
「さあレキア杖に乗りなさい」
「母さん、ぼくレキアじゃないよ?アレギオだよ」
「んな事はどうだっていいの。いいからさっさと乗りなさ~い」
幼いレキアは渋々杖にまたがる。
「・・・?何も起きないよ?」
「レキア、ほらここにお金を入れなきゃダメよ」
「えー、お金なんて持ってないよ」
「またまたあ、ほらいいから跳んで見なさい。ピョンピョンって」
「お、お母さん?」
母親は子供の体を強引に揺さぶる。
「バカが、ガキにたかんなッ」
レキアに後頭部を叩かれ母親?は非難の声を上げる。
「あにすんのよ、営業妨害で訴えるわよ」
「何が営業妨害だこの守銭奴め、人の夢に出てくんなよ」
そこにいたのは母親ではなくハルカだった。ハルカは口をとがらせながら自分も杖にまたがる。
「もういいから二人とも行くわよ!」
「行くってどこに・・・うわッ」
幼いレキアを抱えてハルカは杖を飛ばせる。
「うわーい、すっごーい」
はしゃぐ小レキアと対照的にレキアは杖にしがみつきながら悲鳴を上げる。
「バ、バカがッおろせーッおわッよせ、落ちるッ」
ハルカはわざと杖を上下左右に旋回させる。
「しっかりつかまっていないと落ちちゃうぞ~」
何とか姿勢を保ったレキアの耳に、カシャカシャという音が聞こえる。ハルカの手元を覗き込むとその音の主が分かった。
「おいそれって、何のメーターだ?」
レキアが指差したメーターは、カシャカシャと音を立てながら数字を加算していく。
「何ってもちろん、料金メーターに決まってんじゃない。あんたが払うのよ」
「ちょっ、待てそのメーター回転が速すぎんだろ」
0,099,998<カシャッ
0,499,999<カシャカシャッ
1,000,000<チーンッ
「うおーぅいッあからさまにおかしいだろッ」
「なあに?乗車賃踏み倒そうっての?」
ハルカのレキアを見る目が冷たい。
「坊や、いい事を教えてあげる。ムラサトはね何があっても貸しは取り立てる。そう、例えそれが夢の中でも必ずね」
「悪質すぎるッ」
「・・・レッキュンさあ」
「レッキュン!?俺の事か?」
「そうレッキュンさあ、いつまで寝ぼけているつもりなの?いいこと、借りたお金は必ず返す。常識でしょ?それができないなら・・・」
「できないなら?」
レキアはごくりっと息をのみハルカの次の言葉を待つ。
「体で払うしかないわよね?」
「か、からだあ!?」
思わず声が上ずる。
「そうよ。例えばそうねえ、チュー・・・しよっか?」
「は、ちゅチューぅぅ!?」
「なによそんな声だして。あたしとチューするのがイヤなの?」
「イヤなはずねえだろ・・・ッ」
レキアは目を泳がせつつも、ハルカの薄紅色の口唇に目をやってしまう。
「じゃあ、しましょ・・・ん」
目を閉じ、身体をレキアに預けるハルカを抱きとめ、ゴクリッと生唾を飲み込む。
「ほ、本当にいいんだな?後でこれもツケにするとか言わないよな?」
念には念を押すレキアにしびれを切らしたハルカがレキアの頬をつねる。
「するの?しないの、どっち?」
ここまでされたらレキアも後へは引けない。ハルカの顔を両手で包み込むように抱き寄せ・・・キスをする。
「ん・・・?」
ハルカの口唇は固かった。
(あれ?この前はもっと柔らかくってとても・・・甘かったのに)
『やーめーれーッこの獣の勇者が!!』
鳥の羽ばたきにレキアが目を覚ますと目の前には必死にもがくスプリスの体を鷲掴みにしていた。そう、レキアが寝ぼけて口づけしていたのはスプリスのくちばしだったのだ。
「おえーッぺっぺっ、なにしやがるこの鳥野郎!」
『それはこっちのセリフだ!勇者は変態ばっかなのか。ソフィラに妙なマネしやがったら許さないぞ!』
「ああ?何の話だ・・・よ?」
クスクスっという笑い声に気付き、顔を上げるとそこにはベッドの端にちょこんっと腰を掛けた赤髪の少女がいた。
「んなっ、な・・・なにしてんの?」
「えへへ、レッキュンなかなか起きてこないから起こしてきてってハルカお姉ちゃんに頼まれたの」
無邪気に笑うソフィラに、レキアはため息を吐く。
つまり、ハルカに言われてレキアを起こしに来たソフィラだったがなかなか起きなくて困っていたところ、寝ぼけたレキアに抱きつかれそうになってとっさにスプリスを盾にしたという訳だった。
「やっぱりあいつのいたずらか・・・レッキュン?俺の事か?」
「でもね、わたしもレッキュンとお話したいことがあったの。だから丁度いいかなあって」
「レッキュンはやめれ」
「でねでねレッキュン」
ソフィラはレキアの抗議に耳をかさず話を続ける。
「ねえレッキュン、わたし達前にどっかで会った事ない?」
「はあ?昨日が初対面だと思うが」
「だよね。でもー、なんていうかなあ。レッキュンとはシンパシーを感じるんだよね」
「シ、シンパシーって・・・な、何言ってんだバカが」
ソフィラに、ずいっと顔を近づけられ目を逸らす。
「んー、なんでかなあ。なんでっかなあー」
「ち、近いって・・・ゴクリッ」
さっきの夢のせいか、ついソフィラの口唇に目がいってしまう。
『こいつめ。ソフィラに近づくな!』
「痛てッやめろって、まだ何もしてねえだろうが」
『まだってなんだ。やっぱり何かする気だったのか変態め』
「誰が変態だッ」
スプリスと当たり前のように口論するレキアを見て、ソフィラはポンッと手を叩く。
「そっか、それだわ。レッキュンってスプリスとお話しできるから他の人と違うんだわ」
レキアの持つ獣の勇者能力は動物を操る力だ。その力の影響でレキアは動物の気持ちが理解できる。そしてソフィラは固有能力で動物と交信できる。それがこの2人の共通点だ。
「はあ?ああ、そういえばこいつとはなんか普通に話してるな。けどいつもは何となく気持ちが分かるって程度だぜ。むしろこいつの方が変なんじゃねえのか」
『変態に変呼ばわりされるいわれはないぞ』
「・・・本当、口が悪りぃなこいつ」
レキアがスプリスの頭を突っつこうとすると逆に指を噛みつかれる。
「んんーっ、お話したらスッキリしちゃった。じゃあ先行くね。レッキュンも早く起きてきてね。いこ、スプリス」
「だからレッキュンはやめって」
ソフィラはレキアに手を振ってスプリスと共に部屋を出て行った。
「まったく、朝っぱらから賑々しい。・・・にしても、またあの夢か。いや後半はなんかおかしかったけど」
机の上に昨日寝る前に呼んだ新聞が無造作に置いてある。一面には『国境の町で無差別テロ』と書かれていた。
「ああ、これを読んだからあの夢を見たのか」
夢の続き、崖っぷちへと追い詰められた母子の前に一人の男が現れる。男は母親と口論を始めるが幼いレキアにはその内容は理解できなかった。ただその男の異様な風貌だけははっきりと覚えている。
その男には左目が無かったからだ。
崖下へと突き落とされたレキアが最後に見たものは、子供を守るべく男へと立ち向かう母親の姿。その手に輝く杖があった事は分からなかったが、あの高さから落ちたもののかすり傷で済んだのは母のかけた魔法のおかげだった。
ひとりぼっちで森をさまよい、憔悴しきったレキアはユノハナの町へと流れつき、そこで同じように親を失った子供達と一緒に孤児院へ預けられた。
ショックからか誰にも心を開けず、一人遊びをしていたレキアの前に一人の少女が現れる。
「ねえ、あんた。誰とも口きかないってホントなの?」
少女は町の人間じゃない。が、ちょくちょく見かける事のあるとても明るい女の子だ。
「ねえ、名前は何ていうの?」
「・・・」
プイッとそっぽを向くと少女はニッコリと笑う。
ポカリッ
げんこつで殴られた。
「・・・いたい」
「喋れるじゃない。ねえ、あんた名前は何ていうの?」
「・・・」
ニコッとしながら少女はまたげんこつを振り上げる。
「ッ!?ア・・・レギ・・・ぉ」
「え、なに?聞こえない」
ポカリッ
理不尽な暴力になみだ目になる。
「えっと・・・ア・・・レキ、なんだっけ?レキ・・・アレ・・・うん、レキアね!」
「はぇ?ちが・・・」
「決めたわ!レキア、あんたは今日からあたしの助手にしてあげる」
「え・・・やだよ。それにぼくはレキアじゃなくてアレギ・・・」
ポカリッ
「いたい、なんで?」
「さあ行くわよレキア!」
「行くってどこに?おねえちゃんは誰なの?」
少女は振り返り満面の笑顔を見せる。
「あたしはハルカ。あんたはこれからあたしと一緒に正義の味方をやるのよ」
幼心に「この人は何を言っているのだろう」と少年は首を傾げる。
二人が始めた正義の味方ごっこは町中の子供たちをまきこみ、やがては知る人ぞ知る『ユノハナレジスタンス』の始まりとなったのだ。
着替え終わったレキアがリビングのドアノブに手をかけた時、部屋のなかから楽し気な声が聞こえて来た。
「そ・ん・な」
キョーマは人差し指を立ててラフィートの顔先で、チッチッチっと指を振る。と、ぴょんっと跳び退きくるっと背を向ける。
「わけないわけないわけないよ、ハイ!わけないわけないわけないよ、ハイ!」
ラフィートの目の前で煽るように腰を振り上半身をラフィートに向け両手の人差し指でラフィートを指差す。
「・・・あ?なに、すっげえイラっとしたけど?」
顔を引きつらせているラフィートをキョーマはため息混じりに首を振る。
「いやだなあラフィート君。知らないんですか?これ、今中央都市で流行ってるギャグですよ。僕が「ハイ」って指差したら君も続いてやってくれなくちゃ」
「やだよ」
即答するラフィートの横で小柄な影が躍り出る。
「えっと・・・わけないわけないわけないよ?」
照れ気味に腰を振るアズサの姿に場が凍り付く。
「うわああッひ、姫さまなになさってるんですかあッ!?」
真っ青になったキョーマが慌ててアズサを止める。
「小僧ッ姫様になんという破廉恥なマネを!!」
「ひいいッごめんなさいーッ」
タカラに怒鳴られなみだ目で逃げまわるキョーマ。アズサに続こうとするソフィラをスプリスが必死に止める。
「おいおい、朝っぱらからカオスだなお前ら」
扉を開けるなりの騒動を見たレキアが呆れたため息を吐く。
「おっすレキア。アズサも無理にやんなくてもよかったのに・・・かわいかったケド」
「はう・・・みんなが喜んでくれるからって、ハルカさんが」
今更に恥ずかしくなって赤面するアズサ。
「やっぱりあいつの仕業かよ」
レキアがハルカの姿を探し部屋のなかを見渡すと、案の定。ハルカは腹を抱えて笑い転げていた。
つづく
ありがとうございました。
次回9話もお楽しみに。