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飛んできた魔法少女

7話です。今回は少し趣向を変えてみました。

 飛んできた魔法少女 その1 



 中央都市セントラルの戦い、その一部始終ををケインは離れた空の上から見守っていた。ケインは見た目は10才前後の少女にしか見えないがその実年齢は不詳である。ケイン曰く。

「大前提!女に年齢は関係ないのサ」

 だそうだ。

 浮遊する輝く魔法の杖に腰かけているケインの目の前で、光の刃が空を切り裂く。光の勇者ラフィートの超必殺技ライトニングブレイカーが悪鬼トレインを一刀両断にしたのだ。

「どうやら決着が付いたみたいだね。まったく、一時はどうなる事かと思ったけど終わり良ければ全て良し・・・いや、良くはないか。半分とはいえ、奴らにスフィアを持っていかれちまった。それに限定的とはいえ六ツ花が現れた。あーっ、もうイレギュラーばっかり起こるねえ。こっちはまだ勇者集めも終わっていないのにサ。今頃あちらさん達も計画の見直しをしているんだろうけど、奴らは次にどう動くか・・・」

 夕闇の空にうっすらと浮かぶ白き月を見上げ吐息を吐く。と、思考にノイズの様なものが入る。

「ん、これは・・」

(・・・ちゃん?・・・あは、やっぱりお姉ちゃんだ。やっとみつけた!)

「げ、その声・・・ソフィラか?」

(そーだよ、もうお姉ちゃんってば全然帰ってこないんだもン。心配してたんだよ)

「あー、えっとこっちもいろいろ忙しくてね。そのうち顔出すからサ」

(えー、ウソだあ。いつもそう言って帰ってこないもン。ねぇ今どこにいるの?)

「あー、えっとどこかなあ」

(うん、わかった!待ってて、わたしすぐに行くから)

「はあ!?ちょっと待って、何言ってんの駄目に決まってるでしょう」

(おばあーちゃーん、わたしちょっと行ってくる)

(ふぁ?行くってどこに?)

(お姉ちゃんトコ)

「ああぁ、これはもう何言っても聞かないパターンだ。魔法を使いすぎたか、逆探知されちまうなんてうかつな。となればここに長居は無用かね」

 ふと、下を見るとこちらを見上げるアズサと眼が合った。ペコリと頭を下げるアズサにそっとささやく。

「ま、しっかりやんな。使命も恋もね」

 アズサはカァ―っと真っ赤になった顔を両手で覆い隠してしまう。

 初々しいアズサの反応に和んでいると嬉しそうな声が響いてくる。

(おねえーちゃーん、今から行くからまっててね♪)

「やっば。じゃあねお姫さま」

輝く杖を翻してケインは暁の空へと飛び去っていくのだった。






 3年後の俺たち



 中央都市の戦い終結から数日後、街は落ち着きを取り戻しつつあった。

 特にアズサのまわりは押し寄せるマスコミ達への応対で息つく暇もなかったが鉄壁の守りを発揮したタカラの前に返り討ちにされたのだ。それ故に今、マスコミの矛先は勇者達へと移っていた。


 ここに一冊の週刊誌がある。


『徹底解剖!これが勇者だ』

 表紙のど真ん中にある気になる見出しに惹かれて手を伸ばす少年がいた。だがその手が届く寸前で週刊誌は少年の手をすり抜け隣の少年の手に収まる。

「くっ」

 恨めしそうに隣の少年を睨む少年、彼こそが“届かない男”ラフィートである。

「誰が届かない男だ!!」

 失礼しました。そう、彼こそが今話題の“光の勇者”ラフィートである。

 何食わぬ顔で週刊誌をめくる少年、“獣の勇者”レキアは近くにいた少女?に飲み物をたのむ。

「少女であってます!美少女、オッケー?」

 はい、すみません。美少女のハルカ(20)に飲み物を所望する。

「しょうがないなあ、じゃあこれもツケって事で」

 そう言ってハルカは自分の白魚のような人差し指を薄くリップを塗った唇に押し当てる。

「自分でやります。調子にのってごめんなさい」

 レキアはコロッと態度を変えいそいそとお茶の用意をはじめる。

「じゃあ、あたしの分もお願いね」

「はいよろこんで!」

 それでいいのか?獣の勇者よ。

 レキアがハルカの前に屈した隙にラフィートは週刊誌を取り戻す。

「えーと、なになに」

 記事を読もうとしたラフィートの横からにゅうっと伸びてきた少年の手が週刊誌に触れた途端、音もなくブリキのおもちゃに変わる。

「って、なんじゃこりゃあ!?」

「なるほど、うんうん大分わかってきましたよ。勇者能力ぼくのちからはこうやればいいんですね」

 おもちゃを前に絶句しているラフィートにかまわず“機の勇者”キョーマは自分の能力の分析をする。

「実はこの能力、生物に対しては使えないんですよ。無機物限定」

 得意満面に語るキョーマに「知っとるわ!」とラフィートはつっこむ。それもそのはず、未来のキョーマから機の勇者能力について聞き、現在いまのキョーマに伝えたのは他ならぬラフィート本人だからである。

 ラフィートはキョーマの固有能力『未来視ビジョン』が暴走した『未来視の書き換えリライト』によって3年後の世界へと飛ばされた。そこで見たものは101体の悪鬼によって荒廃した世界だった。そこで悲しい出会いと別れを経験し、未来のキョーマの発案した『地球新生作戦』によって今の世界に戻ってくる事が出来たのであった。

 キョーマはキコキコとブリキのおもちゃを弄りながら小さくため息を吐く。

「あーあ、姫さまなら、『すごいですキョーマさん』って、喜んでくれるのになあ。何が悲しくて君なんぞに見せなきゃならないんですか」

「おまっ、そんなことよりそれ元に戻せよ。俺まだ読んでないんだから」

「えー、無理ですよ。僕も本の内容は知りませんもん。いいですか、僕の能力にはイメージが大切なんです。イメージできないものは形に出来ませんよ」

 がくし、と肩を落とすラフィートはある事に気付く。

「あれ、アズサいないの?」

 キョロキョロと部屋を見渡しアズサの姿がない事を確認する。

「姫ちゃんなら隊長さん達連れて情報局へ行ったみたいよ」

「情報局?」

「うん、手続きとかいろいろと走り回ってるみたい。特に悪鬼がらみの事で忙しそう」

「あの姫さんは真面目すぎるからな、ぶっ倒れるまで無理してる事に気付かないタイプだぜ、絶対」

 お茶の用意の終わったレキアが甲斐甲斐しくテーブルに人数分のカップを並べる。

「ありがと、お茶菓子もお願いね」

「へいへい、わかってるよ」

 レキアはテーブルにパック詰めのお菓子を置く。

「あによこれ?」

 パックにはでかでかとお徳用の文字が躍る。

「せんべい。安かったから買っておいた」

「ちっがうわよ!なんでせんべいなのって聞いてんの」

「んだよ、せんべい好きだろ?」

「好きだけど・・・じゃなくて、ケーキがいい、ケーキが食べたいの。もしくはスコーン」

「んなシャレたもんねえよ」

 チッと舌打ちし、バリバリとせんべいをかじるハルカは放っておいてレキアはズイッとラフィートに詰め寄る。

「それよりもよお、大将。随分と姫さんと親密になってんじゃねえか、どうやったんだ?んん、教えろよ」

「そーそー、いきなり名前で呼び合ってるもんね。これにはさすがのお姉さんもビックリ。ぜひ詳しく聞きたいわあ」

 ラフィートは照れながらもまんざらでもない感じで頬をかく。

「えー、別に特別な事なんてないけどさ。なんて言うのかな、こう・・・心が通じ合った、みたいな?」

「ははっあんだけ身分がどうとかってヘタレてたってのに言うじゃねえか」

「・・・うん、いろいろ、本当にいろいろあってさ、思ったんだ。最後の別れる時になって思いを伝えるのってとても悲しすぎるんだって、どんなに相手を思っていてもその思いを伝えなきゃ何も変わらない。だからさ、もう一度アズサに会えたら自分の気持ちをちゃんと伝えようって思ったんだ。けど俺の気持ちは伝えられたけれどたけど、アズサの気持ちは聞けずじまいだったな」

 チラッとキョーマを見る。キョーマはベエっと舌を出していた。

「まあ、姫ちゃんの立場からしたら複雑よね」

「え?どうして?」

「王女様が特定の男性を好きだとか惚れただとか言ったりしたらどうなると思う?」

「それは・・・大騒ぎになるな。いい意味でも悪い意味でも」

レキアの言う通りだった。そうでなくてもアズサは注目を集めているのだ。そこにスキャンダラスな行動をとればマスコミの格好の的になる。

「これ見て」

 ハルカは読んでいた女性誌を少年達に見せる。

 その表紙には『アズサ様はすき焼きがお好き』という見出しがでかでかと載っていた。

「こ、これは」

「あの後あたし達が行った料亭もすっごい事になってるらしいわよ。毎日予約満席なんですって」

「キョーマ・・・」

「ぼ、僕にせいじゃないですよ?」

「それに隊長さんもいるしねえ」

そう、あの堅物の騎士が惚れたはれたの浮わついた気持ちを見逃す訳がない。ここぞとばかりに地獄の特訓メニューを組んでくるに違いない。想像しただけで悪寒が走る。

「くっ、それでも俺はッアズサが好きでぇッ」

「言わせないっといってるでしょう!」

言い終わる前にキョーマに横腹をどつかれる。

「おまっそれマジで痛えから!」

じゃれる子供をあやす様にハルカが二人の肩に手を回す。

「はーいはい、ケンカしないの。で?どこまでいったの」

「ど、どこって・・・?」

「んふふ、もうチューしちゃった?」

「げふっげほげほ」

 なぜかレキアもラフィートと同時に咳き込む。

「してない!てかさせませんよラフィート君!!」

 キョーマの剣幕にコクコクとラフィートは頷く。

「してないから、まだ何もしてないから。そんな目で見んな」

 ラフィートは、はぁっと息を吐くとお茶を啜る。

「なんか同じような話をした気がするなあ」

「なんですか?ああ、3年後に行っていたって時の話ですか」

「そうそう、あの時もキョーマにキレられたんだっけ」

「・・・僕はそんなにキレっぽくないですよ?」

「いや、キレまくりだったって」

 失礼な、と抗議の眼差しを向けるキョーマをハルカが笑って制する。

「ふふふ、でも3年後の未来かあ。ねえ、どんな感じだった?3年後のハルカさんは?」

「え?」

「今でさえ超絶美少女なのにさらに美しくなってたりしてたら困っちゃうわ」

「あ、ああ・・・綺麗になってたよ、すごく、美人だった」

「あ、あら・・・そう?ありがと」

 おちゃらけていたハルカも面と向かって言われると照れくさくなって目線を泳がせてしまう。だがラフィートは複雑な顔をする。

 3年後のハルカは最愛の人を失い、それを取り戻そうと狂っていってしまった。彼女はただ、小さな幸せだけを求めていたのに・・・それが悲しくて、思い出す度に体が震える。それは・・・

「怖かった・・・すっげ―怖かった。抗うことの出来ないっていうか、絶対服従?」

「はい?美人で怖くて絶対服従ってどういう意味?」

「女王様だったんですか?」

 ハルカが発現させた上位能力『人形遊びプレイドール』は人間を完全に支配してしまう恐ろしい能力だった。

「今とあんま変わってねえのな。いて」

 ハルカの無言のチョップがレキアを襲う。ツッコミとちょっとした照れ隠しも含めて。

 二人のやり取りを見てラフィートはホッと胸をなでおろす。

(レキアが側にいる限りハルカは大丈夫だ)

それよりも気になるのは勇者のオーブの秘密についてだ。ラフィートは3年後のキョーマから聞いたオーブの力についてはみんなにも話していたが一つだけ、悪鬼の封印限界についてだけはアズサから口止めされていた。



 悪鬼の封印。勇者のオーブを持つ勇者だけが101体の悪鬼を倒す事が出来るのはこの力によるもの。だが、その数には制限があり一つのオーブには16体の悪鬼までしか封印する事が出来ない。何故なら16体以上・・の悪鬼を封印すれば勇者は悪鬼の呪詛により死に至るからだ。6×16=96だから数が合わない。何か別の方法があるのかもしれない。と、その事をラフィートはアズサに相談したのだ。アズサは暫し思案した後、ラフィートに言った。

「おそらくは私達の知らない秘密がまだ隠されているのかもしれません。ですが今皆さんを不安にさせてもいけませんのでこの事は口外無用でお願いします」

 アズサにそう言われたら従うしかない。だがアズサには確信があった。そのおぞましさに気付いた時、全身に鳥肌が立った。

「ラフィートは思い違いをしている。伝説に語り継がれるのは6人の勇者、すなわち6つのオーブで101体を封印する。一つの勇者のオーブの悪鬼の封印限界、それは16体ではない。17体だ。勇者の命と引き換えに17体目の悪鬼を封印する。それ以外に手立てはない。勇者と悪鬼の戦い・・・これはつまり、最後に生き残る唯一人の勇者の決めるためのもの。でもなんで・・・誰が何のためにこんな事を・・・もしかしたらラフィートの言う通り何か別の方法があるのかもしれないけど・・・そんな方法本当にあるのでしょうか」

 疑問を胸の内に秘めるアズサの様子に気付けなかったラフィートはどこか楽観していた。それはラフィートの悪い癖のようなもので、アズサに話したことで何とかなる、何とかしてくれると思ってしまったのだった。



「さてと、ちょっと行ってくる」

 ラフィートはちゃちゃっと身支度を整える。

「ん?どこ行くの?」

「アズサ達の所、情報局だよな」

「あらあら、姫ちゃんのお迎え?いじらしいんだから」

「また抜け駆けする気ですか?」

「そんなんじゃないって。なら一緒に行くか?」

「はあ?なんで君と一緒に行かなきゃならないんですか。僕はもっと勇者能力の練習をしなきゃならないんですよ。もっとすごい物が出来るようになれば姫様が「まあキョーマさん、素敵ですわ」って褒めてくれるはずなんです。この前はお二人に遅れを取りましたが次はそうはいきませんから!」

 行くなら一人でどうぞ、というキョーマに「ああそうかい」と応え、ラフィートは部屋を出る前にもう一度キョーマ達のを振り返る。

「ところで、最近兵士さん達があたしを避けてるみたいなのよねえ?とっ捕まえ・・・げふんげふん。お話を聞いてみると誰かさんがあたしの事を守銭奴呼ばわりしてるらしいんだけど、心当たりないかな?」

「な、何の事だか・・・」

「しらばっくれんじゃないわよバカレキア!あんたしかいないのよ。何の恨みがあってあたしの営業妨害すんのよ」

「恨みなんかじゃねえよ・・・」

「あによ?はっきり言いなさい」

「だから・・・」

(悪い噂を流しとけばお前に言い寄ってくる野郎もいなくなるから・・・なんて言えるわけねえよな)

「ハルカ姉さんって守銭奴なんですか?」

「ち・が・うって言ってるでしょう?うふふ」

「レ、レキア兄さん、ハルカ姉さん目が笑ってませんよ~」

 他愛のない談笑をする仲間たちを見てラフィートは目を細める。

「この当たり前で何でもない日々がずっと続くんだ。もうあんな未来は訪れない。悪鬼との戦いも終わって、みんなが幸せになれる。3年後の俺たちは・・・きっと」






 飛んできた魔法少女 その2



 エレクシア聖王国、ここは世界に満ちる魔力マナによって誰にでも魔法が使う事ができる世界だ。魔法とはマナを体内に取り込み発動させることができる術。だがマナの吸収量には個体差がある為、同じ魔法を使っても使用者によってその威力、効果は変わってしまう。

 その個体差を無くし、どんな時間、場所であろうとも誰でもが同じ威力をだせるように開発されたものが魔導器である。

 魔導器は瞬く間に普及し、軍事、経済、公共施設、各家庭へと行き渡った。魔法科学によって繁栄の時を迎えた世界、いつしか人々は魔の文明と呼ぶようになった。



 聖歴S50年。邪神の復活を阻止するべく使命を受け、6人の勇者を探す旅に出た王女アズサは、手掛かりを得るために調査に向かったマの国で失われた文明の遺言と共に現れた101体の悪鬼の襲撃を受けた。それはかつて、いくつもの文明を滅ぼしてきた人類の天敵であった。

 聖王国全土へと散っていった悪鬼の情報を得るべくアズサ達は今、ラの国の首都、自由交易都市セントラルシティを訪れていた。



 セントラルシティ(通称セントラル)を目指し列車を取り込んだ悪鬼トレインとの戦いが終わって、悪鬼の脅威は全世界の人々に知られる事となった。だが未だ悪鬼の目的、行動原理は謎に包まれていた。もちろんその最終目的が人類の文明を滅ぼすことであるが、これまでに遭遇した悪鬼はアズサを執拗に狙うものだった。かと思えばトレインはアズサに目もくれずに中央都市セントラルを目指していた。

 アズサの見立てでは悪鬼にはまだ他の目的があるのだという。それを調べるためにアズサはラの国最大のデータバンクを持つ国立中央情報管理センターにいた。

 場にそぐわない少女の姿を見た局員達は気を引かれつつもぎこちなく通常作業を続ける。彼らの視線に動じることの無いアズサに責任者が声をかけ、会議室へと案内する。

「お待たせいたしました。姫殿下からのご依頼通り、悪鬼の目撃情報を集めておきました。こちらをご覧ください」

 モニターに中央都市を中心としたラの国の地図が映し出される。

「この点灯しているポイントが悪鬼と思しき目撃情報のあった場所です。が、実際に悪鬼と遭遇した者はおりません」

「こんなにもたくさん・・・?」

 写された地図上の光点はどう見ても100カ所以上あった。

「まあほとんどは見間違いや虚偽の類でしょうが」

「他の国はどうでしょうか」

「あいにく隣国であるヤの国とは現在国交を停止していまして」

 ラの国とヤの国は同じ大陸にある。ラの国は聖王家に認められた自治国だがヤの国は現在内政不干渉とされている。それというのもヤの国は反王政派が大半の民の支持を得ており内乱が起きる寸前の一触即発状態が続いているからである。



 聖王国には10の国があり、聖王家によって統治されている。


 アの国 聖王エレクシニアスが治める首都国、聖王都がある。


 カの国 第1王女が治める宝飾都市、銀都がある。


 サの国 第5王子が治める騎士の国、騎士学園都市ナイトアカデミアがある。


 タの国 第7王子が治めるリゾート都市。無駄に陽気。


 ナの国 第4王子が治める魔導研究施設、銅都がある。


 ハの国 第6王子が治める鉱山都市、鉄都がある。


 マの国 邪神が眠るといわれる無人島。


 ヤの国 かつては第2王子が治めていた、監獄都市があった。


 ラの国 独立自治が認められた国。自由交易都市がある。


 ワの国 南極。



 モニターに変わって映し出された世界地図の数か所にポインタが点灯する。

「さすがに全てに確認はとれていませんが」

「・・・他に、何か分かった事はありましたか?」

 アズサの問いに局員は首を振る。アズサは「そうですか」とモニターに目線を戻す。

 悪鬼については分からないことが多すぎる。今のアズサにはラフィートが未来から持ち帰ってきた情報だけしかわからない。中でもやはり封印限界の事が気がかりだった。

「悪鬼の動きも気になりますが、早く6人の勇者をそろえなければ手遅れになってしまう。どうすればいいのでしょうか」

 勇者を探すといっても手掛かりは勇者のオーブを持っているかどうかという事だけ。ここまでとんとん拍子に3人の勇者を見つける事ができたが次もすぐに見つかるとは限らない。

 かといってこのまま悪鬼と戦い続ければラフィート達はすぐに封印限界に達してしまうだろう。限界を超えればラフィートが死ぬ・・・それだけは何としても避けなければと、気ばかりがはやってしまう。

「ラフィートが未来のキョーマさんから聞いた話はどこまでが真実なのでしょう。ラフィートはまだ気づいていないみたいだけど、ラフィートの記憶には齟齬が生じている。おそらく世界が変わった事でラフィートの見てきた未来が変化した影響でしょう。けどそれはキョーマさんには分かっていた事のはず」



 キョーマの『地球新生作戦』はアズサを救うという目的は達せられ、一応の決着を迎えたのだ。だが疑問が残る。



「未来のキョーマさんは過去を変える事は出来ないと言われた。だとしたら、キョーマさんがラフィートに事の顛末を話したとしても世界は変えられないはず。だけれど悪鬼トレインは討伐され、中央都市崩壊という未来を変える事が出来た。それはなぜ?キョーマさんにとっての過去、それはつまり私達にとっての未来は現在の私達でなければ変えられない。キョーマさんは絶望の世界で起こった事がラフィートから私に伝わると考えられて・・・つまりキョーマさんは私に何かを伝えたかった・・・キョーマさんの変えたかったものとは・・・地球・・・新生・・・?この言葉、以前どこかで・・・」

 考えれば考えるほど疑問だけが募っていく。

「姫様?顔色が優れぬようですが、少しお休みになられた方が良いのでは?」

 心配したタカラが声をかけるが、アズサは「大丈夫」と言って局員が持ってきた資料に目を通す。だがどの文献にも悪鬼のものと思われる記述はない。勇者伝説として語られているのは勇者と邪神の戦いだけだった。かつてケインは「邪神が現れた事はない」と言った。だとしたら何者かが意図的に悪鬼の存在を隠したことになる。

「それはなぜ?誰が何のために?」

 心当たりはある。アズサがマの国で視た『失われた文明の遺言』だ。あれはアズサの様な特殊な“眼”を持つ者にしか視る事が出来ない。あれを視た者が悪鬼の存在を隠ぺいしたのだとしたらその目的が分からない。悪鬼は人間の文明を滅ぼす天敵だ。悪鬼のせん滅は文明を築く上で最重要な事のはずなのに何故なのか。

 問題はそれだけではない。近い将来、兄達が戦争を起こすという事。兄達、特に長兄と次兄の確執はアズサもよく知る事で今に始まった事ではない。だが悪鬼との戦いが迫る今、人間同士で争うなどあってはならない事だ。さらにはその影で暗躍する者たちの存在。キョーマの心の闇に入り込みアズサを襲った影の男、邪神復活を目論むナイトメアと邪神教団。アズサは当初、悪鬼は邪神の尖兵ではないかと考えた事がある。ラフィートの話では邪神教団にとって悪鬼は“毒”なのだという。だとしたら邪神と悪鬼は敵対関係にあるのだろうか。だからといって彼らが人類の敵である事は変わらない。

 考えれば考えるほど深みにはまっていく。

「姫様!」

 一心不乱に読み漁るアズサを心配したタカラは何とかして説得を試みる。

「今姫様がお倒れになられたら皆が不安になってしまいます。どうかご自愛下さいませ」

「・・・わかりました。では少しだけ休ませてもらいます。資料はこのままにしておいてください。すぐに戻りますから」

「姫様・・・」

 ふらつくアズサを支えようとタカラが手を取るがアズサは首を振り一人でロビーへと向かう。



 ロビーには開けたカフェテラスがあり、アズサは窓際の席に腰を下ろす。ウエイターにハーブティーを頼み、ふぅっと小さく息を吐く。

 ふと窓の外を見上げて陽の光に目を細める。

「いいお天気、ぽかぽかしてていい気持ち・・・ふあ」

 口元に手を当て欠伸をする。疲れているせいか、うとうとと船をこぎ始める。すると不思議、夢か現か、アズサは空から居眠りをする自分を見下ろしていた。

「私、そんなに無理していたのかしら」

 中央都市の空は狭い。アズサは超高層ビルを超えさらに上空へ飛ぶ。

「わあ・・・中央都市ってこんなに広いのですね」

 見渡す限りに広がる街並みを見下ろしてアズサは感嘆の声を上げる。

「まるで鳥になったみたい」

暫しの空中散歩を楽しむアズサの視界に少年の姿が映る。

「あ、ラフィートだわ。なにしているのかしら」

 眼下のラフィートはキョロキョロと落ち着きがなく、道行く人の波に翻弄されていた。どうやら道に迷っているようだ。

「うふふ、ラフィートったら」

 ラフィートの事を考えていると気持ちが和む。出会った頃のラフィートはどこか危なっかしくて目を離せない感じだった。けれど未来から戻ってきた今のラフィートには不思議と心が惹かれる。見た感じには変わっていないが精神的にたくましくなったと思えるのだ。ただそれが自分ではなくラフィートの心の中にいる少女によるものだというのが悔しかった。

「悔しい?ああ、そうか・・・この感情、この気持ちが『恋してる』という事なのですね」

 生まれて初めて知る自分の感情、それが嬉しかった。

「私にも誰かを想う事が出来る。精神体になっているからでしょうか、自分の心に偽らないでいられるのは」

 アズサの意識がラフィートに向けられたその時、絹を裂くような少女の悲鳴が聞こえる。

「きゃわわぁぁンッどいてどいてぇ!!」

「えっなに?」

 振り向いたアズサの眼に映ったのは輝く杖にまたがった少女が飛び込んで来る瞬間だった。



「姫様!」

 タカラに揺さぶられてアズサはハッと我に返る。

「あっ・・・え、タカラ?ここは・・・」

 いつの間にか目の前にはハーブティーが置かれていて、隣には心配そうなタカラがいた。

「私眠って・・・夢?いえ今のは・・・タカラ、今空で女の子が」

「ふぅ・・・姫様、今日はもう戻りましょう。やはり無理をなされているのです。もしも姫様に何かあれば私は聖王様になんと申し開きすればよいのか」

「え、あの、でも」

 父の名を出されては突っ張ねる事は出来なかった。

 アズサは渋々タカラに従い、局員達に挨拶をして局を後にするのだった。だが気になるのは空で出会った少女の事だ。

「飛行魔法なんて初めて見ました。いえ、そういえばケインさんも使っていましたね。それにあの輝く魔法の杖、あれも同じ物のようでしたし・・・お知り合いの方なのでしょうか?」



 世の中に魔法は数あれど、人知の及ばぬ奇跡ともいえる魔法が存在する。その一つが飛行魔法である。

 もちろん、物を浮かす、浮かした物を移動させる魔法は大抵の人が使える。だが自分が飛ぶとなると話は変わってくる。浮かした物に乗るだけ、と過去幾人が試してきたが成功した者はいない。一説には超高高度ほど魔力が濃く、分厚い層があるためだとも言われるが定かではない。

 それに伴って聖王国には航空機は存在しない。魔の文明である聖王国の魔導器技術でも濃すぎる魔力は制御できない為である。

 それでも大空を舞う夢を諦めきれなかったとある研究者は最期に、「まるで地球が人間が地上から離れようとするのを拒んでいるかのようだ」と涙ながらに述べたという。

 さらには、そもそもが制御の難しい魔法の上にジャマ―の存在がある。

 ジャマ―とは魔法が誰にでも使えるが故に起こる、魔法による犯罪や事件事故を防ぐために作られた魔導器の一つである。

 都市部などに多く配置されており、魔法の使用を制限している。



 アズサが見上げる空の先、輝く杖にまたがった少女は中央都市を珍しそうに見下ろしていた。

「見て見てスプリス、すっごい大きな街だね」

 興奮を抑えきれずはしゃぐ少女の肩に一羽の鳥が止まる。

『ソフィラ・・・さっきの、見てたよ』

 ソフィラは「うぐっ」と喉を詰まらせる。

『いつも言ってるよね?運転中はよそ見しちゃダメって』

「あ、あれは・・・あの子が急に飛び出してきたから」

『だから?ぶつかるまで気付かなかったのは誰のせい?』

「あう・・・わたしです」

『さっきの子はたまたま精神体だったから怪我しなくて済んだけど何かあったらどうするつもりなのさ』

「だってだって、急に制御ができなくなったんだもン」

『ばあちゃんが言ってたろ、都会にはジャマ―が多いって。集中してなきゃ危ないじゃないか』

「ジャマ―ってなに?」

『お前・・・まあいいや、どのみちソフィラにはあまり関係ないし』

 キョトンッとしている少女にスプリスはため息を吐く。

『とりあえず降りよう、このまま姿を見られるわけにはいかないから、姿を消す魔法を使おう』

「うん、大丈夫・・・あれ?」

 スーッと高度を落としていくと、グラグラとソフィラはバランスを崩す。

『ソフィラ危ない!』

 ふぇ?っと顔を上げたソフィラの目の前に看板が迫る。

「きゃあンッ」

 アズサの時と違って実体を持った看板はすり抜ける事が出来ず、衝突の衝撃でソフィラは杖から落ちてしまった。

『ソフィラ!』

 スプリスがソフィラの襟を掴み必死に羽ばたくがソフィラの体重を支え切る事が出来ず一緒に真っ逆さまに墜落する。


 ――きゃあぁぁン。


「え、何?」

 頭上から聞こえた少女の悲鳴にラフィートは立ち止まる。

「ふがッ!?」

 見えない何かがラフィートの上に落ちてきた。仰向けに倒れたラフィートは自分が何かを抱きかかえる感触があるのに気づく。

「いってて・・・なんだ?何かが落ちてきたような、てか重い」

 見えない何かをどかそうと手に力を入れると、それは生温かくて、ふにゅっと柔らかかった。

「あ・・・」

 花の香りが鼻先をくすぐる。ぼんやりと目の前に何かが霞んで見える。燃えるように赤い、ウェーブのかかったふわふわな髪。大きな花の髪飾り。そして雪のように白い肌。

「え、女の子?」

 次第にくっきりと現れたのは顔を真っ赤にした女の子、ソフィラだった。ラフィートの上に馬乗りになっているソフィラは透き通るような碧眼に涙をためてラフィートを見つめている。それがどういう事なのか、ラフィートが理解するのにそんなに時間はかからなかった。

「え・・・あっいや、違ッこれはわざとじゃなくて、偶然、たまたま、不幸な事故で」

 そう、ラフィートが掴んでいたのはソフィラの胸のふくらみだったのだ。

「いっやあぁッチカン!!」

 ソフィラはポカポカとラフィートを叩く。

「いて、いててっまって!ちがぅっ落ち着いて、ね」

 何とかソフィラをなだめようと試みるが、さらにバサバサっと飛んできた鳥の襲撃を受ける。

「わっ今度は何?鳥?」

『ソフィラを離せ!変質者め』

「いてぇって、ちょっ、誰か」

 と、背後から冷たい視線を感じる。

「何をしているのかしら、ラフィートさん・・?」

 聞き覚えのある声にドキンっと背筋が凍り付く。ゆっくりと声の主へ顔を向けると、そこには汚物を蔑むかのような眼で睨むアズサが仁王立ちしていた。

「ひっ・・・アズサさま、いつからそこに?」

「・・・何か言い残す事はありますか?今なら聞いてあげますよ」

 アズサは目でタカラに合図を送ると、「御意」と指をポキポキと鳴らせながらタカラが前に出てくる。

「ち、違うんだこれは・・・ごめんなさい!」

 タカラはラフィートの首根っこを掴むとそのまま引きずっていく。

 残されたソフィラは何が起きているのか分からずキョトンとしていた。

「ごめんなさい。大丈夫でしたか?連れがとんだ無礼をしてしまったようで」

 アズサはやさしくソフィラに語りかけ、手を差し出す。アズサの手を取りながら立たせてもらったソフィラはあっと声を上げる。

「あ、やっぱりさっきの幽霊さんだ。さっきはぶつかってゴメンナサイ」

「え、幽霊?ああ、あなた先程空でお会いした・・・」

「ソフィラ!わたしはソフィラだよ。こっちは友達のスプリス」

 ソフィラはニコニコと笑いながら自己紹介をする。

「私はアズサと申します。でも幽霊ではありませんよ。さっきは偶然精神体になってしまっていただけで」

「そっか、アズサちゃんか。わたし、こんな大きな街に来たの初めてなの。えへへ」

「そうなのですか、おひとりで来られたのですか?」

「ふぇ?ううん、スプリスと一緒だよ」

「いえ、そうではなくて。お連れの方はいらっしゃらないのですか?」

「ん?だからスプリスがいるってば」

「えーっと・・・」

『ソフィラ、アズサが困ってるだろ。ボクじゃなくて人間の連れはいないのかって聞いてるんだろ』

「ええ、そうです。ごめんなさい、言葉が足りませんでしたね」

『いや、アズサは悪くないよ。こっちこそうちのバカ娘が察しが悪くてすまんね』

「むー、・・・あれ?アズサちゃん、スプリスの言葉わかるの?」

「あら?そういえば、普通にお話してましたね」

 うふふっとはにかむアズサを見て「やべえ、この娘も天然系か」とスプリスに戦慄が走る。

 ソフィラが首を傾げながら自分を見つめてくるのに気付き、アズサはどうかしたのかと尋ねてみる。

「んー、アズサちゃんてもしかして『眼』を持ってるの?」

「はい、そうですけど」

 あは、やっぱりっとソフィラは嬉しそうに手を叩く。

「アズサちゃんってなんかお姉ちゃんに雰囲気が似てたから気になってたんだ」

「お姉さん?お姉さんも『眼』を持ってらっしゃるのですか」

「うん。あ、でもわたしは違うよ」

「え?でも精神体わたしの事は見えてらしたのに?」

 それに、とスプリスを見る。ソフィラは普通に鳥のスプリスと話をしていた。アズサは眼を通して声を認識しているのに、だ。

『万物の声を聴く事が出来る。それがソフィラの固有能力なんだ』

 固有能力と聞いてアズサはなるほどと納得する。ソフィラもまた上位能力保持者なのだろう。



 人は誰しもが一つ、特別な力を持っている。それが固有能力だ。

 その力は人それぞれ異なる。例えば、ラフィートの固有能力は物を引き寄せる力だ。ただしラフィート自身が視認できる範囲で、実際に自分が持てる重さの物に限られる。

 固有能力には2種類ある。通常の能力と、より強力な上位能力だ。

 上位能力を持つ者は限られており、その取得方法も解明されていない。だがまれに生まれた時から持つ者がいる。アズサがそうであり、その強すぎる力ゆえに周囲から疎まれてしまう事もある。



 アズサをじーっと見つめていたソフィラがおもむろにアズサの手を取る。

「ねえアズサちゃん、わたしとお友達にならない?」

「え!お友だち?」

 うんっと頷くソフィラにアズサの声が上擦る。自分の身分もあって「友達になろう」などと言われた事が無かったからだ。

「い、いえ・・・私は」

「ねえ、いいでしょ?なんかアズサちゃんって他人って気がしないんだ。お姉ちゃんと似てるせいかな?あはっ」

『またソフィラはそうやって強引なんだから。アズサが困ってるだろ』

「いえっそんな事は・・・私でよろしければ、ぜひ」

「あはっやったあ。わたし達は今日からお友達ね、アズサちゃん」

「・・・はい、ソフィラさん。よろしくお願いします」

「アズサちゃん、わたしはアズサちゃんって呼ぶからアズサちゃんもわたしをソフィラちゃんって呼んでいいよ」

「え、いえそれは流石に・・・」

「アズサちゃん」

「あ、あのソフィラさん?」

「アズサちゃん」

「えと・・・ソフィラさん」

「ア・ズ・サちゃん・・・

 屈託のない笑顔にアズサは根負けし、フフッと微笑む。

「わかりました、よろしくねソフィラちゃん」

「あは、うん!よろしくアズサちゃん」

 ソフィラの肩に止まるスプリスは二人の様子を神妙な面持ちで見つめていた。


 ――いいかいスプリス、中央都市にはアズサ王女が来ている。今はまだあの2人を会わせる訳にはいかない。なんとかソフィラを誘導しておくれ。


『わりぃ婆さん。何かあっさり出会っちまったよ』

 ソフィラがケインを探しに飛び出していく際にスプリスはソフィラの祖母から頼まれていたが当の二人はすっかり意気投合している。

『ソフィラ、そろそろ行かないか』

 ソフィラは、ふぇ?っと首を傾げてから、ポンッと両手を合わせる。

『お前、忘れてたな』

「わ、忘れてなんていないよ?思い出しただけだもン」

「何か用事があったのですか?」

「うん、わたしお姉ちゃんを探しに来たの。この近くにいるはずなんだけどなあ」

 先程話に出た『眼』を持つというソフィラの姉にアズサも興味を引かれる。

「そのお姉さんはどの様な方なのですか?」

「んー、そうだなあ・・・かわいい!」

「はい?」

「こう、ギューってしたくなるくらいかわいいの」

「・・・えっと、お姉さんですよね?」

「うん、わたしのお姉ちゃん」

 ソフィラの話しぶりからはどちらかと言えば妹の事のように聞こえる。

『ソフィラ、もう行かなきゃ見失っちゃうぞ』

「そだった、じゃあねアズサちゃん。また今度一緒に遊ぼうね」

 パタパタと走り去っていくソフィラを見送って、アズサは余韻に浸る。

「ふふ、お友達かあ。うふふ」

 初めて友達が出来た事に嬉しくなる。と、周囲の視線を集めていた事に気付き、コホンっとひとつ咳払いをして帰路につくのだった。

「そういえば・・・」

 結局ソフィラの姉の事を詳しく聞きそびれてしまったが、今の話から察するに該当する人物に心当たりはある。

「ギューってしたくなるくらいかわいくて『眼』を持っているといえばやはりあの方ですよね。うーん」

 アズサは空を見上げるが、中央都市の狭い空には白い雲が流れていくだけだった。






 この男、ムラサト・カナタ



 中央都市はいくつもの街が統合された複合都市だ。大きく分けて五つの区画に分けられる。

 北区。南区。西区。東区。そして中央区。それぞれが独立した都市であり、一つの都市国家として機能している。それら5つの都市をまとめているのが中央都市運営委員会である。委員会には各界の代表者が軒を並べ彼らの決定がそのままラの国の方針となる。

 特にムラサト・コーポレーションは決して前面に出てこないがその発言力から実質的な支配者であると噂されている。



 中央都市、中央区。超高層ビルが軒を並べるこの一画にムラサト・コーポレーションの本社ビルはある。

「今日もセントラルは快晴か、姫君と勇者達のご活躍の賜物というわけだ。結構結構」

 ムラサト・コーポレーションの若き総帥、ムラサト・カナタは執務室から空を見上げる。彼が見上げる空に妨げるものはなく、一面に青い空が広がっていた。

 書類に目を通しながら、隣にいる美人秘書に「君、コーヒーを頼む」と目線を向けず声だけで注文する。

「・・・お断りします。私は給仕ではありませんので」

 あっさりと断られてカナタは顔を彼女に向ける。そこにいたのは美人秘書ではなく、邪神教団から出向している美人使者Cだった。

「ああ、なんだ君だったのか。フッそれなら一声かけてくれればいいものを。ところでさっきまでいた秘書君はどこに行ったのかね?」

「ご自分で下がらせたではありませんか。まあ御望みとあればお茶くらい淹れて差し上げますが?」

「いや、結構。ムラサトは貸しは作っても借りは作らない主義でね。自分で淹れるとしよう。君もどうかね」

 Cは首を横に振る。「ふむ、つれないね」と、ぼやきながらカナタは給湯器を弄る。

「さて、今日は何の用かね」

 淹れたてのコーヒーをひと口啜り、カナタは改めてCに尋ねる。

「はい、こちらが定例報告書になります」

 そう言って辞書の様に分厚い書類の束をカナタに差し出す。

「あっははは、相変わらず無茶な量だね」

「M様が会議に出て下されば手間はかからないのですが」

 カナタは受け取った書類をパラパラとめくり、とある一文に目を止める。

「テロリスト『夜明けの解放者リベレイター』か。こちらの動きが筒向けだったとはね」



 中央都市の戦いにおいて悪鬼の侵攻から都市を守るという名目でゲートは閉じられた。がそれは邪神教団の教祖ナイトメアの影がアズサの持つ『スフィア』と呼ばれる宝石を奪う為の時間稼ぎだった。だがテロリストによってゲートは破壊された。影の男もアズサを守る勇者達に阻まれ、結局2つに割れてしまったスフィアの欠片しか手に入れられなかったのだった。



「彼らの中に我々を探る者がいたようです。すみません、後手に回ってしまいました」

「にしても今回はえらく動きが早かったね。フッなるほど、反王政派のといえども姫殿下だけは特別だという事か。全く、お互い妹には苦労させられるね」

 妹、と言う言葉にいつもは無表情のCが表情を曇らせる。

「あ、あの・・・M様。先日はご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありません」

「うん?何の事かな」

「私共の要請で兵団を動かしていただきまして、委員会の方々から不評を買われたのではないかと」

「ああ、その事か。構わんよ、老人たちの介護も今のうちだけさ」



 時は遡って3日前。

「兵団を動かすだと!?」

 会議室に集まった委員会の老人が語気を荒げる。

「どういうつもりだ、君は先程軍は動かさず様子を見ると言ったばかりではないか」

 そうでなくてもゲートが破壊された事で動揺しているのに、ここにきてムラサトの手のひら返しで場は混乱を極めていた。

「どうやら姫殿下の手に余る相手らしく、このままでは中央都市われわれに被害が及びかねない事態なのです。既にこちらの手配は出してありますが」

「おいおい、それはないんじゃないか?君の行為は抜け駆けとも取れるぞ」

 罵声を飛ばす老人にカナタはやや困った表情を見せ、苦笑する。

「はは、それはごもっとも。ですが、お恥ずかしい限りなのですが私の愚妹が姫殿下の乗る列車に同乗しているとの報告がありまして。何と申しましょうか・・・矢も楯もたまらず」

 沈黙の後、一人のクスッという失笑を合図にドッと場が沸き上がる。

「がはは、なんだそれは!」

「いやいや、笑い事ではありませんぞ。くく、いや失礼」

「そうだな、家族は心配だな」

「鬼も恐れるムラサト殿も人の子でしたな。大いに結構結構」

 議長がコホンっと咳払いをしざわつきを静める。

「・・・若造が、何を企んでいる?」

「企むとは人聞きの悪い。私はただ、妹の身を案じているだけです。それに考えてみれば姫殿下をお救いしたとなれば聖王家に恩を売る事になるではありませんか。中央都市にとって決して損は無いと思いますが。それでは足りないと言われるのであれば、ノウスバレー鉱山の一つを競りに出してもいいのですが、どうでしょう?」

 カナタの言葉に場がざわつく。

 顔色を変えずにしれっと答えるカナタに眉をひそめながらも議長は結論を出す。

「よかろう。直ちに東部軍隊を動かそう。これでいいんだな」

 カナタは何も言わず頷いてみせるのだった。心の内でほくそ笑みながら・・・

 と、一人の老人が「ところで、結局悪鬼って何なの?」と呟く。

 その至極まっとうな疑問に答える者は誰一人なく黙殺されたという。



 カナタはコーヒーを啜りながら目を伏せているCを見る。

「君が気にする事ではないさ、君からの報酬は受け取っているのだからね。ムラサトは」

「『借りは作らない』ですか?」

「ああそうだ。故にこれでハルカも俺に借りを返さなければならなくなったという事さ」

 カップをテーブルに置き、カナタはフッとほくそ笑む。

「あれが姫君とどうやって親しくなったのかは知らないが、あれだけ頑なにユノハナから離れようとしなかったのが自ら中央都市に戻って来たのには察しが付く」

「と、言いますと?」

「牽制さ。俺等が姫君に手を出させないようにするつもりだっただろう。くく、皮肉だな。それが逆に俺と姫君との縁を結ぶ事になったのだから」

 カナタはCに机の引き出しから取り出した封筒を見せる。それを見たCが首を傾げるとカナタはフフンッと鼻を鳴らす。

「招待状さ。姫君と勇敢なる勇者諸君をムラサト主催の宴へお誘いしようと思ってね」

 トンッと封筒に血判を押すと、「君もどうかね?」とCを誘う。

「いえ、結構です」

 即答された。

「くくく、そう言うと思ったよ。だが本当にいいのかね?君も会ってみたいんじゃないのかな、月の姫オリジナルに」

 カナタの言葉にCの義眼がキリリと軋む。

「・・・ッ」

 音もなくCの目の前に立ったカナタはCの両の頬を包み込むように触れ、その眼を覗き込む。

「君のその義眼には俺はどの様に映っているのかね・・・」

 そのまま口づけしようと顔を近づけるも、「貸しにしますよ」と言うCの声に寸前で思いとどまる。

「おっと、それはいかんな」

 苦笑いしながらカナタは椅子に座り直す。

「話を戻そう。君は会ってみたくはないか?君達姉妹の運命を狂わせた月の姫、そのオリジナルであり新世界の鍵を担う少女に」

「・・・」

「君がそこまで身を粉にして仕えている御子様は君の事など何も憶えていないというのに、記憶操作とは何とも惨い事をするものだね。いずれスフィアの欠片を埋め込まれ月の姫のコピーとなるだろう、そうなればもう」

「・・・何が仰りたいのですか」

「フッ俺ならば君の力になれると思うのだけどね。君が教団を抜けたいというのであればいつでも言ってくれ」

「ありえません。私はN様の忠実なる下僕です。裏切るなど絶対にありえません」


 ――そう、絶対にありえない。例えこの身の全てを差し出してでも、あの子を助け出すまで私は諦めない。絶対に!


 ギリリッと義眼を軋ませるCにカナタはふぅっと吐息を吐く。

「ありえないか、まあ気が変わったらいつでも言ってくれたまえ」

 と、そこに内線の呼び鈴が鳴る。カナタはピッとスイッチを押し答える。

『総帥、例の荷物が届いておりますがいかがいたしましょう』

 聞こえてきたのは先程下がらせた美人秘書の声。

「ああ来たのか、予定より遅かったね。まあいい、先に会場へ運び入れておいてくれ」

『かしこましました』

 通話を終えると 特に関心のなさそうなCに向けて「それなりに高額な掘り出し物さ」と言うカナタに、「金持ちの道楽ね」とCは冷めた目で答える。

「くく、まあそう言うな。金は使ってこそ価値があるものさ。貯める事に執着しているうちの妹にも早く悟って欲しいものだがね」

 カナタが振り向くとそこにはもうCの姿は無かった。

「やれやれ、せわしないね彼女も。さて・・・」

 カナタはアズサ宛の招待状に目を落とし、フッと口角を歪める。

「ああ我が麗しの美しき月の乙女よ。その紅く煌めく瞳はまさに聖王国の至宝、ハープの様に澄んだ声、そして庇護欲をそそる小枝の様に細い身体・・・いえこれはけっして凹凸がないとかそういうんじゃなくてってはぅッ」

芝居がかった口調で一人遊びしているところをノックし忘れた美人秘書にバッチリ見られてしまった。

気まずい空気に耐えかねてカナタは小さく咳払いをする。

「し、失礼しました」

美人秘書は笑いを堪えつつそそくさと身を翻して部屋を出ていった。

「まいったね、これは。ははは・・・」







 姫様、お毒見を 



「パンパカパーン!みなさーん、お待ちかね♡」

 入ってくるなリ賑々しいハルカに少年達は怪訝な面持ちで出迎える。

「んだよ、テンション高えな」

長年の付き合いからこういう場合は決まってろくな事がないとレキアは知っていた。かといって邪険に扱えばよりめんどくさい事になりかねないのでとりあえず話を聞いてみる。

「んふふ、みんな揃ってる?姫ちゃんと隊長さんはいないのね。まあいいわ」

 ハルカはバッグから封筒を取り出すとニコニコと一人ずつに配って回る。

 それは恐ろしく薄っぺらい。だが言い知れぬ邪気を纏っているように感じる。訝しむキョーマに至っては透かして中身を見ようとしている。

「さてみなさーん、今日は何の日かわっかるかな~。そうその通り!」

 答えさせる気ゼロのハルカは少年達を置いてけぼりにしつつ一人で盛り上がっている。

「今日は!嬉し恥かし大決算日なのでーす!はいみんな拍手~パチパチパチっ」


――決・・・算だと?


 その場の誰しもが表情を凍り付かせる。

 手渡された薄い封筒。

 怖い。この中身を確認するのが恐ろしい・・・

「・・・ごくり」

 ラフィートは震える手を抑えてゆっくりと封筒を開いていく。中に入っていたのはたった一枚の紙。

「こ、これは・・・」

 紙に書かれていたのは各々が使用したインスタントパワーの枚数、そしてその請求額。

「一、十、百、千、万、じゅぅまん・・・」

 ゼロの数を数えていく、次第にその声が擦れていく。


 ラフィートの請求額。総額44万G!


「よ、よよ、40万・・・」

 ラフィートは目を白黒させて机に突っ伏す。

「バカが、計画的に使わねえからそうなるんだ」

「うふふ、ラフィートく・ん」

 ハルカに顔を寄せられて思わず「ひぃ」っと声を上げてしまう。

「お姉さん、できれば現金払いがイ・イ・ナ」

「ごめんなさい。無理です、こんな大金持ってません」

「うふふ、でしょうねえ。でも大丈夫。そんなあなたの味方、ジャジャーンっ。『ムラサトファイナンスカード』!24時間、いつでもどこのATMでも必要なだけ借り入れできる素敵なカードよ。でもその場合、手数料が掛かっちゃうけどイイ?」

「て、手数料・・・」

「大丈夫大丈夫。何も心配しなくてもいいの。とりあえず、ここにサインして頂戴。大丈夫大丈夫、あくまでも形式的なものだから。さ、パパッと書いちゃって、ね」

 ふぅっとうなじにハルカの艶めかしい吐息を吹きかけられ身震いをするラフィートの思考が鈍る。

「ハ・・・ハイ」

「よせッ悪魔のささやきに騙されるな!」 

 促されるままハルカの言う通りにペンを取るラフィートをレキアが止める。

「ハッ俺は・・・何を」

 ラフィートが正気に戻るとハルカは「チッ」と舌打ちする。

「あのう、ハルカ姉さん?僕のには何も書いてないんですが」

 恐る恐るキョーマがハルカに尋ねると、ハルカは至極残念そうな顔で答える。

「ああキョーマ君はまだ一枚も使ってないからね。でも全然遠慮なんてしなくてもいいんだからこれからジャンジャン使おうね。お姉さんとの約束だぞ♡」

「は、はあ」

「ガキにたかるんじゃねえよ、まったく」

 レキアはぼやきながら自分の請求書を確認する。

「ええっと・・・一、十、百、千、万、十万、ひゃ・・・く?」


『百万Gォォ!?』


 ズコーッと素っ頓狂な声を上げレキアはひっくり返る。

 ちなみにエレクシア聖王国の通貨は“G”(ゴールド)である。

「ちょっと待てぇぇ!何だこの金額は!俺んだけケタが違うぞ!」

 部屋の端っこの兵士達に請求書を片手に迫っていたハルカはレキアの怒声に怪訝な表情を向ける。

「ああ?あんたのはこれまでのツケも入ってるからよ。忘れたとは言わせないわよ」

「い、いや忘れちゃいねえけどケタが違うって言ってんだよ。ぼったくってんじゃねえのか」

「だ・か・ら、ツケの分だっつてんでしょ。ツ・ケ」

 そう言ってハルカは自分の白魚のような人差し指を薄くリップを塗った唇に押し当てる。レキアにだけはっきりと見せつけるように。

 レキアは小さく「あっ」と息を呑む。レキアの様子に気付いたラフィートが声をかける。

「ん?どうしたレキア、顔が真っ赤だぞ」

「い、いや、なんでもない・・・」

 冷や汗を滝のように流しながらぎこちなく答える。


 中央都市の戦いで、レキアはどさくさまぎれにハルカにキスをしたのだ。その時確かに「ツケにしといてくれ」とは言ったが。


「レキア、お前まさか」

 ギクリッと、レキアの心臓が跳ね上がる。

「お前、ハルカに」

 ゴクリッと喉を鳴らす。どう誤魔化そうか思案しているとラフィートは声を潜める。

「ハルカに、ゆすられてるんじゃないのか?」

「・・・は?」

 予想外の言葉に毒気を抜かれる。

「お前、この前の戦いが終わてからなんか様子が変だったろ。特にハルカに対してさ。もし何か弱みを握られててそれで逆らえず、ゆすられてるんだったら俺が力になってやるぜ」

「そう言う事でしたら微力ながら僕もお手伝いしますよ。いえいえ遠慮なんていりません。僕達勇者隊はいつだって一蓮托生ですよ」

「おお、勇者隊か。いいなそれ。よし、今日から俺達3人は勇者隊と名乗ろうぜ」

 今ここに、『聖王国アズサ姫直属 悪鬼殲滅勇者隊』が誕生したのだ!

「俺達は戦う!悪鬼と!邪神と!守銭奴と!」

「おー!!」

 盛り上がる少年達にハルカは「あんた達ねえ」と顔を引きつらせ、ハハハッと笑うレキアをポカリっと小突く。

「あんたも笑ってんじゃないわよ」

 と、その時ドアをノックする音と同時にドアが開かれる。

「おおいお前達、ちょっと手を貸せ・・・ってなんだこの有様は」

 部屋の中で百戦練磨の兵士達がたった一枚の紙きれの前にひれ伏せてしまっていた。

「ああん、隊長さーん。おかえりなさあい」

 タカラの姿に気付いたハルカはまるで恋する少女のようにタカラの胸へとダイブする。

「これ、あたしの気持ちですッ受け取って下さい!」

 差し出された請求書ラブレターを恐る恐る受け取る。

「う、むう。その、気持ちはありがたいのだが・・・あいにくと持ち合わせがなく」

「そんなッこのあたしが振られるなんて・・・」

 よよよっと科を作ってよろめくハルカを支えながらタカラは「すまない」と詫びる。

「じゃ、月末までに振り込んでおいてくださいね」

「・・・え?」

「ね♡」

「はい」

 タカラですらもハルカの前には成す術もなくうなだれるのだった。

「あのう、みなさんどうかされました?」

 タカラから遅れて部屋に入って来たアズサがピョコッと顔をのぞかせると、邪気に淀んだ室内がパァッと明るくなる。

「アズサ!」

「姫さま!」

 まさに地獄に仏。天から垂れた蜘蛛の糸にすがる様にアズサのもとへと駆け寄ろうとする少年達の行く手をハルカが遮る。

「あら、姫ちゃんおかえりなさい。大丈夫よ何でもないから。それより先に着替えてらっしゃいね」

「はい・・・?」

 ハルカに背を押され自室へと促される。去り際にハルカは少年達にイタズラっぽくウインクしながらべぇっと舌を出すのだった。

「あ~行っちゃった」

 名残惜しそうにドアを見つめる少年達だったが気持ちを持ち直したタカラがコホンっと一つ咳払いをする。

「まあなんだ、何事も計画的にせよッと言うこれは教訓だな。それよりも手の空いてる者はちょっと手を貸せ」

「そういやなんか言ってたな。何?」

「表に荷物が届いているから運び入れるのを手伝ってくれ」



 気楽な荷運びのつもりで手伝ったのだが、かなりの重労働だった。部屋の内外を何度も往復させられた荷物は大小さまざまな箱が部屋のほぼ半分を占領してしまう程だった。

「つ、疲れた。何だよこの量。つーか何の荷物なんだ?」

「いわゆるあれだ、差し入れ?お前達勇者へのファンレターという奴だ」

「ファンレター?あ、ほんとだ『勇者様へ』って書いてある」

「えっこれ全部ですか?」

 比較的軽そうな物ばかりを選んで運び終えたキョーマが驚きの声を上げる。

「へえ、嬉しいですね。どれどれえ~と・・・レキア様へ」

「うおぅいッ何勝手に読んでんだ」

 レキアのツッコミに「てへ」っと自分の頭を小突く仕草を見せる。

「でも・・・これもこれも、あこれもほとんどレキア兄さん宛のものばかりですよ」

「ほほう」

 まんざらでもなさそうなレキアだったが、いつの間にか戻ってきていたハルカの顔を見て興味ないふりをして目を逸らす。

「ふ~ん、さっすが勇者人気ナンバー1のレキア様だこと」

「な、何の事だよ」

「これよ」

 ハルカはさっきの女性誌をめくってみせる。

「ん?『街頭100人に聞いた勇者人気ランキング』だと」

 紙面に踊っていたのはコメント付きのランキング。

 気になる順位は・・・


 3位 機の勇者 キョーマ 15票

 30代の女性から多く支持されていた。


 2位 光の勇者 ラフィート 27票

 悪鬼に止めを刺した一撃が印象深かった。


 1位 獣の勇者 レキア 51票

 線路に取り残された子猫を助けるために暴走列車の前に飛び出した姿に全都民が震えた。


「おい、ちょっと待て。俺のとこ何か脚色されてんぞ」

 悪鬼トレインとの戦いでレキアは確かに中央都市へ特攻する電車を止めるべく飛び込んだがそこに小猫など居るはずもない。

「ま、よくある事よ。気にしない気にしなーい」

「・・・お前か、まったく」

 どうやらハルカが面白おかしくマスコミに垂れ込んだらしい。

「まあでもナンバー1ってのは悪い気はしねえな」

「ちぇっ、一番苦労したのは俺なのになあ」

 ごそごそと荷物を漁っていたキョーマが感嘆の声を上げたのに気付き、一同が視線を向ける。

「見て下さい、これお菓子ですよ。たぶん手作りクッキー♪」

「お、それならこっちにもあるぞ」

 レキア、ラフィートも袋詰めのお菓子を見つける。

「丁度いいわ、みんなでいただきましょう。レキア、お茶」

「何で俺が」

「ツ・ケ」

「はいッただいま」

 ハルカの命令にそそくさとお茶の準備を始めるレキアを憐みの目で見送るラフィートは確信をもって呟く。

「やっぱり何か弱みを握られてんだな・・・」



「姫ちゃん、こっちこっち」

 ハルカに手招きされてアズサはハルカの隣の席に着く。テーブルには所せましとお菓子が並べられ、給仕を引き受けた兵士がアズサの前のティーカップに紅茶を注ぐ。

「ありがとうございます」

 兵士に微笑みかけると、ペコッと一礼して下がっていく。

「さ、全員そろった事だしいただきましょうか」

 ハルカの合図に「いただきます」と声をハモらせる。

「お、こいつは形は悪いがなかなかイケる」

「モグモグ、ん美味しい」

「うんうん、この微妙な味加減が初々しいわね」

 コクッと紅茶を飲みながらハルカはアズサがまだ手を付けていない事に気付く。

「姫ちゃんどうかしたの?口にあわなかったかしら?」

「いえ、そう言う訳では。ではいただきます」

 そう言ってアズサもクッキーを一つつまみ取る。と、その時「うえっ、なんだこれ」とレキアがむせる。

「どうした?」

「これだよ、何かすげえのが混じってんぞ」

 レキアが指差した物を手に取ってみると明らかに他のものとは違う物体があった。

 焦げている訳ではないのに真っ黒なクッキー?らしき物体。

「食べてみろよ。すっげーから」

「またまたー。レキア兄さんは大げさだなあ」

 キョーマが笑いながらそれをポイッと口に入れる。

「がふぅッ」

 一口でキョーマがひっくり返る。

「お、おいキョーマ。大丈夫かよ」

 そう言うラフィートの前にレキアが「次はお前の番」と言わんばかりに黒いクッキーを差し出す。食べなければならない空気に仕方なくそれを口に放り込む。

 ガキッ

 口にいれた途端、強烈な刺激が襲ってきた。甘いとか辛いとかいうレベルじゃない。文字通り痛いのだ。この痛みの前にはもはや味などわからない。

「な、すげえだろ・・・っておいおい、何も泣かなくてもいいだろうが」

「は?泣いてねえし・・・あれ?」

 ラフィートは自覚しないまま涙を流していた。

 涙を拭いながら今食べた物にすごい懐かしさを感じていた。

「そうだ、忘れるはずがない。この味、間違いない・・・」


 記憶の中で微笑む少女。とても大切で、守りたかったのに守れなかった少女。ラフィートは彼女を救いたくてこの世界に戻る事を願ったのだ。


「ナアルフィ・・・君なのか」

 3年後の絶望の世界をもたらした元凶である悪鬼トレインは倒す事が出来た。世界は変わったのだ。なら、今のナアルフィは両親のもとで幸せに暮らしているはずだ。それを思うと嬉しくてうれしくて・・・

「ぐふっげほげほッ」

 クッキーの欠片が変な所に入ってむせ返る。

「変わんないなあ、まったく」

(あの子はいつになっても料理の味付けが下手なままだったなあ)

「・・・」

 少女の名を呟くラフィートを見てアズサは頬を膨らませる。

「むー、そうだわ。今度私もクッキーを焼いてみようかしら」

 遠い目をしているラフィートにあてつけるように独り言つ。

「あら?ふふん。いいんじゃない、ねえラフィート君?」

 察したハルカがラフィートを煽る。

「へ?あ、ああ、うん。ぜひ食べて見たいなアズサの手料理」

「姫さまが手料理を振る舞ってくれるなんてものすごく光栄な事ですよ。うれしいなあ」

「ええ期待してください。ふふっ、私お城ではよくお菓子を作ってましたから自信があります」

「へぇいっがーい。そういうのって全国のおいしいものを取り寄せたり、お抱えのパティシエに作らせているのかと思ってたわ」

「はい、そういうものもありますが自分で作った方が確実ですから」

「な~る。自分の好みの味ってあるものね」

「味・・・それもありますが、材料から自分で選べば毒物を混ぜられる心配はありませんから」

 毒、と言う言葉に全員がブフゥっと吹きだす。

「ちょっ、毒って」

 注目を一身に浴びてもアズサはキョトンと首を傾げている。

「何かおかしな事がありましたか?」

「あるもないも大ありよ!」

 ハルカのツッコミを受けてもアズサは気にせず微笑んでいる。

「よくある事ですよ、お城にいた頃はよくお姉様方が毒を盛りあってるのを見た事がありましたし」

 さすがにアズサに対しては神眼で見抜かれてしまう為、稀だったのだが。

「ああ、あれね。宮廷ギャグ。もう姫ちゃんッたら。うふふ」

「・・・?いえ冗談などではありませんが、あぁそういえばこの前も」

 ハルカは耳を塞ぎ、「やめて聞きたくないわ」とかぶりを振る。これ以上王室の闇に踏み込むのはリスクが大きすぎるのだ。

 と、ケータイの着信音が静寂を破る。タカラがケータイを取り、「私だ」と答えつつ席を立つ。

「・・・そうか、分かった」

 ピッと通話を終えるとアズサに耳打ちする。

「そう、わかりました」

「ん?どうかしたの?」

「いえ、大したことではありませんが・・・ちょっと出かけてきます」

「えっ帰って来たばかりなのに?」

「いえ、すぐに戻りますので。タカラ、行きますよ」

 アズサはタカラを連れ部屋を出て行った。

「んー、なんかせわしないわねえ」

 ポリポリとクッキーをかじりながらハルカは結局アズサがクッキーを口にしていなかった事に気付く。

「・・・あれ?そう言えば姫ちゃんっていつも食べるの遅かったわよね」

「そうですか?特に変わらないと思いますけど」

「うん、そうよ。姫ちゃんはいつもあたし達が食べ始めてから食べていたわ」

「ふーん、別にいいじゃねえか。姫さんの勝手だろ?俺らがとやかく言う事でもねえさ」

 察しの悪い少年達にハルカはなんとなく小声になる。

「もしかして、だけど。あくまでもしかしてなんだけど・・・」

「んだよ?」

 もったいぶるハルカにレキアはちょっとイラつく。

「もしかして姫ちゃん、あたし達に毒見をさせているんじゃないかしらって」

「・・・はあ?」

「いくら何でもそれは無いんじゃ・・・」

「いや待て、ハルカの言う通りだ。確かに姫さんが食べ始めるのは俺らの後だったぜ」

 レキアがハルカの説を擁護する。

「えー、でも・・・そんな、まさか」

 考えれば考えるほど深みにはまっていく。

「やめよう、こんな事気にしても仕方がない。うん、どうしても気になるんだったアズサに直接聞けばいいんだ。だろ?」

 ラフィートの言葉に全員が頷く。

「そ、そうだな。ははっ」

 夜海やみよりも深い王家の闇にこれ以上の詮索は禁物である。それが彼らの出した結論だった。そう、真実は神のみぞ知る・・・






 ジャスティス・ナイト



 ラフィートは夜の帳の下りた中央市街を走っていた。

 特に目的がある訳じゃない。

 昼間に食べた黒いクッキー。その差出人である少女の名前を心で叫びながら道行く人達を搔き分けてラフィートは走る。

 ファンレターの中にあの子の名前は無かった。それでもラフィートは確信していた。


――この街のどこかにあの子がいる。


 そう思うだけで“一目でいいから会いたい”という感情が抑えられなくなったのだ。もちろん今の時代のあの子が自分の事を知っている訳がない事は分かっている。今の時代のあの子は自分の知っているあの子じゃない事は分かっている。

 それでも会いたい。

 この広い中央都市でたった一人の女の子を探しだす事など不可能に近い。それでも少女の面影を求めて走り出さずにはいられなかったのだ。

「ハアハアハア、こんな事なら、3年前、セ、セントラルの、どこに住んでいたのか、聞いとくべき、だった」

 足を止め、肩を上下させながら深く息を吐き、空を見上げる。中央都市の明かりのせいか夜空に星は見えない。

 それなのに『夜空そらに浮かぶ白き月』だけははっきりと見えていた。

「・・・白き月、か」



 エレクシア聖王国には二つの月がある。『夜空に浮かぶ白き月』と『夜海やみに浮かぶ黒き月』だ。

 白き月には月の民と名乗る者達がいた。

 もちろん彼らがそう名乗っているだけで実際に月から来たという証拠はない。だが彼らは未知の力を持っており常人には理解の及ばぬ言動から敬遠されていた。

 そして黒き月は不吉の象徴とされ忌み嫌われていた。

 月のない夜の海に浮かび上がる漆黒の球体。一説には白き月の影が海に映ったものだと言われているが真偽は定かではない。



「にしても、腹減ったなあ・・・」

 近くの屋台から美味しそうな匂いがラフィートの鼻をくすぐる。が、それを横目に見ている事しか出来ない。何度自分の懐を弄ってもそこにあった筈の財布がなくなっていたからだ。

「うー、どっかで落としたのかなあ。おかしいなあ。ホテルを出た時にはあった・・・はず?まさか置いて来たとか」



 ラフィート達勇者隊一行は中央都市の戦いの後、中央都市運営委員会から宿泊する超高級ホテルを紹介された。

 レキアは「こんな所じゃ落ち着かねえ」と出て行こうとしたがハルカになだめられ渋々従った。

 そして一行がそこに泊まっている事は世間に伏せられてこの数日を過ごしてきたのだ。それはもちろんマスコミが押し寄せるのを防ぐためでもあった。

 


 ラフィートが息を整えてもう一度深呼吸をしてから走り出そうとしたその時、路地から飛び出してきた少年のタックルを受け押し倒されてしまう。

「いてってててッなんだあ?」

「ううう、いたた」

 仰向けに倒れるラフィートの上に乗っかっているのはメガネをかけた小柄な少年。

 金色の髪に空色の瞳。年はキョーマと同じくらいか。

「大丈夫か?てか、重い。はよどいて」

「あ、イヤンっエッチ」

「はあ?」

 ピョンッとラフィートから飛び退くと少年は何事も無かったかのようにラフィートに手を差し出す。

「あははっごめんね。ぶつかっちゃった☆」

「~~いや、いいけど。なんなんだ一体?」

 少年はパンパンと服の埃を落として「あっ」と、もと来た路地に目を向ける。そこからはドタドタという物音が近づいてくる。

「いた!あそこだ!!」

「ちっ、坊主待ちやがれ!」

 と、路地から飛び出してきた強面の大男たちがラフィート達を指差し叫ぶ。

「な、何ごと!?」

「やっば、逃げるよ!」

「え?どぅわ!!」

 少年に袖を掴まれてラフィートは引きずられるようにつられて走り出す。

「逃げんなコラ!!」

 大男たちから逃げながら少年は「や~だよ」とあかんべえをして全力疾走!!

「ちょっ、俺関係ないのにぃー」

 柵を乗り越えていく少年を追いかけていく。後ろからの追手が入り込めないビルの隙間を潜り抜け、人気のない夜の公園でようやく足を止める。

「ハアハアハア、ここまでくればもう大丈夫」

「なんで・・・俺がこんな目に」

 ニヒヒッと笑う少年が「あれ?」っとラフィートを見る。

「そういえばお兄さんなんで逃げてたの?」

「はあ?お前がひっぱってったからだろ」

「そだっけ?まあいいや」

 ちっとも良くない。そう思うものどがカラカラで声が出ない。丁度近くに水飲み場があったのでそこでのどを潤す。

「ふぅ・・・にしてもお前、なんなんだ?なんで追われていたんだよ」

「んぐんぐ、ぷはーっえ?ボクですか。ボクは探し物をしていただけですよ。みんな心配症で困っちゃう」

 ニコニコと笑う少年。「そうじゃなくて」とラフィートは頬をかく。

「知り合いなのか、さっきの怖そうな人たち?」

「あはは、みんな顔は厳ついけど気の良い人たちですよ。ボクの家族みたいなものです」

「だから、なんでその家族から逃げてんだっての」

「いやだなー、探し物してるって言ったじゃないですか」

 話が進まない。どうしたものかとラフィートが頭を抱えていると少年が「あっ」ッと声を出す。

「そういえばボクともあろうものがまだ名乗っていませんでしたね。騎士は何時においても礼を失してはならない。ボクの師の教えです」

 少年は胸を張り握った拳を胸に押し当てる。

「ボクは正義の騎士フィルムさ」

「俺はラフィート。えぇっと、騎士なのか?」

「ふふん、ラフィートくん。君も知っているだろう、今巷を騒がせている勇者。ボクはその勇者の一人、騎士の勇者さ!!」

 ドヤ顔をきめるフィルムだがラフィートは即座に否定する。

「いやいやそんな勇者いないから。てか騎士なのか勇者なのかどっちなんだよ」

「チッチッチッそのどちらでもあるのだ。そうボクは騎士であり勇者でもあるだよ」

 ラフィートは乾いた笑いしか出ない。

「えっと、フィルムだっけ。勇者ってのは誰でもなれるわけじゃあなくてだな、俺・・・じゃない、選ばれし者にのみ与えられるオーブが必要である。って聞いた気がする」

 思わず自分の事を話してしまいそうになって何とか誤魔化そうとする。

「それならボクも知ってますよ。これでしょ?勇者のオーブ。ボク持ってますよ、ほら」

「え、これって」

 得意げにフィルムがみせたものは小さなビー玉だった。

「ね、キレイでしょ。これ姉さまが大事に持ってなさいって渡してくれたものなんだ。えへへ」

 確かにきれいではあるがどう見ても勇者のオーブではない。本物を持っているラフィートには一目瞭然だった。

「・・・そう言えば何かを探してるって言ったけど、何を探してたんだ?」

 ラフィートが話題を変えるとフィルムはハッと表情を変える。

「そうだった。ねえラフィートくん。ムラサトって知ってる?」

「え、なんで?」

 ドキンっと鼓動がはね上がり声が上擦る。ムラサトと言えばハルカの実家の事だ。ラフィート自身ムラサトの事はよく知らないが、まったく無関係とはいえない。

「ここだけの話、ムラサトって企業はあまり良い噂を聞かないらしいんですよ。ボクがお世話になってるお方がムラサトの事を調べていらしてですね、僕も何かお手伝いしようと思ってムラサトに関する情報を探しているんですよ」

 人目をはばかるようにラフィートの顔に寄って小声で話すフィルム。ラフィートは内心冷や汗をかきながら相づちを打つ。

「へ、へぇ・・・で何か分かったのか?」

「それがねえ・・・さっぱり。いっそ関係者に直接聞きに行きたいくらいだよ。君、誰か心当たりないかな?」

 これはいよいよヤバい。別に隠す事でもないがハルカに勝手に話を進めるのはさすがに気が咎める。

 と、その時遠くの方の屋台で何やらもめている騒ぎ声がする。

「なんだ?」

 どうやら酔っ払った男達が騒いでいるらしい。関わり合いになってもろくな事にならない。ところがフィルムは騒ぎを聞くなりダッシュで飛び出していってしまう。

「おいおい、マジかよ」

 ラフィートも仕方なくフィルムを追って騒ぎの起こっている場所へ向かう。

「おじさん達、いい年して何やってんだい?人に迷惑をかけるくらいならさっさとお家にお帰りよ」

 フィルムは酔っ払い達に怯むことなく間に割り込む。

「あんだぁこのガキッもういっぺん言ってみろ!」

 酔っ払いの一人が酔って真っ赤になった顔を更に上気させて少年に掴みかかろうとするが少年は男の手をするりとかわす。

「何べんだって言ってやるよ。酔っ払いのおじさん達は迷惑だからさっさと帰っちゃいなよ」

「あぁ!?俺がいつ、誰に、何の迷惑をかけたって言ううんじゃい」

「そうだそうだ、何月何日何時何分何秒か言ってみろッ」

(子供かよ)

 子供相手に大人げない男達にラフィートはげんなりする。それはフィルムも同じのようで、やれやれ、と言った感じで両手を広げる。

「なんだかなあ、これにはさすがのボクも苦笑いせずにはいられないね」

 フィルムの煽りに男達は更に激昂する。

「ちょっ、お客さんッ」

「うるせえッひっこんでろ!!」

 見かねて止めに入ろうとした屋台の店主だったが酔っ払いの一人に突き飛ばされる。屋台の看板にぶつかりそうになった店主をいつの間にか移動していたフィルムが受け止める。

「大丈夫ですか?ひどい事するなあ」

「んなッてめえ!いつの間に」

「おじさん達いい加減にしなよ。お酒を飲むのも勝手だけど、人に迷惑をかけちゃダメでしょう」

「うっせぇクソガキ!ガキだからって容赦しねえぞオラッ」

 男達は屋台の椅子やテーブルの上のコップなど手当たり次第に八つ当たりする。

「あぁっ私の店がッ」

 店主が悲痛な声を上げる。

「ホントもういい加減にしなよ。これ以上はボクも見逃してあげられないよ?」

 だがフィルムの言葉は男達を逆撫でするだけだった。酔いで興奮した男がフィルムに掴みかかろうと腕を伸ばすがフィルムは逆に男の腕を掴んで引き寄せる反動で男に跳び膝蹴りをくらわせる。

「うがっ」

目にもとまらぬ早業に男は腹を押さえて崩れ落ちる。

「このガキッやりやがったな!」

男の仲間達に取り囲まれてもフィルムはまるで動じることなく腕組みをしながら鼻を鳴らす。

「ボクの正義ジャスティス限界突破リミットオーバーさ」

「・・・はあ?」

「この世にはびこる悪を許さない正義の騎士。そう騎士の勇者フィルムとはボクの事さ!!」

 どや顔で名乗りを上げる自称勇者の少年フィルム。

「あいつ、見境なしかよ」

 そんなラフィートをよそに酔っ払い達は腹を抱えて笑いだす。

「ブァーハハハックソガキが!勇者ごっこはお家でやるんだな」

「騎士なのか勇者なのかどっちなんだよ、ガハハッ」

 嘲笑われてフィルムはプクッと頬を膨らませる。

「騎士を笑うとは不届き千万!その性根を叩き直してやるよ」

 地団太を踏み、あからさまに怒りを表すフィルム。

(なんだろう、どっかの誰かさんみたいな言い方してんな)

 どことなくタカラの姿がフィルムとダブって見えてラフィートは苦笑する。

(騎士ってのはみんなあんななのかねえ)

「うっせえ、騎士だか勇者だか知らねえが大人をなめたらどうなるか思い知らせてやんよ!」

 酔っ払い達もヒートアップしている。状況はまさに一触即発。

「無理だ、いくら何でもあの数の大人相手に子供が敵うはずがない」

 フィルムに加勢しようとするラフィートだったが、彼の前に別の人影が立ちふさがる。

「おう、あんたら。うちの坊になんのまねだ?あ」

 思わずラフィートもたじろぐ巨漢達が酔っ払い達に詰め寄っていく。

「ひっな、何だよあんたら」

「何って・・・保護者だよ、そこの坊主のな」

 指をポキポキと鳴らしながらにらみを利かせると、酔っ払い達はあっさり戦意を消失する。

「くそ、おぼえてろ~」

 すたこらと逃げていく酔っ払い達にフィルムが呼びかける。

「あ、こら逃げんな!ちゃんと店主さんに謝れ」

「おおう、それはこっちのセリフだぜ坊主。散々逃げ回りやがって、どんだけ探したか分かってんのか?」

「あいや・・・あはは」

 強面の大男はひょいっとフィルムを担ぎ上げる。

「あわわっおろしてよ~」

「ダメだ、また逃げられちゃ敵わん。それとお嬢に心配かけんじゃねえよ」

「え・・・姉さまが?」

 途端にフィルムの抵抗が止む。大人しくなった少年を担ぎ直し店主にいくらかのお金を渡す。

「ご主人、騒がせて悪かったな。少ないがこれで勘弁してくれや」

 そう言って、野次馬達を押しのけて去っていくのだった。

「あ!ラフィートくーん。まったねー」

 大男の担がれながらラフィートの姿を見つけたフィルムがブンブンと手を振っていた。

「あ、ああ・・・またな」

 出るに出られなかったラフィートのやるせなさを残して中央都市の夜は更けていく・・・




「・・・って事があってさ」

 翌朝、朝食の席でラフィートは昨夜の出来事を報告する。

「サイフも持たずに飛び出していったかと思えば何やってんですか」

 キョーマは特に興味もなくトーストに桃ジャムを塗りたくっている。

「なあタカラのおっさん、おっさんなら何か知らないか?」

「ふむ、騎士を名乗ったのだなその少年は」

 お茶を啜りながらタカラは思案する。

「いや、知らんな。フィルムという少年は私の知る限り騎士ではいないな。そもそもその少年はキョーマと同い年位なのだろう。だとしたら12,3才くらいか。それでは騎士位は与えられん」

「騎士に憧れるガキがごっこ遊びをする事なんてよくある事だろ。それだけの話だ」

 レキアはそういうがラフィートが見たフィルムの身のこなしは只ものではなかった。正直あの動きをやってみろと言われてできる気がしない。

「そっかー、どことなくタカラのおっさんっぽかったんだけどなあ」

「ほう、ひょっとして隊長のおっさんの隠し子、とか?」

「えぇー、うそぉ、ショック~」

 ハルカのわざとらしい悲鳴にドッと笑い声が湧く。

「バカ者。そんな訳あるか」

 やれやれと、タカラがため息をつく。

「そうです!私のタカラに限って隠し子なんてそんな事ありえませんッ」

 いつにないアズサの剣幕に戸惑う一同。その空気にハッと我に返ったアズサはコホンっと咳払いして話を戻す。

「えと、その方は勇者と名乗ったのですか?でも・・・騎士の勇者なんていましたでしょうか?」

「いやいや姫ちゃん、悩むまでもなくそんな勇者いないから」

「おおかたテレビで僕らの活躍を見てなりきってるだけでしょう。ふぅ、これだからお子様は困っちゃいますよね」

 アズサはラフィートに向き直り、ポンッと両手を合わせる。

「でも勇者を名乗られた以上、一度お会いしてみたいです」

「うーん、アズサがそう言うなら今度探してみるよ」

「はい、お願いします」

「・・・あ、あの、なんだったらこれから一緒に・・・どう?」

 ラフィートはさりげなくアズサをデートに誘ってみる。

「あ、ごめんなさい。今日はこれから予定がありまして。ねえタカラ?」

「は、本日は中央都市市場の視察、市民代表との昼食会、記者会見等々と予定が組まれております」

「あぁそうなんだ。はは・・・残念」

 撃沈。

 がっくしとうなだれるラフィートのわき腹をキョーマが小突く。

「また君はそうやって抜け駆けしようとする。全く油断も隙もありゃしない」

「痛えって。そんなんじゃねえから」

 じゃれる少年達を横目に見ながらレキアも意を決する。

「な、なあハルカ。この前ケーキ食べたいっつ―ってたろ、これから食べにいかね?もちろん俺が支払いすっからさ」

「んー、いいわね。でもざんねーん、今日はやる事あんのよ」

 玉砕。

「ハルカがおごりを断るなんて・・・」

「雨でも降るんでしょうか」

 微笑みながらハルカは好き勝手に言う少年達をチョップで黙らせる。

「今日はインスタントパワーのお札のストックを作りだめしときたいのよ。この前の戦いでほとんど使いきっちゃったでしょ。いざって時にありませんっじゃ商売あがったりだから、ね♡」

「ね♡じゃねえよ。まだ俺達から搾取する気満々かよッ」

 くやしいが、30秒間好きな能力を底上げできるハルカの固有能力『インスタントパワー』の使い勝手の良さは抜群だ。使用後にクールダウンが起きるがそれ以外に過負荷が掛かる事も後遺症が残る事も無い。1枚1万Gという値段さえなければ・・・

 カチャリ、と扉が開く。

「んー、ふぁああ・・・おはよー」

 寝ぐせでボサボサになった赤い髪の毛を弄りながら現れた少女はアズサの隣の席に着く。

「ふふふ、おはようございます、ソフィラちゃん。よく眠れました?」

「んン?おなかすいたあ」

 まだ寝ぼけているソフィラの前にアズサと同じ朝食が並べられる。

「ソフィラちゃんはミルクでいい?」

「はあい、ありがとうハルカお姉ちゃん」

 ハルカにホットミルクを注いでもらい、ソフィラは「ふーふー」っと息を吹きかけて冷ましながらカップを啜る。

「・・・え?誰ですかあの子!?」

 アズサ達の誰もが当たり前のように見知らぬ少女に接しているのを見たキョーマが素っ頓狂な声を上げる。

「誰って」

「あぁ、キョーマはもう寝てたから紹介していなかったっけ」

 納得いかないっとふくれているキョーマをなだめつつ、ラフィートはコホンっと一つせき払いをして改めて昨夜の続きを語るのだった。






 飛んできた魔法少女 その3



 昨夜の事。

「あわわっおろしてよ~」

 大男に担がれていく騎士の勇者(自称)の少年フィルムを見送ったラフィートもいつまでも立ち尽くしているわけにもいかず帰路につく。

「あ、そうだった、サイフ・・・」

 がくしっと肩を落とす。

「なんで中央都市ってどこ見ても同じようなビルばかりなんだよ。ジャングルか?これがよく言うコンクリートジャングルなのか!」

 ぼやいたところで何も始まらない。

「・・・はあ、歩こ。ケータイがあったらなあ。3年後あっちに捨ててきちゃったからなあ」



 3年後の世界ではラフィートの持っていたケータイは使用できなかった。使えないものを持ち歩けるほど余裕のある状況ではなかったため破棄するしかなかったのだ。

 もっともその時のラフィートには3年前こっちに戻れるなんて考えもしていなかったのだが。



「あーあ、いっそ空でも飛べたらなあ。ビューンってひとっ飛びなのにさ」

 見上げる中央都市の夜空は狭い。

「街の明かりが明るいせいか、星すら見えねえんだよなここって」

 追憶の中の少女と一緒に見上げた、寂しげではあったがとても美しかった満面の星空が懐かしい。

「君も今、この空を見ているのだろうか・・・」

 両手を空へ伸ばし、届かぬ星に思いをはせていると、フッと視界が暗くなる。


 きゃああぁーンッ


「ん?今何か聞こえたような・・・どわッ」

 ラフィートは落ちて来た何かをとっさに受け止めるも支えきれず、仰向けに押し倒される。

「またかよ・・・何なんだ一体?」

 体の上に覆いかぶさっているものを確認しようと手に力を込めると、いつぞやと同じ「ふにゅっ」としたやわらかな感触を感じる。

「・・・え?」

 目の前には今にも泣きだしそうな少女の顔があった。

「ふぇ・・・どう、して?またこんなことするの・・・」

「い、いや待って!何が何だか」

 否定しようにもラフィートの手は少女の胸を鷲掴みにしている。直ぐに離せば良いものの突然の出来事に思わずにぎにぎしてしまう。

「い、い、いっやあああっチカン!!」

 顔を真っ赤にして少女はポカポカとグーパンチをラフィートにぶつける。

「いててッ違うから!チカンじゃないからって、うわッまた鳥!?」

『またかこの変態!ソフィラを離せ!!』

 鋭いくちばしによるついばみ攻撃にたまらず悲鳴を上げる。

 二人と一羽の一悶着に通行人たちが「なんだなんだ?」と注目し始める。

「わわっやべッき、君、とにかくこっちへ」

 泣きじゃくっている少女を何とかなだめつつラフィートは「何でもないですよー」と弁明しながらそそくさと逃げる様にその場から離れるのだった。



 先程フィルムときた公園まで戻って来て何とか一息つくと、ラフィートは改めて少女に謝罪する。

「え、と・・・何かごめん。わざとじゃないんだ。偶然、てか不幸な事故、ね?」

「・・・むぅー」

 ラフィートを訝し気に見つめる少女、ソフィラは胸元を両手で覆い隠し、プクっと頬を膨らませている。

「あ、ははは・・・はあ、でもなんで君は空から落ちてきたんだい?昼間の時もそうだったし、まさか空を飛んでだって事は・・・ある訳ないか」

「・・・ギクッ」

 ビクッと肩を震わせて目を泳がせるソフィラにスプリスが囁く。

『ソフィラ・・・わかってると思うけど、お前の魔法の事は秘密にしなきゃなんだからな。なんとか誤魔化すんだぞ』

 コクコクとソフィラはラフィートに気取られないように頷く。

「えと、お星様を見てたらうっかり足をすべらせちゃって、テヘ」

「え、星?」

 ラフィートは空を見上げるがやはり中央都市の狭い空には星は見えない。

 ピトッ

 ラフィートの頬に雫が落ちる。

「ん、なんだ?」

 雨かと思って宙を仰ぐが雨雲らしきものはない。

「お天気雨ね。これはね、遠く離れてしまった大切な人を想って流した涙なんだって。ロマンチックよね」

 ソフィラも両手を広げて宙を仰ぎ見る。

「涙・・・雨?」

 ふと、不思議な気配を感じたラフィートは周囲を見渡す。

 そこは何の変哲もないよくある公園だ。

 鉄棒、ブランコ、砂場、ジャングルジム、すべり台。ごく当たり前の遊具が並び、昼間ならば子供達や親子連れで賑わっている事だろう。

 ラフィートが改めて遊具に目を向けた時、チリッと閃きが走る。

「あ・・・あ・・・まさか、ここは・・・」

 突然、辺りを歩きだしたラフィートをソフィラは不思議そうに見ていた。

「ここは・・・ここは、ナアルフィと初めて会った場所だ。そうだ間違いない、慰霊碑のあった公園だ」

 公園の中央に立つラフィート。その目からポロポロと涙が零れ落ちる。

「こんな・・・小さな公園だったのか。こんな・・・きれいな・・・」

 あんなにも広く感じた場所。

 とても大切な人と出会った場所。

 とても大切な人達がいなくなってしまった場所。

 それが今はこんなにもありふれた、幸せに満ちていた。

「泣いてるの?大丈夫?」

 膝をつき、頭を垂れるラフィートにソフィラは優しく声をかける。

「な、泣いてないからッ」

 涙を拭おうとするラフィートをソフィラが抱きしめる。

「泣きたいときは泣いてもいいの。大切な人を想って泣く涙はお天気雨になって届くから。だから思いっきり泣いてあげていいんだよ」

「俺は・・・」

 この時ラフィートは気付いた。自分の中にあるあの世界での記憶が少しづつ曖昧になってきている事に。

「ここは・・・とても大切な場所だったんだ。それなのに俺は、すぐに気づけなかった。絶対に忘れないって思っていたのに」

 あの世界が消えていく。キョーマは「君がこの世界の事を忘れない限り消える事は無い」と言った。それなのにラフィートの中からあの世界の記憶が、想いが消えていく。それが恐ろしかった。

「いやだ・・・忘れたくない。このまま俺はみんなの事を・・・ナアルフィの事を忘れてしまうかもしれないなんて・・・いやだ」

 会いたい、会わなくちゃ。このままナアルフィの事を忘れてしまう前にもう一度。そう思うラフィートにソフィラは微笑みかける。

「違うよ」

「・・・え?」

 凛としたソフィラの声にラフィートは顔を上げる。

「それは違う。忘れてしまうんじゃあないよ。みんなの想いは君と一つになっていくんだよ。君がここに居るという事、それが君とみんなが一緒だった証になるの」

「・・・一緒だった証?」

「えへへ、目を閉じて。耳を澄ませて。ほら、聞こえるでしょ。君の中のみんなの想いこえが」

 言われるままに、目を閉じ耳を澄ます。

「あ・・・」


――聞こえる。みんなの声が。見える。みんなと過ごしたあの世界が・・・


「楽しい事ばかりじゃなかった。つらい事の方が多かった。でも・・・それでも俺達はあの世界で一緒に生きたんだ」

「うん」

「大切な・・・思い出なんだ。忘れたくないんだ」

「うん。よし、じゃあこうしよう!」

「え?」

 そう言うとソフィラはクルクルと踊るように指を回す。するとソフィラの伸ばした指先から光が溢れ、突然輝く魔法の杖が現れる。

 状況が理解できず呆然としているラフィートの手を取ってソフィラは杖にまたがると瞬く間にはるか上空へと舞い上がる。

「うぅわあああッ・・・え?と、飛んでるぅううう!!」

 眼下に広がる街の灯り、さっきまでいた公園が見えた。

「うわっうわっおち、落ちる!」

 ジタバタともがくラフィートを魔法の杖の上へ引き上げてソフィラは更に上昇し、ニヒヒッと笑う。

「大丈夫だよ、落ち着いて。それよりも見て、どうキレイでしょ?」

 そう言って満天の星空を指差す。

「おおー、すげえ」

 思わず感嘆の声を漏らす。ソフィラは星空に目を奪われているラフィートに今度は下を見るように促す。

「う、わあッ」

 まさに絶景だった。満天の星空に負けず劣らず街の灯りも暗闇の中一面に煌めいていた。

 天と地にまるで鏡写しのように無数の星々が輝く。

「星の光はこの世界で生きているみんなの命の光」

「え?」

「ここが、今君のいる世界だよ。君は今こんなにもいっぱいの光と一緒に生きているんだよ」

「一緒に・・・生きている」

 ソフィラの言葉を反芻する。

「あの世界は・・・みんなはもういない。だけど俺はここにいる。みんなは俺の中にいる。俺と一緒に・・・この世界で生きている」

「うん」

 ふしぎな子だな、とラフィートはソフィラを見つめる。

「えっと・・・君は?」

「わたし?ソフィラだよ。この子は友達のスプリス」

 ソフィラは自分の方に止まっている鳥を撫でながら自己紹介をする。

『ソフィラ・・・ぼくの言った事分かる?てか分かった言ったよね』

「え?何の事かな」

『お前の魔法は秘密にしろッつったろ!このおバカ娘』

「えー、だってえ~」

『だってじゃなーい!何普通に空飛んでんだよ!誰かに見られたらどうすんだ』

「だいじょーぶだよ。ちゃんと見えなくする魔法もかけてるんだから」

「・・・誰としゃべってるの?」

 当然の事ながらラフィートにはスプリスの言葉は分からない。ソフィラが独り言を言っているようにしか見えないのだ。

「えと、えへへ何でもない。で、君は?名前まだ聞いてない」

「ああそうだった。俺はラフィート。君は・・・魔法使いなのかい?」



 誰でもが魔法を使えるこの国で『魔法使い』というのもおかしな話だが、ごくまれに常人のものとは比べ物にならないほどの魔法を扱える者が居る。そう言う者達を人は総じて『魔法使い』と呼称するのだ。



『誤魔化せ!何でもいいから誤魔化すんだ!』

「な、何のことかナ。わたし魔法なんて全然ヨ?」

 明らかに動揺している。

「そう!これは全部スプリスのせいなの!!」

『いや流石にそれは無いだろ』

「じゃあもうどうしたらいいの!!」

 ラフィートは涙目で鳥ともめだしたソフィラに助け舟を出す。

「えっと、何かヤバい事だった?なら無理には聞かないけど」

「ふえ?ホント?」

「あ、ああ。人には言えない事とかあるもんな」

 ラフィートも自分が勇者だという事は黙っていたし、お互い様である。


 ぐぅぅぅぅぅう


 その時、盛大にソフィラのお腹の虫が鳴く。

「はぅっ・・・おなかすいたあ」

 ソフィラはため息を吐くと杖から手を放し自分のお腹を押さえる。

「わたし、今日は朝から何も食べてないの」

「え、どうして?」

「わたしね、お姉ちゃんを探しにこの街に来たの。すぐに見つかるって思ってたからなんの用意もしてこなかったの」

「あはは、しょうがないなあ。励ましてもらったお礼に俺がごちそうするよ・・・ってそうだった、俺もサイフ持ってきてなかったんだった」

 二人そろってガクーッと肩を落とす。

「ん、あれ?じゃあ今日はこれからどうするつもりなんだい?」

「どうって?」

「泊るところだよ。それとも家は近くなのかい?」

「え~と、遠い。今からじゃ今日中にお家に帰れない・・・」

「・・・え~と、友達とかいないの?」

「いない・・・あっいるよ。今日お友達になったの。アズサちゃんって女の子。えへへ」

「へえ・・・ってアズサ!アズサの友達だったのか」

「アズサちゃんを知ってるの?」

『アズサはこいつを連れって言ってたろ』

「そだっけ?ていうかスプリス、知ってたなら最初に言ってよ」

 ラフィートは「この子は明らかに鳥と話してる」そう思いながらもあえてつっこまず、「それなら」と話を切り出す。

「それなら俺達の所に来ないか?アズサもいるし、アズサの友達なら大歓迎さ」

「あは、いいの?よかったあ」

「ついでにこのままホテルまで送ってくれるとありがたい」

「うん、いいよ。よ~し、飛ばすからしっかりつかまっててね」

「え!つかまるってどこにってうぉわッ」

 杖を急発進させるソフィラに振り落とされまいと慌ててソフィラの腰に手を回す。

「ひゃぁんッどこつかまってるの!杖よ、杖につかまってて」

「え?ごめッうわわ!」

 ラフィートはいったんソフィラの体から手を放そうとしたがバランスを崩しそうになって思わずしがみつく。

 ふにゅっとした柔らかい感触。

「うにゃッ!やぁああん」

 悲鳴を上げるソフィラは完全に杖の制御を失う。

「うわわッ落ちる!」

「いやあん手をはなしてえ」

「む、無理!今手を放したら落ちちゃうから!!」

『こおの変態!いい加減にしやがれ』

「いたいいたいッ鳥!やめ、おちるぅぅ!!」

「だから手をはなしてよお、うあ~ん」



 満天の星空の下で二人と一羽を乗せた輝く魔法の杖は踊るように弧を描いて飛んでいくのだった。




「いいな、星空ランデブー。うらやましいな」

「あ、あの・・・アズサさま。寒いです・・・なんか、ごめんなさい」

 アズサの蔑みの視線がラフィートを凍えさせる。

「別に・・・怒ってなんかいませんよ?何故謝るのです。何かやましい事でもあるのですか?」

「ひぃッありません、ごめんなさい」

 ぷくっと頬を膨らませたアズサはツンっとそっぽを向く。


「タカラ!今日の予定は全部キャンセルして!私だってラフィートとデートしたいの!!」


(なんて・・・言えませんよね、はあ。でもラフィートもラフィートです。私というものがありながら・・・はっ、やだ私何言っているのかしら。別にラフィートは私のものという訳ではないのに)

 一人コロコロと表情を変えるアズサをニヤニヤしながらハルカは眺めていた。

「うーん、姫ちゃんの百面相もおもしろいわねえ。会ったばかりの頃は澄ましたお人形さんみたいだったのにねえ」

「そ、そんなことは・・・」

「いいのいいの。うん、すごく良い事なんだから。うふふ」

「もう、ハルカさんったら」

 ハルカに頭をなでなでされてアズサは照れくさそうに目を細める。

「まあ経緯はわかりましたが・・・えっとソフィラさんですか、僕魔法使いに会うのなんて初めてです」

「ああ、本当にいるんだな。空を飛ぶ魔法とかマジかよ」

『ああ、ばあさん、悪りい。秘密がもうダダ漏れだよ』

 嘆くスプリスと対照的にソフィラはニコニコとしながらパンにかじりついていた。

「えへへ、アズサちゃんだけじゃなくてこんなにもお友達が出来るなんてとっても素敵だわ」

 仲良くしましょうね、とソフィラに微笑まれ、キョーマは思わず小声で「かわいい」と漏らす。

「はっ、僕は姫さま一筋ですから!」

「え?ええ、ありがとうございます」

 プフフっと笑いを堪えている悪趣味なハルカを見て、レキアはやれやれといった素振りをする。

「それでソフィラちゃん、お姉様は見つかりましたか?」

「ううん。近くにいるには分かってるんだけどなあ」

「お姉さんってどんな人?」

 ラフィートはソフィラは中央都市に姉を探しに来たと言っていた事を思い出し、尋ねる。

「小っちゃくてかわいい!」

「いや、そうじゃなくて。名前とか」

「んー、名前?ケインだよ。ケイン・キノシタ」

「やっぱり。ケインさんの事でしたか」

 アズサは両手をポンッと合わせる。

「お姉ちゃんを知ってるの?」

「はい、その節はお世話になりましたから・・・え?」

「誰だ?そいつ」

 レキアは首を傾げてハルカに振る。

「あんたも聞いた事位あるでしょ。どっかの山奥に居るっていうよく当たる占い師の噂」

「さあな、興味ねえし。てことはそのケインってのも魔法使いなのか?」

「だから占い師だって・・・あら?」

「うんそうだよ。お姉ちゃんはね、とってもすごいの。わたしの知らない魔法とか何でも知ってるし、え?なあに?」

 アズサが口をパクパクさせているのに気付き、ソフィラはアズサに向き直る。

「今・・・キノシタとおっしゃられました?」

「ふえ?うん言ったよ」

「じゃあ、もしかしてソフィラちゃんも・・・」

「うん、キノシタだよ。ソフィラ・キノシタ」

「ウソ・・・こんな事って」

 あまりの事に言葉を失っているアズサに全員の注目が集まる。

「一体どうしたの姫ちゃん?」

「・・・なんです」

「え?なに」

 声を震わせているアズサに改めて問いただすと、アズサは自分に言い聞かすようにゆっくりと声に出す。

「キノシタは私の母の旧姓なんです」

「え・・・それって、つまり姫ちゃんとソフィラちゃんって」

「従姉妹かもしれません」

「え、ええええええーッ」

 誰もが想像すらしていなかった事実に驚愕の声を上げるのだった。



 キノシタ家。

 エレクシア聖王国建国時から聖王家の影となり歴史の裏側から聖王国を支え続けてきた始祖の一族である。卓越した魔法技術を持ち、あらゆる魔導器の原型である初期型魔導器アーリーモデルを作り出したと言われている。




                                             つづく

いかがでしたでしょうか。

次回8話をお楽しみに。

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