勇者の戦い 後編
6話です。
「なにしてるの?」
少年は振り返りしゃがんでいる私に尋ねてくる。
「えとね、お花の種を植えようと思って」
私はそう言って彼に持ってきた種を見せる。すると彼は悲し気な顔で首を振る。
「無理だよ、こんな所じゃ芽は出ないよ」
こんな所、そうこのあたりにはほとんど緑の無い荒野が広がっていた。
ここだけじゃない。これまで通って来た所はみんな同じような荒地だった。
「うん、わかってる。でもね、いつか私達が居なくなっても、この世界が終ってしまってもきっときれいな花を咲かせてくれる。誰かに見られるためじゃない、みんなが力の限り生きた証に」
彼は「そうか」と目を細める。
「-----」
彼は私の名前を呼んで優しく抱きしめてくれる。・・・私の名前?
「俺は君を守るから。ずっとそばに居るから。だから、もう泣かないで」
彼は私の涙を拭って微笑みかけてくれる。
「笑って、-----。俺は君の笑顔が見たいんだ」
・・・違う。
「-----、どうかしたのかい?」
彼は心配そうに私の名前を呼ぶ。でもそれは私の名前じゃない。
私はーーー。-----じゃない。
「-----?」
それでも彼は知らない少女の名前を呼ぶ。
「やめて、私を見て。私の名前を呼んで」
彼は不思議そうに私の顔を覗き込む。彼の瞳には・・・私じゃない少女の顔が映っていた。
「誰・・・なの?あなたは誰なの」
彼の瞳に映る少女は私を見て、フッと笑った。
ラの国の首都、自由交易都市セントラルシティへ向かって疾走する列車の屋根の上。
言い争う少年達を妨げるかのように突如、勇者のオーブが閃光を放つ。
「何だ?勇者のオーブが・・・」
キィィィィィンっという共鳴と同時に強さを増した閃光に視界を奪われる。
「くそッ何が起きている!?おいラフィート、キョーマ、返事しろッ」
だがレキアの呼びかけに誰も答えない。
「おい、お前ら!何とか言えって」
閃光が収まりようやく視界が戻る。
「う、ううぅ」
「キョーマ、無事か?ラフィートは・・・?」
うずくまるキョーマに駆け寄るがそこにラフィートの姿は無かった。
「ラフィートどこだ、ラフィート!!」
グオォォォォン
列車を追走する悪鬼が咆哮する。
「ちってめえじゃねえよ。しょうがねえ、いったん戻るぞ」
うずくまっているキョーマの襟首をつかんで車両内に向かう。その際もう一度だけ振り返りラフィートが居ないか目を凝らすが見つける事は出来なかった。
レキア達が共鳴する勇者のオーブの光に目が眩んでいた頃、車両内では別の問題が起きていた。
「あ、ああ、あああッ」
「姫ちゃん、どうしたの?」
突然頭を抱えて苦悶するアズサを心配してハルカが肩を支える。
「あうぅ、何かが、頭の中に流れ込んできて・・・」
荒廃した大地、血の色に染まった海、緑色の空、絶望する人々、闇に蠢く影、邪神を崇拝する者達、そして少女の亡骸にすがりつき咽び泣く少年の姿。
「あ・・・ラフィートさん?」
アズサが顔を上げると、荒々しく扉を開けてレキア達が駆け込んでくる。
「ハルカ、こっちにラフィートの奴は来てるか」
「え、何。ラフィート君がどうかしたの?」
「分からん、気が付いたら居なくなった。もしかしたら列車から落ちたのかも知れん」
ええーっ、とハルカが声を上げるが、キョーマはクックッと笑う。
「あいつは逃げたんだ。あんな奴勇者でも何でもない、ただの卑怯者だ。そうでしょう?」
「お前、何言ってんだ。ラフィートはそんな奴じゃねえよ」
「でも実際居なくなったじゃないですか」
「む、う・・・」
「あ、大丈夫ですよ。姫さまは僕がお守りしますから、まかせて下さい」
キョーマは自分の胸に手を当てて得意げに口角を吊り上げる。
「そうだ、そうなんだ。これが僕の力、僕の本当の力。この力さえあれば・・・フフッ」
「キョーマさん、あなたは・・・」
アズサはキョーマに得体の知れない何かの気配を感じる。
「姫様!」
乗客を前方車両へ誘導していたタカラ達が飛び込んでくる。ラフィートの姿が無いのに気付いたタカラがいぶかし気に周りを見渡す。
「お前達、なにかあったのか?」
ハルカがタカラに今の状況をかいつまんで説明する。
「どうしよう隊長さん、ラフィート君探しに行かなきゃ」
「無理だろ、こっちは悪鬼に追われてんだ。列車を止めるわけにはいかない」
「レキア、あんた友達を見捨てる気?何時からそんな薄情者になったのよ。」
「ラフィート一人の為に乗客全員を危険に晒す訳にはいかないっつってんだよ」
「だからって」
「俺が探しに行く。俺の勇者能力なら何とかなる、と思う」
「はあ?バカ言うんじゃないわよ、無理に決まってるじゃない。勇者だからって何とかなるわけないでしょ、あんたバカなの?てかバカでしょ」
「3回もバカって言うんじゃねえよ。いいか、本当にバカなのはバカってゆー奴の方がだな」
「うっさいバカレキア」
「そうですよバカ兄さ、じゃない。レキア兄さんがいなかったら僕達はどうやって悪鬼と戦うんですか?」
「隊長のおっさん達が居るだろ。時間を稼いでくれればいい。あのバカを見つけてすぐに戻ってくるよ。つーかお前、今バカって言わなかったか?」
「言ってません」
「キョーマ君に絡むんじゃないわよ、ほんっとバカなんだから」
「おまっまたバカっつったな」
「やめんかバカ者ども。こう言う場合は冷静に状況確認をだな」
「だから、バカってゆー奴のほうが」
アズサが、コホンっと咳払いをして「皆さん落ち着いて下さい」とレキア達のバカ騒ぎを静める。
「もう、タカラあなたまで一緒になって何をしているのです」
「は、すみません」
キョーマを除いた全員がしゅんっとなる。
「姫ちゃんどうかしたの?なんだか機嫌が悪いみたいだけど」
ハルカに指摘されて、ギクッと顔を引きつらせる。アズサ自身自覚できるほどに険しい顔をしていたからだ。
アズサは先程垣間視たラフィートの事が気になっていた。正確には彼の隣にいた少女の事なのだが。
――ラフィートさん、あなたは今どこにいるのですか。その女の子は誰なのですか。
頭の中でいくつもの記憶が混ざりあっていてとても気分が悪い。
「いえ別に・・・そんな事よりも」
アズサは無理やり話題を逸らしキョーマを見つめる。
「キョーマさん、何か変わった処はありませんか?」
キョトンッとしたキョーマが首を振るとアズサは目を閉じる。
「そうですか」
頭の中に流れ込んで来たラフィートの声がしきりにキョーマへの注意を促している。
「ねえねえ、それよりラフィート君だよ。どうするの?どうしたらいいの?」
「今はいない者の心配をしている余裕はない。姫さま、先程車掌に中央都市の本社に連絡を取ってもらったのですが」
「何か問題があったのですか?」
「は、「実際に悪鬼?(苦笑)を確認しなければ警備隊に出動要請は出せない」との事です」
「なによそれぇ、あたし達は現在進行形で襲われているんですけど?」
「連中は悪鬼の事を分かっちゃいねえんだろうよ」
「うむ、悪鬼については未だ認知されていないのだろう。だが今説明したところで理解できるとも思えん」
「・・・」
アズサは一呼吸置き、薄く眼を開く。
突然の悪寒にその場にいる全員が「ひっ」と小さく悲鳴を上げる。
「姫様、何を?」
タカラの言葉を片手で制しアズサは眼をキョーマに向ける。キョーマの影にうすら笑いを浮かべているなにかが視える。
アズサは眼を閉じるとコホンっとひとつ咳払いをしてタカラに命じる。
「・・・タカラ、キョーマさんを拘束してください」
タカラは一瞬の躊躇を見せるもアズサの命令通りに兵士達にキョーマを抑えさせる。
「え、何ですか?姫さま?あれ~」
キョーマは抵抗する素振りもなくおとなしく縛につく。
「ちょっと姫ちゃん何してんの?なんでキョーマ君を」
「キョーマさんには黒い影のようなものが纏わりついているように視えました。私は前に似たような気配を感じた事があります。もしそれが私の想像通りなら放っておけばいずれ取り返しのつかない事態を招くでしょう。タカラ!」
「はっ」
いつのもアズサらしからぬ強引さが気になるがタカラが兵士達に人払いをさせる。
「え、なに?どうしたの」
「姫様は神眼を使いキョーマの心に入られるおつもりなのだ」
「神眼?」、「心に?」と尋ねるハルカとレキアにタカラは隣の車両へ移動するように促す。
「姫様が一度神眼を開けば森羅万象を視通す事が出来る。傍に居る者の記憶、心を全てだ。故に神眼を開かれたなら姫様の傍に居てはならない。姫様にご負担をかけさせてしまうから」
タカラはアズサが自分の力を忌み嫌っている事を知っている。幼い頃力を制御できず無差別に城内の者の心を明かしてしまったせいで、誰からも、父や兄姉たちからも避けられてしまった。広い城の中で孤立し、追い出されるように蜃気楼の館へと隔離されてしまった。それが幼い少女にとってどれほど心を傷つけられた事か。それ以来、アズサが人前で神眼を開くことはしなかった。だが昨今のアズサは眼の力を頼るようになっている。それがタカラには疑問だった。
「姫様、一つよろしいでしょうか、何故そこまでして眼を使われるのですか?その力は軽はずみには使うべきではないと思われるのですが。もしや月の民に無理を強いられているのではありませんか」
月の民、アズサが預けられた蜃気楼の館の主。アズサにとってはもう一つの家族といえる存在だとしてもタカラ達から見ればやはり得体の知れない存在であった。自らを『夜空に浮かぶ白き月』の継承者だと主張する彼らに黒い噂は絶えない。
「姫様はこれまで人の心に入る事は避けられてきたではありませんか。私は姫様が力をお使いになられる事であの時の様な思いをしてほしくないのです。それが望まぬ事であるならなおさら」
「いいえタカラ、そうではありません。これは私が決めた事なのです」
そう、城を出ると決めた時から覚悟はできている。
「私は私の使命を果たします。その為ならば私は何も躊躇いません」
どこかムキになっているアズサに、タカラは「分かりました」と敬礼をする。
「レキアお前はこの者達と共に悪鬼をけん制するのだ。残りの者は乗客の安全を守れ。私は今一度中央都市にコンタクトを取り支援要請をする。分かったか」
タカラの指示に「おう」と全員が答え、即座に行動に移る。
残されたハルカにアズサが「ハルカさんも避難してください」と促すが、ハルカは首を横に振る。
「ううん、あたしはここに居るよ。それともあたしが居たら迷惑かな?」
「いえ、迷惑なんて事はありませんが」
「大丈夫、あたしは傍に居るよ。姫ちゃんを一人になんてしないから、無理しないでいいんだよ」
ハルカにギュッと抱きしめられ、アズサは小さく「あ」っと声を漏らす。強がっているのを見透かされて思わず赤面してしまう。
「あ、あのハルカさん。お願いがあるのですけど・・・」
「ん?なあに」
「その、手を・・・握っていていただけませんか?」
「手を?うん、いいわよ」
珍しく甘えてくるアズサに微笑みながらその手を握る。
「ありがとうございます」
そう言ってアズサはキョーマに向き合う。
「姫さま、ほどいて下さいよ。僕も戦いますよ?ねえ姫さまあ」
ケラケラと笑うキョーマに向かいあって、アズサはゆっくりと瞳を閉じ、もう一つの眼『神眼』を開く。
「キョーマさん、あなたの存在を視させてもらいます」
アズサの意識が車両内を支配する。頭の中をまさぐられる様な感覚にハルカがくぐもった声を上げる。思わずアズサの手を離してしまいそうになるとアズサはしがみつくように手を強く握り返してくる。
「姫ちゃん?」
神眼を使う事はアズサにとっても苦しいのだ、ハルカはそう感じる。どんなに強力な力を与えられたとしてもアズサはまだ14歳の少女なのだ。
「大丈夫だからね、がんばって」
ハルカも強く手を握り返す。その温もりがアズサには心強い。アズサは眼をキョーマへ、その心の奥へと向け一歩を踏み込む。さらに奥、心の奥のその向こうへと。
「う、ぁあ、なんだこれ・・・なんなんだよう」
キョーマは身震いをし、ガチガチと奥歯を鳴らし大量の冷や汗を掻きながらアズサの視線から逃れようと体をよじらせる。
「キョーマさん私の声が聞こえますか」
アズサは、イヤイヤっと首を振るキョーマに呼びかけながら意識をキョーマの心の暗闇の中へと進ませる。
暫くすると目の前の景色が一転する。
精神体となったアズサに様々なビジョンが流れ込んでくる。
「これは・・・キョーマさんの記憶?」
ひとまずは心にリンク出来た事に安堵する。そして無数に流れていく記憶の中から目についたものををすくい上げてみる。
「あ・・・そう、あの時の男の子。キョーマさんだったのですね」
聖王都の路地裏で膝を抱えて泣きべそをかいていた少年、彼と出会ったのは偶然ではない。あの時確かに彼に呼ばれたのだ。だからいてもたってもいられずタカラに無理をお願いして城下に連れ出してもらったのだ。
「あの時はタカラに悪い事をしましたね」
城に戻った後、黙ってアズサを連れ出した事でタカラはこっぴどく叱られてしまったのだ。さらにアズサが庇った事で、兄シユウの不評を買いタカラは暫くサの国の騎士学園都市へ出向させられる事になったのだ。
アズサは意識を集中してさらにキョーマの記憶の先を目指す。
キョーマの父は男爵と言っても名ばかりの下級貴族だった。それがある時、使用人の娘に一目惚れし、周囲の反対を押し切って駆け落ちしたのだった。
勘当同然に流れ流れてラの国にたどり着いても、貴族であったプライドから父は自ら働くことを是とせず、母は内職によるわずかな手当だけで生まれたばかりのキョーマを育てなければならなかった。
そんな状況を見かねた男爵家が家名に泥を塗られるのを嫌い、仕送りを送るようになる。仕送りと言っても一月に送られてくる金額は平均的なサラリーマンの一月の給料の数倍。家計は一気に好転、むしろ持て余すほどに裕福になった。
そうなると人は変わるもので、働き者だった母も仕事を辞め、キョーマの事はベビーシッターに任せ自身は道楽三昧の日々。やがてそれは金を巡っての亀裂を生む。
幼いキョーマの前で、いくら使ったとか何を買ったのかとか、もっと金をよこせと両親が罵り合いを始める。
キョーマの周りにはおこぼれを狙う腰巾着ばかりで友達と呼べる者はいなかった。いつしかキョーマは部屋に引きこもるようになった。
貴族でもなく、普通の平民とも違うキョーマにはどこにも居場所がなかった。
「キョーマさんも私と同じ・・・」
記憶の中のキョーマは常にひとりぼっちだった。人を避け、人に避けられる辛さ、寂しさはアズサにも痛いほどに共感できる。
「姫さま・・・僕は」
キョーマの声が聞こえた。
「キョーマさん?どこですか」
キョロキョロと周りを見渡す。と、再び景色が暗く闇に染まっていく。
「あ・・・」
見つけた。
心の奥のその底で、キョーマはあの時と同じように膝を抱えてうずくまっていた。
「キョーマさん?」
「姫さま・・・姫さまはいつだって僕を見つけてくれる。あの時も、そして今も」
キョーマには何か不思議な力を感じる。今ならそれが彼の固有能力だと分かる。
「あなたは糸のように幾重にも紡がれた人の心を、思いを感じ取る事が出来るのですね」
「・・・そんなの分からないですよ。でも、見えた気がしたんだ。姫さまの心があいつに・・・ラフィートに向けられているのが」
キョーマのその言葉はアズサにも意外だった。
「私が・・・ラフィートさんに?」
「どうしてあんな奴の事なんか・・・どうして僕を見てくれないのですか。僕はずっと、ずっとずっと姫さまの事が、姫さまが僕の事を見つけてくれるのを待ち続けていたのに。どうしてあいつの事ばかり・・・」
「えっと・・・私は、何故でしょうね。あの方の事は放っておけないと言いますか、目を離せないと言いますか」
ラフィートとは一緒に居てとても楽しい。こんな気持ちは初めてだった。それはアズサ自身がまだ気づいていない、芽生えたばかりの小さな恋心だった。
「ラフィートさんは私の神眼の事を知っても関係ないと言ってくれました。誰もがこの力を知ると恐れ、離れて行ってしまうのに」
そう言って目を細めはにかみがちに頬を染めるアズサを見て、ギリッとキョーマが歯を噛みしめる。
「だから!切ってやったんだ。あいつの、あいつに繋がる姫さまの心の糸を!あいつの周りの糸を全部!そしたら消えてしまったんだ。あいつが、ラフィートがこの世界から消えてしまったんだ。そうだ!僕がやったんだ!」
憎い。憎くて憎くてたまらない。心の底から湧き上がるドス黒い感情が抑えきれない。
ヒヒヒッと口元が歪む。
「いい気味だ。当然の報いだ。僕の姫さまを横取りしようなんてするから」
ガッとアズサの腕を掴む。
「痛ッキョーマさん離して」
「僕の物だッ何もかも全部!誰にも渡すもんか、姫さまは僕だけの物だッ」
ドス黒いオーラを身にまとい、ニタァっと顔を醜悪に歪ませる。
「アハハハハッ僕の物だ!邪魔な奴はあいつみたいに消してやる。この世界には僕と姫さまだけ居ればいい。ケンカばかりするバカ親も!僕の事を煙たがる街の奴らも!僕をバカにする奴らはみんな居なくなってしまえ!」
「キョーマさん、あなたは」
腕をとられたアズサはそのままキョーマに抱き寄せられる。キョーマは目を見開きアズサの顔をを覗き込む
「僕の物だッお前は僕のッ僕だけの物なんだ!渡さないッ誰にも!僕の物だッ僕の物だッ僕の物だッ僕の物だッ僕の物だッ僕の物だッ僕の物だッ僕の物だッ僕の物だッ僕の物だッ僕の物だッ僕の物だッ僕の物だッ僕の物だッ」
「キョーマさん?いえ、違いますね。あなたは誰なのですか?私はあなたを知っています」
かつてユノハナの町で一人の少年をそそのかしアズサを襲わせたもの。
アズサはキッと睨みつける。
「人の心の邪気に巣くう鬼。そうあなたは邪鬼なのですね」
「・・・」
「けれどそれも違う。あなたは邪鬼であって邪鬼ではない。キョーマさんの邪気に憑りつくあなたは何者です?」
「・・・」
「あなたは影、悪しき影。あなたの名は『ナイトメア』!」
キョーマの姿をした影は、クカカッと笑いだす。
「やはり忌むべきはその神眼か。まさか我を通して我が主の名を視抜くとはな。その通り我は影、我が主ナイトメア様の影」
突如闇の中から無数の影がアズサの体を絡めとり自由を奪う。
「キャアアアァ」
悲鳴を上げるアズサを宙吊りにして影の男は満足そうにほくそ笑む。
「くっ・・・あつッ」
影に巻きつけられた腕が灼けるように熱い。
「クカカッ愚かな月の姫よ。罠とも知らずのこのこやって来るとはな。いや、罠と知りつつか」
影の男は下卑た笑みを浮かべながら苦悶の表情を浮かべるアズサに近づいていく。
「こんな小僧がジンの器だとはな。クカカッなんとも他愛のない、人間の心など所詮この程度よ」
「キョーマさんに何をしたのです」
「何もしてはいない。いや、むしろ後押しをしてやったまでだ。偽らぬ本心のままに行動できるようにな」
「そうやって人の心を弄ぶのがあなたのやり方ですか」
ククッと邪悪な笑みを浮かべ影の男はアズサの身体に手を伸ばす。
「何をするのですッいや!やめて・・・誰か」
影の手から逃れようと身をよじるアズサをあざ笑うように影の男はアズサの胸元に手を這わす。
「無駄だ。あの時と違いここには誰も助けには来ぬよ・・・?」
「う、ううっ」
アズサは身体をまさぐられる気持ち悪さに呻き声を上げる。と、影の男は不意にその手を止める。
「・・・ない!ないないない!聖痕がないッ」
それまでの悠然とした態度が一変して、明らかに動揺した様子で声を荒げる。
「貴様ッ一体何をした!何故聖痕が消えている!?」
激昂した影の男は荒々しく影の鞭をアズサの身体に打ちつける。
「あうっ何・・・を?」
「貴様は確かに悪鬼によって聖痕を穿たれたはず」
影はアズサの聖痕の有無を確認する為にユノハナの少年を使ってアズサの身体を調べさせたのだ。そしてあわよくばあれの回収をする手筈だった。
「そうだ、あれはどうなっている?」
「あ・・・うぅ・・・?」
「しらばっくれても無駄だ。貴様が奴らから受け継いだのは分かっているぞ」
ペタペタとアズサの腹部に手を当てると「ここか」と呟き、ズブッとその手を押し込ませる。
「くぁああああッ!!」
身体を仰け反らせて悲鳴を上げるアズサ。影の男は何かを探す様にアズサの身体の中をグリグリと掻きまわす。
「うぅあぁぁ、やめ・・・て。助け、て・・・」
――助けて・・・ラフィートさん。
「!?キョーマッ聞こえたか今の!」
「はい?何ですか急にそんな血相を変えて」
「聞こえなかったのかッ今、姫の悲鳴がッ助けてって!」
キョーマはラフィートに肩をガクガクと揺さぶられる。
「ちょっ、落ち着いて下さい。姫さまの声が聞こえたんですか?」
「そう言ってるだろ、助けなきゃ。姫が危ないんだ!」
「だから落ち着いてって、未来の僕たちには何も出来ませんよ」
ラフィートの手を払ってキョーマは、ふうっと息を吐く。
「でも声が聞こえたという事は無事に向こう側と繋がったみたいですね。計画通り姫さまが助けを求めてきてくれたようですし」
「は?計画通りってどういう事だよ。お前まさか姫をッ」
「そんな目で睨まないで下さいよ。ここまでは計画通りって言ってるでしょう。姫さまがピンチになるのはあらかじめ分かっていた事なんですよ。予期せぬ事態に窮地に陥る姫さま。そこに颯爽と現れて姫さまを助ける僕!「まあキョーマさんったらなんて頼もしいのかしら」姫さまの熱い視線はやがて恋へと変わる。そして二人は結ばれめでたしめでたしってね」
「・・・何言ってんだお前」
「せっかく消した恋敵を呼び戻すんですよ?これくらいの役得がなきゃやってられないでしょ」
クックッと笑うキョーマにラフィートはさすがに呆れてしまう。
「それはともかく君の役目はここまでですよ。後は僕がやりますんで安心してください」
「は?どういう意味だ?」
キョーマはフッとと歪な笑みを浮かべる。
「今の僕には3年前に戻る事は出来ませんでした。だから君の力が必要だった。3年前から来た君にしか3年前の僕たちとつながる事が出来なかったからです。おかげで道は開いた。そう、これで過去に戻る事が出来る。でも3年前に戻るのは君じゃない、僕だ!」
「お前・・・何を言って・・・世界を変えるって言ったじゃないか」
「そうですよ、世界を変える。この3年間の記憶を持った僕なら違う選択肢を選べる。僕が!僕の望む世界に作り変えるんだ!!姫さまを今度こそ僕だけのものに出来るんだ」
「!?」
キョーマから放たれた魔法波を受けてラフィートは地面に叩きつけられる。
「いっつう、キョーマッなにを!」
さらなるキョーマの追撃を紙一重でかわす。が、反撃する隙もなく再びキョーマの攻撃を受ける。
機の勇者能力『物体の再生成』によってキョーマの持つ武器が次々に形を変えていく。槍となって突進してきたかと思えば、瞬時に巨大な棍棒へと変化させてラフィートを弾き飛ばす。
「君は単純すぎて拍子抜けですよ。僕の話をまるで疑いもしないでさあ」
「なんだよそれ。今までの話は全部ウソなのかよ」
「はあ?なんで君なんかに嘘をつかなきゃいけないんですか。全部本当の事に決まってるじゃないですか。馬鹿正直に信じてくれてありがとう。無駄な手間をかけなくて済んで助かりましたよ」
武器を刀に作り変えたキョーマがラフィートへ詰め寄り、「ふっ」と両手で構えた刀で斬りあげる。ラフィートは刀の切っ先が鼻先をかすめるもかろうじて回避する。キョーマの腕が振りあがりきった隙を見逃さず、即座にキョーマへと体当たりをする。
「ちっ」
キョーマは吹き飛ばされつつも体勢を崩さない。そして見せつける様にまた武器を変える。
「いっ!?ば、爆弾!」
キョーマはニッと笑みを浮かべ、古いマンガのようにドクロマークのついた爆弾を放り投げる。
「うわッちょっ、待ッ」
ドッカーン!!
「いちち、くそっめちゃくちゃしやがって」
爆風に吹き飛ばされたラフィートをキョーマは「どうだ!」と言わんばかりに見下す。
「17体の悪鬼を倒した僕に1体しか倒していない君が敵う訳ないでしょう?さっさと諦めてやられちゃってくださいよ」
「っざけるな!俺は諦めない。姫を、みんなを助けるって決めたんだ!」
キィィィンっと二人の勇者のオーブが共鳴する。
「!?」
――来た。もうひと押しか。
キョーマは突然、アハハッと笑い声を上げさらに追い打ちを仕掛ける。
「死んじゃえよラフィート!!君はもう僕の世界に要らない人間なんだ。もう一度消えて無くなれ!!」
吼えるキョーマの一撃がラフィートを吹き飛ばす。
「なんでだ!なんでお前はそこまで」
「君なんかに僕の気持ちが分かるものか!ずっと側にいたのに姫さまは僕の事を見てくれなかった。いなくなったお前の事ばかり思い続けている姫さまの隣にいる僕がどれだけ惨めだったか」
ギリッと奥歯を噛みしめキョーマはラフィートを睨む。
「僕は君が憎い!ああ憎い憎い。憎い―ッ」
まるで自分に言い聞かせるように「憎い」と連呼する。
「くっ逆恨みだろうが、そんなのッ」
「黙れ!姫さまがいなくなった途端、別の女なんかとイチャイチャしやがって」
「!?い、いや、ナアルフィとは別にそんな・・・」
「何もしてないと?」
「・・・キス、だけなら」
「してるじゃないか!!」
「いやホント、キスだけだからっ。それ以上の事はまだ」
「うるさい!もう黙れよ!!」
キョーマは死神の持っているような巨大な鎌を作りだしラフィートに向かって振り下ろす。
「ちょっ、あぶねえって」
ブンブンっと振り回される鎌をギリギリで避けながらキョーマの異変に気付く。
これまでラフィートと同じように身にまとっていた光の鎧から黒いオーラのようなものが吹き出し始めたのだ。
「キョーマ、お前それ・・・?」
「くっ・・・クククッ」
キョーマの様子がおかしい。苦しそうに呻き、左手で顔を押さえてる。
鎌を剣に変えたと同時に体中が真っ黒なオーラに包まれる。
「クッククク、クカカッ」
「キョーマ?」
フッとラフィートとの距離を詰めると黒いオーラを纏ったパンチを繰り出す。
「っな!?」
キョーマはニタァと邪悪な笑みを浮かべ信じられないパワーでラフィートを吹き飛ばす。
「お前ッ剣を作っといて殴んのかよ!?」
「ツッコむのはそこですか」
呆れた声でキョーマの投げ捨てた剣がガシャンっと音を立てラフィートの前に転がる。
「それ使ってもいいですよ。我・・・ゲフンゲフン。僕には必要のないものですから」
「キョーマ?一体どうしちまったんだよ」
聞く耳を持たないっといった様子でキョーマは黒いオーラを纏ってクカカッと邪悪な笑みを浮かべるのだった。
ドンッ
ドドンッ
列車の屋根の上から魔導器の発射音が響く。
魔導器を構えたレキアと二人の兵士が悪鬼に向けて魔法弾を撃ち込んでいた。
「くっそ、全然効いてねえなこりゃあ」
ハルカのインスタントパワーを使っていてなおダメージが通っている感触が無い。いくらトレインの外殻の列車のボディを壊したところで本体にまでは届いていない。
それでも撃ち続けるしかなかったが、レキアの攻撃がヒットした時わずかにトレインの動きが鈍くなる事があった。レキア自身まだ気づいていないが、これは勇者技能『鈍化付加』が発動していたからだ。そのおかげで列車とトレインの距離は一定以上を保つ事が出来ていた。
「このままチマチマと攻撃してたってインスタントパワー(有料)を無駄にするだけじゃねえか。何とか手を打たねえと借金だけが増えちまう」
心なしか二人の兵士の顔色も悪い。これ以上の散財は何とかして防ぎたいがまだタカラからの連絡は無い。
そんな事を考えていると、突如視界が開け、列車は渓谷部を抜け平野に入った。
レキアが列車の進行方向へ目を向けると線路の彼方に高層ビル群が霞んで見える。
「中央都市だ。チッこのままじゃ一時間もしないうちに着いちまう。援軍はあてに出来ねえか」
なら自分がやるしかない。とはいえ一人ではやはり分が悪い。
「せめてラフィートの奴が居りゃあな。まだやりようはあったんだが」
トレインはやや遅れて渓谷部を抜けると咆哮する。
「!?来るぞッ迎撃だ!!」
平野に出た事で速度を上げるトレインに追いつかれまいとレキア達は魔法弾を打ち続ける。その時、カン、カン、カンっと警笛が鳴り響く。
「なんだ!?この音は」
悲鳴の様な金切り音に振り向いたレキアの視界に小さな駅が飛び込んで来たのだった。
「やべぇ、駅を突っ切る気か。おいあんたら!頭を下げろッ」
列車が駅へと入っていく寸前で駅構内の天井をレキア達は体をかがめて回避する。
先頭車両の運転室ではタカラが鉄道本社と通信をしていた。
「だから言っておろうがッ今の我々の装備では悪鬼は止められんのだ。戦車か、もしくは大砲を準備してもらいたいのだ」
いまいち話のかみ合わない本社の対応にタカラは苛立ちを隠せず怒鳴り声を上げていた。
「勇者達の援護が出来るなら鉄道警備隊でも都市防衛軍でも何でもいい、悪鬼はすぐそこまで迫っておるのだ。早く手を打たなければ中央都市に被害が及ぶ事になるぞ。おい、聞いているのか!」
「あ、あの・・・騎士さま」
車掌が恐る恐るタカラを呼ぶがヒートアップしているタカラに聞こえていない。
「幹部会で検討の上、後日追って連絡するだと!?何を悠長な事を言っておる。時間がないと言っておろうがッ」
「き、騎士さま!」
「何だ!今こっちは手が離せんわッ」
タカラに怒鳴られつつも車掌は声を震わせながら前を指差す。
「間もなく停車駅なのですがどうしましょう?」
「駅だと?」
運転室の窓からはっきりと次の駅が見て取れた。
「停まっている余裕はない。通過だ、警笛を鳴らせ。駅員に連絡するんだ」
「え、ええ分かりました。・・・あの」
「なんだ?まだあるのか」
本社と話を続けようとするタカラに車掌は申し訳なさそうに、「通信機、返して」っと言った。
わずかに速度を落としただけで停車する事なくけたたましく警笛を鳴らして通過していく列車を、駅で待っていた人々が何事かと見送る。その中に一人、メガネをかけた男がいた。彼は中央都市のTⅤ局のプロデューサーだ。この便にアズサが乗っていると聞いてクルーと共にこの駅で待ち構えて、突撃取材をきっかけに同行しあわよくば番組に独占出演してもらおうという腹づもりだった。
「あれ、なんで停まんないの?」
プロデューサーは通り過ぎていく列車を追ってホームの白線まで身を乗り出す。と、「臨時通過車両が通ります。白線の内側から出ないで下さい」という旨のアナウンスが流れる。
「・・・?なんなんだ」
「ちょっプロデューサー、危ないですよ」
APに袖を引っ張られて白線から下がると間を置かずに別の列車が突っ込んでくる。
「うおぅわッ」
それ(トレイン)は駅の一部を破壊しながら通過していった。皆何が起きたのか分からず唖然としている中、プロデューサーの直感が告げる。
「こりゃあ大スクープだ」
「へ、スクープ?」
「お前らぼさっとしてんな。今すぐ今の列車を追うぞ。車を回せ!」
「えぇ、車ってどこにあるんですか?」
「バカ、タクシーでも何でもいい。緊急事態だ!いつでもカメラを回せるようにしておけよ」
聖王国の王女が乗っている列車を追走する暴走列車。これは間違いなく大事件に違いない。プロデューサーの顔が自然とにやける。
「局にも連絡入れとけ。何時でも特番に切り替えられるようにしてろってな」
「なんだありゃあ・・・あいつ、なんか大きくなってねえか?」
体を起こしトレインへ向き直ったレキアがその異変に気付く。
トレインは駅を通過した際に破壊した駅の瓦礫を吸収し、外殻を強化していたのだ。それを知りレキアは愕然となる。
「そんなのありかよ・・・いままでの攻撃が無かった事にされちまったなんて。それってつまり」
今までに使ったインスタントパワー(課金アイテム)が無駄になってしまったという事だ。
「うっがあーッ一体いくら使ったと思ってんだ!少なくても10枚以上は使ってんだぞ」
「あ、レキア殿、ハルカさんに言ってまけてもらう事は出来ないんでしょうか。こんな状態なわけですし」
「ぜってームリ。あの守銭奴がまけるはずがねえ。地獄の底まで請求しにくんぞ」
兵士達も「ひぃ」と絶望に打ちひしがれる。それでも頭を切り替えて状況を整理する。
「いやいや、問題はそこではないでしょう。あの悪鬼が瓦礫を吸収するって事は万が一中央都市に着いて暴れられたら際限なく強化されてしまうって事じゃないですか」
「ああ、そうなったらもう手が付けられないな。その前になんとかしねえと」
レキアは遠く霞む中央都市を見つめる。
「ま、やるっきゃねえよな。あんたらも出し惜しみなんてしてらんねえぞ」
「うぅ、でも借金いやだなあ」
「なんとかワリカンにしてもらえないかなあ」
兵士達のボヤキに苦笑しつつ、トレインへの攻撃を再開する。
グオオオオッ
雄たけびと共にトレインが加速する。
「来るぞ!近づけさせるな!!」
レキア達が魔導器で迎撃する。だがトレインを止められない。
「ちいッ足だ!車輪を狙え!」
ドン、ドン、ドンッ
魔法弾が命中しバキンッと音を立て車輪が破壊される。ガクンッとトレインは体勢を崩し、その隙に列車との距離が一気に開く。
「やったか?」
否、トレインは新しい車輪を作りだし再び速度を上げる。「もう一度だ」と魔導器を構えるレキア達だったがトレインは車輪の前にシールドを作り狙撃を防ぐ。
「くそっこざかしい奴。あの外殻は自由に形を変えられるって事か、厄介だな」
形だけではない、装甲の強度も上がっている。しかも悪鬼の本体はまだ姿を見せていない。あらためて悪鬼の恐ろしさを実感する。
「せめてあいつに目玉の一つでもありゃあな、俺の固有能力で眠らせてやんのに」
レキアの固有能力は相手に幻覚を見せる事が出来る。が、発動させるためには相手の目を直接10秒間目を逸らさずに見続けなければならないのだが、当のトレインには目玉らしき物は無い。
「レキア殿」っと呼びかけて二人の兵士が屋根に上がってきた。
「我々もお手伝いします」
「そうか助かる」
レキアと兵士四人の五人でトレインに攻撃する。だがより硬化したトレインには今までのようには攻撃が通らない。次第に手持ちのインスタントパワーの札が底をつきはじめる。
「しゃあないか、あんたらはこれを使ってくれ。俺はハルカから新しいのを貰ってくる」
「いいんですか、そんな事をしたらレキア殿の借金が・・・」
ハルカの事だからインスタントパワーを使った者ではなく、ハルカが直接渡した相手に代金を請求するのだろう。もはや誰もハルカが無償で札を提供してくれるなどと考えもしない。
苦笑しつつレキアは残りの札を渡しハルカのもとへ向かう。
中央都市。中央区のとある高層ビルの最上階。
円卓状に机が並べられた会議室には数人の男達が議論をかわしていた。彼らは中央都市でも有数の資産家たちであり、中央都市の運営委員会でもある彼らの意向がラの国の統治に大きく影響される。
今、彼らの話題はセントラル鉄道から報告された騎士タカラの援軍支援要請についてだった。
「しかし援軍をよこせと言われてもな」
「騎士タカラ?聞かん名だな」
「あのアズサ姫の従者らしいが」
「ほう、姫殿下の。一度お目どうりした事があるが、それはそれは愛らしい少女であったな」
「それは羨ましい。私などは門前払いも同然だったのに」
「悪鬼?だったか。それは一体何なのかね?」
「どうやら列車が暴走しているらしい」
「暴走列車?そんなものは警察に任せれば良かろうに」
「それで悪鬼とは?」
雑談を続ける老人達に、場違いなほどに若い青年が咳払いをする。
「委員会のお歴々、よろしいか?」
静かに、だが野心に燃える瞳で彼らを見据える青年。彼こそがムラサトコーポレーションの若き総帥、ムラサト・カナタだ。
「おやおや、珍しい事もあるものだ。いつもはお人形のように物静かな総帥殿が口を利くとは」
「いえ、私如き若輩者が皆様の議論に口をはさむなどとおこがましいというもの」
「何もそこまで謙遜する事も無い。君とて委員会の一員なのだよ坊や」
ハハハッと口々に嘲笑する老人達に悟られないようにカナタは不敵な笑みを浮かべる。
「あぁそういえば君は例の姫殿下の戯れに参加したそうではないか」
「戯れ・・・?あー、あれか。なんだったか、勇者の捜索だったか。ハッあれに関わっていたのかね。確か勇者に選ばれれば姫殿下を娶る事が出来るとか。プククッいやお若い」
「羨ましい限りですな。姫殿下はまだ幼いとはいえお妃さまに似てなかなかの美姫だと言う。儂もあと10年若ければ名乗りを上げたいものでしたがな」
「10年?100年の間違いではないですかエロジジイ」
わざと聞き取れそうな声で呟くカナタに「何か言ったかな?」と聞き返すが「いえ何も」っと、しれっとした顔で答える。
「このラの国、特に中央都市は古くから自治国として聖王国に認められた土地であり聖王家といえど常に不干渉を貫いてこられたはず。今さら小娘の一人や二人、気にする事でもないでしょう」
それよりも、とカナタは話を続ける。
「件の悪鬼、でしたか。私の聞いた話によるとその悪鬼なる怪物をラの国に引き入れたのは他ならぬアズサ姫であるそうですよ」
ざわっとわずかに騒めき立つ。
「ほう、それは確かなのかね?」
「ええ、タリアシティで目撃した者から報告を受けています。これは私見なのですが、もしかすれば全て自演なのではないかと邪推しております」
「自演とな?」
「考えてみれば何もかもがタイミング良過ぎるではありませんか。姫君の主導による勇者の選定、偶然とは思い難い急なタリアへの来港と悪鬼の襲撃、そして中央都市に迫る暴走列車。これらが全て繋がっているのだとしたら姫君の目的は他にあるのではないでしょうか」
「と、言うと?」
「ズバリ中央都市への内政介入」
それまで話半分で聞いていた老人達も思わず絶句してしまう。
「悪鬼だ何だというのはあくまでも口実。アズサ姫というエサをちらつかせてそれに喰い付くのを待っているのです。そして中央都市のに入った姫君を使って炙り出すつもりなのではないでしょうか」
「あ、炙り出すとは・・・」
「フフッ皆様の御耳にも入っているでしょう?反王政派、つまりテロリストの噂は」
「テ、テロリストだと!?」
ガタンッと何人かが狼狽し立ち上がる。
カナタはフッと口角を上げ、彼らを見据える。
「おや、何か心当たりでもありましたか?」
「ばっ馬鹿を言え。そんなものある訳なかろう。テロ、テロリストとは穏やかではないと思っただけだ」
動揺を隠しきれない彼らが着席するのを待ってカナタは続ける。
「まあテロリストの件は置いておいて、問題は悪鬼についてです。なにせあのタリアシティを半壊させたと言う怪物がこの中央都市に迫っているのです。このままでは我々にも被害が及びかねない」
「うむ、だからこそ軍を動かすべきなのかと話し合っているのだろう?」
「でしたなら、答えは“NO”となるでしょう」
「何故かね。たった今我々にも被害が出ると言ったではないか」
「そう、だからこそ我々のすべきは中央都市を守るべきでしょう。聞けば悪鬼は勇者でなければ倒せないらしいですから」
「誰でもいいから悪鬼について教えてくれんか?なあって」
「そして姫君はその御名におかれて勇者に悪鬼討伐を命じられたとか。であれば我々ごとき下賤の者が手を出したとなれば姫の、ひいては聖王家の名に泥を塗る事になるでしょう」
「なるほど」、「確かに」と口々に同調する老人達を見てカナタはしたり顔で言い放つ。
「ですのでまずはこの中央都市の守りを優先し、東部のゲートの封鎖を提案します」
魔導器の発砲音が響く中、ハルカは膝枕をしているアズサの髪を撫でながらうなだれていた。
「もうすぐ中央都市に着くわ。ねえ姫ちゃん・・・あたし、ホントは心のどこかであんな街メチャクチャになっちゃえばいいのにって思ってたの。そうなれば当然ムラサトだってただでは済まないはず。そうなればいい気味なのにって・・・あたしはムラサトが大っ嫌い。あいつらは善人面して自分達の事しか考えてないから。だからラフィート君を焚きつけて悪鬼が中央都市に来るように仕向けた。もしかしたらラフィート君が居なくなったのはあたしのせい、なの?みんなを危険に晒してしまったのも全部、あたしのわがままのせい?それじゃああいつらのやってる事と何も変わらないじゃない。姫ちゃんはきっと分かってたんだよね。分かっててあたしのわがままを聞いてくれたんだよね」
「なーに一人でブツブツ言ってんだ?」
背後から唐突に声をかけられ「んむにゃぁっ!?」っと変な声を出してしまう。
「レレッレキア!あんた何時からそこに?」
「んー?お前が姫さんの顔を覗き込んでるあたりかな。そのままキスでもすんじゃねえかとドキドキしちまったよ」
ハハっと笑うレキアに顔を真っ赤にしたハルカが「するかバカッ!」っと振り上げた拳で殴る仕草をする。
「うー。悪鬼はどうしたのよ。倒せたの?」
「バカが、そんな簡単に倒せるかよ。あてッ」
レキアの側頭部にハルカのチョップが炸裂する。
「で、どうなんだ、姫さん達の様子は?」
「・・・見ての通りよ。二人とも気を失ったまま、ずっと目を覚まさないの。ねえレキア、あたしどうしたらいい?」
珍しくしおらしいハルカの様子に内心ドギマギしているのを誤魔化そうと頬をかく。
「んだよ、らしくねえな。言っとくが俺の方がムラサト嫌いは上だかんな」
「はあ?なんのこっちゃ」
「あー、だから。お前のせいなんかじゃねえって言ってんだよ。・・・んな顔すんじゃねえよ。調子が狂っちまう」
「・・・ッ!?」
レキアの言わんとしている事を察してハルカはハッとしてレキアを見上げる。
「っバカ、レキアのくせに・・・生意気よ」
プイッと顔をそむけるが顔が火照っているのが分かる。と、レキアが「んな事よりも」っと続ける。
「そんな事ですってえ!?」
「ああ、それよりもインスタントパワー、まだあるか?」
納得いかない様子で頬を膨らませつつ、「あるけど?」とそっけなく言う。
「ならありったけくれ」
「いいけど、高いよ?」
うっと言葉に詰まる。分かっていた事だがやはりそう来るか、レキアは一縷の望みをかけて交渉に移る。
「なあハルカ、俺達の付き合いも結構長いよな」
「そうね、かれこれ10年くらいかしら」
10年前、ハルカは孤児だったレキアを無理やりひっ捕まえて、同じようにユノハナの町中の子ども達を集めてユノハナレジスタンスを作ってしまったのだ。
「んー、そういやお前、なんでユノハナに来てたんだっけ?」
「それは・・・」と言いかけてハルカは黙りこんでしまう。
ハルカがユノハナの町に通うようになった理由、はじめは身体の弱かった母の湯治の付き添いだった。何度か通っているうちにユノハナの町を気に入ったハルカは母のお見舞いと称してユノハナに居つくようになる。だが、そんな純粋なわがままを利用しようとした者がいた。ユノハナの潜在的な価値を予見し、父を動かした男。ハルカの兄、カナタだ。
ハルカはカナタの思惑に気付かないままユノハナにムラサトの支配の根を植え付けてしまったのだ。気付いた時にはもう手遅れ、ハルカは逃げる様にユノハナを離れた。大好きだったユノハナを、レキア達を裏切ってしまったという罪悪感に苦しみながら。
「やべ、要らんこと言っちまったか」
黙りこんでしまったハルカを見て、レキアは話を戻そうと試みる。
「あー、えと、だから俺達の付き合いも長い訳だし?そのなんだ、少しぐらい」
「・・・まけないわよ?」
「あ、はい・・・じゃなくて!」
ハルカのジト目の迫力に思わず従ってしまいそうになって慌てて否定する。
「ちょっとくらいまけてくれたっていいだろ?払わないとは言ってねえんだからよ」
「は?あんた、今いくらツケが溜まってるか分かってて言ってんの?」
うぐっ、反論する余地もない。いや、ここで引き下がったらダメだ。いっそここは強気にでなければ。っとレキアは反撃を試みる。
「ああもちろんだ。俺がその気になればツケなんていくらでものしを付けて返してやるさ。なんだったら」
ずいっとハルカとの距離を詰めキメ顔で言う。
「体で払ってやってもいいんだぜ?」
ハルカはこう見えて純情だから強引に押せばいけるはず。というレキアの考えはハルカにお見通しだった。
「ふぅん?」
ハルカはすぅっと目を細めると細い指先をレキアの頬に滑らせる。
「いいこと?坊や。ムラサトはどんな些細なツケでも取り立てるの。どんな手段を使ってでも必ず、ね。わかる?あなたのカラダはもうとっくにあたしのモノなのよ」
ハルカの艶めかしい吐息がレキアの耳元に吹きかけられる。ゾゾッとした悪寒が背筋を走り、レキアは膝から崩れ落ちる。
「ごめんなさい。もう少し待って下さい。必ず払いますのでお願いします」
それはそれは見事な土下座だったという。
「ふっ、あんたがあたしに勝とうなんざ10年早いのよ」
パンパンっと手を払い勝ち誇るハルカ。ぐぬぬっと歯ぎしりしながらレキアは震える体を奮い立たせる。
「って、それはともかくだ。とにかく今あるだけのインスタントパワーをくれ。ツケで!」
「あんたねぇ、今の話聞いてたの?」
はぁっとため息をつき、渋々インスタントパワーの札を渡す。
「これじゃあ足りねえよ。あるだけくれっつったろ」
「だ、か、ら、欲しけりゃ今までのツケを払ってからよ。それまではおあずけよ」
「お前っ状況分かってんのか、今はそんな事言ってる場合じゃないだろうが」
「分かってるわよ。でもどうせまた無茶する気なんでしょ?」
「別に無茶なんてしねえよ。俺はただやる事をやるだけだ」
「それが無茶だって言ってんのよ。いつもあんたが無茶してあたしが、どれだけ心配してると思ってんのよ。あの時だっていきなり貴族のお客さんに殴りかかろうとして、あたしがフォローしなきゃどうなってたか」
「いつの話だよ。それにあれはあの野郎がお前にちょっかいを出そうとしてそれで・・・ゴニョゴニョ」
「とにかく、ダメッたらダーメ!」
プイッと顔を背けるハルカに思い切ってレキアはハルカが隠し持った残りの札を奪おうと強行手段に出る。
「ちょっ、こらっやめなさい!」
「いいから寄こせって。今使わねえでいつ使うってんだ」
「だからダメって言ってるでしょ。やッちょっ、どこ触ってんのよ!」
ドグシッ
「いい加減にしないと殴るわよ?」
ハルカは握りこぶしを作りながらレキアのみぞおちに膝蹴りを決める。
「お前、言ってる事とやってる事がちがう・・・」
レキアは腹を押さえてガクッと倒れる。と、その時。
カンカンカンッ
「何、警笛?」
悲鳴のような警笛に二人はバッと窓の外を見る。
「なんだありゃあ」
「ウソっなんで!?」
窓から見えたのは間近に迫る中央都市のゲートが閉じられていく様だった。キキィッと列車の速度が落ちる。
「きゃっ」
バランスを崩したハルカをレキアが受け止める。
「あ、ありがと」
「それよりもどうなっているんだ。なんでゲートが閉じてるんだよ」
「分かんない。でも中央都市のゲートはここ何十年も閉じられた事なんてないのにどうして」
「・・・チッつまりこれが中央都市の意思って事だろ」
「そんな、ここには姫ちゃんだっているのに」
「この国は聖王国から認められた独立自治国だ。中央都市の連中にとっては王家の人間よりも金儲けの方が優先されるんだろうさ」
これにはハルカも反論できない。
「このままじゃ悪鬼に追い付かれる。ハルカ!」
インスタントパワーの札を要求するレキアにハルカはぶんぶんと首を振る。
「ハルカ、分かってるだろ。ラフィートの奴はいない。姫さんとキョーマは目を覚まさない。隊長のおっさん達は乗客の相手で手いっぱいだ。中央都市からの援軍も来ない。なら俺がやるしかねえだろう?」
「・・・」
「ハルカ!」
俯き、沈黙していたハルカがレキアに札を突き出す。
「いい?絶対無茶しないって約束して」
「ああ、無茶なんてしねえよ」
「絶対だかんね。これ全部ツケにしとくから、ちゃんと払い終るまで死んでも取り立ててやるんだから」
「はは、そりゃ怖えな。分かったよ、約束だ」
うーっと唸るハルカから札を受け取り懐にしまう。
「・・・そうだハルカ」
「あによ、まだなにかある・・・のお」
レキアは力強くハルカを抱きしめる。そして突然の事に硬直するハルカにそっと唇を重ねる。
「んっ!?」
「これも、ツケにしといてくれ」
と、言うが早いか、ハルカの平手が飛んでくる前にしゅたっと離れる。
「な、な、な、あんたねえ!」
「んじゃ、行ってくる」
そそくさと出て行くレキアにハルカの怒声が飛ぶ。
「このバカレキア!死亡フラグ立てていくんじゃないわよ!絶対よ、絶対返しに来なかったら許さないんだからね!絶対許さないからあ!!」
ハルカはへなへなと膝をつくと唇を噛みしめ、既に姿の見えなくなった少年に向かって小さく「バカ」と呟いた。
「どうなっている、何故ゲートを閉じるのだ?」
先頭列車の運転席から中央都市のゲートが警笛を響かせながら閉じられていくのを見たタカラが車掌の胸倉を掴み上げて怒鳴る。
「そ、そんな事言われましても分かりませんよッむしろこっちが聞きたいぐらいなのに」
車掌は涙目で訴える。
「くっおい、応答しろ!誰か居ないのか!」
車掌では話にならないと、タカラは通信機に向かって叫び続ける。だが、ツーっと言う音しか聞こえてこない。「くそっ」と受話器を叩きつけたと同時にガクンッと車体が揺れる。顔面蒼白の運転手がブレーキをかけたのだ。
「なにをしている、速度を落とすんじゃないっ」
「で、でも」
「すぐ後ろに悪鬼が迫っているのだ。追いつかれてしまうぞ」
「でも前はッゲートが、行き止まりですよ!このままじゃ激突しちゃいますよ!」
後ろの車両からも異変に気付いた乗客達が悲鳴を上げ始める。
「騎士様、もう無理ですよ。お客さん達がパニックになっちゃいますよ。早くみんなを降ろしたした方がいいんじゃないですか」
「うぐぐ、ダメだ、こんな所で停まっては悪鬼から逃げられん。何とかゲートを開けさせられないのか?」
「だから無理ですって。こっちからは何も出来ませんよ」
そうこうしているうちにも中央都市のゲートが近づいてくる。
「こうなればやむをえん」
タカラは魔導器をセットする。それを見た車掌が慌ててタカラを止める。
「き、騎士様何をなさるおつもりですか」
「緊急事態だ。あのゲートを破壊する」
「んな無茶な!」
「無茶だろうが何だろうが私には姫様をお守りする騎士としての使命がある。故に、妨げるものは何であろうと容赦はしない!!」
タカラは窓から身を乗り出すとゲートめがけて魔法弾を発射する、が。
カンッ
と、かわいた音と共に魔法弾が弾かれる。
「なんと!」
「そりゃ当然ですよ。あのゲートはちょっとやそっとの攻撃じゃあビクともしませんよ」
それならば、とタカラはインスタントパワーの札を一枚取り出す。札にはあらかじめ必要になるだろう能力が書き込んであった。タカラが選んだのは魔力アップだ。
「この乾坤一擲の一撃を、姫様の為に!!」
叫びながら放ったタカラの攻撃がゲートの届いたかという瞬間。
ドゴォォォォンッ!!!
轟音と共にゲートが大爆発を起こす。
「うっそおぉぉ!?」
キレイにハモったタカラ達の声が日の傾き始めた空にこだまするのだった。
時は魔の文明。
魔法科学の発達によって栄華の時を迎えたエレクシア聖王国。
聖歴S50年。
予見された災厄に対するために伝説に語られる6人の勇者を探す使命を受け、旅立った聖王国の王女アズサ。マの国で復活した人類の天敵101体の悪鬼に追われるアズサのもとに勇者として目覚めた少年達が集う。
光の勇者 ラフィート
獣の勇者 レキア
機の勇者 キョーマ
3人の勇者を加えた一行はラの国の首都、自由交易都市セントラルシティを目指す。
だがその影で暗躍するものがあった。邪神デスアースの復活をもくろむ男、ナイトメア。
ナイトメアの影の影響を受け暴走したキョーマの固有能力『未来視』は上位能力『未来視の書き換え』を発現させた。アズサに想いを寄せるキョーマはラフィートへの嫉妬と対抗心からラフィートのいない未来に書き換えてしまった。
それから3年後、ラフィートは廃墟と化した中央都市で目を覚ます。そこは悪鬼達によって蹂躙された絶望の世界だった。そしてラフィートは黒き獣『邪鬼』に襲われそうになっていた、少女ナアルフィと出会う。
ナアルフィの家に転がり込んだラフィートだったが、彼女を狙う謎の組織『邪神教団』の襲撃を受ける。その教団を率いていたのはラフィートのよく知る女性、ハルカだった。レキアを失ってしまった事で狂ってしまったハルカはナアルフィを人質にして、ラフィートを狂戦士と化したタカラと戦わせる。タカラはハルカの上位能力『人形遊び』に操られながらもアズサの遺言をラフィートに伝えて散る。
ハルカの目的はどんな願いでも叶えてくれるという邪神をよみがえらせてレキアを取り戻す事だった。だが、その願いは叶う事なく、ハルカはささやかな幸せの夢の中で息を引き取った。
命からがらナアルフィを助け出したラフィートだったが邪神教の執拗な追撃に精神的にも肉体的にも消耗していく。逃避行の果てにたどり着いた故郷タリアシティは無残にも海の底に沈んでいた。呆然自失のラフィートの前に突如悪鬼が現れナアルフィは殺されてしまう。激昂したラフィートは勇者のオーブに隠された力を発現させるが圧倒的な力の差に打ちのめされてしまう。
絶体絶命の危機を救ったのは成長したキョーマだった。
誰も救えなかったと嘆くラフィートにキョーマはアズサを救う為にこの絶望の世界の始まりとなった3年前にラフィートを戻すと言う。
一方その頃、現代では中央都市を目指すアズサ達を乗せた列車は列車型の悪鬼トレインに追われていた。
消えたラフィートを呼び戻す為にキョーマの心へと入ったアズサだったが、逆にそこで待ち構えていたナイトメアの影に捕らわれてしまう。レキアはトレインを止めるべく奮闘するが、列車の到着を待たずにハルカの兄カナタは中央都市のゲートを固く閉ざしてしまう。が、ゲートは何者かの手によって破壊される。
のちに世界に絶望をもたらした『中央都市の戦い』と呼ばれる決戦が刻一刻と迫る。
勇者達の戦いは未来に希望を灯す事が出来るのだろうか。
キョーマは「世界を変える」と言った。
この世界にはもう誰も居ない。アズサもハルカもナアルフィも、みんな死んでしまった。だから世界を生まれ変わらせるのだ、と。だがそのキョーマは黒いオーラを身に纏い口角を歪めほくそ笑む。
「さて、ふぅん?なるほどな、妙な気配は貴様・・・じゃない君でしたか」
違和感。声や口調はキョーマのものだが何かが違う。
「お前、キョーマだよな?」
真っ黒いオーラのせいか、まるで別人の様に感じる。
「ああ、もちろんだ。です。我、じゃない。僕はキョーマですよ?」
違う、こいつはキョーマじゃない。ていうかこれで誤魔化せてると思っているのだろうか。
「お前は誰だ!キョーマはどうなったんだ」
「だから言っているじゃないですか。僕は・・・あー、まあいいか。我は影。この小僧の心の夜海より出でし影」
面倒くさくなったのか、影はあっさりと正体を明かす。
「やみの影?」
「貴様たちが邪鬼と呼ぶモノよ」
「邪鬼だって!?」
以前、邪鬼とは悪鬼に殺された人間の怨念だってナアルフィに教えてもらった事を思い出す。
「邪鬼とは邪気、人間なら誰でもが持っている恐れや妬み、怒りや悲しみと言った負の心。それが具現化したモノが邪鬼。それは当然貴様も例外なく心の奥底に潜めているモノよ」
「う、嘘だ!そんな事あるものか」
あの時ラフィートの中から現れてナアルフィを襲おうとした邪鬼、あれが自分の心だなどと認めたくなかった。それにこの邪鬼は何かおかしい。これまでも幾度となく邪鬼と遭遇してきたがこんなにも流暢に言葉を話す邪鬼は見た事が無い。
「それにしても・・・」
キョロキョロと周りを見渡して、ふと緑色の空に浮かび続ける白き月を見上げる。
「そうか、こうなったのか。いつの世の人間も変わらんな、クカカッ」
ブツブツと独り言ちる影は白き月に向かって仰々しく両手を広げる。
「見ているか月の民たちよ。我らは遂に新世界の鍵を手に入れた。地球新生計画は我が主によって成就されるだろう。悔しいか?悔しかろうククックカカッ」
「地球・・・新生」
聞き覚えのある言葉にラフィートが反応すると影は視線をラフィートに向けニタッと笑う。
「貴様たちも何やら企んでいたようだが残念だったな。だが礼を言おう」
「どういう意味だ」
「なに、貴様たちが動いてくれたおかげで鍵を手に入れる事が出来たのさ。そう、月の姫は夜海に落ちた」
「!?」
ニタニタ笑う影をラフィートは睨みつける。
「姫に、何をした?」
「ん、ククッさてな。我は鍵が手に入ればそれでいい、今頃月の姫がどうなっているかなど知らぬよ」
「てっめえ!」
影に掴みかかろうとするも、するりっとかわされ、逆にガッと影の人間離れした力で首を掴み吊り上げられる。
「ぐぅうあ」
「クカカッそう粋がるな。喜べ、貴様たちの望み通り世界は変わるのだ。だが貴様に戻ってこられてはいささか厄介なのでな、この消えゆく世界で大人しくしていてもらおう」
そう言って影はラフィートの勇者のオーブに手をかける。
「そうそう、これは返してもらうぞ。我が主が『一つなるもの』となる為には一つとて欠ける訳にはいかんのでな」
「っ!?は、離せッ!くそっキョーマ!聞こえないのか!キョーマ!!」
キョーマに呼びかけるラフィートを影はせせら笑う。
「俺は諦めない!守るって誓ったから!もう何も失いたくないから!キョーマ、お前はどうなんだッ」
ラフィートの叫びに勇者のオーブに鈍い光が灯る。
「キョーマ!お前は姫を守るんじゃなかったのか!助けるんじゃなかったのか!姫が危ない目に遭わされているかも知れないのに、お前はこのままでいいのかよ!」
キィィィンっと二つの勇者のオーブが共鳴する。
「無駄だ無駄だ。貴様の声など・・・?ぐ、うう」
突然、影はラフィートから手を離すとガクガクと震えだす。
「何だ、これは・・・一体何が・・・ぐう、がはあ、ああっ!!これは・・・まさか」
ラフィートが何が起きているのか分からず見てる前で、身体を掻きむしりもがく影はまるで一人芝居のように声色を変える。
「お前が僕の邪鬼だって?笑わせるなよ、ナイトメアの使いっ走り風情が」
「小僧、まさか既にジン化を」
「ふふっ罠とも知らずのこのこやって来るとかバカですか?いや、罠と知りつつか、でしたっけ?」
「ぐ、我を嵌めたというのか、小僧ごときがッ」
ああーっと影が叫び声を上げ、自分の身体を抱きしめる様に膝をつく。ジタバタともがき苦しみ暴れ続ける影にラフィートは恐る恐る声をかける。
「キョーマ、なのか?」
「はい、ご心配かけました。ありがとう、君の声のおかげでギリギリで踏ん張れました」
キョーマの身体に纏う黒いオーラが薄くなるが、キョーマはまだ苦しそうな顔をしていた。
「どういう事なのか説明してくれ、今のは邪鬼、なのか?」
「似た様なものですがこいつは違います。こいつは3年前僕に憑りついた影。その半身です」
「・・・?」
「君が3年前の僕たちとの道を開いた事で、のこのことこっちの様子を見に来たという訳です。ぐ」
「ぐうぅ、我が・・・こんな、うぅ」
キョーマの中で二つの意識がせめぎ合っているが、どうやらキョーマが主導権を取り戻したようだった。
「大丈夫なのか?」
「はい大丈夫です。もうこいつには何も出来ませんよ。それよりラフィート君、そこの剣を拾って下さい」
膝をついたまま先程キョーマが作り変えた剣を指差す。
「これか、どうするんだ?」
ラフィートが落ちていた剣を拾うとキョーマは静かに頷いて言った。
「その剣で、僕を、殺してください」
と。
当然ラフィートは否定するがキョーマはもう一度、同じ言葉を繰り返す。
「ラフィート君、僕を殺してください」
「っざけんな!そんな事出来るわけないだろ!!」
キョーマはやれやれという風に首を振り、真っ直ぐにラフィートを見つめる。その目には覚悟を決めた揺るがない光があった。
「なんでッ殺すって事は死ぬって事なんだぞ。死んだら死んじまうんだぞ、分かってんのか!」
「落ち着いて、言ってる事がめちゃくちゃですよ。もちろん、最初から覚悟はしていた事です。さっき君も言っていたじゃあないですか、姫さまを助けるんだって。これは姫さまを助ける為に必要な事なんですよ。それに僕はこいつを絶対に許さない。こいつが僕から姫さまを奪った張本人なのだから」
キョーマは自分の胸に手を当て深く吐息を吐く。その間もキョーマの中から影のうめき声が漏れる。
「いつまでも君の事を忘れない姫さまを僕は、困らせてやろうと思ったんです。居なくなった君なんかよりも僕の方がずっと姫さまにふさわしいんだと分かってもらいたかった。こいつはそんな僕の心の奥底に潜んでずっと機会を窺っていた。そしてあの日、僕は悪魔の囁きにそそのかされて姫さまを・・・邪神教に引き渡してしまった」
キョーマは悔しそうに顔を歪ませる。
「僕は取り返しのつかない事をしてしまった。その事に気付いた時にはもう手遅れだった。姫さまは死んでしまった。どんな犠牲を払ってでも姫さまだけは守るって決めていたのに、こいつは僕を嘲笑って消えたんだ。こいつは強い、このまま作戦を決行しても僕達だけじゃ太刀打ち出来ないのは分かっていた。それでもこいつが僕の中から出てくる前に手を打たなきゃいけなかった。だから策を練った、こいつを嵌める罠を考えた。こいつは僕の邪気を取り込んだ影、なら僕が邪気を送れば引き寄せられる。それも恐らくは力の一部を分けて送ってくるだろう。それでも僕は支配されるかもしれない。だから悪鬼の封印限界を超えた状態にした。そうすれば逆に奴を縛りつける事が出来る。悪鬼は邪鬼にとっては毒みたいなものだと聞いていたからね」
キョーマは最初から影を道連れにして死ぬつもりだった。いかに強大な力を持った影とはいえ、力を二つに分けれれば対抗できると考えたのだ。
「ラフィート君には悪いですが後の事はお任せしますよ。こいつと、3年前にいるこいつの本体を倒せなければ姫さまは救えない。けど僕にはもう時間がない。言ったでしょう、封印限界を超えた勇者がどうなるかを」
勇者のオーブには悪鬼を封印する力がある。だがその数には限界があり封印限界を超えて悪鬼を封印すると悪鬼の呪詛によってその勇者は命を落とす。それがキョーマの告げた事だった。
「じゃ、ちゃちゃっとやっちゃって下さい」
キョーマはまるで他人事のように軽く言うがラフィートは握る拳を震わせる。
「・・・出来るかよ、出来るわけねえだろ!!」
「あのさラフィート君、こいつを野放しにしたらもう誰にも止められないんです。姫さまを救う為にはこいつが僕の中にいる今ここで確実に倒しておかなくきゃならないんですよ。君には残りの半身も倒してもらわなくちゃならないんだし、躊躇している場合じゃないでしょ?」
「嫌なんだ、俺はもう、誰も、仲間をッ傷つけたくないんだ」
震えるラフィートの手には未だタカラを突き刺した時の感触が残っていた。
「あの時俺は、タカラのおっさんなら何とかしてくれるって自分で考えもせずに言われたままにタカラのおっさんを殺してしまったんだ。あの時ちゃんと自分で考えていれば、ちゃんと状況を理解していれば誰も傷付けずに済んだはずなんだ。タカラのおっさんも、ハルカも、誰も死なずに済んだはずなんだ」
がくりと力の抜けたラフィートの手からスルッと剣が零れ落ちる。
「クククックカカッどうやらとんだ見込み違いだったようだな小僧」
キョーマの中から影が嘲り笑う。
「黙ってろよ、今はお前の相手をしている暇はないんだ・・・う、く」
「クカカッどうした小僧、ずいぶん苦しそうだぞ。そろそろ限界が近いのだろう?誰に何を吹きこまれたのかは知らんが所詮は人間の浅知恵、無駄だったな。ククッお前が自我を失う瞬間、我は戻らせてもらうぞ。お前如きと心中するつもりはないからな。ここで得た情報は我が主に一つ残さず報告させてもらう。そうなればもはや月の姫など必要ない。生かすも殺すも主のご意志次第という訳だ、ククク」
「ッ!?そんな事はさせ・・・な、い。くっ」
キョーマは胸を手で押さえながら前のめりに倒れる。
「ラフィート君、君も言ったでしょう姫さまを助けたいって。その為にはもうこれしか方法が無いんです」
「それでも俺は嫌なんだ、誰かを助けるために誰かを犠牲にしなけりゃならないなんて。俺はもう二度と、助けられる人を絶対に見捨てたりしない」
そう言うラフィートをキョーマはどこか懐かしそうに笑う。
「・・・それが君の答えですか?」
「え?」
「おぼえていませんか、以前姫さまに勇者の覚悟を問われた事を。何のために戦うのか、力をどのように使うのか、と」
もちろん覚えている。キョーマにとっては3年前の事でもラフィートには半年ほど前の事なのだから。あの時レキアは助けない人間を選ぶ覚悟があるかと言った。それにラフィートは答えられなかったが今ならどうだろうか。
ラフィートの脳裏に助ける事の出来なかった、大切な人達の顔が浮かぶ。
「俺は、助けたい。助けないための理由も覚悟も要らない。俺はみんなを助けるためにこの力を使う!だからキョーマ、お前の事も助ける!絶対に何か方法があるはずだ」
「ふふっ君がそうしたいならそうすればいい。姫さまはきっとあの時、君のその言葉を待っていたのでしょうからね。けどね、それでも誰かが犠牲にならなければならない時もある。今がその時なんですよ。姫さまを、みんなを、世界を救うためなら僕は、この命をかける!」
キョーマが両手を広げた瞬間だった。
ストンッ
と、キョーマの身体を魔法の矢が貫く。
「えっ・・・なに、が?」
何が起きたのか全く分からないラフィートの前でキョーマが仰向けに倒れる。
「がは、バカな・・・こんな、これは・・・まさか」
「そう、さ。これでいい」
「くそ、我がこんな所で、こんな小僧ごときに・・・おのれ、“出来損ないの魔女”め、余計な事を・・・」
「フンッざまあみろ・・・お前達の好きにはさせない。僕は、姫さまを守るんだ」
駆け寄ったラフィートを見てキョーマは笑って見せる。
「何て顔をしてるんですかラフィート君。これでいいんですよ、どのみち僕には死ぬしかなかったのだから」
「だからって、なんでそこまでして・・・」
「言っておきますけど、僕は決して後悔なんてしていませんよ。僕は、僕の思うままに生きたんだ。・・・ああ、楽しかったな・・・姫さまが居て、レキア兄さんやハルカ姉さん達と一緒に世界中を旅して・・・悪鬼との戦いはつらい事も多かったけど、それでも姫さまがそばにいてくれるだけで僕は幸せだった。でも、僕は見てしまった・・・姫さまが・・・泣いていたのを。その時になってはじめて僕は、姫さまの気持ちに気付いてしまった。そして、嫉妬した、君の事を。居なくなった君に想いを馳せる姫さまに僕だけを見てもらいたくて僕は・・・こふっ」
ピキリっとキョーマの勇者のオーブに亀裂が走る。と同時に纏っていた光の鎧が光の粒子となって消えていく。
「キョーマッ」
呼びかけるラフィートを片手で制し、キョーマは続ける。
「みんな居なくなってしまった。全部僕のせいだ。そんな時、“あの人”が言ったんだ、「世界を変える事が出来るかも知れない」って。正直僕は世界がどうなろうとも興味はありませんでした。でもそれで姫さまを救う事が出来るかも知れないと聞いて、僕は、僕のやるべき事を理解しました」
「どうして、お前はそこまで姫にこだわるんだ、俺達と姫とじゃあ身分とか、違い過ぎるのに」
「・・・君は、身分で人を好きになるのですか?違うでしょう、僕は姫さまが、姫さまだから好きになったんです。姫さまの為なら命をかけてもいい。だって、姫さまだけが僕を、本当の僕を見てくれたから。嬉しかったんだ、あの時、僕に手を差し伸べてくれた女の子が、笑ってくれたのが姫さまで本当に、よかった。だから、これだけは覚えていてください。勇者の敵は悪鬼だけじゃ、ない。・・・だから、ラフィート君。たとえ、世界のすべて、が・・・も、姫さまを、まも・・・」
勇者のオーブが砕け散る瞬間、キョーマは聞こえるか聞こえないかというか細い声で「・・・今まで、ごめんなさい」と、告げて事切れた。
「キョーマッ」
身体を揺さぶるがキョーマは満足したという顔でもう、何も答える事は無かった。
「バカ野郎・・・最後の最後で謝るんじゃねえよ。これじゃあ殴れねえじゃねえか・・・」
涙が止まらなかった。嗚咽で声がかすれてしまう。キョーマの体に伸ばした指先がコツっと固いものに触れる。
「・・・え、これは?」
死後硬直?いやいくらなんでも早すぎる。よく見るとキョーマの体は一部分が石のように硬化していた。
「いつまでそうしてるつもりだい?」
呆然としていたラフィートに後ろから声をかけられる。ラフィートは声のする方へ顔だけを向ける。
「・・・え?君は」
ラフィートの背後にはいつの間にか少女が立っていた。その少女を見たラフィートは自分の目を疑う。何故ならその少女には見覚えがあったからだ。それもラフィートの知る姿、3年前と変わらぬ姿そのままで。
「時間は無いんだ。ちゃっちゃといくよ」
戸惑うラフィートを尻目にその少女、占い師のケインは両手で構えた輝く杖をラフィート目がけて振り下ろすのだった。
アズサは闇の海に漂っていた。
そこは一切の光の射さぬ闇の中。朦朧として闇に溶けてしまいそうになる意識を必死に保とうとするが、頭痛の様な耐えがたい痛みがアズサから思考を奪っていく。
――このまま、溶けてしまえば痛みを感じなくなるのかな。
痛みは肉体的なものだけではなかった。闇の中からひそひそとアズサを貶める声が聞こえてくる。それは幼い頃からずっと聞かされ続けてきたものだ。父や兄達に腫れ物に触るように遠ざけられて、好奇の目に晒されるアズサは一人で恥辱に耐えるしかなかった。何よりも辛いのは貶める声の中に兄達の声も混じっていた事だった。幼い頃のアズサは自身の固有能力を制御できなかった。神眼が暴走する度に一人また一人とアズサの傍から離れて行ってしまう。兄姉たちとの決定的な亀裂は兄の一言だった。
「お前さえ生まれてこなければ母上は死ななかった」
アズサは母の温もりを知らない。アズサの母ミズキはアズサを産んですぐに他界したから。兄達はそれをアズサの眼のせいだと僻見したのだ。
「あっ」
アズサは小さく息を呑む。ズキンッとした頭痛と共に神眼がビジョンを見せる。
「いや、もう何も視たくない・・・」
どれだけ耳を塞ごうと目を逸らそうとも、アズサの神眼は無意識に全てを視てしまう。神眼は少年の姿を映す。
「あ、ラフィートさん」
ラフィートの姿を見てアズサは知らず知らずのうちに頬を緩める。が、ラフィートの隣に寄り添う少女に気付くと顔を強張らせる。
「え・・・誰?」
アズサの眼に映る二人はまるで恋人同士のように仲睦まじく語り合っていた。
「なに・・・何なの、これ。・・・っ」
二人の姿を映す瞳から涙が零れる。胸の奥がチクチクと痛む。
「やだ・・・なんで・・・」
自分の涙の意味が分からず戸惑いながら涙を拭う。
「悔しいわよね。わかるわぁその気持ち」
「だ、誰」
突然頭の中に声が聞こえる。それもその声はよく知る声、まぎれもなく自分自身の声だった。
「うふふ、わたしはここでずっとあなたが来るのを待っていたの。うれしいわ、やっと来てくれた」
「そんな、私はあなたの事なんて知りません」
「あなたはわたし。わたしにはあなたの思っている事全部お見通しなんだけどな。ほらみて、彼ったらあんなに鼻の下伸ばしちゃって。いやねぇ」
「・・・」
「あ、今むっとしたでしょ。うふふ」
「む、むっとなんてしてませんっ」
「隠してもダメよお。ねえ、ムカつくわよね。何よあの女、ひとの男に手を出すなんてさ」
「な、何を言って、ラフィートさんはそういうんじゃありません」
「えー、彼はあなたが見つけたあなただけの勇者じゃない。そうでしょ?」
顔を真っ赤にするアズサをもう一人のアズサがからかう。アズサは首を振り自分に言い聞かせるように否定する。
「うふふ、純情なわたしったら可愛い。でもそうよね、わたしはあんな浮気男の事なんてどうでもいいわよね。ただ何となく目についただけ、そう誰でもよかったのよね」
「な、違いますッラフィートさんは・・・誰でもいいとか、そんなんじゃなくて・・・」
「あんなのでも一応勇者ですもの、誰にも渡したくないわよね。でもだからって勘違いされるのもイヤだから釘を刺しておいたのよね」
「・・・何の事?」
「『あなたは何の為に戦うのですか。その強力な勇者の力をどのように使いますか』っだったかしら。ふふ、あの時のあいつらったら面白かったわよね。いきなりケンカしちゃってさ。『暴力を振るうのはよくないと思います』って笑うのを堪えるのも大変だったわよね。二人ともわたしの為に争うのはやめてッなんちゃって、うふふ」
「やぁ、やめ、てぇ・・・」
自分と同じ声で煽られて恥ずかしさで声が渇れてしまう。
「だいたい犠牲者が10人だろうと100人だろうと関係ない、わたしの為に戦いなさい。あなた達はわたしの下僕。その力も、命も、何もかも全てわたしのものなのだから。そう、世界の全てはわたしのもの。この美貌の前には男も女もみんなわたしの虜。富も名声も名誉も何もかもが思うまま。だってわたしは特別な女の子だもの。月の民に選ばれた新世界の女王、それがわ・た・し」
「違います!私はそんなこと思ってない!」
アズサは今までに出したことのない叫び声を上げる。そんなアズサをもう一人のアズサがせせら笑う。
「そっかあ、そうよね。謙虚なわたしったらホント可愛い」
茶化す様な声は次の瞬間、アズサの心の奥深くに冷たい刃を突き立てる言葉に変わる。
――わたしはただお父さまに褒めてもらいたかっただけ。
「ちがうッ」
アズサは耳を塞ぎひざを折る。
「わたしはお父様に認めてもらいたかったのよね。お前は自慢の娘だよって言って欲しかったのよね」
「ちがう、ちがうッ」
「お父様の言いつけ通りにお城でお人形さんみたいに大人しくしてれば良かったのに、褒めてもらいたい一心でマの国なんかに行っちゃって、そのせいで悪鬼を解き放つ事になっちゃって、これじゃあ褒めてもらえないから必死で勇者を探したのに、その勇者をどこぞの女に盗られちゃったのよね。ああ、なんてかわいそうなわたし」
「ちがう・・・ちがうの、ちがぅ」
「あぁお父さま、わたしはこんなにも使命を果たす為に頑張っています。だから私を見て下さい。わたしを愛してください。わたしはお父さまを愛しています、だから・・・」
「もうやめてッお願いもうやめてぇ」
心理的欲求を暴露されて羞恥からポロポロと涙が溢れてくる。
「わたしはこんなにもお父さまを愛しているのに、誰もわたしを愛してくれない。つらいわよね、分かるわその気持ち。だってわたしはあなただもの。わたしだけがあなたの気持ちを分かってあげられるの」
アズサは子供のように泣きじゃくりながらイヤイヤっと首を振る。
「だからもう泣かないで。わたしがあなたを愛してあげるから。さあ、こっちへ来て。怖がらなくても大丈夫よ。力を抜いて、そう、わたしに身を委ねて、もう何も考えなくてもいいのだから」
夜海がアズサを優しく包み込む。その心地よさ、気持ちのよさに溺れてしまいそうになる。
「本当に・・・溶けてしまいそう」
まどろみに沈みかけた意識を無理やり引き上げられる。
「まだよ。まだイっちゃダメ」
「は、離して・・・私は、もっと」
あの優しい海に浸っていたい。「邪魔しないで」とアズサは虚空へと手を伸ばす。
「うふふ、なあにそんなにも気に入ったの?いいわ、いつでもイかせてあげる、けどその前に教えてちょうだい。アレは何処?あなたが持っているのは分かっているのよ」
「・・・何の事?わからないわ」
「しらばっくれないで。あなたは知っているはずよ、闇の中に煌めく青き宝石を」
「あお・・・い宝石?」
アズサはいつか視た漆黒に浮かぶ青の星を思い出す。
「ああ、それよ」
「え・・・」
「ふふ、これはね『スフィア』。新世界の扉を開く鍵」
「スフィア?」
「今はそれ以上知らなくてもいいわ。ありがとう、少し借りるわね」
と、それまでアズサの体を支えていた力が消えて「あっ」と言う間もなく夜海に落ちる。
「あなたはそこにいるといいわ、溶けて何もかも忘れてしまうほど、永遠にね」
トプンッ
「あ・・・あれ?なんだ、これ」
一面に広がる闇の世界に放り出されたラフィート。上を向いているのか下を向いているのか、右か左かも分からない闇の中でなぜか自分の身体だけは見えていた。それはおそらく身に纏っている光の鎧のおかげなのだろうと思う。
「だけど、俺なんでこんな所に居るんだっけ?」
朦朧とする意識を振り絞って今の状況を思い出してみる。
「たしか・・・そうだ、俺確かケインに会ってそれで・・・」
「時間は無いんだ。ちゃっちゃといくよ」
戸惑うラフィートを尻目にその少女、占い師のケインは両手で構えた輝く杖をラフィート目がけて振り下ろす。
ゴチンッと目から火花が飛び出しそうな痛みに頭を押さえて呻く。
「いってえ!何すんだって・・・ええっお、俺が死んでる!?」
目の前で白目をむいて倒れている自分を見ておろおろと狼狽える。
「落ち着きな、まだ死んじゃいないよ。ちょっと魔法で精神体を切り離しただけサ」
「魔法って、思いっきり鈍器で殴られた気がしたけど。って、君は・・・ケインちゃん、さん?何でここに?あれ、でも変わってないような。3年経ってるはずなのに?」
「大前提!人を見た目で判断すんなっつたろ?」
「え、じゃあ今何才なのさ?」
「女に年を聞くんじゃない」っと魔法の杖でポカリと叩かれる。この人はホントよくわかんないな、と思いつつとりあえず状況を教えてもらう。
「姫を助けるために手を貸して欲しい、って機の坊やから頼まれていたのサ。で、キーマンであるアンタがウダウダしてたらあたしの方で尻を叩いてやれってサ。ま、叩いたのは尻じゃなくて頭だったけどね。あっはっは」
ハハっと愛想笑いをしつつ、ラフィートはケイン持っている魔法の杖に目を止める。
「なあ、その杖・・・もしかしてキョーマを撃ったのはケインさんなのか?」
「ん、これかい?そうサ、あたしがやったんだよ」
それが何か?と言うケインにラフィートは掴みかかろうとするが精神体である今のラフィートの手はむなしくケインの体をすり抜ける。
「なんでだ!なんでキョーマを!!殺す、事なんてなかったのに・・・」
「は?なんだい、機の坊やから聞いてなかったのかい?封印限界を超えた坊やはどのみち長くはもたなかったんだ。それでも奴を道連れにするって言いだしたのは坊やの方サ」
「奴はなんだったんだ。邪鬼だとか邪鬼じゃないとか言っていたけど」
「あれは影。アンタも知ってる邪神教の教主ナイトメアの影サ」
「ナイトメア・・・」
邪神教と聞いてラフィートの胸がズキズキと痛む。邪神を蘇らせるためにアズサやナアルフィを生贄にしようとした狂気の集団。そのボスの名がナイトメア!
「知っているなら教えてくれ!邪神教ってなんなんだ。ナイトメアってどんな奴なんだ!俺はッあいつらを絶対に許さない!!」
ものすごい剣幕で捲くし立てケインに詰め寄るも軽くいなされ、逆に鼻先にビシッと人差し指をつきつけられる。
「大前提!アンタが今しなけりゃならない事は何?」
え、え?と戸惑い声を詰まらせるラフィートを、ゴチンッと魔法の杖で叩く。
「姫を助けに行くんだろう?目的を忘れんじゃあないよ」
「あ、そうだった。けど、どうすれば」
ケインは呆れ顔で、やれやれとため息を吐く。
「いいかい、機の坊やの力は未来を変える事しか出来ない。だからアンタは3年前に戻って機の坊やを説得して元の世界に戻してもらうんだ。その際坊やの邪気に憑りついている奴の影を倒さなければならなかったんだ。だけど奴は強い。今のアンタじゃ逆立ちしたって敵いっこないくらいにね。だからわざと分かりやすく道を開いて奴の注意をこっち側に向けさせたのサ。で、狙い通り奴は半身をこっちに送ってきた」
「でも戻るってどうやって?キョーマはもう居ないのに」
「ふふん、奴はどうやってこっちに来たと思う?そ、こっちの坊やの開いた道を辿ってきたのサ。ならその道を遡れば奴のいる3年前の坊やの心に行けるだろ。もっとも、生身では道を通れないからあたしが魔法を使って手伝ってやってんの」
なるほど、と呟くラフィートをケインは「ただし!」付け加える。
「機の坊やが死んだ今、道を維持できる時間は僅かだろう。だからちゃっちゃっとやらなくちゃいけないって言ってんのサ」
「それで俺は精神体になってんのか。てか、なんでケインさんは今の俺の事見えてんの?」
「前に言った事あるだろ?あたしも姫と同じ眼を持ってるって」
そう言って自分の赤みを帯びた眼を指差す。ケインの持つ眼は心眼。アズサの神眼と比べれば劣るものの常人が持てるものではないのだ。
ケインはおもむろに魔法の杖をトン、とラフィートの胸に当てる。すると、うっすらと光る糸が現れる。
「見えるかい?これが機の坊やが繋げたアンタと3年前の坊やを繋ぐ糸サ。これを辿っていけばあっちに着ける。けど何度も言うけどもう時間は無い。途中で途切れてしまっても慌てずにまっすぐ進むんだ。じゃなけりゃ夜海に真っ逆さまサ」
「やみ?」
「心の闇に広がる漆黒の海。一度堕ちれば簡単には抜け出せない。下手すりゃ心が溶けて永遠に闇の一部になっちまう。気を付けるんだね」
夜海に身を委ねながらぼんやりと思い出していく。
「ああ、そうだった。俺は過去に戻ろうとして、糸を辿ってたら・・・急に糸が切れて、それで・・・」
落ちた。そうだ、上も下も分からなかったけど間違いない。
「けど、落ちたってのもなんか変なんだよな。どっちかって言うと引っ張られたって感じだった」
誰にともなく独り言を言うのは闇の中で心細さからである。とにかく何かしていないと、声を出していないと本当に闇に溶けてしまいそうになるからだった。
「早く戻らないと溶けるって言ってたな。でもどうやって戻ればいいんだ?」
光の糸は既に切れて無くなってしまっている。これではもうどうしようもない。と、思った時、別の糸が指に絡まっているのを感じる。
「あれ?これはなんだ・・・赤い糸?」
何も見えない筈なのにその赤い糸はうっすらと見えた。くいくいっと引っ張ってみるとピンっと張りがあった。
「とりあえずこの糸を辿ってみるか。どこに続いてるのか分かんないけど」
他に頼りも無い事なので恐る恐る進んでみる。だが行けども行けども見渡す限り闇の中。だんだん心細くなってくる。
「・・・」
静寂が支配する闇。不思議と居心地は悪くない、そんな気分になっている自分に気付きイヤイヤと首を振る。
「ダメだ。このままじゃきっとまずい事になる。何とかしないと。けどどうすれば・・・」
ラフィートはスゥーッと大きく息を吸い込み力の限りに叫んでみる。
「すぅぅ・・・わあぁぁ!!」
「きゃあ!?」
叫ぶと同時に少女の悲鳴が聞こえてキョロキョロと辺りを見渡す、がそこには何も無い闇だけが広がっている。
「だ、誰ですか?急に叫ばれるとびっくりしてしまいます」
「え、あ、ごめんなさい。誰も居ないと思ってたからって、え、誰?」
あれ?どこかで聞いた事のあるような声だけど・・・
聞き覚えのある声の主に恐る恐る尋ねてみる。
「えっと、君は誰?どこにいるの?」
「その声・・・もしかしてラフィートさん、ですか?」
「え、まさか・・・姫?アズサ姫なのか」
「はい、アズサです。ああ、やっぱりラフィートさんなのですね。こんな所で会えるなんてって、会えてはいませんね。フフフッ」
ラフィートは闇に手を伸ばしてみるが、むなしく空を掴むばかりでアズサの姿は見当たらない。
「でもどうして姫がこんな所に?」
「・・・そんな事はどうでもいいじゃありませんか。私、ラフィートさんに聞きたいことがあったんですよ」
「聞きたい事?なに」
アズサは声のトーンを落とし囁くように尋ねる。
「-----って誰ですか?」
「へ?え?な、なんで」
「私、視てましたよ。お二人がとても仲よさそうになさっている姿を」
「い、いやあの子とはそんなんじゃなくて、あの子は特別って言うかその」
「へぇ、特別なんだ。ふぅん。そうなんだ」
「いや、その、えっと」
「好き、なのですか?」
「う、ぅん。好き・・・だった。とても大切な女の子だった。でも死んでしまった。俺は・・・守れなかった」
「・・・」
「でもうれしいな。姫がやきもちを妬いてくれるなんて」
「や、やきもちぃ!?ち、違いますッ私はやきもちなんて妬いてません!」
「えー、だって気になってるんでしょ?それってやきもちじゃん」
「はわわ、ちがっ違います!ち・が・い・ま・す!」
顔を見る事は出来ないが、きっと今のアズサの顔はかつてないほどに真っ赤っかになっている事だろう。
「もうっもう!ラフィートはいつも変な所で意地悪です」
ははっと笑いながら、はたっと気付く。
「あれ、姫今俺の事ラフィートって呼んだ?」
「え、あ・・・ごめんなさい」
「いや、謝らないで。なんか、ちょっとうれしいから」
「そ、そう?」
「うん。いつも姫はどこか他人行儀って言うかさ、へへ」
「ぅぅ、あ、あの、それならラフィートも私の事を名前で呼んでください」
「え、いやそれは無理でしょ」
「どうして?」
「いや、タカラのおっさんに知られたら怒鳴られちゃうし」
「ここにタカラはいませんよ」
「そうだけど・・・いいの、本当に?」
「はい、ぜひ」
「じゃ、じゃあ・・・アズサ」
「はい!」
嬉しそうに返事をするアズサの声にラフィートも嬉しくなる。
「ちょっと照れくさいけどなんか、いいな。キョーマに言われたんだ。君は身分で人を好きになるのかって」
「そうなの?」
「ううん、確かに俺は姫に憧れていた。でもそれは憧れであってそれだけだ。俺はアズサがアズサだからす、好きに・・・なってその」
「うん?なあに、聞こえないわ」
あははっと笑ってごまかすと、アズサもつられてほほえむ。ぐっと二人の距離が縮まった気がする。
「ねえ、私、もっとラフィートの事聞きたいな」
アズサの申し出にラフィートは胸が高鳴るのを感じる。同時に何とも言えない背徳感も感じるがそこは都合の良いように解釈をしようとする。
――急がなきゃいけなかった気がするけどアズサがここに居るって事は別に急がなくてもいいって事だ
よな。今メチャクチャいい雰囲気だし・・・
「うん、俺も、アズサの事が知りたい」
お互いの姿は見えなくても二人は手をつなぎ合う。そして、自分の事や家族の事、今までに経験してきた事、夢や想いを語り合った。ここには時間は無限にある。二人だけの時間が永遠に続く。
なんて幸せなんだろう。心が満たされていくのが分かる。ずっと、このまま・・・
「ずっと、このまま一緒にいたいな」
「そうだね、こうして二人っきりで話す事って今までなかったもんな」
「そうでしたっけ?」
「そうだよ、いつもタカラのおっさんやハルカに邪魔されてさ・・・」
ふと、タカラ達の顔が脳裏によぎる。
「あ・・・れ、俺何を?」
「ラフィート、どうかしたの?」
アズサの甘い声がラフィートの思考を遮る。
「ん、何でもない」
ずっと、このままアズサと二人で夜海に溶けていく。それでいい、もう何も考えなくてもいいんだから。
「あのねラフィート、私・・・」
もじもじと恥ずかしそうに声を震わせるアズサがたまらなく可愛い。アズサの言葉を待つラフィートもつられて照れてしまう。
「あのね、私・・・ラフィートに言って欲しいなあ。えとね、私の事を・・・す」
――好きです。
アズサとナアルフィの声が重なる。その声に弾かれるようにラフィートの止まっていた思考が動きだす。
「アズサ!」
「ひゃい!?」
突然大声を出されてアズサも変な声を出してしまった。
「アズサ、ここに居ちゃダメだ。早くここから出るんだ」
「え?何を言っているの。もっとお話しましょ。あの、私ね言って欲しい事があって」
「ダメだ。ここに居ちゃダメなんだ。ケインさんが言ってた。ここは闇の海で、ここに居たら心が溶けてしまうんだって」
「・・・別に構わないわ。いいじゃない、一緒に溶けちゃいましょう。ね?」
「アズサ?どうしたんだ。いつものアズサらしくないじゃないか」
今更だがラフィートはアズサの様子がおかしい事に気付いたのだった。
アズサは夜海に浸り過ぎてしまっている?一刻も早くここから連れ出さないとアズサの心が壊れてしまう、そう感じたラフィートはアズサの声のする闇へと手を伸ばすがそこに何も感触は無い。
「アズサ、どこに居るんだ。手を伸ばしてくれ。一緒にここから出よう」
「・・・どうして?ずっとここに居ようって言ったじゃない。ずっと一緒に居ましょうよ、ね」
お願い、と甘えるアズサの声に決心が鈍る。流されそうになる気持ちを奮い立たせてアズサに呼びかける。
「アズサは言ったよな、みんなを助けるのは自分の使命で義務だって。正直俺にはとてもまねできないって思った。アズサだけが特別なんだって。けどそうじゃない。俺にも出来る事がある。それは君の手助けをする事だ。アズサを助ける事、それが俺の使命なんだ」
「ラフィートの使命?」
「そうさ、俺には俺の、アズサにはアズサの使命がある。俺達はこんな所に居ちゃいけないんだ。今、中央都市に悪鬼が迫ってる。奴を止めないと世界は終わってしまう。俺もアズサも、タカラのおっさんもレキアもハルカもキョーマも、誰一人欠けちゃダメなんだ。俺達全員で立ち向かわなきゃダメなんだ。だから一緒に帰ろう、みんなが待っている俺達の世界へ」
「みんなが待ってる・・・?」
「うん」
「・・・ウソよ。みんな私が居なくなればいいって思ってる。みんな私の事が嫌いなんだわ」
「そんな事、アズサの事を嫌いになんてなるもんか」
「ウソ。私は知ってるんだから。みんな私を恐れてる。みんな私を嫌ってる。私がお姫様だから媚びてるだけ。こんな気持ち悪い“眼”を持った私の事なんて、みんな・・・」
「誰が何を言おうと関係ない!アズサがどんな眼を持っていようと関係ない!アズサがお姫様だからとかなんかじゃない。俺はアズサが好きだ!!」
わああっとアズサは泣き崩れる。アズサはずっと、愛してる、と誰かに言ってほしかった。好きだと言ってもらいたかった。自分の存在を肯定してほしかった。だが父も兄達も誰もが異物を見るような目でアズサを遠ざけた。居場所のない世界で誰かに認めてもらいたくてずっと虚勢を張り続けてきたのだ。
「私はずっと、私の使命は私だけのものだと思ってきました。私がやらなければならない、私が一人で為さなければならないのだと・・・ずっと」
「そうだね。でも、それはきっと一人じゃダメだと思うんだ。俺やタカラのおっさん、みんなと一緒でも良い筈なんじゃないかな。俺は、俺達はがんばっているアズサが大好きなんだ。だからアズサの事を助けたいと思う。君の使命を少しでも手伝いたいと思っているんだ」
「みんなと・・・一緒?」
いつかの月の民の言葉が甦る。
――あなたは一人じゃない。あなたを頼り、あなたが頼ることのできる者たちと出会えるだろう。
「私は・・・なんて傲慢だったの。一人で何でも出来ると、自惚れていたなんて・・・一人じゃ何も出来ないのに」
「アズサ、一緒に行こう。ここから出るんだ」
とは言うものの右も左も分からない闇の中。
「・・・」
アズサは静かに瞳を閉じる。
「アズサ?」
ゾクッとした凍える感覚、アズサの『神眼』が開かれたと分かる。
「私はもう神眼を使う事を躊躇いません。一人じゃないと分かったから、傍にあなたが居てくれるから」
「アズサ・・・」
「ラフィート、見てあそこ」
アズサの声が差す先に見失ったと思っていた光の糸が揺らめいていた。
「あ、あれはキョーマの・・・良かった、ここから出られるよ」
「ラフィートは先に行って下さい。私はあなたの後を追いますから」
「どうして、君を置いてなんて行ける訳がないよ」
「ううん、そうじゃなくてラフィートが先に行って道を照らして下さい。あなたが灯してくれた光が私を導いてくれると信じているから」
「それなら約束してもいいかい?」
「約束?」
「うん。俺は先に行って君を待ってる。だからもう一度君に会えたら俺は君を力いっぱい抱きしめたい。嫌って言われても抱きしめるから、いいよね」
「・・・はい、いいです。けど」
「けど?」
「・・・痛く、しないでくださいね」
上目づかいに見上げるアズサが霞んで見えて、かあっと頭が熱くなる。たまらずアズサに手を伸ばすがその手はむなしく闇に泳ぐ。そこにはもうアズサの気配はない。これまで重なっていた心が離れていくのが分かる。アズサの声がとても遠くに聞こえる。アズサにはもう手が届かないかも知れない、そんな不安が頭をよぎる。
「違う!必ず届く。俺は届かない男じゃない!だから!!俺は行くんだあの先に。アズサ達が待っているから」
漆黒の夜海を一筋の閃光が切り裂いていく。アズサはその光を眩しそうに見つめる。光の中に向かって伸びていく赤い糸を握りしめながら・・・
「う・・・くっ、あぁ」
暗い闇の中、少女の呻き声が漏れる。無数の影に拘束され身動きできない少女を影の男は弄んでいた。
その様子を見ていたケインが舌打ちをする。
「何て事、最悪の状況じゃない。まんまと罠にはめられちゃってるし」
ケインは占いで未来の自分からのメッセージを受け取っていた。
――アズサ達が窮地に陥るからなんとかサポートしてやってほしい。
「奴の目的は間違いなく姫の持っている例の鍵だ。それもよりによって姫を守護すべき勇者に憑りつきやがってる。奴が半身を分けたおかげでここまで潜り込めたけど、あたしの心眼じゃ手が出せない。機の勇者が自我を取り戻してくれればまだ何とか出来るんだけど」
機の勇者キョーマの心は影の男に支配されてしまっていた。キョーマのアズサへの妄執に憑りついた影の男はアズサが隠し持っているであろうスフィアを探してアズサの精神体を掻き乱していく。
「うぁ・・・あぅ」
ビクンッと身を仰け反らせるアズサの反応を見て影の男はニヤリっと口角を歪める。
「ここか、クカカッ見つけたぞ」
ああああッと悲鳴を上げるアズサの中により深く手を潜らせていく。
「まずいッ光の勇者は何やってんのサ。このままじゃ奴の思うがままだ」
焦るケインの前で影の男はアズサの中から勢いよく手を引き抜く。その手の中に青く輝く球体が握られていた。
「クカカッやった、やったぞ。遂に手に入れた!これが神の眼“スフィア”!お喜び下さい我が主よ、我らが悲願が遂に叶うのです。クククッ」
狂喜の声を上げる影の男をケインは忌々しく見つめる。見ている事しか出来ない自分のふがいなさに苛立つ。
「さて、目的のものは手に入った。この女をどうしてくれようか。聖痕が消えている以上生かしておく価値も無いが」
影の男はぐったりと気を失っているアズサを見下し舌なめずりする。
「クククッ奴らの慌てふためく様が愉しみだ」
アズサの細い首を絞めようと手を伸ばした影の男だがアズサに触れる寸前で動きを止める。
(やめろ!これ以上姫様をいじめるな!!)
「クカカッ何を言い出すかと思えば、これは貴様が望んだ事だろう。むしろ感謝してもらいたいものだがな、これでこの女はお前のものだぞ、クカカッ」
キョーマの微かな抵抗も影にねじ伏せられる。だが。
「・・・なんだこれは?」
影の男の腕に影が絡まり付いていた。それはアズサを拘束しているはずの影。
「うふふ、あらぁ愉しませてくれるんじゃなかったの?いいのよ、ほら触れてごらんなさい」
「ッ貴様、これはどういう事だ。正気に戻っていたのか?」
アズサがすぅっと目を細めると影の男は弾かれたように後方に吹き飛ぶ。
「がふ、なんだこの力は」
さらに無数の影が影の男に追い打ちをかける。
「ちぃ、邪鬼に呑まれ暴走したか」
「ふぅん?わたしを邪鬼と呼ぶんだ、まあいいけど。よくも可愛い私を可愛がってくれたわね。わたしを傷ものにしようとした報いは受けてもらうわよ」
アズサの瞳が妖しく光る。アズサを拘束していた影が一転して影の男を拘束する。
「ひぐぅ、熱ッいや、これは」
凍えるような凍気に灼かれ影の男は悶絶する。
気が付くとアズサを中心にして闇が凍結していく。
「これは魔法?姫がこれ程の力を持ってるなんて・・・まさか、あの子と同じ力?」
圧倒的な魔力を放出するアズサを前にケインは確信する。
「六ツ花が目醒めた?姫の半分はあの血が流れているのだから当然とはいえ早すぎる。どうする、あれはもうあたしじゃ止められない。だからと言ってこのままじゃ影もろとも機の勇者が死ぬかも」
ケインが思案している間もアズサの容赦のない攻撃が影の男を打ちのめしていた。
「ひ、ひぃぃ。ありえぬ、こんな事ありえぬッ我が、こんな小娘に手も足も出せぬなどありえぬうう」
「うふふ、まだよ。もっともーっと苦しめてあげる。苦しんで苦しんで苦しみ抜いて、死になさい」
アズサは凍結した世界で優雅に舞う。その姿は見るもの全てを魅了する妖精のようだった。
「ば、化け物め。忌々しい魔眼の魔女めぇぇぇ。やっとスフィアを手に入れたというのに。何としてもこれを我が主のもとに届けねば」
「バカね、渡すわけないでしょ。わたしの物よ。いいこと?この世のすべてはぜーんぶわたしの物なの。誰にも渡さない」
影の男からスフィアを奪い返そうとするアズサだが影の男も簡単には奪い取らせはしない。影の支配権を奪い返しアズサと揉み合いになるその時だった。
「やめろ!アズサから離れろお!!」
闇の中からラフィートの叫び声が響く。
ピキリとひび割れた闇から閃光がほとばしる。
「キョーマ!歯ぁ食いしばれぇ!!」
闇を打ち砕いて光の鎧を纏ったラフィートが拳をキョーマ顔面に殴りつける。
「ふぐっあ」
不意打ちで殴られた拍子にキョーマから影の男が分離する。
「キョーマ!俺は戻ってきたぞ。戻ってきたんだ!」
「い、ててて。え?ラフィート、君?それに姫さまも?」
影の男が抜け正気に戻ったキョーマは何が起こっているのか分からず目を白黒させている。
「バカな、光の勇者だと。彼奴は時の果てに跳ばしたはず。それに我が半身はどうした。何故何も反応が無いのだ」
「お前の半身ならもう倒した。(ケインさんが)」
想定外の事態に影の男は絶句する。
「アズサ、良かった。ちゃんとまた会えた」
俯きフルフルと肩を震わせているアズサを再会の喜びに耐えているのだと思ったラフィートは優しく声をかける。
「あ、あの。で、なんだけどさっきの約束・・・」
抱きしめてもいいものかと手を泳がせる。が、その期待とは裏腹にアズサに睨まれる。
「お、おバカあ!!」
バチーンとアズサの平手が炸裂する。
「え、なんで?」
ラフィートの頬をぶった左手をさすりながらアズサはラフィートの足元をビシッと指差す。
「何て事してくれてんのよ!スフィアが割れちゃってるじゃない」
そこには青い球体だったものが落とした拍子にキレイに真っ二つに割れていた。
「「な、なんだってー!?」」
ケインと影の男の叫び声が見事にハモる。
「あれ?なんでケインさんがそこにいんの?」(ラ
「出来損ないの魔女、いつの間に」(影
「何をいまさら、さっきからいたじゃない」(ア
「え、気づいてたのかい?」(ケ
「ていうか、なんでみなさん僕の心の中に居るんですか?」(キ
全員が同時に喋りだして場は混沌と化す。収集のつかない状況をケインの一言が一蹴する。
「大前提!んな事はどうだっていいだろう。スフィアの方が問題でしょうが」
全員の視線がスフィアに向けられた時、影が割れたスフィアの片方を持ち去っていった。
「しまった!」
影の男はスフィアを手に取ると、ふんっと鼻を鳴らす。
「まあいい。これだけでも貰っていくぞ。面白いものも見れた事だしな。クカカッ」
「させないって言って・・・ちょっと邪魔あ!」
アズサが放った魔法が前に飛び出したラフィートに直撃する。
「わっ、痛ってえ。なにするんだよ」
「ラフィートさんが勝手に飛び出すからでしょ」
「へ、ラフィートさん?」
「何?わたし何か変な事言ったかしら」
「え、あれ?アズサ、だよな?」
目の前にいるアズサに何故か違和感を感じる。
「ラフィート私を抱きしめて!」
「へ、え、そんないきなり」
「早くッ」
突然口調の変わるアズサに急かされるままにか細いアズサの体を抱きしめる。
「ちょっ、やめなさい」
(いいえ、これでいいんです)
(あなた、夜海に堕ちたはずじゃ)
(ラフィートの光が私を導いてくれたのです。あなたこそ夜海にお戻りなさい)
(いやよ、やっと出てこれたのよ。もっともっと楽しい事をしたいんだから)
「ラフィートさん、苦しいわ。お願い離れて、ね」
「あ、ごめん」
「ラフィート、離さないで。もっと強く抱きしめて」
「え、ええ、どっちなんだ?」
「お願い離れて、そしたらもっといい事してあげるから」
「え、いい事?(ごくり)」
(フフン、男なんてちょろいわあ)
(あなた何を言ってるんですか。いい事なんてさせませんから)
(あら、じゃああなたがいい事する?)
(し、しませんっ!)
(純情ねえ、かわいいわ)
そっとアズサを抱きしめる腕を離そうとするラフィートにアズサはキッと睨む。
「もう、離さないでって言うてるでしょ。エッチ!」
「ええー、訳が分からないよ」
困惑するラフィートに今度はアズサが抱きつく。
(わお、だいたぁん。本当にエッチなのはあなたのほうよね)
(何とでも言いなさい。私はあなたの言葉なんかにはもう惑わされませんから)
(ふふ、仕方ないなあ。今回は譲ってあげるわ)
(え?)
(スフィア半分盗られちゃったお詫びよ。でもね、今度夜海に堕ちて来たらその時はもう遠慮しないからね)
(大丈夫です。もう二度とあそこには行きませんから)
(どうかしら、楽しみにしてるわ)
「お二人さーん、いつまでそうしてるつもり?」
ケインの声に我に返ったアズサは自分がラフィートに尋常じゃないほど体を絡ませて密着している事に気付き一瞬で顔を真っ赤に染める。
「きゃあっ何するんですか!?」
バチーンッとアズサの平手が再び炸裂する。
「理不尽すぎるッ」
「あ、ごめんなさい」
ラフィートの頬をぶった右手をさすりながらアズサはラフィートからそそっと距離をとる。
「いや、俺的には全然かまわなかったけど。良かった、いつものアズサだ」
「え、はい。ラフィートのおかげです。あなたの光が私をあの夜海から引きあげてくれました」
親密そうな二人のやり取りにケインはフフンッと目を細める。
「おやおやぁ、随分と仲がよろしいのねえ。ふむふむ、なるほどねぇ」
「へ、変な勘繰りはやめて下さい。私達はそう言うんじゃありませんから・・・まだ」
「え、今なんて?」
「な、何でもありませんっ」
「惚れた腫れたはともかく、今は・・・あれ?」
ケインが振り返ると、状況を理解しきれていないキョーマがキョトンとしていた。
「・・・奴は?」
「さっきの影の人ですか。とっくにどこかに行ってしまいましたよ」
しまったーっと肩を落とすケインだったがすぐに気を取り直してラフィートにスフィアを拾わせる。
「まあ、半分でも守れたから良しとするべきね。ほら、それを姫の中に戻して」
「このスフィアってなんなんだ?鍵がどうって言ってたけど」
ラフィートがアズサにスフィアを渡すとスフィアはスゥーっとアズサの体の中に吸い込まれていった。
「そのまんまサ。それは鍵、今はそれだけ知ってればいいよ。さて、残る問題は」
「え、僕ですか?」
どこか夢見心地のキョーマにこれまでに起こった事を説明する。話を聞き終えたキョーマは驚くほど素直にラフィートに謝罪する。
「ごめんなさい。僕、こんな事になるなんて思ってもいなくて、姫さままで危険な目に合わせてしまうなんて本当にすみませんでした」
「え、ああうん。なんか、素直過ぎて怖いな。もっと揉めるかと思ったのに」
ラフィートのパンチて邪気が払われたのか、キョーマは憑き物が落ちたように大人しくなっている。
「未来を書き換える固有能力ですか、そんな強力な力があるなんて驚きです」
「上位能力っつってね、まれにあんのよ常識外れな力を持っちゃう事がね。今回はそこを奴らにつけ込まれたせいでこんな大事になっちゃったのサ」
「それで僕はどうすればいいんですか?」
「とりあえず、光の勇者君を元の世界に戻すんだね。それで未来は変わるだろう。その後でそのリライトは封印させてもらう」
「封印?」
「その力はほっとけばまた厄介な事になりかねないし」
おや?っとケインはラフィートを見る。
「あ、あれ、体が透けて・・・」
「タイムリミットだね。ま、こっちはもう心配しなくていいから安心してあっちに戻りな」
「ラフィート、行ってしまうのですか」
「うん、そうみたいだ。けどすぐ会えるから待ってて」
「はい、待っています、いつまでも」
「アズサ・・・」
「ラフィート・・・」
見つめあう二人にキョーマはわざとらしく、コホンっと咳払いする。
「ラフィート君、今回は全面的に僕に非がありますから譲りましたが、僕は絶対負けませんから。姫さまを想う気持ちで君には絶対負けませんから!」
「ああ、俺だって負けねえさ」
「だから待ってます、僕たちの世界で。今度は抜け駆けなしの正々堂々勝負です」
ラフィートは頷き、キョーマと拳を合わせる。そして、闇に溶けるように消えた。
「さて、あたしらもお暇しようかね、帰るよ姫」
「はい」
「あ、姫さま」
帰ろうとするアズサをキョーマは引き止める。
「あ、あの・・・やっぱり僕の事、怒ってますよね。こんな勝手な事ばかりやってしまって。で、でも僕は・・・姫さまの事が、好きです。ずっと、憧れていたんです。だから、僕の事、嫌いに・・・ならないで」
キョーマに好きっと言われて照れつつも顔を綻ばせるアズサ。
「大丈夫ですよ。キョーマさんの事を嫌いになんてなったりしません。むしろこんなにも私の事を想ってくれてありがとうございます。ラフィートもキョーマさんも私にはとても大切な人です。どちらが欠けてもきっとダメなのでしょうね」
「姫さま・・・はい、僕もっともっとがんばります。姫さまの為に、姫さまの期待に応えてみせます!」
アズサは微笑むとキョーマの心から離れていった。
「ああ、遠いな・・・人の心ってどうしてこんなにも遠いんだろう。無理やり近づけようとしても全然距離が縮まった気がしないや。でも、届かないわけじゃあない。手を伸ばせばきっと届く。そうだよねラフィート君」
キョーマはスッと手を伸ばす。その先にある光に向かって・・・
ドオォォン
轟音と共に中央都市のゲートが崩れ落ちる。
「おいおいおい、どうなってんだ。なんでゲートが爆発してんだ」
列車を追いかけてTVクルーたちを乗せ爆走する自動車から身を乗り出したプロデューサーがケータイを片手に叫ぶ。
「まさか戦争、ってそんな訳ないか。何かの事故ですかね?」
「事故?んな訳あるか。見てみろ、姫殿下を乗せた列車とそれを追走する暴走列車、その先でのゲートの爆発。全部つながってんだよ、おいカメラ!ちゃんと撮ってるな?」
「は、はいっけど揺れ過ぎで、安全運転でお願いしますッ」
だが無慈悲にも速度を上げる自動車の揺れはさらに大きくなっていく。カメラマンの悲鳴をよそにプロデューサーはケータイに向かって怒鳴り声を上げている。
「特番の準備は出来てんのか?まだ!?何やってんだ、え?間もなく?急げよ!こっちはいつでもいけっからな」
通話を終えてプロデューサーは笑みを浮かべ誰にともなく呟く。
「間違いなく世紀の大スクープだぜ、とんでもない数字が取れるぜえ。ハハっ」
カメラのレンズがキュィィィィンッと音を立てトレインと戦うレキア達の姿を映す。それはテレビモニターを通じて全国へと発信される。テレビを見ていた人々は突然切り替わった画面に興味を示し注目する。
『番組の途中ですが臨時ニュースをお伝えします。先ほどセントラルシティ東部ゲートにて爆発事故が発生。ゲートの倒壊における死傷者は無しとの事です。原因は不明、なお東部近郊にて列車の暴走が目撃されており、昨今騒がれているテロリストの仕業ではないかと見られております。現場に居合わせたカメラクルーと中継が繋がってますのでこちらをご覧ください』
ユノハナの町。ユノハナレジスタンスの少年達はテレビに映し出されたレキアの姿を見て歓声を上げていた。
「見た?今リーダーが映ってた!」
「見たッス見たッス。リーダー戦ってたッス。なんだか大変な事になっちゃってるみたいッスね」
「ああ、とにかく応援しよう!がんばれリーダー!」
少年達はテレビに映るレキアに向かって声援を送る。辺境の片田舎から沸き起こった小さな声は次第に大きなうねりへとなって国中に広がっていく事になる。
列車の屋根の上で悪鬼と戦っていたレキアもゲートの爆発を目の当たりにしていた。
「ゲートがッ、これなら中央都市に逃げ込めるがこのまま奴を引き連れて行く訳にはいかねえよな。どうする」
レキアは手持ちのインスタントパワーの札の残り枚数を確認する。ひいふうみいっと大雑把に数えて3枚抜き取りポケットに突っ込むと、残りを兵士達に渡す。
「あんたらは中に戻って乗客の避難を手伝ってやれ。あいつは俺一人でいい」
「そんな無茶ですよ、我々も戦います」
「目的を忘れんなよ。あんたらの仕事は姫さんの護衛だろうが」
「あ・・・」
「ついでにさ、ハルカの事も守ってやってくれ。頼むよ」
「レキア殿・・・はいっお任せ下さい。命に代えてでもお守りいたします」
「はは、いいよ別に命かけなくても。危なくなったらさっさと逃げろよ」
命を張るのは勇者の仕事さ、と言い残しレキアは列車から飛び降りる。ゲートをくぐり駅のホームへと向かう列車を見送ってレキアは迫るトレインへ向け駆けだす。
「さあて、と。一丁気張りますか」
レキアは何も書かれていない札を握りしめ、インスタントパワーを起動させる。
インスタントパワーは札に強化したい項目を書く事でその個所を集中強化できる。札に何も書かなかった場合は全体が強化されるが、その場合若干強化率が下がってしまう。だがまれにランダムで通常以上の強化が起きる事がある。これはハルカも知らない、インスタントパワーを使い続けたきたレキアだけが知る裏ワザだ。
「姫さんに頼んどけば先読みして書いておいてくれたのかもしれないな。ま、仕方ねえか」
起動直後、これが当たりだと分かる。
「っしゃ!ツいてるッ」
それが本当にツいていたのかどうかは分からない、とレキアは苦笑する。
ふと足を止め、線路の上で空を見上げる。
いろいろな事があったがあまり実感のないままあっという間だった。それでもハルカと出会って、ユノハナレジスタンスを立ち上げて、仲間達と過ごしてきた時間は充実していたと思う。
「あいつら、今どうしてっかな」
らしくない。いつから俺はこんな感傷的になったんだ。
目の前から迫る死に弱気にされている。レキアは自分の頬を叩き気合いを入れなおす。
「さあ来いよ!こっから先へは行かせねえぜ」
惚れた女の為に命をかける、それも悪くない。
レキアは両手に獣の爪を作りだしトレインを迎え撃つ。
レキアとトレインが接触する、その刹那。
――やべえ、これは死んだな。
トレインに無残に弾き飛ばされる自分の姿が見えた。
「悪りぃハルカ、ツケ払えそうもねえ」
ドクンッ
鼓動が止まる。
目の前が一面炎に包まれる。
見覚えがある。燃えているのはどこかの居住区だ。あちらこちらから悲鳴が聞こえる。
ダンッと銃声が響く度、悲鳴が一つ消えていく。
また銃声が鳴る。
今度はレキアの手を引いていた女が血だまりの中に倒れる。
「逃げて、アレギオ!お前だけでも生きてッ」
息も絶え絶えに女はレキアを崖下へとつき落とす。
奈落へと落ちながらレキアは、「母さん」っと叫んだ。
「そうだ、俺はまだ死ねねエ。奴を、俺の家族を奪ったあいつらを見つけ出すまではッ」
レキアの獣の勇者のオーブが輝きを放つ。レキアの全身を覆った光は鎧に変わる。
勇者の鎧!
「おおおおおおおッ!!」
レキアの体が眩い閃光に飲み込まれ、消えた。
「やめてええーっ!!」
兵士達の制止を振り切って駅のホームから飛び降りたハルカがゲートから飛び出すと、今まさにレキアとトレインが衝突する寸前だった。
「レキア!やめてえ!!死んじゃう、レキアが死んじゃう!!誰か、姫ちゃん、隊長さんッ誰でもいいからッレキアを助けてッ」
声の限りに叫ぶ。いつものハルカらしくない程に取り乱し、溢れる大粒の涙を両手で覆う。
「大丈夫、です」
「え、姫ちゃん?」
振り向くとそこにはタカラに抱えられたアズサがいた。
「姫ちゃん、気が付いたのね。良かった」
「大丈夫、あの方が帰ってきます」
「え・・・?」
遠くを見つめるアズサの言葉と同時に一面に強烈な光の爆発が起こる。
その爆心点、レキアは隣に気配を感じフッと口角を上げる。
「よお大将、どこほっつき歩いてやがった?」
「ちょっと、3年後まで」
なんだそりゃ、とラフィートの方を見ずに吐く。
「レキアこそ勇者の鎧を使えるようになってるとか、流石だな」
「はン、俺を誰だと思ってんだ。格が違ぇんだよ」
「フッじゃあ見せてもらうかな、まずはこいつを止めるぞ」
ドオオンっと轟音と共に2人の少年がトレインを受け止める。
「おいおい、なんだありゃあ!!」
突然の事にプロデューサーも思わず身を乗り出す。
「あ、ちょっ、カメラ映ってますよ」
「うっせえ、いいから回せ!」
テレビを見ていた人々からも歓声が上がる。
ラフィートは歓声の聞こえた中央都市に一瞬だけ目を向ける。
「中央都市・・・そうだ、あそこには・・・あの子がいる!」
――私、3年前までお母さんと一緒に中央都市で暮らしていたの。
ナアルフィの声が甦る。
「誓ったんだ、必ず守るって」
――ナアルフィを守ってやってくれ。
「おじさんと約束した。必ず守るって、だから!」
ラフィートが雄たけびを上げる。
「気張れえ!レキア!!」
「おおおお!!」
二人の勇者の前に、ついにトレインの動きが止まる。
「今だ!」
ラフィートとレキアの勇者のオーブが共鳴する。オーブを通して力が高まっていく。
「お前をッ中央都市にはいかせない!いかせる訳にはいかないんだ!だからッ」
光の勇者のオーブが極大の輝きを放つ!
「フルパワーだ!吹き飛べよおお!!」
勇者技能、『衝撃波』!!
ラフィートから放たれた衝撃波がトレインの巨体を空へと打ち上げる。
「うわあっ何だあれ!なにが起きたんだ!」
プロデューサーの声が視聴者の声と一致する。
木の葉のようにきりきりと宙を舞ってトレインが轟音と共に墜落し大地を震わせる。巻き上がった砂煙が収まるとその中から、燃えるような紅いの空を背に光の鎧を纏ったラフィートが立ち上がる。
その姿はまさしく!
「勇者・・・!」
誰ともなくそう呟いた。それが聞こえたのかテレビの前の人々から次々に勇者コールが巻き起こる。怒号となったそれは聖王国全土を震撼させた。
「レキア、大丈夫か?」
「ああ、つうかなんだよ今の力は。お前だけずりーぞ」
「ははっ説明は後でするよ。それより」
ラフィートはアズサを見つめる。察したレキアはラフィートの背中を押す。
「行って来いよ。姫さんも待ってんぜ」
ラフィートは頷いて、光の鎧を解きアズサのもとへ駆け寄る。
「あ、あの・・・ただいま、アズサ」
「おかえりなさい・・・あっ」
アズサの言葉を待たず、ラフィートは力いっぱいにアズサを抱きしめる。
温かかった。柔らかいアズサの体が小刻みに震えていた。
「会いたかった・・・本物のアズサだ。アズサだ」
ラフィートの胸に顔をうずめたアズサは、あうっと震える手でラフィートをペチペチと叩く。
「ちょっ、ラフィート君タイムタイム!姫ちゃん息出来てないからそれ」
「おわっごめんッ」
慌ててアズサを抱く力を弱める。
「ぷあ、もうっ痛くしないでって言ったのに」
「つい嬉しくなっちゃって、ホントごめん」
「なにやってんですか、アンタって人は」
キョーマのチョップがラフィートの後頭部に炸裂する。
「痛って、キョーマ!」
「ふんっ無事戻ってこられたみたいで何よりです」
「ああ、おかげさまでな」
二人はグーに握った拳を合わせる。そして互いにフッと笑う。
「・・・その、いろいろごめんなさい。僕、ムキになってたみたいで」
「ぜってー許さない」
「ええーっ」
「だから、力を貸せ。俺達全員の力が必要なんだ。奴をぶっ倒す為に」
ラフィートが目を向けた先では、トレインが倒れた車体を立て直そうとしていた。そう、戦いはまだ終わっていない。
うん、と頷くキョーマとラフィートの頭をタカラがガシッと鷲掴みにする。
「お前達、ここからが本番だと思って気合いを入れなおせよ」
タカラの檄が飛ぶ。その声にラフィートの胸が熱くなる。
「タカラのおっさん、ハルカ・・・」
みんながいる。もう会えないと思った仲間達がいる。目の前で死んでいった大切な仲間達がいる。
「んなっ何を泣いておるんだ。気合いを入れろと言っとろうが」
「まあまあ、いいじゃない隊長さん。なんだかこっちまでもらい泣きしそう」
ハルカの優しい言葉に感極まる。
「おいおい大将、何しようとしてるのかな、ん?」
ハルカのふくよかな胸に飛び込もうとしたラフィートをレキアが羽交い絞めにする。
「え、いや、感動の再会のハグを・・・ってかその鎧を解いてくれないか?ゴリゴリして痛い」
「そうかい」、とレキアは勇者の鎧を解く。
「感動のハグとやらなら俺としようじゃないか」
そう言ってラフィートを締め付ける腕にさらに力を込める。
「ぎゃあああッギブ!ギブギブッ!」
「レキア兄さん、それじゃあハグじゃなくてサバ折りですよ。プフフ」
解放されたラフィートは、ガクリと膝をつく。
「調子に乗ってすみませんでした」
頭を垂れるラフィートにハルカは優しく肩を叩き、ケータイの画面を見せる。
「あら、別に構わないのに。後で請求するつもりだったのに、残念」
ハルカの提示した金額にラフィートはもちろん、その場にいる男達全員が震えあがる。
「怖えぇ、やっぱりハルカが一番怖えぇ」
と、アズサに振ると、自分とハルカの胸を見比べていたアズサはプクッと頬を膨らませてそっぽを向いてしまう。
「あぁ、やきもち妬いてるアズサはかわいいなあ」
アズサの愛らしさにみんなが癒される。アズサの顔がみるみる朱に染まっていく。
「もう、知りませんっ」
――ああ、帰ってきたんだ。自分の居るべき場所へ。世界へ。なら後はッ!!
「みんな行くぞ!トレインをぶっ倒すんだ!」
応ッと答えたのはレキア達ではなかった。
ゲートの瓦礫を押しのけて次々と武装した男達が外へと出てくる。その後を土煙を上げ、戦車隊が進んでくる。
「戦車!それにこの人達は!?」
驚くラフィート達を尻目に、アズサの前へと整列した男達はビシッと敬礼する。
「我ら中央都市防衛軍東部軍隊、現時刻よりアズサ様と共に戦わせていただきます。どうかご命令をッ」
今更かよ、とぼやくレキアをなだめるハルカだったが見覚えのある顔を見つけ眉をひそめる。
「あの人、確か・・・まさか、じゃあ軍を動かしたのって」
見覚えがあるはずだった。軍隊に紛れてムラサトの私兵がいた。こんな事の出来るのはハルカの知るなかでたった一人しかいない。兄であり、ムラサトコーポレーションの総帥。ムラサト・カナタだ。
ラフィートが帰還する数分前。
中央都市中央区のとある高層ビルの最上階。会議室に集まった都市運営委員会の老人達は事態の情報収集に奔走していた。
会議室の外、市街を見下ろすロビーにカナタはいた。
「ゲートの爆発、事故などではあるまい。おそらくは件のテロリストの仕業か、そうだろう?C」
振り向きもせず後ろに立つ女性に尋ねる。
「はい、例の組織に第2王子が関わっているのは分かっています。姫殿下の為に動いたのではないでしょうか」
Cと呼ばれた女性は頭を垂れたまま、さらにカナタに申し立てる。
「ほう、影が失敗したのか。ふふ、手出し無用と大口を叩いておいてこの様か」
「半分とはいえ例の物は入手しています。それに想定外の事もありました」
「まさか、姫君に刻まれたはずの聖痕が消えているとはな。では、悪鬼の目的は何だ?姫君を追っている訳ではないのだろう?」
「・・・おそらくは我々の御子様だと思われます。今からでは避難は間に合いません。M様に軍を動かすようにとN様からの命令です」
「ふむ、確かにムラサトは教団に出資しているが、入信したつもりはないのだが?」
「ですから、私からM様にお願いするようにとの命令です」
「なるほど、なら分かっていると思うがムラサトはただでは動かん。どんな些細なツケだろうと必ず取り立てる。君に何が払える?」
「何なりと。M様の望まれるままに」
言い終わる前にカナタはCの体を抱き寄せる。
「ん・・・」
強引に口づけされCは体を強張らせる。
「なにかありましたか?」
「え?」
それが自分にではなく柱の陰で息を潜めていた委員会の老人に向けられたものだと気づき、サッと襟を正す。
「あ・・・イヤ失礼。通りかかったものでな、いやいや、若いというのは羨ましい限りで」
そう言い残してそそくさと会議室の中へと消える。
「気を付ける事だ、彼らはああして付け入るスキを探っているのさ」
「・・・」
「いいだろう、対価は確かに受け取った。助けようじゃないか君の大切な妹姫をな、シエルフィ」
「・・・ありがとうございますM様」
「カナタ、と呼んでくれてもいいのだが?」
そこにもうシエルフィの姿はなかった。
「フッ、振られてしまったか」
窓の外に目を向けると、遥か東部ゲートの先にトレインが宙へ打ち上げられるのが微かに見えるのだった。
それはまさに壮観だった。
戦車3両と、30人の武装兵がアズサの前にひれ伏している。
その様はテレビ中継され、全国の視聴者たちがアズサの次の言葉を待っていた。
「今、世界に災厄が迫っています。人類の天敵と言える101体の悪鬼が世に解き放たれました。それは大いなる絶望をもたらす者。私は使命を受けました。それは命に代えてでも果たさねばならないもの。どのような犠牲を払おうとも果たさねばばならないものなのだと思っていました。私の使命は私だけのもの。でもそれは違いました。私の使命は私だけのものでは無いのです。以前、私は「あなたは一人ではない」と言われました。その時は意味が理解できませんでした。けれど、今ならその意味が分かります。私は一人じゃない。私には信頼できる仲間達がいます。私を信じてくれる仲間達がいます。私はみなさんと一緒なら何も恐れはしません。聖王国の未来を、希望を守る為に共に戦いましょう」
おおおおーッ!!
アズサの演説に全員の士気が沸き上がる。その興奮冷めやらぬ中、タカラによって作戦が伝えられる。
「悪鬼が列車に擬態している事を利用して奴を包囲、集中砲火を仕掛ける。奴の進行上の線路に戦車隊を配置する。戦車で奴の鼻先を狙い怯ませているうちに歩兵を左右に展開させる。そのまま包囲して、後は撃って撃って撃ちまくれ!」
「応!」
「タカラのおっさん、俺達はどうしたらいい?」
「お前達勇者は待機だ。力を溜めて置け。お前達の力が必要になるのは奴が本性を現してからだ」
そう言う事なら、とラフィート達は状況を見守る事にする。
「おい、さっきのすげえ力の事を教えろよ」
「そうです。君ばっかりずるいです」
「わかったって、てか俺もキョーマに・・・いやお前じゃなくて3年後のキョーマから聞いただけだから」
ラフィートは3年後のキョーマから教えてもらった勇者の力の説明を始める。その際、アズサから封印限界の事はまだ黙っていた方がいいと言われていたのでその事だけは伏せておく。
「ふーん、オーブ同士の共鳴と勇者技能ねえ」
「じゃあ僕はまだ悪鬼を封印したことないから勇者技能は使えないって事ですか」
「ああ、そしてなんといっても勇者の鎧だな。一気にパワーが跳ね上がるんだ」
ラフィートがレキア達に説明している間に戦闘は開始されていた。
ドンッ!
ドンドンッ!!
砲撃の轟音が響く。
タカラの作戦通りトレインを包囲しての集中砲火。さすがのトレインもたまらず咆哮を上げる。次々に車体が破壊され剥がされていく。
グオオオォォォォォン!!
一際大きな雄たけびを上げトレインが瓦礫の山に沈む。
「やったか?」
「まだです!」
アズサの声と同時に四散した巨大な瓦礫に戦車が弾き飛ばされる。
「な、何ぃ!?」
巻き起こった風圧に兵士達も倒れていく。
「来るぞ!総員退避!」
ドオンッ
大振動と共に巨大な影が柱のように天に伸びていく。
「うぁ・・・これが」
「これが、トレインの本性なのか」
全長300メートルはあろうかという細長い巨体。手足は無く、目や鼻も無い、まるですべてを飲み込んでしまいそうな巨大な口だけがぽっかりと開いている。
超巨大なワーム。
それがトレインの正体だった。
「でけぇ」
トレインは体中から触手を伸ばし瓦礫を体に取り込んでいく。
「やべエぞあんなのがまた固くなっちまったら手が出せねえ」
「そうか?俺は全然負ける気がしないけど」
狼狽えもせず、むしろ不敵な笑みを浮かべるラフィートを見てレキアもフッと鼻を鳴らす。
「いうじゃねえか、その自信の根拠は?」
「そんなの決まってるじゃないか」
ラフィートは仲間たちを見渡す。
「俺は一人じゃない。レキアがいる。キョーマがいる。タカラのおっさんやハルカ達がいる。そして」
その目がアズサの姿で止まる。アズサは何も言わずコクッと頷く。
「そしてアズサがいる。今の俺達に何一つ負ける要素なんてないじゃないか。そうだろ?」
みんながいる。それだけでラフィートは無限に力が溢れてくるの感じる。
「行きましょう、ここからは勇者の出番です」
ラフィートの負けじとキョーマも勇気を奮い立たせる。
「そうだな。ならいっちょやってやるか!」
レキアが突き出した拳にラフィート達も拳を合わせる。
「あ、見て下さいプロデューサー、勇者の少年達が動き出しましたよ」
「なに!カメラ向けろ、撮り逃すなよ」
「はいい、って、何やってんですかね」
「知るか、いいから回せ」
ラフィート達はお互いの勇者のオーブを近づける。
「いいか、やり方はさっき教えた通りだからな」
「ああ分かってるって」
「僕だってやれます。大丈夫大丈夫」
「よし、合わせろよ!」
勇者のオーブが輝きを放ち共鳴を始める。
勇者の鎧!!
「変身!」
「装着!」
「ブレイブチェーンジ!」
それはもう見事なほどに・・・
「バラバラじゃん!!」
ハルカのツッコミがカメラを通して全国に流されたのだった。ドッと爆笑が起こっているのを知ってか知らずか、勇者の鎧への変身は滞りなく終わった。
「わあ、変身しましたよ。すっげー」
プロデューサーはケータイに向かって怒鳴っていた。
「なにぃ!今のが瞬間最大視聴率だっただと?馬鹿野郎こちとらバラエティやってんじゃねえぞ」
プロデューサーの憤慨をよそに、勇者達は自分の力を確認する。
「すごい、力が沸き上がってくるみたいだ」
初めて光の鎧を纏ったキョーマは興奮を隠せずにピョンピョンと飛び跳ねている。
「・・・ッ」
「ん?どうかしたかレキア」
「いや、なんか」
「レキアきゅん、かわいい!」
「は?」
目を輝かせているハルカにレキアは怪訝な顔を向ける。
「それ、そのケモノ耳。すっごくラブリー」
レキアの纏う光の鎧は他の二人と違って獣の姿を模していた。その為、兜にはピョコッとケモノ耳が付いていた。
「そのモフモフのシッポも素敵」
そのシッポはレキアの感情に合わせてフルフルと揺れている。
「てことはぁ、おててにはぷにぷにの肉球が・・・」
「ねえよ、くそっ何で俺のだけ」
さすがに肉球はついていなかった。至極残念そうなハルカは放っておいて、ラフィートは右手を東へ、遥かタリアシティへ向けて伸ばす。
「・・・来いッ」
ラフィートの固有能力『引き寄せる力』と勇者能力『距離無効』を組み合わせて目の前にタリアシティの高台にあった勇者像を引き寄せた。
突然現れた勇者像に誰もが驚く。特にテレビを見ていたタリアシティの市長は絶句し石像の様に固まってしまう程だった。
「な、なんですかこれ?」
ラフィートは勇者像にナアルフィのリボンを括りつける。
「キョーマ、これで俺の武器を作ってくれ。そうだな、剣がいい」
「え、剣?作るって僕が?どうやって?」
「もちろんお前の勇者能力で、だよ」
「そんなの無理ですよ、やり方なんて分かりませんから」
「お前なら出来るよ。俺はお前が物を作り変えてくのを見たんだ」
未来のキョーマは変幻自在に作り変えていた。その事を教えると「ううっ」と唸る。
「お前なら出来る。自信を持てよ」
「大丈夫です。私もお手伝いしますから」
アズサがついていてくれるならなんとも心強い。浮かれたキョーマは調子に乗ってアズサにお願いをする。
「あの、それなら上手くいったらご褒美って事で、僕も姫さまを抱きしめてもイイですか?」
「んなッ何言ってんだよ、そんな事」
「えー、君だって抱きしめていたじゃないですか。ズルいですよ。僕だって姫さまを抱きしめてみたいんだ」
「だからって」と言うラフィートを制し、アズサは微笑んで「構いませんよ」と頷く。
ガッツポーズをとり喜ぶキョーマをタカラはもの言いたげにしていたが、ハルカの「邪魔すんな」と言う無言の圧力に屈する。
コホンッと咳払いをして、ラフィートは身構える。
「ともかく、やるぞレキア!」
「いつでもいけるぜ」
「ラフィート」
アズサは姿勢を正し飛び出そうとしていたラフィートの背に呼びかける。
「いえ光の勇者様。あなたの力で世界に希望を灯して下さい。あまねく心に絶望に打ち勝つ強き命の輝きを」
「うん、要は絶対負けるなって事だね。まかせてよ。俺は、勇者は絶対に負けない!」
断言するラフィートはアズサを振り返る。
「だから、アズサはここで見てて」
アズサは、「はい」と微笑む。
その笑顔はまさしく!
「て、天使だ」
見惚れたカメラマンがアズサをどアップでフレームに収める。
「おい何やってんだ、勇者達を映せよ・・・後でその映、焼き増ししといてくれ」
ごにょごにょとプロデューサーも照れくさそうに小声で耳打ちする。
カメラは勇者達を探して右往左往する。
「あ、いたいた」
カメラがラフィートを捉えた瞬間、ラフィートの姿が光ったかと思えば消えてしまった。
「え、どこいった?」
「上だ!」
プロデューサーが指差すのはトレインの頭上、ラフィートは一瞬で移動したのだ。
勇者能力『光速移動』!
トレインを見下ろすラフィートは両手を突き出し、「来い」ッと念じる。すると周囲に落ちていた武器や砲弾が次々に上空にいるラフィートのもとへ引き寄せられていく。
「すげえ、何が起きてんだ?」
カメラを覗き込むカメラマンの視界からまたラフィートの姿が消える。
「下だ!バケモンの足元!!」
プロデューサーの声に慌ててカメラを向ける。
ラフィートはトレインに向かって、ではなくトレインを挟んだ、さっきまでいた空に向かって手を伸ばしていた。そこには引き寄せられた武器たちが行き場を失って滞空していた。
再び「来い」ッと念じると武器たちはラフィート目がけて、つまりトレイン目がけて光速で撃ち出される。
ズドドドーンッと弾丸と化した武器たちの直撃を受けてトレインが巨体を揺らす。
「レキア!合わせろ!!」
「わかってる!」
トレインがラフィートに気をとられていた隙にレキアはトレインとの距離を詰めていた。
共鳴するオーブが輝く。
「巨獣の腕!!」
レキアは自分の2倍はあろうかという巨大な腕を発生させる。一方、ラフィートはトレインをすり抜けてきたショートソードをキャッチすると、ヴンッとショートソードに光の刃を付与する。
「おおおおおおっ!!」
二人の雄たけびが重なる。息を合わせた攻撃がトレインに炸裂する。
ドシューッとトレインから黒い霧が吹き出す。
「やった!」
おおーっと歓声が上がる。アズサの表情を抜こうとカメラが寄る。
「いいえまだです」
アズサの言葉通りにトレインは態勢を立て直し、傷口の再生を始める。
ピキリッと音を立てラフィートのショートソードが砕ける。そのスキをついてトレインがその巨体をうならせる。
「チッ離れろ!」
ズズンと地面が振動する。レキアは上手く飛び退くが、ラフィートは足をとられ動けない。トレインはゴプッと口を膨らませると巨大な爆弾を吐き出す。
「げ、なんだそりゃあ!」
ドカンッと大爆発!
「げほっ・・・なんか、前にも似たような事があったような」
前にキョーマ(3年後)と戦った時と同じ攻撃だったおかげでかろうじて回避する事が出来た。
「・・・ひょっとしてあいつ、こうなる事を知ってて俺に教えようとしたのか?いや、考え過ぎか」
「ラフィート!ぼやぼやすんな、次が来るぞ!」
追い打ちをかけようとするトレインから即座に距離をとる。
「くそ、やっぱしまともな武器が無いと話にならねえか」
チラッとキョーマを見る。キョーマはまだ難しい顔して唸っているようだ。
「落ち着いて、大丈夫キョーマさんなら出来ます」
「は、はい・・・」
「イメージを思い描くのです。より正確に」
「イメージ・・・イメージ・・・」
見かねたハルカが助け船を出す。
「キョーマ君、難しく考えないでいいのよ。例えば・・・そうね、パズルとか?」
「パズル?」
「あ、それです」
閃いたアズサがポンッと手を叩く。
「ブロックパズルを想像してみて下さい。こう、ブロックを入れ替える感じで」
「うーん、イメージ・・・ブロック・・・そうか!」
何か思いついたキョーマは勇者像をペタペタと触って確かめる。
「よし、わかったぞ!」
キョーマが力を込めると勇者像がブレ始める。
「あ、あれ?おかしいな・・・なんか、ちがう?こんなはずじゃあ」
何かが足りない。そんな感じがする。そのせいかイメージ通りに組み変えられない。
焦るキョーマにアズサがそっと手を添える。
「大丈夫、落ち着いて。未来視の書き換えを使った時の感覚を思い出してください」
「リライト?・・・ああそうか、なら」
キョーマの光の鎧が僅かに輝く。
「未来視の様に完成形を先に視るんだ」
ふと、指先がリボンに触れる。
ドクンッと鼓動がはねる。
それはラフィートを想う少女の心。その想いの糸がキョーマには見える。
「これだ、足りなかったパズルの最後のピース!」
勇者像が光に包まれる。
「あの力『リライト』と同じだ。つなぎ変えるんだ、僕のイメージ通りに・・・あ、出来た」
一瞬だった。
光が収まるとそこには一振りの大剣があった。
勇者の像から作った勇者の剣。イメージと寸分違わぬ造形。
「すごい、すごいですキョーマさん」
アズサに抱きつかれてキョーマは初めて成功した達成感を得た。
「さあ、早くその剣をラフィートに」
「は、はい」
アズサに急かされてキョーマはラフィートに合図を送る。
「出来たのか!よし、来い!」
ラフィートは右手を伸ばし勇者の剣を引き寄せる。背後からはトレインが迫ってくる。
「ぶっつけ本番!くらえ!ディメンジョン・エッジ!!」
距離無効の斬撃がトレインの伸ばした丸太のように太い触手をぶった切る。
ぐおおおおッと、トレインが切り口から黒い霧を吹きだし巨体をくねらせる。
振り切った勇者の剣には刃こぼれ一つ無い。
「すげえ、これならいけるぜ」
勇者の剣を見つめるラフィートがふっと目を細める。
「うん、ずっと一緒だよ・・・ナアルフィ」
アズサはそう呟くラフィートから目を逸らす。
「私、きっと今嫌な顔してる・・・ラフィートにとって大切な人に、嫉妬してる」
こんなにも独占欲が強かったなんて、と自分の心の狭さが情けなくなってくる。
「今は落ち込んでいる場合じゃない、しっかりしなきゃ」
自分の頬をパチンっと叩き、思いのほか痛かったため涙目になりつつアズサは勇者達の戦いを見逃すまいと集中する。
戦闘再開。
勇者の剣を振るうラフィートと巨大な腕で殴り付けるレキア。確実にトレインの体力を削っているがトレインは決して怯まない。体内からこれまでに呑み込んだ物を弾丸や爆弾に変えて吐き出してくる。その巨体のせいか、これまで戦ってきたどの悪鬼よりもダメージが通らない。だからといって攻めあぐねているとあっという間に再生されてしまう。
グオオッとトレインが散弾を吐き出す。
「まずいっ避けられない!」
レキアは巨大な腕を盾代わりに使って回避するがラフィートは散弾の雨に晒される。
「ラフィート君!剣の鍔を引っ張るんだ!」
「鍔?これか?」
勇者の剣には掴みやすそうな鍔があった。キョーマに言われた通りに鍔を掴んで引っ張ると、ガコンッと分離して盾へと変形する。
「うおっ変形した!?」
すかさず盾を構えてトレインの攻撃に耐える。
「変形合体はロマン、ですから」
「すっごいじゃないキョーマ君」
「ロマンかどうかについてはよく分かりませんが、すごいですキョーマさん」
女性陣に褒められ、得意げに鼻をこするキョーマだった。
「はは、こりゃあ負けてらんねえな」
「ああ、反撃開始といこうか」
トレインの攻撃を避けつつダメージを与えていくがやはり一筋縄ではいかない。そこに戦車砲が炸裂する。
「悪鬼を休ませるな!撃ち続けろ!」
タカラの号令と共に砲撃が始まる。
「ナイス!タカラのおっさん!」
頼もしい援護に勇者達も負けじと気合いを入れる。
「ねえ、テレビ見てる?なんかすごい事になってるよ」
「本当だ。これ生中継なの?映画とかじゃなくて?」
「うん、そうみたい。あ、今姫様が映った」
「え、うそっ見逃した」
今、人々の話題は突然始まった緊急特番の事で一色だった。食い入るように画面に見入っている人々にアズサは語りかける。
「今、この戦いをご覧になっているみなさん、私は聖王国の王女アズサです。今みなさんがご覧になっているものは虚偽虚構などではなくまぎれもない現実に起こっているものです。彼ら勇者達が戦っているものは悪鬼、かつていくつもの文明を滅ぼしてきた絶望をもたらす者。101体の悪鬼は世界中に解き放たれました。この先、世界各地で今ご覧になっているような戦いが起こる事でしょう。国が、人が、傷つき倒れ、怒りや悲しみに襲われるかもしれません。けれど、決して絶望する必要はありません。何故なら私達には希望があります。どんなに暗い闇の中であろうと彼らが、勇者達が必ず光を灯してくれるから。けれどそれはとてもか細い光。みなさんの想いが、希望が勇者達に力を与えてくれるのです。そして勇者達はより強い光で世界を照らしてくれるでしょう。闇を払う事が出来るのは私達一人一人の心なのです。恐れないでください、嘆かないでください、信じて下さい、勇者達を。心に希望を持ち続ける限り彼らは決して、負けません!」
キィィィィン
勇者のオーブが共鳴する。
「これは?」
「わからないが、なんだ・・・力がみなぎってくる」
幽かに、「がんばれ」という声が聞こえた気がした。レキアのよく知っている声。ユノハナレジスタンスの少年達の声だ。
それだけではない。もっと多くの人の声が聞こえる。
それはタリアシティのラフィートの両親、友人たちの声。
「がんばれ!がんばれラフィート!」
それは遠く離れた人々の声。
「がんばれ!がんばれ勇者!」
「がんばれ!負けるな勇者!」
「がんばれ!がんばれ!がんばれ!がんばれ!がんばれ!がんばれ!が
んばれ!」
世界中から勇者達を応援する声が聞こえる。
そして、中央都市、中央市街の駅近くに街頭ビジョンを見上げる少女がいた。避難しようとする母親の手を握ったまま動こうとしない少女に困り果て、母親も一緒に街頭ビジョンを見上げていた。
「お母さん、あの人が勇者さまなの?」
褐色を帯びた柘榴色の瞳を煌めかせ少女は頬を上気させ尋ねる。母親が頷くと少女は嬉しそうにはにかむ。
「そうなんだ、やっぱりそうなんだ。私知ってたよ、あの人が、あの人が私の・・・んん~」
少女はぐぐっと力を込めると声の限りに叫んだ。
「がんばれ~!勇者さまぁ!!」
一際強くオーブが輝く。
ラフィートははっきりと感じた。
「ナアルフィ!今のは間違いない、ナアルフィの声だ!」
勇者の剣も共鳴する様に震える。ラフィートは盾を剣に合体させ、両手で振り上げる。
「守ってみせる、今度こそ!もう二度とナアルフィを傷つけさせはしない!」
勇者のオーブから迸った光が鎧を通し、勇者の剣へと流れ込む。
「おおおおっ!!」
勇者の剣から伸びた光は光の柱となって遥か天空を貫く。
「すげえ、なんだありゃあ」
「キレイ・・・」
誰もがその光に感嘆する。
「あれこそが闇を切り裂く希望の光・・・」
アズサもその美しい光に見惚れるが不思議と涙が溢れてくる。
ラフィートは叫ぶ。もう二度と、あの絶望の世界を繰り返させないために。
「これが、俺のッ超必殺!」
『ライトニング・ブレイカー!!』
ラフィートは真っ直ぐに、トレイン目がけて光の剣を振り下ろす。
ズドンッと光の剣はトレインの巨体を一刀両断する。
「グギャアアアアアアッ」
トレインは断末魔の叫びを上げ、体中から黒い霧を吹き出し霧散する。その霧の一部がラフィートの勇者のオーブへと吸い込まれていった。
静寂。
唐突に訪れた静けさに誰もが息を呑む。
「や、やったああっ!」
キョーマのフライング気味の歓喜の声につられて一斉に歓声が上がる。
「わあああああっすっげええええ!!!」
「何だよ最後の!すごすぎるだろおおおお!!」
「最後だけじゃねえ、最初から全部すごかったぞお!!」
興奮冷めやらぬ人々が騒ぎだしお祭り状態になる。
「はあ、はあ、はあ、やった・・・やったんだ、俺」
倒れそうになるラフィートをレキアが支える。
「やったなラフィート、最後のいいとこ持っていきやがって」
「はは、まあな。アズサにいいとこ見せたかったし」
「それなら、ほれ」
レキアがあごでしゃくるとそこに駆け付けたアズサ達がいた。
「アズサ、見ててくれたかな、俺・・・君の期待に応えられたかな?」
「はい・・・充分すぎるほどに、ありがとうございます」
アズサは涙を零さないように頷く。
その様子にレキアもつられてハルカに声をかける。
「どうだったハルカ、俺に惚れても全然かまわないんだぜ」
「アホかあーっ!!このバカレキア!あんたツケ踏み倒そうとしたでしょう?ふざけんなっての!!」
「おまっまたバカッつったな。いいか、バカっていう奴の方が」
「うっさい!何度でも言ってやるわよ、バカバカバカレキア!!」
そう言いつつもハルカの目にも涙が光っていた。
「ラフィート君」
「ん、どうしたキョーマ」
「今日の所は素直に負けを認めますよ。でもね、次からは絶対負けませんから。いい気にならないで下さいよ」
「はん、それはこっちのセリフだよ。俺はもう誰にも負けねえ。悪鬼だろうが邪神教だろうが全部まとめてぶっ潰してやるさ」
ラフィートの差し出した手をキョーマは今度はちゃんと握る。
「姫さまは絶対に渡しませんから、僕はもっともっと強くなりますよ」
「ああ、それなら俺はさらに強くなってやるさ」
そう言って笑うラフィートの頭をタカラの手ががしっと掴む。
「ほう、そう言う事なら私も協力しよう。勇者殿」
「あ、タカラのおっさん、見てくれたか最後の必殺技。タカラのおっさんに教わった通りにやったんだぜ」
「ばっかもーん!何が必殺技だ。ただ真っ直ぐ振り下ろしただけだろうが。あんなものは技とは言わん。お前にはまだまだ基礎から叩き込まんといかんわ」
ええーっと悲鳴を上げるラフィートをおかしそうに笑っていたキョーマだったがタカラの矛先はキョーマに向く。
「特にキョーマ。今回の件、お前の仕業らしいな」
「え、なんのことです?」
しらばっくれようとするキョーマの頭をタカラはがしっと掴む。
「お前にはその性根から叩き直さんといかんらしいからな。覚悟しておけよ」
「え、ええー、助けて姫さまー」
「うふふ、お二人ともがんばって下さいね」
と、そこにカメラマンを引きつれた報道陣が詰めかけてきた。
「あー、いたいた。姫殿下―、是非お言葉を戴きたいのですが」
「おい、抜け駆けはさせないぞ、王女様、我々に独占インタビューをさせてもらえませんか」
「抜け駆けしてるのはどっちだ。こっちが先だ」
「いいや、こっちだ」
「おまえんとこはさっきの戦闘を撮っただろう、ここは譲ってくれ」
「いやだね」
アズサの前で言い争いを始める記者達の前にレキアが立つ。
「あ、えと、獣の勇者の・・・?」
「なああんたら、なんか勘違いしてねえか?ここに姫さんは居ねえぜ」
「は、何を言ってる?殿下はそこに・・・あれ?」
彼らの指差す先にはアズサとは似ても似つかない女がいるだけだった。
「あれ、あれえ?」
「あ、ほれ姫さんならあっちに居るじゃねえか」
レキアは明後日の方を指差す。
「え、ホントだ。姫様ー、待って下さーい」
記者達はこぞってアズサを追っていってしまった。
「は、そうやって幻でも追いかけてろよ」
「レキアあんたまさか、またあれ使ったの?」
ハルカがあきれ顔でため息を吐く。
レキアの固有能力でアズサの幻覚を見せたのだ。
「ま、これでしばらくは静かになるだろ?」
「もうしょうがないなあ。ねえ、それより何か食べに行きましょう?あたしもうお腹ペコペコよ」
ハルカの提案に異議を唱える者はいない。
「じゃああたしのおすすめのお店に行きましょう。すっごくおいしいんだから」
ハルカに先導されるアズサをラフィートは呼び止める。
「どうかしましたか?」
「あ、うん・・・えとさ、俺まだ聞いてなかったなって思って」
「何の事?」
「・・・えっと」
ラフィートは意を決してアズサを見つめる。
「俺、アズサが好きだ。アズサは、俺の事・・・どうなの、かな」
「・・・ッ」
アズサは顔を真っ赤にして固まってしまう。
「あ、私は・・・ラフィートの事・・・」
ラフィートも緊張して、ゴクっと息を呑む。
「・・・す」
「す?」
と、そこにキョーマが乱入する。
「姫さま!姫さまはおすしとすき焼きどっちがいいですか?」
「す、すき焼き!」
「ハルカねえさーん、姫さまはすき焼きがいいそうでーす」
「は?」
「やだなあ、これから食べに行くところのメニューですよ」
「あーい、わかったわ」
「さ、行きましょう姫さま」
「は、はい・・・」
キョーマはギラリとラフィートを見る。
「抜け駆けなんてさせませんよラフィート君。どさくさに紛れて告白するとか」
「キョーマお前なあ」
ラフィートはポリポリと頭を掻く。とは言え正直助かった気がする。アズサの気持ちを知りたいっと思うのと同じく気持ちを知るのが怖いっと思うから。
「ま、いいか」
「ま、いいか。ではない」
背後に立つ巨漢にハッとなる。
「姫様に手を出そうとはいい度胸だラフィート。だが、私の目の黒いうちは勝手はさせんぞ!」
「いいッタカラのおっさん!まだいたのかよ」
「来い、お前は飯の前にたっぷりとしごいてやろう。さっきの戦いの反省も含めてな!」
「ひー、何で俺だけ!?」
「殿下、こちらでしたか」
「殿下は止せ、俺達に身分は関係ない」
「あ、はいクオルスさん」
ゲートを見下ろせる高台に数人の男達が集まっていた。その中にアズサの兄、第2王子クオルスが勇者達の戦いの一部始終を見守っていたのだった。
「しかし、本当にあの魔女の言う通りになりましたね。悪鬼、でしたか。あんな化け物が現れるなんて」
「聖王国には誰にも知られていない秘密が隠されている。全て聖王家が隠匿してきた事だ」
「はあ・・・それよりお会いにならないのですか?ゲートを破壊してまで姫殿下を助けに来たのに」
「・・・アズサとゲートの事は関係ない。ムラサトに一矢報いるためにゲートを狙っただけだ。そこにたまたまアズサが居合わせた、それだけの事だ」
「そうですか?でも姫殿下、すごかったですね。悪鬼を前に一歩も引かないなんて、あんなに可愛らしい少女なのに。たいしたものです。なんなら我々の組織に加わってもらうなんてどうでしょう。クオルスさんもいる事ですしぅっ」
言い終わる前にクオルスは男の胸倉を掴む。
「アズサを巻き込むな。二度は言わん、わかったな」
「は、はい、すみません」
けほけほっと咳き込む男を離してクオルスは遠いアズサの姿を探す。
「アズサ、無事でよかった。まさか聖王はともかくシユウが手放すとは思わなかったが、お前が聖王都を出てくれて嬉しいよ」
最後にお前に会ったのはいつだったか、あんなにも小さかったお前が勇者達を率いる事になるなんて思いもしなかった。
「だが、今は会う事は出来ない。俺には成さなければならない使命がある。だからアズサ、お前はお前の使命を果たせ」
アズサは誰かに呼ばれた気がして振り返る。
「・・・お兄様?」
そこに誰も居ない。
「気のせい?ううん、感じます、クオルスお兄様が近くにいる」
けれどそれは、もっともあってほしくないと思っていた事が事実であるという事。クオルスが反王政派の一味だという事になる。
「お兄様、いつかお会いできますよね」
赤と黒とが入り混じった中央都市の空にアズサは声を投げかける。
市街はアズサ達を称えてお祭り騒ぎになっていた。
街頭ビジョンでは勇者達の戦いが繰り返し映し出されていた。
「さあ、もう行きますよ、お父様をお待たせしてはいけませんから」
食い入るように街頭ビジョンを見上げていた少女を母親はどうにか連れ出そうとする。
「はあい、お母さん」
少女は仕方なく母親の言いつけに従う。
最後にもう一度だけ振り返り、画面に映し出されたラフィートに向かって小さく手を振る。
「またね、私の王子さま」
つづく
ここまで読んでくださった皆さま、ありがとうございます。これにて第一部 完 となります。
とはいえ、まだ続きます!
次回7話「飛んで来た魔法少女」お楽しみに。