勇者の戦い 前編
第5話です。
某国某所の某学校。
放課後の教室に残った女子生徒たちが噂話に花を咲かせていた。
「ねぇ、ジャシンサマって知ってる?」
「なあに、それ」
「ジャシンサマって邪神の事?おとぎ話に出てくるやつ?」
教卓に肘をついた少女が笑いながら、違う違うっと首を振る。
「ジャシンサマってね、いわゆる都市伝説みたいなものよ」
少女はチョークを持つと黒板に落書きを始める。
「夜海に浮かぶ黒き月が現れる夜に6つのお供え物を用意して呪文を唱えるの。そうしたらジャシンサマが現れて質問をしてくるんだって」
「質問?」
机に腰かけた少女が少し興味を示し、「どんなの?」っと聞く。
「さあ、そこまでは知らないけど。そこで正しい答えを言うとどんなお願いでも叶えてくれるんだって」
なにそれ~、ウソくさ~、と口々に茶化す少女達を、パンパンっと手を叩いて黒髪の少女が静める。
「まあまあみんな、嘘かホントかなんてやってみれば分かるんじゃない?」
「え~、やるって本気?」
「あー、そういやあんたこういうの好きだったっけ」
目を輝かせている黒髪の少女を冷めた目で呆れる少女達。
「それでいつやる?今日?明日?」
「いやいや、やらないし」
「ていうか、もう帰るよ」
じゃあね~っと手を振って教室を出て行く少女達を、また明日っと見送る。
「あう~みんなつれないなー」
机に突っ伏して黒髪の少女は黒板に落書きを続けている少女に愚痴る。
「仕方ないよ、大体黒き月なんていつ出るか分かんないのにどうやって試す気だったのさ」
「ん~、考えてなかった」
「これだよ。あんた考え無しに話進めようとするのやめなよ」
机に腰かけた少女が足をプラプラ揺らしながら言う。
結局残っているのは、黒板に落書きをしている少女A。机に腰かけている少女B。そして黒髪の少女Cの3人だけだった。
「ねぇ、黒き月っていつ見れる?」
CがAに尋ねる。
「無理だよ。黒き月って夜の海じゃないと見えないんだから」
それを聞いてBが口をはさむ。
「考えてみると不思議だよね、なんで海でしか見れないんだろ。海の中に沈んでる訳でもないのに」
Aがチョークで黒板をカッカッと叩きながら2人に説明をする。
「一説には夜空に浮かぶ白き月の影が海に映ったのが黒き月だって言われてるけど、白き月と黒き月って同時には見えないんだよね」
へぇ~っと相づちを打つCは、あっと言って両手を合わせる。
「って事は白き月が出てなければ黒き月が出ているかも知れないって事?」
そうね、とAが頷くとCはパァと目を輝かせた。
「じゃあさじゃあさ、次に白き月が出ない夜っていつ?」
Cに聞かれてAは手帳を取り出すとペラペラとページをめくる。
「えっと、次の新月は・・・三日後ね。言っとくけど白き月が出てないからって黒き月が出るって訳じゃないからね」
「分かってる分かってる。じゃあ2人とも三日後にお供え物2つずつを持って集合ね」
はいはいっと頷きながらBが尋ねる。
「お供え物って何でもいいの?」
「えーと、丸けりゃなんでも良いみたい」
Aが言うと、オッケーっと返事をする。
「それはともかくこれからどうする?」
「ヨッテに寄ってこ」
パパッと返り支度を済ませると、3人揃って教室を後にした。
三日後。
3人はCの家に集まった。Cの両親の帰りが遅いという事で集合場所に選んだのだ。それぞれの両親にはお泊り会をやるっと伝えてある。
「あ、おかえりなさあい」
女の子がトタトタと3人を出迎える。
「こんにちは妹ちゃん。あ、もうこんばんは、かな」
Aが挨拶をしながら妹の頭を撫でる。
「はい、こんばんはです」
妹はくすぐったそうに目を細めながら笑う。
「2人とも先に部屋に行ってて、飲み物持ってくから。紅茶でいいよね」
「あたしお手伝いするー」
Cと妹がキッチンに向かったのを見て、お邪魔しまーすっと2人は2階のCの部屋へ上がる。
それからしばらく他愛のない世間話に興じ、デリバリーのピザを頼んで夕食をとる。
「そう言えばみんなお願い事考えてきた?」
AはBとCに尋ねる。
「そうねぇ、やっぱお金?」
「いやいや、そこはイケてる彼氏でしょ」
「なによそれ、みんな夢がないなあ」
Aは隣でピザを頬張りながらキョトンとしている妹に話を振る。
「妹ちゃんは何か叶えたい夢はない?」
「夢?何でもいいの?」
Aがうんと頷くと、うーんとっと考えてパアっと顔を明るくする。
「あたし、お姫さまになりたい」
妹の屈託のない答えに3人は思わず苦笑する。
「お姫さまかぁ、なれるかなあ」
「お姫さまになりたいならまずは素敵な王子さまを見つけなきゃね」
「あんたは結局男か」
AがCにつっこむと、「そう言うあんたのお願い事はどうなの?」と聞かれる。
「あたしは・・・ナイショ」
はぐらかすAに、なにそれーっと抗議の声を上げる。
そんなこんなであっという間に時間が立ち、妹を寝かしつけにいったCが戻って来て、「さて、やりますか」っとロウソクを立て部屋を暗くする。
「暗くする必要あんの?」
「何事も雰囲気雰囲気」
いそいそとセッティングしていくCを手伝うBにAは黒いローブを渡す。
「なにこれ」
「雰囲気雰囲気、でしょ」
バサッとローブを纏うとクルクルと回ってみせる。
妙に浮かれているAを不思議に思いながら2人もAに倣ってローブを纏う。
「お供え物はここに置いてね」
そう言ってAはテーブルの上のロウソクとロウソクの間にマットを敷いて持ってきた2個のビー玉を置く。
「あれ、ビー玉でいいんだ?」
Bは団子をビー玉の横に置く。
「お供え物って言ったらお団子でしょ。お月見団子」
「いや、月出てないし」
BにツッコミつつCはゴムボールを置く。
「見事にバラバラだけど大丈夫なの?」
Cが尋ねるとAは「丸けりゃなんだっていいのよ」っと答える。
3人はテーブルを囲むように手をつなぎ合うとお互いの顔を見合わせる。
「いい、じゃああたしの後に続いてね」
Aは、コホンっと咳払いをする。
「ジャシンサマジャシンサマおいでください」
BとCもAに続けて唱える。
「ジャシンサマジャシンサマおいでくださいジャシンサマジャシンサマおいでくださいジャシンサマジャシンサマおいでくださいジャシンサマジャシンサマおいでくださいジャシンサマジャシンサマおいでくださいジャシンサマジャシンサマおいでください・・・」
「・・・ねぇ、まだ続けるの?」
不満を漏らすBをシッと人差し指を立てて制しAがテーブルの上のロウソクを見つめる。
ロウソクは揺らめくと一瞬強く燃え上がる。
「な、何?」
Bが声を上げたのと同時にロウソクの火がフッと消える。
ゾゾゾッ
闇の中で何かか蠢く。
言い知れぬ不安に3人は身を震わせる。
ガチャッとドアが開く音に、小さく悲鳴を上げる。
「・・・おねえちゃん?」
ドアの隙間から妹が顔をのぞかせる。ほっと息をつくとCは妹を部屋から出そうとそばに行く。
「何でもないから、部屋に戻ってな」
Cが妹の頭を撫でようとすると、妹は部屋の中を指差す。
「あのおじちゃんだあれ?」
え?
振り向くと暗い部屋の中に黒い人影が佇んでいた。
「キャアッ」
居るはずのないその人影に思わず悲鳴を上げる。
「くくく、何を驚いているの?」
口元を歪ませたAはCと妹を部屋の中に引き込むとドアを閉める。
「な、なに、どういう事?」
妹を抱きしめながらCはニタニタと笑うAを見る。Bは恐る恐るその影に近づいていく。
「あの、あなたが・・・ジャシンサマ、なの?」
「・・・#$%&+*%$#?」
「え?なに・・・」
聞き取れない影の男の呟きにBが首を傾げていると、突然Aが、アーハハハっと笑い声を上げる。
「お待ちしておりました、N様」
Aが影の男に跪く。
状況が飲み込めないBとCに構わずAは両手を広げる。
「贄をご用意しました。どうぞお納めください」
主と呼ばれた影の男がBの頭を鷲掴みにする。
「ひっ、なに?やめて・・・」
「#$%ハ・・・チガウ」
ギャアアアアッ!!?
影の男に両目を抉り取られてBが絶叫する。
ああ、ぅあああうあう・・・
Bは床に倒れのたうち回る。
影の男は口を開くとBの眼球を舌の上に乗せ丸呑みにする。
「なんで・・・なんなの」
ガタガタと震える手で妹を抱きしめながらCはAと影の男を交互に見る。
「くくく、ほんと人間って馬鹿ばかり。好奇心っばかり旺盛で、騙されてるとも知らずにプフフ」
Cが、キッとAを睨むがAはニヤニヤしているだけだった。
「おねえちゃん、こわいよぉ・・・」
Cの腕の中で怯える妹に、大丈夫よっと声をかけようとするが、鈍い痛みと同時に視界が闇に閉ざされる。
「オマエモチガウ」
絶叫し穴の開いた両目を押え悶えるCを見てAは「あひゃひゃひゃ」っと奇声を上げ笑い転げる。
「おねえちゃんおねえちゃあん」
泣きじゃくる妹の声が聞こえる。
ダメ、この子だけはッ
「お願いッこの子には、妹には何もしないで」
「ああ?」
悶えるCの頭を踏みつけてAは血走った目で見下す。
「そうそう、あたしのお願い事をまだ言ってなかったわね教えてあげる。あたしのお願いは邪神様の復活よ。あなた達は邪神様の生贄になるの。光栄に思いなさいね」
「お願い、妹は、妹だけは」
フンッと鼻息を荒げCを足蹴にすると泣きじゃくる妹を掴み上げ影の男に差し出す。
「やめて!お願いだからッ」
Cが必死にAの足にしがみつく。
「ああうっとおしい。N様、お早く」
だが影の男は妹の目を覗き込んだままそこで動きを止めている。
「N様?」
Aは怪訝な顔を向ける。
「・・・コノ眼。ミツケタ、ミツケタゾ」
クカカッと影の男は笑いだす。
「あの、N様?見つけたとはどういう」
言いかけてAは悲鳴を上げる。
「ぎゃあああッ目が、あたしの目があぁぁなんでッああ、なんでぇぇあたしまでっぇぇ」
両目をくり抜かれたAが悶絶する。
Cは何も見えない闇の中で必死に手を伸ばす。
「どこ、どこなの?どこにいるの」
むなしく空を切る手にはまだ妹の温もりが残っている。
溢れだした涙がポタポタと零れ落ちる。
「ごめんね、ごめんねあたしのせいで。お姉ちゃんなのに守ってあげられなくて・・・」
Cは妹の名を呼ぶ。だが妹が呼びかけに答える事は無かった。
暗い部屋の中、悶え嘆くAとBの声と、Cの嗚咽だけが残されているのだった。
エレクシア聖王国、聖歴S50年。
聖王エレクシニアスの統治のもと、魔法科学文明の発達によって繁栄していた王国を災いが襲った。マの国に封印されていた101体の悪鬼が復活したのである。
聖歴S51年。
聖王の死去により、貴族たちを率いる第一王子シユウと反王制主義者たちを率いる第二王子クオルスとが王位をめぐり戦争を起こしてしまう。
聖歴TN年。
この聖歴TNのTとは先の王エレクシニアスS世の後継者であるT世、すなわちシユウ王子による統治を表し、Nとは統治元年、1年目を表している。
聖王国全土を巻き込んだ争いはさらなる脅威を生んだ。
邪鬼。人間の怨念から生まれるという黒き獣。
1年の間続いた戦争は悪鬼と邪鬼に両陣営が全滅させられて終わる。この時、月の民より6人の勇者を探す使命を受けていた王女アズサもその使命を果たす事が出来ぬまま4人の勇者と共に消息を絶ってしまった。
こうして王のいなくなった聖王国はさらに地殻変動による地震や火山の噴火と度重なる異常気象により荒廃していった。
年が明けて聖歴UN年。
襲い来る脅威に怯えながらも生き続けている人々のもとに一人の少年が現れる。少年の名はラフィート。消息を絶った勇者の一人、光の勇者ラフィートである。
ラフィートは闇の中にいた。
ラフィートはひたすら真っ直ぐに闇の中を走り続けていた。
右も左も、上か下かもわからない。
目を開けているのか閉じているのかすらわからない。
それでも走って、走って、息が切れるまで走り続けていると闇の向こうから自分を呼ぶ声が聞こえる。
聞き覚えのあるその声に目を向ける。すると闇の中に一人の少女の姿が浮かび上がる。
「ラフィートさん、こっちへ来てッ急いで!」
少女に急かされて進もうとするラフィートに今度は後ろから呼ぶ声が聞こえる。
「だめッラフィートさん、そっちへ行ってはいけません!」
えっと振り向くと闇の中から手を伸ばす少女の姿が浮かびあがる。
「何をしてるの、早くッこっちへ!」
「ラフィートさん行かないでッ、戻って来て!」
「ラフィートさん早く来てッお願い!」
「「ラフィートさんッ」」
そんな事言われても、俺はどうしたらいいんだ?
進むべきか戻るべきかで戸惑っていると突然、雷の様な雄たけびが鳴り響く。
悪鬼だッ
ラフィートは腰のショートソードを抜き放ち後方に現れた悪鬼に向かって走り出そうとする。
「待ってラフィートさん、早くこっちに来て」
「何を言ってるんだッあの子を助けないと」
「間に合わないわ、それよりこの橋を落としてッ」
橋だって?
言われて初めて自分が橋の上に立っている事に気付く。
「そうよ、この橋を落とせばわたし達は助かるわ。だから」
ッ!?
「だめだ!自分達だけ助かればいいなんて、そんな事ッ」
走り出そうとするが何故か体が動かない。
「なっなんだッ」
ラフィートの体にはニタニタと笑う黒い獣が纏わりついていた。
「邪鬼ッなんで?」
追い払おうとするも次々に邪鬼に纏わりつかれる。
「どけッ離せよッ」
邪鬼に押さえつけられて身動きが取れないラフィートの目の前を嘲笑うかのように悪鬼が通り過ぎ、少女達に襲いかかる。
「きゃああッ」
少女達の悲鳴と共に一面が火の海に変わる。ラフィートは真っ赤な世界の中で絶叫する。
「やめろぉぉぉッうああああああああああああっ!!」
「・・・さん、ラフィートさん」
少女の声にラフィートはハッと目を覚ます。
「あ、え・・・ナアルフィ?」
ベッドの隣にはラフィートの顔を心配そうに覗き込むナアルフィがいた。
「おはよ、なんだかうなされてたみたいだけど大丈夫?」
「あ、ああ、大丈夫。変な夢を見ていたみたいだ」
夢の内容は思い出せない。まだ心臓がバクバクいっているが彼女に余計な心配をかけたくなかったので笑顔で取り繕っておく。
「そうなんだ。朝ごはんできてるから早く起てね」
手を振りながら部屋を出て行くナアルフィを見送ってラフィートは、ふうっと吐息を吐いてベッドから起き上がる。
ふと窓の外を見ると緑色の空に白き月が浮かんでいた。
ナアルフィの話によると戦争末期から空の色は青から緑に変わっていったのだと言う。最初はみんな気味悪がっていたが見慣れてしまえば特に気にならなくなったそうだ。
それよりも不気味なものがある。
夜空に浮かぶ白き月だ。昼も夜も関係なく一日中空に浮かび続けているのだ。みんな、「まるで空から監視されているみたいで居心地が悪い」と言う。逆に夜海に浮かぶ黒き月は全く見えなくなったらしい。
リビングに入るとテーブルには既に朝食が並んでいた。
「おはようございます」
そうラフィートが挨拶するとナアルフィとおばさんも「おはよう」っと答える。ナアルフィはラフィートを促して席に着かせると温め直したスープをよそってくれた。
「あらあら、この子ったらラフィート君が来るまでは家のお手伝いなんてした事無かったのにねえ、フフフッ」
「ええー、ウソよ、ちゃんとお手伝いしてたもん。ホントだよ」
ナアルフィは頬を赤らめながらラフィートの隣の椅子にストンっと座る。
「ホントだよ?」
「はははっはいはい」
念を押してくるナアルフィに苦笑してしまう。
「あれ、おじさんは?」
「もう畑に行ったよ。あれ?一緒に行くって言ってなかったっけ」
「やばいッ今日は早起きするはずだったのにすっかり寝坊した」
慌てておかずを口の中にかっ込んでいるとおばさんが目元を押さえているのが見えた。
「おばさん大丈夫?」
「うん、大丈夫よ。ちょっと目が疲れただけ」
そういえば前にナアルフィから聞いた事がある。おばさんの右目は義眼なのだと。
悪鬼によって誰もが傷を負っている。誰が悪い訳じゃない、誰もが被害者なのだ。
ばつが悪そうにしているラフィートに気付き、おばさんは笑って見せる。
「そんな顔しないで。私は大丈夫だから。ほら、急がないとうちの人が待ってるんでしょ?」
「ああそうだった」
ラフィートは残りを一気に平らげ「ごちそうさま」っと言って席を立つのだった。
ここはラの国の首都、自由交易都市セントラルシティの跡地に作られた名も無い町。悪鬼や邪鬼、異常気象や野盗といった脅威から逃げてきた人々が集う場所。
名も無い町は中央都市跡に作られたいくつかの小さな集落の総称だ。一つの集落には10人程度の住人がいて、他の集落と協力しながら暮らしている。
仲間達と共に列車の様な悪鬼と戦っていたラフィートは、気が付くとこの名も無い町にいた。そしてナアルフィと出会い、彼女の家に住まわせてもらうようになって一ヶ月が経とうとしている。
ナアルフィと彼女の保護者である初老の夫婦にはとても感謝をしているが、同時に罪悪感も感じていた。
何故なら中央都市を壊滅させたのは他ならぬ列車の様な悪鬼、ラフィートが直前まで戦っていた悪鬼によるものだったからだ。
あの時、何が起きてこうなったのかは分からない。けれど結局誰も守る事が出来なかった負い目から、自分の素性、自分が勇者である事などは話せずにいた。ナアルフィ達も何かを察したのか深く言及してくる事は無かった。
ラフィートはナアルフィ達にお世話になっているお礼という訳ではないが出来得る限り手伝いをする事にしていた。
いまやどこの土地も痩せ衰えていて作物が育ちにくい。そんなわずかな畑を荒らす邪鬼等は彼らにとって悪鬼以上に脅威だったのだ。
未熟とは言え勇者であるラフィートの非凡な力は決して後れを取る事も無く、旧市街へ物資の調達に行く時などにも邪鬼や野盗を追い払う用心棒として力になっていた。
今日はおじさんと一緒に畑を耕すことになっていたので、先にいったおじさんと合流して畑をいじっていた。
ラフィート自身今まで畑仕事をした事が無かったが見よう見まねで作業していると「そろそろ休憩しようか」と、おじさんが話しかけてきた。
「あ、でも俺全然進んでないですケド」
ラフィートはおじさんから任せられた範囲の半分も進んでいない。
「ふむ、手際が悪いのう。不器用という訳では無いじゃろうに」
まだ慣れていないから、と言い訳しようかと思ったがさすがに見苦しいのでやめておく。だが手際が悪いと言うのは実感していた。
ラフィートはいつも思うようにいかないことが多い。だからか、そんな彼を見かねた友達に“届かない男”というあだ名で呼ばれるようになったのだ。
もちろん、そんな不名誉なあだ名をつけられた時は憤慨したものだが心のどこかで納得してしまっている自分がいる。
「まあ構わんよ、急がなくてもいい。無理をしても仕方なかろうて」
ポンポンッと肩を叩かれ苦笑いしていると、畑の端から呼ぶ声がする。
「ラフィートさーん、おじさーん。お弁当持ってきたよー」
ナアルフィが手を振っている。時間的にはお昼には少し早いが丁度いい区切りだったので昼食を取ることにする。
「えへへ、今日はわたしも手伝ったんだよ。ちょっとだけど」
「へえ、そうなんだ。あ、これおいしいな」
「あ、うん。でもそれじゃなくて・・・」
もじもじと俯きながら横目でチラチラと視線を送るナアルフィに促されて次のおかずを口に運ぶ。
「お、これもうまい」
「・・・うん、でもそれじゃなくて」
――あれ?違ったか。
それじゃあこっち・・・っとおかずを選んだがナアルフィの表情は暗い。これでもないのか。ん?残りの中に明らかに形の悪いものがあるぞ。
見た目の悪いおかずに手を伸ばすとナアルフィの表情がパアッと明るくなる。
――これか。
「どれどれ、ん。これは、ぅぐッ」
口にいれた途端、強烈な刺激が襲ってきた。甘いとか辛いとかいうレベルじゃない。文字通り痛いのだ。この痛みの前にはもはや味などわからない。
「どう、かな。おいしい?」
上目使いに瞳を潤ませながら感想を求めてくる。
どうする?正直に言うべきか。はっきり言ってまずい。今すぐに吐き出したい。でもそんな事をすれば泣かせてしまうかも知れない。
ナアルフィを傷つけたくない。と、ラフィートは意を決して口に中の物体を噛み砕き一気に飲み込む。
涙目になりながらも「おいしいよ」っと告げるとナアルフィは嬉しそうに顔を綻ばせる。だが空気を読まないおじさんは、顔をしかめて言う。
「いやいや、まずいじゃろ、これは」
「ちょっ、何言ってんの?」
おじさんの言葉にナアルフィはがっくりと肩を落とす。
「はぅ、そうだよね。おいしくないよね」
「ナアルフィはいつまでたっても上達せんのう」
「ちょっ、ええ、そんなはっきりと言わなくても」
だがおじさんはわっはっはっと笑い飛ばす。
「ごめんね、もしかしたら上手く出来たかと思ったんだけど」
「いや、あの・・・」
本人にはっきりと認められると気を使った手前いたたまれない。
「でも嘘でも嬉しかったよ。ありがとうラフィートさん。今度は上手に出来るようにがんばるからね」
「あ、ああ、うん。なんかごめん」
残りを平らげてお茶を啜っていると、弁当箱を片付けたナアルフィが立ち上がる。
「ん、帰るのかい?」
「ううん、これからちょっと出かけようと思って」
いままで気が付かなかったがナアルフィの荷物に小さな花束があった。
「また慰霊碑にいくのか?」
旧市街にある公園の中に悪鬼によって被害にあった人達の為の慰霊碑が建てられている。ナアルフィは週に2,3回そこへ通っているようだった。
「最近はあの辺も邪鬼が増えてきておるから危険じゃぞ」
「うん、でもあそこはお母さんのお墓の代わりだから・・・」
ナアルフィの母親は3年前、中央都市が悪鬼に襲われた時に命を落としたと言う。
「なら俺も一緒に行くよ」
「え、いいの?」
ナアルフィはチラッとおじさんを見る。
「そうじゃな。ラフィート君が一緒なら大丈夫じゃろ」
「あ、すみません。まだ仕事の途中だったのに」
「なに構わんよ。畑は逃げはせんからの。じゃが、ナアルフィを傷つけるような事があればその時は、分かっておるな?」
おじさんのドスの利いた声にラフィートは背筋をビシッと伸ばし、はいっと答える。
「全身全霊をかけてナアルフィさんを守らさせてもらいます」
おじさんは満足そうに、うむっと頷く。
「もうっおじさんったら心配性なんだから」
ナアルフィは「さ、いこっ」っとラフィートの腕を引っ張っていく。
「晩飯までには戻ってくるんじゃぞ」
「あはい。行ってきます」
手を振るおじさんに手を振り返してラフィートとナアルフィは旧市街へと向かうのだった。
旧市街。かつては栄華を誇った街並みも今は無残な姿を晒していた。倒壊した建物の瓦礫を避けつつ二人は慰霊碑のある公園を目指す。
「ナアルフィはいつもこの道を通っているのかい?」
ナアルフィは、うんっと答えつつ慣れたように瓦礫をピョンッと飛び越える。ラフィートもその後に続く。
「あ、そこちょっと崩れてるから気を付けて」
「おっとと、危なっ」
言われた矢先に足元が崩れて飛び退く。
「ナ、ナアルフィ、ホントにこの道通ってるの?危なくね」
ナアルフィはフフッと笑いながら「大丈夫、大丈夫」っとピョンピョンと先に行ってしまう。
「あ、ちょっ待って」
おとなしそうに見えてナアルフィは実に行動力がある。見た目はアズサとよく似ているだけにそのギャップに思わず笑みが漏れる。
「姫だったら瓦礫をよじ登るだけで涙目になってるだろうな」
苦笑するラフィートに気付いてナアルフィが振り向く。
「どうかした?」
「いや、なんでもないよ」
トトッとラフィートの隣に来ると今度は二人並んで歩きだす。ナアルフィは物欲しそうにラフィートを見つめるがラフィートはその視線に全く気付く様子が無い。
「・・・手ぐらいつないでくれてもいいのになあ」
ボソッと呟くナアルフィに、「ん、なんか言った?」と尋ねる。
「ううん、何でもない」
アハハっと笑ってごまかしながら気付かれないように小さくため息を吐くのだった。
「お、大通りに出たな。へえ、結構ショートカットできるんだな」
ナアルフィに案内されたルートは少々危なっかしかったが普通に行くよりもそこそこの近道だった。そこからちょっと進むとすぐに目的地の公園が見えてくる。
当初はここも瓦礫の山だったらしいが慰霊碑を立てるためにみんなで片付けたという。その名残か公園の片隅には撤去しきれなかった瓦礫や遊具の残骸がまとめられている。
ナアルフィは祭壇の前に立つと手に持った花束を捧げ、膝をついて両手を合わせる。ラフィートもナアルフィの隣でそれにならう。
3年前、ラフィートにとっては一ヶ月前、列車の様な悪鬼によって中央都市は壊滅した。それを回避する事が出来たかもしれない方法はあった。それは中央都市とラの国東部をつなぐ渓谷に架けられた鉄橋を悪鬼もろともに落としてしまえば、というものだった。だがそれは東部への物資の供給を絶ってしまう事でもある。
ラの国東部、特にラフィートの故郷であるタリアシティは悪鬼の襲撃を受けて甚大な被害を被った。その復興のためにも支援物資は必要不可欠だった。
中央都市を守るか故郷を守るか、選択を迫られたラフィートはどちらかだけを選ぶことができず曖昧な決断をした。それは自分の力を過信していたのか、それとも仲間達の力に頼ろうとしたのか。
レキアが言った。
「助けない人間を選ぶ覚悟はあるのか」
ラフィートの半端な覚悟はすべてを失う結果をもたらした。
隣で祈りを捧げているナアルフィを見る。3年前ナアルフィは母親を失った。それだけじゃあない。彼女はその時のショックで記憶まで失くしてしまったのだと言う。
それは紛れもなく自分のせいだ。自分が選択を間違えたせいで彼女を苦しめてしまったのだとラフィートは思う。
フフッとナアルフィが微笑む。
「あ、ごめんなさい」
どうかしたのかと尋ねると、初めて出会ったときの事を思い出したのだと言う。
「ああそうか、ここで初めて出会ったんだったな」
まだ一ヶ月くらいしか経っていないのになんだか懐かしい。
「あの時、邪鬼に襲われそうになったわたしを助けに来てくれたラフィートさんはすごくかっこよかったよ。まるでおとぎ話に出てくる王子さまみたいに」
「ははは、王子さまか。ナアルフィはそう言うお話が好きなのかい?」
「うーん、どうかな。実はよくわからないの。でもなんでかな、とても気になるっていうか懐かしいっていうか」
「懐かしい?もしかして忘れてしまった記憶に関係があるのか?」
「あ・・・考えた事も無かったな。もしそうなら嬉しいな」
「うん、これを足掛かりに記憶が戻るといいね」
ナアルフィは顔をほころばせながらどこか寂しげな微笑みを浮かべる。
「ねえラフィ-トさん。・・・ラフィートさんは、どこから来たの?」
「え?」
ナアルフィはその柘榴色の瞳でラフィートを見つめる。
「なんでかな、わたしラフィートさんがいつもどこか遠くを見ているような気がするの」
隣にいるのに心はそこに居ない。いつかどこか遠く、決して手の届かない所に行ってしまうんじゃないか。そんな不安をナアルフィは感じていた。
「俺は・・・」
打ち明けるべきなのだろうか、自分の事を。自分が勇者である事を。
――いや、ダメだ。
ナアルフィは勇者の事を嫌っている。彼女の母親を見殺しにしたのは他ならぬ勇者なのだから。自分が勇者である事を知ればナアルフィは・・・
「どこにもいかないよ。俺は君の傍にいる。その、ナアルフィさえよければだけど」
「え、ええっと、それって・・・ええ」
ナアルフィは自分の顔に両手を当ててフルフルと左右に揺らす。
(・・・あれ、なんか今の言い方だとまるで告白してるみたいな感じが)
「あ、あのラフィートさん。あ、あのね聞きたい事があるの。えと、その・・・」
しどろもどろしているナアルフィに「なんだい?」っと答えると、ナアルフィは顔を真っ赤にしてしまう。暫しの沈黙の後、意を決してナアルフィが口を開く。
「ラ、ラフィートさんはッ好きな人っていますか!」
「・・・え?ぅええっな、なに急に」
ナアルフィの真剣な眼差しにどう答えるべきか思考を巡らす。
と言うのも「好きな人」と聞かれて真っ先に思い浮かべたのはアズサの顔だった。だがアズサ達はもういない。そういう意味では「好きな人」はいない、という事になる。それでもアズサの事を忘れる事など出来なかった。
結局ラフィートは「好きな人はいないよ」っと答えてしまった。
「へ、へえ、そうなんだ。そっかあ・・・あはっ」
安心したナアルフィが頬を緩める。そんなナアルフィに対する気まずさと気恥ずかしさにラフィートはナアルフィから目を逸らす。
その時、その視線の先、公園の片隅に黒い人影が見えた。
「邪鬼ッ!?」
とっさにナイフの柄に手をかける。
「邪鬼、じゃない。人間か?」
それは全身を真っ黒なローブに包んだ人間だった。フードを目深にかぶっている為顔は見えない。
ここからでは聞き取れないが何かブツブツと呟いているようだった。
不審に思って確かめに行こうとするラフィートの腕をナアルフィが掴む。
「ダメ。行っちゃダメよ」
「ナアルフィ?どういう事?」
ナアルフィはラフィートに身を寄せ声を殺す。
「あの人は邪神教の人よ。前にいた町で見た事があるわ」
邪神教?聞き憶えの無い名前に顔をしかめる。
「邪神に祈ればどんなお願いでも叶えてもらえるって言ってるの。でも・・・」
「でも?」
「そのためには生贄を、自分の目を捧げなければならないんだって」
自分の目を生贄にする?
そのおぞましさ、気持ちの悪さに吐き気を催す。ラフィートの腕を掴むナアルフィの手も小刻みに震えている。
「行こうナアルフィ。関わらない方がいい」
「うん」
ナアルフィを庇いその場から離れようとするラフィートのもとに風に乗って邪神教徒の声が届く。
「ジャシンサマジャシンサマおいでくださいジャシンサマジャシンサマおいでくださいジャシンサマジャシンサマおいでくださいジャシンサマジャシンサマおいでくださいジャシンサマジャシンサマおいでくださいジャシンサマジャシンサマおいでください・・・」
数日後。
「じゃあおばさん、いってきまーす」
ナアルフィはお弁当と言うには大きすぎる包みを抱えて玄関を出る。
「気を付けていくんだよ、あまり遅くならないうちに帰っておいでね」
「はーい」
畑仕事をしているラフィートにお昼のお弁当を届けに行くのはナアルフィの日課になっていた。
「お昼までまだ時間あるし、先にお母さんの所に行こうかな」
両手に抱えた包みを見て、フフッと微笑む。
「ちょっと作りすぎちゃったかな。ううん、これくらいならペロッといっちゃうよね」
ナアルフィにはささやかな願望があった。
いつか自分一人でラフィートの為のお弁当を作るのだ。今はまだおばさんに手伝ってもらっているがいつかは、きっと。
「ラフィートさんは優しいから失敗しててもおいしいよって食べてくれるんだよね。むぅ、そう言うときははっきり言ってくれればいいのにな」
全部食べてくれるのはうれしいけれどそれではどこを間違えたのかが分からない。
「おじさんみたくズバッと不味いッて言われたらそれはそれでショックだけど」
(いつかは本心から美味しいよって言ってもらうんだ。そしたら・・・)
――好きです。
(って告白するんだ)
「ありがとうナアルフィ、うれしいよ。俺も君の事を・・・」
「「愛してる。」なんって言われちゃったらどうしよう」
キャーっと妄想で顔を真っ赤にしていたナアルフィだったが、黒い人影が視界に入り我に返る。
「邪神教の人達・・・」
ナアルフィの行く道の先に黒いローブを纏った男達がいた。
邪神を崇拝する邪神教団。あまり良いうわさを聞かない彼らを最近ではこの町でもよく見かける様になっていた。
ナアルフィは目を合わせないようにして彼らからなるべく離れて通り過ぎる。その時つい横目で彼らの顔を見てしまった。
「ッ!?」
ナアルフィは小さく息を呑む。
邪神教徒は自らの目を邪神に捧げる。噂通り彼らの顔には目が無かった。
恐ろしくなったナアルフィは、彼らの光無き眼に見つめられている事に気付かないまま足早にその場を離れる。
ややあって、ナアルフィと入れ違いに黒い集団がやってくる。教徒たちは頭を垂れてその集団を迎える。
「ふーん、ここで間違いないのね」
黒い集団の中でも一際派手な装飾を施したローブを纏う女に問いかけられて頷く。
「まったく、散々探し回らせておいて中央都市に戻って来てるとかさ。手間かけさせてくれるじゃない」
女は髪をかき上げ忌々しげに廃墟となった中央都市を一瞥すると「いい気味よ」っと独り言つ。
「あ、あの、なにか?」
「なんでもないわ。ほら、さっさと案内しなさい」
「は、はい。こちらです」
教徒達は女を連れてとある民家を訪れる。そこは、つい先ほど一人の少女が出かけていった家。
ドンドンドンッとドアをノックする。
「はいはい、どちらさん?」
怪訝そうな顔を覗かせた初老の女性は女の顔を見るなり、パァっと顔を明るくしてうやうやしく女を出迎える。
「聖王都から遠路よくお越しくださいました。今日この日をどれほど待ちわびた事でしょう」
屋内へと促すも女はそれを断る。
「そんな事より例の子は?」
「今丁度出てまして、すぐに戻ると思いますが」
「どこにいるのかわかる?今すぐに会いたいんだけど」
はあ、と頷くのを見て「案内して」と命じる。
「かしこまりました。では」
先導を任せて女は一人ほくそ笑む。
「もうすぐよ、もうすぐ・・・まってて、レキア」
「一雨、来そうだな」
ラフィートは今にも泣きだしそうな空を見上げて手に着いた土を払う。いつもは白き月が地上を監視するかのように浮かんでいるのだが、今は薄い膜の様な雲に遮られて見る事が出来ない。
「おーい、ラフィート君。一息つこうや」
「あはい」
おじさんに呼ばれてラフィートは作業の手を止める。
「どうかね、もう慣れたかの?」
「ええ、まあなんとか。けどなかなか上手くいかなくて」
土手に座るおじさんはタバコに火をつけると、ふぅーっと煙を吐く。
「そうじゃろうな。この辺はまだマシな方じゃが、最近ではあまり作物は育たんくなっておるからの」
ラフィートはおじさんの隣に腰を下ろす。
「いずれはこの辺りも枯れてしまうのじゃろうな」
「そう、なんだ」
・・・暫し沈黙。
ややあっておじさんは言いにくそうに切り出す。
「なあラフィート君、君は・・・その、なんだ」
ラフィートは黙っておじさんの言葉を待つ。
「君は、ナアルフィの事をどう思うかね?」
「へ?え、ど、どうって」
予想していなかった言葉に思わず言いどもる。
「ほれあるじゃろう、可愛いっとか髪がきれいとか」
「え、ええ、可愛いとは思いますけど」
「好き、なのか?」
「は?い、いや・・・」
「まさか嫌いなどと言うつもりじゃなかろうなッあんないい子を嫌いなどと」
「い、いや嫌いじゃないですけど」
「では好きか?愛しているのかッ許さん!あの子はまだ子供じゃぞ。交際など断じて認めんぞ」
――ああもう、どうしろと?
「はあはあ、すまん、ちと興奮しすぎた」
鼻息を荒くするおじさんが気を落ち着かせようとタバコをふかす。
「ははっおじさん達は本当にナアルフィの事を大事にしてるんですね」
おじさん達のナアルフィの溺愛っぷりは見ていてちょっと度を超えてる気がしなくもない。
「ナアルフィは本当に良い子だと思いますよ。俺、ナアルフィにはとても感謝しているんです。何もわからなかった俺に優しくしてくれて、なんてお礼を言えばいいのか」
そう言って顔を崩すラフィートを見て、おじさんはふぅっと空を仰ぎ見る。
「なあラフィート君・・・君さえ良ければなのだが、ナアルフィをもらってやってはくれないか」
「は?」
ラフィートは思わずむせてしまう。
「幸いあの子も君の事を好いとるようじゃし。100歩、いや1万歩譲ってお似合いじゃと思うのじゃがどうかの、悪い話ではないと思うが」
「いや、なにもそこまで譲らなくてもいいのでは?」
「こんなご時世じゃ、俺らとていつまであの子の側にいてやれるかわからん。ナアルフィには・・・母親の分も生きて、幸せになって欲しいんじゃよ」
「おじさん・・・」
おじさん達は3年前、悪鬼の襲撃を受けて大混乱が起きた時にナアルフィを見失って以降ずっと彼女を探し続けていたという。そして去年、難民たちの中にいたナアルフィを見つけ引き取ったのだ。
「君にならあの子を任せられる。どうかナアルフィを守ってやってほしい」
「え、でも俺は・・・」
「勇者。光の勇者ラフィート」
ギクリッ
いきなり名前を呼ばれて鼓動が跳ね上がる。
「え、な、なんでそれを」
自分の素性は誰にも話していないのに。
「誰も憶えておらんようじゃが俺は知ってたよ。アズサ姫に最初に見出された勇者の少年」
「あ・・・」
「勇者どもに何があったのかは分からんが今君はここに居る。この一ヶ月、君の事を見てきてそれなりに君の人となりは分かった」
おじさんはラフィートに向き直ると頭を下げる。
「お願いじゃ。君のその勇者の力でナアルフィを守ってくれ。他の誰でもない、君にしか託せんのじゃ」
「おじさん、頭を上げて下さい。俺は、そんな」
「頼む。もう時間がない。奴らが来る前にナアルフィを連れて遠くへ」
「奴ら?時間がないってどういう事?」
「あらあら?こんな所で悪だくみ?」
「え?」
不意にかけられた女の声に振り向くとそこには黒ずくめの集団がいた。
「お前達は邪神教のッ」
その中でも一際派手なローブを纏った女が前に出る。
「どういうつもりかしら。まさかあたし達を裏切る気?」
「え、M様。いらしていたのですか」
おじさんは体を震わせながら後ずさる。
「わざわざ聖王都から出向いてあげたのにあんまりだわ」
――どういう事だ?おじさんはこいつらと面識があるのか?
ラフィートが身構えていると女が近寄ってくる。
「それにしてもこんな所に居たなんてねえ。灯台下暗しってよく言ったものだわ」
何だろう。この女の声に聞き覚えがある。
「久しぶりねえラフィート君。3年ぶりかしら?」
「何の事だ、俺はお前達なんか知らないぞ」
「あら、まだ分からないの?あたしよ、あ・た・し」
女がフードをとり顔を晒す。
「え、なんで・・・お前が邪神教なんかと」
「フフッごあいさつねえ、君の事も探していたのに」
「ハルカ、なのか。本当に?」
この世界に来て初めて見知った顔に出会えて思わず頬が緩む。
「よかった無事だったんだな。姫は?レキア達は一緒じゃないのか?」
もしかしたら実はみんな無事なのでは、と期待を込めてハルカに尋ねる。
「ふぅん?」
ハルカはククッと口を歪ませると目を細める。
「死んだわ。みんなね」
「え?だ、だってお前は無事じゃないか。なら」
「そういう君こそ今まで何してたの?急に居なくなって姫ちゃんがどれだけ心配してたと思ってるの」
「それは・・・」
言い淀むラフィートの目に黒い集団に囲まれた一人の少女の姿が映る。
「ナアルフィ!」
怯えるナアルフィは俯き、両手を合わせて肩を震わせていた。
「フフフッかわいいわねこの子。この髪とか姫ちゃんを思い出すわ」
ハルカはナアルフィを抱きよせその黒い髪を弄ぶ。
「いかにもラフィート君好みの女の子って感じね」
「ハルカ、その子を離してくれ。その子は関係ない」
「そうなの?別にいいけど、どうする?ナアルフィちゃん」
ハルカはナアルフィの背を押して一歩前へ出させる。
「ナアルフィ、さあこっちへ。もう大丈夫だから」
ラフィートはナアルフィに手を差し出すがナアルフィは俯いたままだ。
「ナアルフィ?」
「・・・本当なの?」
「え?」
ナアルフィはか細い声で尋ねる。
「ラフィートさんが勇者だなんて、ウソ・・・だよね?」
すがるような目でラフィートを見つめる。ラフィートがその目におされて「うっ」っと言い淀むのを見てハルカはククッと笑みを浮かべ、ナアルフィの肩に手を回し耳元で囁く。
「嘘なものですか。その男はまぎれもない勇者。あの忌々しい魔眼の魔女の下僕、それも悪鬼に敵わないと見るや否やいの一番に逃げ出した臆病者よ」
(魔眼の・・・魔女?姫の事を言ってるのか?)
ラフィートが疑問に思うもそれを聞く前にナアルフィは涙で潤ませた目でラフィートに詰め寄る。
「どうして、隠していたの?どうして、逃げたの?どうしてお母さんを助けてくれなかったの?」
「ナアルフィ、違うんだ。これは、その・・・」
「ウソつきッ」
ナアルフィのヒステリックな叫び声にラフィートを打ちのめされる。
「ウソつきッウソつきウソつきウソつきウソつきッ鈍感ッ意気地なしッとうへんぼくーッ」
「はいはい、ナアルフィちゃんもういいから。さあ、こっちへいらっしゃい」
ポロポロと涙を流し取り乱しているナアルフィをハルカはなだめながら連れて行こうとする。
「ま、待ってくれ。ナアルフィをどうするつもりなんだ」
「ウフフッさあ?どうしようかしら」
「ハルカッ」
「そうね、君も一緒に来なさい。再会を祝してみんなでパーティをしましょう」
「ふざけてるのか、なんで邪神教なんかと」
ハルカがあごでしゃくると邪神教徒達がラフィートを羽交い絞めにする。
「なんだッ離せよって、おじさん?なんで」
「すまないラフィート君、仕方がないんじゃ」
ラフィートを押えるおじさんが辛そうに詫びる。
ナアルフィの傍には黒いローブを纏ったおばさんの姿があった。
「おばさんまで・・・そんな、邪神教徒だったのか」
ラフィートはおじさん達を振り切ってナアルフィを追いかけようとする。だが、仮面を付けた大男に妨げられる。
「どけよッお前らにかまってられないんだ」
押し通ろうとするが大男はジャラリっと鎖でつながれた腕を振りかぶる。
「ッ!?」
大男の拳がラフィートのみぞおちに叩き込まれる。「がはッ」っと身体をくの字に曲げその場に崩れ落ちる。
邪神教徒達が一斉にラフィートを取り押さえて無表情のまま袋叩きにする。
「みんなほどほどにね。殺しちゃだめよ、お楽しみはこれからなんだから。フフフッアーハハハッ」
殴られ蹴られ、暴行を受け続けてもなおナアルフィに向かって手を伸ばす。
「ナアルフィ、ナアルフィーッ」
サアッと降り出した雨に視界を奪われ、ラフィートはただ少女の名を叫ぶ事しか出来なかった。
旧市街。
夕闇が迫るなか、いまだ雨の降りしきる慰霊碑の公園に50人近い邪神教徒達が集まっていた。
彼らは慰霊碑を中心にして円状に天幕を並べ、名も無い町から奪ってきた食料や酒を勝手気ままに喰い荒らしていた。
「はいはい、みんな注目ー」
祭壇に上がったハルカがパンパンっと手を叩き場を静める。
「今夜いよいよ邪神様復活の儀式を執り行いまーす。はい拍手」
おおおーっと歓声と共に拍手が起こる。
「はいはい静かにー。そこで儀式の前にちょっとした余興を行いたいと思いまーす」
ハルカの合図とともに縄で縛られたラフィートが引きずられるように連れてこられる。
「ほらよッ」
ドカッと背を蹴り飛ばされて地面に顔面から倒れこむ。
「さあて、ここに無様に寝っ転がっているのは世界を混沌へと導いた魔眼の魔女の下僕、光の勇者ラフィート君。邪神様の作る新世界には必要のない存在ね。よってこれより公開処刑しちゃいまーす」
おおおーっと再び歓声が起こる。ラフィートは体を起こし祭壇の上のハルカを見上げる。
「ハルカ、本気なのか・・・」
「ふふん、誰かラフィート君の縄を解いてあげなさい」
ハルカは蔑むようなに目を細めてラフィートを見下す。
「もうやめるんだこんな事、お前がどうして邪神教なんかに入っちまったんだ」
「どうして?決まってるじゃない。邪神様はどんな願いでも叶えてくれるのよ。フフッ君にだって叶えたい事の一つや二つあるでしょう」
「だからってなんで邪神なんだッ姫は邪神の復活を止めようとしていたのに」
「何言ってるのよ、全部あの女のせいじゃない」
「姫のせい?どういう事だ」
「そう、全部あの女のせいよ。あの子があたしからレキアを奪ったんだから」
「え?」
「レキアはあの子を守る為に戦い続けていたのにレキアが死んだ時、あの子はなんて言ったと思う?」
ハルカは憎々しく顔を歪ませて声を荒げる。
「『次の勇者を探しましょう』よ。ふざけんじゃないわよ!誰のせいだと思ってんのよ!!あんな奴の為になんでレキアが犠牲にならなくちゃいけなかったのよ!そうよ全部あの子のせいよ、あの子が悪鬼なんて目覚めさせなければこんな事にはならなかった。あの子がユノハナに来なければレキアが勇者になんてならなかった。あの子を助けようとしなかったらレキアが死ぬ事も無かった。全部全部全部あの子のせいじゃないッ!!!」
ラフィートはハルカの剣幕におされて言葉を失う。
「ふんッそんな事はもうどうだっていいのよ。邪神様にレキアを生き返らせてもらうんだから」
ハルカは髪をかき上げ息を整えてから再びラフィートを見下す。
「そのためにこの子には生贄になってもらうのよ、フフフッ」
そう言ってハルカは真っ白いローブを着させられたナアルフィを祭壇に上がらせる。
「!? ナアルフィ!」
ナアルフィは虚ろな目でハルカの隣に立つ。ラフィートが何度も呼びかけるがナアルフィはそれに答える事はなかった。
「ナアルフィ?ハルカッお前ナアルフィに何をした!」
「んー、何って」
ハルカはナアルフィを抱きよせると見せつける様に頬ずりをする。
「色々しすぎちゃったから覚えてないわ。ね」
「・・・はい、おねえさま」
ナアルフィは感情の無い声で答える。
「んあー、もうかわいいッ」
ハルカはナアルフィの頬に口づけをする。
「ハルカ、お願いだ。ナアルフィを離してくれ。その子は本当に何の関係も無いんだ。頼むよ、ハルカッ」
「関係ない?フフフッアーハハハッ。君、何も知らないのね」
ハルカはラフィ-トをあざ笑う。
「どういう意味だ?」
「どうもこうも、教団はね最初からこの子に目を付けていたのよ。邪神様の生贄候補としてね。だけど悪鬼の騒ぎで行方不明になっていたのよね。で、散々探し回らされてやっと見つかったの。そうよね?」
ハルカの視線の先には黒いローブを纏ったおじさんとおばさんが頭を下げていた。
「おじさんおばさん・・・どうして、あんなにナアルフィの事を大切にしていたのに」
「そりゃあそうでしょ、大切な生贄だもの。どこの馬の骨とも知れない男に盗られるわけにはいかないでしょ。姫ちゃんが死んだと分かった途端に別の女の子に手を出そうとする誰かさんなんかには特にね」
「な!?俺はそんなんじゃ」
「いいのいいの、かわいいものねナアルフィちゃんも。でもダーメ。この子はもうあたしのものだから」
縄を解かれたラフィートにハルカはナイフを放り投げる。
「でもそうね、もし君が彼に勝てたら考えてあげてもいいわ」
ジャラリ、ジャラリっと鎖を引きずって仮面の大男が近づいてくる。その手には錆びついた大剣が握られている。
「あいつは、さっきのッ」
「勝ってるかなー。彼、すごく強いわよ。それとあっちの方もスゴイんだから。うふふ」
「本当にナアルフィを離してくれるんだな?」
ラフィートはハルカを睨みながらナイフを拾い立ち上がる。
「フフッさあさあみんな、公開処刑改めナアルフィちゃん争奪 勇者VS処刑人 ルール無用時間無制限デスマッチの開幕よ。勝者にはこのかわいいナアルフィちゃんを自由にできる権利が与えられまーす」
おおおーっと歓声が上がる。
「さあ、存分に殺し合いなさい。ナアルフィちゃんが欲しければね」
「・・・ッ」
ラフィートはギリッと奥歯を噛みしめる。
とにかくやるしかない。ナアルフィを取り戻す為だ。
「あんたには恨みはないが、仕方がないんだ。手加減はしない、全力でいかせてもらう」
ラフィートにはタカラから剣技を教わったという自信がある。
「・・・」
仮面の大男は何も言わず大剣を構える。その威圧感に気圧されそうになるがラフィートはナイフを両手で握り間合いを詰める。
相手は大剣、こっちはナイフ。リーチは圧倒的に不利だ。けど、懐に飛び込めれば勝機はある。
「ラフィートくーん。遠慮しないで勇者能力使ってもいいのよ」
「くっ」
ラフィートの勇者能力は『距離無効』。ラフィートにとって元々リーチの差など意味がないのだ。だがその力を使う事にためらいがあった。
以前アズサに言われたことがある。「勇者は人々を守る者である。よってその力を守るべき人間に対して振るってはならない」と。
ナアルフィを守る為とはいえ相手は人間だ。はたして力を使ってもいいものか、と躊躇するラフィートの隙をついて大男が大剣を振り回す。
「ッ!ぅお」
間一髪ラフィートは上体を逸らし大剣をかわす。
チャンスだ!
ラフィートは即座に大男の懐に飛び込もうと駆け出す。が。
大男は大剣を振った遠心力を利用してまわし蹴りを繰り出してきた。
「うわッ」
チッと大男の蹴りがラフィートをかすめる。慌ててその場から飛び退くと、既に大男は体勢を立て直していた。大剣を振りあげさらに攻勢をかける。
「くそッこいつ強い!」
「逃げてないでちゃんと戦えー、つまんないぞー。へっぽこ勇者ー」
距離をとろうと逃げ回っているラフィートにハルカがヤジを飛ばすと周囲からも嘲笑がもれる。
「相変わらず好き勝手言ってくれる。けど、確かにこっちから攻めないと」
ラフィートは意を決して間合いを詰めるべくダメージ覚悟で飛び込んだ。大男のわずかなスキをついて、ついに射程に入る。
「おおおおッ」
一気にラッシュをかけるが大男は大剣を巧みに操ってことごとく捌く。それどころか逆にカウンターを繰り出してくる。大男に頭を掴まれそのまま地面に叩きつけられる。
ラフィートを踏みつけようと片足を上げた所を狙って足にしがみつきバランスと崩そうとするが大男は構わずラフィートを蹴り飛ばす。
「ッくそ」
さらに追撃してくる大男の大剣をかわし距離をとる。
ハアハアと、肩で息をしつつ状況を整理する。
「こいつ、なんかすげえやりずらい。まるでタカラのおっさんを相手にしてる気分だ」
そう思うとなんとなく大男の姿がタカラとダブって見える。
「けど、まさかな」
チラッとハルカを見るとハルカは酒瓶をひっくり返して瓶の中を覗き込んでいた。
「んー、お酒おわっちゃった。誰かー、おかわり持ってきてー」
っと、ラフィートの視線に気付きニヒヒッといやらしい笑みを浮かべる。
「ほらほらよそ見しなーい。しっかり殺し合いなさーい」
そう言ってナアルフィの頬をペチペチと叩いて見せる。
「チッハルカの奴」
とにかく今はこの大男をどうにかしなければならない。改めて大男に向き直る。
「こいつはほとんどスキが無い。攻撃も防御も俺より上だ」
そうなると考えられる手は・・・
「スピードか。あいつの図体と大剣の組み合わせなら俺の方が早く動けるはず」
あれ?なんか前にもこんな事があったような・・・
「おほー、来た来た。ありがと、君にはお駄賃をあげよう」
酒瓶を運んできた教徒にハルカはインスタントパワーの札を渡す。
「あ、ありがとうございますM様」
札を受け取ると何度も頭を下げて戻っていく。
「インスタントパワー・・・そうか、あの時と同じなのか」
あの時、楽に強くなりたかったラフィートはハルカのインスタントパワーに頼ろうとした。それで強くなったと勘違いしたラフィートは初めて人を傷つけてしまった。あの嫌な感覚は今でも覚えている。
「ラフィートくーん。なんだったらハンデあげよっか?」
ひらひらとインスタントパワーの札を振ってみせる。
「・・・」
「あれれー。シカト?つれないなー」
集中しろ。ハルカの事は気にするな。今はあの大男に手を届かせる事を考えるんだ。
この時、ラフィートは勇者のオーブが鈍い光を込めつつあったのを気付いていなかった。
「おおおおおッ」
大男が雄たけびを上げ突進してくる。
「避けるか、いやチャンスだ!このまま受けて・・・って無理だろッ」
ズドンっと大剣が振り下ろされるのをかろうじて避ける。
「あぶなっ」
さすがに今のを受け止めるのは危険すぎる。体勢を崩しつつも大男の側面に回り込む。だが大男は腕に巻きつけた鎖を鞭のようにしならせてラフィートの動きをけん制する。
「くそっ近づけねえ」
大男よりも速く動こうとしていても大男はラフィートの動きを先読みして二の手三の手を繰り出してくる。
未だに大男に攻撃を当てられないラフィートは気持ちばかりが焦ってしまう。圧倒的にレベルが違う。次第に追い詰められていくとどこからか囁く声が聞こえてくる。
《使え・・・力を・・・躊躇うな・・・使え・・・我が力を・・・邪気を払え》
「なんだ、力?何の事だ。っていうか誰だ?」
まるで頭の中に直接語りかけられているように何者かの声がしたがそれ以降声は聞こえなくなる。
「ッしまった」
頭の声に気をとられて大男の攻撃を受けてしまう。大男は鎖でラフィートの腕を絡めとり動きを封じると、右腕だけで大剣を薙ぎ払う。
「がっ、は」
斬られるというより叩きつけられる、という一撃であばら骨の何本かが折られる。その痛みで一瞬意識が飛ぶ。
大男はジャラリっと鎖に吊り下げられたラフィートを放り投げ左足で踏みつける。
「ぐあっがあああ」
大男はラフィートを踏みつけたまま大剣を振りあげる。
「いいぞー」
「やれー」
「殺せー」
邪神教徒達から歓声が上がる。
「あーあ、もうお終いか。あまり盛り上がらなかったわね」
ハルカが詰まらなそうに吐き捨てる。
「それじゃあ約束通りナアルフィちゃんは彼が好きにするって事になるわね。でも・・・」
ククッと笑みを浮かべ目を細める。
「いいのかなー。彼の相手なんかしたらナアルフィちゃん壊れちゃうかも。言ったでしょ、彼ってばスゴイんだから。うふふ」
大男はさらに体重をかけ踏みつける。
「がッあああ」
悲鳴を上げながらラフィートはナアルフィを見る。
「ナアルフィ・・・ナアルフィ」
ナアルフィに向かって手を伸ばす。
「また、俺は届かないのか・・・俺は・・・俺はッ」
大男が大剣を振り下ろす。
(やられるッ)
そう思った時、また頭の中で声が聞こえた。
《力を・・・解き放て》
勇者のオーブが鈍い光を放つ。
ゴォオオン
ラフィートから凄まじい衝撃波が発せられる。
衝撃波に吹き飛ばされた大男はまるで木の葉の様にキリキリと宙を舞い地面に激突する。
「な、なんだ、何が起きた?」
ラフィートを含めその場の誰もが状況を理解できていない。だがハルカだけはフフンッと鼻を鳴らす。
「へぇ、それが君の技能か」
ラフィートは魔法で応急処置をしながら立ち上がる。
「はあはあ、ハルカ!約束だ。ナアルフィを離してくれ」
「んー?何言ってるのかな。まだ終わってないわよ」
ハルカの言葉通り大男は大剣を支えにしてよろよろと立ち上がる。
「くっまじかよ」
「それに言ったでしょ。これはデスマッチ、どちらかが死ぬまで続けるのよ」
パキンッ
何かの割れる乾いた音にラフィート達の視線が集まる。それは大男の顔だった。
パキリッ
大男の仮面が割れる音。割れた仮面が落ちて大男の素顔が明らかになる。
「な・・・嘘、だろ?」
ラフィートは自分の目を疑った。わなわなとナイフを握る手がが震える。
「なんで、あんたが・・・なんで」
「・・・」
大男は深く息を吐き大剣を構える。
「なんでッ何とか言えよ!なあ!」
「・・・」
「答えろよッタカラのおっさん!!」
ラフィートの前に立つ大男、ラフィートを殺そうと襲いかかてきた男、邪神教団に堕ちたハルカの言いなりになっている男。それはかつてラフィートと共に悪鬼と戦い、ラフィートに戦い方を教授した男、聖王国の王女アズサに仕える騎士、タカラ。
もしかして、と思った。ありえないと思った。その姿を重ねた事もあった。でも信じられなかった、信じたくなかった。気のせいであってほしかった。間違いであってほしかった。だが、今目の前に立つ男は髭を生やしているが紛れもない、ラフィートのよく知るタカラだった。
涙が溢れてくる。再会の喜びからではない。悔しかった。かつての仲間と、師として騎士としてその強さに憧れたタカラと気付かなかった自分が。本気の殺し合いをさせられていた自分が、悔しくて情けなくて・・・
「なんで、こんな事になってんだよ。一体何があったんだよ!なんで・・・なんでなんだよ!!」
「プッ、プクククッアハッアーハハハッ」
堪えきれなくなったハルカが爆笑する。
「なんで?ねえなんで?アハハッなんでなんでってクククッばっかみたーい」
「なにがッ、何が可笑しい!ハルカッ」
ラフィートは腕でグイッと涙を拭ってハルカを睨む。
「だって、全く予想通りのリアクションなんですもの。いいわあ君。ホント期待を裏切らないんだから」
ハルカはグイッと酒をあおるとプハァっと吐息を吐く。
「ほらほらボーっとしてないで戦いなさい。隊長さんは殺る気まんまんよ」
「た、戦えるわけないだろ!相手はタカラのおっさんなんだぞ」
「えー、今さらそんな事言われてもー。困っちゃうよねえナアルフィちゃん?」
これ見よがしにナアルフィの首に手をかける。
「くッ!?」
仕方なくラフィ-トはタカラと対峙するがナイフを握る手はまだ震えていた。
「・・・ッ」
タカラが大剣を構えて突進してくる。かろうじて回避するがすぐに捕まってしまう。
「やめてくれタカラのおっさんッ俺が分からないのか!」
ラフィートの呼びかけに答える事なく、オオオッと雄たけびを上げ大剣を振り回す。
「やめてくれッやめてくれよ」
何度も何度も打ちつけられ、ボロボロになってもなおタカラと戦おうとしないラフィートを見てつまらなそうにハルカは酒瓶を投げ捨てる。
「あーあ落としちゃった。おかわり、早く持ってきて」
ハルカが興味を失っている間もラフィートはタカラに呼びかけ続けていた。タカラの大剣をナイフで受け止めようとするも敵わず押し切られてしまう。組みあいになった時、ラフィートは懐かしい声を聞いた。
「・・・全く、何も変わっていないなお前は」
「え?」
「目先の事にとらわれて目的を見失うな、ラフィート」
「ッタカラのおっさん!正気に戻ったのか!?」
「しッハルカに気付かれる」
声を潜めるタカラにラフィートもならう。
「ん・・・?ふむ、お酒まぁだー?」
「は、はいっただいま」
どうやらハルカには気付かれていないようだった。
「ラフィート、今は私と戦え」
「できないよそんな事」
「あの少女を救いたくはないのか」
「あ・・・でも」
「私に考えがある、いいな」
そのまま有無を言わさずタカラは戦いを続ける。
「クソッ仕方ないか」
ラフィートも仕方なしに戦闘態勢に入る。それを見たハルカが嬉しそうに手を叩く。
「お、やっと殺る気になったみたいね。いいぞーどっちもがんばれー」
「ナアルフィを助けるためだ」
それから二人はハルカ達に気付かれないように見た目に気持ちのいい剣戟を響かせる。
「ん、んぐんぐ、ぷはぁー。ううん、おいしぃ」
ハルカは酒を飲み干して感嘆の吐息を吐く。その隙にタカラは再びラフィートと組みあう。
「いいか、私が隙を見せる。お前はそのナイフで私を刺せ、できるな?」
「な、何言ってんだ、そんな事できるわけないだろ」
「忘れたのか私の固有能力を」
「タカラのおっさんの固有能力・・・そうか『ダメージ無効』だ」
「ああそうだ、遠慮はいらん。思いっきりやれ。私が倒れればハルカが動くはずだ。チャンスを待て」
結局ラフィートはタカラの言葉に何の疑問も持たずに従うのだが、それはタカラが正気に戻ったという安心感とタカラへの信頼から自分で考える事を放棄してしまっていたからだった。もしもこの時ラフィートが自分で考える事をやめなければ、タカラの言葉の意図を読む事ができていたら最悪の事態は避けられたのかもしれない。
「・・・おぉッ」
タカラが大剣を振り下ろす。その剣圧におされてラフィートは後ろに下がらされる。そしてタカラは見せつける様に真っ直ぐに大剣を振りあげる。
「今だ!」
ラフィートは助走をつけて一気にタカラの懐に飛び込みナイフを突き立てる。手にあの時と同じ肉を裂く嫌な感触を覚える。
「がッ・・・ぐふ」
タカラは振り上げた大剣を落とし、胸に突き立てられたナイフを握ったままよろよろとうつ伏せに倒れる。
「ハアハアハア、うぅ・・・やったぞ、ハルカ!これでいいんだろッ」
ラフィートは吹きだした汗を拭ってハルカを睨む。するとハルカはパチパチと手を叩く。
「驚いた、ホントに殺っちゃうなんて思わなかったわ。これも愛ゆえにって奴かしらね」
周囲の邪教徒達からブーイングが起こる。それをハルカは手をかざして制止させる。
「これで文句はないだろう。約束だ、ナアルフィを離してくれ」
ハルカは冷ややかな目を向けるが、フンッと息を吐くと立ち上がる。
「ま、仕方ないか。約束だものね。いいわ、おいでナアルフィちゃん」
そう言ってハルカはナアルフィを手を取って祭壇を降りる。
「タカラのおっさん、ハルカが来る。次はどうすればいい?」
声を潜めてタカラに次の指示を仰ぐ。だがタカラは倒れたまま何も言わない。
「聞いてるかタカラのおっさん、俺はどうしたらいい?」
タカラからの指示がなく動く事が出来ないラフィートにハルカ達がゆっくりと近づいてくる。
「はいはい、おめでとうラフィート君。まさかの大逆転、感動したわ」
わざとらしく涙を拭う素振りを見せるハルカ。
「煮るなり焼くなり好きにしていいわよ。あ、でもエッチぃ事はダメよ」
ナアルフィの肩を掴んでラフィートの前に立たせる。その瞬間を待っていたタカラがガバッと飛び起きる。
「タカラのおっさん!?何をッ」
タカラは手にしたナイフをハルカではなくナアルフィに向ける。だがナイフの刃がナアルフィに届く前に邪教徒達に取り押さえられる。
「なんでナアルフィを、どうして?」
突然のタカラの凶行にラフィートは動転してしまう。
「ふん、やっぱりね。そう来ると思ってたわ。二度も同じ手が通用すると思った?バカな人」
「く、うう・・・無念」
「タカラのおっさんッなんで?ナアルフィを助けてくれるんじゃなかったのかよ」
「・・・その少女を邪神の生贄にさせる訳にはいかないのだ。それが・・・姫様のご遺志だ」
「姫、の・・・?」
なぜここでアズサの名前が出てくるのか、ラフィートが疑問を抱いているとハルカがそれに答える。
「そういえば君にはまだ言ってなかったわね。いいわ、教えてあげる。その人はね、邪神様の復活を邪魔するために・・・」
アズサを、殺したのよ
頭の中が真っ白になっていた。ハルカの言葉の意味が理解できなかった。ラフィートは信じられないという顔で息も絶え絶えに倒れているタカラに目を向ける。タカラはラフィートに目を合わせず語る、アズサの最期の想いを。
「仕方がなかった。それしか邪神の復活を阻止する術がなかった」
私と姫様はハルカの裏切りによって邪神教団に捕えられ、聖王都に監禁されていた。邪神教団はシユウ陛下に取り入りクオルス殿下との戦争を起こさせた。すべては邪神の復活の為に。聖王都は奴らに占拠されてしまっていたのだ。
既に勇者達はいない、もう誰にも悪鬼を止める手立てが無かった。そんな人々の不安を煽り奴らは信者を増やしていった。
邪神ならば悪鬼を滅ぼすことができる。
っと。
人々が邪神を信奉してけばいくほど邪鬼の出現数が増していった。だが我々にはそれを見ている事しか出来なかった。奴らが姫様を生贄に捧げ邪神を復活させる儀式を行おうとしていたからだ。
儀式の準備が終わろうとしていたあの日、姫様が私のもとを訪ねてこられた。これが最後になるから二人きりで会わせて欲しいと懇願されたのだ。当然そんな願いが通じるはずもなく見張りが付けられたが姫様が説得し牢の中までは入ってこなかった。
何日かぶりに姫様の御姿を見て私は驚愕した。
姫様の神眼を恐れた邪教徒どもはあろう事か姫様の両目を潰してしまっていたのだ。あの聖王国一美しい紅玉の瞳は失われてしまったのだ。
なんと惨い仕打ちを受けられたのかと嘆く私に姫様は「この程度の事など問題ではありません」と仰られた。姫様はご自分が生贄として捧げられれば間違いなく邪神が目覚めるだろうと、邪神が目覚めれば世界は終わるだろうと予見されていた。姫様が私のもとを訪れられたのは別れの言葉を告げるためではなかった。
「タカラ、あなたにお願いがあります。これは今を逃しては二度と叶わぬ事、だからどうか私の願いを聞いて下さい」
もちろん、姫様の願いなら例えどのような無理難題でも聞く覚悟はあった。姫様をお救いする為ならこの命など惜しくはない。だが姫様は首を振られた。そうではないのだと。
「あなたは生きて、いつの日かあの方が戻られる時に伝えてほしいのです」
姫様はいつもラフィート、お前の事を気にかけておられた。必ず戻ってくると信じておられたのだ。お前こそが世界を救う最後の希望だ、と。
「あの方が戻られるまでこの世界を終わらせてはなりません。だから、お願いタカラ・・・」
私を・・・殺して
タカラは話終えるとぐったりと血の海に沈む。ラフィートはその話を聞いている間体の震えが止まらなかった。
「姫は・・・どうしてそこまで、自分を犠牲にしてまで・・・」
「ホント嫌になっちゃうわよね。あの子最後までぶれないんだもの。見苦しく命乞いの一つでもしたら可愛げもあるってのにさ。・・・なにも死ななくてもいいのに」
ハルカはどこか寂し気に呟く。
「ハルカ、お前・・・」
「そうよどうせ死ぬならあたしの為に死になさいよ。最後の最後の最後まであたしの邪魔をして。あと少しで邪神様が復活するはずだったのに、あと少しでレキアを取り戻せたのに」
「ハルカ、お前はッ」
「けどいいのよ、だってあたしにはナアルフィちゃんがいるもの。ね、ナアルフィちゃん、あなたはあたしの為に死んでちょうだいね」
「・・・はい、おねえさま」
「ああん、もうかわいい。だーい好き」
ナアルフィに抱きつくハルカを睨むラフィートだったがタカラの異変に気付く。
「タカラのおっさん?どうしたんだ。いつまで倒れて・・・え」
ラフィートがタカラに駆け寄るとタカラはもう虫の息だった。
「え、なんで?大丈夫だったんじゃ」
ラフィートの問いに答えたのはハルカだった。
「隊長さんの固有能力ね。知ってるわよ『ダメージ無効』でしょう。どんなケガでも一度だけ無かった事に出来るのよね。聞いた事あるのだけど、君は前に隊長さんと戦った事があったんでしょう。つまり、隊長さんは既に、『ラフィート君』に『ナイフ』で『刺される』という事を無効化していたって事は、ねえ」
「そんな、じゃあ俺は・・・」
「・・・いいのだ、これで、いい」
「よくねえよッなんで・・・こんな」
「その人はずっと死にたがっていたものね。そんな事あたしが許さなかったんだけど」
「私は、姫様をこの手にかけた時からずっと、この日を待っていた。お前に、姫様の言葉を伝えるためだけに、生き恥をさらしてきたのだ」
タカラは、ガフっと吐血する。
「タカラのおっさんッ」
抱き起こすラフィートの手を握るとタカラはアズサの最期の言葉を告げる。
「よく聞け、『希望を灯して』、それが姫様の・・・」
タカラの手から力が抜けていく。
「タカラッ」
「・・・これで、いい。・・・これで、姫様の、もとへ・・・逝け、る」
「タカラの、おっさん・・・うそ、だろ?なあ、起きてくれよ。なあって」
ラフィートがタカラの体を揺さぶってもタカラはもう何の反応もしなかった。
「やめてくれよ、なんで、こんな事になるんだよ・・・」
「あーあ、死んじゃったか。ラフィート君ってばひどいんだ。隊長さんに何の恨みがあったのかしらね。隊長さんもかわいそー、教え子に刺されるなんてね。ねえナアルフィちゃんもそう思うわよねえ」
「・・・はい、おねえさま」
ハルカがわざとらしくラフィートを罵る。
「ち、ちがうッ俺は!そんな、つもりは・・・」
「何が違うの?君が殺したのよ。ほら、ナアルフィちゃんも言ってやりなさい」
「・・・」
ナアルフィは無表情のまま褐色を帯びた柘榴色の瞳だけをラフィートに向ける。
「ナ、ナアルフィ・・・違うんだこれは」
「・・・人殺し」
ああ、あああ・・・あああああああッ
ラフィートは声をあげ、ナアルフィの視線から逃れようと頭を抱えてうずくまってしまう。
「うふふ、あーはははっ人殺しかあ、いいわよナアルフィちゃん。もっと言ってやりなさい」
ハルカは実に楽しそうに笑う。そして精神的に追い詰められたラフィートの雨に濡れた頭に触れてそっと囁く。
「補強」
「ぅがあッああああああああああ!?」
ラフィートは電撃を受けたかのようにビクンッと体を跳ね上げ絶叫する。
「立ちなさいラフィート君」
ラフィートの意思に逆らって体が勝手に動き、立ち上がる。
「なん、だ?何を、したんだ、ハルカッ」
全身が痺れて体が思うように動かせない。ラフィートはかろうじて声を絞り出しハルカに問いかける。
「ふふふ、すごいでしょこれ。あたしの固有能力よ」
「固有・・・?お前のは、インスタントパワ-じゃあ?」
固有能力は誰しもが得ることの出来る特殊能力である。だがその得られる力は一人一つだけのはずなのだ。既にインスタントパワーを持っているハルカが別の固有能力を持てる事などありえなかった。
「そう、あたしの力はインスタントパワー。慈愛に満ちたあたしにふさわしい力を分け与える能力」
「自分で言うか?てか有料だろうが」
っとつっこみたかったが体が痺れていて声が出せなかった。
「ずっと不思議だったのよね。固有能力って基本的に自分の為に使うものなのにインスタントパワーはあたし自身には使えないってさ。おかしいよね、やっぱ。前に姫ちゃんに聞いてみたことがあったんだけど、あの子はぐらかすだけで教えてくれなかったのよ」
アズサが教えなかった?どうして、っと考えていたのを見透かしてハルカは話を続ける。
「あの子は気付いていたのね。この力の事、インスタントパワーはこの力の副次効果でしかなかったって事を」
ハルカはフフンッと胸を張ってラフィートの頭をポンポンと叩く。
「あたしの本当の固有能力は人形遊び。相手の意思なんて関係ない、あたしの意のままに操る力」
そう言ってハルカは右手を差し出し、「キスしなさい」っと命じる。ラフィートは命じられるままハルカの右手の甲にキスをする。
「体が、勝手に・・・」
「ふふ良い子ね。あたしの命令に逆らおうとしない方がいいわよ」
「うぅ、ぐぁあ」
ラフィートは身体を強張らせて苦悶の声をあげる。
「苦しいでしょ、あたしの命令に従っていれば楽になるわよ。何も考えないで、全部あたしに委ねて、ね」
「く・・・ふざ、けるな・・・ハルカ、俺はッ」
ラフィートは声を絞り出しハルカを睨みつける。ハルカは恍惚としてラフィートの耳元で囁く。
「その表情いいわあ。スゴクいい。後でたっぷり調教してア・ゲ・ル。姫ちゃんの事もナアルフィちゃんの事も忘れちゃうくらいに激しく、ね」
――タカラもナアルフィもハルカに操られていたんだ。だけどこんな強力な固有能力なんて聞いた事が無い。
「言っても、発動させるために色々条件があるんだけどね。もちろんそれはヒ・ミ・ツよ」
そういえば、っとハルカが首を傾げる。
「隊長さんはいつから解けていたのかしら。あたしが解くか死なない限り効果は永続するはずなのに。それともずっと操られたふりをしていたのかしら。喰えない人、すっかり騙されてたわ」
「うぅ、ぐ、うう」
体が自分の意思で動かすことができない。それどころか意識まで持っていかれそうになる。
「あれれー?おかしいなあ。まだ意識があるの?普通ならとっくに自我が無くなってるはずなのになー。ふーん、流石は勇者様ってことかな。けど、いつまでもつかなー」
ハルカはナアルフィを連れて祭壇に戻ると大仰に両手を広げると邪教徒達の視線を集める。
「はい注目ー」
ハルカは指を拳銃に見立ててラフィートに向けて「バァン」と撃つ仕草を取る。するとラフィートはそれに合わせてパタッと倒れこむ。
「まさかまさかの大判狂わせ。なんと勝利者はこのあたしでしたー。はい拍手!」
パチパチとまばらな拍手が起こる。
「という訳で優勝賞品のナアルフィちゃんはあたしが好きにしちゃいまーす。さあみんな、これで余興は終わりよ。儀式の準備を始めなさい。ああ、そうだ。隊長さんはどこかに埋めてあげて。これでも役に立ってくれたんだからね」
いつの間にか夜は更け、雨も小降りになっていた。
邪神教徒達が儀式の準備を進めている中、天蓋の一つではハルカはナアルフィを着替えさせ化粧を施していた。
「ナアルフィちゃんはこれから邪神様と一つになるんだから思いっきしオシャレをしなくちゃね」
鏡の前に座らせたナアルフィを後ろから抱きしめる。
「・・・お願いね。邪神様にレキアを助けてもらえるように頼んできてね」
「・・・はい、おねえさま」
と、その時天蓋の外が騒がしくなる。
「ん、なあに?」
邪教徒達の制止を振り切ってハルカの前に現れたのはおじさんだった。おじさんを追っておばさんも駆けつける。おじさんはハルカの前で跪き額を擦り付ける様に土下座する。
「何の真似かしら?」
「お願いがございます、どうか今夜の儀式を中止していただけませんでしょうか」
「ちょっ、あんたっ何を言ってんのさ」
「どうか、その子を、ナアルフィを生贄にするのを考え直していただけませんか。お願いします」
懇願するおじさんをハルカは冷めた目で見つめると、ポンッと手を叩く。
「ああ、確かあなた達はナアルフィちゃんの監視役だったわね。お疲れさま、で?」
ハルカはナアルフィに視線を戻しナアルフィの髪を弄りはじめる。
「もしかしてナアルフィちゃんに情が移っちゃった?バカなの?この子はただのお供え物よ。あなた達だって邪神様にお願いしたい事があるんじゃないの?」
「そ、それは・・・」
「そうです、私たちはぜひ叶えていただきたい事があるんです、そうだろアンタ」
おじさんに問い詰めるおばさんだったが答えたのは突然の絶叫だった。
「ああああああああああああッナアアアアアアルフィイイイイイイイイイイ」
ハルカはクックッと笑うとナアルフィを抱きしめる。
「元気ねえ、そんなに叫ばなくても聞こえてるのにねナアルフィちゃん」
「・・・はい、おねえさま」
「ああやって叫ぶ事であたしの支配から抗おうとしてるのよ。ホント、無駄な事を」
「ハアアアアルゥウウウウカアアアアアアアアアアアアア」
叫び続けるラフィートを気にする事無くハルカはナアルフィの髪をいろいろに結って遊ぶ。
「儀式は予定通り今夜零時に始めるわ。あたしに逆らおうとしても無駄よ、分かった?分かったらあなた達も準備に戻りなさい。望みを叶えてもらいたかったらね」
「は、はいお騒がせしました。ほらいくよあんた」
おばさんに腕を引かれて立ち去ろうとしたおじさんはナアルフィの目から零れ落ちる涙に気付く。
「ナアルフィ、お前」
「はいはい、ナアルフィちゃんはこれからお着替えするんだから覗いちゃダーメ」
天蓋から追い出されたおじさん達は準備作業へ戻される。その道すがらおばさんはおじさんに毒づく。
「何考えてんのさ、M様に意見するなんて。私らはただ監視役に選ばれただけなんだから役目を果たす事だけ考えてりゃいいのさ」
「・・・うむ」
「あの子さえ戻って来てくれればそれで良い。それだけが私達の望みさ、そうだろ?」
「・・・」
「頼むからもう余計な事をしないでおくれよ。これ以上M様の心証を悪くしたらどんな目に合わせられるか、って聞いてんのかい」
「・・・ああ聞いとるよ」
「また家族三人で暮らせる日が来るんだ。あの子さえ帰って来てくれれば」
「家族・・・か」
おじさんはナアルフィのいる天蓋を振り返る。「許しておくれ」と独り言ちるおじさんの声は儀式の準備をする邪教徒達の喧騒にかき消されて誰にも聞き取る事は出来なかった。
深夜零時を過ぎ、松明と照明魔法に照らされた慰霊碑の前で儀式は始められていた。
降り続いた雨は止み、雲の切れ間から白き月が覗く中、祭壇に磔にされた生贄の少女ナアルフィを中心にして邪教徒達は円陣を組み、同じ言葉を呪文のように繰り返し続けている。
ジャシンサマジャシンサマおいでくださいジャシンサマジャシンサマおいでくださいジャシンサマジャシンサマおいでくださいジャシンサマジャシンサマおいでくださいジャシンサマジャシンサマおいでくださいジャシンサマジャシンサマおいでくださいジャシンサマジャシンサマおいでください・・・
ジャシンサマジャシンサマおいでくださいジャシンサマジャシンサマおいでくださいジャシンサマジャシンサマおいでくださいジャシンサマジャシンサマおいでくださいジャシンサマジャシンサマおいでくださいジャシンサマジャシンサマおいでくださいジャシンサマジャシンサマおいでください・・・
ジャシンサマジャシンサマおいでくださいジャシンサマジャシンサマおいでくださいジャシンサマジャシンサマおいでくださいジャシンサマジャシンサマおいでくださいジャシンサマジャシンサマおいでくださいジャシンサマジャシンサマおいでくださいジャシンサマジャシンサマおいでください・・・
教徒達をかき分け、ハルカはラフィートを引きつれて円陣の中へ入っていく。
「やめろおおおおおッ」
悲鳴を上げ続けているラフィートだったが、その体はゆっくりと大剣を引きずりながら祭壇へと向かう。
「うふふ、さあここからが本番よ。なにも考えなくていいの、何もかも全部あたしの言う通りにすればね。ちゃんと出来たらご褒美にイ・イ・コ・トしてあげるわ」
ハルカはラフィートの顔を撫でる様に手を這わす。
「い、嫌だ。お願いだ、やめてくれ」
「邪神様には生贄を6つに分けて捧げるの。まずは右手、次は左手。順番に切り落としていくのよ」
磔にされたナアルフィの体を指でなぞりながらラフィートに指示を出していく。
「その次は両脚、そして最後に首を切るの。分かった?」
「いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだッ」
どれだけ拒否してもハルカの固有能力の呪縛からは逃れられない。
「あはは、好きなだけ泣き喚きなさい。その方が邪神様はお喜びになるわ」
ハルカはくるりっと身を翻し両手をあげる。
「みんな、もっと邪神様を称えなさい!もっともっと大きな声で」
おおっと邪教徒達がさらに声をあげる。口々に邪神の名を叫び、狂ったように踊りまわる。炎に照らされた黒いローブを纏った邪教徒達の姿は邪鬼の姿と重なって見えてラフィートは吐き気を催す。
「こいつら、狂ってるッ」
殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、コロセ、コロセ、コロセ、ころせ、ころせ、こrせ、krs・・・
邪教徒達の声はもはや言葉になっていなかった。
異形、異物、とても人間だとは思えない。こんな、こんな姿が人間である訳がない。人間であって良いはずがない。
「あああああああああああッ」
ラフィートの意思に反し腕が大剣を振りあげる、その切っ先をナアルフィめがけて振り下ろす。
ドカッ!!
「痛ッて、ちょっと誰よ」
殴られた後頭部を押えハルカが非難の声をあげ振り返る。
「おいおい、こんな所で何やってんだよ」
聞き覚えのある声に、ずっと聞きたかった声に鼓動が跳ね上がる。
「レキア・・・なの?」
ハルカの前に立つ少年は、あの日別れたままの、あの頃と変わらぬ姿で優しく笑う。
「レキア!レキアレキアレキアッ」
ハルカはレキアへと飛びつくと人目もはばからずに号泣する。
「バカが、こんなになるまで無茶しやがって」
「無茶だってなんだってするわよ、レキアのためならなんだって。ずっと、ずっとずっと会いたかったんだから、ずっとずっと待っていたんだからあ」
レキアはハルカの頭を優しくなでると、ふっと目を細める。
「約束しただろ?俺は必ずお前のところに帰るって。お前を、一人になんかさせないってよ」
うん、うんっとレキアの胸に顔をうずめ頷くハルカを抱きしめると「さあ、行こうぜ」っと言って扉を開く。
「え?行くってどこへ?」
開かれた扉から差し込む光に目が慣れるとそこは白いチャペルで懐かしい仲間達が集まっていた。
「姫ちゃん、みんな、来てくれたのね」
「ハルカさん、おめでとうございます」
「おめでとう、ハルカ殿」
「リーダー、もう姉ちゃんを泣かすなよ」
アズサやタカラ、ユノハナレジスタンスの少年達が次々にハルカとレキアに祝福の言葉をかける。
戸惑いながらレキアに目を向けると、レキアは真っ白いタキシードを着ていた。
「ちょっ、何よその恰好、馬子にも衣裳ってやつ?ぷぷっ」
「笑うなよ、その、お前は良く似合ってる。とてもキレイだ」
ハルカもレキアに合わせた純白のウェディングドレスに身を包んでいた。
「キレイってそんな、ホントの事を言われてもぉ」
「ってちょっとは謙遜しろよ。ったく、お前は」
あははっと屈託なく笑うハルカを見て、「ああ、これは夢だ」とラフィートは悟る。
そう、これは夢。ハルカの見ている夢だ。
こんなありふれた、どこにでもあるようなものが、邪神に魂を売ってまで得たいハルカの夢だと言うのか。
レキアに抱きしめられて幸せそうに頬を染めるハルカを見ていると、悲しくなってくる。
アズサやナアルフィを犠牲にしてまで叶えたい夢なのか、と思うと悔しさがこみ上げてくる。
「ちきしょう、何でだよ。何でこうなっちまったんだよ」
その時、ガシャンっと大剣の落ちた音に我に返る。
「・・・え?なに、体が、動く!?」
ハルカの支配が消えた。でも何で?っとハルカに目を向ける。
「ハ、ルカ・・・?」
ハルカはうつ伏せに倒れ、血の海に沈んでいた。
死んでいた。
あのハルカが。
飄々として、悪戯好きで、金にうるさくて、世話焼きで、おせっかいで、でも誰よりもやさしくて、誰よりも笑顔が似合うハルカが・・・
「なにをしているラフィートッ」
稲妻の様な怒声にハッとなる。
「ナアルフィを連れて逃げるんじゃ!!」
ハルカを撲殺したのは金属バットを握ったおじさんだった。おじさんの声に弾かれるようにラフィートは気絶しているナアルフィの戒めを解き、抱きかかえて公園の出口へと向かう。呆然としている邪教徒達をすり抜けて、後ろを振り返る。
息絶えたハルカの傍に立つおじさんは「ナアルフィを頼む」と言うように頷いて見せる。ラフィートは頷き返すと頭を下げて、駆け出すのだった。
ラフィートを見送ったおじさんにおばさんが駆け寄る。
「あんたっ何て事を!自分が何をしているのか分かってんのかい」
無論、とおじさんは頷く。
「だったら何でM様を。ナアルフィを逃がしたら私達の願いはどうなるのさ」
「願いか」っと呟くおじさんにおばさんが詰め寄る。
「そうだよ、私達の娘はどうなる。また家族三人で暮らす願いは」
「・・・俺達の願いは、もう叶っていたよ。そうは思わないか?」
「何を言ってんだい。何も叶ってなんかいないじゃないか」
「俺はな、ナアルフィを実の娘の様に思っていたんじゃよ。じゃからまた三人で暮らすという願いは叶っているんじゃよ」
「バカな事を。ナアルフィは教団に言われて預かっていただけじゃないか。あの子の代わりになんてなるはずがないよ」
「本当にそうかい?お前だってナアルフィの事を可愛がっていたじゃないか」
「だからそれは、命令されていたからで、私は、私は」
おばさんはギリッと奥歯を噛む。
「ああ、そうだよ。可愛いさ、あたりまえじゃないか。ナアルフィが笑ってくれるたびに私まで嬉しくなるんだ。お料理は何辺教えても全然上手くならなかったけど、一緒にお散歩したりして毎日楽しかったさ。この前だって一緒に庭に花の種を植えたんだ。ナアルフィは「どっちの種が先に芽を出すか競争ね、お母さん」って言い間違えたのを恥ずかしそうにしていたけど、嬉しかったんだ。まるであの子が帰ってきたみたいで、私は本当に嬉しかったんだよッ」
おばさんはポロポロと涙を流して感情をぶちまける。
「だけど、ナアルフィはあの子の代わりになんかならないんだ。私達の、本当の娘にはならないんだ」
「そうじゃ、ナアルフィはナアルフィ、あの子の代わりなんかじゃない。じゃが、ナアルフィは俺達の娘だ。俺達はもう、本当の家族じゃったんじゃよ」
「それじゃああの子はどうなるの、私達には邪神様にすがるしかないのに」
「あの子は・・・超えてはいけない一線を越えて行ってしまった。もう、戻ってはこれんよ」
わあああっとおばさんは泣き崩れる。
「俺達が悪かったんじゃ。俺達が仕事にかまけ、あの子の事を蔑ろにしてしまった。じゃからあの子は邪神教になぞ興味を持ってしまった。ちゃんと見ておれば止める事も出来た筈なのに、全部俺達が悪いんじゃ」
咽び泣くおばさんの肩を抱きおじさんは遠ざかっていくラフィートとナアルフィを見つめる。
「ナアルフィがラフィート君を連れて来た時、こうなるような予感があった。これで良かったんじゃ。だからせめて、ナアルフィ、お前だけは幸せになっておくれ」
それだけが、俺達の願いなのだから・・・
「に、逃がすなーッ」
「追え!生贄を取り戻せッ」
我に返り、ラフィート達を追おうとする邪教徒達の前におじさん達が立ちはだかる。
「これ以上俺達の娘に手は出させんよ」
「裏切者めッ」
「殺せ!裏切者を殺せ!!」
暴徒と化した邪教徒達が奪われた生贄を奪い返そうと執拗に追い回す。
「くそっしつこい!」
ラフィートが舌打ちをする。既に旧市街の大通りは邪教徒達に封鎖されていたからだ。
「どうする、戦うしかないのか」
拾ったナイフに手をかけるが、タカラを刺した時の感触が甦ってしまう。
「ダメだ、相手は人間だ。もう誰も傷つけたくない、けど・・・」
やるしかないのか。
「いたぞ!あっちだ」
ラフィート達に気付いた邪教徒が叫ぶ。
「ちっ見つかったか」
とにかく逃げるしかない。ナアルフィをおぶり直すと反対側へ走り出す。
「ッ、どこもかしこも邪教徒ばかりだ。このままじゃあ囲まれちまう。なんとか旧市街から出ないと。けど、どうやって・・・」
逃げ道を探して路地裏に目を向ける。
「路地裏・・・そうだ、抜け道!確か、ナアルフィに教えてもらった近道があったはず」
ラフィートは記憶をたどって前に通った道を探す。
「あった、あそこだ!」
だが、あの道は普通に通るだけでも危なかった、大丈夫だろうか。
「いたぞ!捕まえろ!!」
「逃がすな!」
「女は傷つけるなよ、男の方は殺してしまえ!!」
迷っている場合じゃない。ラフィートは意を決して路地に飛び込む。踏み込んだ途端に瓦礫が崩れる。
「大丈夫なのか、いやもう引き返せない。行くんだ」
ラフィートを追って邪教徒達が狭い路地に殺到する。
バキバキっと足元が悲鳴を上げる。突然の大人数の振動に限界が来ている。
「ダメだ、崩れるッ」
ラフィートは届かない男である。
誰に言われたのか覚えていないがその通りだ。俺はいつも肝心な時に失敗する。このままでは俺はともかくナアルフィまで危険に晒してしまう。あいつらはナアルフィを傷つける気は無いんだ、ならここはおとなしく捕まってまた取り戻せば・・・
――目先の事にとらわれて目的を見失うな、ラフィート!
タカラの言葉が甦る。
「そうだ、何を考えてるんだ俺は。俺はナアルフィを守るって約束した。あいつらはナアルフィを生贄にしようとしているんだぞ!捕まる訳にはいかないんだ」
ラフィートが地を蹴る。と同時に地面が崩落する。
届け、届け、届けッ!
手を伸ばせ、届くか届かないかじゃない。届かせるんだッ
「うあああああッ」
崩落に巻き込まれて邪教徒達が悲鳴を上げる。
落ちる。
落ちていく。
声が、人の気配が。
俺も、落ちる?
ダメなのか・・・
やっぱり、俺は・・・
――信じて!あなたは決して、届かない男なんかじゃない!
アズサの声にハッとなる。
「そうだ、いつも俺は自分が信じられなかった。だけどアズサだけが俺を信じてくれた。だから俺はッ」
――俺はッ届かない男じゃ、ない!!
足が地に着く。
背負ったナアルフィとの二人分の重さに足が耐えきれず倒れこむ。
「は、はぁ、はぁ、と、届いた?」
振り返るとポッカリとあいた亀裂にラフィートと邪教徒達とが分断されていた。
「くっ回り込め、急げ」
邪教徒達が引き返していく。
「やった、これで時間が稼げる」
ラフィートは安堵の吐息を吐く。っと、自分とは別の呼吸が聞こえる。
「ナアルフィ・・・」
生きている。俺も、ナアルフィも。
「く、うぅ」
だけど、タカラも、ハルカも、おじさん達も、みんなもう、いない。
「いないんだ、もう・・・」
ぅわああああああッ
叫ぶ。
溢れる涙を吹き飛ばす様に。
いなくなってしまった大切な人達に届くように。
力の限りに・・・
「う、ん・・・」
朦朧とした意識が徐々に鮮明になっていく。不思議な浮遊感に浸りながらゆっくりと瞼を開くと、心配そうに覗き込む少年の顔が見えた。
「ラフィート、さん?」
「気が付いたかい?よかった」
「え?あれ・・・」
(どど、どうして私ラフィートさんに抱っこされてるの?これってあれだよね、お姫様抱っこっていうの)
「はわわっあ、あの、あの」
急にジタバタとされてナアルフィを支える腕がバランスを崩しそうになる。
「ちょっ、危ないよ、今下ろすから落ち着いて」
ナアルフィは、そっと下ろしてもらうと火照った頬と両手をあてがう。深呼吸して、気持ちを落ち着かせてからまわりを見るとここは見慣れた名の無い町だった。
「確か私、邪神教の人達に呼び止められて、それから・・・あ」
記憶を辿って今までの事を思い出していく。
「キレイな女の人が、ラフィートさんの事を勇者だって言って・・・」
上目使いにラフィートを見る。ラフィートはナアルフィの目を逸らさずに見つめ、頷く。
「ごめん、隠すつもりは無かったんだ。でも、言い出せなくて、そのせいで君を傷つけてしまった。本当にごめんな」
「あ・・・」とナアルフィが言いかけた時、ボンっと爆発音が鳴る。ラフィートはとっさにナアルフィを庇って音のした方を見る。
白んだ空を赤く染めて旧市街が燃えていた。
「邪教徒達が火を放ったのか、リーダーを失って暴走しているみたいだな」
ラフィートはこれまでの事をナアルフィに説明する。ラフィートの話を最後まで聞いてナアルフィは泣き崩れてしまう。
「おじさんなの。三年前、私を中央都市から逃がしてくれたのは。だからおじさん達が私を引き取りたいって言ってくれた時、一緒に暮らそうって言ってくれた時すごく嬉しかったの。でも私、おじさん達にまだ何も恩返ししていなかったのに」
「そうか、おじさんは最初からナアルフィを助けようとしていたのか。でも教団の命令には逆らえなくて・・・」
泣きじゃくるナアルフィを抱きしめ、そっと頭を撫でる。っと、人の気配に暗闇に目を凝らす。
「ラフィート君?それにナアルフィか」
「あ、桑畑のおじさん」
そこにいたのははす向かいの家に住んでいるおじさんだった。
「良かった無事だったんだね。ん?二人だけなのかい」
「・・・はい」
言い淀むラフィートを察したのか、桑畑のおじさんはそれ以上追求しなかった。
「邪神教とかいう奴らが町を荒らしていてね、みんな隣の集落へ避難しているんだ。君たちも来るかい?」
どうりで夜明け前とはいえ町が静か過ぎると思った。
「ラフィートさん」
ナアルフィが不安げにラフィートの顔を見る。
邪教徒どもはナアルフィを狙っている。きっとどこに逃げても追ってくるだろう。そうなれば他の人達に迷惑をかけてしまう。あいつらは手段を択ばない。人殺しだって平気でする。ダメだ、一緒にはいけない。
「いえ、俺達は大丈夫ですから」
「そうなのかい?無理はしなくてもいいんだよ」
「はい、大丈夫です」
「そうか、じゃあ俺はもう行くよ。二人とも気を付けてな」
桑畑のおじさんを見送ってラフィート達も一度家に戻る。
誰も居ない。家の中がとても広く感じる。ナアルフィを着替えさせて、その間に必要なものだけを持って家を出る。
「ナアルフィ?」
庭先でしゃがみこんでいたナアルフィを呼ぶと、ナアルフィは涙を拭って上がる。
「行こう、ここにはもう、戻らない」
「・・・うん」
ラフィートはナアルフィの手を握る。
「俺が、君を守るから。必ず守るから」
ナアルフィを握る手に力を込める。
「・・・うんッ」
ナアルフィはもう一度だけ思い出のつまった家を振り返る。
その庭の花壇には芽吹いたばかりの小さな芽が親子の様に寄り添っていたのだった。
ラフィートとナアルフィ、二人の逃避行は決して容易なものではなかった。
昼夜問わず執拗に追ってくる邪神教徒達。彼らは二人と関わったというだけで無関係な人達を平気で巻き込んでいくのだ。ラフィート達はなるべく人気のない場所へ逃れるしかなかった。そうなると問題は食料や水の確保ができるのか、という事になる。ただでさえ荒廃した大地を進まなければならないのに、気を置いて休む事も出来ない。
敵は邪神教だけではなかった。
廃墟には住み着いた野盗や無差別に暴れまわる邪鬼などが跋扈しており、ナアルフィを守る為に戦わなければならない場面もあった。満足に食事もできない日もあった。一昼夜息を潜め隠れ続けなければならない日もあった。
心身ともに疲弊していく。あてのない旅、誰にも頼ることの出来ない二人だけの旅。お互いの存在だけが支えだった。助け合い、励まし合い、身を寄せ合う。
そんな逃避行にもついに終わりの時が来る。
どこをどう進んで来たのか分からなくなってきた頃、ラフィートの目の前には見覚えのある懐かしささえ感じる物が見えてきた。
「あれは・・・勇者像か?」
「勇者像?」
勇者像。ナアルフィも聞いた事はある。聖王国の各地には勇者伝説になぞらえた勇者の姿を象った石像があるのだという。それが勇者像。物によっては10メートルを超える物もあり“巨像”と呼ぶ者もいると言う。
だがあの勇者像はせいぜい2メートルくらいだろうか。おそらくはレプリカなのだろう。
「タリアだ。帰ってきたんだ、タリアシティに」
ラフィートは安堵、というより脱力に近いため息を吐く。
「ははっ何だろう、街を出たのは数か月前なのにもう何年も経っている気がするよ」
ラフィートの様子にナアルフィは「あれ?」っと違和感を感じる。
ずっと張りつめていた緊張の糸が、故郷に帰ってきた、という事で緩んでしまったのだ。
「みんなどうしてるかなー。俺、勇者になる前はいつもぶらぶらしてたんだ。特にしたい事も無かったしね。ああそうだ、家に帰ったら母さんたちに君のこと紹介しないと。いきなり女の子なんて連れて行ったらきっとビックリするだろうな。それから腹いっぱいにご飯を食べたい。母さんに肉じゃがを作ってもらおう。それからそれから風呂はいって、それから」
まくしたてるラフィートにナアルフィが戸惑っているとラフィートはナアルフィの手を取って高台の端へと引っ張っていく。
「そうそう、ここからの眺めはタリアのたった一つの名物なんだ。たった一つは言い過ぎかな、ははっ」
「待って、ラフィートさん。確かタリアシティはもう」
足早に高台から町を見下ろせる位置へと立つ。それはもう見慣れた、むしろ何も変わらない景色。だがそれがいい。離れていたからこそ分かる感動がある。
ナアルフィに見せてあげたい。これが俺の育った街だよと。きっとナアルフィも喜んでくれる。これからはここでずっと一緒に暮らそう。またあの当たり前で退屈な、けれどそれが幸せだと思える日々に戻るんだ。
二人並んで崖下を見下ろす。
「・・・」
「・・・」
何も無い。
「・・・」
「・・・」
何も無い。
「・・・なんで」
何も無かった。見慣れた街並みはアイスクリームをくり抜いたようにぽっかりと穴が開き、一面が血の様な真っ赤な海の底に沈んでいた。
「なんで・・・だよ」
「ラフィートさん・・・」
かろうじて声を出すラフィートにナアルフィはそっと手を添える。
「タリアシティはずっと前に悪鬼に滅ぼされたっておじさんが言っていたわ。タリアシティだけじゃない、大きな街はもうほとんど残っていないの」
「ああーッ」
ラフィートは叫び、耳を押さえてうずくまる。
「いやだ!もういやだ!!なんでだよッなんなんだよ!なんでこうなるんだ。俺が一体何をしたって言うんだよ。ずっと戦ってきたのになんで俺ばかりがこんな目に遭わなくちゃいけないんだ!!」
「ラフィートさん、落ち着いて。もう行こう、ね。こんな所に居ちゃだめだよ」
「こんな所、だって?」
ふざけるなッと言うラフィートの怒声にびくっと身を竦ませる。
「ここは俺の街だ!ここで生まれてずっとここで暮らしてきたんだぞ!ここには数えきれないくらいいっぱい思い出があるんだ!それがこんなになって、落ち着け?居ちゃだめ?ふざけんじゃねえ!!お前なんかに何が分かるッ」
ここまで言って、ハッとなる。
ラフィートに罵声を浴びせられてナアルフィはボロボロと涙を流していた。
「ごめ、ごめんなさい。私、そんなつもりじゃ、えぐ」
「あ・・・」
――俺何言ってんだ。謝らないと、ナアルフィは何も悪くない。
「ああそうか、良いよな君は。思い出す記憶も無いんだからさ」
「!?そんな、私は」
「俺も記憶喪失だったら良かったのにな。羨ましいよ。教えてくれよ、記憶喪失のやり方をよ」
「あうぅ、ひどい・・・」
――なんだ?何を言ってるんだ俺。違う、違うんだナアルフィ。俺はこんな事言うつもりじゃなくて。
「ひどいのはお前の方だろうがッ泣けば何でも許されるとでも思ってんのかよ」
――やめろッ俺はそんなこと思ってない!!
ゾワリ
得体の知れない悪寒が背筋に走る。
恐る恐る振り向くと、ラフィートの背中に真っ黒い影がしがみついていた。
「うわッ」ッと声をあげ、影を振り落とす。
「ギヒヒッギヒヒ」
地面をのたまう影はニタァッと口を歪ませる。
「邪鬼、なんで」
黒い影は紛れもなく邪鬼だった。だが、今まで見てきたものとは何かが違う。
「ラ、ラフィート・・・さん?」
邪鬼を見つめるナアルフィが小さく呟く。
この邪鬼はラフィートにそっくりの顔をしていた。
「どういう事、だ?」
前に聞いた話では邪鬼は悪鬼に殺された人間の怨念だと言う。だがラフィートは生きている。それも、今のはまるでラフィートの中から生まれ出てきたかのようだった。
ラフィートがナアルフィを見るとナアルフィはフルフルと首を振って、「わからない」っと言う。
「きゃあッ」
邪鬼はナアルフィを連れ去ろうと飛びかかるが間一髪でナアルフィは避ける。
「こいつ!」
ラフィートはナイフを構え、ナアルフィを庇う。
「ギギッ」と鳴くと邪鬼は後ずさる。ラフィートは逃すまいと後を追う。
「ラフィートさんッ」
「ナアルフィはそこにいて、すぐにやっつけるから」
ナアルフィを泣かせたあいつは絶対に許さない。そうだ、あれ俺の本心なんかじゃない。あいつだ。どういう事かはわからないが、とにかくあの邪鬼を片付けてちゃんとナアルフィに謝ろう。
「待ちやがれ!こそこそと逃げんな!!」
この時もっと注意深くなるべきだった。
逃げる邪鬼を追う。何故邪鬼が逃げるのか、いつかのナアルフィの言葉が思い出される。
「邪鬼は悪鬼を怖がっているみたい」
悪鬼が来る。
勇者としての直感か、それは直後に現実となる。
それは空から落ちてきた。
轟音と共に大地が振動する。
「あ、あいつは」
土煙の中から現れた黒い影には見覚えがあった。以前旧市街で遭遇した竜型の悪鬼だ。これまでに戦った悪鬼とはまるで比べ物にならないその圧倒的な威圧感にガタガタと足が震える。
グオオオオオッ
ドラゴンの咆哮に思わず「ひっ」と悲鳴を上げてしまう。
「む、無理だ。あんな奴に勝てるはずがない」
既に邪鬼は姿を消していた。
逃げ道を探そうとするラフィートの目が呆然とドラゴンを見つめているナアルフィを捉える。
「何してるんだナアルフィ!逃げるんだ、早く!!」
叫ぶラフィートの声はナアルフィに届いていなかった。ナアルフィの柘榴色の瞳が微かに紅く煌めく。
「あなたは誰?・・・え、私を探していたの?どうして」
ドラゴンに向かって話しかけるナアルフィの様はいつかのアズサの姿を彷彿とさせた。それはあの時の惨劇を思い出すのに十分だった。
「同じだ、あの時と」
ドラゴンが血のように赤い目を細めナアルフィに爪を向けるのを見たラフィートは震える足に力を込めてナアルフィのもとへ走り出す。
「だめだ!逃げるんだナアルフィ!!逃げてくれーッ」
叫びながらナアルフィに向けて手を伸ばす。
遠い、なんでこんなにも遠いんだ・・・
力の限りに走っているはずなのに一向に距離が縮まらない。
――俺は、届かない男なんかじゃ・・・
「ないんだ!!」
ラフィートの手がナアルフィの腕を掴む。
「届いたッ」
ラフィートがナアルフィを抱き寄せるのと同時にドラゴンの爪が一閃する。その衝撃でラフィートはナアルフィを抱いたまま後方に吹き飛ばされるも素早く身を起こしナアルフィの無事を確かめる。
「ナアルフィ、大丈夫か!?」
気を失っているのかと体を揺すってみる。その時手にドロリっとした熱いものを感じる。
「え・・・」
血だ。真っ赤な血がラフィートの手を染めていた。
「あ、あ・・・」
うわあああ、っとナアルフィの胸を両手で押さえる。だが溢れ出てくる血は止まらない。
「ナアルフィ、ナアルフィッ」
何度呼びかけてもナアルフィは何も答えない。それでもラフィートはナアルフィを呼び続ける。何度も何度も何度も。
この時ナアルフィの意識は真っ暗な闇の中にいた。
「ここはどこ?何も見えないわ」
何も無い。自分の体すら見えない闇の中。
「私・・・死んじゃったの、かな」
体に痛みは無い。て言うか体があるのかどうかもわからない。両手を広げたつもりで闇に身を任せる。上も下も、右も左も分からないのに不思議と体が落ちていくような感覚がある。
不意に明るい光に包まれる。
その光は眼下に見える青い宝石のように輝く星。おもわず「キレイ」と感嘆の声を漏らす。
だがその青き星の光も瞬く間に消え、再び闇に閉ざされる。
このままずっと闇の中を漂い続けるのだろうか。静寂と孤独の中でナアルフィは得も知れぬ恐怖を覚える。
「怖い、怖いよう、誰か助けて。誰か・・・おねえちゃん」
そっと誰かに頭を撫でられた気がして「あっ」っと顔を上げる。何も無い、けどどこか感じた懐かしさに不思議とさっきまでの心細さが薄らいでいく。このまま身を委ねてしまおうか、そう思った時。
・・・フィ、・・ルフィ、ナアルフィ。
誰かが呼んでいる気がしてナアルフィはその声のする方に目を向ける。だがそこは漆黒の闇。
――気のせいかしら?
っと首を傾げる。
・・・ナアルフィ、・・・ナアルフィ。
それでも誰かの呼び声がする。
気のせいなんかじゃない。ナアルフィは闇に目を凝らす。すると今まで見えなかった光が見えた。それはとても小さくて、弱々しくて今にも消えてしまいそうなか細い光。だけどその光に手をかざすと微かに暖かかった。
ナアルフィにはその光が何なのかが分かる。闇の中でただ一つ灯る小さな光、その名前を呼んでみる。
「ラフィート、さん」
ナアルフィが目を開けるとナアルフィに呼びかけ続けるラフィートがいた。
「くそっ止まれよ、なんで治せないんだよ。このままじゃ、だめだ・・・死なないでくれナアルフィ」
弱々しいナアルフィの声に気付かないのか、ラフィートは必死に治癒魔法をかけ続けている。だが傷は癒せずに血が流れ続けている。
(ああ、私・・・死んじゃうんだ)
まるで他人事のようにナアルフィはラフィートを見つめる。
(ラフィートさんと出会ってからいろんな事があったな。楽しかったな・・・)
つらい事も悲しい事もあった。それ以上に楽しい事があった。そして初めての恋をした。
「ラフィートさん・・・」
闇に溶けてしまいそうになる意識を奮い立たせて愛しい少年の名前を呼ぶ。2度、3度と。
それなのにラフィートはナアルフィの声に気付かない。
「ナアルフィ、お願いだ。目を開けてくれ。死なないで、死んじゃだめだ。お願いだから、ナアルフィ!」
(・・・どういう事?ラフィートさん、私の声が聞こえないの?)
目を開けているはずなのに、声を出しているはずなのに、自分の体が動いていない事に気付く。
私、本当に死んじゃったの?やだ・・・いやだ・・・死にたくない。だって私はまだラフィートさんに告白していない。想いを伝えていない。
その時、カフッとナアルフィはわずかに息を吹き返す。
自分のものではないかのように重い腕を持ち上げて、ラフィートの頬の涙にそっと指を添える。それに気付いたラフィートが顔をほころばせる。
「ナアルフィ!気が付いたのかい」
「ラフィート、さん、わたし・・・うくっ」
「喋らないで。大丈夫、すぐに治してあげるから」
ラフィートはナアルフィの胸を押え魔法をかけ続ける。ナアルフィはパクパクと口を動かすも声が出ない。
――言うんだ、一言でいい。勇気を出して私の想いをラフィートさんに・・・
「好きです」
(よかった、やっと言えた。これでもう・・・)
力の抜けていくナアルフィの手をラフィートは力強く握りしめる。
「あ、ああ、俺も好きだよ。大好きだ!」
「・・・本当?うれしいな」
「約束したろ、君を守るって。これからもずっとそばにいるから、だからッ」
「ごめん、ね」
「なんで君が謝るんだ。謝らなきゃいけないのは俺の方なのに、君にひどい事を言って傷つけてしまった、ごめんな」
「ありがと、う」
「お礼何て言うなよ。君にしてもらったことに比べたら俺はまだ何もしていないんだ。だから俺はこれからもずっと君と一緒に」
ナアルフィは人差し指でラフィートの口を押える。
――私の事はもういいの、ラフィートさんに好きって言ってもらえたからそれでもう十分。ラフィートさんはこれからもっと多くの人達を守っていくの。勇者としてみんなの希望になるんだよ。
「ナアルフィ?聞こえ、ないよ・・・」
ナアルフィは弱々しく口を動かすが声にはならず微かな吐息が漏れるだけだった。ナアルフィに顔を近づけたラフィートから零れ落ちた涙がナアルフィの頬を濡らす。
――なんでかな、視えるんだ私には。青い空の下、お城の様なきれいな場所。そこで私達はもう一度会える。きっとラフィートさんが私を迎えに来てくれる。だから、それまで・・・
「さようなら、私の王子さま・・・」
少女は最後に微笑んで、眠る様に静かに事切れた。
「ナアルフィ?」
ラフィートは少女に呼びかける。握った手にはもう力は無く、徐々に冷たくなっていくのがわかる。
「ナアルフィ」
体を揺さぶっても少女は何も答えない。
「ナアルフィ!」
涙が溢れて止まらない。
「起きてくれよ、いつも寝坊する俺を起こしてくれるのは君じゃないか。これじゃああべこべだ。」
少女を抱きしめる。その華奢な体にはもう温もりは無い。
「俺の、せいだ。約束したのに、守るって約束したのに」
物言わぬ少女の体にすがりつき嗚咽を漏らす。
「何が勇者だッ女の子一人守る事も出来ないくせに、出来もしないくせに俺はッ俺はッ」
俺は一人じゃ何も出来ない。ナアルフィがいてくれたから、そばで笑っていてくれたからこんな世界でも生きてこられた。二人で生きていこうと思う事が出来たんだ。
「それなのに君がいなくなったら俺はどうしたらいい?」
ラフィートの自問に答えたのは耳をつんざくようなドラゴンの咆哮だった。
「あっ・・・き。悪鬼ッ」
ラフィートはその咆哮に怯むでなく、ギリリッと奥歯を噛み握りしめた拳に力に込める。
「お前だ、いつもいつもお前がッ、お前はいったいなんなんだ!お前達はッ何で人間を襲う!何で人間を殺す!答えろよバケモノ!!」
ドラゴンの咆哮に負けじとラフィートが雄たけびを上げる。
「許さない、お前達だけは絶対に許さない!殺してやる!!お前ら一匹残らず皆殺しにしてやるッ」
ラフィートは勇者のオーブを握りしめた拳を自分の胸に押し付ける。
「力だ!もっと力をよこせッ力がいるんだ!あいつを、あいつらを殺してやる!殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる!!」
があああああああああああッ!!!
絶叫するラフィートの勇者のオーブから金色の光が溢れ出す。光はラフィートの全身を包み込み、強烈は閃光を放つ。
閃光の中から現れたラフィートは全身に光の鎧をまとっていた。正気を失い血走った目でドラゴンを睨む。
「あああああああ!!」
雄たけびと同時に右足を踏み出した瞬間、ラフィートの姿が消える。次の瞬間にはラフィートはドラゴンの懐に現れていた。
ラフィートの勇者能力『距離無効』を体現するかのような新たな力、”光速移動“。
だがドラゴンはラフィートの動きを先読みしていた。大木の様な巨大な尻尾をラフィート目がけて薙ぎ払う。
「がぁッ」
かわし切れず直撃を受けふき飛ぶ。普通なら体中の骨が砕けるような衝撃も光の鎧によって防がれる。即座に態勢を立て直したラフィートはドラゴンの鼻先へ瞬間移動する。光の鎧から流れ込んだ光がナイフに巨大な光の刃を発生させる。
「うああああああ!!」
力の限りに光の刃を振り下ろす。だがその刃がドラゴンに届く寸前にナイフが跡形もなく崩れ、同時に光の刃も消滅する。空振りになったラフィートはドラゴンの腕にはたき落とされる。
地面に打ちつけられ、勢いのままにゴロゴロと転がる。うぐぁっと呻き声をあげるラフィートから光の鎧が粒子となって砕け散る。
「ぐぅ、ちきしょう」
うつ伏せに倒れ呻くラフィートに止めを刺すべくドラゴンが地を蹴って跳躍する。が、突如ドラゴンは翼を羽ばたかせて後方へ下がる。と同時に爆発が起こりドラゴンは爆風に煽られ地面に墜落する。
「な・・・んだ?何、が」
ラフィートが顔を上げると、そこには先程までのラフィートと同様の光の鎧をまとった少年がいた。
「やれやれ、やっと見つけましたよラフィート君」
「え?誰だ」
馴れ馴れしく名前を呼ばれるがラフィートにはこの少年に心当たりはない。
「まさか自力で勇者の鎧に目覚めてくれるとは思ってもみませんでしたよ。まあ、説明する手間が省けて助かりますけど」
ハハっと笑う少年だが、その目はドラゴンから離さない。
「でも、あいつは僕の獲物なんで君はそこで見ていて下さい」
今になってよく見るとドラゴンは全身傷だらけだった。それも昨日今日のものではない。
“悪鬼は勇者でなければ倒せない”
勇者以外のものがどんなに悪鬼に傷を負わせても瞬時に再生、回復してしまう。故に悪鬼と戦えるものは勇者だけのはずなのだ。
「おまえは勇者、なのか?」
少年はラフィートの問いに答えず、ドラゴンとの戦いを始める。少年は何も無い所から次々に武器を作りだし、ドラゴンへ撃ち放つ。その光景はラフィートには何も理解できないものだった。
少年とドラゴンの一進一退の攻防はラフィートに立ち入る隙を与えなかった。ただ茫然とその戦いを見守る事しか出来ない。
「俺にはナアルフィの敵を討つ事も出来ないのか、俺は」
――結局、何も変わっちゃいない。俺は・・・
「俺は届かない男だ、ですか?ホント、変わってませんね。君は」
戦いは少年の勝利で終わっていた。断末魔の叫びを上げてドラゴンが黒い霧となって霧散する。その黒い霧の一部が少年の中へと吸収される。
「ま、君にとってはまだ数ヶ月しか経っていないんだから当然か。けど誰が付けたあだ名か知りませんが便利なあだ名ですよね、『届かない男』って」
「なにを!?」
睨むラフィートに構わず少年は続ける。
「だってそうでしょう。どんな失敗をしても「オレは届かない男だから」って言ってれば許されるんだから。うらやましいなあ、誰か僕にもつけてくれないかなあ」
「てめえ、ケンカ売ってんのか!?」
「いえいえ滅相も無い。てか君程度にケンカ売ったってなんの価値も無いでしょ」
このトゲのある物言いに何故か懐かしさを感じるが初対面の男に言われるいわれはない。っと思ったのが顔に出ていたのか少年は首を傾げる。
「あれ?ひょっとして僕の事分かりませんか?」
ひどいなーっと言いつつ少年は光の鎧を解く。少年の顔を見た途端、ラフィートは「あっ」と驚きの声を上げる。成長して身長や顔つきが変わっているが確かに見覚えがある。
「僕は機の勇者、キョーマです。思い出していただけました?」
ラフィートは勇者像を墓標代わりにしてナアルフィを埋葬した。その作業はラフィート一人で行った。その間キョーマは見ているだけで手伝おうとはしなかった。ラフィートもキョーマに手伝わせるつもりは無かった。
「ごめんな、ナアルフィ。ごめん、ごめんな」
ナアルフィに土をかける間ずっと謝り続けた。そしてすべてを終わらせた後、ナアルフィが身につけていた赤いリボンを自分の右腕に巻きつける。
「終わりましたか、じゃあさっきの話の続きをしたいんですがいいですか」
空気も読まずに自己主張するキョーマに半ばあきれた目を向けるがキョーマは全く意に介さない。
「今のご時世、こんな光景は日常茶飯事ですからね。もう慣れっこですよ。とりあえず食事の用意をしておいたので話は食べながらって事で」
いつの間にか小さな小屋が建てられていた。キョーマに促されるままラフィートは小屋の中へと向かう。
小屋の中にはテーブルとイス以外のものは無くテーブルの上には所せましと料理が並んでいた。
「これお前が作ったのか?」
「ええまあ、これが最後の晩餐になるかもしれないので気合い入れてみました」
最後のと言うのが気になったが、ラフィートはこの数日まともに食事をとっていないので遠慮なく口をつける。
「ちょっ、何も泣きながら食べなくても。そんなに美味しかったですか?」
「は?泣いてねえよ」
久しぶりのまともな食事にラフィートはナアルフィにも食べさせてあげたかった、と思ってしまう。実際味なんて分からなかった。
「さて、食べながらでいいんで聞いて下さい。さっきも言った通り僕はずっと君の事を探していました。近くにいるのは分かっていたのですが」
ラフィートは「ちょっと待て」っとキョーマの話を遮る。
「お前、近くにいたってどういう事だよ」
「さあ?僕はドラゴンを追っていたので君を見つける余裕がありませんでしたし」
「何で俺がいるって分かったんだ?」
「あれ、知らなかったのですか?勇者のオーブはお互いを感知できるんですよ」
「知らなかった。でもどうして俺を?」
「もちろん、僕を手伝ってもらう為ですよ」
「でも俺は、どうせ届かない男だし・・・」
「はあ、またそれですか。どんだけトラウマ何ですか届かない男って」
ラフィートはキッとキョーマを睨む。
「はいはい、睨まない睨まない。僕から言わせれば君は届かない男なんかじゃないんですよ。そう、むしろ君は“届けない男”だと思いますよ」
「何が違うんだよそれ」
「そうですね例えば、このお皿を取ってみて下さい」
キョーマはテーブルの上にある小皿を指差す。
「こうか?」
右手を伸ばして難なく取る。
「じゃあそれをテーブルの下から取ってみて下さい」
「テーブルの下から?」
言われた通り右手をテーブルの下に回す。
「って取れるわけないだろ、届かねえよ」
「そ、つまりそういう事ですよ」
意味が分からない、と顔をしかめるラフィートにキョーマはやれやれっとかぶりを振る。
「届く訳がないんですよ。そもそも君は手を伸ばす方向を間違っていたのだからね」
「伸ばす方向?」
「君はあの女の子を守れなかったっと言ってましたね。守るって事、それが間違いだったって事ですよ。ちょっ、フォークをこっちに向けないでください」
「ふざけるなよ、俺はナアルフィを守るって約束したんだ!」
「けど守れなかったんでしょ」
うぐ、っと唇を噛む。
「僕が言いたいのは手段が違うって事です。君は3年前からこの世界に来た、それは分かりますよね?」
「ああ」
「3年前から来たなら3年前に戻る事も出来るんじゃないですか?」
「え?」
「僕達は3年前、君が居なくなり戦力を欠いて悪鬼から中央都市を守る事が出来なかった。なら君が3年前に戻れば中央都市を守る事が出来るかもしれないじゃないですか」
3年前に戻る、そんな事考えた事も無かった。
「そうだ、中央都市を守る事が出来ていればナアルフィのお母さんは死ななくて済んだはずだ。そうすれば邪神教に追われる事も無かった。こんな所で死ななくてもよかったんだ」
「タカラさんもよく言ってましたよ。「ラフィートは目の前の小事に気を取られて大事が見えていなかった」って。本当にあの子を守りたいと思ったなら君は、あの子の傍にいるんじゃなくて3年前に戻る方法を探すべきだったんですよ」
「・・・」
「それが君が“届けない男”である所以ですね」
キョーマの指摘に言葉も出ない。
「だからってタイムスリップなんてマンガじゃあるまいし」
「実際、君はこの世界に来てるじゃないですか」
「あ、ああ、まあそうだけど・・・」
「まあそれに関しては全面的に僕のせいな訳ですが」
「は?」
「僕は中央都市東部の小さな町で生まれました」
「え、何の話?」
戸惑うラフィートを置き去りにしてキョーマは自らの生い立ちを語りだす。
自慢じゃないんですが僕はそれなりに裕福な家に生まれて、何不自由なく育ちました。
とはいえ両親の仲はあまり良いものではなくて、顔を合わせれば言い争ってばかりでした。でも世間体を気にしておしどり夫婦を気取っているようなどうしようもない人達でした。
僕が9歳になった時、聖王都へ家族旅行に行ったんです。家族三人が揃う事も珍しいのにまさか旅行に行けるなんて思ってもみませんでした。幼い僕はそれで嬉しくなってしまってはしゃぎすぎてしまったんです。
聖王都は丁度お祭りを催していました。アズサ姫さまの10歳の誕生日のお祝いです。聖王国中から観光客が押し寄せて大変な賑わいでした。僕は当然のように両親とはぐれ、薄暗い路地裏にいました。そう、いわゆる迷子という奴です。
知らない場所で知らない大人達に囲まれて僕は心細くて泣きだしてしまいました。そんな時です。
「どうしたの?何故泣いているのです?」
一人の女の子が僕に話しかけてくれたんです。僕と同じくらいの歳の子でしょうか。その子はとてもきれいな出で立ちで優しく僕に微笑みかけてくれました。僕が事情を離すと少し目を閉じて頷きました。
「大丈夫ですよ。私についてきて」
そう言って僕の手を取ってくれました。そして何の迷いもなく人波をかき分けて難なく両親のもとへと送り届けてくれたんです。
両親の顔を見た途端僕は安心したのと怒られるっという覚悟で身構えていました。けど両親は僕の事を叱るどころか逆に褒めてくれたんです。気持ちが悪いほどにね
もう分かりますよね。その女の子こそ聖王国の王女、アズサ姫さまだったんです。姫さまはお忍びで市街に遊びに来ていらしたんです。すごいでしょう、まさに運命の出会いって感じでした。そう、僕はこの時姫さまに一目惚れしていました。
家に戻ってからもずっと姫さまの事ばかり考えていました。どうすればもう一度姫さまにお会いする事が出来るのかって。たった一度会っただけで馬鹿げてると思いますか?ふふふ、浅はかですね、何故ならあの後僕は姫さまとつないだ右手にビー玉の様な不思議な宝石を握りしめていたのです。僕はそれを姫さまからの再会の約束だと思いました。この宝石を持っていれば必ずもう一度会えるって。その日以来僕はそれを肌身離さず持ち続けました。
それがこの機の勇者のオーブだった訳です。
だけどそれだけではありません。その日から僕は夢を見る様になりました。え、夢くらい誰だって見るよって?これはただの夢ではないんですよ。正夢って知ってますか、そう夢で見た事が現実になるっと言う奴です。僕の夢はまさにそれでした。けどそれはただの正夢なんかとは違います。
僕の見る夢は“必ず現実になる”と言いますか、未来に起こる事があらかじめ夢という形で視る事が出来る固有能力『未来視』だったのです。
「そうです。僕は姫さまと出会った事で固有能力に覚醒したのです」
そこまで話し終えてキョーマは一息入れる。
「未来が分かるだって?そんな都合のいい力なんて」
「ありえない、と思いますか?まあそれが普通の反応でしょうね。そんな僕の固有能力ですが良い事ばかりという訳ではありません。何せ“必ず現実になる”訳ですから、それがどんなに望まない未来視であっても変える事なんて出来ないのです」
キョーマは自虐的に苦笑する。
「キョーマ?」
「ん、ああ気にしないでこっちの話です」
コホンっと咳払いをして話を戻す。
「そして3年前、ついに僕の未来視が姫さまの姿を映したんです。でもそれは僕との再会をするものではなく知らない少年と一緒のものでした。テレビのニュースで姫さまがラの国にいらしている事を知った僕は矢も楯もいられず家を飛び出したんです、姫さまがいらっしゃるというタリアシティへ。けれど電車はノウスバレーで立往生してしまいました。どうしようかと思案していた時、近くで悪鬼騒動があってそれを見物していた僕を姫さまが見つけて下さったのです」
――見つけました。あなたが機の勇者様ですね。
「嬉しかったなあ。ずっと憧れていた姫さまが僕をを探してくれていたなんて。もっとも姫さまは僕の事なんて覚えていらっしゃらなかったようですけど。で、その後の事はラフィート君もご存知ですよね」
キョーマはズズッとお茶を啜る。
「大体分かったけど、その未来視が俺と何の関係があるんだ?」
「んー、察しが悪いなあ。僕が見た未来視の姫さまと一緒に居た少年ってのが君の事ですよ。実際に君を見てすぐにピンっときましたよ。こいつが僕の恋敵だってね」
「こ、恋って俺はそんな」
「好きなんでしょ、姫さまの事」
「う・・・それはその」
「だから僕はまず君をけん制して姫さまから遠ざけようとした訳です」
「あ・・・だからお前、俺にだけ態度がおかしかったのか」
「ま、結局は未来視通りになってしまった訳で無駄な事でしたが」
ククッと苦笑してキョーマは「ところで」っと話を切り替える。
「君は固有能力には上位種がある事を知っていますか?」
「固有能力の上位種?なんだそれ」
「通常の固有能力では考えられないような強力な力。姫さまの『神眼』の様な特殊な力の事です」
アズサの力の事はラフィートも知っている。確かに『神眼』は他に類を見ない稀有な力だ。
「上位種の習得には2パターンあります。一つは姫さまの様な生まれつき持っているもの。もう一つは通常の固有能力が特定の要因によって変化したもの、です」
固有能力の変化と聞いてラフィートはハルカの『玩具人形』を思い出して身震いする。
「おや?その様子だと身に覚えがあるようですね。まあいいや。実は僕の未来視も上位変化を起こしていたんです。たぶん勇者として目覚めた事が原因だと思うのですが、それによって僕の未来視は眠っている時だけではなく起きている時にも見る事が出来るようになったんです。まあこれは副次作用のようなものですが、僕の真の固有能力、それは未来を変える力『未来視の書き換え』です」
「未来を変える!?いやだってお前、未来視は変えられないって言ったじゃないか」
「ええ、だから上位種なんです。僕は未来視を視ている間なら好きなように書き換える事が出来る。そしてそれは必ず現実になる。どうです?もはや神の領域だと思いませんか」
「神だって?むしろ悪魔の技だろ、そんなもの」
「ククク、悪魔か、まあ間違ってないですね。なにせこの世界をこんなにしてしまったのはこの力のせいなんだから」
「どういう意味だ」
「ラフィート君、バタフライエフェクトって分かります?」
「え、エビフライ?」
「バタフライエフェクト、です。小さな蝶の羽ばたきが遠く離れた場所で嵐を起こすっていうものの例えです。僕がリライトによって未来を書き換えた場合なんらかの歪を生みます。それがどんなに些細な事だとしても世界は歪んでいく。僕がこの力に気付いたのはトレインとの戦いの最中でした」
「トレイン?」
「列車型の悪鬼の事です。覚えているでしょ、あいつは列車に擬態していたから僕たちはトレインっと呼んでいました」
「なるほど、見たまんまだな」
「フフフッレキア兄さんが何事も分かりやすい方がいいって言いましてね。ハルカ姉さんにツッコまれてましたけど」
なんとなく二人のそのやり取りが目に浮かぶようでラフィートも苦笑する。
「あの時の戦いは今思い出しても吐き気がしますよ。列車内の乗客はパニックを起こすし、中央都市からの援軍はこない。レキア兄さんやタカラさん達がズタボロにされているのに僕は勇者能力を扱いきれなくて何も出来なかった。姫さまは自らを囮にしてトレインを引き付けようとなさったのですが、トレインは姫さまに目もくれず中央都市で暴れ続けているんです。まあそのおかげで姫さまを逃がす事が出来たわけですが」
「ちょっと待て、その時女の子が助けを求めてこなかったか?」
「はい?うーん、どうだったかな。よく覚えてませんね」
「ッ!!」
ラフィートは思わずキョーマの胸倉に掴みかかっていた。
「何ですか、そんな怖い顔して。僕は姫さまの安全を確保する事が最優先だったのだから仕方がないでしょう」
キョーマが悪いんじゃない。そんな事はラフィートにも分かっている。ばつが悪そうにキョーマから手を離す。
「結局、中央都市は壊滅。トレインはそのままどっかに行ってしまった。運よく生き残った人達はあろう事か、トレインを追おうと言う姫さまに石を投げつけてきたんです。信じられますか?誰よりも彼らを救おうとした姫さまにですよ。なのに姫さまは全ての責任は自分にある、と仰って彼らを咎めませんでした」
けどね、とキョーマは続ける。
「実はこれは僕が望んだ事なんですよ」
「どういう事だ?」
「・・・はじまりは君をこの世界から消した事からでした」
「え・・・」
ラフィートに悪寒が走った。心臓を鷲掴みにされたように息がつまる。
「僕は君の事が憎くて憎くて仕方がなかった。僕の姫さまの隣に当たり前の様に立っている君が、姫さまに好意を寄せる君が心の底から疎ましかった。それこそ殺してやりたいほどに」
「ッお前」
「フフフッ昔の話です。でも当時の僕はそれほどまでに君の事を嫌っていた訳です。そしてそんな僕に悪魔が囁いた。邪魔者は消してしまえばいい、てね。魔が差した、なんて言うつもりはありませんよ。僕は僕の意思で未来視の中の君を消した」
「・・・」
顔面蒼白で言葉も出ないラフィートにキョーマは「大丈夫ですか」と問いかける。
「ああ、続けてくれ」
「覚えてますか?あの戦いの時、僕たちのオーブが共鳴を起こしたのを」
「共鳴?ああ、確か急に光りだしたんだっけ、あれが共鳴だったのか」
「勇者のオーブはね、共鳴する事で力を増幅させる事が出来るんですよ。あの時のオーブの共鳴によって僕の力が増幅されてリライトが発動した。そして君はこの世界から居なくなった、僕の未来視は結果を見る事が出来るものであってその過程を知る事は出来ません。リライトはこの過程を繋ぎ変えて結果を僕の望むように変える力です」
キョーマは、グビッとお茶を啜り、ふぅっと息を吐いて話を続ける。
「君が居なくなった事でトレインを止められず、挙句に姫さまを傷つけてしまった。それでも僕は中央都市の戦い以降もリライトを使い続けました。全ては姫さまの為に、いえ、違いますね。僕は姫さまの気を引きたかった。僕だけを見て欲しかった。だから未来を書き換えた。けど、どれだけ未来を変えても姫さまの心は僕のものにはならなかった。それどころか、例のバタフライエフェクトによって姫さまが死ぬという最悪の結末を迎えました」
キョーマはテーブルに自分の勇者のオーブを置く。
「ところで君は「勇者は勇者のオーブに悪鬼を封印すればするほど強くなる」って聞いた事ありませんか?」
「ん、ああ確か占い師のケインがそんな事言ってたな」
「ではそれは何故か分かりますか?」
ラフィートが首を横に振ると、キョーマはオーブを人差し指で転がしながら「でしょうね」と頷く。
「勇者のオーブには姫さまでさえ気づかなかった秘密がありました。一つは今言った悪鬼を封印すれば強くなるという事。これは勇者は封印した悪鬼の力を引き出す事が出来る、という事です」
「悪鬼の力を引き出す?」
「僕たちはこれを『勇者技能』と呼びました」
「勇者技能・・・」
あの時、旧市街で無我夢中で放った衝撃波、確かにあれはラフィートが封印した悪鬼が使っていた力だ。
「そしてもう一つ、先程君が纏った光の鎧。僕たちはあれを『勇者の鎧』と呼びました」
「ブレイヴフォーム、か」
光の鎧を纏った時の高揚感を思い出して拳に力を込める。
「僕たち勇者はブレイヴフォームになる事で100%の力を使う事ができます。いえ、限界を超えた120%の力、ですね。ブレイヴフォームと勇者技能、これが勇者たる所以です。ですが、一つだけ問題があります」
「問題?」
「・・・勇者のオーブには封印限界があったんです」
「封印限界・・・?」
「一つの勇者のオーブには16体までの悪鬼しか封印できない。もしもそれを超えて17体目の悪鬼を封印すると17体分の呪詛でその勇者は、死にます」
死・・・ラフィートは言葉を失う。
「悪鬼の力を使う代償、とは言え勇者である僕たちも人間です。悪鬼の呪詛に抗う事は出来ません。最初に封印限界を迎えたのはレキア兄さんでした。それはあまりにも突然で呆気ないものでした。レキア兄さんは誰よりも強く、誰よりも勇者らしかった。だから誰よりも早くいってしまった」
「そうか・・・だからハルカはレキアを生き返らせようとあんな事を」
「おや、ハルカ姉さんに会ったのですか?」
「・・・ああ、でももう」
言い淀むラフィートの様子からキョーマは察する。
「そうですか、死にましたか。ハルカ姉さんはレキア兄さんがいなくなっておかしくなってしまいました。邪神教とかいうカルト教団にすがってしまって。無理もないですよね、お二人は婚約したばかりだったし」
「こ、婚約!?レキアとハルカが?」
「ええ、レキア兄さんは毎回死亡フラグ立てまくるからフォローするのも大変でした。その最たるものがこの婚約でしたね」
キョーマは茶化してはいるがとても笑えるものではなかった。
「そうか、だからハルカはあんな夢を・・・それじゃあ他の勇者達もその封印限界で?」
「5人目の人はそうでしたね」
「ん?4人目の勇者は違うのか」
「ええ、4人目の人は・・・自害しました」
「なっ」
「そりゃあレキア兄さんたちの最期をみたら絶望もしますよ。ああそれと6人目の勇者は結局見つかりませんでした。もしかしたらまだどっかで生きているかも知れませんね。今となっては探しだす当てはありませんが」
それはともかく、とキョーマはオーブを握りしめて話を戻す。
「僕は姫さまを救う方法が無いかと探し続けました。それで分かった事はリライトは未来を変える事は出来ても過去を変える事は出来ないという事でした。それなら過去に戻る事が出来る様な物、それこそマンガの様なタイムマシンみたいなものは作れないのか、とか色々試してみましたがどれもうまくいきませんでした」
「タイムマシンって自分で作ったのか?」
「え?ああ、そうです自分で作りました。というか、僕の勇者能力で、ですけど」
「勇者能力?キョーマの勇者能力って確か・・・」
「『物体の再生成』物体を別の物体に作り変える能力です。ただし、無機物に限ります。早い話が生物じゃなきゃなんでも作れます」
「へぇそうなのか」
「で、色々やっているうちに一つの可能性に気付いたんです。けどそれには僕一人じゃ力が足りない。もっと早くに気付けていればまだ別の方法もあったのでしょうが。残った勇者は僕とまだ見ぬ6人目の人、そして3年前に消えたラフィート君、君だけです」
「じゃあ今俺がここに居るのは?」
「僕が呼んだんですよ、『リライト』で君がこの世界に戻ってくるように書き換えたんです」
「なんだよそれ、勝手すぎるだろ!人を消したり戻したりっていったい何なんだッ」
拳をテーブルに叩きつけるラフィートにキョーマは目を伏せる。
「そうですね、勝手ですよね。分かっていますよそんな事。でもね、もうこれしか方法が無いんです。でなけりゃ僕は君の事なんて思い出しもしなかったんだから」
「方法がないって、お前何をするつもりなんだ?」
「決まってるじゃないですか。姫さまを救出するんですよ。姫さまが死ぬこの世界を変えるんです」
「世界を変える、だって・・・?」
驚くラフィートだがキョーマはいたって真剣だった。
「そのためにまずは僕の勇者のオーブをカンストさせなきゃなりませんでした」
「カンストって」
「僕は能力的に後方支援タイプでしたから封印限界まで達していなかったんです。とりあえず、さっきのドラゴンで無事カンストできました。これで僕は全能力を120%使う事ができます」
「お、おい、大丈夫なのか?」
カンストしたという事は悪鬼を16体封印したっという事だ。ラフィートはつい心配してしまう。
「ええ、なので君はちゃんと食事を取って下さいね。後でお腹が減って力が出ないよぅとか言われても困りますので」
日は傾き緑色の空は燃えるような朱色に染まる。
ラフィートは勇者像の前に祈る様にひざまずいていた。
「・・・世界を変える、か。ナアルフィ信じられるか?あいつ、キョーマはこの世界を作り変えるつもりらしい。あいつは姫が死んだ後もずっと戦い続けていた。たった一人で悪鬼と戦っていたんだ。なのに俺は・・・姫が死んだと聞いただけで諦めていた。だけど、もしあいつの作戦通りに世界を変える事が出来るなら、君の事を助けられるかもしれない」
ラフィートは右腕の赤いリボンをギュッと握りしめる。
「助けて見せる。今度こそ絶対に君を助ける!だからッ・・・」
決意を固めてラフィートは涙を拭う。
「見ていてくれナアルフィ。俺は世界を変えてやる。二度とこんな絶望の世界になんかにさせない!」
勇者像に背を向けるとキョーマのもとへと向かう。
ラフィートに少し時間が欲しい、と言われて一人で準備をしていたキョーマは「うっ」っと顔をしかめ自分の胸を押える。
「時間がない、だけどもう少しだ。もってくれよ・・・」
「キョーマ、待たせたな」
ラフィートに声をかけられて何事も無いかのように振る舞う。
「もういいんですね」
「ああ、もうこの世界に残してきたものは無い」
けどさ、とキョーマに問いかける。
「世界を変えるって、もしそれが可能だとしてその場合、今のこの世界はどうなるんだ?」
「どうって、そりゃあ消えて無くなるんじゃないですかね」
消える・・・この世界が。ナアルフィと一緒に過ごした、一緒に生きたこの世界が消えて無くなる。そう思うと例えここが絶望の世界だったとしてもラフィートはやるせない気持ちになる。
「例えばさ、ほらマンガとかでよくあるだろ。なんだっけ、別の世界って言うかほら」
「んー?パラレルワールドってやつですか?」
「そう、それ。パラレルワールドになって残るんじゃないのか」
「ふむ、そうですね。その可能性はありますね。でもね、僕はパラレルワールドなんていう概念は信じていないんですよ。別世界、分岐世界なんて言いますけど、そんなもの唯の妄執でしかありませんよ。あの時ああすれば良かった、もしも別の選択を選んでいたら、なんて未来を信じて生きた人達への冒涜だ。この世界はこの世界に生きる人達の想いで形作られてきたんだ。だから別の世界なんてありえない」
「えぇー、それお前が言うの?散々世界を変えるって言ってる奴が」
「僕が変えるのは未来です。そもそも僕には過去に干渉する事は出来ませんから」
「屁理屈だろ、それ」
「フッじゃあ作戦の説明をしますよ。僕のリライトは未来を書き換える力であって過去を変える事は出来ません。なので僕はラフィート君の未来を変えます」
「俺の未来?それじゃあ何も変わらないだろ?」
「いいえ、変わりますよ。何のために3年前の君を呼んだと思っているんですか」
「うん?どういう事だ?」
「3年前からこの世界に来た君にとってこの空白の3年間は君にとっての未来です。僕は君のその空白の未来を書き換えます」
ゴクっとラフィートは息を呑む。
「そのためにはもう一人協力者が必要です」
「は?もう一人って誰だよ」
「3年前の僕です」
「・・・え?」
「僕は過去は変えられない。僕には君を3年前に戻す事なんて出来ないんですよ」
「お前!言ってる事が目茶苦茶じゃないかッ」
支離滅裂な言動を繰り返すキョーマに思わず怒鳴ってしまう。
「まあまあ落ち着いて、今の僕には出来ないと言っているんです。だけど3年前の僕なら未来を変えられます」
「だから俺達はどうやって過去に戻るつもりなんだよ」
「さっきから言ってるじゃないですか、僕は過去には戻れませんよ」
「いい加減にしろ!!」
怒鳴るラフィートを、やれやれっといった仕草でかぶりを振る。
「散々説明してきた通り僕は今までこの日の為に力を蓄えてきました。勇者のオーブは封印限界いっぱい、勇者能力、勇者の鎧、勇者技能、固有能力、全て120%以上使える様に調整してきました。そして作戦のキーとなるラフィート君も見つけた。もう後戻りはできません」
キョーマは人差し指を立て「いいですか」と続ける。
「勇者のオーブはお互いが共鳴する事で力を増幅させる事が出来る。この特性を利用します。まずは僕たち二人の勇者のオーブを共鳴させて、ラフィート君のオーブを通して3年前の僕たちのオーブと共鳴させます」
「え、ええ?そんな事出来るのか?」
「僕の計算では可能です。その為に君の力が要ります。君の持つオーブはこの世界において3年前の物。なら3年前の僕たちと共鳴できるはずなのです。あとは君の『距離無効』の力を使えばきっと届くでしょう君の力はその気になれば時間を超える事が出来ると姫さまは仰っていましたから」
「本当かなぁ」
「言ったでしょう、他に方法はありません。信じて下さい。3年前の僕たちと共鳴できればオーブを通して僕たちの声を送る事が出来るはず」
「はずって、お前なあ。声を送るって本当に大丈夫なのかよ」
ここまでくるともうため息しか出ない。
「ま、僕達には届かないでしょうね。ほらまた怖い顔する、だから僕達には、です。が3年前にはあのお方がいるじゃないですか。僕達には見る事の出来ないモノを視る事が出来るお方が」
「・・・あ。そうか、姫の神眼か!」
その通りっとキョーマは頷く。
「オーブを通して姫さまへメッセージを送るんです。姫さまならきっと気付いてくれます。そして姫さまに3年前の僕を説得してもらうんです。君をあの世界に引き戻す様に。自慢じゃありませんが僕は姫さまの言葉ならなんでも言う通りにする自信があります」
「はは、ホントに自慢になんねえな」
「そして姫さまさえご無事なら世界は変わる。姫さまの名のもとにこの世界は新しく生まれ変わるんです!」
「世界は、生まれ変わる・・・」
「そうです。さっきはこの世界は消えてなくなるっと言いましたが正確には違う。何故なら僕たちの想いは君が受け継いでくれるから、君がこの世界の事を忘れない限り消える事は無い」
「ああ、ああ!忘れるものか、俺は絶対に忘れない!ナアルフィの事をッみんなの事を!!」
ラフィートは右腕のリボンを握りしめて力強く頷く。
「そうだ、こうしましょう。この作戦を、世界・・・いや、『地球新生作戦』と名付けましょう!!」
「地球新生作戦、か。いいなそれ。うん、すごくいい!」
キョーマはラフィートの同意を得て、改めて宣言する。
「では始めましょう、『地球新生作戦』発動です!!」
応!!と叫ぶが早いか、二人は同時にブレイヴフォームに変身する。
「いいですかラフィート君、君は出来るだけ正確にあの時の状況を思い出してください。僕と君、そして君とあの時の僕たちのオーブを共鳴させるのです」
「思い出せって言われても」
「僕にはもう3年前の事だから都合の良い事しか思い出せません。だけど君にとってはまだ数か月前の事だ。思い出してくれさえすれば僕の力で想いを繋ぐ事が出来る」
「想いを繋ぐ?」
「僕には視えるんですよ、人の想いが糸の様に。リライトとはその糸を繋ぎ変える事で未来を書き換えていく力なのです。3年前、君をこの世界から消したのは君に繋がる糸を断ち切ったからなんです。だから今度は今の僕から3年前の僕へと繋ぎなおします」
キィィィィィーンッ
ラフィートとキョーマのオーブが共鳴する。
「ラフィート君もっと集中してッぐ、あぁ」
だが突然キョーマが体を崩す。と同時に共鳴が途切れる。
「キョーマ、どうした?」
「だ、大丈夫。なんでもありません。もう一度いきます!」
胸を押さえて息を荒げているキョーマを見てラフィートは気付いてしまった。
「キョーマお前ひょっとして封印限界を超えているんじゃないのか?」
キョーマは勇者は勇者のオーブに悪鬼を封印すればするほど強くなる、と言った。だとすれば当然16体封印した時よりも17体封印した時の方が強くなれるはずなのだ。だが17体封印すれば待っているのは死だ。
「言ったでしょう、もう後戻りはできません。姫さまを救う事が出来るのなら僕の命など惜しくはありません」
「キョーマ・・・」
「僕は、助けられなかった。何度リライトを使っても姫さまが死ぬ未来を変えられなかった。僕が自分勝手に未来を変えてしまっていたから、肝心な時に変えられなくなってしまったんだ。未来視にはもう僕の未来は映らない。僕が死ぬからなのか世界が終わるからなのかは分からないけど、僕の未来なんてどうでもいいんだ」
だからッとキョーマは体を立て直す。
「僕一人じゃ助けられないのなら何だって利用してやる。それが大っ嫌いなラフィートの力を借りなければならないのだとしてもだ!!」
ラフィートは痛感する。いかに自分の覚悟が至らないものだったのかを。いつも心のどこかで誰かが何とかしてくれる、と手を緩めてしまっていた。今だってそうだ。世界を変えるっと言っても全部キョーマに任せきっている。
今まで本気で何かをやろうとした事があっただろうか。
もちろん、やろうとはした。けれど結局は『届かない男』という都合のいい名前に甘えてしまっていたのだ。
アズサだけがラフィートを「届かない男なんかじゃない」、と言ってくれた。それが嬉しくて、アズサの為なら届かない男から変われると思った。けど変われなかった。キョーマの様に命がけで想い続ける事が出来なかった。自分の想いが報われないくらいなら届かない男のままでいい、と知らず知らずのうちにアズサとの間に一線を引いてしまっていた。だからアズサが死んだと聞いてすぐに諦めてしまった。
『地球新生作戦』
世界を変える。アズサを、ナアルフィを、みんなを助ける事が出来るかも知れない。いや、必ず助けるんだ。
今こそが、命をかける時なのだ。
ラフィートはキョーマの手を握る。
「キョーマ!やるぞ、姫を、みんなを、俺達の未来を取り戻すんだ!!」
何時にないラフィートの剣幕に、フッと口端を緩める。
「やれやれ、やっと火が付きましたか。時間もないのに世話を焼かせないで下さいよ」
集中してください、とキョーマは言う。
「余計な事は考えないで、姫さま様の事だけ考えて下さい」
ラフィートは目を瞑りアズサの事を想う。
――姫、姫・・・会いたい、もう一度あなたに会いたい。あなたの笑顔も、怒った顔も、照れた顔も、寂しげな顔も、ちょっと拗ねた顔も、無理に強がった顔も、涙を流す顔も、俺はこんなにもはっきり思い出す事が出来るんだ。俺はこんなにもあなたの事を想う事が出来る。だからッ俺の想いが届いたなら答えて欲しい。俺は、あなたの事を・・・
キュィィィィィィン
勇者のオーブが共鳴し始める。
「来た!ラフィート君、もっと強く!もっと大きく!姫さまに想いを届かせるんだ!!」
俺はッあなたの事が・・・
勇者のオーブが金色の閃光を放つ。閃光は二人を包み、さらに世界を光の中へと飲み込んでいく。
押し寄せる光の奔流の中でラフィートは叫ぶ。最愛の少女の名前を・・・
つづく
次回第6話もお楽しみに。