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熱湯!勇者対勇者

第3話です。

  世界を救う6人の勇者の一人、光の勇者ラフィート。彼は今、山の中にいた。

タリアシティを旅立って3時間、次の勇者の手掛かりを探すため、必ず当たると評判の占い師を訪ねて月影山げつえいざんに来ていた。

(・・・おかしい。さっきまで一緒に居た筈のアズサ姫達がいない。迷った?)

 いや、迷う筈がない。山道はここまで一本道だったのだから。

 ラフィートはここに至るまでの事を思い返してみた。





 始まりは二日前。ラフィートが暮らしていた港街タリアシティは突如現れた一体の悪鬼によって港も、駅も、街全体が甚大な被害を受けた。

 悪鬼襲来を警告したアズサと勇者として目覚めたラフィートによって悪鬼は倒され、街は救われたのだった。

 翌日、アズサはラフィートの両親を訪ねた。彼らはアズサの言葉に戸惑いながらもぜひともラフィートの力を役立たせてほしいと快く息子の旅立ちを了承した。アズサはせめて旅立つ前に一晩だけでも家族ですごしてほしいと、この日は別れた。

 そして今日、街の人達に見送られラの国の首都、自由交易都市、通称中央都市セントラルを目指して旅立つ。

 中央都市はラの国の全ての情報が集まっている。そこへ行けば今、世界中で起ころうとしている悪鬼の動きが分かるはずだった。

 だが悪鬼によって駅は破壊され列車が使えなくなってしまったのだ。中央都市へは列車を使っても一週間はかかる。ひとまずバスを使って先の町を目指す事になったのだが、その途中、街で噂に聞いた占い師の館を訪ねる事になったのだ。




「ここが月影山ですか」

 月影山は岩壁だらけの岩山だった。その景色は月面に似ている事からその名が付けられたらしい。だがアズサはこれによく似た場所に覚えがあった。

「ここはまるでマの国のようですね」

 見た目だけではない、この場に漂う気配が同じなのだ。

「マの国かぁ、邪神がいるんだっけ?」

 先頭を歩くラフィートがアズサに問いかける。

「いえ、邪神はいませんでした。あの地で眠っていたのは悪鬼達だったのです」

「へぇ、そもそも悪鬼って何なんだろう」

 マの国でアズサの頭の中に流れ込んできた無数の言葉。その中に人間の敵、101体の悪鬼に対する警告があった。それが失われた文明の遺言であると理解はしているが、その全ての言葉の意味は整理できていない。

「わからない事だらけです。悪鬼にしても邪神にしても、私達は知らなすぎるようです」

「でもさ、なんで俺が勇者なんだろ。勇者になる条件みたいなのがあるのかな」

 条件、それを聞いてアズサは少し考え込む。もし条件というものがあるのなら残りの勇者を見つける大きな手掛かりになる。

「勇者の条件っていえばさ、勇者になったら姫と結婚できるって聞いたんだけど本当?」

 2か月ほど前に聞いた噂だったがその真偽は定かではない。だが他人ごとではなくなった以上確かめておきたいのが心情である。

「フフフ、あなたがそれを望まれるのでしたら構いませんよ」

本当マジで!?」って言う前にアズサの護衛騎士タカラにギロリッと睨まれてしまった。

「姫様もお戯れはほどほどにお願いします」

 タカラにたしなめられて、はぁいっと肩を竦める。

「なんだ冗談か、そりゃそうだよな」

 ラフィートは照れ隠しに話題を変えてみる。

「姫達は急いで聖王都に戻らないといけなかったんじゃないの?寄り道なんかしてて大丈夫?」

「ふんっその事なら心配ない。聖王都には既に使いを送ってある」

 タカラに言われて同行する兵士の人数が減っているのに気付く。どうやら何人かは先行して偵察に出ているようだ。

「ラフィートさんの件もありますし私達はこのまま勇者を探す方が良いと思います」

「わかった、けど大丈夫?山道結構きつそうだけど」

 階段15段で音を上げるような娘だからすごく不安だ。そんなラフィートの心配をよそにアズサはとても楽しそうだ。

「それにしても私、占い師さんに占ってもらうの初めてです」

 まあなんとかなるか、そう思って山を見る。

 こうして一行は占い師の館を目指す事となった。





「・・・おかしい。いつはぐれたんだろう。探しに行くべきか、いやこういう時は下手に動かないで待っているべきか」

 などとラフィートが思案していると、真っ白いフードを纏った大男が山道を登って来るのが見える。

 誰だろう、と見ていると白フードの男はラフィートの前で立ち止まった。

「えっと・・・何?」

 白フードの男は何も言わずにラフィートに何かを差し出す。恐る恐る受け取ってみるとそれは小さなビー玉のような物だ。

「あれ?これって」

 ラフィートはそれに見覚えがあった。悪鬼を倒した後、気が付いたら手の中にあった小さなガラス玉。その時は何か気味が悪かったので投げ捨ててしまったはずなのに。

「・・・オーブ」

 どこか懐かしさを覚える男の声に息を呑み、顔を上げるとそこには誰もいない。慌てて辺りを見渡すが白フードの男の姿は消えていた。

 ただ立ち尽くすラフィートに、アズサが手を振って「ラフィートさーんっ」と声をかける。

「ひどいですラフィートさん、先に行ってしまうなんて」

「え?ああ、ごめん」

 心ここにあらずなラフィートに、「どうかしましたか?」と尋ねる。

「いや、なんでもないんだ。っていうかどういう状況、それ?」

 見るとアズサはタカラに抱きかかえられている。アズサは恥ずかしそうに顔を赤らめる。

「えっと、これはタカラがどうしてもっと言うので、あはは」

「姫様に山道を歩かせたとあっては騎士の名折れ、そうこれは騎士の義務なのだ」

「ああ義務ね、義務じゃあ仕方ないよねって、んなわけあるかっ!どんな騎士だよ!」

 っとツッコミたかったがちょっと羨ましい。

「これが本当のお姫様抱っこか、いいなぁ。でも流石に女の子抱えて山道上るのはきついな。いやおんぶならワンチャンある?」

「アホはほっといて先に行きましょう」

「ちょっ・・・」

 さっさと先へ行ってしまうタカラを慌てて追いかけると、しばらくして前方にそれらしい山小屋が見えた。




「やっと着いたか、しんどかったー」

「着いたのですか?占い師さんのお屋敷はどこなんです?」

 ラフィートが目の前の小屋を指差すと、「え?」っと首を傾げている。どうやらアズサの想像していたものとは違っていたようだ。

「けど居るのかなあ、噂じゃいつも留守でめったに会えないってなってるけど」

 ドンドンドンッ

 タカラがドアをノックすると、「開いてるよー」っと返事が返ってくる。

「ご在宅のようですね」

 タカラはアズサに目配せするとゆっくりドアを開ける。小屋の中は想像していた所謂占いの館っぽくはなく、申し訳程度の家具しかない何とも殺風景なものだった。

「まあ掛けなよって椅子一つしかないけどサ」

 小屋の主らしい少女が席を勧める。ラフィートはアズサに席を譲り少女に尋ねる。

「えっと、ここに占い師がいるって聞いてきたんだけど・・・」

「あぁあたしがそうだよ」

 ・・・沈黙。

「ええっと、ここに占い師が」

「だからあたしだっつってんだろ」

 ・・・再び沈黙。

「あー、君が占い師?ほんとに?」

 見た感じ10歳くらいの少女は、ビシッっとラフィートを指差す。

「大前提!人を見かけで判断すんな!!」

 は、はいッごめんなさい。思わず謝ってしまった。

「あたしはケイン。説明すんのメンドイから省くけど正確には占い師じゃねーから」

「えっどういう事?」

「ケインさんは占い師さんではなかったのですね」

 どこか残念そうなアズサ。

「まあね。あたしも視えるんだよ姫と同じこの眼でね」

 ケインは自分とアズサの目を交互に指差す。

「っと言っても姫ほどハイスペックなものじゃないけどね。これをあえて言うなら、『心眼』?これで占い師まがいな事をやってたらいつの間にか本物扱いされてただけサ」

「あの、私達はケインさんに是非占っていただきたい事があって来たのですが」

「ああそうだろうね。聞きたいのは『勇者』の事と『悪鬼』の事だろ?」 

そう言うとラフィートに手を伸ばす。

「ほら、出しな」

「え、何を?」

「いいから出せっつてんの」

「お、お金は持ってません」

「アホかッカツアゲしてんじゃねーよ」

「・・・違うの?」

「勇者のオーブ、持ってんだろ」

「オーブ?あぁこれの事か」

「ラフィートさん、それは?」

 ポケットから取り出したオーブにアズサが興味を示す。

「なんか気が付いたら持ってたんだ」

 説明しようがないのでオーブをアズサに見せる。

「姫、そのオーブを視てみな」

 はい、と頷くと神眼を開く。一瞬、ゾクッとした寒気が周囲を包む。

(神眼、アズサの固有能力。人の見えないモノを視る力、か。確か人の心や考えている事も分かるって言ってたな。って事は俺が今考えてる事も分かるのかな)

「ええ、視えていますよ」

「えっ本当に?すごいや」

 だがアズサは顔を曇らせる。

「すごくなんて・・・ラフィートさんも嫌でしょう」

「? どういう事?」

「心を読まれるなんて気持ち悪いでしょう。こんな、ちから」

 ラフィートは、「そんな事ないッ」と言うがアズサの眼の前では嘘など何の意味もない。

「・・・え」

 ラフィートを視たアズサが声を詰まらせる。ラフィートは嘘など吐いていない。

(心が読めるってんならわかるだろ?俺はそんなの気にしないよ)

「ラフィートさん・・・」

「姫・・・」

 見つめあう二人をジト目のケインが遮る。

「お二人さん、イチャついてないで話進めてもらっていい?」

「は、はい。すみません」

 アズサはサッと目を逸らして改めてオーブを視る。

「どう、視える?」

「はい・・・この中に悪鬼が、ラフィートさんが倒した悪鬼が視えます」

 「どういう事?」とラフィートが尋ねるがアズサは首を振るだけで何も言わない。

「大前提!勇者は悪鬼を倒せる、じゃあない。悪鬼を封印できる、なのサ。オーブの中にね」

 ビシッとオーブを指差す。

「悪鬼を・・・封印?」

 アズサはあの時、倒された悪鬼の一部がラフィートの中に流れ込んでいったのを思いだす。

「そう、ではあれは見間違いなどではなかったのですね」

「じゃあ俺は全部の悪鬼をこのオーブに封印すればいいわけか」

 ケインはビシッとオーブを指差す。

「勇者とは、失われた文明の遺志を継ぐ者。悪鬼によって滅ぼされた世界の結晶、勇者のオーブを持つ者の事サ」

 待って下さいっとアズサが声を上げる。

「世界を滅ぼすのは邪神ではないのですか?伝説には勇者と邪神の戦いが描かれているだけで悪鬼については何も語られていませんのに」

 あれ?とケインは首を傾げる。

「ひょっとして姫って勇者伝説の事信じてたりする口?」

「え?ええそうですが」

 頷くアズサを見て、「あぁそういう事かぁ」と頭を抱える。

「あのね姫、すごく言いづらいんだけどあれ、8割嘘だから」

「・・・え?」

 アズサは目を点になる。

「いや聞いてない?月の民から、神眼だってあるんだし分かってると思ってたんだけどサ」

「ウソ・・・そんな」

「うーん、純粋なのはいい事なんだけどねぇ。だめよ固定概念に縛られちゃ」

「だ、だって、それじゃあ私はっ私は・・・」

 何のために反対する父や皆を振り切ってまで城を飛び出したのか。無知と笑う大臣達を神眼で脅してしまった自分が恥ずかしい。

「勇者伝説ってのはね、月の民や心眼の持ち主達が失われた文明の遺言を分かりやすく形にしたものなの。そこからさらに都合がいいように改ざんされていったのサ」

 呆然となっているアズサに代わってラフィートがケインに尋ねる。

「じゃあ邪神は居ないのか?」

「・・・どうかねえ、居るっちゃあ居るだろうし居ないっちゃあ居ないかも知れないし」

 はぐらかすケインに「どっちだよ」とツッコむ。

「だけど悪鬼は蘇ってしまった。奴らは不死身だ。誰にも倒す事は出来ない」

「勇者は?勇者なら悪鬼を封印できるんだろ」

「勇者一人で101体の悪鬼に勝てると思う?」

「ひ、一人は流石に・・・無理かも」

「だから6人必要なのサ。そして姫の眼なら勇者を探す事が出来る。それが姫に与えられた使命サ。だというのに勇者を探す前に悪鬼の眠っていた場所に行ってしまっちゃうんだから」

「そんな・・・じゃあ私はとんだ思い違いをしていたのですか?私は、なんて取り返しのつかない事を」

 落ち込んでいるアズサを見て、吐息を漏らす。

「失われた文明とは、悪鬼に滅ぼされた世界の事。これはさっき言ったね」

「はい」

「悪鬼に滅ぼされた世界は6つ。だけど彼らは黙って滅ぼされた訳じゃない。悪鬼に対抗する力、勇者のオーブを遺した。時の文明は光の勇者のオーブ、樹の文明は獣の勇者のオーブ、石の文明は機の勇者のオーブ、波の文明は海の勇者のオーブ、雲の文明は空の勇者のオーブ、山の文明は火の勇者のオーブ。これが勇者伝説のもとになった6人の勇者達」

 ケインはオーブを摘み上げる。

「オーブは勇者の力の源。勇者能力は悪鬼を封印すればする程強くなる」

「勇者能力?」

「そ、勇者の固有能力。君のは距離を無効化する力だね」

 この前の悪鬼との戦いを思い出して、あぁなるほどっと頷く。

「だ・か・ら二度と捨てんなよ」

 ラフィートの頬にぐりぐりとオーブを押し付ける。

「ハイ、ワカリマシタ。ゴメンナサイ」

「・・・」

 アズサはまだ俯いている。

「いつまでも落ち込んでるんじゃないの」

 コツンっとアズサのおでこを小突く。

「大前提!姫、あなたの使命は何?」

 ビシッとアズサを指差す。

「私の使命は勇者を見つけ出す事、です」

「なら今はその事に集中しなさい。邪神の事はひとまず置いといていいから」

「・・・でも」

「過ぎた事を悔やんでても仕方がないでしょ。まだ手遅れって訳でもないんだからサ」

 アズサは、えっと顔を上げる。

「悪鬼は目覚めてしまったけど、動き出すにはもう少し時間がかかる。奴らもこんなに早く目覚めさせられるなんて思ってなかったのサ。それに悪鬼という天敵が現れた事で、勇者の覚醒も早まっているみたいだしね」

 チラッとラフィートを見る。

「勇者のオーブを持っている者が勇者だ。簡単だろ」

「でもラフィートさんは最初は持っていませんでしたよ」

 そうそうっとラフィートが相づちを打つ。

「じゃあヒントをあげよう。勇者とは六ッ花むつはな

 えっと言うアズサと、は?と言うラフィート。

 これで話は終わりっとケインはそっぽを向いている。

「お話ありがとうございました」

 アズサは頭を下げる。

「うん。姫、頑張んな。あなたは一人じゃない。何時だって側で見守ってくれる人が居る」

 ケインの言葉にハッとなる。


――あなたは一人じゃない。


 前に同じ事を言われた事がある。

「まあ、頼りないけどね」

 ニヤニヤとアズサの後ろに目を向ける。

「言われてんぞタカラのおっさん」

「アホが、貴様の事だへっぽこ勇者」

「希望の勇者様に対してへっぽこはないだろ」

「フンッへっぽこをへっぽこと言って何が悪い」

「だからへっぽこ言うな!」

 二人のやり取りにアズサは顔をほころばせると、はいっと笑顔で答えた。

 



 アズサ達を見送ったケインが部屋に戻るとそこに白いフードを纏った男がいた。

「やあ“L”、そんなとこに突っ立ってないで話したい事があるなら自分で話せばいいのに」

「・・・姫の眼にはもう我らの姿は映らない」

 どこか寂しさを感じる声にケインはフフンッと苦笑する。

「へぇ、あんたらでもそんな顔するんだ」

 実際にはフードで表情は見えていないがあえてそう言う。

「それよりも既に奴らが動いているみたいね」

「・・・」

「何であの子に話しておかなかったの?」

「真実は姫自身で見つけ出さなければならない」

「それで奴らにつけこまれてちゃあ意味ないけど?まんまと魔跡に誘い出されちゃってサ」

「・・・」

「大丈夫かねぇあの子、空回りしなきゃいいんだけど」

「我々の姫に問題はない」

「親バカかぁ」

「・・・」

 ケインはカップにお茶を注ぎひと口啜る。

「遅かれ早かれ姫の血が悪鬼を目覚めさせる。その前に勇者を探し出し悪鬼を迎え撃つはずだったのに、結局今回も勇者が揃わないまま悪鬼と戦わなきゃならない。悪鬼に滅ぼされるのが先か、邪神が現れるのが先か」

「計画に変更は無い」

「どうするの、姫が死んだらその計画もパアだよ」

「死なせはしない」

「死ねばいい」

 白フードの男から2つの声が漏れる。男は、うぐぅっと頭を押さえる。

「あらら、盗み聞き?お行儀の悪い事」

「我々は既に月影の姫を見つけ出した」

 男は、ニタリッと口元を歪める。

「!? いつの間に・・・」

 やってくれるじゃない、そう言ってケインは男を睨む。

「月の姫は悪鬼どもにくれてやる。新世界は我が主のモノだ」

 クカカッと笑いながら男の姿が闇に溶けるように消えていく。

 残されたケインはドカッと椅子に腰かける。

「頼んだよ勇者、姫を守っておくれ」

 ケインは窓の外を見つめながら誰にともなく呟く。




 悪鬼の襲来によって街の3分の1が瓦礫の山と化したタリアシティ。

 アズサ達の旅立ちを見送った後も駅と港が使えないため復興の準備は遅れていた。それでも瓦礫を一つ一つ片付けていくしかなかった。

「はぁ、どうしてこんな事になっちゃたのかねえ」

「戦争でも始まったのかと思ったよ」

「悪鬼だっけ?あんな化け物がいるなんてねえ」

「でも姫様がいてくれたおかげで助かったんだよね」

「そうそう。姫様可愛かったねえ、あたしの若いころにそっくりだったよ」

「どこが。鏡見た事ある?」

 あははっと談笑する女性たちの会話に一人の女性が割り込む。

「本当にそうかしら?」

 え?っと会話が止まる。

「あの悪鬼って姫様を追いかけて来たのでしょう。あの女さえ来なければ街がこんなになる事も無かった筈なのに」

「ちょっ、ちょっと待って。何言ってるのあなた、そんな言い方しなくても」

 オロオロとまわりを見渡す。

「そうよ、姫様は大けがされてまで私達を守って下さったのよ」

「姫様にはどれだけ感謝してもし足りないくらいよ」

 みんなに反論され、「言い過ぎたわ。ごめんなさい」っと謝る。

 気を取り直して世間話を続ける。

(・・・だけど、悪鬼が来なければ今頃はいつも通りに過ごせていたはず。姫様が悪鬼を連れてさえこなければ、きっと)

 ドス黒い感情が心に渦巻く。

 そんな人々のわずかな心の揺らぎに、彼女らの背後に立つ黒いフードを纏った男は、ニタリッとほくそ笑むのだった。






 所変わって、ここはユノハナの町。

 通称ユノハナ温泉郷。中央都市に本社を持つ大企業ムラサトコーポレーションが運営、管理する高級温泉リゾートである。温泉の他にもゴルフ場や遊園地など娯楽施設が揃っていて、普段から貴族や一部の資産家などが多く利用している。




「・・・97、98、9じゅぅぅきゆう」

 100っと同時にうつ伏せにぶっ倒れる。

「どうした!まだ終わってないぞ。次ッ腹筋100回!」

 ラフィートはぜぇぜぇと息を吐きながら腹筋を始める。

「くそ、タカラのおっさんめ、毎日毎日筋トレばっかりさせやがって」

 っと思いつつもアズサが見ている手前、文句を言う訳にもいかず黙って言うとおりにするしかなかった。

 ラフィート達がタリアシティを旅立ってすぐの事。タカラがアズサにラフィートの特訓を申し出たのだ。

「勇者といえど剣もまともに扱えぬようでは悪鬼と戦う事もままなりません。ラフィートに稽古をつけたいのですがよろしいでしょうか」

 と。

「いいか小僧、貴様には圧倒的に体力が足らん。まずは腕立て100回、腹筋100回、スクワット100回、これを毎日朝夕で続けてもらう。お前が剣を持つのは10年早い」

 そんな2人の様子を見ていたアズサに、お茶をお持ちしましたっと兵士が声をかける。

「隊長張り切ってますね」

「そうね、なんだか楽しそう」

 フフッと笑うとティーカップを受け取る。

「本当はタカラにはこういうのが性に合っているのかしらね」

「そう、なんですか?」

「彼は一時期、騎士学園都市ナイトアカデミアで教鞭を執っていた事もあるのですよ」

「えっあのサの国の?すごい!知りませんでした」

 タカラの意外な経歴に驚く兵士の反応に誇らしげに微笑む。

「ラフィートさんもタカラから学べる事は多いと思います」

 タカラにしごかれているラフィートを見つめ、「頑張ってくださいね」っとそっと呟くのだった。




 日は傾き、人もまばらな通りをラフィートは一人歩いていた。

「あぁ疲れた。なんなんだよあのおっさん、妙にはりきりやがって。最近俺と姫がいい感じなのを妬いてんだろ。嫌がらせだ、絶対嫌がらせだ」

・・・はぁ、思わず吐息が漏れる。

「強くなりてぇなぁ」

 っと呟くラフィートに、「お兄さんお兄さん」っと呼ぶ声がする。振り向くと露店の女性がニコニコと手を振っている。

「そこのお兄さん、今強くなりたいって言ったよね」

(美人だっ美人のお姉さんだ。それもかなり大きい・・・

「そんなお兄さんに良い物があるんだけど、試してみない?」

 主張の激しい胸元に見惚れて、ボーっとしていたのを勘違いしたのかその女性は、「大丈夫大丈夫、変な薬とかじゃないから」っと笑う。

「じゃあなに?」

 っと聞くと、長方形の札をラフィートの前に突きつける。

「誰でも簡単に強くなれる魔法のお札さ」




「ラフィート!ラフィートはおらんのか!」

 怒鳴るタカラに、「どうかしましたか?」っとアズサが尋ねる。

「奴め、時間になってもトレーニングに来んのです」

「ふぁあ、何、何の騒ぎ?」

 部屋からラフィートが欠伸をしながら出てくる。

「貴様!何だその様は!たるんどるぞ!!」

 あぁうるさいなーっと頭を掻く。

「とっとと来い。その性根叩き直してくれる!」

「えぇヤダよ、めんどくせぇ」

 なんだと!?タカラはわなわなと拳を震わせる。

「俺、勇者だぜ?んな地味な筋トレなんてやってらんねーっつーの」

 ラフィートはニヤリっと笑う。

「ほう、言ってくれるではないか」

「俺が本気になったらタカラのおっさんなんて一捻りだぜ」

「いいだろう、相手になってやる。表に出ろ小僧!」

 売り言葉に買い言葉で宿を出ていく2人をやれやれと見送るアズサだった。

「覚悟はいいな小僧。あれだけ大口を叩いたのだ、手加減はせんぞ」

「へっいいぜ。後でいちゃもん付けられてもめんどいしな。なんなら何か賭けようか?」

「ふんっ下らんな。だがそうだな、万が一でも貴様が勝てたら、今日一日姫様とのデートを許してやる」

「え、マジで?」

「私が勝った時は分かっているだろうな」

「ああ、でも勝つのは俺だけどな」

 アズサとデート、これは絶対に負けらんない。ラフィートは胸元に手を当てる。

「大丈夫、これさえあれば」

 いつでもいいぞっとタカラは剣を構える。ラフィートもナイフを構え、

(・・・増強ビルド!)

 小声で呟く。

「よし、いくぜ!」

 ラフィートは地を蹴ると一気にタカラとの距離を詰める。

「なに!?」

 その速さにタカラは驚く。その隙をついてラフィートはナイフを振り回す。

 キンッカキンッ

 タカラは剣を巧みに操りナイフを捌く。だがラフィートのラッシュは止まらない。

「何だっこの動きは!」

 それはタカラの知るラフィートの動きではなかった。続々と繰り出されるナイフを受けるだけで反撃の隙がない。距離を取ろうとするがラフィートの突進の方が早い。

「どうしたタカラのおっさん!避けてるだけじゃ勝てないぜ」

 傍目にはラフィートが圧倒しているように見えるが、実際はラフィートの方が焦っていた。

 当たらない。無数にナイフを繰り出しているのにタカラはその全てを受け流している。

「くそっこのおっさん、守りが上手い。しかもこっちは常に手を出し続けていないとすぐに反撃を受けそうになる」

 手を止められない。次第にラフィートの息が上がっていく。だがタカラには攻撃が届かない。

「届けっ届けっ届けっ届け届け届けぇぇぇぇ!!」

 勇者のオーブが鈍く光る。

「ラフィートさんっダメ!!」

 アズサの声に我に返る。

「え・・・?俺、今何をした?」

 刃こぼれしたナイフが零れ落ちる。手にはまだ肉を突き刺した感覚が残っている。ハッとなって前を見る。

 タカラは押さえた手から血を滴らせ、今にも倒れそうになっている。

「タカラのおっさんッ」

 ラフィートは駆け寄ろうとするが、ガクンッと体から力が抜ける。

(なんだ、体が・・・重い)

「たわけが!」

「え?」

 顔を上げようとした時、

 ドスンッ

 タカラの拳がみぞおちに叩き込まれる。

 ガハッっと腹を抱えて膝をつく。

「ラフィートさんっ」

 真っ青になったアズサが慌てて駆け寄る。

「タカラのおっさん、なにが・・・」

 アズサはタカラを見て、コクッと頷く。

「どんなダメージも一度だけ無効化できる。それが私の固有能力だ」

「なに、それ・・・インチキ」

 そのままラフィートは気絶する。

「タカラ、大丈夫ですか?」

 アズサはラフィートを支えながらタカラに尋ねる。

「はい。ですが、今のラフィートの動きは奇妙でした」

「あら?」っとアズサはラフィートの胸元に何か挟まっているのに気付く。

「なにかしら、これ?」

 それは長方形の紙に『スピードUP』と書かれていた。




 気を失っているラフィートを宿まで運び、ラフィートが目を覚ますのを待ってタカラが問い詰める。

「さて小僧、説明してもらおうか」

「・・・」

「黙っていては分からん!!」

 タカラは、バンッと机を叩く。

「ひぃッごめんなさい。調子に乗ってすみませんでした」

「ラフィートさん。あなたは自分が何をしたのか分かっていますか?」

 恐る恐るアズサを見上げる。紅い瞳が真っ直ぐにラフィートを見つめている。

「人々を守るべき勇者がその力を人間に対して振るうなどあってはならない事です。たとえどのような理由があろうとも、です。分かりますかラフィートさん、私怒っているのですよ」

「すみません・・・」

「改めてお聞きしますが、これはなんなのですか」

 机の上に置かれた長方形の札を手に取るとラフィートに突きつける。

「わずかにですが固有能力特有の波動を感じます。ですがこれはラフィートさんのものではありませんね」

「その、町で買いました。誰でも強くなれるって・・・一万ゴールドで」

 いちまんっ!?タカラが驚きの声を出す。

「金額はともかく、このような物が売られているというのは問題ですね」

 アズサがその露天商に会いたいと言うのでラフィートは昨日行った店へ案内する事になった。




 昼下がり、相変わらず人のまばらな通りをラフィート達は歩く。全員で行動するのは流石に悪目立ちしすぎるという事でラフィートとアズサ、タカラと兵士一人の4人でA班、残りの兵士3人ずつでB班、C班の3グループに分かれた。先行して中央都市方面に偵察に出ているのは3人である。

「この町は人が少ないですね」

 アズサの呟きはまさにユノハナの町の現状を表していた。

 最高級リゾートとして富裕層を想定したサービス設定にしてある為、訪れる客が限定的になってしまい閑散としたイメージを与えてしまっている。

「確かこの辺だったはず」

 ラフィートが周囲を見渡すと目的の露店はすぐに見つかった。

「あれ、昨日のお客さんじゃん。なになに気に入ってくれた?」

 例の札をひらひらと振りながら声をかけてくる。

「その事なんだけどさ、使った後急に力が抜ける感じがしたんだけど」

「何?クレーマー?」

 ジト目で睨まれ、ふるふると首を振る。

「そんなんじゃなくて、ヤバい後遺症とかないよなって」

「ないない。って言うか説明しなかった?効果時間は180秒だって」

「は?聞いてねぇし。それで一万Gは高すぎだろ!」

「返金には応じられませーん」

 ツーンとそっぽを向く女性に食下がろうとするラフィートを制しアズサが話しかける。

「こんにちは。少しお話を伺ってもよろしいでしょうか」

「あら、かわいい。彼女?」 

「え、そう見える?」

 照れるラフィートだったが、「断じて違うッ」とタカラに否定されてしまった。

「あなたの固有能力についてお聞かせ願いますか?」

 ラフィートが買った札を見せると女性の顔つきが変わる。

「どうして、あたしの固有能力だって判ったの?」

「魔法と固有能力はとてもよく似ている為混同される方もいらっしゃいますがその本質はまるで違います。魔法が魔力を必要とするように固有能力は人の心、思いの力を必要とします。ですのでこの札に残った心の残り香を辿れば使用者を特定する事はたやすいのです」

 (いや、そんな事が出来るのは姫だけだよ)

 ラフィートは心の中でツッコミを入れる。

「へぇすごいね。ところであなたの顔、どっかで見た事ある気がするんだけど」

 ん~っと首を傾げて唸っている。

「あっもしかして噂のアズサ姫?」

 パチンっと指を鳴らしてアズサを指差す。アズサは隠す様子もなく「はい、そうです」っと頷くと女性は目を輝かせる。

「やっぱり!ラの国に来てるって聞いてたけどこんな所で会えるなんてね。写真より何倍もかわいい」

 アズサの手を握るとブンブンっと振り回す。

「あたし、ハルカ。よろしくね、姫ちゃん」




 立ち話もなんなのでっということで近くの喫茶店に入ったアズサ達。適当に注文をして一息つくとハルカから話を切り出した。

「で、なんだっけ?あたしの固有能力について、だっけ」

 ええ、とアズサは頷く。

「そっちのお兄さん、ラフィート君だっけ?彼には説明したと思うけど、あたしの固有能力は誰でも簡単にパワーアップできるこのお札、その名も『インスタントパワー』。使い方だけど、お札の余白にパワーアップしたい所を書いて、増強ビルドって言えばOK.簡単でしょ」

「また使用後の一時的なクールダウンとか言い忘れてんぞ、悪徳商人」

 いつの間にかテーブルの隣に立っている見知らぬ少年が口を挿む。

「クールダウンて?」

「ん-、効果時間が切れた時にちょっちパワーダウンしちゃうのよねえ。ちょっちよ、ちょっち」

「ああー、昨日の急に気が抜けたみたいな時の事か。って、やっぱりそっちの仕様じゃんかッ・・・てかこの人誰?」

「ああ、その子は近所のクソガキで、うちのお得意さん」

「だから子共扱いするなといつも言っとるだろうが」

「は~ん、子供でしょ」

 ハルカはケラケラと少年をからかう。少年はチッと舌打ちするとアズサ達の方を見るがすぐに目を逸らす。

「露店に居ないと思ったらこんな所で油を売っているとはな」

「ん?なんか約束してたっけ」

「注文しておいただろ10枚セット」

 あーそうだったね、とバッグから札束を取り出す。

「ほい、インスタントパワー10枚セット。10万ゴールド

 ラフィートが飲みかけのコーヒーを吹きだす。

「高すぎだろう、ぼったくる気か?」

「ぼったくりとは人聞きの悪い、しょうがないなあ。9万5千にまけたげる」

「・・・分割でお願いします」

 去っていく少年を目で追うアズサを見て

「なになに、姫ちゃんあいつの事が気になる~?」

 ハルカがからかうと、アズサは動じず「はい」っと頷く。

「どういう方なのですか?」

「あいつはレキアって言って。所謂・・・不良ってやつ」

「不良?悪い方なのですか」

「え?あーいや、悪者って訳じゃなくって」

「彼はいつもそのお札を買われているのですか?」

「そ、いつも後払いだけどね。うふふ」

「どういった目的で使われているのでしょう」

「さあ。どうせくだらない事でしょ」

「あなたはそれで良いのですか?」

「どういう意味?」

「自分の固有能力を悪用されているかもしれないのに、あなたは平気なのですか」

「悪用ってレキアはそんな事する奴じゃないし」

「彼だけの事を言っているのではありません。商品として取引している以上、不特定多数の方の手に渡っているのでしょう。その方々全員が悪用しないと断言できますか?責任を取ることができますか?」

「な、なんなのさ!さっきから言いたい放題言って。あなた何様よ」

「姫様は姫様だが?」

 タカラに凄まれ、うぐッとたじろぐ。

「とにかく!あたしが誰に何を売ろうが勝手でしょ!その後の事なんて知らないわよ」

 ハルカが席を立とうとした時、店内の照明が落ちる。

「何、停電?」

 店内が騒めくがほどなく灯りが戻る。腰を浮かせたハルカはばつが悪そうに座り直すとため息をつく。

「その、なんかごめん」

「いえ、こちらも言い過ぎました」

 ハルカとアズサはお互いに頭を下げる。プッとハルカが吹きだす。

「アハハ、姫ちゃんってなんかイメージと違うね」

「そうでしょうか」

「そうよ。もっとポヤヤーンってしてると思ってたのに」

「私、そんな風に見えます?」

 ラフィートとタカラは頷くべきか迷っている。そんな二人を見てアズサはぷくっと頬を膨らませる。実際、誰とも目を合わせず明後日の方へ目を泳がせている事が多いアズサを、事情を知らない一般庶民らに『ポヤヤン姫ちゃま』と親しみを持って呼ばれていたりする。

「・・・このインスタントパワーはね、誰でも使えるって事が大事だと思ってるんだ」

 ハルカはバッグから札を一枚取り出すと目を細める。

「あたしはこの力をみんなの為に使いたい。それは特定の誰かではなくて今助けが必要な人達に平等に、ね」

「ハルカさん・・・すみません。やっぱり私が言い過ぎました。ハルカさんはとても優しい方なのですね」

「ま、まあだから平等にお金を貰うんだけどね」

 ハルカは照れくさそうに頬をかく。

「にしちゃあ値段が高えよ」

「はん、あたしはそんな安くないのよ」

 と、ラフィートとハルカのやり取りに、フフフと笑うアズサ。

「じゃあこれ姫ちゃんにあげる。特別にタダでね」

 と、ハルカは持っていた札を手渡す。

「そんな、いただけません。今みんなの為にっておっしゃたばかりなのに」

「いいの。これはあたしが姫ちゃんにあげたいって思ったんだから。それに姫ちゃんなら悪用なんてしないでしょ」

 ウィンクするハルカに、「あ・・・」と言葉に詰まる。

「・・・はい。ありがとうございます」

 アズサが札を受け取るとハルカは席を立ち、じゃあねっと立ち去って行った。

 ハルカの背を見送ってアズサはため息をつく。

「私は、先入観だけでヒドイ事を言ってしまいました」

「姫?」

 ラフィートがアズサを見つめる。

「ケインさんに注意されたばかりだというのに、本当私はポヤヤーンですね」

 目にうっすらと涙を浮かべ自虐的に笑う。

 何か気の利いたセリフをかけようと思うも何の言葉も浮かばない。オロオロと狼狽えるラフィートをしり目にタカラはアズサに声をかけるとそっと肩を抱きそのまま店を出ていった。

 一人残されたラフィートも席を立とうとした時、ニコニコと微笑むウェイトレスに肩を掴まれる。

「お会計お願いします」

「え、俺が払うの?」

 レシートを見るとちゃっかりハルカの分も含まれていた。




 ユノハナの町の北側、林の中の貸倉庫に少年達が集まっていた。

彼らは三年前からユノハナレジスタンスと名乗り、町で様々なイタズラを繰り返している所謂不良グループである。

「おう、全員いるか?」

 リーダー格の少年、レキアがメンバー達を集める。

 副リーダーのベッツ。

 参謀役のボックス。

 ○○ッス、が口癖のアッタ。

 バイト戦士のソウタ。の五人だ。

「1・2・3・4。リーダー、1人いませーん」

「なんでお前はいつも自分を数に入れないんだ」

「あれ、あはは。わっすれてた」

 もはやわざとなのか本気なのかわからないアッタのボケに呆れつつレキアは話を続ける。

「いつもレジスタンス活動ご苦労。早速だが今月の成果を報告してくれ」

 はい!と無駄に元気よく手を上げるソウタ。

「じゃあベッツお前からな」

「そりゃないぜリーダー!」

 抗議の声を上げるソウタに構わず、眠そうにしているベッツに振る。

「え、俺?俺は・・・寝てた」

 ズコーッと大げさにリアクションを取るソウタに、やかましいっとボックスがチョップを食らわせる。

 いつもと変わらないメンバー達のやりとりに苦笑するレキアだったが緩みかけた顔を引き締め直す。

「いいかお前達、今回は特別ミッションを決行する」

「特別?どんなんスか?」 

 特別ミッションと聞いて全員が興味を示す。

「アズサ姫を知っているか。聖王国の王女だ」

「もちろん知ってるっス。めちゃくちゃ可愛いっていう話ッス」

「そのアズサ姫が今この町に来ている」

「マ、マジッスか?ヤバいッサイン貰わなきゃ」

「バカッそうじゃないだろ。写メ取らせて貰わないと」

 盛り上がるメンバー達を黙らせて話を続ける。

「これは俺達ユノハナレジスタンスの名を上げるチャンスだ」

「リーダー?何を始める気ですか」

「『特別ミッション・アズサ姫誘拐』を決行する!」

 な・・・絶句するメンバー達だったが意外にもベッツが興味を示す。

「レキア、何か考えがあるのか?お前が思い付きでものを言う筈はないが」

「もちろんだ。上手くいけばムラサトの奴らに一泡吹かせられる」

「でも下手したら俺達お終いですよ。捕まったら死刑になるかも」

「し、死刑はイヤだなぁ」

 ソウタが不安げな顔でレキアを見る。

「大丈夫だ。別に危害を加えようって訳じゃない。もちろん身代金を取るつもりもない。少しの間俺達に付き合ってもらうだけだ」

「だがどうやる?当然護衛が付いているんだろう」

「フッそれが今は2・3人だけだ。俺達でもなんとかなる」

 レキアは10枚の札を取り出す。

「あ、それハルカ姐さんの」

「そう、インスタントパワーだ。これを使えば問題ない」

「また姐さんにツケてもらったんスか?」

「払えるのか?だいぶ溜まってるんだろ」

「姉ちゃん怒らせると怖いよ~」

「俺もう立て替えないから」

 レキアは顔を引きつらせつつもメンバーに2枚づつ札を渡す。

「作戦決行は明日!準備を怠るなよ」

「明日!?」

「はえーよ」

「あ、バイト入ってるから無理」

「眠い」

 口々に文句を垂れるメンバー達。

「お前ら・・・いい加減に、しろぉぉ!!」

「うわっリーダーが切れた」

 倉庫の外からワンワンッと野犬の声が聞こえる。

「なんでリーダーが切れるといつも犬どもも吠えるんだ?」

「リーダー落ち着いて」

「レキア、うるさい」

「吠えてんのは俺じゃねぇ」

 っと突然倉庫の明かりが消える。

「っまたか」

「停電っスか。最近多いっスね」

 野良犬達がさらに吠え始める。その先をウゾゾッと黒い影が横切っていく。

 だがその影にまだ誰も気付いていなかった。






 次の日。

「いた!あそこ」

 ソウタが指差す先にアズサの姿がある。

「はぁぁ、可愛いっスね。けど何してるんスかね、あの人達」

 先を歩くアズサと大男、その後ろを逆立ちでよろめきながらついて行く少年、少し離れて鎧の男。道行く人が好奇の目を向けている。

「なんだか知らないが姫から目を離すなよ。ミッションスタートだ」

 レキア達はアズサ達の後をつける。傍から見れば何とも怪しい一団になってしまった。

「あの子達」

 その様子を目撃したハルカがため息をつく。

「なにやってんだか。ま、あたしにゃ関係ないけど」

 そう言って通り過ぎていった。

「んー、特に変わった所はないですね」

 最近頻繁に起こる停電に違和感を感じて町を調査し始めたがここまで異常は無かった。

「いや、思いっきり異常があるんですけど」

「え、どこです?」

 キョロキョロと首を振るアズサに、「ここっここ」っとラフィートが声をかける。

 アズサはラフィートを振り返ってもキョトンとしている。

「ああもう、俺はいつまで逆立ちしてりゃいいんだよ!」

 まるで気にも留めていなかったというように両手を胸の前で合わせるとタカラを呼ぶ。

「良いのです姫様。これもトレーニングなのです」

「そうなの?」とアズサは首を傾げるも、「頑張ってくださいね」っと声をかけて身を翻す。

「小僧、姫様に情けを乞うとは情けない」

 ペチペチとラフィートの頭を叩きながらアズサに聞こえないように小声で見下す。

「賭けを持ちかけたのは貴様だぞ。言ったはずだ、私が勝ったらどうなるかっとな」

 ぐぬぬと歯ぎしりするラフィートをあざ笑う。

 その様子を見ていたレキアがソウタに合図を送る。

「姫が離れた、チャンスだ。上手くやれよ」

「任せて下さい、いくぞボックス」

 二人がそっとアズサに近づく。

「お嬢さん、ちょっと良いですか?」

 ソウタがアズサに声をかける。

「はい、なんでしょう」

「え、えと。温柳亭という宿を探しているのですが知りませんか?」

「は?何言ってんのお前」

 しぃーッとボックスを黙らせると、あははっと愛想笑いをする。

「ごめんなさい。私もこの町に来たばかりなので分かりません」

「あ、あぁそうですよね」

「姫様、どうかされましたか?」

「タカラ丁度よかった。実は・・・」

 ヤバいッ二人は顔を見合わせる。

「ああ、思い出した。あっちだよあっち。ほら行くぞ」

 ボックスはソウタを腕を掴むと逃げる様にその場を離れる。




「失敗しました」

 レキア達の所に戻ったソウタ達をアッタが爆笑で出迎える。

「バカかッ観光客に道を聞いてどうする」

 怒鳴るレキアに、すいませんっと頭を下げる。

「レキア、チャンスはまた来る。後を追うぞ」

「分かっている。いくぞお前達」

 おーっと腕を上げるアッタにソウタ達もそれにならう。

 アズサ達は駅近くの交差点で信号待ちしていた。

「なぁもういいだろ、逆立ちしんどいんだけど」

「フンッ貴様がのろのろしているせいで先に進まんではないか」

「俺のせい?それ俺のせい?」

「二人とも、信号変わりましたよ」

 アズサは言い争うラフィート達に構わず横断歩道を渡る。っと信号機の光が消える。

「えっ停電?」

 見上げるアズサにトラックが蛇行しながら突っ込んでくる。

「危ない!姫ーッ」

 突然の事に動けないアズサ。ラフィート達が飛び出そうとした時、二人よりも早く人影がアズサへ飛び込んだ。

 トラックは歩道に乗り上げると土産物屋に突っ込んで止まった。

「大丈夫か?」

 歩道脇でアズサを抱きかかえたレキアが声をかける。

「は、はい。ありがとうございます」

 震える声で礼を言うとレキアの顔を見る。

「あなたは確か・・・レキアさん?」

「ん?俺を知っているのか」

「はい、ハルカさんからお聞きしています」

(ああ、あいつか。しかしこんな事でインスタントパワーを使っちまうなんて)

 そう思ったものの、腕の中で震えるアズサにケガがなくてよかったと安堵する自分に笑えてしまう。

「あ、あの・・・」

 顔を赤らめたアズサが目を泳がしている。

「うん?」

「あの、手が・・・」

「手?手がどうかしたか」、と聞こうとして自分の手がアズサの胸に触れている事に気付く。

「うおうわった」

 奇妙な声を上げ慌ててアズサから手を放す。

「わ、わざとじゃないから。ほんと、偶然。感触がなさすぎて気付かなかったんだ。ご、ごめんッ」

 必死に言い訳するがアズサは羞恥にみるみる顔を赤らめ、胸に手を当てて俯いている。

「姫ーッ」

 ラフィート達が駆けつけてくる。


――ヤバいッ


「じゃ、じゃあこれで」

 そう言ってレキアは慌ててその場を立ち去る。入れ替わりにラフィートが駆けつける。

「姫ッ大丈夫ですか」

 アズサは気持ちを切り換え、タカラに手を取って立たせてもらう。

「はい、私は大丈夫」

 ですが、とトラックに目を向ける。

「気を失っているようですが命に別状はなさそうです」

 タカラがトラックから運転手を助け出すと応急処置を施す。

「それにしても今のは一体なんだったのでしょうか」

 信号機は何事も無かった様に点灯している。




「リーダーお疲れっス」

「すごかった!決死の救出劇」

「あぁまあな」

 レキアはどこか上の空で相づちを打つ。

「姫、小さかったな」

 手にはまだアズサの温もりが残っている。

「小さい?胸の話ッスか」

「そうそう、こう手のひらに収まる感じで・・・って何で知ってる!?」

「全部見てた」

「リーダー。あれじゃあただのチカンっスよ」

「誰がチカンだ!違うっ胸の事じゃない。身体の事だ」

 ニヤニヤしながらからかうアッタ達を押しのけながらアズサの事を思い出す。

「姫は小さくて、すごく軽かったんだ。女の子って皆あんななのか?」

「知らねーよ、んな事」

「姐さんに言いつけてやろう」

「ば、バカッそんな事したら殺されるっ」

 冷や汗を流して焦るレキアだったが咳払いをして話を戻す。

「と、とにかくだ。作戦を続行するぞ」

「って言うか、さっきのがチャンスだったんじゃ?」

「あのまま攫って来ればよかったのに」

「リーダー意外にヘタレだから」

「女の子のおっぱいひとつで動揺するとはな」

「お前ら・・・」

 昼下がりのユノハナの町に野良猫の鳴き声が響くのだった。






 宿に戻ったアズサ達は別行動していたB班、C班と合流する。

「先ほどのトラックの運転手に話を聞いたところ、停電で信号が消えたのと同時に車の制御が利かなくなったとの事です。又、周辺の各種魔導器が使用不能になっていたとも聞いています」

 アズサ達の前でタカラが昼に起きた事故についての調査結果を読み上げる。

「さらにB班、C班からも同様の事故が報告されています」

「それはユノハナの町全体で起きていた、という事でしょうか」

 それについてですが、と町の見取り図を広げる。

「姫様が事故に遭われたのがここ、駅前の交差点」

 町のほぼ中央にある駅を指差す。

「B班の報告ではここ、南東の住宅地。そしてC班の報告では、北の温柳亭付近、さらに」

 事故のあった場所に印をつけていく。

「町の西側はどうだったのです?」

「西側では停電は起きていたものの、車及び魔導器の暴走は無かったようです」

「事故の起きた場所と起きなかった場所、何か関係があるのでしょうか」

 地図上の印が打たれた場所を見比べていたアズサは思いついたままに印同士を線でつないでみる。

「!?姫様、これは」

 何かに気付いたタカラがアズサの引いた線を書き足していくと曲線になっていく。

「あ、これは」

 タカラが言おうとしている事にアズサも気付く。

「これは、円ですか」

 地図上に描かれた円はユノハナの町を東半分ほど飲み込んでいた。

 アズサは、ポンッと手を合わせる。

「なるほど。この円の中で魔導器の暴走があったとしたら円の外側である西部で事故が起きなかった説明が付きますね」

「え?どういう事」

 話が見えないラフィートが尋ねる。

「つまりこの円の中に今回の停電騒動の原因がある、という事だ」

「ラフィートさんはなぜ停電が起きるのか分かりますか?」

「そりゃあ、電気が止まるから、かな」

「では電気がどうやって作られているか分かりますか?」

「えぇと、発電所で?」

「発電所で作られているのは間違いではありませんが、今回は置いておきましょう」

「一般的に魔導器に魔力を通す事で電力に変換している」

 タカラが補足を入れる。

「つまり停電は魔導器に通される魔力が不足している為に起きている」

「今や魔導器はありとあらゆる物に応用されています。それらを使う為には魔力が必要不可欠なのです」

「停電と同じタイミングで制御不能になった車や各種魔導器、これはつまり」

 アズサは地図に描かれた円を指差し、断言する。

「この円の中で一時的に魔力が消失した、という事です」

「魔力が消失ってそんな事あるの?」

 ラフィートの疑問にアズサは少し考えて答える。

「通常ではありえません。が、私達は知っているはずです。そのような事を引き起こせる存在を」

「まさか、悪鬼!?」

 全員の顔つきが変わる。

「この騒動の陰に悪鬼が関わっているのなら見過ごすわけにはいきません」

 アズサの言葉にラフィート達も強く頷く。

「タカラ、あなたに戦いの指揮を任せていいですか」

「はっお任せ下さい」

 タカラは立ち上がると右腕を胸の高さまで上げ敬礼をする。

「悪鬼はおそらくこの円の中心に居る。B班は西から、C班は東から回り込む。ラフィートは私と共に南から北上し、三方から奴を挟撃する」

 地図を指差しながら素早く作戦指示をするとA班の兵士にはアズサの護衛を任せる。

「姫様は危険ですのでここで待っていて下さい」

「いいえ、私も共に行きます」

「ダメです」

 アズサの意見をビシャッと却下する。

「姫様は待っていて下さい」

 念を押されてアズサは不満そうな顔をするも、はぁいっと返事をする。

「各班、準備を怠るな。特にラフィート、お前はすぐに武器を壊すから多めに持っていけ」

「好きで壊してるワケじゃないんだけど、ホントなんですぐ壊れるんだろう」

「ラフィートさんの勇者能力に武器が耐えられないからですよ」

「勇者能力に?」

「はい。ラフィートさんの力は空間を超えるもの。本来ならありえない負荷をかけてしまっているんです」

「まったく、ナイフとはいえタダではないのだがな」

「姫、なんとかならない?」

「ばかものっ姫に頼ってどうする。自分で考えんか」

「へぇ~い」

 だが素手で悪鬼と戦う訳にもいかない。早急に対策しなければならない案件なのだ。

「では姫様、これより出発いたします」

 整列する兵士達にアズサが声をかける。

「みなさん気を付けて下さいね。無事に戻ってきてくれるのを待っています」

 全員が、はいっと答える。

「タカラ、ラフィートさんをサポートしてあげてね」

「お任せ下さい。この未熟者をきっちりアシストしてみせます」

 未熟者扱いは悔しいが反論できない。ふてくされていると、アズサが側に来て笑いかける。

「ラフィートさん。悪鬼との戦いはまだ分からない事が多いと思います。決して無理をせず、タカラと力を合わせて下さいね」

「姫・・・はい。俺は俺に出来る事を全力でやります」

 アズサと見つめあっているとタカラが割り込んできてラフィートの頭をわしわしと弄る。

「当然だ。悪鬼は勇者でなければ対処出来ん。未熟だろうが半人前だろうが前線に出てもらう」

「ちぇっ未熟未熟言うなって」

 アズサに見送られ三班はそれぞれの行動に出る。

 そんな彼らを物陰から見張っていたアッタはレキアに通信する。

「リーダーこちらアッタ。チャンスっスよ、兵士達がみんなどこかに出て行きました」

《本当か、姫はどうしている?》

「姫さまは宿に残るみたいです。護衛の兵士は一人だけッス」

《そうか。分かった、俺達もすぐに行く。お前はそのまま見張っていろ》

「了解っス」

 通信を切る。

 宿にはアズサが一人だけ。正に千載一遇のチャンスだ。今なら自分だけでも何とか出来るかも知れない。

(いやいや、何を考えてるっス。いくら一人っといっても兵士に敵うはずがないじゃないか)

 アッタは首を振りバカげた考えを振り払う。

 だが、ポケットに突っ込んだ手が中のインスタントパワーの札に触る。

(そうだ。これさえあれば・・・いやいやっいやいや、無理だって。絶対無理)


――本当に?


 ドクンッと鼓動が高鳴る。

(無理・・・じゃないかも)

 アッタはアズサのいる部屋を凝視する。

 ドス黒い感情が心に渦巻く。

 レキア達が来るのを待っていたら他の兵士が戻ってくるかもしれない。

 あの兵士さえ倒してしまえば部屋にはアズサだけ・・・

 ゴクっと喉を鳴らす。

(今なら、あの娘を自分のものに出来る。自分だけのものに)

 相手は非力な少女だ。抵抗など出来るはずもない。

 アッタの耳元で何かが囁く。

 

――犯せ。お前のものだ。

 

(い、いやでも、もし大声とか出されたら・・・)

 

――殺せ。お前のものだ。

 

 湧き出る欲望が心を真っ黒に染めていく。

「そうだ、リーダーばっかりずるいッス。俺だって姫さまに触ってみたい。俺のものに・・・したい。俺の、ものっス。俺、おれの・・・オレノ、モノニ・・・す」

 アッタの背後で黒いフードの男が、ニタリっとほくそ笑む。




 ラフィート達を見送った後、部屋に戻ったアズサはケインの言葉を思い出して吐息を漏らす。

 だめよ固定概念に縛られちゃ

 月の民かれらから使命を告げられた時、アズサはすぐに勇者伝説を思い浮かべた。子供の頃から何度も読み聞かされてきた物語。

 だが勇者伝説は月の民による虚構だった。

「私はなんて軽率な事をしてしまったのかしら」

 もっとよく考えるべきだった。月の民は一度だって勇者伝説が真実だとは言わなかった。アズサが勝手に信じていただけだ。

 それなのに意地になって誰の意見も聞かず、神眼で押し通した。それが人類の天敵、悪鬼の復活という最悪の事態を招いた。

 悪鬼が力を取り戻し本格的に動き出す前に、出来る限り多くの悪鬼を倒しておきたい。だがその為にも勇者が必要なのだ。

 とはいえラフィート1人ではどこか頼りない。やはり残りの勇者を探す事を優先すべきなのだろう。

「フフッフフフ」

 何故だろう、ラフィートの事を考えると自然と笑みがこぼれる。

 出会ってからまだ数日しか経っていないが彼と一緒に過ごすのは楽しい。こんな風に感じた事は今までに無かった。

 アズサはいつも一人だった。誰もが皆アズサの眼を知ると恐れ避けるようになる。それなのにラフィートは気にしないっと言ってくれた。

 ラフィートは勇者としては未熟でまだどこか頼りない。届かない物に手を伸ばしても届かず、諦めようとしながら諦めきれないでいる。そんな彼だからアズサは放っておけない。

「時々暴走したりもしますけど」

(ラフィートさんに出会えて良かった。それだけでも聖王都を出た意味はあった。彼とならきっと・・・)

 ドカッ

 突然何かを殴りつける音に思考を遮られる。

 ドンッと乱暴にドアが開かれると入口に息を荒げる少年、アッタが立っていた。

「誰・・・ですか?」

 その異様な気配に後ずさるアズサ。

「この感じ、ハルカさんのインスタントパワー?」

(ううん、それだけじゃない。もっと暗い・・・)

 例えるならそれは邪気、邪心のようなもの。

「ヘヘッヒメ、ヒメェ」

 まるで理性を感じない様子のアッタは涎を垂らしながらじりじりと詰め寄ってくる。

「オレノモノオレノモノ」

 血走らせた目を見開き、アズサに飛びかかる。

 悲鳴を上げる間もなく押し倒される。

 アッタはアズサにまたがるとアズサのブラウスに手をかけボタンを外していく。

「や、やめて」

 必死に抵抗しようとするが逆に手を押さえつけられてしまう。

 入口に居るはずの兵士に助けを求めるが、ドアの隙間からは倒れている兵士の姿が見えるだけだった。

「フヒヒッ」

 アッタは舌なめずりをするとアズサの胸に手を這わせる。その指先がアズサの胸部にある“傷痕”に触れる。

「いやあッ誰か・・・」

 必死に身をよじりもがくアズサの目に人影が飛び込んでくる。

「このぉケダモノがぁぁ!!」

 ハルカの飛び蹴りでアッタの体が吹き飛ばされる。

 目を回しひっくり返っているアッタからインスタントパワーの札をむしり取るとそれを破り捨てる。

「ハルカ、さん?」

 アズサははだけた胸元を押さえ体を起こす。

「姫ちゃんッ」

 ハルカはアズサを抱きしめると、「ごめんね ごめんね」っと嗚咽を漏らす。

「姫ちゃんの言うとおりだ。あたしがインスタントパワーをばら撒いたせいでこんな、事に」

「・・・ハルカさんのせいなんかじゃないです」

「でもッあたしは」

 ハルカは抱きしめる腕に力を込める。

「ハルカさん、苦しいです」

 あ、ごめんっと腕を離すとアズサの乱れた髪を整えてあげる。

「いこ、逃げなきゃ」

 ハルカはアズサの手を取って立たせる。

「待ってハルカさん」

 倒れているアッタを気にかけるがハルカは、「バカは放っとけばいいの」っと外へ促す。

 アズサ達が部屋を出ようとした時、「チッ」と誰かの舌打ちが聞こえた気がして振り返るが、そこには誰も居なかった。




 宿を出て100メートルもしない距離でアズサが音を上げる。

「もう・・・走れません」

「ちょっと姫ちゃん、体力なさすぎ」

「あぅ、すみません」

 と、しゃがみこむアズサ達を少年達が取り囲む。

「どういうつもりよあんた達」

 ハルカに睨まれて怯む少年達だったがその中で一人レキアが前に出る。

「また俺達を裏切るのかハルカ」 

「ッ!ふ、ふん、裏切るも何もあたしはあんた達の仲間になった覚えはないんだけど」

「まあいいさ。俺達の狙いはアズサ姫、あなただ」

「あなた達は?」

「俺達はユノハナレジスタンス、この町を取り戻す者だ。それよりも姫、俺達と一緒に来てくれないか、おとなしくしててくれれば危害は加えない。」

「その言葉を信じるとでも?」

 レキアは、フッと笑うとアズサの目を見つめる。

「信じなくてもいいさ」

「!?姫ちゃん、そいつの目を見ちゃダメッ」

 ガクッと崩れ落ちるアズサをレキアが受け止める。

「レキア!姫ちゃんに何した!!」

「別に、少し眠ってもらっただけだ。心配するな、乱暴な幻覚ものは見せていない」

「・・・ならいいけど」

 レキアはアズサを抱き上げると踵を返す。

「丁度いい、ハルカお前も一緒に来い」

 アズサを連れていかれた以上従う他無かった。

 ふぅっとため息をつき空を見上げる。既に日は落ち、白き月が輝いていた。






  ランプの幽かな灯りを頼りに暗い森の中を進むラフィートとタカラ。

「なあタカラのおっさん。なんでランプなんだ?魔法のやつ無かったのかよ」

「アホ、魔力を消す悪鬼がいるのに魔法の光なんぞ意味がないだろう」

 暗い森は不気味だが別に怖いというわけではない。

「なんでタカラのおっさんなんだよ。どうせなら姫と二人で・・・」


 

 ガサッ

 暗がりから物音がした。

「きゃっ」っと姫は悲鳴を上げると俺に抱きついてくる。

「あはは、姫は怖がりだなぁ」

「だってぇ」っと上目遣いに俺を見る。

「大丈夫、俺が付いています」

「ラフィートさん・・・」姫は顔を真っ赤にして瞳を潤ませる。

「好き♡」

「いや~そんなはっきり言われると、あはは」



 ゴチンッ


 ラフィートは思いっきり木に激突する。タカラは呆れた顔で「アホが」と呟く。

「いってて、それよりさ何か作戦って考えてんの?」

 鼻を押さえながらタカラに尋ねる。

「ふむ。そうだな、いつものように魔導器を使う訳にはいかんからな。やはり接近戦になるだろうな」

「接近戦か、まあ勇者能力もあるし何とかなるか」

 



 出発前、アズサはラフィート達にある助言をしていた。

「今回の戦いは固有能力が要になると思います」

「固有能力が?」

「はい。魔力を消すことができる悪鬼と戦うには固有能力に頼ることになるでしょう」

「でも固有能力も使えないんじゃないの?」

「いえ、前にも言いましたが魔法と固有能力は似て非なるものです。悪鬼が魔力を消せるとしても固有能力を使うための心の力までは消す事はできないようです」

 昼に起きた交通事故の時、アズサを助けたレキアはハルカの固有能力インスタントパワーを使っていた。

「もし悪鬼が固有能力も消す事ができるとしたらインスタントパワーも発動しなかったはずです」

「なるほど。でも勇者能力は大丈夫なの?」

「はい。ケインさんは勇者能力とは勇者の固有能力だと言いました。見た所勇者能力の源は勇者のオーブの様ですし、おそらく大丈夫でしょう」




「・・・フフッ見ていて下さいアズサ様。この勇者ラフィート、必ずや姫の期待に応えて見せましょう」

「小僧、あまり勇者能力を過信するなよ」

 タカラはにやけているラフィートに釘を刺す。

「え、どういう事だよ。この力があれば最強じゃんか」

 はぁっとため息を吐き首を振る。

「だから自惚れるな、と言っているのだ。いかに超能力を持っていたとしてもお前には足りないものがある」

「なんだよ、俺に足りないモノって」

「数え上げればキリがないが、そうだなお前には圧倒的に経験が足りない」

「経験?なんだよそれ」

「状況に合わせて臨機応変に対応する感覚、お前はただ闇雲に突っ込んでいるだけだ。それでは戦闘で役に立たん」

「そんなこと言われたって俺は戦闘訓練なんか受けてないし」

「だから私が稽古をつけてやると言っているのだ。それなのにサボる事ばかり考えおって」

 さすがにこれは反論できない。

「あ、明日から本気出すから」

 たわけっと頭を叩かれた。

 っとその時、ヴヴっとタカラのケータイが震える。

「私だ。どうした?」

《こちらB班。目標地点に到着しました》

「悪鬼は見つかったか?」

《いえ、周囲に悪鬼の姿はありません》

「悪鬼居ないのか?」

 ラフィートの質問にコクッと頷く。

「ふむ、やはり移動しているか。B班はその場で待機していろ」

《了解。B班待機します》

 タカラは通信を切るとC班につなぐ。

「C班、聞こえるか?」

《・・・こちらC班。どうぞ》

「C班は迂回して索敵範囲を北に広げろ」

《C班了解。北に迂回します》

 ラフィートにランプを持たせ、タカラは地図に書き込みを入れる。

「俺達はどうするんだ?」

「私達は予定通り目標地点に向かう。そこでB班と合流しC班を追う」

 ラフィートは頭を掻きながらため息を吐く。

「めんどくさいな。やっぱり姫にも来てもらった方が良かったんじゃね」

「・・・そうだな。姫様のお力をお借りすれば悪鬼を見つける事など容易だろうな」

 だったら、と言うラフィートをギロッと睨む。

「だが姫様の身を危険に晒す訳にはいかん」

「危険って、俺が守るからいいじゃん」

「・・・」

「あ、いや俺達で、ね」

 タカラの沈黙に焦って言い直す。

「これはまだ確証がある訳ではないが、悪鬼は姫様を優先して狙う性質があるようなのだ」

「姫を狙うってどういう事だよ」

「マの国で襲ってきた悪鬼はタリアシティまで追って来た。偶然かとも思ったが、奴は私を前にしながら突如姫様を襲った。もし奴らが姫様を狙っているのなら姫様を戦さ場にお連れする訳にはいかない」

 せめてもう一人勇者が見つかれば対応もできるのだが、とラフィートを見る。

 ラフィートはファイティングポーズをとってみせるがどこか頼りない。

 周囲を警戒しながら進むと前方に仄かな灯りが見える。

「隊長、こっちです」

 タカラ達に気付いたB班の兵士達が手招きする。

「状況は?」

「異常ありません」

 ここまでの情報交換をしているとタカラのケータイが震える。

《隊長っ悪鬼を発見しました》

 C班から叫ぶように通信が入る。

「!? 今どこにいるッ」

《現・・・は、あ・・鬼は・・擬た・・》

「どうしたッ聞こえないぞ」

《・・・》

 応答はない。ケータイの電源が切れていた。

「これは、悪鬼が能力を使ったか」

 森がざわつく。微かに振動が伝わってくる。

「タカラのおっさん、急ごう!」


 


「このあたりか?」

 C班がいるはずの場所に着いたが誰もいない。

「おーい、誰かいないのかー」

 呼びかけるラフィートをタカラが止める。

「油断するな。近くに悪鬼がいるかも知れないんだぞ」

 あ、そうか。

「おーい、だれかー」

「小声で言えとは言っとらん」

 叩かれた。

「隊長たちの漫才も息が合ってきましたね」

「誰が漫才だ」

 タカラとラフィートが声をハモらせる。

「隊長ー、隊長-ッ」

 茂みから声がする。声のする方を振り向くとC班の兵士達が手を振っている。

「お前達、何をやっとる」

兵士たちは身振り手振りで何かを伝えようとしているがタカラには全く伝わっていない。

「隊長ーッ、後ろ後ろッ」

「後ろ?さっきから何を・・・」

 ドズンッ

 タカラの後ろで何かが落ちた音がした。

 恐る恐る振り返り、ランプをむけるが特に変わった処は無かった。

「なんだ?何もないではないか」

 ん?っと暗闇に目を凝らすと木の傍の黒い茂みが、カサカサと揺れている。

 茂みをのぞき込もうとすると兵士達が声を上げる。

「隊長ーッそいつが悪鬼です!」

 タカラの目の前に、ギョロッとした目が開かれる。

「なっにぃ!」

 茂みの中から伸びてきた爪を紙一重で回避する。

 即座に態勢を立て直すと剣を抜き一閃する。

 ゴロゴロと転がり出たソレがタカラ達の前に姿を現す。

「こいつが悪鬼?」

 ラフィートもナイフを抜き戦闘態勢をとる。

「悪鬼は木に擬態していました。我々が近づくのを待って奇襲してきたんです」

 目の前にいる悪鬼、人間と同じくらいの大きさで全身毛むくじゃらの球状の体。グニグニと体を揺らしている。

 B班、C班が左右に展開し、ラフィートはタカラの横に並ぶ。

 タカラは魔導器が起動できないのを確認し、剣を構える。

「魔法は使えない!全員気を抜くなよ」

 兵士達は槍を構え左右から同時に仕掛ける。

「小僧ッ」

 タカラの合図に合わせ勇者能力を発動させる。

「いくぜっディメンション・エッジ!!」

 ラフィートがナイフを振ると同時に悪鬼が黒い霧を吹きだす。

「ちょっと待て、何だそのディメン何とかとは」

「何って必殺技だよ。格好いいだろ?次元刃って書いてディメンション・エッジ」

 タカラは何とも言えない憐みの目をラフィートに向ける。

「な、なんだよっそんな目でこっち見んな」

 グウォォォ!!

 悪鬼が吠える。

 ラフィートも素早く身構えるが、先ほどの一撃でナイフに亀裂が入ったのを見てスペアのナイフに持ち替える。

 悪鬼はグニグニと体を揺らすと両脇から腕を生やし伸ばしてきた。

 兵士達がそれをかわそうと下がったが悪鬼は2本の腕を鞭のようにしならせて振り回す。

 何人かがかわし切れず打ちつけられる。

「いっけぇ!」

 ラフィートが再び次元刃を放つが悪鬼は巧みに体を変形させて避ける。

「!?避けられたッ」

「バカモノ、闇雲に撃つな!」

 壊れたナイフを捨て3本目に持ち替える。その隙をついて悪鬼は腕を伸ばしたままコマのように回転してラフィートに向かってくる。

「おわっこっちに来る!」

 チィっとタカラが盾を構えラフィートを庇う。

 タカラは悪鬼を受け止めると強引に抑えつける。すかさず兵士達が追撃する。

 だが、悪鬼は飛び上がり逆に集まった兵士達に落下攻撃を仕掛ける。

 衝撃で兵士達が吹き飛ばされる。

「つ、強いッ」

 タリアシティで戦った悪鬼とは違うトリッキーな動きに振り回されてしまっている。

 さらにラフィートの次元刃がことごとくかわされている。

「くそ、当たらねぇ」

 やはりラフィートの経験不足が仇になってしまった。焦るあまりに攻撃が単調になり、悪鬼に見切られてしまう。

 タカラが剣による連撃を繰り出すがグニグニと体を揺らしかわす。

 残るナイフは2本、もう外す事も無駄撃ちする事も出来ない。確実に急所に当てなければ勝てない。

(勇者でなければダメージを与えられない。だがラフィートが次元刃を使えば武器を失う。当てたとしても軽すぎて致命傷にならない。だからといって接近戦は奴にはまだ無理だ)

 何か手はないのか。タカラは必死に思考を巡らせる。

 ボヨンボヨンッと弾む悪鬼に翻弄され右往左往する兵士達。

 うわーっとラフィートが悲鳴を上げる。するすると伸びた悪鬼の手に掴まれて空高く持ち上げられていく。

「まずいッ」

 あの高さから叩き付けられたらタダではすまない。

 兵士達がラフィートを助けようと悪鬼の球体部に槍を突き刺すも全く効果がない。

 間に合わないッ誰もがそう思ったとき、悪鬼が動きを止める。

「うわわっ」

 悪鬼の手から放り出されたラフィートをタカラが身を挺して助ける。

「タカラのおっさん!」

 下敷きになったタカラを心配するが、タカラは何事も無かった様に立ち上がる。

「えっ大丈夫なのか?」

「言っただろう、これが私の固有能力だ」

『ダメージ無効』何とも便利な力である。

「た、隊長ッラフィート君!」

 振り返るとアズサの護衛をしているはずの兵士が駆け寄ってくる。

「お前、こんな所で何をしている。姫様はどうした」

「そそ、それがっゆ、誘拐されました!!」

「は?」

「なんだとッ!!」

 タカラ達の叫びと同時に、ウゾゾッっと悪鬼は2本の足を伸ばしていく。

「うわっキッモ」

 細長い足を生やした悪鬼は5メートルほどの高さになった。

 キョロキョロとあたりを見回すと、グオォォォっと吠え走り出す。

「どこに行く気だ?」

 悪鬼は町の方に向かっている。

 タカラは悪鬼の目的に思い当たる。

「まさか、姫様を!?」

「えっなんで」

 悪鬼の優先行動について思い出す。

「そうかッタカラのおっさん早く追おう!姫が危ない」

「分かっている!総員、悪鬼を追うぞ!急げッ」

 悪鬼を追って走り出す。

「姫、姫ーッ」

 ラフィートの叫びが暗い森に響く。






 ユノハナの町の北の林にある貸倉庫。

 薄暗い小部屋にベッドが置かれていてアズサはそこに寝かされていた。

「ううん・・・」

 もうろうとする意識が徐々に明瞭になっていく。

「姫ちゃん、気が付いた?」

 ハルカに呼びかけられアズサは頭を押さえ体を起こす。

「ハルカさん、えっとここは?」

 ベッドに腰かけたハルカがアズサの頭を撫でる。

「連中の隠れ家。大丈夫?」

「私、どうして・・・」

「姫ちゃんはレキアの固有能力で夢を見させられてたの」

「レキアさんの?」

「そ、相手の目を10秒見続けると幻覚を見せる事ができる。それがあいつの能力」

「幻覚・・・それでウサギさんが」

「うさぎ?」

「あ、いえなんでもありません」

 顔を赤らめるアズサを見てどんな夢を見ていたか大体察する。

「姫ちゃんこっちきて。面白いものがあるから」

「面白いもの?」

 促されるままドアを開ける。そこにはアズサも驚愕の光景が広がっていた。

「アズサ姫様。申し訳ありませんでした」

 土下座する少年達が声を合わせ謝罪する。

「あの、これは?」

「・・・」

 アズサはハルカに説明を求めるがハルカは笑いを堪えるのに必死で答えられない。

「ハルカから聞きました。仲間がとんでもない事を仕出かしてしまったと」

 レキアはそう言うとアッタを前に出す。

「ゴメンナサイゴメンナサイ」と額を床に擦り付け謝り続けるアッタを見てアズサも察する。

「あなたは・・・ケダモノさん?」

「ヒドイッケダモノじゃないっス、アッタっス」

 ブフーっと笑いを堪えきれず吹きだすハルカ。

 聞くとアッタはあの前後の記憶が曖昧なのだと言う。確かに今のアッタにはあの時の様な邪気は無くなっている。

「みなさん頭を上げて下さい。幸いハルカさんのおかげで事なきを得ましたし、みなさんの本意でない事は分かりましたから」

「姫さま・・・」

 ありがとうございます、皆頭を下げる。

「でも、今度同じ事をしたらその時は・・・」

 そ、その時は?

「死刑、ですからね」

 ニッコリと微笑む。

「しッ死刑!?」

「ひぃッやっぱり姫さま怒ってるっス」

「謝れッもう一度謝れって」

「死刑はイヤー」

 取り乱す少年達を見て腹を抱えて笑い転げるハルカ。

「死ぬぅ笑い死ぬップッくくく」

「ハルカ、お前は笑い過ぎだ」

 少年達のやり取りにアズサもつられて笑ってしまう。

 



 アズサをもてなす為に少年達がお茶の準備をしている間、窓から外を眺めていたアズサのもとにレキアがやってきた。

「その、色々すまない、じゃない。すみませんでした」

「フフッ普段通りの話し方で構いませんよ」

「そ、そうか、じゃあ・・・えっと」

「レキアさん、どうして私をさらったのかお聞きしてもいいですか?」

「ん、ああそうだな。巻き込んでしまってすまないと思っているが協力してほしい」

「協力、ですか?」

「この町はムラサトコーポレーションに支配されている。俺達は町を奴らから取り戻したいんだ」



 もともとユノハナの町は小さな温泉宿だった。大人も子供もみんながここの温泉が好きだった。自然と誰もが笑顔でこの町に集まって来る、そんな場所だった。

 人が集まれば当然のようにそれを喰いものにしようとする者も寄ってくる。

 ムラサトコーポレーション。

 ラの国の片田舎で生まれた技術工房が中央都市セントラルであらゆるものを吸収合併して急成長してできた財団だ。

 そのムラサトが次に目を付けたのがユノハナだった。

 もちろん誰もムラサトの奴らを歓迎なんてしなかった。

 町には毎日のようにムラサトからの使者が訪れるようになった。だが当初奴らは決して強硬な手段はとらず、ボランティアと称して町の雑事を手伝い始めた。

 そんな頃だった、ハルカがこの町に来たのは。

 あいつは今以上に男勝りであっという間に近所の悪ガキどもを従えてしまった。

「いいかいお前達、あたし達は今日からユノハナレジスタンスだ」

「ユノハナレジ・・ス?なんだそれ」

「ユノハナレジスタンス。簡単に言うと正義の味方さ」

「おお、正義の味方か」

「カッコいいっス」

「正義の味方って具体的に何したらいいんだ?」

「何だっていいのさ。ゴミ拾いでも草むしりでもなんだってね。でも絶対に人に迷惑をかけちゃいけないよ。正義の味方はいつだって弱い人達を守るもんさ」

 俺達があいつと一緒に町を駆け回っていた時、ムラサトの奴らは着々と根回しをしていった。

 いつも俺達を引っ張り回していたあいつの様子が変わってきたのをもっと早く気付くべきった。あいつは一人でずっと悩んでいた。でも俺達はあいつと一緒に居る事が楽しくて、ずっと続くと思っていたんだ。

 町はあっという間に変わっていった。道が整備され、線路が通り中央都市との行き来が早くなるとムラサトの奴らは本性を現し始めた。

 始まりは俺達がいつも遊んでいた裏山が切り崩された事だった。

 裏山を潰しそこにバカでかい高級ホテルが建てられた。地元住人はもちろんその辺の庶民なんかじゃ一生かかっても利用なんかできない貴族の為の施設。

 そんな施設が次々に建てられていく中、区画整理を理由に昔からあった宿屋や商店街は潰されていった。

 町には見た事も無い貴族や金持ちどもが我が物顔でうろつき、誰も奴らに逆らえなかった。

 ユノハナはもう俺達の町じゃなくなった。

「みんな・・・ごめん」

 あいつはそう言い残して俺達の前から消えた。

 ハルカはムラサトの人間だった。

「俺達は騙されてたんだ」

「何が正義の味方だ」

「裏切者!」

 あいつがいなくなってユノハナレジスタンスは解散した。

 それが四年前、あいつは何事も無かったかのようにこの町に戻ってきた。

 あの頃と変わらず飄飄とした態度で町に住み着いた。

 だが、もう誰もあいつの傍には近づかなかった。

 あいつに逆恨みしていた奴もいたがムラサトの人間であるあいつに手を出す事はなかった。

「お前いつも一人だな。前はあんなに子分を従えていたのによ」

 俺は嫌味も兼ねてあいつをからかってやろうと話しかけた。

「・・・別にどうだっていいじゃん。それに子分なんか作った覚えはないよ」

「なんで戻ってきたんだよ。ここにお前の居場所なんかないだろ」

「・・・」

「寂しくないの?俺だったら耐えられないね、お前図々しいからなんも感じないんだろうけど」

「ッうるさい!寂しいに決まってんじゃん、どっかいっちゃえバカレキア!」

「だったら帰れよ。お嬢様はお嬢様らしく中央都市の豪邸にさ」

「いやだ!!」

 あいつが泣いてるのを見たのは初めてだった。

「あんな奴らの所になんか居たくない!!」

 あいつが実家で何があったのかはわからない。けど家族といるより一人でいる方がいいなんて尋常じゃない。家族のいない俺達には全く理解ができない。

 男勝りでいつも飄飄としていたあいつが泣いているところなんて見たくなかった。

 居場所がないなら俺があいつの居場所を作ってやる。そう思って俺はユノハナレジスタンスを再結成させた。

「ハルカ、俺達の所に来いよ。また一緒にユノハナレジスタンスやろうぜ」

「やだ」

 あいつは笑顔で断りやがった。

「なんでだよ、せっかく俺が助けてやろうって言ってんのに」

「それが嫌なの」

「は?」

「あたしは誰かを助けるのも誰かに助けられるのも嫌なの。平等にお互いを助け合う、がいいの」

「何が違うんだよ」

「要はギブアンドテイクってやつ」

「ギ、ギブ・・・?」

 あいつは、フフッと笑った。

「困ったことがあればいつでも言いな。格安で手伝ってあげる」

「金とるのかよ!」

「あたしを誰だと思ってんのさ。ハルカさんはいつだって正義の味方だよ」

 意味が分からない。

 だけどあいつが笑ってくれているならそれでもいい。

 この町があいつの居場所なら俺が守ってやる。ムラサトの奴らを追い出してハルカが安心して暮らせるように・・・



 そこまで話してアズサがポロポロと涙を零しているのに気付く。

「ちょっ、なんで泣いて」

「だって、グスッ・・・ごめんなさい」

「だから、なんで謝るんだよ」

「あーっリーダーが姫さま泣かせてるー」

「ちがっ、俺じゃない」

「レーキーアー、女の子泣かすとかどういうつもりかな?」

 鬼の形相のハルカにたじろぎ言い訳しようとした時、フッと明かりが消える。

「あーまた停電か」

 もう慣れたもので停電などでは誰も驚かない。ただ一人アズサを除いては。


――悪鬼との戦いが始まった。


「ラフィートさん」

 少年の名を呟くアズサを勘違いしたのかハルカはアズサを抱きしめると「大丈夫、怖くないよ。すぐ明かりもつくからね」っと慰める。

 停電に備えて用意していたランプに明かりを灯し、席を整える。

「姫さま、お茶の用意ができたッス」

 アッタ達に呼ばれ、いこっとハルカに連れられて席に着く。

「このパンケーキ、美味しいです」

「それハルカ姐さんが焼いてくれたッスよ」

「ハルカが料理をするとは意外だな」

「ほほぉ、ベッツ君はおかわり要らないと」

「意外じゃありません。おかわり下さい」

「あ、僕もおかわり!」

 アズサはお茶を啜り一息つくと、レキアに尋ねる。

「それで私は何をお手伝いすればいいのでしょう」

「姫は何もしなくていい」

「どういう事です?」

「俺達の標的はムラサトだけだ。奴らの管理下にあるこの町で聖王家の姫が誘拐されたとなれば奴らの面目丸潰れだろう。だから姫はのんびりしててくれればいい」

「のんびり、ですか」

 ズンッ

 微かに伝わる振動にアズサの表情が変わる。

「・・・あの、今更ですがここはどこなのでしょう?」

「え?ユノハナの町だけど」

「いえ、そうではなくて。このお宅の場所の事です」

「お宅って。ここは町の北の貸倉庫だが」

 レキアが答える。それにアッタが付け足す。

「賃貸料半年ほど滞納してるッスけどね」

 余計な事言うなっとレキアに小突かれる。

「町の北側・・・どうしよう、もしかしたら悪鬼が近くにいるのかも」

 アズサは意を決するとレキア達に背を向け、そっと神眼を開く。

「姫ちゃんどうしたの・・・ッ」

 一瞬、ゾクっとした寒気を感じる。

「何?今の・・・」

 ハルカが振り向くとレキア達も同じ反応をしている。

 アズサの神眼が悪鬼を追う。

 悪鬼と眼が合った瞬間、悪鬼の心が垣間見える。

(えっ私を、探してるの?)

 グオォォォっという悪鬼の咆哮でアズサは我に返る。

 

――悪鬼が来る!?


「みなさん、今すぐにこの場を離れて下さい!」

アズサの剣幕にレキア達は驚き顔を見合わせる。

「いきなり何言ってんだ?今日明日はここでおとなしくしていて欲しいんだが」

「ですから、ここは危険ですので場所を移して下さい」

「いやだから、ここに居てくれって」

 ズズンッ

 キシキシと建物が軋む。

「何、地震?」

「やばいッス、外に出ましょうッス」

 あたふたと外に飛び出る少年達。

「あれ、魔法が使えないぞ」

「ケータイも動かないよ」

 明かりを灯そうとして魔法が使えない事に気付く。

 ざわざわと木々が騒めいている。

 ズンッズンッ

「な、何か近づいてくる?」

「何かってなんだよ」

 バサバサっと鳥が羽ばたく音に体を固くする。

「リ、リーダー!あれッ」

 ソウタが指差した先に赤い目が浮かんでいた。

「ば、ばばッ化け物だぁ!!」

 木々の間から黒い球体が姿を現した。球体から伸びた細長い手足がうねうねと揺れる。

「悪鬼・・・」

 アズサの呟きに反応して悪鬼の赤い目がアズサを捉える。

 グオォォォ

 悪鬼は吠えるとアズサに向かって腕を伸ばす。

「ちぃッ」

 レキアはとっさに近くにあった鉄パイプで悪鬼の腕を叩き落とす。

 悪鬼は、グゴォっと吠えると腕を振ってレキアを吹き飛ばす。

「レキア!」

 レキアは素早く体を転がして叩き潰そうとする悪鬼の腕から逃れる。

「みなさん逃げて下さい。悪鬼の狙いは私です。だから早くッ」

 だが、レキア達ユノハナレジスタンスは誰一人逃げ出そうとはしない。

「みなさん、どうして」

 戸惑うアズサに少年達は笑顔を向ける。

「姫さまにはいっぱい迷惑かけたッス」

「俺達これでもケンカじゃ負け知らずなんだぜ」

「ユノハナレジスタンスは正義の味方だからね」

「相手が化け物でも退く訳にはいかない」

 レキアは悪鬼の正面に立ち、インスタントパワーの札を握りしめる。

「ハルカ、お前は姫を連れて先に行け。その間俺達が奴を引き付ける」

「わかった、無茶するんじゃないよ」

 ハルカはアズサの手を取って離れようとするがアズサはその手を振りほどく。

「待って下さい。レキアさん達をおいて私だけ逃げるなんてできません」

 ハルカはもう一度アズサの手を握るとアズサの目を真っ直ぐに見つめる。

「姫ちゃん、みんなの思いを無駄にしちゃダメ。あたし達は尊い犠牲を乗り越えて輝く未来に生きるのよ」

「ちょっと待て、尊い犠牲って俺達の事か?何勝手に殺してんだよ」

 レキアのツッコミに不服そうな顔をする。

「えー、あたし今すごく良い事言ったのにぃ」

「ちっとも良くねえよ」

「ハルカさん、私は・・・」

 ハルカは目を伏せるアズサの肩を抱き諭す様に囁く。

「いい?姫ちゃんが安全な所まで行けばレキア達もすぐに逃げてくれるから、あいつらを心配してるなら大丈夫なのよ」

 ね、っとウインクする。

「・・・はい」

「よし、じゃいくよ」

 ハルカがアズサを説得したのを見てレキアが号令を出す。

「お前ら、準備はいいか!」

 ベッツがアッタに札を渡しレキアに合図する。

「いくぞっ増強ビルド!」

 レキアに合わせて全員がインスタントパワーを発動させる。

 だが、この時誰もが重大な見落としがある事に気付いていなかった。




「もう・・・走れません」

 アズサは息を切らしその場にへたり込む。

「あぁ、姫ちゃんの体力のなさをすっかり忘れてたっ」

「ちょっ、お前らなにやってんだ」

「姫ちゃんしっかり、ほら立って」

「あぅ、すみません」

「どうしよう。インスタントパワーはあたし自身には使えないし、かといって姫ちゃんの雀の涙程度の体力を上げてもたかが知れてるし・・・」

「ハルカ、今行くから待ってろ」

 レキアはハルカに呼びかけると悪鬼の正面に立つ。

 グオォォォォ

 獲物アズサを前にして邪魔をされた悪鬼が苛立って吠える。

「化け物がみっともなく喚いてんじゃねえよ」

 レキアと悪鬼が睨み合う。悪鬼の赤い目に映るレキアが不敵に笑う。

 悪鬼はアズサの姿を捉えるとレキアの事など歯牙にもかけずアズサに向かって腕を伸ばす。

 だがその手に掴んだはずのアズサは霞のように消えてしまう。

『???』

 悪鬼はキョロキョロと左右を見渡す。フフフッという笑い声に振り向くとアズサが立っている。

 アズサを捕まえようと手を伸ばすがスーッとアズサの姿が消えていく。

 フフフッフフフッ

 悪鬼の周囲にアズサが現れては消え、消えては現れ悪鬼を惑わす。

 グオォォォ

 悪鬼は手当たり次第に腕を振り回す。だが決してアズサを捕まえる事は出来なかった。

 踊るようにクルクルと回っている悪鬼をレキアはさめた目で見つめる。

「バカがッそこで踊っていろ」

 レキアは固有能力で悪鬼に幻覚を見せたのだった。

「これでしばらく時間を稼げるな」

「ひぃー、怖かった」

 ユノハナレジスタンスのメンバー達が集まってくる。

「レキアーこっちこっち」

 ハルカが手を振ってレキアを呼ぶ。

「まったく、一時はどうなるかと思ったぞ」

「ごめんなさい。ご迷惑をおかけして」

 アズサは恥ずかしそうにもじもじとしている。

「姫ちゃん、いい機会だからもっと体力つけようね」

 しゅんとなっているアズサの手を取って、とっとと逃げるぞっとレキア達が移動しようとした時、「待てッ」と呼び止める声がする。

「お前が誘拐犯だな!姫をはなせッ」

「ラフィートさん?」

 現れたのは、ぜえぜえっと息を切らせたラフィートだった。

「誰だ?あいつは」

 そう言いつつもいつもアズサの傍にいた少年だという事は分かっていた。そのうえでわざとアズサの肩を抱き挑発的な笑みを見せる。

「やめんか」

 ハルカにグーで殴られる。

「何故お前が殴る?」

 フンッとハルカは鼻を鳴らすとアズサを奪い取る。

「な、何だかわかんないけど、誘拐犯!お前は絶対に許さないぞッ」

 ラフィートはレキアに殴りかかるがレキアはさらりとかわす。すれ違いざまに足払いを受けてラフィートは前のめりに倒れる。

「ッ!いってぇ」

 レキアは倒れたラフィートを見下し、チッと舌打ちをする。

「お呼びじゃねえんだよ、消えろ雑魚がッ」

「んだとぉ」

 ラフィートはレキアを睨みながら立ち上がる。

「ケンカはやめて下さい、ラフィートさんも落ち着いて」

 二人を止めようとするアズサをハルカが制する。

「姫ちゃん、しっ」

 人差し指で口を押さえられて黙らせられる。

「ハルカさんどうして?」

「いいから、様子を見よ」

 ね、とウインクするハルカにアズサはあきれ顔を向ける。

 この人絶対楽しんでる。

 言葉には出さないものの心の内でため息をつく。

「お前ッ何のために姫を誘拐なんてしたんだ!」

「てめえには関係ない」

「関係なくない!姫に変なマネしなかっただろうな」

「フッ姫か、姫にはたっぷり楽しんでもらったよ」

「なっどういう事だ!」

 ラフィートは握った拳をワナワナと震わせる。

「えっと、楽しくお茶を頂いただけですけど」

「姫ちゃん、しーっ」

 ニヤニヤしながらハルカがアズサの口を押える。

「あぁもうこの人は・・・」

 真相は伏せられたままラフィートとレキアの一触即発のやり取りは続く。

「姫様ご無事でしたか」

 いつの間に来たのかタカラがアズサの傍に立つ。アズサは顔をほころばせてタカラに飛びつく。

「まあ、あなたの方こそ無事だったの?鎧がボロボロよ」

「なにこんなものかすり傷ですよ」

 それより、と言い争っているラフィート達やクルクル回っている悪鬼を見る。

「あいつらは何をしとるんだ」

「お願いタカラ、ラフィートさん達を止めて。今は言い争っている場合じゃないの」

「いやいや、男の子のケンカを止めるなんて無粋な事しちゃダメよ。気の済むまでやらせときゃいいの」

「もう、ハルカさんは面白がってるだけでしょ」

「ふむ、姫様ここはハルカ殿の言う事も一理あります」

「えぇー、タカラまでそんな事を」

そんな外野の事など露知らず、ますますヒートアップする二人。

「チッさっきから姫姫うるせえ奴。そんなに大事なら10秒だって目ぇ離してんじゃねえよ」

「言われなくたって!離すもんかッ俺はいつだって姫をッ」

「バカがッ女って奴は男の都合なんて考えねえよ。人の気持ちも知らないで勝手に居なくなったかと思えば何食わぬ顔で戻ってきやがる。俺がッどんだけ心配したと思ってんだ!」

「何の事だよ。意味わかんねえ」

 アズサがハルカに視線を向ける。

「あははは、誰の事かしらね」

 しらじらしくしらを切るが、笑顔が引きつっている。

「しかもだッ何かってえと金金金、お前は金の亡者かってんだ。守銭奴め、ちっとはまけてくれてもいいじゃねえか」

 地団駄を踏むレキアに同情の眼差しを向ける。

「・・・なんか、苦労してんだなお前」

「く・ろ・う・だとッあぁそうだ、苦労したとも。フッお前も覚悟しておくんだな。女なんてみんなかわいい顔してしたたかに生きてんだからな」

「分かる、分かるぞ俺なんてまだまともに手も握らせてもらえないんだ。なんかいい雰囲気になる時もあるのにさりげなく避けられてるっていうか」

「そうか、だがそれは意識されているだけマシだろう。俺など良くて弟分、下手すりゃ金づるとしか思われてないかも知れない。それでもいいんだあいつが笑ってくれるなら、フフッ」

 遠い目をしたレキアの悲し気な笑みにラフィートは涙ぐむ。

「俺、お前の事勘違いしてたよ。お前本当は良い奴なんだな」

「レキアって呼んでくれていい同志よ」

「同志!ああ俺達は同志だ。俺はラフィート、よろしくなレキア」

 ガシッと腕を組む二人。少年達は分かりあったのだ。

 感動的なのかそうじゃないのか、何とも言えない空気が少女達の間に流れる。

「なんだろ、なんか面白くない」

「・・・そうですね。なんでしょうこの気持ち」

 少女達のビキビキとした空気にタカラは圧倒されてそっとその場を離れようとする。

「どこに行くのかしらタカラ?」

 ジト目のアズサに呼び止められて体を硬直させて冷や汗をかく。

 その時、


 グオォォォ!!


 悪鬼が雄たけびを上げる。

「チッ幻覚が解けたか」

 身構えるレキアだったがラフィートは前に出てレキアを下がらせる。

「おい、何の真似だ」

「悪鬼は勇者にまかせとけ」

「勇者?」

 怪訝な顔をするレキアにかまわずタカラが素早く兵士達に指示を出す。

「B班はラフィートの援護をッC班は姫様達を守れ!」

 兵士達が悪鬼に攻撃を仕掛ける。だが当然ダメージは通らない。

「足だ!足を狙え」

 細長い足に攻撃を集中させる。バランスを崩した悪鬼が膝をつく。

「今だ!ラフィートッ」

 タカラの合図に合わせナイフを振り下ろす。

「いっけーッディメンション・エェェッジ!」 

 

 ザンッ

 

 悪鬼の体から黒い霧が吹きだす。

「当たった!」

「気を抜くな!奴から目を離すな」

 タカラの言う通り、悪鬼はすでに反撃の態勢に入っていた。

 ブォンッ

 と、悪鬼が腕を振り回す。間一髪ラフィートは回避する。

「あっぶな」

 ピキッとナイフに亀裂が走る。ラフィートは最後のナイフに持ち替える。

 悪鬼は足を球体の中にしまうと跳ねながら前後左右に腕を伸ばして周囲に展開していた兵士達を薙ぎ払う。

 回避した者、盾で受ける者、避けきれず地に倒れる者のいる中、ラフィートは攻めあぐねる。

「くそッ近づけねぇ」

 次に次元刃を打てばもう武器が無くなる。確実に急所を狙わなくてはならないが、不規則に跳ね回る悪鬼を狙うのは不可能だ。

「タカラのおっさんっあいつの動きを止めてくれッ」

 悪鬼の猛攻に耐え続けているタカラは、待っていろっと答えるが自身も身動きが取れない。

 ラフィート達の戦いを見ているしか出来ないレキアは、チッと舌打ちをする。

「騎士のおっさん達はともかく、明らかにラフィートの奴が足を引っ張っている。あいつの奇妙な力が必要みたいだがこれではジリ貧だ」

 何か手はないのか、っと考えていた時アズサがハルカに何か耳打ちをしているのが目に入った。

「え、本当?・・・できるかなぁ」

 ハルカは札に文字を書き込むとレキアを呼ぶ。

「んだよ?」

「あんたこれ使ってみて」

 レキアに魔導器を渡す。

「魔導器?いや無理だろ魔法が使えないんだから」

「いいから、ほらこれも使って」

 そう言ってインスタントパワーの札も押し付ける。札には『魔力UP』と書かれていた。

 インスタントパワーを発動させると魔導器が光を帯びる。動くのか?半信半疑ながらレキアは魔導器を悪鬼に向ける。

「いっけぇ!」

 ドンッ

 轟音をたて魔法弾が放たれる。

 魔法弾の直撃を受け悪鬼が叫びを上げる。

「魔法弾!何で?」

 ラフィート達がレキアを見るがその問いに答えたのはハルカだった。

「フッフッフッみなさんの疑問はごもっとも。いかに悪鬼が魔法を消せるとしても固有能力を消す事は出来ない。ここがポイントなの。あたしのインスタントパワーで魔力をブーストさせてやればどうなるか。結果はご覧の通りインスタントパワーで強化された魔法は魔法ではなく固有能力として機能したのよ。だから悪鬼の魔法消去の影響を受けなかったの」

 沈黙が流れる。

「・・・って姫ちゃんが教えてくれたの」

 おおっと歓声が上がる。

「さすが姫様」

「頼りになります」

「ありがとうございます」

 盛り上がる一同にハルカは頬をプクッと膨らませる。

「ちょっとぉあたしのインスタントパワーありきの作戦なんですけどッ」

「まあまあ姐さん落ち着いて」

「ハルカはやる時はやる奴だってみんな知ってるから」

 アッタ達が必死にフォローする。

「くっこれはこれで屈辱だわ」

 光明が差してきた。これで悪鬼に勝てる、と皆が微かに浮足立つ。

 悪鬼はその隙を見逃さなかった。

 手を引っ込め球体となった体を高速回転させて突っ込んで来た。

 悲鳴が上がるなか球体から一本だけ伸びた腕がアズサを捕えようとする。

「危ないッ姫ちゃん!」

 とっさにハルカが庇う。悪鬼の腕がハルカの体をかすめ、アズサを抱えたまま跳ね飛ばされる。

「ハルカーッ」

 打ちつけられ身動きが取れない少女達になおも腕を伸ばそうとする悪鬼にレキアは魔導器を向けるも魔導器はすでに起動しなくなってた。

「ッ時間切れ!?くそっ」

 魔導器を投げ捨てハルカたちのもとへ走り出すが、悪鬼の腕が振り下ろされる。

 間に合わないッ

「ディ・エッジ!」

 ラフィートの次元刃が悪鬼の腕を切り裂く。同時にナイフが砕け散る。

「ラフィート!」

「急げレキア!姫達を!」

「分かっているッ」と言うも悪鬼の方が早い。アズサ達に伸ばされた手をベッツとボックスが蹴り飛ばす。

「しっかりして姉ちゃん達」

 ソウタとアッタが二人を助け起こす。

「バカッお前達早く逃げろ!」

 レキアの叫びが届く前に悪鬼が少年達を吹き飛ばす。


――やめろ・・・俺の仲間を傷つけるな

 

 吹き飛ばされてなお、立ちはだかろうとする少年達だが、彼らに加勢しようとする兵士達もろとも悪鬼の腕に打ちつけられる。

 

――やめろ・・・俺の家族をッ

 

 悪鬼は最後までアズサを庇い続けたハルカを掴み上げ叩きつけようとする。

「あれはッまずい、タカラのおっさん!」

「ダメだ、まだ固有能力は使えないッ」

 先程ラフィートを助けたタカラのダメージ無効も間に合わない。

 ハルカの悲鳴が聞こえる。




「いいね、こういうのって」

「は?なんだよいきなり」

「みんな仲良くって本当の兄弟みたい」

 あいつははしゃぐ子供達を羨ましそうに見つめていた。

 ハルカが作った最初のユノハナレジスタンスは町の大人達に見守られて子供達の良い遊び場になっていた。

「本当の兄弟?俺には家族なんていないからよくわかんないな」

「・・・家族がいたって本当の家族とは限らないよ」

 言ってる意味はわからなかったがあいつが家族の事で悩んでいるのは知っていた。

「なら俺達は本当の家族なんだろ」

「は?何言ってんの」

「みんなお前の事を姉ちゃんだって言ってるよ」

「あたしが・・・お姉ちゃん、か」

 珍しく嬉しそうに頬を緩める。

「いいなあ、ずっと続けばいいのになあ」

「続くさ。俺達はずっと一緒だ。俺が守ってやるよ、家族だからな」

「言ってくれるじゃないレキアのくせにぃ。生意気だぞ」

 俺の頭をわしわしと掻き毟るあいつの目は潤んでいた。

 そうだ、ずっと続くはずだったんだ。だけど俺達の家族を踏みにじったのは他でもない、あいつの家族ムラサトだった。

 あいつが一人で悩んで、苦しんで、俺達の前から消えるしかなかったのに何も出来なかった。守るって約束したのに。

 あいつが戻って来てくれた時俺は決めた。もう2度と目を離さない。相手が誰だろうと守ってみせる。あいつは・・・ハルカは俺の家族だ。




「やめろぉぉぉ!!」

 レキアの絶叫と同時に悪鬼の腕が止まる。

「止まった?なんで」

「!見ろッ奴の腕を」

 タカラに言われてラフィートは悪鬼の腕を見る。悪鬼の腕には木々から伸びたツタが巻き付いている。

「ど、どういう事だ?」

 誰もが、悪鬼ですら何が起こったのか分からない。そこに空から悪鬼めがけて影が降ってくる。

「あれは鳥?」

 空から降ってくる影、それは鳥の大群だった。それだけではない。遠吠えと同時に野良犬達が集まってくる。

 動物達の襲撃に怯んだ悪鬼はハルカを手放す。ハルカはツタを伝って地上に降りるとその場に倒れる。

「ハルカさんッ」

「大丈夫よ、ちょっと疲れただけ」

 アズサに心配かけまいと笑って見せる。それよりも、とレキアに視線を向ける。

「なんだ、これ?」

 レキアは手の中に違和感を感じて手を広げるとそこに小さなガラス玉があった。

「それはっ勇者のオーブ!?」

 驚くラフィートは自分のオーブを取り出してレキアに見せる。レキアはお互いのオーブを見比べて、なるほどっと頷く。

「・・・そうか、なんとなく戦い方が分かる。これが、勇者の力か」

「レキアさんッ」

「姫?なにか」

 アズサはレキアに札を手渡す。

「これはハルカの・・・?」

 札には既に文字が書かれていた。これは?とアズサに尋ねるとアズサは微笑みながら頷く。

「見せて下さい。あなたの力を」

 レキアは、まかせろっと言うと悪鬼に向かって走り出す。

「ラフィート、手を貸せッ」

「ああ分かった」

 ラフィートは手を伸ばすと、来いッと念じて鉄パイプを引き寄せる。

「姫様、彼は?」

 タカラがレキアの力について尋ねる。

 アズサは頷くと、レキアを真っ直ぐに見つめる。

「彼は群れを統べる者。群れとは寄り添いあう個と個。それは絆。絆によって結ばれた個とはすなわち全」

 ハルカがレキアに声援を送る。ハルカに合わせてアッタ達も声を上げる。

「彼は全を統べ、守る為に咆哮する獣。それが獣の勇者なのです」

 悪鬼に向かって続々と野良犬達が飛びかかる。動物達を振り払おうとする悪鬼に木々から伸びたツタが絡まり動きを封じる。

「あの動物達はなんで集まって来ているのですか」

「生物を操る力、おそらくそれが獣の勇者の勇者能力なのでしょう」

 力任せにツタを引きちぎって悪鬼が腕をレキアに伸ばす。

「させるか!」

 ラフィートの次元刃が悪鬼の腕を叩き落とす。バキンッと鉄パイプが折れる。

「あの姫さま何者なんだよ、見透かされてるっていうかなんていうか」

 悪鬼を目前にしてレキアは 獣の勇者 と書かれた札に触れ、増強ビルドっと叫ぶ。

 野良犬達を見て力を込めるとレキアの両手に獣の鋭い爪が伸びる。その爪で悪鬼を何度も切り裂き続ける。反撃しようとする悪鬼にタカラ達の放った強化魔法弾を撃ち込まれる。

「お前はッ俺の家族を傷つけた!消えろッ化けもの!!」

 渾身の一撃で悪鬼を引き裂く。

 悪鬼は断末魔の絶叫を上げ、全身から黒い霧を吹きだし、文字通り霧散する。そして霧散した霧の一部がレキアの勇者のオーブの中に吸い込まれていく。

「やった?・・・やっっったあぁぁぁ!!」

 おおっと歓声が上がる。

「やったッやったよ姫ちゃん」

「えぇ、よかった」

 アズサに抱きつきピョンピョンと飛び跳ね喜ぶハルカ、2人の瞳に涙が浮かぶ。

「ハァハァハァ、終わった、のか」

 初めての勇者能力とインスタントパワー使用後の脱力感で息を切らせるレキアのもとに動物達が集まってくる。

「世話になったな、ありがとう」

 レキアが礼を言うと、動物達は一鳴きして何処かへと帰っていった。入れ違いにユノハナレジスタンスのメンバー達が駆け寄ってくる。

「リーダーッ」

「すごかったッスよ」

「まさかお前が勇者とはな」

「ヘヘッみんなボロボロだね」

 レキアの勝利を称えてはしゃぐ少年達。

「ったくお前らも無茶しやがって」

 レキアも自然に笑顔になる。そんなレキア達を離れた場所からラフィートは見つめていた。



「・・・なあ、タカラのおっさん」

 ラフィートは顔を向けずにタカラに話しかける。

「どうした?」

「俺・・・強くなりたい」

「強くなりたいだけならハルカ殿の力を借りればいい。悩む事でもなかろう」

「違うッ、そうじゃないんだ。俺、何も出来なかった。勇者になって、力を手に入れて、何でも出来るって思った。だけど違った。俺は力を振り回していただけで、レキアが、あいつらがいなかったら姫を守れなかった。結局俺は何も変わっちゃいない。届かない男のままだ」

 拳を握りしめ肩を震わせるラフィートの頭にタカラはそっと手を乗せる。

「そうだな。だがそんな事は最初から分かっていた事だ。だからお前をサポートするために我々がいる」

 ラフィートは、ギリッと奥歯を噛みしめる。

「俺は強くなりたい。こんな、悔しい思いをしたくない。自分の手で姫を、大事な人を守れる力が欲しい。だからッ頼むよ、俺に剣を、戦い方を教えてくれ!」

 ・・・誰かに言われて始めた事が身につくはずもない。自らの弱さを知り、それでも前へ、手の届かない遥かな高みを目指し手を伸ばす事で前へ進める。こいつはやっとスタート地点に立てたのだな。

 タカラはフッと笑うとラフィートの肩に手を回す。

「いいだろう、明日からは剣の扱い方も教えてやる。言っておくが易くはないぞ、後で後悔するなよ」

「あぁ・・・あぁ、望むところだッ」

「姫様はお前に期待している。その期待を裏切るな。勇者なら姫様の期待に応えて見せろ」

「もう誰にも姫を傷つけさせはしない。俺が絶対に守ってみせるッ」

「だったらもう泣くな、姫様が見ているぞ」

「な、泣いてねぇッ」

 ラフィートは腕で涙を拭う。そして、

 うおおあぁぁッ!!

 白む空に向かって吼えるのだった。






 戦いの夜が明ける。

「みなさん、悪鬼との戦いお疲れさまでした」

 朝日の差し込む町のはずれに着くとラフィート達を見渡してアズサが口を開く。

「厳しい戦いでしたが無事悪鬼を封印する事ができました。おかげさまで町への被害は最小限に抑えられました。特にハルカさん、ユノハナレジスタンスのみなさん、そして獣の勇者レキアさん。あなた方には本当に感謝の言葉もありません。ありがとうございました」

 お辞儀をするアズサに全員が慌てて頭を下げる。

「フフフッみなさん頭を上げて下さい。今日の戦いは終わりましたが世界にはまだ99体の悪鬼が潜んでいます。これからの事も考えて一刻も早く残る4人の勇者を探しださなければなりません。が、今日一日はゆっくり体を休めてください。私達は明日、自由交易都市セントラルシティへ向け出発します。その準備も怠りなくお願いしますね」

 ニコッと微笑むアズサに代わってタカラが、解散っと告げると各々が帰路につく。

「ねえねえ姫ちゃん、この後何か予定ある?」

 ハルカがトトトッとアズサに近寄って腕をとる。

「いえ、特にはありませんが」

「じゃあさ、一緒に遊ぼうよ。そうだ露天風呂にもいこ、背中流しっこしようよ」

「お風呂ですか?構いませんが」

 露天風呂と聞いて男達がアズサ達の会話に聞き耳を立てる。

「とりあえずお昼過ぎに迎えに行くから待っててね」

 はい、と頷くアズサを引っ張りながら男達の方にチラっと視線を向ける。

「覗くなヨ♡」

 ニヒヒッと笑うとそのまま立ち去っていった。

「姫と温泉・・・露天風呂・・・秘湯・・・混浴・・・背中・・・」

 ラフィートがよからぬ妄想をしていると、タカラがコホンっと咳払いをする。

「あー、なんだ、せっかく頂いた休暇だ。我々も満喫しようではないか、露天風呂とか」

「そ、そうだな。うん、良いよな露天風呂とか」

「隊長!我々も露天風呂行きたいです」

 満場一致で露天風呂行きが決まる。その盛り上がりっぷりをレキア達は呆れた顔で見ていた。




 PM5:30

 とある山のふもとにラフィート達は集まっていた。

 別行動で偵察に出ていた兵士達も合流しラフィートとタカラを含めて12人とレキアを除くユノハナレジスタンスのメンバー達4人。合わせて16人。

「時間だ、諸君よく集まってくれた。これよりブリーフィングを始める」

 懐中時計を懐に戻しタカラが高らかに宣言する。

「隊長さん、うちのリーダーがまだ来てません」

 ソウタがキョロキョロと仲間達を見比べながらタカラに報告する。

「むう、今回のミッションにはぜひ彼の力を借りたかったが仕方ない。残念だが彼の事は諦めるしかないな。ともかく、作戦を説明する」


 作戦名 湯けむりの理想郷アルカディア


 ユノハナレジスタンスのメンバー達によってもたらされた秘密の抜け道を通り、最高のビューポイントから美しき露天風呂を眺める。あくまでも景色を楽しむためのものであり、そこにアズサ達が入浴していたとしても不可抗力である。決して覗き見をしに行くわけではないのだ。




「でもさすがにヤバくない?」

「フッなんだ小僧、怖気着いたか?勇者ともあろうものが情けない」

「んなっそんなわけねぇだろ。ただ、その・・・姫の裸を覗くのは背徳的って言うかちょっと気が引けるって言うか」

 タカラのチョップがラフィートの脳天に炸裂する。

「アテッなにすんだよ」

「言ったであろう、これは覗きではない。たまたま偶然幸運にも姫様のお身体を見てしまったとしても仕方のない事なのだ。それに私には聖王様から姫様をお預かりしているが故に、姫様のご成長を見守る義務がある。そう、これは騎士の義務なのだ」

「ああ義務ね、義務じゃあ仕方ないよね。義務バンザイ」

 覗きが義務ってどんな騎士ッスかっと言うアッタ達のツッコミを気にせずに2人で盛り上がっている。

「さあ行こう、姫様の待つ約束の場所へ!」

 おおっと声を上げる男達の前に一匹の猫が現れる。

「やはりこうなるか、油断のならない奴らめ」

「うおっ猫がしゃべった!?」

 突然喋りだした猫に驚くと猫はニヤリっと笑う。

「バカがッ何を驚いている。俺だ、レキアだよ」

「レ、レキア?どういう事だ」

 レキアの声で喋る猫にラフィートは戸惑いながら尋ねる。

「お前達を露天風呂には行かせない。どうしても行くというなら俺が相手になってやる」

「な、俺達の邪魔をするというのかッ」

「リーダーッどうしてッスか、俺達と一緒に行きましょうよ」

 ボックスとアッタがレキアを説得しようとするが、やや間ををおいて猫(レキア)が口を開く。

「それは出来ない。俺はハルカを守ると決めた。そのハルカ達の裸を覗こうとするお前達は俺の敵だ。」

「今の間は何だ。本当はお前も見たいんじゃないのか?」

 ベッツがボソッとツッコミを入れる。

「う、うるさいッとにかくこの先に行きたければ覚悟する事だ。この獣の勇者が相手になってやる」

「んな事言って実の所、イタズラか何かがハルカ姐さんにバレてこっぴどく叱られた挙句に罰として見張り役を押しつけられたんじゃないのか?」

 ボックスの的を得た言葉に、猫(レキア)はブホッと咳き込みそそくさと茂みに駆け込んでいった。

「そんな・・・リーダーと戦わなければならないなんて、俺達は一体どうすれば」

 うなだれるユノハナレジスタンスのメンバー達だったが持ち前の前向きさですぐに立ち直る。

「まあリーダーの気まぐれなんていつもの事だし、気にしたってしょうがないさ」

 良いのかそれで、と思いつつも今は時間もない事なので進むしかない。

「行くぞ、作戦開始だ。敵は獣の勇者だ。油断するなよ」

 その先に待ち受ける戦いを予感しながら約束の地を目指して男達は進む。

 だがすぐに考えが甘かった事に気付く。

「こ、これはッ」

 山道いっぱいに野良猫が群れ成していた。その全ての猫がラフィート達に敵意を向ける。

「くっレキアめ、本気なのか」

「怯むな、所詮は猫だ。一気に突き進め!」

 戦いの火蓋が切って落とされた。

 これは後に人類初の勇者同士の戦い ユノハナの熱闘 として語られる事になる。




温柳亭の別館に貴賓客専用の露天風呂がある。

 ユノハナの源泉から直接引かれたかけ流しの温泉であり、大小ある浴場すべてが貸し切りの最高級温泉宿である。

 温柳亭のオーナーであるムラサトの娘のハルカは顔パスで泊まることができる。そこに身分を隠したアズサを連れてきたのである。

「なんだか猫さん達が騒いでますね」

 裏山から聞こえる猫達の鳴き声に首を傾げるアズサ。

「盛ってんでしょう、ほっときなよ」

 既に湯船につかっているハルカがほくそ笑みつつ、早くおいでよーっとアズサを呼ぶ。

「はぁい、わあ・・・」

 浴場に入ってきたアズサが感嘆の声を上げる。

「すごい、こんな広いお風呂初めてです」

「へぇそうなの?お城の方がすごいんじゃないの」

「そうですね、でもお城のはここまで広くはありませんし」

 アズサは汲んだ湯で体を流してからそろそろと足を湯船につける。熱めのお湯が白い肌を刺激する。

「ん~~」

 身体を振るわせながら熱さを我慢していると次第に熱さに慣れてくる。

「はぅ~」

 薄紅色に染まった頬を緩ませて気持ちよさげに体を湯船に沈める。

「いいお湯ですねぇ~」

「そうねぇ」

 夕闇が空と地上との境界を曖昧にしていく。無数の星明かりが地上に灯る。

「きれい・・・」

 地上に灯る星、全て人の営みが作り出したものだ。アズサはうっとりと見惚れている。

「この景色だけはムラサトに感謝したくなるけど、これを見る事ができるのはここの宿に泊まることのできる一部の人間だけなのよね」

 自虐的に呟くハルカは、伸ばした足をパチャパチャとバタつかせながら空を見上げる。

「ねぇ姫ちゃん、レキアが姫ちゃん達と一緒に行くって本当?」

「はい、私も断られると思っていたのですがレキアさんからお願いされました」




 アズサがハルカと出かける支度をしていた時、レキアがアズサの部屋を訪ねてきた。

「ちょっと話があるんだが時間、いいか?」

「ええ構いませんが」

 そう言ってレキアを部屋に招き入れる。

「悪い、すぐ済むから」

「はい、それでお話しと言うのは?」

「ああ勇者の事なんだけど」

 アズサはもう一度アズサの目的、勇者の事、悪鬼の事などを説明する。

 レキアは、そうかっと少し考え込む。

「レキアさんはこの町の事を取り戻したいとお聞きしていますが、どうか私達に」

 アズサの言葉を遮りレキアは、わかったっと告げる。

「俺の力が役に立つなら姫の好きに使ってくれ」

「え?でも・・・」

 レキアの心変わりを不思議に思っているとレキアは照れくさそうに頬をかく。

「この町を取り戻す、この事を諦めたわけじゃあないぜ。俺は俺にしか出来ない事をするつもりなだけさ」

 戸惑っているアズサにレキアはひとつの提案をする。

「そうだな、なら姫に何かしてもらおうか」

「私に出来る事なら何でもおっしゃって下さい」

「むしろ姫にしか出来ないことさ」

 そう言うとアズサを壁際に追い込む。

「俺の女になれ。そうすればなんだってしてやるよ」

「・・・」

 アズサはレキアの目を真っ直ぐに見つめると、コクッと頷く。

「あなたがそれを望まれるの、でしたらか、構いませ・・・ょ」

 瞳を潤ませるアズサをレキアが慌てて止める。

「わ、わわっ嘘だから、冗談だからッ泣かないでくれ」

「え?じょう・・・だん」

 レキアに言われて初めて頬を伝う涙に気付く。

「涙?私、どうして泣いているの・・・」

 アズサには自分の涙の訳が分からない。ラフィートの時には笑っていられたのに・・・

(あー、ひょっとして自覚してないのか。脈はありそうに見えるのに、あいつも気の毒にって俺も他人ごとじゃあねえか)

「な、分かっただろ。人間ってのはそんなに単純じゃねえんだ。今はこの町の奴らもムラサトの言いなりになっているがいずれ俺みたいに抵抗しようとする奴が出てくるさ。そんな奴がもっと増えればこの町をムラサトから取り戻せるはずだ」

「レキアさんは最初からそのつもりだったのですか」

 涙を拭いながらレキアに尋ねると彼は目を泳がせながら頷く。

「まあな、俺等みたいなガキがムラサトに対して活動いたずらしてんのを町の連中は見て見ぬふりをしてきたんだ。それってつまり連中の中にもムラサトに対する不平不満はあるって事なんだろうさ。今はまだムラサトの甘い蜜に酔っているがいずれはそれも醒めるはず。だから今はもう俺にやれる事は無い。だがあの悪鬼とかいう化け物がいるってんならそれこそほっとけないだろう。またこの町が襲われるかもしれない。ハルカやあいつらを守る為なら俺が奴らをぶっ倒してやるさ。だから姫も自分の気持ちに正直になるべきだな。なんでもハイハイ言うんじゃなくてイヤな事はちゃんとイヤですって言わなきゃな」

「ありがとうございます」、そう言ってアズサは俯きながらまた涙ぐむ。

「だ、だから泣かないでくれ。姫を泣かせたってハルカに知られたら殺される」

「フフッ分かりました。けどもう遅いかも」

「え?」と言うレキアの背後に笑顔を引きつらせたハルカが立っていた。

「レーキーアーくーん、どうして君はまた姫ちゃんを泣かせてるのかなー?」

「いいッハルカ!いやこれにはワケがあって」

「問答無用!レキアッちょっとこっち来い。その腐った根性叩き直してやるよ!!」

 アズサに、ちょっと待っててねっとウインクしてハルカはレキアを引きずって部屋を出て行くのだった。


 


「っということがありまして」

 昼間にあった事をハルカに説明する。

「ああ、そうだったのね。・・・そっか、レキアがそんな事を」

 パチャパチャッとお湯を顔にかけると、ふぅっと息を吐く。

 いつまでもガキだって思ってたのに、ガキなのはあたしの方だったのか。

「姫ちゃんは中央都市セントラルに行くのよね?」

「どうして」っとハルカが尋ねるとアズサはうなじに湯をかけながら答える。

「悪鬼達が世界中に飛び去ってからの事を確かめに行かなければならないからです。情報を得るためにはどうしても中央都市でなければなりませんし、聖王都とも連絡を取らなければならないからです」

 アズサの事情は分かる、だが中央都市にはムラサトの本社がある。アズサの事は既に彼らの耳にも届いているだろう。となればアズサを放っておくはずがない。

「・・・覚悟を決めなきゃね」

 独り言を呟くハルカに、どうかしました?とアズサが尋ねる。

「ううん、何でもない。それより背中流したげるからこっちおいで」

 そう言って浴槽からあがり洗い場に向かう。アズサも、はぁいっとハルカに続いて浴槽をあがる。

「姫ちゃんのお肌ってすごくキレイね、とってもすべすべもっちもち」

 ハルカは手に泡をつけてアズサの背中を撫で回す。

「きゃぅッハルカさんくすぐったいです」

「うん?姫ちゃんはここが弱いのかなぁ、それなら・・・」

 きゃあん、アズサが身をよじって悶える。

「も、もう、ハルカさんったらあ」

「あはは、ごめんごめん」っと笑うハルカはアズサの胸元についた傷痕に気付く。

「えっ姫ちゃん、この傷・・・」

 ハルカの視線に気付いたアズサがそっと腕で胸元を隠す。

「やっぱり目立ちますか、この傷は前に悪鬼に受けたものです」

 それはタリアシティで悪鬼に襲われた時に受けた傷。かろうじて一命は取り留めたものの、その体には痛々しい傷痕を残してしまった。

「大丈夫なの?」

「ええ、傷はもう治っています。ただ、もうこれ以上は魔法でも治せないと、痕を消す事は出来ないと言われました」

「そんな、こんな大きな傷痕が残るケガをしていたのにこの子は・・・」

「けど良いんです。これは軽率だった自分への戒めですから」

 アズサの声が微かに震える。

「ッ良くない!ちっとも良くないよこんなのッ」

 突然のハルカの剣幕にアズサは目をパチクリさせる。

「平気なはずがないじゃない。女の子がこんな大きな傷痕が残って平気でいられるはずがない!」

 ハルカは何かに気付きパチンっと指を鳴らす。

「!?そうだ、あたしのインスタントパワーなら治せるかも」

「え、いえ、ですからもう治せないと」

「治せるよ!姫ちゃんもあたしの力の事は知ってるでしょ。これをうまく使って姫ちゃんの体の治癒力と回復魔法を強化すれば、絶対治せるはずだよ!」

 ハルカの言葉をアズサはしばらく考えて、可能性がある事に気付くと涙が溢れてくる。

「本当に・・・治せる、の?」

 うん、うんっと頷きアズサを抱きしめる。ハルカの腕の中で肩を震わせて咽び泣くアズサは、「ありがとうございます」とくり返す。

(ああ、そうか。あたしが望んでいたのはお金なんかじゃない、誰かが喜んでくれたらそれで良かったんだ)

「決めた!あたし、姫ちゃんについて行くよ」

「ふぇ?」

 いきなりすぎて何の事だか分からない。

「お願い。あたしを姫ちゃんの旅に連れて行って。何だってするから、あたしの力を姫ちゃんの為に使わせて欲しいの」

 だがアズサは首を振ると、「それは出来ません」っとハルカの申し出を断る。

「私の旅は悪鬼との戦いになります。危険な事に巻き込むわけにはいきません。それにハルカさんは前に仰っていたではありませんか。その力を特定の誰かの為ではなくみんなの為に使いたい、と」

「そうだよ。あたしの力はみんなの為に使うって決めた。あたしは、あいつらとは違うんだ」

(あいつら、そうムラサトの奴らとは違う。あいつらは善人面して困っている人に近づき、相手が気を許したのを利用して何もかも根こそぎ奪っていく。あたしは何も知らないガキだった。あいつらに利用されているとも知らずこの町を滅茶苦茶にしてしまった。みんなを、こんなあたしに優しくしてくれた人達を裏切ってしまったんだ)

「あたしに固有能力が発現した時嬉しかった。この力は自分の為じゃない、他の誰かの為に使う事ができるから。でもあいつらみたいに善人面する気は無かったからこの力を売る事にしたんだ。お金さえ払ってくれれば誰にでも売った。それでいいと思ってた、けど違った。あたしがばら撒いたこの力が誰かを傷つけていたかも知れないなんて、姫ちゃんに言われるまで考えもしなかった」

 ハルカはがくりとうなだれるとアズサから手を離す。

「あたしもあいつらと同じだったんだ。自分の事だけしか考えてない。都合の良い事だけしか見ていなかった。だからッ決めたんだ。この力を姫ちゃんに使ってもらおう、て」

「それこそ支離滅裂です。どうして私なんですか、私だって私利私欲に駆られてしまうかも知れませんよ」

「姫ちゃんがその程度の人ならそれでも構わないよ」

 フフッと挑発的に笑う。自分が傷つくことも厭わないアズサが誰かを踏みにじるような事をするはずがない。ハルカには確信があった。アズサの為に使う事、それは他の誰かの為に使う事と同じだって分かっているから。

「そこまで言われては断る訳にはいきませんね」

 あはっと顔を輝かせてハルカはアズサに抱きつく。と、

「ッくしゅん」

 くしゃみをするアズサにハルカは慌てて立ち上がる。

「いけない、湯冷めしちゃう。お風呂にもどろ」

 その時、ドボンッと何かが湯船に飛び込んで来た。

「な、何?誰かいるの?」

 湯煙でよく見えないが人影が二つ見える。

「ハルカさん」

 怯えるアズサを庇いつつハルカは人影に近づいていく・・・




 次から次に襲い来る猫達を払いのけながらラフィート達は進む。

「ちぃッキリがない」

 所詮は野良猫っと侮った何人かの兵士が既に脱落している。

「油断するな、こいつらはレキアに操られて統率が取られている。深追いせず一匹ずつ対処しろ」

 タカラの檄が飛ぶ。そうは言っても猫達は素早く皆が翻弄されている。

「くそっ時間がないのに」

 焦るラフィート達の中に一際高い悲鳴が上がる。

「うわーッハチッス!」

 ブンッと甲高い羽音と共にハチの群れに追われてアッタ達が逃げ惑う。

「うぺ、クモの巣だ!」

 状況はまさに阿鼻叫喚の図だった。

「奴は昆虫も操れるのかよッ」

 なめていた。正直レキアの力を甘く見過ぎていた。

「獣の勇者、敵に回すとこれ程までに恐ろしい相手だとはッ」

 珍しくタカラが弱音を吐く。

「タカラのおっさんッどうしたらいい?これじゃあ前に進めねぇ」

「レキアを探せ、そんな遠くには離れていない筈だ」

 ラフィートはキョロキョロと辺りを見渡すがレキアの姿は見えない。

「卑怯だぞレキア!出てこーいッ」

 もちろん答える者はいない。

 レキアは少し離れた木の上にいた。

「バカがッ出てこいって言われて出て行くわけねぇだろ。ラフィートの距離無効の力も俺の位置が分からなければ役に立たんだろう。だが俺はこの『獣の目』でお前達の姿がはっきりと見えているぞ」

 ほくそ笑むレキアの視界の中でラフィートの目がレキアの姿を捉える。

「いた!あそこだッ」

 ラフィートがレキアの位置を指差す。すかさずタカラが閃光魔法を放つ。

 カッと照らされた中にレキアの姿が見える。

 レキアは、チッと舌打ちして後退する。

「何でだ。何でバレた?」

 訳が分からない。絶対に見つかる距離では無かった筈だ。

「逃がすな!追うぞおうおぉぉッ」

 レキアを追おうとしたタカラの足にツタが絡まり、そのままタカラを吊り上げる。

「タカラのおっさん!」

 助けようとしたラフィートをタカラが制する。

「私に構うなッレキアを追うんだ!」

「で、でも」

「急げ、もう時間がない。姫様が入浴を終えてしまうぞ」

「ッ!?」

「いけッ光の勇者、約束の場所へ。姫様が待っている!!」

 くッと拳を握りしめ、分かった!っと言ってレキアを追って走り出す。

 木々を抜けると開けた高台に出る。そこにレキアが待ち構えていた。

「フンッやはり貴様が来たか」

「レキア!何で俺達の邪魔をするんだ」

「言ったはずだ。俺はハルカを守る、それだけだ」

「俺達は仲間だ、同志じゃないかッそれなのに」

「黙れ!ごちゃごちゃ言ってねえでかかって来いよ。この先に行きたきゃ俺を倒してから行けばいい」

 そう言ってレキアは拳を前に出す。

「それしか、無いのかよ」

 ラフィートも拳を構える。少し間をおいて2人同時に踏み出す。

「いくぞ!レキアーッ」

「来い!ラフィートーッ」

 2人の拳がぶつかり合う。うおおおっと吼えると力任せに腕を振りぬくが互いの体をかすめただけで空振りに終わる。すかさずラフィートが追撃に出るがレキアは体を翻しラフィートの背後に回る。

 せッとレキアが放った回し蹴りをラフィートは左腕で受け止める。

「!?」

 レキアは何かに反応して後方に飛び退く。


――なんだ、今何かに掴まれそうになった?。


「忘れたのか俺の固有能力は引き寄せる力だぜ」

「引き寄せる?なるほど、今の妙な感じがそうか」

 こいつの力は意外とスキが無い。距離無効の力あるから離れても意味がない、かといって近距離でも今の引き寄せる力がある。だがッ。

 レキアは一気に距離を詰めると拳を突き出し、すぐさま距離をとる。ラフィートに付かず離れず立ちまわる。

「フッやはりな、お前には実戦経験が足りないようだな」

 レキアのヒットアンドアウェイに対応出来ていない。

「くそ、ちょろちょろとッ」

 するりと攻撃をかわされてラフィートは焦りの色を見せる。

「どうした?カスリもしないぜ。お得意のD・エッジを使ったらどうだ」

 見え透いた挑発に血の上ったラフィートは、ギリッと奥歯を噛む。

 だが勇者のオーブは何の反応も見せない。

「おいおい、本当に使わないつもりかよ。俺も舐められたもんだぜ」

 能力を使わないのであればケンカ慣れしているレキアに敵うはずもない。タリアシティを出る前のラフィートならば敵わないと思った時点ですぐに諦めていただろう。

 だが今は違う。

「俺は・・・使わねぇ!」

 二度、三度とレキアのパンチを食らいながらも怯まずに打ち返す。

「姫と約束したんだ。勇者の力を人間に対して使わないって」

 真っ直ぐなラフィートの目からレキアは目を逸らす。

「姫、姫、姫,バカの一つ憶えみてぇにッあの女がお前になにをしてくれるってんだよ」

「俺は別に見返りなんて求めてない。俺がッあの人を守りたいって思ったんだ!そう言うお前だってハルカの言いなりなんじゃねぇか。実は獣の勇者じゃなくて犬の勇者なんじゃないのか?ハハッ」

「ぬかせッ」

 フンッとお互いに口元を歪めると渾身の力を込めて一撃をぶつけ合う。

 まだまだ余力を残すレキアに対し、ラフィートは今にも膝から崩れ落ちそうになる体を辛うじて奮い立たせる。

「ハァハァ、もう止そうレキア、勇者である俺達が争う必要なんてないじゃないか」

「なんだ?もう降参か、ふんッ勇者のくせに情けねえ」

 そう言うレキアも滴る汗を拭いつつ息を整えている。

「レキア、お前は何のために戦うんだ?」

「なに?何の話だ」

「ハルカに言われたから?それで本当にいいのかよ」

「いや・・・だから何の話だよ」

「分からないのか、本当に?この先に何があるのか」

「この先?」

 ラフィートの言葉にレキアは振り返ってみる。

「この先には、俺達がッタカラのおっさんやみんなが夢見た約束の場所が待っているんだぞ!」

「・・・は?」

「お前は見たくないんか、姫とハルカの入浴シーンをッ!!」

「ただののぞきじゃねえか!バカか!?バカなのか!?」

「見たくないの?」

「・・・見たい」

 あっさりと本音が出る。

「だが俺は・・・」

「へへッお互い譲れないものがあっただけさ。だからさ、行こうぜ一緒に」

 「お前って奴は」っとレキアは差し出されたラフィートの手を握る。

「行こう、俺達の約束の場所パラダイスへ!」




 高台の端に腹ばいになって露天風呂を覗き込む2人。

「どうだ見えるか?」

「まって、もうちょい」

 思ったよりも距離がある為肉眼では見にくい。だが双眼鏡などの装備は途中で落としてしまったらしい。もっともこの2人には必要のないものだった。

 ラフィートは今のレキアとの戦いの中で新たな力、『距離無効の目せんりがん』を会得していた。

「いた!あそこッ」

 レキアも『獣の目』を凝らし覗き込む。湯煙の中に二つの人影が見える。

「この距離からでもはっきりと伝わってくる乙女オーラ。間違いなく姫だ。けど、くそッ湯気が邪魔だなぁ」

 ラフィートが目の前で手をひらひらさせているのを見たレキアが閃く。

「それだ、その力で湯気を飛ばせないか?」

 そうか、っと躊躇なく力を使うと少しずつ湯気が晴れていく。

「いいぞ、もう少しで見える。、おおッ」

 崖から身を乗り出す2人。

「見えた!・・・あれ、意外に毛深い?」

 湯気の向こうから現れたのは・・・

「ウキャ?」

 サルだった。

「・・・」

「・・・」

 言葉もなく呆然とする2人はサルの頭に札が貼られているのに気付いた。

「あれはハルカのインスタントパワーか?」

 サルに貼られた札には 女子力UP と書かれていた。

「な・・・なんじゃそりゃあああああああ」

 ユノハナの夜空に少年達の叫び声が木霊するのだった。




 ハルカは笑いを堪えながら廊下を歩いていた。その先で待っていたアズサと合流する。

「ご用は済みました?」

「うん、もうバッチリ。プッククク」

 驚いているであろう少年達の顔が目に浮かぶようだった。

「それにしてもサルが飛び込んで来た時は何事かと思ったけどね」

「はい、おサルさんかわいかったです」

 ウフフっと笑うアズサの後ろ姿を見てハルカは立ち止まる。

「ねぇ、姫ちゃん・・・いえ、アズサ様」

「何です?改まって」

 振り向くとハルカはアズサに跪いていた。

「これまでの数々の非礼お許しください」

 深々と頭を下げる。

「私には何も出来ない事は分かっています。それでも、姫様の使命の旅にこの命を懸けてお仕え致します」

 ・・・アズサは目を瞑り、ふぅっと息を吐く。

「ハルカさん、ハルカさんが何も出来ないなんてそんな事はありませんよ。だって、ハルカさんはずっと私を守って下さったではありませんか」

 アズサは微笑むとハルカの手を取り立たせる。

「これからも頼りにさせて下さい。ハルカさんがいてくれると心強いです」

「はいっありがとうございます」

 涙ぐむハルカをアズサは優しく見つめる。

「けど、ようやくハルカさんがお話してくれて良かったです。私もハルカさんに一緒に来てもらいたかったのだけど、ハルカさんなかなか決心してくれなくてどう切り出そうか考えてたところなんですよ」

「へ・・・?」

 一瞬何の事だか分からなかったが、とある事に気付く。

「あ、さては姫ちゃん、あたしの心覗いたなぁ」

「ごめんなさい、悪気はなかったのですが」

 ハルカは二ヒヒっと笑うと、そんな悪い子は~っと指をクニクニと動かす。

「くすぐりの刑だあ」

 ハルカにくすぐられ、きゃあんっと悲鳴を上げる。

「不可抗力です~」

 逃げ出したアズサを、待ちなさ~いっと追いかけていく。

「・・・ありがとう、姫ちゃん」

 ハルカは涙を拭いながらそっと呟いた。






 翌日。

 中央都市へ向かうバスを待つアズサ達をユノハナレジスタンスのメンバー達が見送りに来ていた。

「リーダー、それにハルカ姐さん。2人とも体に気を付けて頑張って下さいッス」

「町の事なら心配するな。お前らの分も俺達で守っていくさ」

「姉ちゃんも行っちゃうなんて寂しくなるよ~」

「勇者の使命、応援してます」

「ああ、後の事はまかせたぜ」

「フフッなんかあったらすぐに連絡して。いつだって駆けつけるから、有料で」

「金取るのかよ!」

 アッハハハっと笑う彼らを微笑ましく見つめるアズサにラフィートが声をかける。

「姫、ちょっといい?」

 はい、なんでしょうっと答えるアズサに、ずっと気になっていたんだっと聞く。

「ケインの言っていた、『勇者とは六ッ花むつはな』ってどういう意味?姫には心当たりがあるみたいだったけど」

「ああ、その事ですか」

 そう言って、ラフィートに胸元のペンダントを見せる。

「これが六ッ花です」

「え?これ・・・」

 ペンダントを覗き込むラフィートは首を傾げる。それには聖王家の紋章が刻まれていた。

「聖王家の紋章にある、『異なる6つの花を咲かせる大樹』。これを六ッ花と呼びます。転じて聖王家縁の者を『六ッ花人むつはなびと』と呼ぶ事もあります」

 アズサはラフィートにまじまじと胸元を見られ、赤面し思わず身をよじる。

「小僧!無礼であろうがッ」

 タカラに割り込まれ慌てて言い訳する。

「ちがっ、俺はペンダントを見ていただけで」

「見苦しい言い訳をするな。姫様から離れんか馬鹿者」

 タカラに耳を引っ張られラフィートは「痛ちちッ!!」っと喚く。

「姫ちゃーん、バス来たよ」

 ハルカ達が呼ぶ。アズサは「はぁい」っと答えてラフィート達を振り返り微笑む。

「みなさん、さあ行きましょう。中央都市へ!」




 二人目の勇者、獣の勇者レキアとハルカの二人を加え一行はラの国の首都、自由交易都市セントラルシティへ向け出発する。



                                               つづく

第4話もお楽しみに。

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