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誕生!光の勇者

2話です。

 ラの国、タリアシティ沖。

 アズサ姫達を乗せた船は嵐の真っただ中にいた。

 船内に警報が鳴り響き、兵士達が慌ただしく走り回る。

 「右舷後方、悪鬼接近!距離・・・300!」

 ドンドドン

 甲板から悪鬼めがけ魔法弾が放たれる。悪鬼はそれを片手で弾くと漆黒の翼を広げ羽ばたかせる。

 1回、2回、3回と、翼から生じた風が衝撃波となって船体を襲う。

 激しい揺れに、キャッと悲鳴を上げバランスを崩したアズサを騎士タカラが抱きとめ叫ぶ。

「速度を上げろ、追いつかれるぞ!」

「これ以上は無理です!」

 既に燃料は底をつき、兵士達が直接魔力を魔導機関に注ぎ込み無理やり動かしている状態である為、出力が安定しない。

「くそっ港まで後少しだというのにッ」

 ギリッと奥歯を噛む。

「悪鬼接近!取り付かれます!」

 ゴゥンっと船体が揺れる。

 兵士達は槍を構え、甲板に降り立った悪鬼を迎え撃つ。その姿は3メートル以上はあるかという黒い巨体。背に蝙蝠の翼、狼の牙と爪を持ち、炎のように燃える赤い目が兵士達を睨みつける。

 グオォォォォ

 悪鬼が雄たけびを上げる。必死に応戦するも悪鬼には全くダメージが通らない。悪鬼の爪が次々と兵士達をなぎ倒していく。

「あ、あぁ・・・」

 ブリッジで戦いを見守っていたアズサの目からポロポロと涙が零れ落ちる。

「くっ、このままでは」

 アズサを守り切れない、そう判断したタカラは「姫を頼む」っと、側の兵士にアズサの身を預ける。

 自らの槍にリミッターを外した魔導器を付けられるだけ取り付けていくタカラをアズサは不安げに見つめる。

「タカラ何をする気?」

 心配するアズサに、「ご安心ください」と答え、アズサを安心させるために笑って見せる。

「姫様はこの騎士タカラが命に代えても必ずお守りしてみせます」

 槍と盾をアズサに向け掲げてタカラは身を翻す。

「だめよ、無茶な事はやめて!!」

 タカラの腕を掴もうと手を伸ばすが、タカラはスッと背を向け甲板へと走り出す。

「化け物め、これ以上好きにはさせんぞ」

 傷だらけになりながらも悪鬼にしがみついている兵士達に、「お前達は下がれ!」っと命令し悪鬼と対峙する。

 槍を握る手に力を込め、「うおおおお!!」っと悪鬼に向かって突撃する。

 待ち構える悪鬼の振り下ろされる爪を盾で受け止め、槍を突き出す。悪鬼は己の再生力を過信しているのか、それを避けることなく腹部に突き刺ささせる。


――かかった!

 

 槍に取り付けた全ての魔導器を暴走させる。

「タカラやめてッ!タカラぁ」

 アズサの悲鳴が聞こえる。

「姫様・・・どうやら私はここまでのようです。姫様だけでもどうかご無事で・・・」

 暴走した魔導器から強烈な閃光がほとばしる。と同時に衝撃波が船体を激しく揺らす。


 

 夜明け前の海を照らした光はタカラと悪鬼を包み込んで、消えた・・・ 






 ラフィートは『届かない男』である。

「あ?今誰かに悪口言われた気がする」

 ・・・言ってません。

「まあいいや。ふあぁ今日はなにすっかなー」

 欠伸をしながらラフィートは駅前通りをぶらぶら歩く。

 学校を卒業してからの彼は、短期のバイトで小銭を稼ぎ、稼いだ金で遊び歩き、使い切ったら家でダラダラして母親にバイトしろっと叩き出される。その繰り返し。


 聖王国では小学校、中学校までが必修義務教育である。その上の高校、そして研究院への進学は任意であり、大半の人は中学卒業と同時に社会人となる。

 

 ラフィートは一時は友人達と一緒に進学する事も考えたが、結局それは見送り、その日暮らしを選んだ。

 今日も行きつけの喫茶店で午前を潰してきたところだった。

「いい天気だなー。日差しが眩しいぜ」

 麗らかな昼下がり、明け方の嵐が嘘のような快晴。ここタリアシティはどこにでもあるような小さな港街だ。今日もいつもと変わらぬ退屈な一日を過ごしていた。

「ん?」

 ポケットの中に何かある。

 何気なしに手をつっこませたズボンのポケットにガサッとした感触があった。引っ張り出してみるとそれは商店街でやってる福引券だった。しかも今日が最終日だ。

「福引ねぇあんまり期待はできないけど、行くだけ行ってみるか」

 どうせ今日も特にやる事も無い。ラフィートは鼻歌交じりに商店街を目指す。



 いつも通りの見慣れた商店街に入ってすぐの事。

「あれ?なんだか妙な違和感を感じる」

 首を傾げながらも適当にぶらつくと、福引所はすぐに見つかった。

 人気がなく開店休業の様な仮設テントを覗き込み、とりあえず景品を見てみる。

 

 一等 小型ケータイ通話魔導器

 二等 魔導テレビ

 三等 カップ麺 一ヶ月分

 四等 商品券 5000G分

 五等 ポケットティッシュ

 特賞 ユノハナ温泉郷 一泊二日招待券

 

「うおおおお!?一等ケータイってマジか!」

 思わず声に出る。

「マジだよー」

 ハッピを着たおばちゃんがひょっこっと顔を出し、「お兄ちゃんやってかない?」っと手招きしている。

「やります!」

 ビシッと福引券を突きつける。

「じゃあ一回まわしてねー」

 ・・・チャンスは一回、ラフィートはゆっくりと福引器を回す。


――届け一等・・・届け・・・届け・・・届け・・・


「届けぇ!!」

 コロンっ小さな玉が転がり出る。

 カランッカランッカランッ

 おばちゃんが鐘を鳴らす。

「おめでとー、一等賞、大当たりー」

「ぃやったあああああ!」

 ラフィートはガッツポーズをとる。すると奥からもう一人のおばちゃんが出てきてハッピのおばちゃんに話しかける。

「え?そうだっけ?」

「お兄ちゃんごめんねー。一等、もう出ちゃってたって。だからこれなしってことで」

「は・・・?」

 ラフィートはガッツポーズのまま固まっている。

「もう一回まわしてねー」

「・・・はい」

 表情の固まったまま福引器を回す。

「おめでとー、五等賞ざんねんしょうー」

「ちょっ、マジッスか」

「なんかごめんねえ。はい、五等の景品」

 笑顔のおばちゃんから商店名の入ったポケットティッシュを受け取って、ラフィートは一人ため息を吐く。

 


「はあ」と、何度目かも忘れたため息を吐きながらラフィートはとぼとぼと歩いていた。

「なんでいつもこうなんだ・・・」

 ポケットに押し込んだ五等の景品のポケットティッシュを握る。

 はあ、とため息をつく。

 福引の事に限った事じゃなくいつもそうなのだ。いつもあと一歩っという所で失敗する。目の前にあるのに手が届かない。届かない男、そう友人達に揶揄される事もある。

「あーあ、なんかおもしれーこと起きねーかな」

 ベンチに腰かけていつもと変わらない退屈な風景を眺める。

 今日はいつもに増して人気がない。さっきの福引所に行った時にも感じた違和感。

「そうか、人が少なすぎるんだ」

 と気付き、あたりを見渡す。

 いくら田舎の港街といったって今日は人が少なすぎる。

 その時、視界の端に早足で通り過ぎる人影が見えた。

「どこ行くんだろう?」

 人影の行く先を目で追ってみる。

「あっちは港のある方か・・・何かあったっけ?貨物船が来るにはまだ早いはずだし。港か、どうせ暇なんだし行ってみるか」

 人影を追いかけて港に続く海沿いの道を抜けると人だかりが見えた。街中の人間が集まっているのではないかという人数だ。

「なんだ?あの船」

 見慣れない船が停泊している。外装は豪華な装飾が施されているのにその船体はボロボロで今にも沈没してしまうんじゃないかと思える。

「退いてくださーい。道を開けてー」

 この場に似つかわしくない背広を着た男たちが野次馬達の間に割り込んでいく。

「これ何の騒ぎ?」

 顔見知りが居たので聞いてみた。

「おう、ラフィート。なんだよ知らずに来たのか?」

「だから聞いてんだよ」

「あの船に、お姫様が乗っているんだってさ」

 姫、と言う言葉にドキンっと胸が高鳴るのを感じる。

「見ろよあの紋章、聖王家のものに間違いないぜ」

 それは予感。

 いつもと変わらない日常が変わっていく期待。

「でも何で聖王家の船がこんな辺鄙なド田舎に来てんの?」

 そう友人に尋ねるが「知らん」と一言吐き捨てられる。

 どよめきが起こる。

 船上に兵士らしき格好の人影が慌ただしく動き始めたからだ。

「姫さまー」

 歓声が次第に大きくなっていく。

 この場にいる誰もが次に現れるであろう少女の姿を待つ。




 そんな外のざわめきを知ってか知らぬか、アズサは頬を膨らませ怒っていた。

「あ、あの・・・姫様?」

 おずおずとタカラが話しかける。

「むーーー」

 タカラをちらっと睨むと、プイッとそっぽを向いてしまう。周りの兵士達もどうしたものかとオロオロしている。

「私、言ったよね?」

 え?っとタカラ達は顔を見合わせる。

「私、無茶な事はやめてッて言ったよね!?」

「ハ、ハイッ言われましたっすみませんでした!!」

 タカラ達は思わず背筋をピンっと伸ばして、即謝りしてしまう。

「じゃあなんで無茶しちゃうかな!?」

 アズサはまた、プイッとそっぽを向く。



 あの時、悪鬼に向かって突撃したタカラは自爆覚悟で悪鬼に槍を突き立て、ゼロ距離で魔導器を暴発させた。悪鬼もろとも吹き飛ばされたタカラが助かったのはただの偶然でしかない。ボロボロになって戻ってきたタカラを見た途端、アズサはその場で泣き崩れてしまったのだ。



「私、心配したんだから・・・とっても心配してたんだからね!」

 タカラ達が冷や汗をかき、アズサの機嫌を窺っていると、

「下船準備完了しました」

 荷物の整理をしていた兵士達が報告に来た。

 グッドタイミング!タカラはこれだとばかりにさあさあと、アズサの背を押し下船を促す。

「さ、さあ姫様。行きましょう、我々の果たすべき使命のために」

「むむーー」

 まだ言い足りないっという顔をしつつ船を降りる。その先の人だかりに気付いて慌てて笑顔を作る。

 

――わあああぁ

 

 アズサの姿を見つけた人々から歓声が上がる。

「あれがアズサ姫」

 初めて見るお姫様・・・腰まで伸びたサラサラの黒髪、雪のように白い肌、煌めく紅玉ルビーの瞳を持つ少女にラフィートの目も釘づけになる。

「退いて退いて、ほら下がって」

 背広の男たちが人垣を押し分ける。どこかで見たことのある男性がアズサの前へ歩み出る。

「ようこそタリアシティへアズサ姫様。遠路はるばるお越しくださいまして私共一同光栄至極の至りでございまして、へへへ」

 ペコペコと頭を下げる男性がアズサの手を取ろうとした時、タカラが割って入る。

「失礼だが貴方は?」

 睨みを利かすタカラに押され、アヒっと後ずさる。

「わ私はこの街の市長を務めておりまして、へへへ」

(あぁどうりで見たことがあるわけか)

 ラフィートは今更ながらに市長の顔を思い出した。

「おお市長殿でしたか、これはご無礼を。私はアズサ姫の護衛騎士タカラ、と申します」

 そう言って市長に手を差し出す。アズサとの間に割って入られ「はぁ」、とタカラと握手を交わす。

「あ、あのーところでご視察に来られるとは伺っていなかったのですが・・・」

 タカラはアズサの方を見る。アズサは頷くと、一歩踏み出す。

「今日は皆様に至急聞いていただきたいお話があります」

 困惑する市長達に構わず続ける。

「災厄が来ます。皆様どうか慌てず速やかに避難の準備をしてください。」

 ・・・沈黙。そして、

 ドッと爆笑が起こる。

「あはは、えーどうゆうこと?」

「すげぇ、姫様も冗談いうんだ」

「真面目な顔して言うんだもん、何事かと思っちゃたよ」

 今度はアズサ達が困惑していた。

「話を聞いてください。冗談ではありません、本当なんです」

「市長殿まで何を笑っているのだ。姫様の話を信じて下さい」

 タカラも必死に呼びかけるが、誰もアズサの話を聞こうとはしない。ラフィートもその様子を笑って見ていた。

「お可哀想に、あの船を見て。きっと海賊に襲われたのよ。さぞかし怖い思いをされた事でしょうね」

 ひそひそと小声でしゃべる女性達を制しながら市長達はハンカチで冷や汗を拭う。

「えー、姫様がそこまでおっしゃられるのであれば、できる限り早急にかつ前向きに検討させていただきたいと考えておりますので少々お時間を頂ければ、はい」

 ぐぬぬ・・・タカラは拳を震わせる。

「そうだ、その間せっかくですのでこの街をご観光なされてはいかがでしょうか。うん、それがいい」

「無礼なッ」といきり立つタカラを制し、アズサはニコリと微笑むと、ポンッと両手を合わせる。

「ではお言葉に甘えて暫く滞在させていただきましょう」

 タカラがそっとアズサに耳打ちする。

「我々は急いで聖王都に戻らねばならないのですよ、呑気に観光などしている暇は・・・」

 タカラの言葉を遮るとそっと首を振り、「これでいいのです」と答える。

「おぉならばすぐに最上級ホテルを手配いたします。護衛は・・・大丈夫ですね」

 チラリとタカラを見て、「では後ほど」と言い残し市長達は足早に帰っていった。

 その際に集まった市民達に「お前達も散れ散れ、姫様にご迷惑を掛けるんじゃない」と、追い払う。

「なんだよー」、「横暴だぞー」、などと口々に文句を垂れながらも各々の場所に戻っていく。港に残されたアズサは、ボロボロになった船を見上げて聞く。

「船の修理にはどのくらいかかりますか?」

「残念ですが、直すより新しく調達した方が早いかと」

「・・・そうですか」、と視線を逸らす。その先でなんとなく帰りそびれていたラフィートと目が合った。

「そこのあなた」

 不意に声を掛けられキョロキョロと周りを見回し、「お、俺・・・僕ですか?」と自分を指差す。

「ええ、あなたです」

 ラフィートはおずおずとアズサの前に出る。

「お名前を窺ってもよろしいですか?」

「えと、ラフィート、です。姫様」

「ではラフィートさん、これから何かご予定はおありですか?」

 アズサの紅い瞳に見つめられ、「いいえっ」と答えるがその声は上擦ってしまう。

「良かった、では街の案内をお願いできますか?」

「えぇっ俺、じゃない僕が・・・ですか?」

 はい、ぜひにと胸の前で両手を合わせ微笑む。その愛らしい仕草に思わず、

「か、かわいい・・・」

 思わず声に出る。「え?」と聞き返され、「何でもありませんっ」と笑ってごまかす。

「俺、じゃない僕でいいのなら・・・」

 アズサは「普段通りの話し方で良いですよ」、と気さくにラフィートの手を握る。

(うわあ、姫の手が、温かくって、柔らかくって小さな手が、細い指がああ)

 ラフィートの顔がみるみる赤くなっていく。

「小僧ッ」

 タカラのドスを利かせた声に、ビクッと反応する。

「は、ハイ。ナンデショウ・・・」

 恐る恐るタカラを見る。

「案内、よろしく頼む」

 ニッと笑うとさりげなくアズサから引き離す。

「はい、こちらこそ・・・」

(このおっさん目が笑ってねぇ)

 ハハっと愛想笑いを浮かべつつアズサに尋ねる。

「あ、それじゃあどこから行きましょうか?」

「どこか、おすすめスポットとかあります?」

「おすすめかぁ、どこかあったかな?」

 はた、と思い付きポンッと手を叩く。

「あぁそうだ、それなら勇者像でも見に行きますか?」

「勇者像!?あるのですか、この街に?」

「あ、はい、そこの高台に」

 と高台を指差す。

「私、見たいです勇者像。ぜひ連れて行って下さい」

 アズサは目を輝かせて今にもピョンピョン飛び跳ねそうな勢いで高台を見上げている。

(・・・かわいいなぁ)

 つい見惚れてしまう。ラフィートは内心ニヤニヤしつつ二人を駅前通りに案内する。




「あれは・・・駅ですか?」

 駅前通りに着くと真っ先に目に入る建物を指差してアズサが尋ねる。

「そうですっ」と答えると、へぇとか、まぁとかと頷いている。見るもの全てが珍しいらしくラフィートにあれこれ質問してきた。

「この列車はどこにつながっているの?」

「えーと、これは貨物船から降ろした荷物を中央都市セントラルまで運ぶんです」

 タリアシティが港街として機能しているのはこの鉄道があるおかげなのだ。

「ところで、他の兵士達ひとはどうしたんですか?」

「ああ、長旅だったからな、彼らには先に休んでもらった」

 違和感を感じつつも「まあいいか」、とアズサの方を見ると本屋の前で立ち止まっていた。

「本が沢山、ラフィートさんここは・・・書庫ですね」

「いや、本屋さん」

「これが本屋さんですか・・・見たことの無い本ばかりです」

 アズサは嬉しそうに店内を物色する。

「見てくださいこの本、挿絵しかないですよ」

「いや、それは漫画・・・」

アズサはとても満喫しているようだった。ふと、ラフィートは気付く。

(あれ?これって・・・もしかして)

「デートなのでは!?」

「そんなわけあるか!」

 思わず声に出してしまい、タカラにポカリっと叩かれた。

(くそっこのおっさん邪魔だなあ)

 その時、ラフィートにピキーンッと直感が走る。

「あ、あの店は・・・!」

 映画とかでよく見たことがある。

「お姫様とのデートでのお約束、ホットドッグ!!」

 初めて食べる庶民の味、恐る恐る口にする。「え、あらやだ、なにこれ美味しい♡」、これで好感度UP間違いなし!!

「キタキターッ鉄板イベント!」

 一人テンションの上がるラフィートに対してキョトンとしているアズサ達。

「姫様、ホットドッグ食べませんか?」

「・・・ほっとどっぐ?」

「なんですそれ」、と首を傾げる。

「YES!理想的リアクション!!じゃあ俺買ってきますよ」

 ラフィートがガッツポーズをとり、買いに行こうとすると「待てッ」とタカラに呼び止められる。

「まさかとは思うが、あのようなジャンクフードを姫様に食べさせようと言うのではないだろうな」

(くっまたこのおっさん)

「あの店のホットドッグは、この辺じゃあ知らない者がないくらいにおいしいって評判で、料理コンテストとかでも常に上位なんですよ。なので是非姫様にも食べてもらいたいなーなんて思うんですよ」

 必死に説得しようとするも、タカラは「へっ」と一笑する。

「凡人如きの作る物など美味いわけがない、それに一流の料理人の一流の料理以外姫様のお口に合うはずがなかろう」

(くそっ謝れ、全国のホットドッグ屋さんに謝れこのおっさん)

「ごめんなさいラフィートさん、折角なのですが私まだお腹は空いていませんのでまたの機会にお願いします」

 アズサが申し訳なさそうに謝る。

「いや、こっちこそすみません、はは・・・」

 その隣で勝ち誇っているおっさんがムカつく。

 大通りに入った所で、線路沿いに続く道を指差してアズサが尋ねる。

「ラフィートさん、この先の道は?」

「あの先は街の北口だね、けどあまり使わないな」

「あら、どうしてです?」

「うーん、まず道が悪い。あの先は湿原になってて皆通りたがらないんだ。線路が通ってからは列車で行けるしね」

 アズサはへぇ、と相づちを打つとタカラに目配せすると、タカラはそっと頷く。

「では普段、皆様はどこを通られるのです?」

「いつもは南口かな。あっちは道も広いし、バスもあるから便利だし」

「ふむ、道が広い・・・と」

 タカラは何かメモを取っている。

「?」

 まあいいか、とラフィートは敢えて気にせず先に進む。そんなこんなあって一行は高台に続く階段の前まで来た。

「・・・」

「・・・高いですね」

 二人は階段を見上げて呆然としている。階段は高台に沿ってほぼ垂直に伸びている。

「何段くらいあるのです?」

「えーと、300段くらいだったかな」

「さ・・・」っと、アズサは絶句する。

「小僧ッまさかこれを姫様に昇らせるつもりなのかッ!」

「えと、そうだけど・・・」

「馬鹿なッ姫様に昇れる訳がなかろう。10段も昇れば泣きだしてしまうわ!」

「タカラ、それは言い過ぎです。私だって15段くらいなら泣かずに我慢できます」

 胸に手を当て誇らしげに言うアズサにタカラはすみませんっと頭を下げる。

「・・・300段あるそうなんだけど?」

(あ、姫はもう泣きそうになってる。1段も上ってないって)

「あの、他に道は・・・昇る方法ははないのですか?」

 涙目で訴えてくる。

(くっなんという破壊力、可愛すぎる)

「ええと、南口側に車でも登れる坂道があるけど・・・」

「なら先にそっちに案内せんかッ」

 ポカリっと叩かれた。

「くっこのおっさん・・・」




 駅前通りまで戻って商店街を抜ける。そして歓楽街を通り過ぎた頃。

「あの、タカラ?」

「なんでしょうか姫様」

「どうしてあなたは私に目隠ししていたのです?」

 歓楽街に入ってすぐタカラはアズサの目を塞いでいた。

「姫様にはまだ早い・・・とういか目に毒でしたので、どうかお許しを」

「?まあタカラがそう言うのなら構いませんが」

(・・・ていうかお二人さん、こっちの身にもなってほしい。女の子を目隠しするおっさんと一緒に歩く俺の身に!)

「すれ違う人、めっちゃ見てた。不審な目でめっちゃ見てた!!」

「彼はさっきから何を言っているのです?」

「さあ?放っておきましょう」

 小さな公園に出る。

 すると、「あら?あの子・・・」公園の片隅で一人木を見上げている女の子に気付く。

「どうかしましたか?」

 アズサは女の子に声をかける。女の子は、「んっ」と木の上を指差す。見ると木の枝にピンクのボールが引っ掛かっている。

「まあ、取れなくなってしまったのね」

「うんっ』と頷く少女に「待ってて」、と伝えると「タカラお願い」とタカラに任せる。

「分かりました」と言うタカラに、「ちょっと待った。ここは俺に任せて」タカラを制止しラフィートが前に出る。

「ラフィートさん?」

 アズサに、「まあ見ててっ」と言うと、ボールに向かって手を伸ばす。もちろん届くわけがない。だが。

「来い!」

 ラフィートの声に反応してボールがふわっと浮き上がると、スーッとラフィートの手に収まる。

「わあい。ありがとうおにいちゃん」

 ボールを受け取ると女の子は駆けていった。

「ラフィートさん、今のは・・・」

「ん?ああ、俺の固有能力」

 ラフィートの固有能力は離れた場所にある物を手元に引き寄せる力だ。

「まあ、便利ですね」

「いやまあ、でも目に見えている範囲で自分が持てる重さの物しかダメなんだけどね」

 と言いつつ満更でもなさげに、ハハっと笑う。

「そうだ、姫の固有能力ってどんなの?」

「!?」

 アズサの表情が険しくなる。すかさずタカラがラフィートの胸倉を掴み、にらみを利かせる。

「小僧あまり調子に乗るなよ。貴様如きが・・・」

「タカラッ」

 アズサがビシッと一言でタカラを止める。アズサは戸惑うラフィートにニコッと微笑む。

「私の固有能力チカラは・・・」

 ラフィートはゴクっと息を呑む。

「国家機密です☆」

 っとウィンクする。

「へ?」

 思わず変な声が出た。

「え?あ、ああそうだよねお姫様だもんね。なんかすみません」

(ヤバいっ触れちゃいけない事だ)

「察して下さってありがとうございます」

 フフッとはにかむ。

「あ、ちなみに騎士さんのは・・・」

 ギロリッ

 睨まれた。ごめんなさい。




 やっと南口に着いた。

「ここを真っ直ぐ行けば街道に出られます。で、こっちの坂を登れば高台に行けます」

 アズサは坂を見上げてそっと吐息を吐く。

「良かった、これなら登れそうですね」

 さっきの階段の件もあって緩い坂道を見て安堵のため息をつく。ラフィートが「後少しですよ」と言うと、嬉しそうに「はいっ」と微笑む。

(あぁもう可愛いなぁ)

「あれ、おっさんは?」

 見渡すと離れた所にいた。誰かと話しているようだ。相手はタカラに敬礼すると走って行ってしまった。

「今のは?」

「ああ、こちらの事だ。気にしなくて良い」

「はあ?まあいいけど」

「二人とも行きますよー、早くー」

 待ちきれずにアズサが手を振っている。ラフィート達はアズサの後を追って高台へと向かった。



「わあ!」

 高台から見下ろした景色に歓声を上げる。高台は公園になっていてここからだと街が一望できる。

「すごいです。とても綺麗です」

 ラフィートにとっては見慣れた景色だが、こんなに喜んでもらえると悪い気はしない。

「それにしてもここは人が多いですね」

 アズサが辺りを見まわすと遠巻きにアズサを見ていた人達が一斉に目を逸らす。

「いや、普段はこんなに人居ないってか姫を見に来た人だろうけどね」

 アズサはウズウズと落ち着かない感じでキョロキョロしている。

「どうかしました?」

「ラフィートさん、勇者像はどこですか?私早く見たいです」

「ああ、そうだった。勇者像はあそこですよ」

 公園の端を指差す。勇者像は今の市長が観光客誘致の為に作らせた銅像だ。大きさは約2メートル。右手を邪神を封じたとされるマの国を指差すようにして置かれている。

 アズサはトテテっと駆け寄る。

「・・・これが勇者像、ですか?聞いていたものとは全く違いますね」

 アズサが聞いていたというのは本物の勇者像の事だ。世界各地に6体の勇者像があり、大きさは10メートルを超えるものだという。その為、巨像と呼ばれることもある。アズサは勇者像の前で膝をつくとそっと瞳を閉じる。

「姫?」

 ラフィートがアズサに声をかけようとした時、ゾクッと一瞬、奇妙な悪寒を感じた。まるで誰かに視られているような感覚。

「なんだ?今の」

 辺りを見渡しても特に変わった所はない。

「姫様・・・」

 タカラが声をかける。アズサは無言のまま頷く。

 ラフィートはアズサ達に近寄り、次の目的地を尋ねる。

「じゃあ次はどこに行きたいですか?ここから行くとしたら・・・」

「もう結構です」

(・・・え?)

「今日はとても楽しかったです、本当にありがとうございました。ここまででもう結構です」

(・・・あ、ああ)

「さようなら」

 もうアズサはラフィートを見ていない。ラフィートは何も言えないまま後ずさると逃げるように高台を駆け下りていった。

(・・・俺は馬鹿だ。大馬鹿だ。最初から分かっていた事じゃないか。姫はたまたま目の前にいた俺に声をかけただけだ。それなのに俺はいい気になって、調子に乗って・・・)

 

――じゃあ次はどこに行きたいですか?


(・・・恥ずかしい。きっと姫は俺の事を馴れ馴れしい奴って、図々しい奴だって思ったはずだ)

 さっきまでいた高台を見上げる。アズサの温もりが残っている手を高台に向ける。すぐ目の前にあったはずなのに・・・伸ばせば触れることが出来たはずなのに・・・

「やっぱり俺は・・・」

 ラフィートは届かない男である。






 日は傾き、空は朱色に染まる。水平線から現れた貨物船がゆっくりとタリアシティに向かってやって来るのを、港近くの公園からラフィートは気の抜けた顔でボーっと眺めていた。

「姫・・・可愛かったなぁ」

 目を閉じればアズサの笑顔ばかりが思い出される。


 ・・・ラフィートさん


 澄んだ鈴のような声に名前を呼ばれる。

「姫、俺はあなたの事が・・・」

 

・・・もう結構です・・・さようなら・・・さようなら


「そんな、待って下さい。俺は・・・俺は・・・」


 調子に乗るなよ小僧!


「うわっおっさん!?」

 突然目の前に現れたタカラのドアップに現実に引き戻される。

「・・・くそっおっさんめ妄想の中にまで」

 何気なしに入港しようとしている貨物船に目を向ける。

「・・・あれ?なんだろう、貨物船の後ろに何かいる。鳥?いやもっと大きい?」

 その黒い影が翼を広げようとすると、貨物船の陰から一隻の船が黒い影に向かって飛び出した。

 

 ドンドンドンッ


 船から魔法弾が発射される。黒い影、悪鬼は魔法弾をかわすと翼を羽ばたかせ衝撃波を打ち出す。衝撃波を受けながらも船は悪鬼に向かっていく。

「あの船、確か姫のッ」

 外装の装飾に見覚えがあった。ボロボロの船体、アズサの乗ってきた船だ。その船が悪鬼に体当たりをする。が、悪鬼は両手で船を受け止める。船内から兵士たちが海に飛び込むと同時に船から強烈な閃光が走る。

 

 ドォンッ


 船が爆発する。だが悪鬼はその寸前に空へと逃げていた。

 

 グオオオオオオッ!!!

 

 悪鬼の雄たけびが響き渡る。

 火の海と化した港から逃げ出してきた人々は何事かと空を見上げ、その異形の姿、3メートル以上はあるかという黒い巨体。背に蝙蝠の翼、狼の牙と爪を持ち、炎のように燃える赤い目を持つ化け物を見て悲鳴を上げる。

 悪鬼が打ち出した衝撃波が街を、人を襲う。

「何なんだよッ一体何なんだよ!!」

 悲鳴を上げ逃げ惑う人々の中でラフィートは叫んでいた。街のあちこちから火の手が上がる。

 

 パンパンパン


 警察官たちが小型魔導器で悪鬼と交戦するがまったく歯が立たない。悪鬼の爪が人間をまるで道端の雑草を刈り取るかのように薙ぎ払っていく。うわあああっと逃げ遅れた男性が悲鳴を上げる。悪鬼が爪を振り上げた時、

 

 ドン!ドン!ドン!

 

 魔法弾が悪鬼に直撃する。悪鬼が怯んだ隙に警官たちが男性を救出する。

「今の、姫の・・・」

 ラフィートは気付いた。この混乱の中で街の要所要所でアズサの兵士達が悪鬼と戦っている。ここまでもそうだった、パニックになり他人を押しのけ我先に街の出口、南口へと殺到する人達から遠ざけるように悪鬼の注意をひいていた。今も兵士達は悪鬼を人の少ない北口の方へと誘導しているように見える。

「でもどうして・・・」

 

――災厄が来ます。皆様どうか慌てず速やかに避難の準備をしてください。

 

 アズサの言葉を思い出す。

「そうだ、姫は災厄が来るって言っていた。最初から知っていたんだ、あの化け物が来ることを」

 

――聞いて下さい、本当なんです。


「だけど誰も信じなかった。必死に訴えていた姫を、みんなで笑って・・・」


――今日はとても楽しかったです。


「俺達の事なんてほっといて自分達だけ逃げればよかったのに」

 

 ドン!ドン!ドン!

 

 戦闘音は駅前通りの方から聞こえてくる。

「まさか、姫は!」

 アズサの警告を誰も信じなかった。だから、悪鬼襲来に備えてラフィートに街の案内を頼んで地理を調べ、兵士を待機させ、自らが囮となって住人の避難の時間を稼ごうとしているのか。

「そんな、なんでそこまで・・・」

(わからない、わからないけど・・・)

 ラフィートは走り出していた。南口へ逃げる人々をかき分けその反対、アズサのいる北口に向かって。






「姫・・・姫・・・ッ」

 ラフィートは階段を上る。ただひたすらに上る。その先にアズサの姿を求め、倒れそうになる体を奮い立たせながら300段の階段を駆け上る。

 


 悪鬼との戦闘は駅前通りを越え、北の大通りに移っていた。倒壊した駅を駆け抜け大通りに着いたラフィートは悪鬼と戦うタカラを見つけた。タカラは兵士達に号令をかけ悪鬼を取り囲む。

「姫は?いないのか」

(アズサの姿が見えない。タカラが先に逃がしたのか?いや・・・)

「悪鬼を足止めしろ!!姫様に近づけさせるな!!」

 タカラが叫び南へ行こうとする悪鬼を抑えつける。

「・・・姫に近づけるな、ということは悪鬼が行こうとしている先にアズサが居るんだ」

 ラフィートは振り返り高台を見上げる。

「あそこだ!!」

 


 ラフィートは階段を上る。ただひたすらに上り続ける。何度も足を踏み外し体を打ちつけても立ち上がり頂上へ上り続ける。

「姫・・・姫・・・ッ」

 最後の一段を倒れこむように駆け抜ける。ゼェ、ゼェっと息を切らす。心臓が飛び出してしまうのではないかという程に暴れまくっている。

「・・・姫」

 アズサがいた。勇者像の前で祈りを捧げるように頭を垂れている。アズサはラフィートに気付くと顔を上げる。その目から涙が零れ落ちる。

「・・・ッ」

 ラフィートはアズサに駆け寄ると力一杯に抱きしめた。言いたいことが、伝えたいことがあった筈なのに何も言えない、言葉にできない。

「ラフィートさん・・・」

 アズサは、どうしてここに?という顔でラフィートを見る。

「姫、逃げよう、今すぐ!!」

 ラフィートはアズサの手を取り連れ出そうとするが、アズサはその手を振りほどく。

「ごめんなさいラフィートさん、私は・・・逃げられません」

「どうして!?すぐに化け物が来る!逃げるんだ、早くッ」

 強引にアズサを連れ出そうとするがアズサは頑として動こうとしない。

「私の事は構わずにラフィートさんはどうか逃げて下さい」

「嫌だッ」

「今ならまだ間に合います」

「嫌だッ」

「後の事は私達に任せて下さい」

「嫌だッ」

「だから・・・ッ」

「嫌だッ!!」

 ラフィートの叫びにアズサはビクッと身を竦ませる。

「どうしてだよ、逃げろよ!化け物なんだぞ、殺されるんだぞ、姫はお姫様なんだから一番安全な所まで逃げればいいじゃないか!なんでだよ・・・なんで俺達なんかの為に危ない事をするんだよ!!」

 一気にまくしたてるラフィートをアズサは真っ直ぐに見つめる。

「それでも私は逃げられません」

「だから・・・なんで」

「見て下さいラフィートさん」

 そう言って高台の下タリアシティを指差す。

 


 街が燃えている。

 ほんの数時間前、そこはいつもと変わらない見慣れた景色だった。誰もが今日もいつもと同じ、何も変わらない退屈な日々が続くと思っていた。それが今はまるで悪夢のようだった。街のあちらこちらから悲鳴が聞こえる。美しかった街並みはたった一体の悪鬼によって見るも無残に破壊されてしまった。



「私は、ある使命を受けました」

 アズサは自分に言い聞かせるように語る。

「今世界に災厄が迫っています。かつて世界を滅ぼそうとしたという悪しき邪神の目覚めが近づいているのです。私はマの国で失われし文明の記憶に触れました。それは私達への遺言、人間の敵101体の悪鬼への警告でした」

 邪神・・・悪鬼・・・とても信じられない。だが、現に街は火の海だ。

「私の使命、それは邪神が目覚める前に6人の勇者を見つけ出す事なのです。」

「だったらなおさらこんな所にいちゃ駄目だ」

 アズサは首を振る。

「私は逃げられません。聖王家の血を継ぐ者として国民を守る義務があります」

 使命と義務、アズサの揺るぎない決意の前にラフィートは何も言えなかった。

 毎日ただダラダラと過ごしてきた自分とはあまりにも違いすぎる。ラフィートにはアズサの決意を否定する資格はなかった。

 気付くとラフィートはアズサから後ずさり、離れていた。

「さようならラフィートさん」

 アズサは「あぁそうだ」と胸の前で両手をポンッと合わせる。

「私、本当はあの時ホットドッグ、食べてみたかったんですよ」

 アズサは少し寂しげに微笑む。

 

――!?・・・違うッ姫と俺に違いなんてない。どんなに強がっていても普通の女の子と同じなんだ。


「ひめ・・・」

 呼びかけてラフィートは動けなかった。アズサの背後に悪鬼が飛び込んで来たからだ。

「来ましたか。待っていましたよ悪鬼」

 アズサはゆっくりと悪鬼に向き直る。

『グルルルルル』

 悪鬼はその炎のように燃える赤い目でアズサの紅い目を見つめる。

「教えて下さい、あなた達の目的は何なのですか?どうして人間を襲うのですか」

 悪鬼は答えない。

「私はあなた達がどの様な存在なのか知らなければいけません。ですので・・・」

 そっと瞳を閉じる。

「あなたの存在こころ、視させてもらいます」

 神眼が開かれる。

 アズサの意識がこの場を支配する。

「うあ、ああああぁ」

 ラフィートは何かに心の中をまさぐられるような感覚に思わず呻く。



 暗い・・・アズサは闇の中にいた。

 これが悪鬼の心・・・?

 見渡すかぎりの闇、その中に光が見える。それは青く輝く光、闇の中に煌めく青き宝石。

 これは・・・地球?

 青の星の美しさに見蕩れていると闇の中から声が聞こえる。

「・・・よ・・・ろす・・・」

 アズサは闇に眼を凝らす。それは怒り。人間に向けられた絶望的な殺意。

 

――殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す・・・

 

――滅びよ滅びよ滅びよ滅びよ滅びよ滅びよ滅びよ滅びよ滅びよ滅びよ滅びよ滅びよ滅びよ滅びよ滅びよ滅びよ・・・



「キャアァ」

 アズサは頭を押さえ悲鳴を上げると、ガクッと膝をつく。

「姫!姫ぇ!!」

 ラフィートは必死に呼びかけるがアズサは動かない。悪鬼はゆっくりとアズサに近寄っていく。

(やめろッ)

 悪鬼が爪を振り上げる。

「やめろぉぉぉぉぉ!!」

 ラフィートはアズサに手を伸ばす。だがッ

 悪鬼の爪がアズサを切り裂いた。

「あ、ああ・・・」

 アズサの体がゆっくりと崩れ落ちる。ラフィートはアズサに駆け寄り何度も呼びかける。

「姫、姫、目を開けて下さい、姫っ」

 物言わぬアズサの体を揺さぶる。胸からあふれ出した血が服を真っ赤に染めていく。

(まただ。俺はまた・・・届かなかった、また・・・肝心な時に)

「いやだッこんなのいやだ!姫、姫ぇ」

 涙が溢れて止まらない。悪鬼は止めを刺そうと再び爪を振り上げる。

 

 ドンッ

 

 魔法弾を受け悪鬼が飛び退く。

「あっ」

 息を切らせ、魔導器を構えたタカラが階段に立っていた。

「姫様・・・」

 アズサの側で跪く。

「姫をッ助けて、ち血が、止まらなくてっ息がッ俺の魔法じゃ、治せないっ」

 タカラはラフィートの事など気にも留めない。

「お前達!」

 階段を駆け上ってきた兵士達が、ハッと答える。

「急いで手当を!」

 すぐさま兵士が駆け寄りアズサに治癒魔法をかける。代わる代わる何度も治癒魔法をかけ続けると、コフッっと息を吹き返す。

「よかった・・・」

 ラフィートが安堵していると、タカラは剣を抜き悪鬼に向かって歩き出す。

「貴様とこうして相対するのは2度目だな。フンッ貴様に人間の区別ができるかは知らんがな」

 ギリリッと悪鬼を睨む。

「・・・許さん、姫様を傷つけた報い受けてもらうぞ悪鬼!!」

 怒りをあらわにしながら剣を構え悪鬼に切りかかる。

 悪鬼の突き出した左手の爪をかわし、剣を振り上げる。悪鬼は上体を逸らしてかわす。タカラはそのまま体当たりをすると振り下ろそうとする悪鬼の右手の爪を左腕で受け止める。そして、フンッと剣を振り下ろす。

『グギャアア』

 悪鬼が叫ぶ。切り落とされた右腕が地面に落ちると黒い霧となって消えた。

「つ、強いッ」

 ラフィートは思わず息を呑む。初めて見る騎士の戦いに体が熱くなる。

 だが、切り落とされたはずの右腕が瞬く間に再生する。

「チッ化け物め」

 タカラは舌打ちする。形勢は圧倒的に不利だった。どんなにタカラが切りつけようと悪鬼はすぐに再生してしまう。逆に悪鬼の攻撃を受け続けるタカラの鎧は壊されていく。

「う、ぅん・・・」

「姫?姫!気が付いた?よかった」

 ラフィートはアズサの手を握り呼びかける。その声に悪鬼が反応する。赤い目がアズサを捉える。グオオと吠えると翼を広げ、一直線にアズサに向かって飛びかかる。

「な、しまった!」

 予想外の悪鬼の行動にタカラが声を上げる。


――悪鬼が来る。・・・アズサを殺しに来る。

 

 ラフィートの震える手にアズサの手が触れる。

「姫?」

 アズサを見る、アズサは微笑みながら、「逃げてっ」と囁いた。

 

――逃げる?逃げたらどうなる?俺は助かる。助かるけど、アズサはどうなる?アズサは死ぬ?殺される・・・


「嫌だッ」

 ラフィートは悪鬼の前に両手を広げて立ちふさがる。

「アズサが死ぬなんて、そんなの嫌だッ!!」

 悪鬼の爪がラフィートの体を貫いた、誰もがそう思った。だが、悪鬼の爪はラフィートの体の前で止まっている。

 ラフィートは拳に力を込めると悪鬼の顔面を殴りつけた。

『グルァ!?』

 状況がわからず、悪鬼は飛び退き自分の爪を見返している。

「ラフィートさん、あなたは・・・」

 

――体が熱い。体の奥から力が溢れてくる。今なら・・・


「うおおおお!!!」

 ラフィートは悪鬼に向かって走り出す。

 両手を広げて、「来いッ!」と叫ぶと、兵士達の腰からナイフが2本、ラフィートに向かって飛び出す。

 両手にナイフを掴むと悪鬼に向かって振り回す。

「届け!届け!届け!」

 ぶんぶんとナイフを振り回す。だが悪鬼はやすやすとかわしていく。

「なんだあれは、無茶苦茶だ」

 アズサのもとに駆け付けたタカラが呟く。

「届け!届け!届け!」

 当たらない、まるで届かない。

「届けよ!届けッ届いてくれぇ!!」

 渾身の力で振り下ろす、刃はむなしく空を切るだけだった。

「ダメなのか?やっぱり俺には・・・届かないのか」

「前を見なさい!」

 アズサの声に我に返る。

「姫・・・」

「目を逸らさないで、前だけを見て!」

「ハ、ハイッ」

 改めて悪鬼と向かい合う。

「自分を信じて!必ず届くと」

「信じる、自分を?無理だ、だって俺は・・・」

「信じて!あなたは決して、届かない男なんかじゃない!」


――!?どうしてそれを・・・いや、信じるんだアズサの言葉を!


「必ず届きます。前へ、一歩を踏み出して!」

「届く!必ず届く!」

 ラフィートは右手を振りかぶる、

「届く!前へ!踏み出すんだ!」

「うおおおおおお!!」と雄たけびを上げ右手を振り下ろす・・・手ごたえがあった。

『グオァァ』

 悪鬼が吠える、悪鬼の胸が切り裂けて黒い霧が吹きだす。

 ビキッ

 右手のナイフの刃が砕ける。

「姫様、今のは一体・・・」

 ラフィートの位置からではナイフの届く距離ではなかった。なのに何故っとタカラは疑問に思う。

「あの方に距離は関係ないのです」

「は?」

 言葉の意味が分からない。

 ラフィートは壊れた右手のナイフを捨て、左手のナイフを右手に持ち替える。

 悪鬼は翼を広げ飛び上がると、衝撃波をラフィートめがけ放った。だが衝撃波はラフィートに当たる直前に消えてしまう。間をおいてラフィートの後方の地面がえぐれる。

 ラフィートはがむしゃらにナイフを振る。届くはずがない、悪鬼は空にいるのだから。だが、ラフィートがナイフを振るのにあわせ悪鬼から黒い霧が吹きだす。一振り、二振り、空を切るナイフがすべて悪鬼に命中する。ナイフが砕けるのと同時に悪鬼の翼が切り裂かれ墜落する。

「だが、奴はすぐに再生してしまう」

「いいえタカラ、よく見て」

 アズサに促され悪鬼を見る。ラフィートが最初に与えた胸の傷がまだ再生しきっていない。

「えっこれは、どういう・・・?」

「不死身の悪鬼、けれど勇者なら倒すことが出来る」

「まさか!では彼が!?」

 驚愕するタカラにアズサは頷く。

「あの方は空間を制する者。空間とは距離。距離を制するとは時間を制するという事」

 アズサの瞳から涙が零れる。

「時間とは光・・・」

 燃えるような紅の空を背にラフィートが立ち上がる。

「あなたがそうだったのですね。あなたが、私の光の勇者うんめいのひと

『グオオオオオッ』

 悪鬼が雄たけびを上げる。

「タカラ!あの方の援護を」

「了解しました!」

 タカラの号令で兵士達が魔法弾を放つ。

 

 ドンドンドン

 

 悪鬼の周りに土煙が巻き上がる。

「ラフィート!これを使え!!」

 タカラはラフィートに向け剣を投げる。ラフィートは剣に手を伸ばす。

「お、重いッ」

 それでも強引に引き寄せる。両手で持って構えたのは土煙をかき分け悪鬼が突っ込んで来たのと同時だった。

『グオオオオオオッ』

 悪鬼が咆哮を上げ両手の爪を前へ突き出す。

「うわああああああっ」

 ラフィートも叫びながら剣を前へ突き出す。

 ・・・悪鬼の爪はラフィートには届かなかった。悪鬼はラフィートの前方で時間が止まったかのように固まっている。剣が砕けるのと同時に悪鬼の体から黒い霧が溢れ出しそのまま霧散した。 

 

――わあああああああッ!!

 

 歓声が上がる。いつの間にか高台に住人が集まって来ていた。

「やりました、やりましたよ姫様!悪鬼を、あの悪鬼をついに!!」

 タカラ達も喜びを隠しきれず歓声を上げる。

 だが、アズサの眼には奇妙なものが視えていた。霧散した悪鬼から溢れ出た黒い霧の一部がラフィートの中に流れ込んでいったのだ。

「今のは・・・一体」

 ラフィートには特に変化はない。気のせいだったのだろうか。

「姫・・・」

 住人達に揉みくちゃにされていたラフィートがようやくアズサのもとにたどり着いていた。

「ラフィートさん・・・」

 かける言葉が見つからず、お互いに見つめあっていた二人にタカラが割り込む。

「よくやったな小僧!」

 タカラに頭をわしわしとされて、痛いってと抗議の声を上げる。

「時に小僧、貴様どさくさに紛れて姫様を名前で呼んだだろ?」

 タカラにジト目で睨まれたじろぐ。

「え?い、いやあれはなんとなくっていうかその・・・」

「あら、私の名前はなんとなくで呼ばれるものなのかしら?」

 アズサもジト目でつっこむ。

「いい!?ひ、姫ぇ」

 タカラに首根っこ掴まれ、ちょっとこっち来いっと連れていかれるラフィートを笑顔で見送るアズサだった。

 その涙を浮かべた瞳には燃えるような紅の空に白き月が映っていた。



                                 つづく 



 














2話どうでしたか?まだまだ続きます。

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